第20話 侍女長と真実
今はまだ、真夜中だった。王女宮の廊下は静まり返り、足音がやけに響く。私が侍女長の部屋を訪ねるのは、久しぶりだった。扉を叩くと、すぐに返事がある。
「どうぞ」
侍女長は机に向かっていた。書類の山はすでに片づけられ、灯りも落とされかけていた。
「遅くに、ごめんなさいね」
「いえ。お待ちしておりました」
……待っていた? 私は眉をひそめたが、侍女長はそれ以上何も言わず、椅子を勧めた。
「二つ、確認したいことがあります」
私の声は、思っていたよりも低かった。
「私の侍女の件です。それと……あの噂は、どこから流れたのですか」
侍女長は即答しなかった。一度、ゆっくりと瞬きをしてから、口を開く。
「意図的です」
短く、はっきりと。
「王女宮内の噂は、わたくしの管轄です」
胸の奥で、何かが落ちる音がした。
「……なぜ」
問いは、それだけだった。
「選別のためです」
侍女長は、目を伏せない。
「王女付きの侍女には、技術よりも先に、態度が求められます。噂に流される者。先入観で動く者。それらを、早い段階で弾く必要がありました」
私は、唇を噛んだ。
「では……リーナは」
「最後の面談でした」
その言葉が、重く響く。
「書類上、他の奉公候補はすでに不適と判断しておりました。正直に申し上げれば——」
侍女長は、少しだけ言葉を選んだ。
「リーナは、頼みの綱でした」
私は、息を詰めた。
「彼女の受け答えは、曖昧でした。自己評価も低く、弁明もしない」
侍女長は、静かに続ける。
「ですが、質問に対する理解力は高かった。何より、“余計なことを言わない”」
——怒られても、何も言わなかった。あの時の光景が、鮮明に蘇る。私は、何を言った? 彼女は、どうして黙っていた?
「リーナは……叱責を受けても、視線を逸らさず、言い訳もしなかったわ」
侍女長の声が、わずかに低くなる。
「はい。その態度を、わたくしは評価しました」
胸が、痛む。評価した。——私ではなく。
「……彼女は」
声が掠れた。
「自分が誤解されていると、分かっていたのですか」
「はい」
迷いのない返事だった。
「ですが、説明する必要はないと判断したのでしょう」
私は、背もたれに身を預ける。怒りは、もうなかった。代わりにあるのは、自責だ。順番を間違えた。見て、聞いて、確かめる前に——裁いた。
「明日」
私は、ゆっくりと立ち上がった。
「彼女に会うわ」
侍女長は、何も言わない。それが、承認だった。扉を出る直前、私は一度だけ振り返る。
「……あの子は」
喉が詰まる。
「怒られても、何も言わなかった」
侍女長は、静かに頷いた。
「ええ。それが、彼女の仕事でしたから」
その言葉を胸に、私は廊下へ出た。——もう、逃げられない。明日、私は頭を下げる。王女としてではなく、一人の人間として。




