表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
家族に売られてたどり着いた先は、王女様の侍女でした。 ――掃除だけは誰にも負けません。  作者: 月城 蓮桜音


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

77/82

第77話 侯爵令嬢として

 侯爵令嬢としての初日。名前が変わったという実感は、思っていたほど劇的なものではなかった。書類上の肩書きが変わり、呼び名が変わり、立つ場所が変わった。それだけだ。少なくとも、リーナ自身にとっては。

 

 だが――着替えを終えた瞬間、その考えは揺らいだ。

 

「……重い」

 

 思わず漏れた呟きは、誰にの耳にも届かない。淡い色合いのドレスは、装飾こそ控えめだが、生地の質がまるで違った。裾が広く、少し動いただけでたっぷりと重厚な布が遅れてついてくる。王女宮で着ていた実用一辺倒の服とは、比べものにならない。歩こうとして、無意識に裾を気にして足が止まってしまう。

 

 ――踏んではいけない。――引っかけてはいけない。

 掃除をする時の癖が、今も染みついていることに気づき、リーナは小さく息を吐いた。

 

「……大丈夫」

 

 誰に言うでもなく自分に言い聞かせて、ゆっくりと一歩を踏み出す。音を立てないように。揺れを最小限に。歩幅を一定に。それは、教わった作法ではない。長年、そう動くしかなかった、彼女自身の身のこなしだった。

 

 控えの間の扉が開き、外のざわめきが流れ込む。社交の場。侯爵令嬢として初めて立つ場所。一斉に視線が集まるのが分かった。好奇と、探るような気配、そして値踏みする空気。

 リーナは、俯かない。けれど、必要以上に前にも出ない。ただ、空間の端に立ち、全体の流れを読み取ろうとした。

 

 人が集まる場所。言葉が交わされる「()」。音がふと途切れる瞬間。

 ――掃除と同じだ。乱れているのは、床ではない。人の配置と、感情の動きだ。

 そう理解したとき、不思議と胸の内が静まった。

 

「……こちらにいらしたのね」

 

 聞き慣れた声に、リーナは顔を上げる。王女だった。穏やかな表情だが、その瞳はすべてを見透かすように鋭い。

 

「緊張している?」

 

「……はい。少しだけ」

 

 正直に答えると、王女は小さく微笑んだ。

 

「それでいいのよ。今日は“慣れる日”ですもの」

 

 その言葉に、リーナはゆっくりと頷いた。――慣れる。すぐに完璧になる必要はない。ここに立つことを、自分に許してあげればいい。その理解だけで、十分だった。

 

 遠くで、視線を感じる。ふと顔を向けると、王子がこちらを見ていた。すぐに目を逸らさず、かといって声をかけるでもない。ただ、そこにて見守ってくれている。それだけで、浮ついていた足元が少しだけ安定した気がした。

 

 ――侯爵令嬢としての“日常”は、まだ始まったばかりだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ