第26話 私の仕事
書付を読み返す気にはなれなかった。内容は、すでに頭に刻まれている。何度見ても、変わるわけではない。私は執務机に向かったまま、指先を組んだ。魔力が強ければ、それだけで縁談の質は劇的に変わる。
——それは、この国では常識だ。測定、申請、そして教育。それらは、特別なことではない。貴族であれば、当然の手続きだ。もし、正しく測定されていれば。もし、記録が残っていれば。リーナは、奉公先を探されるような立場ではなかったかもしれない。
もっと条件の良い縁談が、——いや、少なくとも「選ばれる側」ではなく「選ぶ側」に座っていたはずだ。私は、重く沈んだ息をゆっくりと吐き出す。
知らなかった、では済まされない。忙しかった、では言い訳にもならない。測らなかった。申請しなかった。それは、判断だ。意図があったかどうかは、問題ではない。
結果として、選択肢は消えている。私は立ち上がり、壁際の書架へ向かう。制度関係の記録を引き抜く。魔力測定の規定。未成年者の申請義務。親権者の責任範囲。——全部、揃っている。誰も、止めていない。誰も、違反していない。ただ、誰も、娘の可能性を拾い上げなかっただけだ。
胸の奥が、じりじりと熱を帯びる。怒りだ。だが、まだ制御できる。私は机に戻ると、紙を一枚取り出した。新しい命令書。名前を書く。部署を書く。——王族権限による、追加調査。対象は、件の男爵家。名目は、奉公人選定の適正確認。理由は、書かない。
私は、筆を止める。ここから先は、私個人の感情ではない。制度の側が、制度として正しく機能する段階だ。——それでも。ふと、あの子の背中が脳裏をよぎる。説明しない。弁明しない。与えられた前提を、疑いもしない。
私は、静かに目を閉じた。怒りは、まだ外に出さない。まず、選択肢を返す。それが、今の私にできる、最初で最低限の責任だ。
私は、命令書に力強く署名をした。インクが乾くのを待ちながら、心の奥で、静かに誓う。あの子には、知らなかった世界を見せる。選べなかった道を、これから選べるようにする。
――それが、王女としての仕事だ。




