第2話 初めての敗北
きっと、あのクソ皇子あたりが、邪竜討伐の手柄欲しさに、オレを殺せと命じたのだろう。
信じた自分が愚かだったとは思わない。
『裏切るよりは、裏切られるほうがいい』とは、ある思想家の言葉だ。
この言葉と出会った当時は、まったく共感できなかったが、今ならわかる気がする。
少なくともオレは、仲間を信じ、できるだけ誠実に振る舞ってきたつもりだ。
もちろん、裏切られないほうがいいに決まっているが、我が身を振り返って、やましいところがそんなにないのは、とてもほっとする。
人生は、一度きりの博打のようなものではない。
たぶん、前世の【業】を背負いながら、今世を生きるしかないんだろう。
オレは、輪廻転生を信じてるし、実際、こうして異世界に転生した。
たしかに、貧しい農家に生まれたのは残念だが、勇者の記憶と魔法を持ち続けている。これは、ものすごいご褒美だと思う。前世の生き様に対するご褒美だ。
逆に、もしオレが、仲間を裏切り殺していたとしたら…。考えただけでも、ぞっとする。きっと今世で、恐ろしい罰を受けていたに違いないから。
だとすれば、オレを裏切り殺した連中の来世には、きっと過酷な運命が待ち受けているだろう。ふふふ…、気の毒なことだ。
__話を戻そう。
いずれにしても、オレは日本に戻れず、この貧しい農家に転生した。勇者の記憶と魔法とともに。
__つまり、オレは【邪竜】を倒せてはいないのだ。
おそらく、奈落には(物理的な)『底』がちゃんとあって、そこで奴は生き延びていたのだろう。
__まあ。今となってはどうでもいいことだ。
勇者の記憶と魔法はあっても、今のオレは【勇者】ではなく、ただの乳幼児なのだから。
__だけど。
もし、オレを殺した連中が『この世界』に居て、そして、まだ生きているとしたら、仕返しくらいはしてもいいよな。
『復讐は何も生まない』のはわかっているが、『やられっぱなし』は性に合わない。
__よし。
オレは、いずれオトナになったら、ぷち『復讐の鬼』と化そう。
やっぱり、人生には、目標が必要だからな。当面の目標は、オレを裏切り殺した王国の連中への復讐だ。
まあ、これも。よくある話だろうし…。
*
__ということで。
ぷち復讐と云う定番の目標を得たオレは、『魔法』の練習を初めた。
異世界に転生したゼロ歳児が、まずやることと云えば魔法の練習だろう。ほかにやることもないし。
そして、勇者の生まれ変わりたるオレは、ゼロ歳児から魔法が使える。
いちばん最初に選んだ魔法は【浄化】だ。
『大は小を兼ねる』と云うように、【浄化】は、アンデッドだけではなく、オレの愛らしいお尻に付着していたウンチを一掃した。それはもう、見事なほどに。
オレは、フルタイム、つやつやキレイキレイな乳幼児でいられた。
いったい、どこの世界に、己のウンチをむざむざと衆目に晒す『元勇者』がいるだろうか。いや、いるはずはないのだ。
__しかし、コレには陥穽があった。
父さんと母さん、そして、姉ちゃんまでが、オレがウンチをしていないと思い込んだのだ。いわゆる、『糞詰り』だと。
さらに、ずっとウンチを目の当たりにしていないことを根拠に、余命幾ばくもないと決めつけ、焦った。
『糞詰り』とは、じつに、死に至る病なのだ。
オレは、びっくりした。
名前のないオレは、いつ死んでもかまわない存在なのだろうと割り切っていた。だから、このまま放置されるだろうと高を括っていた。
__でも、ちがった。
父さんも母さんも姉さんも、オレが死にそうだと思いこむと、なんとか助けようと手を尽くしてくれた。
母さんは、毎晩、お腹をマッサージしてくれた。父さんは、毎日、夜遅くまで薬草を探しに出かけた。そして、姉ちゃんは、オレのために一日中、女神に祈ってくれた。
その必死な姿を目の当たりにして、オレは、漢泣きした。オレの産着の袖が濡れたのは、夜露のせいばかりではないのだ。
だが、マッサージに効果はなく、薬草は見つからなかった。そもそも、毎日、農作業で肉体を酷使している農民は、便秘薬などとは無縁だ。
__ていうか。オレは、毎日、快便の日々を送っていた。
ただ、いまさら、家族の前にウンチを披露する決断ができず、こそこそと浄化魔法で証拠隠滅していただけだった。
__ああ…。
すべては、オレの尊大な羞恥心と臆病な自尊心のせいだった。
これが、家族を苦しめ、彼らを報われることのない徒労に走らせた。
オレは、心で、家族に詫びた。
とうとう、父さんと母さんは、最後の手段をとった。
とあるババアにすがったのだ。『呪い』ができるという怪しいババアだった。
オレの人生における最初の『戦い』は、この呪術師との戦いだった。
__正直に言おう。
オレは、呪術師に敗北した。前世で最強勇者と讃えられたオレの『初めての敗北』だった。
呪術師は、じつは、魔女だった。
そして、奴の使える唯一の魔法は、【魔法解除】だったのだ。
オレは、お尻に家族の熱い視線を感じながら、必死で解除魔法と戦った。
たしかに、家族のためには、さっさとウンチを顕現させるべきかもしれない。しかし、オレにも元勇者の矜持というものがあった。よぼよぼのババアに『魔法戦』で敗れるのは、耐え難かったのだ。
オレには、勇者時代の魔法が使えた。
だが、使えるだけだった。威力は、どうしても身体に依存する。もちろん、身体が大きいほど魔法の威力が増すという意味ではない。
ただ、魔法発動に耐えうる最低限の身体は必要とされるのだ。いくらオレでも、赤ちゃんのちっちゃな身体では、強い魔法を発動するのは不可能だった。
__くっ!ここまでか!
オレの【浄化魔法】は強引に解除され、臀部には、ウンチが残留した。
真っ白な髪を振り乱し、目を真っ赤に充血させて魔法を唱えていた魔女は勝利の雄叫びを上げ、父さんと母さん、そして、姉ちゃんまでが、オレのウンチを前にして感涙にむせんだ。
__そして、オレも。
悔しさと羞恥心と不快感のあまり、ギャン泣きした。




