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第73話 王女の手の内
王女の執務室は、いつも以上に静まり返っていた。
「侯爵家との交渉は、順調に進んでおります」
その報告を聞き、王女は走らせていたペンを止めた。書類に視線を落としたまま、ほんの僅かな間、思考を巡らせる。
「……急がせてはいないわよね?」
「はい。あくまで“余地”を残した状態です。向こうもその意図は理解しております」
それで十分だった。
「……男爵家のほうは?」
短く問いを重ねる。
「例の件ですね。裏は取れております」
控えていた侍女長が一歩前に出た。
「あちら側に、付け入る隙はございません。今後も、です」
王女は顔を上げることなく、ただ静かに頷いた。
「ええ。こちらが触れさえしなければ、向こうから口を挟める立場ではないもの」
それ以上は追求しない。今はまだ、詳細を詰める段階ではないからだ。王女が動いているのは、“裁きを下すため”ではなく、“道を整えるため”なのだ。再びペンを動かしながら、王女は心の中でだけ独り言ちる。
——あとは、あの二人がどこまで行けるか。
その行く末を決めるのは、自分ではない。




