第71話 ノアの問いかけ
ノアが最初に口にしたのは、姉であるリーナへの問いかけだった。廊下の曲がり角。人の気配がないのを確かめてから、ノアは声を潜めた。
「ねえ、姉ちゃん……」
「なあに?」
ノアは一瞬だけ視線を泳がせ、それから、意を決したように言った。
「姉ちゃんさ、お兄さんのこと、好きなんだよね?」
リーナの足が、ぴたりと止まった。
「……どうして、そう思ったの?」
声は平静を装っていたが、ノアはそんな姉の動揺に気づく様子もなく、ただ不思議そうに首を傾げる。
「だって、声が違うもん」
「……声?」
「うん。王女さまや侍女長さんと話すときと、ちょっと違うんだ」
言葉にできない微妙な響きの違いを、ノアは幼い感性でありのままに捉えていた。リーナは、すぐには答えられなかった。否定しようとしても、適切な言葉が見つからない。
「……それは」
結局、続きを紡げないまま、静かに視線を落とす。ノアは、それ以上追及することなく、ただ小さく頷いた。
「そっか」
その夜。今度は王子が呼び止められた。
「お兄さん」
ノアは、背伸びをするようにして王子を見上げる。目線を合わせようと腰を落とした王子は、完全に無防備だった。
「僕の姉ちゃんのこと、どう思ってるの?」
王子は、完全に意表を突かれた。
「……誰に、そんなことを吹き込まれた」
「え? 誰にも」
ノアは、あっけらかんと言い放つ。
「僕が、気になっただけだよ」
王子は、言葉を探した。大人としての回答。王族としての模範解答。どれも、今のこの場には相応しくない。
「……大切だ」
絞り出すように零れたのは、それだけだった。ノアは、じっと王子の顔を見つめる。その言葉に嘘が混じっていないかを測るように。
「ふうん」
それから、ノアは少しだけ悪戯っぽく笑った。
「じゃあ、いいや」
「……何が、いいんだ?」
「姉ちゃん、きっと安心すると思うから」
そう言い残して、ノアは軽やかな足取りで走り去った。残された王子は、その場に釘付けになったかのように、しばらく動けなかった。
——逃げ道を、完全に塞がれた気がした。
けれど、不思議と嫌な気分ではない。むしろ、胸の奥の迷いが静かに凪いでいくのを感じていた。その少し先で、リーナもまた、同じように立ち止まっていた。
——あの子は、分かっている。
自分たちが、同じ場所で立ち止まっていることを。




