第25話 『外』の調査
呼び出されたのは、夜だった。場所は王女宮ではなく、兄の執務室。公式の場ではない。扉の前に立った時点で、それは分かった。
「入れ」
短い声。中へ入ると、兄は机の前に立っていた。書類はすでに閉じられている。——私を待っていた、という空気だ。
「……どうしたの?」
問いかけると、兄は少しだけ肩をすくめた。
「あの後、気になってな」
それだけ言って、机の引き出しから封のされた書付を取り出す。
「お前が侍女のことで動いているのは、分かっていた」
兄の視線は、こちらを射抜いたまま外れない。
「だから、外を当たらせた」
——外。私は、無言で書付を受け取った。
「王族専属の連中だ。表には出ない。記録も残らない」
王子の特権。必要な時だけ、「使える刃」。私は、封を切る。中身は、簡潔だった。感情も、推測もない。ただの事実の羅列だ。男爵家。数年前に、正妻が病没。ほどなくして再婚。家政は、すべて後妻に一任。
長女リーナは、家の管理役として扱われていた。教育記録は乏しい。魔法教育——記載なし。魔力量測定の形跡なし。申請自体が行われていない。弟は病弱。治療費の支出記録あり。
そして、奉公の経緯。——「紹介」ではなく、「取引」に近い形。私は最後まで読み終えても、すぐには顔を上げられなかった。
「以上だ」
兄の声は、淡々としている。
「誇張もしていなければ、削ってもいない。あいつらは、そういう連中だ」
私は、書付を閉じた。怒りは——まだ、湧いてこない。代わりに、胸の奥が、静かに冷えていく。
「……魔法教育が、端からないと?」
それは、偶然ではない。
「避けた、って感じだな」
兄は、机に腰を預ける。
「測られなければ、才能の有無は分からない。分からなければ、責任も発生しない」
私は、息を吸った。——知らなかった、では済まされない。この言葉が、内側で形を成す。
「お前が怒りに呑まれる前に、渡しておこうと思った」
兄は、私を見た。
「感情が動く前に、事実を見ろ。それができるのは、お前だけだ」
私は、ゆっくりと頷いた。
「お兄様……ありがとう」
兄は、それ以上、何も言わなかった。書付を胸に抱え、部屋を出る。廊下は、静まり返っていた。事実は、もう揃っている。あとは——どう向き合うかだけ。
私は、歩き出す。怒るのは、まだ先だ。その前に、あの子と対峙する準備をしなければならない。




