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家族に売られてたどり着いた先は、王女様の侍女でした。 ――掃除だけは誰にも負けません。  作者: 月城 蓮桜音


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第63話 同じ部屋の、同じ机で

 夜の部屋は静かだった。灯りは一つ。机の上に、二人の影が落ちる。

 リーナは机の中央に、厚みのある本を広げていた。タイトルは『王国史』。地方ごとの領地と、役割をまとめた記録だ。文字は細かく、言い回しも簡単ではない。

 

 それでも、読む手は止まらない。分からない単語があれば、余白に小さな印をつける。意味が推測できるものは、そのまま読み進める。全部を一気に理解しようとはせず、必要な部分だけを拾い上げる読み方だった。

 

 向かいにはノアが座っている。彼の前にあるのは、薬草の図解書。絵が多く、添えられた文字は短い。

 

「……この葉っぱ、苦いの?」

 

「ええ。煎じると、咳によく効くそうよ」

 

 リーナは頁をめくりながら答えた。視線は本から離れない。それでも、ノアの声は一言も聞き逃さなかった。ノアは図を指でなぞり、名前をそっと声に出す。読めない文字は飛ばし、意味が分からないところには、丸をつけていた。

 

 二人は、同じ机に向かっているが、読んでいるものは違う。それでいて、不思議と二人の呼吸は合っていた。

 リーナが思考を止めるのは、文章の解釈に迷う時だけだ。「地方」という言葉が、土地を指すのか、それとも役職を指すのか。「派遣」が、ずっと続くものか、一時的なものか。

 

 考え、印をつけ、また次へ進む。——覚えるのは苦ではない。大事なのは、知識を「使える形」にすることだと、もう分かっていた。

 

 ノアがふと顔を上げる。

 

「……姉ちゃん、その本、難しくない?」

 

「そうね、難しいわ」

 

 即答だった。

 

「でも、分からないところがどこか、はっきりしているから」

 

 ノアは、少し考えてから頷いた。

 

「……なんだか、先生みたいだ」

 

 その言葉に、リーナのペンが一瞬だけ止まる。

 

「ううん、違うわ」

 

 否定はすぐだった。

 

「私は、まだ読んでいるだけ」

 

 けれど、その声はとても穏やかだった。

 

 その夜、王子は「仕事のついで」を装って、にリーナたちの部屋の前を通った。扉が少しだけ開いていたので、隙間から二人の様子を窺う。

 

 机に並ぶ二冊の本。分野も厚みも違う。だが、二人とも迷っていない。リーナは王国史を読み、ノアは薬草の知識を蓄える。それぞれが、それぞれの未来に向かって、同じ灯りの下にいた。

 

 王子は何も言わなかった。ただ、その光景を静かに胸に刻む。

 

 ——学ぶ姿勢は、もう十分だ。

 

 夜が更け、二人は同じタイミングで本を閉じた。未来の話はしない。ただ、明日読む頁を、指先で確かめるだけだった。

いつもお読みくださり、ありがとうございます!

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