六つの花 『六.綻び』
七月二十五日(9月11日)
長岡藩『軍事掛』三間市之進様率いる隊は、新町口で激戦を繰り広げていた。
新町口付近には、他の長岡藩兵も防衛線を敷いていた。
『銃卒隊・篠原伊左衛門隊』『稲垣林四郎隊』の二隊は三軒茶屋に防壁を作り、『鬼頭六左衛門隊』『小野田伊織隊』の二隊も喰違いで戦っていた。
彼らと共に、『三間市之進隊』は新町口を守った。
三間様の采配は実に見事で、兵の統率も良く取れていた。
長岡藩兵達は一睡もせず、疲労の中でも良く戦った。
新町口の戦いは、開戦以来の大激戦地であった。
多くの兵が、次々と死んでいった。
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午後
長岡藩は、大苦戦となった。
『銃卒隊・隊長』篠原伊左衛門様は負傷し、三軒茶屋の防壁を破られた『篠原伊左衛門隊』と『稲垣林四郎隊』は喰違いまで退却する事になった。
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その頃、地蔵町で屯営していた長岡藩『銃士隊長』大川市左衛門様は、新町口方面を心配そうに眺めていた。
兵が、血相を変えて大川様の許へ現れた。
「大川様!!
篠原伊左衛門様が、負傷されました!!」
「篠原が!?」
驚愕する大川様の目の前に、兵卒に背負われて来た篠原伊左衛門様が運ばれて来た。
篠原様は、大川様の剣友であった。
大川様は、苦しそうに呟いた。
「篠原・・・!!」
篠原様は苦しそうに呻きながら、大川様にすがった。
「『新政府軍』の勢いは、激しい!!
俺も何とか四人を倒したが、とうとう銃弾に貫かれてしまった・・・!!
戦場に戻って『新政府軍』を一人残らず殺してやりたいが、今は立つ事すら出来ない・・・!!
無念だ・・・!!
もし、我らが守る新町口を『新政府軍』がこれ以上攻めて来れば、支える事は難しいだろう・・・!!
どうか、新町口へ応援に向かって欲しい・・・!!」
しかし、この篠原様の懇願に対し、大川様は首を横に振り、静かに、苦しそうに答えた。
「我が隊は、此処を守れと言う『軍令』である・・・!!
もし我らが新町口へ救援に向かって、その隙を突いた『新政府軍』が此処を攻めて来ればどうなる・・・!?
我らには、此処を守る『責務』がある・・・!!」
その答えに対し、篠原様は大川様の両腕を握り締めながら叫んだ。
「新町口が破られれば、取り返した長岡城も再び落城するぞ!!」
「・・・」
大川様は、苦悶した。
その時、傍にいた隊士・大瀬庄左衛門様が大川様に進言した。
「恐れながら、申し上げます!!
私は、篠原隊長のおっしゃる通りだと思います!!
新町口は、今まさに破られようとしています!!
『本陣』の命令を待ってから対処しては、遅過ぎます!!
それに、もし新町口が破られ、後で我々が応援も出さずに傍観していたと言う罪に問われましたらどうされますか!?
今、我々の守るべき所から『新政府軍』の姿は見えません!!
少しの兵に此処を守らせ、他は直ぐにでも新町口へ向かわせた方が宜しいのではありませんか!?」
この進言に対し、大川様は大声で怒った。
「一隊士の分際で、何を言うか!!
『命令』を無視すれば、『統率』が崩れる!!
戦では、それが命取りになり兼ねぬのだぞ!!」
「・・・」
大瀬様は、黙り込んだ。
大川様は、意気消沈する大瀬様をしばらく眺めた。
そして、さっきとは打って変わって落ち着いた低い声で言った。
「だが、『それ』が必ずしも『正しい』とは限らない・・・。
どんな時でも、『最善策』が『命令通り』とは限らない・・・。
自分の経験や知識、状況から、最も適正なものを選び、判断しなければならない・・・」
それを聞いた大瀬様は目を見開き、大川様の顔を見つめた。
大川様はそれに応える様に、力強く見返し叫んだ。
「そして、今必要な判断は・・・『おみしゃんの言った事』だ!!」
「!!!」
大川様は、にっこりと笑って続けた。
「『千本木林吉隊』を地蔵口に留め、他の兵を新町口へ応援に向かわせる!!」
「はい!!!」
大瀬様は、直ぐに各兵に伝えに走った。
二人のやり取りを聞いていた篠原様は、信じられない思いで大川様を見つめた。
そして、涙を流しながら呟いた。
「大川・・・!!
感謝する・・・!!」
新町口へ救援に向かった『大川市左衛門隊』は栖吉川の沿堤を北へ走り、新保村にいた『新政府軍』を横撃した。
そして『新政府軍』から迎撃されながらも、『大川市左衛門隊』は新町口に入る事が出来た。
「『大川市左衛門隊』!!
応援に来た!!」
新町口で戦っていた三間様達長岡藩兵は、『大川市左衛門隊』の来援に歓喜した。
「応援、感謝する!!!
早速だが、蔵王村へ向かってくれ!!
前方で薩摩藩兵が防衛線を突破して、雪崩込んで来た!!
こちらの対応は、我らがする!!
背後の『新政府軍』を頼む!!」
「分かった!!」
『大川市左衛門隊』は、蔵王村へ急行した。
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新町口から、『本陣』に救援の『使番』が続々とやって来た。
『本陣』は、直ぐに『渡辺進隊』を救援に向かわせた。
それと同時に、継兄さんも城下で町民と踊る兵や休息している兵を集めて新町口の戦いへと向かった。
継兄さん達が新町口に到着すると、『使番』から救援を依頼された兵達が続々と集まって来ていた。
それでも、兵の数が足りなかった。
兵が、継兄さんに戦況を伝えた。
「河井様!!
新町口『長福寺』裏へ、『新政府軍』が入り込んでいるようです!!
恐らく、長岡城下の西神田町へ突入するつもりでしょう!!」
それを聞いた継兄さんは、思案した。
そして、叫んだ。
「ならば、俺がこれから援兵を求めに再び長岡城へ戻る!!」
継兄さんの言葉を聞き、戦中も継兄さんと常に一緒にいた寅さんが必死になって訴えた。
「河井様、自らですか!?
それは、危険です!!
もし行くとおっしゃるのならば、私もお供致します!!」
継兄さんは寅さんの必死な姿を見て、力強く言った。
「では、付いて来い!!」
継兄さんと寅さん、そして他に夏目貞五郎様や三堀忠一郎様が共にその場を離れ、長岡城へ向かった。
四人は長町、足軽町を通り抜け、何とか新町まで到着する事が出来た。
しかし、其処では銃弾が間断なく激しく飛び交っていた。
継兄さん達は雁木の下にしばらく隠れ、様子を見た。
継兄さんは、呟いた。
「随分、弾が飛んでいるな・・・。
此処を渡らぬと、城へは行けぬ・・・。
よし!!
弾が少し止んだら、俺は向かいの雁木へ移る!!
おみしゃん達も、様子を見て渡れ!!」
「はい!!!」
しばらく後、弾が少なくなった瞬間、継兄さんは急いで往来に出た。
その時、一発の銃弾の音が鳴り響いた。
『バキューーーーーーーーンンン!!』
音と共に、継兄さんの身体が大きく揺らいだ。
継兄さんの左足の膝下に、銃弾が当たったのだった。
継兄さんは血飛沫を上げながら、よろめいて歩き崩れ落ちた。
「河井様ーーーーー!!!!!!」
寅さん達は弾丸飛び交う中を夢中で走り、継兄さんを助け起こした。
苦痛の表情を浮かべながらも、継兄さんの意識はあった。
寅さんは、叫んだ。
「早く、雁木の下へ!!」
三人は、弾を避けながら継兄さんを運んだ。
夏目様は、持っていた白木綿で傷口を包んで止血を試みた。
しかし、血は瞬く間に白木綿を赤く染めた。
血が、止まらない。
「此処にいては、危険だ!!
安全な場所まで、河井様を戸板に乗せて運ぼう!!」
近くにあった戸板に継兄さんを乗せようとすると、継兄さんが皮肉気な笑みを浮かべながら三人を叱った。
「・・・おい!
頭が、北に向いているぞ・・・!
縁起でもない・・・!
南へ向けろ・・・!」
「あ!!
申し訳ありません!!
今、向きを変えます!!」
皆、狼狽していたけれど、継兄さんの言葉に少し落ち着きを取り戻し安心した。
まだ余裕がありそうな継兄さんの言葉に、三人は救われた。
夏目様と三堀様は戸板で継兄さんを運び、しばらくすると継兄さんは苦笑いをしながら呟いた。
「血が沢山出たから顔の色は悪いかもしれぬが、生命には別状はなかろう・・・。
しかし、足は・・・役に立つまいてな・・・。
ああ・・・。
寅・・・。
寅・・・・・」
その声を聞いて、寅さんは継兄さんを心配そうに覗き込んだ。
「はい!!!
河井様!!!」
継兄さんは寅さんの目をじっと見つめながら、力強く言った。
「もし人が俺の様子を聞いて来ても、『傷は軽い』と言っておけよ・・・!!!」
「はい・・・!
はい・・・!!」
寅さんは、何度も何度も頷いた。
継兄さんが負傷したと分かれば、士気に関わる。
『指揮者負傷』は、『新政府軍』に力を与える。
継兄さんは、『それ』を恐れた。
誰も、何も言えなかった。
皆が、ただただ涙を流し続けた。
三人は、どうにかして継兄さんを長岡城内の御引橋脇の土蔵作りの建物まで連れて行く事が出来た。
この時『三の丸』にいた私と團一郎は『継兄さん負傷』の噂を聞き、戸板に乗って運ばれて来た継兄さんの許へと向かった。
そして継兄さんに近づき、継兄さんの名前を呼んだ。
「継兄さん・・・!!」
私の声を聞いた継兄さんは、私の方を向いた。
継兄さんは一瞬驚き、そして少しだけ微笑んだ。
しかし、これ以上体を動かす事は出来ないようだった。
気丈に振る舞ってはいたが、継兄さんはとても辛そうだった。
継兄さんは仰向けのまま、天を見上げながら苦しそうに呟いた。
「戦況は・・・どうだ・・・?」
ある兵が、答えた。
「『新政府軍』が、城に近づいて来ているようです・・・!!
『旧幕府軍』の多くも、城に引き揚げたと言う知らせも来ております!!」
すると継兄さんは目をかっと見開き、起き上がろうとした。
「刀を、よこせ!!
この首だけは絶対に、『新政府軍』に渡さんでな!!」
そう言って、継兄さんは長刀を胸の上に横たえた。
そして、いきなり杜子美の詩を吟じ始めた。
『丸庫 餓死せず
儒冠 多く身を誤る
丈人 試みに靜かに听け
賤子 請ふ具に陳べん』
この詩は、いつも継兄さんが詠う詩だった。
『貴族達は、餓死する事は無い。
しかし、儒冠を身に付けた者は身を誤る。
貴方には、静かに聞いてもらいたい。
私はその事を、貴方に詳しく述べたい』
継兄さんはこの詩を吟じた時、いつもと変わらぬ態度だった。
継兄さんは常日頃、
『常に生死を度外に置く』
『生死岸頭に立って惑うようではいかぬ』
と言っていた。
その心は、どんな状況になっても変わらなかった。
その心は、本当だった。
『常在戦場』
継兄さんには、この『長岡藩の心得』が染み付いていたのだった。
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新町口の戦いは、混戦していた。
『本陣』から、『望月忠之丞隊』『河井平吉隊』の二隊も新町口に応援に駆けつけた。
しかし、『新政府軍』が来援して来た長岡藩兵を横撃。
その後『内藤直記隊』も来援し応戦したが、持ち堪える事が出来なくなり、とうとう城へと退却していった。
各隊が退却した後も、兵を励ましながら三間市之進様は奮戦した。
三間様は『伝騎』や『伝令』に、各隊が保塁を確保するよう叫び廻らせた。
「米沢藩兵が、間も無く来援する!!
それまで、持ち堪えようぞ!!」
「河井様が奪い返した長岡城から、大砲を引いて応援に来る!!
もうしばらくの辛抱だ!!」
その言葉を聞き、各兵は士気を高ぶらせ、『弾薬方』は『人夫』と共に弾薬を補給した。
しかし、それも夕方までだった。
継兄さんの負傷が、各隊に報告されたのだった。
「何!?
河井様が、負傷された!?」
一気に、不安が各兵を襲った。
『河井継之助 負傷』
その言葉は、長岡藩兵の気力を一気に失わせた。
各隊は、長岡城へ引き揚げて行った。
長岡藩が退くと、『新政府軍』は勢いに乗って保塁を飛び越え、神田口御門まで進出した。
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蔵王村に到着した『大川市左衛門隊』は、『新政府軍』と対峙した。
しかし『新政府軍』の勢いは激しく、『大川市左衛門隊』は次第に『新政府軍』に押されていった。
そして『大川市左衛門隊』は次第に耐える事が出来なくなり、『新政府軍』と銃撃戦を展開しながら神田橋まで引き揚げる事になった。
この時、大川様は負傷していた。
怪我に気付いた兵が、大川様に心配そうに言った。
「大川様・・・!!
怪我をされているでは、ありませんか!?」
それに対し大川様は気丈に振る舞い、力強く答えた。
「大事無い!!」
「しかし、顔色も土気色に・・・」
その時、『伝令』が走って来た。
「『新政府軍』が神田口御門に迫り、城が危ない!!
兵を引いて、速やかに城に入れ!!」
「城へ!?
分かった!!
皆!!
城まで退却だ!!」
「大川様!!
どのように退却致しましょうか!?」
「うむ・・・。
神田橋と神田口御門は、一丁(約100メートル)程の距離だ・・・。
途中、『新政府軍』と遭遇し兼ねない・・・。
時間は掛かるが、迂回して城中に入る事にする!!」
『大川市左衛門隊』は先ず今朝白町へ行き、その後台所町を経由して城内に入った。
城内には牧野頼母様、山本帯刀様達『執政』、花輪求馬様、村松忠治右衛門様、川島億次郎様達『参政』がいた。
「『大川市左衛門隊』か!!
良く来てくれた!!」
「はっ!!」
「ん・・・?
大川。
顔色が悪いぞ?」
「少々・・・負傷しておりまして・・・。
しかし、心配はございませぬので!!」
そう言うと、大川様は大粒の汗を流しながら、それ以上動けなくなってしまった。
「無理をするな・・・。
しばらく休め・・・。
おみしゃんの代わりを選ぶから、おみしゃんは早く怪我を治せ!!」
「申し訳ありませぬ・・・」
「『大川市左衛門隊』は、しばらく皂莢門で待つように!!
誰か、大川の傷の手当てをしろ!!」
『大川市左衛門隊』の隊士達は城の裏に座り、運ばれて来た酒を飲んで束の間の休息をした。
その後、『大川市左衛門隊』は大手口を守るようにとの命令があり、町口御門に向かった。
町口御門は前の戦いで焼失していたが、隊士達は焼け崩れた門や土を集めて障壁を作って『新政府軍』来襲に備えた。
『新政府軍』から分捕った大砲を据え、小銃を日暮れまで撃ち続けた。
その為、弾薬のほとんどを撃ち尽くしてしまった。
だがあまりに凄まじい長岡藩の戦いぶりに、『新政府軍』は神田口御門まで迫る事は出来たが、町口御門まで来る事が出来たのは僅かだった。
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新保橋の近くにある大きな法華塔の周りに、長岡藩兵が集まって戦った。
見る間に法華塔は、血の海と死体で埋もれていった。
『稲垣林四郎隊・隊長』稲垣林四郎様も、其処で負傷した。
その為、稲垣様は『小令』桑原文左衛門様に指揮を譲った。
そしてしばらく休息した後、稲垣様は手当を受ける為に城下『四郎丸』にある『昌福寺』に入った。
『本堂』には多くの負傷者が横たわっており、その中を蘭方医がメスや副木(骨折部分を固定する木)、包帯を持って治療の為に走り回っていた。
その他にも、付近の村から徴用された看護人がいた。
『ざわざわざわざわ・・・・・』
いきなり騒然となった。
「何だ・・・?
騒がしいな・・・?
どうしたのだ・・・?
あ・・・。
あれは・・・河井様!?
河井様か!?」
稲垣様は、戸板に乗せられて運び込まれて来る継兄さんを見た。
「まさか、河井様が負傷されたのか!?」
信じられない面持ちで、稲垣様は継兄さんの後を追った。
従者達は、継兄さんを客殿へと運んで行った。
そして、従者の一人が叫んだ。
「吉見雲台殿!!
客殿にお越し下さい!!
早く!!!」
『軍医』吉見雲台様は、急いで客殿へ向かった。
『本堂』は、静まり返った。
戸板に乗せられ客殿に入った継兄さんは、呻き声も上げず、真っ直ぐ天を睨んでいた。
継兄さんは、ただ『戦の行く末』だけを案じていた。
継兄さんの周りを、従者や『本陣』詰めの兵が心配そうに囲んでいた。
ある長岡藩兵が、継兄さんに寄り添う寅さんに静かに尋ねた。
「河井様は、何処で負傷されたのだ?」
寅さんは、悔しそうに答えた。
「新町口での戦いに赴き、その後、援兵を頼みに城へ戻る時に左足を撃たれました・・・。
何とかお城までお運びし、しばらく休息して多少元気になられたのですが、各隊の報告などを花輪様からお聞きしている内に顔色が蒼白となりました・・・。
河井様は頑固な方なので、それを我慢しようとなされましたが、花輪様の進言もあって、こちらの『昌福寺』で治療をする事になったのです・・・」
その時、吉見様が駆け足で客殿に入って来た。
そして、客殿の中央に横たわる継兄さんの傍に座った。
寅さんは、継兄さんに言った。
「河井様・・・。
傷を、吉見様に見せて下さい・・・」
すると、継兄さんは怒鳴った。
「うるさい!!
黙っていろ!!」
今度は、『藩医』阿部宗達様も駆けつけて来た。
「継さ!!
傷を見せてくれ!!」
継兄さんは少し安心した表情で、はっきりとした声で言った。
「宗達さんか!
ちょうど良い所へ!!
戦況を、見て来てくれ!!!」
阿部様は継兄さんと日頃から親しく、継兄さんの事を良く知っていた。
「ああ・・・。
分かった・・・。
だが、その前に傷を見せてくれ・・・」
阿部様が燭台の火を継兄さんの傷口に近づけようとすると、継兄さんはそれを手で払った。
「いらん!!」
しかし阿部様は意に介さないようにそれを無視し、継兄さんの衣服を破って傷を調べた。
「左膝の上が、破砕されている・・・!!」
「こんなもの!!
大した事は無い!!」
継兄さんは、興奮していた。
「継さ!!
治療させてくれ!!」
「いらぬ!!」
どうしても、継兄さんは治療をさせてくれなかった。
「ならば、止血だけはさせてくれ!!!」
結局、継兄さんは本格的な治療はさせなかった。
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夕刻
米沢藩は、七十九名もの犠牲者を出して『総攻撃』を仕掛けた。
しかし長岡藩兵にとって、この『総攻撃』は遅過ぎた。
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『米沢藩の攻撃開始が遅延した理由』
一.『弾薬の欠乏』
二十五日昼、米沢藩の『兵具方』中山清次郎様と夏井伝次様の二人が、
長岡藩『弾薬方』長谷川弾薬司に面会を求めて見附『本営』に来て
叫んだ。
「我が藩の各隊は、今暁、疾く大黒の諸塁を破壊するつもりです!!
しかし、弾薬が窮乏しており、攻撃出来ずにおります!!
弾薬二、三千を貸して頂けませんか!?
そうすれば、必ず今日中に大黒を破りましょう!!」
長谷川様は会津藩兵と協議し、米沢藩兵に弾薬三千を渡す事にした。
二人は弾薬を持ち帰り、その後『新政府軍』の諸塁を見事破った。
しかし『弾薬の欠乏』は、完全に克服された訳ではなかった。
一.『米沢藩兵の戦意喪失』
米沢藩兵は度重なる戦で、『新政府軍』との『兵力の差』と
『犠牲者の多さ』に士気を失いつつあった。
東山山麓の戦線も思うように進まず、また福井、大黒、
新組の戦線でも薩摩藩兵の逆襲にあった。
兵達の『戦意喪失』に、見附『本営』にいる
米沢藩『総督』千坂太郎左衛門様も
『戦を続行すべきか』を迷っていた。
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「もう、持ち堪えられない・・・」
間断なく続く『新政府軍』の猛攻撃に、城内で戦っている約六百名の長岡藩兵は戦意を失いつつあった。
「折角取り戻した長岡城が、再び落城する・・・」
「米沢藩兵の救援が、あれば・・・!」
「もう、弾薬が無い・・・」
「城内には、遺棄した大量の鉄砲や弾薬があったはずだ!!
それは、どうしたのだ!?」
城内は不安と恐怖、そして悲しみに満ちていた。
最早、為す術がなかった。
町口御門内の『大川市左衛門隊』は、集まって協議した。
「米沢藩が盟約に背けば、城は今夕まで持たない!!
米沢藩は、頼りにならない!!
我らだけで、戦おう!!
何としても、一矢報いてやる!!」
「どうする!?」
「弾丸一つを残して全て銃口に装填し、『新政府軍』を待とう!!
『新政府軍』は我が藩の弾丸がつきれば、必ず壕を越えて来るだろう!!
ぎりぎりまで『新政府軍』を近づけ引きつけ、最後の一発を直に撃ち込んでやろう!!」
「道連れか!!
それは良い!!」
「よし!!
城内の家老屋敷や壕外の町屋に火を付けて焼き払い、決死の覚悟で『新政府軍』の襲来を待とう!!」
しかし、夜になっても『新政府軍』は攻めて来なかった。
寧ろ砲声や銃声が遠くなり、夜にはとうとう全く聞こえなくなった。
「『新政府軍』は、攻めて来ないのか・・・?」
「どう言う事だ・・・?」
「何かあったのか・・・?」
『ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・』
「空が暗くなってきた・・・」
「雲も厚くなってきたぞ・・・」
「あっ!
見ろ!!!
光ったぞ!!!」
「雷だ!!」
『ピカ!!!』
空が一瞬光ると同時に、『ポツリ ポツリ』と雨粒が地面に落ちて来た。
そして直ぐに、大きな音を立てながら空から雨が降って来た。
『ザーーーーーーーーーー』
「雨が降って来たぞ!!」
「銃が濡れないように注意しろ!!」
「体温を奪われるぞ!!
暖かくしろ!!」
「雷に打たれないように、建物の中に入れ!!」
私と團一郎はその頃、他の長岡藩兵と共に『三の丸』の外で遺体の埋葬をしていた。
雨が一気に激しくなり、私と團一郎は雨に濡れた。
その雨は、私達の表面についた『あの女性』の血を洗い流した。
しかし、身体の奥底にこびり付いた血を洗い流す事は出来なかった。
私達は、急いで『三の丸』の中に避難した。
雨は、当分止みそうになかった。
私は團一郎に話し掛けようと、團一郎の方を見た。
すると、團一郎はじっと空を見上げていた。
私は、そんな團一郎を見つめながら聞いた。
「どうしたの・・・?
團一郎・・・?」
團一郎は、嬉しそうに微笑みながら答えた。
「秋です・・・。
秋が・・・やっと来たのです・・・。
冬まで・・・もう少しです・・・!!
私達は・・・きっと・・・!
きっと、勝てます!!
今、持ち堪える事が出来れば、きっと勝てます!!!」
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西神田町には長岡藩の下級武士の屋敷があったが、先の長岡城落城の際に焼けていた。
しかし西神田町東側の神田町にある商家の建物は、ほとんどそのまま残っていた。
神田町には数刻前まで新政府軍『本営』があり、山県狂介や長州藩『干城隊』が宿陣していた商家があった。
その商家は長岡藩兵によって火が掛けられ、一部が燃えていた。
長岡藩兵達は焼け落ちた城や家屋敷を懐かしみながら酒を酌み交わし、雨の一夜を過ごした。
美しかった、かつてのお城や町を夢見ながら、雨と共に涙を流した。
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七月二十六日(9月12日)
暁七ッ時前(午前4時頃)
『伝令』が、長岡城に来た。
「米沢藩兵が、筒場口を破って長岡城下に来ました!!」
「米沢藩が!?」
「では、米沢藩は我らを裏切った訳ではなかったのだな!!」
「盟約通り、米沢藩は我らを救援しに来てくれたのだな!!」
「よし!!
我らもやるぞ!!」
喜びに溢れる長岡藩兵達の中に、一際派手な羽織を身に着けた『大川市左衛門隊』大瀬庄左衛門様がいた。
ある隊士が、大瀬様に話し掛けた。
「大瀬殿?
随分派手な『家紋』の羽織ですね・・・?」
その問いに、大瀬様はにこにこしながら答えた。
「地蔵口で拾って着ていたのだが、籠城戦で『もう死ぬのだから不要だ』と思って一度は捨てたものだ。
だが、寒くてまた拾った。
『勝利の可能性』が見えた、喜ばしい時だ!!
この位の無礼講があっても良かろう!!」
「そうですな!!
本当に喜ばしい事です!」
長岡藩兵は、歓喜に沸いた。
士気は、大いに高まった。
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長岡藩兵の『長岡城奪還戦』により、東山連峰での戦も激闘となった。
『旧幕府軍』は、大攻勢で攻めた。
しかし、『新政府軍』はなかなか退かなかった。
もし『新政府軍』が此処を持ち堪えれば、長岡城にいる長岡藩兵を側面から攻撃して来る可能性があった。
危機を察した『長岡藩本陣』は、『斥候』を森立峠付近に派遣した。
しかし多くの『斥候』が『新政府軍』に捕らえられ、惨殺された。
『総攻撃開始』を知らせる『旧幕府軍』の狼煙が、栃尾城址に上がった。
この合図の烽火に対し、『旧幕府軍』は三発の花火を打ち上げた。
本津川村を固めていた長州藩、松代藩、上田藩勢へ、会津藩兵、米沢藩兵が攻撃を仕掛けた。
この攻撃の中には、『済民隊(越後の農民を集めて編成した隊)』七十名も参加していた。
『済民隊』は米沢藩『桜孫左衛門隊』と協同して間道を通り、正面攻撃の米沢藩『雷伝隊』と共に『新政府軍』を挟撃する予定であった。
しかし突撃すると、『新政府軍』の射撃で多くの『済民隊』は倒されていった。
多数の犠牲者を出し、『済民隊』と『桜孫左衛門隊』は引き揚げる事になった。
土ヶ谷でも、『衝鋒隊』と米沢藩兵が山林を越えて『新政府軍』の塁を襲ったが、結局落とす事が出来なかった。
東山山麓の最前線である田井村、椿沢村などでも攻撃を仕掛けたが、『新政府軍』の塁を破壊する事は出来なかった。
『新政府軍』は『長岡城陥落』の報を聞いて、幾つかの隊を南方に移動させていた。
しかし『旧幕府軍』は、南下して来る『新政府軍』を山中から完全に駆逐する事が出来なかった。
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午前八時頃
「米沢藩兵が、入城して来たぞーーーー!!」
「おお!!
まるで戦国武者のようだ!!」
「長岡を取り戻せたのは、米沢藩のおかげだ!!」
「あっ!!
見ろ!!
長岡藩『大砲隊』、『予備隊』、それに米沢藩、会津藩、仙台藩、新発田藩(新潟)などの同盟諸藩兵も入って来た!!」
「おお!!!
『新政府軍』から奪い取った品が、山のようだ!!」
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『隊長』由良安兵衛様率いる長岡藩『大砲隊』は、開戦前、大砲三十二門を所持していた。
しかし≪八丁沖渡河作戦≫の際に使用する事が出来たのは、たったの二門だけだった。
しかもその二門の大砲は、八丁沖を渡河する事が出来なかった。
その為『大砲隊』は八丁沖を渡河せず、福井村から出撃する米沢藩と共に街道を南下する事になった。
『大砲隊』は百束村の戦場から、米沢藩と協同して戦った。
その後、『大砲隊』は『長岡藩旗印』である『五間梯子』の旗が翻った二門の砲車を携えて長岡城に入城して来た。
その姿は、誇りに満ち溢れていた。
『大砲隊』の帰還に、城内は喜びの声でいっぱいになった。
帰還した『大砲隊』は、皆と喜びを分かち合いたかった。
しかし、ゆっくり休む時間はあまり無かった。
『大砲隊』が少々の酒を飲み、切餅を食べていた時、『本陣』から命令が下った。
「『大砲隊』は大砲一門を携えて草生津村へ、もう一門を携えて摂田屋村へ赴くように!!」
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _
「皆様!!
おめでとうございます!!」
城内で手伝っていた町の人々が、歓喜する長岡藩兵の許へ祝いを述べに来た。
「有り難う!!
其方達の助けがあったから、城を奪還する事が出来た!!」
それに対し、町の人々は満面の笑みで答えた。
「自分達の国を守る事は、当然のこと!!
それに我らの力など、微々たるもの・・・!!
やはり、皆様の決死の覚悟があったればこその勝利でございます!!」
その言葉に、長岡藩兵達は息を呑んだ。
そして突然、長岡藩兵達は町の人々に深く頭を下げて言った。
「・・・済まない!」
「な・・・何を謝るのです!?
面をお上げ下さい!!」
しかし、長岡藩兵達は人々に頭を下げ続けた。
そして、苦しそうに言った。
「我らは勝つ為とは言え、町に火を放った・・・。
おみしゃん達の家も燃えたのだろう・・・?
そんな非道な事をした我らを、おみしゃん達は命懸けで助けてくれた・・・。
どんなに謝っても、許してもらえるとは思っていない・・・!!」
「・・・」
「だが、約束する!!!
長岡を完全に取り戻したら、必ず国を前よりも豊かにする!!
おみしゃん達への感謝の念を、形にして返す!!
本当に、済まなかった!!!」
その言葉を聞いた人々は、少し涙を溜めながら答えた。
「そう言って頂けるだけで、私たちは十分でございます。
さあ!!
お酒のご用意も致しました!!
今宵は、勝利に酔いしれましょう!!」
「ああ!!
ああ!!」
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『横田大助隊』は四郎丸村に入って障壁を築き、隊士を東方の長倉村まで番兵として巡邏に向かわせた。
長倉村には街道が通り、悠久山、森立峠、栃尾へと繋がる要衝でもあった。
長倉村で山内与喜八様と熊倉良之助様は、重そうな小長持を持って走る不審な二人の『軍夫』を見つけ叫んだ。
「何処へ行く!!
その長持の中には、何が入っている!?」
詰問された二人は恐怖し、震えていた。
山内様は、怒気を含ませて叫んだ。
「怪しいな・・・。
答えぬのなら斬るぞ!!」
二人はその凄みに圧倒され、涙目になりながら答えた。
「ひえっ!!
こ・・・これは、『新政府軍』の軍資金でございます!!」
山内様と熊倉様は驚いた。
「何!?
『新政府軍』の軍資金!?
これは、運が良い!!
よし!!!
おぬし等、それを持って付いて来い!!」
「へっ・・・!!
へえ!!」
そして、『軍夫』二人を『横田大助隊・隊長』横田大助様の所へ連れて行った。
其処には、『大隊長』牧野図書様もいた。
横田様は、山内様に聞いた。
「どうした!?」
山内様は、答えた。
「長倉村で不審な人物がいたので、連行して参りました!!
二人は、この長持を担いでいました!!」
「長持・・・?
中身は何だ!?」
山内様は、嬉しそうに答えた。
「金でございます」
「何!?
金だと!?」
横田様も牧野様も、目を見開いた。
横田様は、興奮しながら言った。
「長岡城の『本陣』へ通知して『勘定方』に来てもらい、幾らかを調べさせよう!!」
しばらくして『本陣』から『勘定方』がやって来て、中身を調べた。
「金銀とり混ぜて、およそ千百十七両三分(約7千万円)です!!」
見守っていた横田様達は、驚愕した。
「そんなに!!」
「よし!!
これを、軍資金にあてよ!!」
「『軍夫』二人は、如何致しましょうか?」
「『軍夫』は縛って、『本陣』へ引っ立てよ!!」
軍資金を手に入れる事が出来、皆、勝機に酔った。
金は、戦では幾らあっても足りなかった。
多額の金を手に入れ、勝機が見えた。
しかし、それも束の間だった。
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午後二時
四郎丸村にいる『横田大助隊』の許へ、『本陣』から『使番』が来た。
「新町口が苦戦なので、半隊を出張させよ!!」
「半隊を・・・!?
長岡城での戦闘が、思うようにいっていないのか・・・!?
分かった!!
今直ぐ、向かわせる!」
横田様は、不安を覚えた。
『ドォーーーーン』
『ドォーーーーン』
横田様は砲声のする方を見つめながら、呟いた。
「新町口方面からの砲声が、大きくなってきた・・・」
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午後四時頃
『使番』が、再び『横田大助隊』の許に来て叫んだ。
「城下に『新政府軍』が入り込んだので、城東『観光院・稲荷堂』前を固めよ!!」
『横田大助隊』の残りの半隊は、急いで『稲荷堂』へ赴いた。
「北隣の長町に、『新政府軍』が居るとの情報です!!」
「其処まで『新政府軍』は侵入して来ているのか!?」
『横田大助隊』は長町で『新政府軍』を見つけ、応戦した。
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午後八時頃
豪雨となった。
銃撃戦は、一時中止となった。
『旧幕府軍』は木の下で雨を凌ぎ、身体を休めた。
『新政府軍』は、信濃川方面へ逃れて行った。
雨で空は暗かったけれど、燃え広がる火で城下は明るく照らされ、まるで昼間のようであった。
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『兵糧方』の軍夫が、城内の各隊士におにぎりを配った。
「おお!!!
握り飯か!!」
「久しぶりの食事だ!!」
「一昨夜渡された餅は、既に食い尽くしてしまったからな・・・。
これは助かる!!」
『ドキューーーーン!!』
『ドキューーーーン!!』
『ドキューーーーン!!』
草生津渡船場からは、未だに銃声が鳴り響いていた。
「まだ、草生津の方では戦闘が続いているのだな・・・」
「取り敢えず今はこれを食って、次の戦闘に備えよう!!」
「そうだな!!
腹が減っては、戦は出来ぬからな!!」
食後、装備を調えて各隊は『隊長』の号令で戦地へ赴いた。
しかし隊士の中には寝不足や負傷、そして仲間の遺体を運ぶ事が出来なかった罪悪感や虚脱感から立ち上がる事が出来ない者もいた。
そんな時、『継兄さん負傷』の噂が急速に隊士達に広まった。
動揺が走り、隊士達の士気を鈍らせた。
「河井様が、負傷されたらしい・・・」
「四郎丸村の『昌福寺』に、運ばれたそうだ・・・」
「傷の具合は、如何だろうか・・・?」
「戦いはこれからだと言うのに、河井様がおられなければ困る・・・」
「河井様に何かあれば、長岡藩は・・・」
『本陣』では『大隊長』山本帯刀様、牧野図書様、稲垣主税様達を中心に、『軍事掛』花輪求馬様、萩原一平様、三間市之進様、村松忠治右衛門様達が集まって軍議を開いていた。
その時、『本陣詰め・使番』酒井貞蔵様が『本陣』に入って来た。
酒井様は、藩校『崇徳館・造士寮長』を務める『朱子学者』であった。
酒井様は、皆の前で堂々と叫んだ。
「恐れながら申し上げます!!
『使番』でありながら、このような進言は慎むべき事ではありますが、長岡藩の事を思って進言させて頂きます!!
諸兵は直ぐにでも城外へ進出し、『新政府軍』を領外へ放逐すべきと存じます!!
河井様の作戦に従えば、『新政府軍』を高田まで追い落とし、冬を待って栃尾に兵を収めるべきです!!」
その言葉を聞き、長岡藩の実質的指導者になっていた山本帯刀様は感動し、酒井様の進言を取り入れて全軍の出陣を命じようとした。
しかし、『軍事掛』村松様がそれを止めた。
「待て!!
出陣には、各隊の事情を考慮すべきだ!!」
村松様は、続けた。
「各隊とも一昨夜以来激闘し、死傷者は少なくない!!
疲労は、甚だしい!!
追撃も分かるが、少し待っても良いのではないだろうか!?」
それを聞き、普段は温厚な花輪彦左衛門様が声を荒げて叫んだ。
「我らが長岡城を取り戻したのは、『故城の奪還』のみが目的では無い!!!
我が領地を浸食し、我が民を苦しめる薩長の奴輩の息の根を止める事を目的としている!!
諸兵が疲れているとはいえ、この機を逃すべきでは無い!!」
花輪様はかつて『崇徳館』の教授を務め、戦時中も『銃士隊長』として若い隊士達と共に戦ってきた。
多くの隊士も、殺された。
死んでいった者達の無念を晴らす為にも、城を完全に取り戻し、『新政府軍』を駆逐しなければならないと考えた。
しかし、村松様はそれを認めなかった。
村松様は、先を考えずに主張した。
「一気に兵を投入するのではなく、昨日一昨日の夜に奮闘した隊は追々出撃すれば良い!!
疲労は、多少軽減されるだろう!!」
それを聞いた花輪様は怒って自分の隊へ戻り、南に向かって出撃して行った。
村松様の意見も、理解出来る。
しかし、もしこの時、継兄さんの作戦通り出撃していれば、結果は違っていたのかもしれない。
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『米沢藩・探索方』大熊佐登美様は四、五人の供を連れて、煙くすぶる長岡城下に入った。
市中を歩いていると、焼け残った家の前で、四十歳位の女性と二人の子供を見つけた。
女性は、遊んでいる二人の子供を見つめ微笑んでいた。
「随分と、悠然とした態度だな・・・。
長岡の女性とは、こういったものなのか・・・?」
女性と子供達を見つめる大熊様を不思議に思ったある米沢藩兵が、大熊様に話し掛けた。
「大熊様・・・?
どうされました?」
それに対し、大熊様は首を横に軽く振って答えた。
「いや・・・。
よし!!
此処で、一休みでもしよう!!!」
そう言うと、大熊様は二人の子供を見つめる女性に近づき、腰から煙草を出しながら言った。
「済まぬが、火を貰えるか?」
「はい。
少々お待ち下さい」
女性は台所へ行き、消し炭を持って来た。
女性は、消し炭を大熊様に差し出しながら言った。
「どうぞ」
女性のその振る舞いがとても気高く、大熊様はその女性が町人とは見えなかった。
大熊様は、女性に尋ねた。
「武士の奥方のようですが、姓名をお尋ねしても宜しいか?」
すると女性は、涙を流しながら答えた。
「私は、長岡藩士・大森彦右衛門の妻でございます」
「やはり、武士のご妻女であったか・・・。
しかし、何故此処に?
城を奪還したとはいえ、『新政府軍』は未だ周辺に潜んでおりますぞ」
それに対し、女性は毅然として答えた。
「私達親子は、五月十九日の落城からずっと、あちこちに隠れ住んでおりました。
今まで経験した事の無いような苦労を致しましたが、二人の子供によって私は生き延びる事が出来ました。
この度のお城の奪還の成功は、ご尊藩のおかげであるとお聞きしております。
有り難うございます。
故郷に帰る事が出来、とても感謝しております。
先程、親類の者にも会い、夫の彦右衛門も栃尾の陣中にいると聞きました。
長岡城へも、もうそろそろ戻って来るようなので、此処で子供達と待っているのでございます。
早く、夫に子供達を会わせたいです・・・」
それを聞き、大熊様は哀れみながら言った。
「そうですか・・・。
必ず・・・お会い出来ましょう・・・」
そして大熊様は、自分の家族の事を思い出しながら女性とその子供達を見つめ続けた。
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『新政府軍』の兵は横暴で、残虐で、我慢が足りなかった。
川袋村では戦いを見ていた農民をいきなり斬り殺したり、一ヶ月以上も続く対戦に飽きる者もいた。
また隊長達に、婦人を斡旋する者もいた。
筒場村を守っていた薩摩藩兵は、遊郭から二人の女性を呼んで陣中に泊まらせていた。
其処を米沢藩兵に襲われ、薩摩藩兵は女達を残して敗走した。
しかし、女達は薩摩藩兵を追って来た。
薩摩藩兵は仕方なく、女を連れて芹川村にある寺に逃げ込んだ。
薩摩藩兵は、息を切らしながら言った。
「済まぬが・・・。
茶をくれ・・・」
すると寺の僧侶が、奥から現れた。
そして、激しく叱咤した。
「軍に臨んで婦人と戯れ、あまつさえ一緒に逃げるなど一体どう言う事だ!!
だから、敗走する事になったのだ!!
そのような腐った輩は、決して寺内に足を入れる事は許さん!!」
二人の薩摩藩兵は、僧侶の剣幕に驚いた。
まさか占領地とも言うべき長岡藩領で、叱責されるとは思わなかった。
二の句も告げず、二人は恥ずかしそうに立ち去って行った。
薩摩藩兵の凶暴さに、人々は恐れていた。
それにも拘らず、僧侶は堂々と正論を述べた。
この僧侶は、漢気のある人物であった。
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長岡城を奪還し、兵や家族にも余裕が生まれてきた。
潜伏していた家族に会いに行く者、戦いで死んだ兄弟や親、子供を探す者、城下に戻って家に帰る者もいた。
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『花輪彦左衛門隊』土屋政寛様は、『隊長』の花輪彦左衛門様に聞いた。
「花輪様・・・。
実は、私の妻が近くの曲方村に潜伏しているらしいのです・・・。
会いに行っても・・・宜しいでしょうか?」
花輪様は、満面の笑みで答えた。
「おお!!
勿論だ!!
気を付けて行け!!」
「はい!!!」
土屋様は、嬉しそうにその場を後にした。
二十六日の七つ半頃(午後5時)、土屋様は三ヶ月ぶりに妻と再会した。
お互い抱き合い、落城の悲しみを話し、会えた喜びに涙した。
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『大川市左衛門隊』大瀬庄左衛門様は、弟の大瀬紀幹様の遺体を探しに新保村まで一人引き返して行った。
前日、『大川市左衛門隊』は新保村で激闘している『鬼頭六左衛門隊』の救援に赴いた。
『鬼頭六左衛門隊』には、大瀬様の弟がいた。
「紀幹と共に、戦えるのか!!」
大瀬様は喜び、戦場へ向かった。
戦場に着くと、顔見知りの吉田様を見つけた。
大瀬様は、吉田様に聞いた。
「弟の紀幹は、何処でしょうか!?」
吉田様は、辛い顔つきで答えた。
「今し方・・・貴公の弟君は『新政府軍』の弾に当たって戦死された・・・」
「・・・!!
そ・・・それは何処・・・!?」
場所を聞こうとしたところ、乱戦となって紀幹様の遺体を見つける事が出来なかった。
大瀬様は、弟を助けられなかった事をずっと悔やんでいた。
大瀬様は長岡城奪還後、新保村に着いて捜索した。
そして、庄屋屋敷の裏でこめかみを撃たれて死んでいる紀幹様の姿を発見した。
紀幹様は、仰向けになって血を流していた。
大瀬様は紀幹様の遺体を抱き起こして、声を殺して泣いた。
「良く戦った・・・。
紀幹・・・。
助ける事が出来ず・・・済まなかった・・・!!!
俺も、直ぐにお前の許に行く・・・!!!
それまで、待っていてくれ・・・!!!」
大瀬様は紀幹様の遺体を運び、村人に幾らかのお金を渡して遺体を葬ってくれるように頼んだ。
そして、再び南境の戦場へ向かった。
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≪八丁沖渡河作戦≫の『前哨兵』として活躍した鬼頭熊次郎様の遺体も、実兄の妻達によって収容された。
遺体は二昼夜を経て、顔は腫れ爛れ、識別が困難だった。
「本当に・・・熊次郎様でしょうか・・・?」
「両足を見て・・・」
「内側に曲がっている・・・。
ああ!!
熊次郎様だ・・・!!」
「間違いない!!
あの、優しい熊次郎様だ!!」
「私達の子供の学資を稼ぐ為に、曲がってしまった足・・・」
熊次郎様の足は、内曲がりの足だった。
八丁沖で良く漁をしていた熊次郎様は長時間湖面を見つめて座っていた為、いつの間にか足が内側に曲がってしまった。
その上重い薪を背負った為に更に足が曲がり、とうとう元に戻らなくなってしまった。
自分の身を削ってまで熊次郎様が八丁沖で魚釣りをしていたのは、兄上である小山様と母の実家の子供達の学資を稼ぐ為だった。
「遺体を漬物桶に入れて近くの川まで運び、洗い清めましょう」
「本当に、良く戦って下さいました・・・。
お辛い人生・・・だったでしょうに・・・。
ゆっくり、お休み下さい・・・」
鬼頭家の人々は鬼頭様の死を悲しみ、涙を流しながら鬼頭様の遺体を手厚く葬った。
当時四十三歳だった鬼頭様は、妻子を持っていなかった。
長男以外が兄の家に居候し、独り身でいる事は世の常であった。
不満を持つ人もいた。
しかし鬼頭様は何一つ文句も言わず、家族の為、藩の為、国の為に命を捧げ、全てを受け入れて死んだ。
鬼頭様の遺体は火葬され、鬼頭家の菩提寺である『西願寺』の墓所に葬られた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私と團一郎も、城下で親戚や知り合いを探した。
すると力強いけれど、優しい声が背後から聞こえて来た。
「團一郎・・・?
・・・ゆき・・・?」
私達の名前を呼ぶ声、それは姉上の声だった。
「姉上!!!」
汚れ、ぼろぼろになった着物を身に纏っていたけれど、其処にいたのは紛れもない私の姉・本富うめだった。
姉上の横には四歳になる姉上の娘・さき、義母上様の菊様、六助と同い年の下男・孫七が立っていた。
私と團一郎は泣きながら、姉上へ向かって走った。
そして私は姉上に抱きつき、姉上も私をきつく抱き締め返してくれた。
私は姉上を抱き締めながら、聞いた。
「良かった!!!
ご無事で!!!
今まで姉上達は、何処にいらしたのですか!?」
姉上も私を抱き締めながら、答えた。
「私達は、孫七の家に今まで避難していたのよ・・・」
「孫七の・・・?」
私は姉上から身体を離し、孫七の方を向いた。
孫七は、慌てて私から目を反らした。
そんな孫七を見つめながら、私は言った。
「孫七・・・。
有難う・・・。
姉上達を・・・守ってくれて・・・」
孫七は少し照れながら、『いえ・・・』とだけ言った。
孫七は六助と違い、とても控えめだ。
二人とも性格は違うけれど、とても仲が良い。
姉上は照れる孫七を優しく見つめ、そして今度は私の方を見ながら言った。
「ゆき・・・。
貴方達は、今まで何処にいたの・・・?
母上達とご一緒・・・?
母上達は、ご無事なの・・・?」
私は自分達の事を話せば、きっと姉上達が心配すると思い、自分達の事は詳しく話さない事にしようと思った。
「私と團一郎も、母上や六助、きよと一緒に今まで山奥に隠れていました。
そして長岡城を奪還したと聞いて、私と團一郎だけが様子を見にお城に戻って来ました。
母上は六助ときよと共に、今も安全な場所にいます。
父上は、お殿様に付いて会津へ向かったと聞きました。
シロは、戦が始まる前に逃がしました・・・。
兄上は・・・」
「・・・?」
私は、言葉に詰まった。
兄上の死を、最初は隠そうと思った。
折角喜んでいる姉上達に、悲しい思いをさせたくないと思った。
でも、もしそれを知ったら、姉上は『そんな優しさは、いらない』と言うだろうと思った。
悲しみを受け止める力が、姉上にはあると思った。
だから私は、『本当の事』を言おうと思った。
「兄上は・・・死にました・・・」
「・・・!!!」
姉上は大きく目を見開き、震える声で聞いた。
「司郎は・・・戦・・・で・・・?」
「いえ・・・。
兄上は・・・戦が始まる前に・・・自害されました・・・。
足手纏いに・・・なりたくないからと・・・」
すると姉上は何かに耐えるように拳を握り締め、一言だけ呟いた。
「そう・・・」
そう一言だけ言って、姉上は目をきつく閉じ、歯を食いしばった。
そしてしばらくしてから、少し微笑みながら言った。
「では・・・他の皆は、無事なのね・・・。
良かった・・・」
姉上は、気丈に振る舞おうとしていた。
私はそんな姉上を、眩しそうに見つめながら答えた。
「はい・・・。
・・・あの・・・。
姉上・・・」
「何・・・?」
「義父上様と義兄上様は・・・?」
姉上は一瞬悲しそうな顔をしたけれど、直ぐに力強い目をして答えた。
「分からない・・・。
でも、きっと大丈夫です・・・!!
義父上は、お強いから絶対にご無事です!!
旦那様も毎日私が鍛えていたから、きっと生きています!!!」
そう言って、姉上はにっこりと笑った。
私はその笑顔を見て、自然と笑みがこぼれた。
『ああ・・・。
義父上様と義兄上様は、きっと生きている・・・』
そう、思った。
そう、言い聞かせた。
それと同時に、私は、こう思った。
『姉上は、やはり強い』
この強さがあれば、強い心を持とうと思っているのなら、姉上も『大丈夫』だと思った。
安心した私は、姉上に今後の事について聞いた。
「姉上達は、これからどうなさるおつもりですか?」
「取り敢えず、私達は一度家に戻り、義父上と旦那様の帰還を御待ちするつもりです。
・・・貴方達は?」
「私達は、お城へ行こうと思っています。
微力かもしれませんが、私達でも何かの役に立つかもしれないので・・・」
「そう・・・。
気を付けてね・・・。
二人とも・・・」
「姉上達も・・・」
すると、姉上の娘・さきが、姉上の袖を引っ張りながら言った。
「ははうえ・・・。
おなかすいた・・・」
それを聞いた姉上は、さきを叱りつけた。
「我慢しなさい!
辛くとも、今は耐えなければなりません!!」
そう言う姉上に、私と團一郎は持っていた全ての勝餅を差し出しながら言った。
「これを・・・」
姉上は驚きながら、私達を見つめた。
團一郎は、姉上に微笑みながら言った。
「我慢も大事ですが、『腹が減っては、戦は出来ぬ』と申します。
何かあった時の為に、十分に体調を整えておいた方が良いと思います」
「でも、これは貴方達の・・・」
姉上は私達を心配して、遠慮がちに答えた。
團一郎は姉上に私達の心配をさせない為に、はっきりと言い切った。
「大丈夫です!
お城に行けば、食べる物があると聞いております!!」
姉上はしばらく私達を見つめ、手を合わせながら言った。
「有難う・・・。
頂きます・・・」
そう言って、姉上は勝餅を受け取ってくれた。
そして、姉上はその中の一つをさきに渡しながら言った。
「家に帰ったら、頂いたお餅を焼きましょうね・・・。
さき・・・」
「はい!!!」
さきはお餅を受け取ると、嬉しそうに返事をした。
姉上はさきを見つめながら、続けた。
「さき・・・。
このお餅は、とても大事なお餅ですよ。
このお餅を下さった叔父様と叔母様に、ちゃんとお礼を言いなさい」
「はい!!!」
そして、さきは私達の方を向いて、深々と頭を下げながら叫んだ。
「ありうございます!!!
おじ様!!
おば様!!」
そして顔を上げると、嬉しそうにお餅を両手で握り締め、にっこりと笑った。
それを見て私と團一郎も嬉しくなり、にっこりとさきに笑い返した。
姉上も義母上様も孫七も、嬉しそうにさきを見つめていた。
すると、姉上は未だに煙が燻ぶっている家々に目を移した。
姉上は煙立つ家々を見つめながら、呟いた。
「故郷に帰る事が出来ると言う事は・・・なんて嬉しい事なのでしょう・・・。
そして・・・故郷に帰る事が出来無いと言う事は・・・なんて・・・苦しい事なのでしょう・・・」
そう呟き、姉上は悲しそうに微笑んだ。
故郷に帰る事が出来なかった悲しみを思い出し、そして変わり果ててしまったけれど、やっと故郷に戻る事が出来た喜びを噛み締めているようだった。
悲しみと喜びが、複雑に交錯しているようだった。
すると姉上は、それを吹き飛ばすように、いきなり大きな溜息をついた。
「はあ!!」
そして私達の方を向いて、大きく目を開きながら言った。
「では、ゆき!!
團一郎!!
また、生きて会いましょう!!」
私達は姉上から力を与えられたように、力強くそれに答えた。
「はい!!!」
姉上は、満足そうに微笑んだ。
そして次に、姉上は義母上様達の方を向いて優しく言った。
「義母上。
さき。
孫七。
参りましょう!」
姉上達は私達に頭を下げ、私達も同様に姉上達に頭を下げ、別れを告げた。
姉上は勝餅を孫七に預け、自分は義母上様の肩を優しく抱きながら皆を家へと導いて行った。
私と團一郎は、姉上達の背中をじっと見つめ続けた。
『どうか、ご無事で・・・』
その時、姉上が立ち止まって私達の方を振り返って叫んだ。
「ゆき!!
團一郎!!」
「!?」
私達は姉上の突然の叫びに、少し驚いた。
姉上は、続けた。
「夜は、あまり出歩かないようにしなさい!!」
「え!?」
「長岡城奪還は、多くの民にとって喜ばしい事です!!
町民や農民の中には、心から奪還を喜ぶ人もいます!!
でも、全てではない!!
忘れてはいけない!!
住家を焼かれて恨む者が、必ずいる事を!!
皆が、私達を歓迎している訳では無い事を!!
ゆき!!
團一郎!!
くれぐれも!!
くれぐれも、気を付ける様に!!!」
そう叫び、姉上達の姿は消えて行った。
『恨む者』
その言葉が、私にあの『金色の目』を思い出させた。
私達に、決して消える事のない『事実』を思い出させた。
私は、動けなくなった。
「姉上!!
姉上!!!」
遠くで、團一郎の声が聞こえて来た。
そして突然、何も見えなかった目の中に團一郎の顔が映った。
團一郎の声が、私を元の世界に戻したようだった。
「團一郎・・・」
私は、團一郎の顔をぼんやりと見つめながら呟いた。
團一郎は、私を心配そうに覗き込んでいた。
團一郎は、私の心に気付いていたようだった。
でも、何も言わなかった。
團一郎は私の手を握り、優しく言った。
「姉上・・・。
お城へ戻りましょう・・・」
私は團一郎の手を、少しだけ握り返しながら答えた。
「うん・・・」
私と團一郎は焼け残った家々から目を逸らしながら、お城へと向かった。
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _
「お願いがございます!!」
『長岡藩本陣』に、みすぼらしい身なりの男が数人やって来た。
前に出て来た男達を見て、『長岡藩本陣』の人々は驚いた。
「お前達は谷口衛士之進、卒佐左衛門、忠左衛門、野左衛門それに平次郎ではないか!?
一体、今まで何処にいたのだ!?」
五人は、怯えた様子で答えた。
「長岡城落城の際、城下から脱出する事が出来ず、町家や足軽屋敷に潜伏しておりました!!」
「何!?
隠れていただと!?」
五人は『長岡藩本陣』の人々の剣幕に、震え上がった。
「は・・・はい!!
申し訳ありません」
「よくも、我らの前に現れる事が出来たな!?
恥を知れ!!
長岡藩士の風上にも置けぬ!!
そうそうに、立ち去れ!!」
「お・・・お待ち下さい!!
隠れていた事は、お詫びしようもございません!!
しかし皆様の許へ行こうと思っていても、『新政府軍』が城下に蔓延っており身動きがとれず・・・!!」
「偵察ぐらいは、出来たであろう!?
ずっと、城下にいたのだ!!
『新政府軍』の様子や弱点を調べる事は、出来たであろう!?」
「・・・」
五人は、言い訳が出来なかった。
『長岡藩本陣』の人々は、口々に罵った。
「それすらもせず、ただじっと待っておったと言うのか!?」
「皆が命懸けで戦っている中、お前達は何もせず、息を殺して隠れていたのか!?」
「城を奪還し、自分の身の安全が確保されてからのこのこ出て来るとは・・・!!
お前達には、武士の誇りは無いのか!?」
五人は、平伏しながら訴えた。
「申し訳ありません!!
申し訳ありません!!
どんな罰も、お受け致します!!
しかし、どうか我らの願いをお聞き届け下さい!!
「願いだと!?」
「はい!!
どうか、我らに従軍をお許し・・・」
「従軍だと!?
ふざけるな!!
そのような事、許せる訳がなかろう!!」
「裏切り者め!!!」
五人は、ただじっと耐えていた。
すると『長岡藩本陣』の一人が、落ち着きながら口を開いた。
「此処で、帰す訳にも行くまい・・・。
まだ、『新政府軍』は周りにいる。
従軍を、許可しよう・・・」
「何を言っておる!?
このような卑怯者、どうなっても良いではないか!?
それに、こやつらはいずれまた我らを裏切るぞ!?」
「今は、人手不足だ・・・。
少しでも兵力が欲しい・・・」
「しかし、他の藩士達が許さないぞ!!」
「それでも・・・今は、人が欲しい・・・!!」
「くそ!!
ならば、『長岡藩本陣』の付属兵として取り扱う事にする!!
正式な隊士では無い!!
今度こそ、命懸けで働け!!」
「ははーーーー!!」
多くの犠牲を払って城を取り戻した為、どうしても兵力不足は否めなかった。
このように、どのような人でも受け入れるしかなかった。
しかし、ごく希に従軍を認められない者もいた。
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武作之丞様は『隊長』でありながら剃髪して山奥に隠れ、長岡城奪還後に復職を願いに現れた。
武様の代わりに『武作之丞隊』を率いていた大川市左衛門様が負傷していた事もあって、『長岡藩本陣』は武様を『武作之丞隊』に復隊させようとした。
しかし、隊士達はこれに猛然と抗議した。
仲間も国も見捨てた武様を、隊士達は決して許さなかった。
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また『新政府軍』に協力し、『旧幕府軍』から命を狙われる者もいた。
後の『博文館』を創立した大橋佐平も、長岡藩士達に殺されそうになり逃げた。
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逆に、『長岡藩本陣』から労られる者もいた。
吉田権之助様は、負傷して村松村の住人に匿われていた。
そして長岡城奪還の知らせを聞くと、村人に背負われながら城に入った。
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城を奪還しても、長岡藩兵達はその城を守り続けなければならなかった。
その為、街道沿いの要所や信濃川の渡船場など、城外へ出撃する必要があった。
しかし、藩兵達は憔悴しきっていた。
連日連夜の戦い、懐かしい故郷の無惨な姿、城を取り戻した喜びと脱力感、全てが長岡藩兵達に圧し掛かっていた。
昨日の激戦地だった喰違いへ派遣された『銃卒隊・横田大助隊』が新町口に到着すると、皆が絶句した。
「昨夜、あれ程の雨が降っていたのに・・・」
辺りには血の海が広がり、多くの遺体が散乱していた。
「全て・・・長岡藩兵か・・・?」
皆、それぞれの遺体を確認し始めた。
異臭が、立ちこめていた。
「一人は、長州藩の姓名を記した鉢巻を付けているようですが・・・それ以外は長岡藩兵のようです・・・」
「顔見知りは・・・いるか・・・?」
「ほとんど・・・『銃士隊』のようです・・・。
我らと知り合いは・・・少ないでしょう・・・」
「そうか・・・。
せめて、血糊を拭いて綺麗にしよう・・・」
「はい・・・」
横田様は随従して来た『軍夫』に遺体を綺麗に拭かせ、片付けさせた。
「もし遺体の中で身元の分かる者がいれば、実家を捜して親類に引き取らせよう」
その後、七、八人の身元が判明した。
『横田大助隊』は、そのまま『陣地』を拡大して行った。
その度に、多くの遺体や遺留品を見つけた。
血に染まった鉢巻、お守り袋、手拭い、鉄砲、折れた刀・・・。
せっかく農民達が植えた草や稲も、踏み倒されていた。
「目も当てられぬ・・・」
城を取り戻した喜びよりも、悲しみと苦しみの方が強かった。
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大瀬庄左衛門様の属する『大川市左衛門隊』は、午後になって『本陣』から命令を受けた。
「城東の今朝白裏に、保塁を築いて守るように」
『大川市左衛門隊』は、長岡城から出て十丁(約1キロメートル)ほど離れた今朝白町へ直ぐに向かった。
今朝白町は、東山連峰の森立峠や浦瀬などの各村に通じていた。
東山連峰では今も戦闘が続いており、其処から攻撃して来る『新政府軍』に備えて配備する必要があった。
『大川市左衛門隊』は、今朝白町の往来に廃材や戸板などを集めて保塁を造った。
今朝白町の周りは焼け野原となっており、周りを良く見渡せた。
そして、栖吉川も近くにあった。
保塁を造ると、『大川市左衛門隊』は幾つかの組を編成した。
そして、付近の地蔵町や川崎村などを巡邏した。
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『奥羽越列藩同盟』により、新発田藩は当初、『旧幕府軍』側に付いていた。
しかし、新発田藩は動かなかった。
何時まで経っても進軍に応じない新発田藩に、『同盟軍』は疑念を抱いていた。
それを払拭させる為、そして半ば強要され、新発田藩は進軍する事になった。
新発田藩『隊長』溝口半左衛門様は五個小隊と十二門の砲を持って、見附方面の戦いへ向かった。
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遡る事、六月十九日
中之島付近の村々で、『同盟藩』全軍で進撃した。
新発田藩もこれに参戦し、三、四人の死傷者が出た。
これにより、『同盟藩』の新発田藩に対する疑いは消えた。
米沢藩・斉藤主計様も、『新発田藩陣営』を訪れて疑いが晴れた事を伝えた。
新発田藩は、その後も戦い続けた。
新発田藩は、『旧幕府軍』の信用を少しずつ勝ち取っていった。
米沢藩は、新発田藩に更に増兵を要求した。
新発田藩は、領内騒動の為にこの要請を拒んでいた。
しかし、それは表面上の事だった。
水面下で、新発田藩は『新政府軍』に近づいていた。
そして新発田藩『京都留守役』窪田半兵衛らによって、とうとう新発田藩は『新政府軍』側に付く事になった。
窪田らは、山県狂介と作戦を立てた。
土佐藩・岩村精一郎を『軍曹』とし、『海軍』を率いさせて新潟港を襲撃させる。
『北陸道先鋒総督府軍』は、矛先を新潟に転じて攻撃する。
その後、松ヶ崎に上陸した『新政府軍』が新発田城に入城し、『旧幕府軍』を背後から襲撃する。
この作戦成功の為には、『新発田藩の裏切り』が必要不可欠であった。
新発田藩は城下に『新政府軍』を入れて案内し、新潟港を攻撃をする事になった。
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七月二十五日
新発田藩の手引きにより、『新政府軍』は新潟港を攻撃した。
しかしこの時、自分達の藩の裏切りを、中越で戦っていた新発田藩兵達は知らなかった。
何も知らされずに、彼らは『新政府軍』と戦っていたのだった。
『旧幕府軍』と共に戦っていた新発田藩兵に本藩から『裏切りの密書』が届いたのは、七月二十七日だった。
新発田藩兵約五百名は、その知らせに狼狽した。
「我らは、『裏切り者』になると言うのか!?」
「一体、誰が決めたのだ!?」
「藩が決めた事だ!!
従わなければならぬ!!」
「しかし、武士として・・・!!」
「『旧幕府軍』に、この事を知られたら・・・!!!」
「『旧幕府軍』に、我らは殺されるぞ・・・!!!」
「どうすれば・・・!!!」
「騙し・・・続けるしかない・・・!!!」
「このまま『旧幕府軍』を装って戦い、機を見て『新政府軍陣営』へ向かおう!!!」
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新発田藩の裏切りにより、この後『旧幕府軍』は『新政府軍』の反撃を受ける事になる。
しかし、この反撃は裏切りのせいだけではなかった。
継兄さんの具体的な作戦は、以下の通りであった。
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一. 先ず田井口であらかじめ兵備を整えて待ち、長岡の火を見たら一同
打ち立ち、直ぐに進んで干場、横山の塁を破る
一. そして桂沢に放火し、浦瀬まで進撃する
一. 栃尾口・東谷には僅かに守兵を置き、『新政府軍』を操り、
西谷・田の口、荷頃口は番兵を置き、
土ヶ谷、本津川から攻める
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この作戦は、全ての『旧幕府軍』による≪新政府軍完全駆逐作戦≫であった。
しかし、この作戦が完全に実行される事は無かった。
その為、長岡城は東から攻められる事になってしまった。
『新政府軍』『旧幕府軍』、共に継ぎ接ぎだらけの『同盟』であった。
ただ先に糸が切れ、綻んだのが『旧幕府軍』の方であった。
『兵達の疲労』『弾薬不足』だけでなく、≪協同作戦≫が上手く機能しなかったのだ。
原因は、継兄さんの命令が他の『旧幕府軍』に完全に伝わっていなかったところにある。
『旧幕府軍』が協同して長岡城を奪還し、『新政府軍』を越後から完全に駆逐していれば、もしかしたら『薩長政府』を崩壊させる事が出来たのかもしれない。
しかし、既に『綻び』が生じていた『旧幕府軍』には、それは不可能だった。
そして継兄さん負傷により、その『綻び』は次第に広がっていったのだった。




