第33話 測定の日
測定は、朝に行われた。理由は単純だ。魔力の消耗が少ない時間帯のほうが、より正確な数値が得られる。王女宮では、それが常識だった。私は、その常識の中に身を置いてきたが、今日ばかりはどうにも勝手が違う。
リーナは静かだった。緊張していないわけではないだろう。ただ、怯えてはいなかった。逃げようともしていない。命じられた場所に立ち、言われた通りに手を伸ばす。余計な質問はしない。視線も落とさない。
——覚悟がある人間の態度だ。測定室は、白い。過度な装飾はなく、魔法陣も簡素だ。王族用の正式な設備だが、威圧するための造りではない。正確に測るための、必要最低限。
立ち会いは、私と侍女長、それから測定官が一人。王子は、いない。敢えて、呼ばなかった。これは、彼女の時間だ。
「力を出そうとしなくて結構です」
測定官が淡々と告げる。
「抵抗も、集中も必要ありません。ただ……手を、置いてください」
リーナは、言われた通りにした。測定具に、そっと手のひらを乗せる。圧しつけるような力みはないのに、その指先はわずかに白んでいた。――力を入れているわけではない。抑えているのだ。
私は気づいた。彼女は今も、無意識に“止めている”。測定具が、低く音を立てた。反応は、弱い。数値は、平均以下。測定官が僅かに首を傾げる。
「……もう少し、待ちましょう」
時間を置く。再計測。結果は、同じ。やはり、低い。測定官は、困惑したように息を吐いた。
「おかしい……いえ、測定不能というほどではないのですが……」
その瞬間だった。リーナの指先が、ほんのわずかに緩んだ。——刹那、光が爆ぜた気がした。眩しいわけではない。刺すような白でもない。陽だまりのような温かさを伴った、ごく淡い光だ。錯覚だと言われれば、そうかもしれない。だが、測定具の反応は、確かに変わった。数値が跳ねる。
「……!」
測定官が声を詰まらせた。跳ねた数値は、高すぎない。異常でもない。だが、先ほどまでとは、明らかに違う。安定している。揺らぎが、ない。
「これは……」
測定官は、息を整えた。
「特殊な属性反応が、出ています」
私は静かに尋ねる。
「どの属性ですか」
測定官は一瞬だけ言葉を選び、それから、はっきりと答えた。
「——光です」
リーナは驚いた様子を見せなかった。自覚がないのだろう。測定具から手を離し、ただ、私を見る。その視線は、不安ではなく、確認だった。私は頷いた。
「大丈夫よ」
それだけを伝える。余計な説明は、しない。測定官は記録を取りながら続けた。
「出力そのものは、決して高くありません。ただ……純度が、恐ろしく高い。癖がなく、他への干渉も極めて少ない」
——整える魔法。私は胸の奥で、その言葉を組み立てた。掃除。空気。呼吸。息がしやすい部屋。違和感のない空間。すべてが、一本の線で繋がる。測定はそれ以上、続かなかった。必要な情報は、もう揃っている。
「以上です」
測定官が頭を下げる。
「危険指定は、ありません。むしろ……」
言いかけて、止める。その続きを、私は求めなかった。リーナは、測定室を出る前に、一度だけ立ち止まった。
「……私」
小さな声。
「何か、変わりましたか」
私は、はっきりと答える。
「いいえ」
彼女は、少しだけ目を見開いた。
「あなたは、何も変わっていない」
それは、事実だ。測定で分かったのは、新しい才能ではない。ずっと、そこにあったものだ。リーナは静かに頷いた。
「……承知いたしました」
測定室の扉が、閉まる。私は一人になってから、ようやく息を吐いた。——出てしまった。だが、それは、裏切りではない。約束を破ったのでもない。彼女は、今まで通り、抑えてきただけで、ほんの一瞬、力が零れただけ。
問題は、これからだ。光は、見えてしまった。世界は、気づいてしまった。——だからこそ、私は決める。あの子に選ばせる。光をどう使うか。誰のために、どこで生きるか。その前に、やるべきことはまだある。
——彼女はなぜ、これほどまでに己を抑え続けてきたのか。その心の闇に、今しがた見つけたばかりの光を当てるのは、まだ少し先の話だ。




