第6話 大型魔獣の襲来
七歳になった。
この二年で、『穴通し』は、目をつぶってもできるようになった。やっても意味ないが。
『土壁』も、とうとう村を一周した。
当時、五歳児だったオレには、まさに『遠大な計画』に思えた。気の遠くなるような目標だった。
しかし、何事であれ、それを『習慣』として、毎日コツコツ積み重ねれば、いつの間にか達成している自分に気づくものである。
フランスのモラリストは、『習慣のなさないもの、もしくはなし得ないものは一つもない』とさえ言っている。
大切なことは、自分のペースでやり抜くことだ。他人と比べて、いい気になっても落ち込んでも、意味はない。
『ウサギの人もいれば、カメの人もいる。だが、最後は、あせらず、休まず、歩みきった人が勝つ』のだ。
今は、せっせと土を固めている。強化の魔法だ。
今回使った『土魔法』は、土を現地調達する。つまり、必然的に、堀も掘られるわけだ。
壁を強化するには、とうぜん、堀に入って壁に触れねばならない。
堀の深さも相まって、七歳児のオレには、壁は摩天楼のように見えた。もちろん、誇張だが。
今日も、堀に潜り込んで壁を強化していたら。
__むっ!
背後に、強烈な気配を感じた。…ていうか。
ドドドドドドドドドドドド……
すごい地響きで、体がふらふらした。
堀をよじ上って周囲を見たら、なぜか、『ボア』が突進してきていた。要するに、イノシシの魔獣だ。
もちろん。オレの数倍どころではない。体積なら数十倍だろう。
__ちっ!
現在の進行ルートでは、『土壁』に激突する。それも、まだ、強化していない部分だ。
このままでは、オレの二年間の努力の結晶が破壊されてしまうに違いない。
__ふっ…
いよいよ。『時』が来たようだな。
元勇者の力を披露する時が…。
オレは、両手を開いて、ボアに向かって突き出した。
「アイス・ニードルッ!」
手のひらの先に、20センチくらいの『氷の針』が、一本ずつ出現。
そして、ヒュン!と加速しながら、二本同時に飛んでいった。
本来は、首の後ろというか。盆の窪を狙いたかった。やはり、針といえば、盆の窪だろう。
だが、悠長に後ろに回り込んでいては、壁が粉々にされてしまう。
七歳のオレの魔法では、ボアの盆の窪に負けてしまう可能性だってあった。
__ゆえに。狙うのは『眼球』だ!
幸い、ボアは、猪突猛進。イノシシだけに、まっすぐ走ってくる。
その眼球は、『ソフトボール』以上『バレーボール』以下のサイズだ。ちょっと細かいが。
『穴を通して、はや二年』のオレにとっては、格好の『的』だった。
まるで、吸い込まれるように、氷針は、ボアの眼球を直撃した。
グサッ!
グサッ!
ボアだって、高速で走ってきているのだ。
いったん眼球に突き刺さった『氷針』は、そのまま『脳』に達した。
ヴォアーーーーーーーーーーッ!
(いかにもな)断末魔の悲鳴が耳をつんざく。
ドオオオオオオーーーーーン!
『土壁』というか『堀』のほんの数メートル手前で、ボアは地に倒れた。
地面が揺れ、七歳児ボディは、たたらを踏んだ。
__ふう
熾烈な戦いだった。25秒ほどだったが。
目の前には、良質なタンパク質が横たわっている。
今日の晩ご飯は、イノシシ鍋か?
村のひとたちの喜ぶ顔を思い浮かべながら、オレは初めて【異空間収納庫】を活用した。
__今まで、まともに、入れるものがなかったからなあ。貧しいって辛いよね。
オレは、我が家に向かって駆け出したが…。
__くっ
オレの前には、『土壁』が立ちはだかっていた。もちろん、誇張だが。
よもや、オレの進路を妨げることになるとは…。
しかたがないので、遠回りして我が家に帰った。
*
「ただいまー」
「おかえり、レノ。今日も『土の壁』を造ってたの?」
「うん」
「…そう。ありがとうね」
母さんが、元勇者の頭頂を、やさしく撫でてくれた。
ちょっと、うれしい。
「あのね。母さん、さっき…」
…と、そこまで言いかけて、オレは逡巡した。
①「一般的に、七歳児が、巨大なボアを倒したりするものだろうか?」
②「そんなことを告げたら、母さんの態度が一変して、オレを化け物呼ばわりしないだろうか?」
③「父さんや姉ちゃんに、化け物は出ていけー!とか言われないだろうか?」
前世の日本で読んだネット小説には、そんな話がけっこうあった気がする。
ラノベばかりではない。
ある朝、毒虫に変身していた主人公が、家族に嫌悪され、ついには父親に殺されるという名作もあった。主人公は、我が身を犠牲にして、家族のために働いていたというのに…。
「…さっき、どうしたの、レノ?」
母さんは、やさしく尋ねてくれた。
そのやさしさが、オレに勇気をくれた。
「…さっきね。おっきなイノシシが『土壁』に向かって走ってきたんだ」
「まあ、それは危なかったわね。大丈夫だったの?」
「…うん、大丈夫。それでね。そのイノシシがね…」
「イノシシが…、どうしたの?」
「…と、とつぜん、心臓麻痺で他界したんだ」
__くっ!
とっさに嘘をついてしまった。
「うふふ…っ、そ、そうだったの。気の毒なイノシシね」
なぜか。母さんは笑いをこらえていた。
「いや。イノシシに同情は要らないさ。オレの大切な『土壁』を危うく破壊するところだったんだから」
「そうね。『土壁』を壊されたら、困るものね」
「うん、それでね。もったいないから、拾ってきたんだ。む、村のみんなで食べようと思うんだけど…」
「ふふふ…。きっと、みんな喜ぶわ。父さんを呼んできてちょうだい。村のひとたちに声をかけてもらって、ボアを捌いてもらうから」
__ということで。
その夜は、前世ぶりのイノシシ鍋となった。前世で、そんなマイナーを鍋をほんとに食ったのか、記憶が定かではないが。
なにしろ、野菜は豊富だ。
豆腐やしらたきも欲しかったが、手に入るはずもない。
それでも、おいしくいただいた。
マリネ7歳とミユ姉ちゃん9歳も、オレの両隣に陣取った。
ふたりして争うように、アツアツのボア肉を木のフォークに突き刺して、オレに『あーん』を要求した。
オレに逃げ場はなかった。
母さんたちも、微笑ましげに見守るだけで、オレに救いの手を差し伸べてはくれなかった。
口のなかを火傷しまくったオレは、しばらく熱いものが食べられなかった。
*
この日から、なぜか、ときおり大型の魔獣が『土壁』に突撃してくるようになった。
イノシシはもちろん。鹿とかクマとかも、ツッコんで来た。
__ふむ
オレの『土壁』から、魔獣を狂わせる怪電波でも発信されているのだろうか?オレは、『土壁』をねんいりに調べた。
__もしかして、女神さまからの贈り物か?
『大型魔獣』ばかりだからな。むしろ、『刺客』としか思えないが。
いずれにしても、貴重なタンパク源。
オレも村のみんなも、お肉をたらふく食べて、いちだんと元気で健康になった。もちろん、魔力補填としても役立ったろう。
それから、まもなくのこと。
大型魔獣襲来の原因が判明した。




