第72話 はじめての昼食の席で
昼食の誘いは、唐突だった。
「今日は、こちらで一緒に食事をしよう」
王子がそう告げた時、リーナは一瞬、言葉を失った。王族の昼食に侍女が同席することなど、本来あり得ない。ましてや——弟のノアまでも。驚きに固まるリーナをよそに、視線を向けられた王女はあっさりと頷いた。
「ええ、いいわよ。ノアの勉強の進み具合も気になっていたところですし」
理由としては、少し苦しい。けれど、その場に異を唱える者はいなかった。
ノアは、きょろきょろと落ち着かない様子で席に着いた。王族の食卓を囲むのは、もちろん初めてだ。だが、緊張よりも好奇心のほうが勝っているらしく、あちこちに視線を忙しなく動かしている。
「……すごいなあ」
思わず漏れた感嘆の声に、王女がくすりと微笑んだ。
「緊張しなくていいのよ。今日は“お勉強の延長”みたいなものですから」
ノアは一度頷き、それから何かを考えるように眉を寄せた。
「……じゃあ、質問してもいい?」
「ええ、どうぞ」
「このお肉、どうしてこの切り方なんですか?」
それは、皿に盛られた肉の切り方についての疑問だった。給仕の侍女が説明しようとすると、それより早く王子が口を開く。
「火の通りを均一にするためだ。そうすることで、柔らかく仕上がる」
「なるほど……」
ノアは真剣な面持ちで頷く。その様子を、リーナは傍らで見守っていた。ここ数日、ノアは何に対しても、こんなふうに理由を知りたがる。
「……あの」
不意に、リーナが口を開いた。場違いではないかと一瞬ためらったが、王女が優しく視線を向けてくれたことで、続きを口にする。
「……とても、光栄です」
そう前置きしてから、リーナは一度だけ言葉を探した。
「本来であれば、私たちが同席するような場ではありませんから」
それは紛れもない事実だった。だからこそ、伝えずにはいられなかったのだろう。
「ですが……」
小さく息を吸い、胸に広がる温かさを言葉に乗せる。
「こうして、弟も一緒に同じ食卓を囲めるのは……少し、不思議で、けれど」
視線を落としたまま、静かに続けた。
「……嫌では、ありません」
それだけだった。願いというほど大層なものではない。ただ、今の時間が長く続けばいいと、そう願っただけだ。
王子は、何も言わずにリーナを見つめた。王女は、何も言わずに食事を続けた。その穏やかな沈黙を破ったのは、やはりノアだった。
「ねえ、ねえ」
無邪気な声。
「姉ちゃんと、お兄さんって……恋人なの?」
一瞬で、時が止まった。
王子は言葉を失い、見る間に耳まで真っ赤になった。リーナも同時に硬直し、やり場のない視線を泳がせた。
「……」
誰も答えられない。その沈黙を、王女が鮮やかに断ち切った。
「……さて」
パン、と軽く手を叩く。
「デザートにしましょうか」
あまりに自然な切り替えだった。まるで、今の質問など最初から聞こえていなかったかのように。ノアは不思議そうに首を傾げたが、それ以上は何も言わなかった。
リーナは、膝の上で小さく拳を握る。
——この時間を、守りたい。
誰も口にはしなかったが、同じ思いが静かにその場を満たしていた。
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