第65話 共通認識
とある日の午後。執務が一段落したところで、王女は手元の書類を閉じ、そっと息を吐いた。必要な書類をまとめると、彼女は兄の執務室へと足を向ける。
「……最近、」
不意にかけられた声に、王子が顔を上げた。
「何だ?」
王女は、すっと視線を横に流した。そこには、リーナが控えている。少し離れた場所ではあるが、王子との距離は、確かに以前より近くなっているように感じられた。
「お兄様とリーナ、随分と息が合っていらっしゃるのではないかしら?」
王子は一瞬、言葉を詰まらせた。
「……そう見えるか?」
「見えますわ」
迷いのない即答だった。
「私の側にいた頃よりも、自然に会話していらっしゃるようですもの」
王子は、困ったように苦笑する。
「それは、仕事の種類が違うだけだ」
「そうかしら」
王女は、わずかに頬を膨らませた。ほんの一瞬、悪戯っぽく。それは彼女が親しい者の前だけで見せる、意図的な仕草だ。
「私の補佐をしていた時より、お兄様が彼女を頼っているようにも見えますけれど?」
「……拗ねているのか?」
「まさか」
返答は早かった。完全に否定しきれてはいない。そのとき、廊下からパタパタと小さな足音が近づいてきた。
「姉ちゃん!」
ノアだった。王女と王子の視線が、同時に扉の方へと向く。
「これ、先生に聞くって言ってたこと、書いたよ」
差し出された紙には、まだ拙いながらも必死に書かれた文字が並んでいる。リーナはそれを受け取ると、優しく微笑んで頷いた。
「ありがとう。後で一緒に確認しましょうね」
ノアは満足そうに笑い、それから隣にいた王女を見上げた。
「お姉さんも、読む?」
王女は一瞬きょとんとしたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。
「ええ。ぜひ見せてちょうだい」
王子は、その和やかな様子を見て、小さく息を吐く。
「……随分と懐かれているな」
「ふふっ、可愛いでしょう?」
王女は、どこか得意げに胸を張った。
「ああ」
王子は短く肯定する。
「それは、共通認識だな」
二人は視線を交わし、同時に小さく笑い声を漏らした。王女は、そこでふわりと表情を緩める。
「……まあ、いいですわ」
それ以上、追求はしなかった。ノアがここにいて、笑っている。リーナがそれを自然に受け止めている。それだけで、この場所はもう、冷たい「執務室」ではなくなっているのだ。王女は、胸の奥が温かくなるのを静かに感じていた。
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