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家族に売られてたどり着いた先は、王女様の侍女でした。 ――掃除だけは誰にも負けません。  作者: 月城 蓮桜音


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第31話 王子の違和感

 王女宮を訪れたのは、用事があったからだ。——という建前はあるが、実際のところ、妹の顔を見に来ただけだ。

 

 最近の妹は、少し張り詰めすぎている。仕事が増えたのもあるが、それだけじゃない。考え込む時の沈黙が、前より長くなった。肩が落ちる前に立て直してはいるが——無理をしているのは明白だった。だから、顔だけ見て帰るつもりだった。


 王女宮の裏廊下を通りかかった時、視界の端で人影が動いた。使用人用の通路だ。普段なら気にも留めない。だが、その動きが、妙に静かだった。

 

 ……静か、というより、無駄がない。王子としての習性で、自然と足が止まった。柱の影に身を寄せ、覗くつもりもなく、ただ様子を窺う。若い侍女が、一人で掃除をしていた。見覚えはある。妹の侍女だったはずだ。名前は——確か、リーナ。

 

 彼女は、誰もいないと思っているらしい。背筋を伸ばしたまま、淡々と動く。箒の角度。布巾の運び方。物をどかす順番。どれも、教えられた型というより、体に染みついた「習い」だ。

 

 魔法は、使っていない。……いや。正確には、「使っていない」ではない。使おうとして、止めている。ほんの一瞬、空気が揺れる。次の瞬間、何もなかったように収まる。……しっくりきた。意識的というより、反射だ。癖、と言った方が近い。

 

 私は、眉を寄せた。恐らく訓練じゃない。あれは、人に見せるための動きじゃない。評価される前提でもない。ましてや、王女付きとして“優秀に見せる”ための所作でもない。生活だ。長い時間を、同じ環境で過ごした人間の動き。失敗が許されない場所で、自然と身についてしまった間合い。

 

 私は、気づかないふりをして、視線を外した。これ以上見れば、覗き見になる。そういう趣味はない。だが、違和感は残った。……変だな。優秀かどうかは、まだ判断できない。才能があるかどうかも、分からない。ただ一つ、はっきりしているのは——あの動きは、一朝一夕で身につくものではないということだ。

 

 私は、廊下を曲がったところで足を止めた。少し考える。妹に言うべきか。報告するほどのことか。証拠もない。ただの感覚だ。……いや。今あいつが必要としているのは、情報じゃない。私は、そのまま執務室へ向かい、妹に顔だけ出した。

 

「忙しそうだな」

 

「ええ。少しだけ」

 

 簡潔なやり取り。顔色を確かめる。大丈夫だ。踏ん張れている。私は、踵を返す前に、ふと思い出したように言った。

 

「——あの侍女だが」

 

 妹が顔を上げる。

 

「リーナのこと?」

 

「ああ」

 

 私は、理由を説明しなかった。ただ、それだけを釘を刺すように言う。

 

「急かすなよ」

 

 妹は、一瞬だけ目を瞬かせた。それから、何も聞かずに頷いた。

 

「分かってる」

 

 それでいい。私は、王女宮を後にした。空は明るい。風は穏やかだ。王宮は、今日も平穏に回っている。——だが。あれは……。

 

 私は、それ以上言葉にしなかった。まだ、確信する段階じゃない。ただ一つだけ、胸の奥に(おり)のように残る感覚がある。あの侍女は、「選ばない」ことを、選び続けてきた人間だ。それが何を意味するのか。判断するのは、まだ先でいい。

 

 今はただ——妹が、正しい順番で進んでいることだけを、確認できれば十分だった。

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