第79話 王子登場
——正直に言えば、予想はしていた。
彼女がその場に立てば、自ずと注目を集める。そうなると分かってはいた。だが、ただ佇むだけでこれほどまでに場を制するとは、思っていなかった。
王子は会場の端から、静かにその光景を眺めていた。彼女は声を張り上げない。愛想を振りまくこともしない。必要以上に言葉を重ねることもしない。それなのに、磁石に引き寄せられるように人が集まる。好奇の視線は、次第に彼女の真価を測るものへ変わり、やがて——圧倒されたように距離を置く。
——強い。
武力でも、魔力でもない。生き方そのものが、だ。彼女が誰かと言葉を交わすたび、王子の胸の奥がわずかにざわついた。不快ではない。だが、どうしょうもなく落ち着かない。自分の知らないところで、彼女が正当に評価されていく。それを誇らしく思う一方で、得体の知れない焦りが胸を焼く。
——誰かに取られるわけでもないのに。
そう思って、内心で自嘲気味に苦笑した。
王子はゆっくりと歩み出る。彼女のもとへ。腕を差し出した時、彼女は一瞬だけ戸惑うように迷い、それから小さく頷いた。その慎ましやかな仕草が、なぜか強く胸に残る。周囲の空気が一変したのが、はっきりと分かった。値踏みするような視線が、驚きを含んだ確信の視線に変わる。
——ああ、そうか。
ここでようやく、自分自身の心に気づいた。自分は見せつけているのだ。選ぼうとしているのではない。もう、選んでいるのだと。
「……行こう、リーナ」
愛称だけを呼ぶ。それが、驚くほど自然に口をついて出た。公の場であることなど、今の彼には瑣末なことだった。彼女が勝手な憶測で「誰かのもの」であるかのように扱われるのが、たまらなく嫌だったのだ。並んで歩く。ただ、それだけ。それだけで、荒れていた胸の奥が静かに定まっていく。
——もう、逃げられないな。
そう思って、不思議と安堵した。婚約の話が近づき、釣書も山のように届いている。だが、今夜はっきりした。自分が立つべき場所は、もう決まっているのだ。
——彼女の隣。
それ以外は、もう考える必要すらなかった。




