第37話 兄妹の温度差
昼下がりの回廊は、珍しく人影が少なかった。王女宮を抜ける道すがら、兄は手にした書類をくるりと丸め、気の抜けた声を出す。
「しかしまあ」
前を歩く私に向けて、軽い調子で続けた。
「いい侍女を拾ったな」
私は、歩みを止めなかった。
「拾ったんじゃないわ」
即答だった。兄の足音が、ぴたりと止まる。一拍置いて、少しだけ意外そうな声が返ってきた。
「……ほう?」
私は振り返る。
「偶然でも、運でもないわ」
言葉を選ぶ必要はなかった。
「最初から、そこにいたの。私が見ようとしなかっただけ」
兄は、口を開きかけて、閉じた。からかうつもりだったらしい表情から、わずかに笑みが引いていく。
「随分、肩入れしているな」
「ええ」
否定しない。
「だから、手放さない」
冗談ではない。強がりでもない。ただ、決めたことを告げただけだ。兄はしばらく私を見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……所有じゃないな、それは」
私が沈黙で応えると、兄は苦笑した。
「覚悟、か」
私は頷いた。兄は、ほんの少しだけ視線を逸らし、いつもの調子に戻った。
「重い王女様だな」
「今さらでしょう?」
「違いない」
二人で、歩き出す。前を行く妹の背中を見ながら、兄は思った。拾ったんじゃない。囲い込んだのでもない。——見つけ出し、背負うと決めたのだ。それは、王女としての判断であり、人の上に立つ者としての選択であり、何より、一人の人間としての覚悟だった。
兄は、もう一度だけ、後ろを振り返る。視線の先に、あの侍女はいない。それでも、不思議と「断ちがたい絆」の予感があった。……面倒なことになりそうだな。だが、その面倒を、この妹は、引き受けるつもりらしい。兄は、口角をわずかに上げた。
——なら、俺も、少しは付き合うとするか。
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