第21話 和解?
翌朝、掃除の途中で追い出してしまったせいで、中途半端だったはずの応接間は、綺麗に片付いていた。私が寝ている間に片付けたのだろうか? それしか考えられない。昨晩、遅くに部屋に戻った時には、まだ片付いていなかったのだから。
「おはようございます。朝の支度は、洗顔とお着替えでよろしいでしょうか?」
理不尽に怒られたはずなのに、リーナは淡々と仕事をこなそうとしている。なんて健気な娘なのだろうか。私は洗顔と着替えを頼んだ。我が家では、朝食は家族が唯一集まる時間と決まっていた。なので、私は食事を摂りに向かおうと立ち上がる。ふと気になって、リーナに声をかけた。応接間の整い具合から、随分早くから起きていたはずだ。
「……あなた、食事は?」
「既に済ませてあります」
「え?」
侍女の食事は、王族の食事が下げられてから摂るのが決まりだ。リーナは、王城で出された食事を摂っていないということ?
「何を食べたのかしら?」
「昨日のお昼にいただいた、ビスケットを……」
「王族が食事を摂ったあとになるけれど、使用人の食事はちゃんと出るから、食べていらっしゃい」
「いえ、私はそんなに食べられませんので……」
「それではダメよ、体に悪いわ。ちゃんと食べなさい。これからは、あなたは私の侍女として働くのだから――」
これは朝食後に言うべきことだったと「はっ」とする。私はまだちゃんと謝罪していないのだ。ここまで言って、後回しにするのも良くないと思い直した私は、リーナとしっかり視線を合わせた。——言葉を、選ばなければ。
「昨日は」
それだけ言って、一息つく。
「……怒って、悪かったわ」
飾らず、言い訳もしない。頭を下げるのは、一瞬だった。リーナは、驚いた様子も見せず、ただ小さく目を伏せた。
「恐れ入ります」
それだけ。謝罪を受け入れたという風でも、拒絶したわけでもない態度だった。私は、少し困惑しながらも話を続ける。
「聞きたいことがあるの」
彼女は、黙って続きを待つ。
「どうして……あの順番だったの?」
彼女の視線が、わずかに揺れた。書斎。寝室。応接間。汚れが目につく場所からではなく、“人が長く留まる場所”から整えた理由。リーナは、すぐには答えなかった。考えている、というより——説明しないことを選んでいるようだった。
「……必要だったからです」
短い答え。
「必要?」
「はい」
それ以上、言葉は足されない。私は、彼女を責める気になれなかった。代わりに、事実を一つずつ思い返す。書斎は、長時間仕事をする場所。集中できる空気になっていた。寝室は、息がしやすく、夜中に目が覚めることもなかった。応接間。最後に整えられたが、違和感はない。——順番が、すべて繋がっている。
「……あなた」
思わず、問いが零れた。
「掃除を、“見た目”でしていないわね」
リーナは、少し困ったように首を傾げる。
「汚れは、結果ですので」
結果。つまり、汚れそのものが原因ではないということか。私は、喉の奥が熱くなるのを感じた。
「魔法は?」
「最低限です」
即答だった。
「……そうしない方がいいと、教わりました」
——その言葉で、すべてが繋がった。異常なほど整っていた寝室。けれど、圧迫感がない。魔法の痕跡が、残らない。私は、ゆっくりと息を吐く。
——リーナは、魔法を“使いすぎていない”。それが、どれほど難しいことか。どれほど、自制が必要か。私は、リーナを見た。初めて、評価するためではなく、彼女を知るために。
「私は……」
言葉が、自然に出た。
「あなたと一緒に過ごしてみたい」
命令ではない。試すでもない。ただの、希望。リーナは、一瞬だけ目を見開き、それから、静かに頷いた。
「承知いたしました」
その声を聞いて、私は確信する。——この子は、危険ではない。むしろ、私のほうが、何も知らなかったのだ。調査は、もう始まっている。疑うためではなく、理解するための調査が。




