表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
家族に売られてたどり着いた先は、王女様の侍女でした。 ――掃除だけは誰にも負けません。  作者: 月城 蓮桜音


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/82

第32話 考える時間

 その日は、いつもより作業が少なかった。理由は分からない。命じられた量が少なかった、というだけだ。王女が決めたことなら、それでいい。私は、与えられた仕事を一つずつ終え、道具を整え、最後に手を洗った。

 

 ——考える時間。そう言われたのは、初めてだった。「考えていい」と言われたのではない。考えてもいい、と言われたのだ。

 

 私は自室に戻り、椅子に腰を下ろした。小さな部屋。最低限の家具。落ち着く。ここでは、何も求められない。だから、息がしやすい。

 

 魔力量の測定。その言葉を、頭の中で繰り返す。嫌な感じはしない。ただ、少し重い。胸の奥に、硬い塊があるような感覚だ。

 

 ——使ってはいけません。

 

 母の声が、はっきりと蘇る。優しい声だった。叱る声ではない。理由も、たくさん説明してくれた。難しい話だったけれど、当時の私は理解したつもりでいた。

 

 目立つから。危ないから。測られたら、引き離されるから。だから、使わない。だから、抑える。それが、約束だった。

 

 私は指先を見る。掃除の時、無意識に力を入れすぎないようにする癖。魔法を使うよりも先に、体を動かす癖。空気が揺れたら、止める癖。……すべて癖だ。直そうと思ったことは、ない。必要だったから、そうしてきただけだ。

 

 実家には、仕事があった。やることがあった。私がいなければ、回らないことが、確かにあった。だから、測る必要はなかった。学ぶ必要もなかった。選ぶ必要もなかった。それで、十分だった。


 ……十分だった、はずだ。私は、膝の上で手を組む。王女の言葉を思い出す。

 

「あなたが、決めていい」

 

 決める。選ぶ。それは、少し怖い。間違えたら、取り返しがつかない気がする。今まで、間違えないために、選ばないで生きてきた。与えられた場所で、与えられた仕事をしていれば、それでよかったのだ。

 

 もし、測定して。もし、何かが見つかって。もし、それが“使える”ものだったら。私は、どうすればいいのだろう。母との約束を、破ることになる。でも、王女は、約束を破れとは言っていない。

 

 ——選んでいい、と言っただけだ。

 

 私は目を閉じる。王女宮の廊下。掃除の終わった床。息のしやすい部屋。誰にも叱られない場所。理由を説明しなくていい時間。

 ここでは、私は怒られない。役に立たなくても殴られないし、黙っていても、追い出されない。

 

 ……変だ。それだけで、胸が少し温かくなるのは。私は、ゆっくりと息を吸った。魔法は使わない。ただ、呼吸を整える。それだけで、空気が凪いでいく。昔から、そうだった。

 

 測定を受けるかどうか。まだ、答えは出ない。けれど——もし、使ってもいい世界があるのだとしたら。

 

 その考えが、頭から離れない。怖い。けれど、嫌ではない。私は、自分がそう感じていることに、少しだけ驚いた。考える時間は、まだ残っている。


 私は、椅子から立ち上がり、明日の準備を始めた。いつも通りの手順。いつも通りの動き。けれど、心の奥に、小さな違いが生まれている。

 

 選ばない、という選択しか知らなかった私に、初めて、「選ぶかもしれない」という余地ができた。答えは、まだ先だ。


 でも——考えている、この時間そのものが、もう、以前の私とは違っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ