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第3話 水汲み

 言うまでもないことだが、オレは、朝から晩まで浄化魔法でお尻を磨いていたわけではない。


『過ぎたるは及ばざるが如し』とは、古代中国の偉人の言葉だ。

 お尻を浄化しすぎれば、オレの赤ちゃん肌がカサカサの乾燥肌となってしまう可能性は否定できない。


 __ゆえに、オレは、【空間魔法】を練習していた。


 赤ちゃんが練習するには、空間魔法が最適だ。

 火魔法では、家ごと燃やしてしまうし、水魔法なら、家中水びたしだ。風魔法だと、子ブタさんの家の二の舞いだろう。

 その点、空間魔法は安全だ。


 __なぜなら。空間魔法とは、【異空間】を対象とする魔法だからだ。


 たとえば、【空間収納】を思い出してほしい。アレは、異空間に収納庫を作り、そこに物資を保管する魔法だ。


 浄化魔法でババアに敗北して以来、オレは、空間魔法の修練に全力を注いだ。具体的には、異空間に『収納庫』を作り続けたのだ。


 オレには、勇者の記憶と魔法がある。

 とはいえ、今のオレは、『勇者』ではない。さらに身体は赤ちゃんだ。ゆえに、魔法にはおのずと『限界』があった。


 とくに、空間魔法という『消費魔力量』の大きい魔法では、それが顕著だった。


 異空間に『収納庫』を作るとしても、『数センチ四方』の大きさしか作れなかった。

 つなぎ合わせて大きくするなど、とうていできない。だから、縦横数センチの収納庫が、どんどん増えていった。


 まあ、いくら増えても異空間。ちらかったりすることはなかったが。




 *




 いきなりだが、三歳になった。


 オレは、自立歩行はもちろん、自律走行も自在にこなせるようになった。


 __しかし、喜んでばかりはいられない。


 三歳になると、家のお仕事を手伝うという義務が発生する。貧しい農村には、子どもを遊ばせておく余裕はない。ちっこい大人としての労働力が期待されるのだ。


 地球でさえ、子どもが、オトナとは『異なる』存在としてもっぱら教育の対象となっていったのは、近代に入ってからのことなのだ。


 だが、しょせんは3歳児。できることなど限られている。

 親の後について行って、水くみの手伝いをしたり、薪拾いの手伝いをしたり。半分、遊んでいるようなものだ。

 おそらく、仕事を覚えるという意味合いのほうが強いのだろう。



「レノ。水くみに行くわよ」


 栗色の髪をひとつに結んだやさしげな美人が、オレに手を差し伸べた。オレの母さんだ。


「ぜったい、やだ!」


 オレは、断固、拒否した。

 水くみは、すでに二度ほど経験している。ばかばかしいほど無駄で無意味な作業だった。


 水は重い。だから、3歳児では、ほんのわずかしか運べない。さらに、水がキレイな渓流までは岩場も多くて歩きにくいため、片道だけでも2時間以上かかるのだ。

 まさに、人生の無駄使いだった。


 人生とは、つかの間の虹のようなものであり、ニンゲンなど、短い春に咲く花に過ぎない。


 とある思想家は言った。

『人生をつくっている材料。それは時である』と。

 ゆえに、オレは、一日一日を、一刻一刻を大切にしなければならないのだ。


「でもね、レノ。ひとは、水がないと生きていけないの」


 母さんが困った顔で、オレに道理を説いた。

 ニンゲン、とくにちびっこの身体は70%が水分だと、オレが知らないとでも思っているのだろうか。


「レノ!わがまま言うんじゃないわよ!」


 赤いツインテをふりふりしながら、幼女がオレを見下ろした。オレの姉ちゃん5歳だ。


「くっ!」


 いっしゅん、5歳児の威圧にひるんだ。母さんに似て顔立ちが整っているので、ムダに怖いのだ。

 しかし、ここで、くじけるわけにはいかない。


 人生は、戦いであり、勝つか負けるかしかない。中間はないのだ。


「水なら、ココにある!」


 オレは、自分よりずっと大きい水瓶みずがめを、ぱしぱし叩いた。


「ふーん。あんたバカね!」


 姉ちゃんは、オレを(物理的に)見下した。


「水瓶なんて、もう空っぽだよ!だから、水汲みに行くんじゃないの!」


 正論だった。

 どんなに倹約して使っても、家族四人。おっきな水瓶でも、ぜんぜん足りないのだ。だから、朝には、空っぽになってる。


「ふっ…」


 だが、オレは、ニタリと笑った。

 そして、思い切り小馬鹿にした口調で尋ねた。さっきの仕返しだ。


「…ちゃんと見たの?」

「見る必要なんてない!」


 美幼女は、いきり立った。まあ、とうぜんの反応だ。

 

 しかし、母さんは違った。


「あら?ほんとに、いっぱいになってるわ。この水瓶…」


 さすが、わが家の大賢者(もちろん、比喩だ)。オレの言葉を信じてくれたのだ。

 母さん大好き。


「ええーーっ!ど、どうして?」


 踏み台に駆け上った姉ちゃんが、水瓶を覗き込んで仰天していた。落ちんなよ。


「魔法で出した。もう、水汲みなんて必要ない」


 オレは、胸を張って答えた。

 そして、ふたりをねぎらうように言った。


「今まで、苦労かけたな」と。






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