表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
家族に売られてたどり着いた先は、王女様の侍女でした。 ――掃除だけは誰にも負けません。  作者: 月城 蓮桜音


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/83

第23話 母との約束

 それは、本当に些細な瞬間だった。午後の公務を終え、王女宮の回廊を歩いていた時のことだ。リーナはいつも通り、私の数歩後ろを静かに付いてきている。

 

 ――ほんの少し、大気が震えた。誰かが遠くで魔法を放ったのだろう。大抵の者は気づきもしないほどの僅かな魔力の揺らぎ。けれど私は視界の端で、リーナの動きが止まるのを確かに捉えた。わずかな静止。浅くなる呼吸。その指先が、無意識に――何かを抑え込むように握り込まれた。私は足を止めた。

 

「……今のは?」

 

 声をかけると、リーナははっとして顔を上げた。

 

「失礼いたしました」

 

 返ってきたのは、型通りの謝罪だった。だが、理由の説明はない。私は彼女の瞳を見つめる。さっきの仕草。あれは――迷いだ。魔法を使おうとして、反射的に押し止めた。

 

「……あなた」

 

 問いは、吐息のように自然と口をついて出た。責める意図も、深く探るつもりもなかった。

 

「使えない、の?」

 

 リーナは、即座には答えなかった。一拍。二拍……。その沈黙は、言い逃れの言葉を探しているのではない。真実をありのままに告げるべきか、その是非を慎重に押し量っているようだった。

 

「……使ってはいけません」

 

 短すぎる返答。そこには理由も、弁明も、一切の装飾も添えられていない。言い訳も、説明もない。私は、肺を冷たい空気が満たすのを感じた。

 

「――誰に、禁じられたの?」

 

 リーナの瞳が僅かに揺れた。

 

「母に」

 

 それだけだった。胸の奥に、冷たい石が静かに沈み込むような感覚が走った。『使えない』ではない。「使わない」でもない。「使ってはいけない」。それは約束か、命令か。あるいは――呪縛にも似た誓いか。母というのは、実母のことだろうか。今は継母が家を管理していると、事前に目を通した身上調査の記録を思い出した。

 

 私はそれ以上、問いを重ねることはしなかった。詳しく聞いてしまえば、瞬く間に激情が沸き上がり、己の冷静さを焼き尽くしてしまうだろう。自分が彼女の置かれた不遇な境遇と、受けてきたであろう不当な扱いに、耐えがたい憤りを抱いてしまうことを――予見していたからだ。何故だ。どうしてこれほどの才を秘めていると理解していながら。

 

 「――その親は、何をしていたというの」剥き出しになりかけた鋭い問いを、辛うじて喉の奥へと押し込める。今は、まだだ。私は再び、歩みを始めた。リーナもまた、何事もなかったかのように静かに付き従う。けれど、二人の間を流れる空気は、もはや先刻までと同じではない。私の内なる調査は、より深く、昏い段階へと移行する。

 

 それは、単に憤るためだけではない——思索の刻を稼ぐための調査だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ