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むつの花  作者: 野口 ゆき
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六つの花 『五.奪還』

七月二十五日(9月11日)


(つぎ)兄さん率いる『長岡藩・本陣隊』は八丁沖(はっちょうおき)上陸後、新保村(にいぼむら)にある『新政府軍』宿陣を襲撃した。

『新政府軍』は多少の抵抗は試みたものの、結局は兵器を捨てて一目散に逃げ出した。

長岡藩兵は逃げる『新政府軍』を追って、城下・長町(ながちょう)へ向かった。

途中『大隊長(だいたいちょう)稲垣主税(いながきちから)様率いる三個小隊とも合流し、共に『新政府軍』を追った。

『新政府軍』は長岡藩兵による奇襲で狼狽した為、逃げる事に夢中で、それ程抵抗して来る事はなかった。

その為、長岡藩兵は比較的容易に長岡城に到着する事が出来た。


長岡藩兵は見事、『長岡城奪還』を成功させたのだった。

町屋千数百軒、侍屋敷約五百軒、足軽(あしがる)屋敷他約五百軒を燃やし尽くし、再び多くの犠牲者を出して・・・。


お城を目にした長岡藩兵は、自分達の目を疑った。


目の前に立つ長岡城は、自分達の知っている長岡城ではなかった。


春になると、薄紅色の桜に包まれて美しかった長岡城。

夏になると、多くの蓮の花で囲まれて美しかった長岡城。

秋になると、真っ赤な紅葉に支えられて美しかった長岡城。

冬になると、真っ白な雪に抱かれて美しかった長岡城。


あれ程美しかった長岡城は、見る影もなかった。


多くの城門(じょうもん)(やぐら)は黒く焼け落ちた残骸だけが残り、火もまだ燻ぶっていた。

御三階櫓(ごさんかいやぐら)は黒く焼け焦げ、崩れ、建物も石垣も全て木炭と石の固まりとなって散らばっていた。

御堀や門の外には腐乱し、焼け焦げた遺体が無惨にも放置されたままだった。


変わり果てた長岡城を見つめながら、継兄さんはお城にゆっくりと近づいた。

そして神田口御門(かんだぐちごもん)の前で立ち止まり、長岡城を見上げた。

恋焦がれた城は、目の前にある。

しかし、継兄さんはお城の中に入ろうとしなかった。


「河井様・・・?」


お城を見つめる継兄さんを、ある兵が訝しんで声を掛けた。

しかし継兄さんからの応えは、返って来なかった。

兵は、再び声を掛けた。


「河井様・・・?

城に・・・入られないのですか・・・?」


それでも、継兄さんは何も応えなかった。

ただ、じっとお城を見つめ続けていた。

動かない継兄さんに、兵達は困惑した。

すると、継兄さんは大きな溜息をついた。


「はぁ・・・」


その溜息に兵は驚き、継兄さんに再び聞いた。


「河井様・・・?」


兵が継兄さんの顔を覗き込むと、継兄さんは目を瞑っていた。

すると、朝日がゆっくりと昇って来た。

その光は、継兄さんを次第に照らしていった。

光に照らされた継兄さんの目元は、光っていた。

しばらく目を強く瞑った後、継兄さんは突然目を見開き、光の方向へ向かって叫んだ。


「行くぞ!!」


継兄さんは意を決したかのように、前に一歩踏み出した。

継兄さんは、光へ向かって歩いて行った。

そして継兄さんに続いて、他の長岡藩兵も歩いて行った。


継兄さん達は、お城に入った。


お城を、懐かしみたかった。

お城を、触りたかった。

お城を、嗅ぎたかった。

お城を、見つめたかった。


しかし、そんな時間は無かった。

何時また『新政府軍』が反撃して来るか、分からない。

継兄さんはお城に入ると直ぐに、各隊に命じた。


「稲垣主税率いる三個小隊は、城内の捜索と守衛をせよ!!!

稲葉又兵衛(いなばまたべえ)隊』は大手口(おおてぐち)、『今泉(いまいずみ)又左衛門(またざえもん)隊』は神田口(かんだぐち)、『内藤直記(ないとうなおき)隊』は千手口(せんじゅぐち)を固めるのだ!!!」

「『新政府軍』は大砲や銃だけでなく、武士の魂でもある大小(だいしょう)(刀)まで捨てて逃げて行ってくれたぞ!!!

これらの戦利品は、『本丸(ほんまる)』の土蔵へ運べ!!!

入りきらねば、内御蔵(うちみくら)へ運べ!!!」

「新品の衣服は会津(あいづ)におられる殿様方へお届けし、残った衣服は中間小者(ちゅうげんこもの)に配れ!!!」

「空砲を撃ち続けよ!!!

『新政府軍』を、城外へ追っ払え!!!」

「『二の丸』の一部を掘らせ、(さき)の落城の際に埋めた埋蔵金を一刻も早く捜し出せ!!!」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


五月十九日の長岡城落城の際、長岡藩の藩庫の運搬は不十分であった。

千両箱にして積んであった長岡藩の現金はほとんど運ぶ事が出来たが、運びきれなかった軍用金もあった。

仕方なく『御金奉行(おかねぶぎょう)』達は残った軍用金を、城内『二の丸』に埋めた。

それを、長岡城を奪還した時に長岡藩兵は掘り出そうとしたのだった。


_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _



軍用金に関しては、『新政府軍』も苦労したようだった。


長州(ちょうしゅう)藩『干城隊(かんじょうたい)』で『会計方(かいけいがた)』をやっていた谷村作之進(たにむらさくのしん)は『干城隊・本陣』にいた時、突然長岡藩の攻撃を受けた。


「大切な軍用金を、『旧幕府軍』に奪われては一大事!!

そうだ!!

二階から裏の畑へ軍用金箱を投げ出して、誰かに担がせて持って行かせよう!!」


しかし皆逃げる事に夢中で、手伝う者は誰もいなかった。


「仕方がない・・・。

自分で二階から投げて、自分で担いで行くしかない・・・!!」


そして次々に軍用金箱を下に落とし、自分でその箱を持って信濃川(しなのがわ)へ向かって逃げた。

谷村は無事、信濃川まで到着し、やっと見つけた一艘の小舟に軍用金箱を乗せ、自分もその舟に乗って川を渡った。

その後、軍用金を運んでいる事を気付かれないようにする為、軍用金箱を壊してお金を(こも)に包んで逃げた。


_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _



長岡藩が突入して来た時、長岡城下には加賀(かが)藩『家老(かろう)津田玄蕃(つだげんば)率いる一中隊がいた。

加賀藩兵も反撃してはいたが、『新政府軍・参謀(さんぼう)山県狂介(やまがたきょうすけ)の命令もあって信濃川まで逃げて渡河する事になった。

対岸に着くと、若い陣将が叫んで指揮していた。


「味方が危ない!!

皆が信濃川を渡り終えるまで、援護するように!!」


加賀藩兵は胴乱から弾を取り出し、数発だけ撃つと、叫んでいた若い陣将と共に関原(せきはら)『新政府軍本営』へ向かった。


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山県狂介は長岡藩の襲撃後、南へ向かって逃げた。

そして途中、千手町村の三叉路で立ち止まった。


「此処で、何とか味方を食い止めねば!!」


両手を広げて、山県は叫んだ。


「止まれ止まれーーーー!!

逃げるなーーーーーーーーーー!!

反撃しろーーーーーーーーーーーーー!!」


しかし、誰も聞く耳を持たなかった。

皆、ただ命懸けで逃げる事しか頭になかった。


「くそっ!!」


山県はそう吐き捨て、食い止める事を諦めた。

そして結局、乗って来た馬に乗って他の『新政府軍』の兵達と共に逃げた。

逃げる途中、山県は寺を見つけた。

その寺は、『万休寺(まんきゅうじ)』と言う名の寺だった。

山県は、寺に立ち寄る事にした。


「誰かいるか!?」


すると、中から住職が出て来た。

山県は、横柄に頼んだ。


「茶と、何か食べる物をくれ」


住職は奥へ行き、お茶と握り飯を持って再び山県の前に現れた。

山県はそれを食べ終わると、簡単な礼を行って再び南へ向かって馬を走らせた。

山県は妙見村(みょうけんむら)に着くと船に乗って信濃川を渡り、小千谷(おぢや)『本営』にやっとの事で辿り着いた。

翌朝、山県は馬に乗って小千谷から関原の庄屋方に立ち寄った。

其処は、『新政府軍本営』だった。

山県が『本営』に入ると、中が騒がしかった。

山県は、叫んだ。


「何事だ!?」

山県の突然の来訪に、『本営』にいた兵は驚いた。

「山県様!?」

兵の顔は憔悴し、また怯えているようだった。

山県は、怒気を含ませながら再び叫んだ。

「今、戦況はどうなっている!?」

狼狽しながら、兵は答えた。

「はっ!

先程、長岡勢が信濃川を渡って関原に来襲するとの情報がありました!!」

「何!?

それは実か!?」

「恐らく・・・」

兵は、不安気に答えた。

その答えに、歯ぎしりしながら山県は叫んだ。

「私が、確かめに行く!!」

そう言って、山県は再び馬に乗って信濃川近くの大島村(おおじまむら)の渡船場へ向かった。

大島村に着くと、山県は念の為に対岸に向けて大砲を撃ってみた。

しかし、応射は無かった。


「来襲の気配は、無さそうだな・・・」


山県はそう判断し、安心して『本営』に戻った。

そして山県は、『参謀』吉井幸輔(よしいこうすけ)と軍議を開こうとした。

すると、荒々しい足音が近づいて来た。

それは、長州藩『振武隊(しんぶたい)・隊長』竹本多門(たけもとたもん)だった。

竹本は、怒鳴った。


「長岡城が奪還された時、薩摩(さつま)藩兵と共に私も参戦して城を奪い返すつもりだった!!

いざ攻撃しようとした時、其処にいる吉井参謀が攻撃を止めて兵を引き揚げさせた!!

あの時、城に籠もっていた長岡藩兵の数は少なかった!!

もし引き揚げなければ、長岡城を奪い返せたはずだ!」


口角泡を飛ばして、竹本は言い放った。

山県は、竹本を睨みながら怒鳴った。


「一隊長の分際で全軍の進退について言うなど、身分を弁えろ!!

不埒者め!!」


山県は、苛立っていた。

そして、憎々しげに呟いた。


「くそ・・・!

あと少し・・・!!

あと少し、早ければ・・・!!!」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


長岡城奪還前、山県は『旧幕府軍』を徹底的に駆逐する方法を考えていた。


『新政府軍』は長岡城を奪ったものの、『今町(いままち)の戦い』にも敗れ、寡勢の『旧幕府軍』に押されつつあった。

長岡城奪還に闘志を燃やしている長岡藩兵の戦意は高く、戦えば『新政府軍』は劣勢に陥った。


『このままでは、『維新回天』の大事業は破綻する』


危機感を感じた山県は、ある作戦計画を立てた。


それは、≪一大攻撃作戦≫である。


『旧幕府軍』最大の補給路であった新潟港と、膠着状態の大黒(だいこく)新組(しんぐみ)方面を攻めると言う≪二方面同時攻撃作戦≫であった。


この頃、新発田(しばた)藩の裏切りが確約され、先ず≪新潟港奪取計画≫が企てられた。

そして新潟港奪取に乗じ、中越の海岸から山岳までを横断している戦線も一気に片を付けようと考えた。

長岡城北の十二潟(じゅうにがた)川辺(かわべ)筒場(つつば)、大黒、福島(ふくしま)には、『新政府軍』の精鋭を揃えていた。

長岡へ『総攻撃』を仕掛ける予定の薩摩藩兵七隊(約五百六十余名)を中心に、『御親兵(ごしんぺい)』、富山(とやま)藩兵、加賀藩兵、高田(たかだ)藩兵、松本(まつもと)藩兵、計約千人がいた。

大砲も、薩摩藩の二門があった。


作戦は、七月二十五日に決行予定であった。

各前線には前日夜から援兵や弾薬、食糧が運搬された。

後は、早朝攻撃を待つだけだった。

作戦実行の前日、『新政府軍』は痛飲して就寝した。

準備は、万端であった。

あとは、攻撃する()()であった。

山県の作戦は、成功する()()であった。


もう少し早ければ・・・。


『新政府軍の敗北』は、長岡藩の攻撃の方が『新政府軍』より()()()()()()()()()()()為である。


この『少しの差』が、『勝敗』を分けた。


前回長岡城が落城したのは、『旧幕府軍』の攻撃が『新政府軍』より一足遅かったせいであった。

今回の長岡城奪還は、『新政府軍』に機先を制されて城を奪われた事に対する『長岡藩の雪辱戦』でもあった。


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山県に罵倒された竹本は吉井を睨み続けながら、黙って部屋を後にした。

竹本は翌日、城南の十日町村(とおかまちむら)で戦死した。


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越後勤王党(えちごきんのうとう)』と称する『方義隊(ほうぎたい)(後に『居之隊(きょしたい)』)』二階堂保則(にかいどうやすのり)は、『新政府軍本営』詰めだった。

彼らは薩摩藩『軍監(ぐんかん)西徳次郎(にしとくじろう)、長州藩『軍監』杉山壮一(すぎやまそういち)に従って、三島郡(みしまぐん)古志郡(こしぐん)地方の戦況視察をしていた。

七月二十四日、彼らは与板(よいた)『本営』にいた。


夜、西が叫んだ。


「明日の夜明け、我が軍の『総攻撃』があるから見ていろ!!」


そう息巻いて、西達は眠りについた。

夜明け前、遠くで砲声と『軍監』の叫び声が聞こえて来た。

急いで起きた二階堂が外へ飛び出して東南を見ると、信濃川東の長岡付近から炎が上がっていた。


「何だ!?

どう言う事だ!?

攻撃は、まだのはずだ!!!」


二階堂は『本営』から駆け出す『斥候(せっこう)』を見つけ、叫んだ。


「おい!!!

何処へ行く!!!」


『斥候』は馬の手綱を引いて止まり、二階堂の方を向いて叫んだ。


黒津(くろづ)の渡しがある川袋村(かわぶくろむら)へ行って、様子を見てきます!!!」

「何!?

では、俺も行く!!!」


二階堂も直ぐに馬に乗って、『斥候』について行った。

川袋村に到着すると、対岸の黒津、十二潟、川辺方面が燃え、遠方の亀貝(かめがい)富島(とみじま)方面でも火災が起こっていた。

遠くから喊声や銃声、悲鳴が聞こえて来た。


「本当に、『新政府軍の総攻撃』が始まったのか・・・?」


二階堂達は更に走り、花井村(はないむら)に着いた。

其処には、多くの負傷者が送られて来ていた。

その先の槇下村(まきしたむら)まで来ると、初めて対岸の長岡城下が燃えている事を知った。

槇下村は、蔵王(ざおう)渡しの西岸の村であった。

其処には警備する兵の報告があり、これは『旧幕府軍の総攻撃』であると知らされた。

それまで二階堂は不審に思いながらも、『新政府軍』の攻勢であると信じていた。

二階堂は直ぐに舟に乗り、対岸の蔵王へ向かった。

対岸に着くと『新政府軍』の兵達が舟に乗り込んで来て、二階堂は舟から降りる事が出来ず、結局そのまま槇下村に戻る事になった。

そして再び与板へ行き、同志と共に其処で防衛に徹する事にした。


『旧幕府軍』の猛攻撃により、『新政府軍』の兵達の間に不安が広がった。

気弱になった『新政府軍』の中で、流言が飛び交った。


会津征討(あいづせいとう)越後口総督府(えちごぐちそうとくふ)書記長(しょきちょう)長三州(ちょうさんしゅう)


「我が軍の兵は乏しく、『旧幕府軍』を防ぐ事が出来ない!!

寧ろ高田まで撤退し、大軍が来るのを待って進撃しよう!!」


と、言ったと言う噂が広がった。

その噂を聞き、与板を守っていた二階堂は叫んだ。


「撤退など有り得ぬ!!

『越後勤王同志』を見捨てるのか!!」


『新政府軍』の中に、亀裂が走った。


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午前二時頃


長岡城方面から見える炎を見て、押切台場(おしきりだいば)にいた薩摩藩『十番隊』半隊は『新政府軍』の攻撃が始まったと勘違いした。


「火の手が、上がったぞ!!」

「予定では、もう少し後だったはずだったか・・・」

「それに『総攻撃』の合図は、大黒台場から大砲三発を連射するのではなかったか・・・?」

「変更があったのだろう!!

急いで、城下へ向かうぞ!!」


薩摩藩兵は、急いで『旧幕府軍』福井台場(ふくいだいば)に猛攻撃を仕掛けた。

其処を守っていた米沢(よねざわ)藩兵は、突然の『新政府軍』の来襲に敗走した。

『旧幕府軍』福井台場を陥落させた薩摩藩『十番隊』半兵は、次の攻撃命令が出るまで『伝令(でんれい)』を待った。

しばらくすると、『伝令』が駆けて来た。


「あれを見ろ!!

『伝令』が来たぞ!!!」


『伝令』の顔は、蒼白だった。

『伝令』は、疲れた様子で叫んだ。


「城下に『旧幕府軍』が忍び込み、病院などで使っている長岡の女や子供も『旧幕府軍』に呼応して城下に火を掛けた!!

至急、応援を頼む!!」


その言葉を、薩摩藩兵は狼狽しながら聞いた。

「何!?

あの火の手は、『新政府軍の総攻撃』ではなかったのか?」

「・・・分からない!!」

「もし・・・。

もし、長岡城下での攻撃が『新政府軍』の攻撃でないとすれば、我らは『旧幕府軍』のいる所へ突っ込んで来た事になる・・・!!

『新政府軍』は・・・!!

『新政府軍』は、今、どうしているのだ!?」

「分からない!!」

そう叫ぶと、『伝令』は駆けて行った。

『伝令』の後ろ姿を見つめながら、動揺した薩摩藩兵は震えながら呟いた。

「我らは、『旧幕府軍』に取り囲まれているのかもしれぬ・・・!!」

薩摩藩兵は、自分達が弧軍となった事にやっと気付た。

薩摩藩兵を指揮していた『監軍』石上彦七は、直ぐに命じた。

「此処にいては、何時『旧幕府軍』から攻撃を受けるか分からない!!

退却だ!!

退却だ!!!

押切村まで引き返せ!!!」


そして薩摩藩兵は『旧幕府軍』に向かって連射を繰り返しながら、一心不乱に押切村まで逃走した。


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富島村(とみじまむら)の台場には、薩摩藩『軍監』牧野正之進(まきのまさのしん)が指揮する『本府(ほんぷ)十三番隊』約百人がいた。

富島村は八丁沖の南端にある集落で、今まで戦場となった事もなく比較的安全な場所であった。

村の家や寺は『本陣』や病院、休憩所として使われていた。

翌日の『総攻撃』に備えて、牧野は『本陣』で熟睡していた。

すると突然、外が明るくなり、『新政府軍』に徴発された村人の叫び声が聞こえて来た。


「長岡藩兵が、攻撃して来たぞーーーーー!!」


その叫び声に牧野は飛び起き、直ぐ様『本陣』から出た。

目の前に、炎が渦巻いていた。

真っ赤に燃える富島村の中を、黒い長岡藩兵が迫って来ていた。

長岡藩兵は周りに火を掛けながら、小銃を連発して攻めて来た。

牧野は刀を抜き、気が狂ったように振り回した。


「チェストー!!

チェストー!!」


牧野は、炎の中を叫び回った。

その時、銃声が聞こえた。


                 『ドキューーーーーン!!!』


銃声と共に、突然、牧野の声が消えた。

薩摩藩兵が、声が消えた場所に近づいた。

其処には、刀をきつく握り締めた牧野の無惨な遺体があった。

指揮者を失った薩摩藩兵は統率がとれず、散り散りに逃げていった。


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午前八時


大黒方面から引き返して来た薩摩藩『番兵(ばんぺい)二番隊』は長岡藩兵の八丁沖渡河の報を聞き、軍議を開いた。


「兵を二分しよう!!

『左半隊』は、押切、十二潟台場で『旧幕府軍』の猛攻撃を防ぐ!!

『右半隊』は、長岡城下へ救援に向かう!!」


長岡城下へ向かった『番兵二番隊』右半隊は途中、『二番砲隊(ほうたい)』と遭遇した。

二隊は協同し、約七、八十人の隊となった。


「新保村に陣地を作り始めている長岡藩兵に、攻撃しよう!!」

「このまま、やられたままでいられるか!!」

「力を合わせよう!!」

「半隊が側面から横撃して、長岡藩の台場を潰すぞ!!」


薩摩藩兵は直ぐ様、新保村『長岡藩陣地』を襲った。

それに対し、長岡藩兵は迎撃した。

戦いは、一(とき)(約2時間)程で終わった。

長岡藩兵は敗走し、薩摩藩二隊は残された台場を潰した。


「よし!!

城下へ向かうぞ!!

薩摩武士の意地にかけても、必ず長岡城を取り戻す!!

城ば取り戻そうぞ!!

勝ち申そうぞ!!」」


長岡城下に駆けつけた薩摩藩兵は、長岡城下の入り口や城岡付近で長岡藩兵と激突した。

苦戦しながらも、薩摩藩兵は防塁の幾つかを突破した。

建物から見え隠れする人影に向かって、薩摩藩兵は住民関係なく銃撃しながら進んだ。

商家に入り込み、兵糧や握り飯を食べた。

勢いに乗った薩摩藩兵は、長岡城下の西神田(にしかんだ)に入った。

其処で、待ち構えていた長岡藩兵と銃撃戦となった。

その銃撃戦に、取り残された長州藩兵も加わった。

『新政府軍』の協同攻撃に耐えられる事が出来なくなった長岡藩兵は、城内に退いた。

そのまま『新政府軍』は、城下に取り残された長州藩兵を吸収しながら神田口御門まで進出した。

日暮れには、益々銃撃戦が激しくなった。


夜半過ぎ、激しい雷雨となった。


『新政府軍』は退却命令を受け、信濃川を渡って関原へ帰陣した。


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「長岡藩め!!

必ず潰してくれる!!

皆殺しだ!!」


『小千谷談判決裂』『北越戦争勃発』の原因となった土佐(とさ)藩・岩村精一郎(いわむらせいいちろう)は責任を負わされ、柏崎(かしわざき)で謹慎していた。

しかし、『会津征討越後口総督府』が編成される事によって、岩村は『軍曹(ぐんそう)』として越後に戻って来た。

人手不足であった。

岩村の任務は『海軍』を使って新潟港を襲撃し、『旧幕府軍』の補給を断つ事だった。


「これで、長岡藩も終わりだ!!」


岩村は、張り切っていた。

七月二十三日に、岩村は『軍艦(ぐんかん)』に乗って新潟へ向かって出航した。

全七隻の『軍艦』には、『新政府軍・参謀』黒田了介(くろだりょうすけ)山田顕義(やまだあきよし)らが指揮する薩摩藩兵と安芸(あき)藩兵(広島)が乗り込んでいた。

しかし風と波が激しく、一旦佐渡(さど)小木港(おぎこう)へ停泊する事になった。

そして風が治まった七月二十五日に、『軍艦』は新潟の松ヶ崎(まつがざき)へと向かった。


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舟が足りず、長州藩『干城隊』と『奇兵隊(きへいたい)』は草生津(くそうづ)渡船場に取り残され、信濃川を渡る事が出来なかった。

弾丸も残り少なくなっており、逃げ回るか、物陰に隠れて怯える事しか出来なかった。

しかし長岡藩の追撃は、それ程厳しくはなかった。

長岡藩兵は少人数だった上に不眠不休で疲労困憊していた為、十分に攻撃する事が出来なかったからだ。

それにより、多くの『新政府軍』は弾から逃げきる事が出来た。


草叢に隠れていた『奇兵隊』に、囁く者がいた。


「『奇兵隊』か・・・?」


それに対し、小さな声で答えが返って来た。

「お前は・・・松代(まつしろ)藩兵か・・・?」

声を掛けた主は、松代藩兵だった。

松代藩兵は、『奇兵隊』に呟いた。

「このままでは、いつ攻撃を受けるか分からない・・・。

お互い協力して『旧幕府軍』を攻撃しながら、信濃川を渡ろう・・・」

「そうだな・・・。

攻撃している間に、何人かは対岸へ渡る事も出来るだろう・・・」


そして、数人の『奇兵隊』と松代藩兵は岸辺に潜んで『旧幕府軍』に攻撃を仕掛けた。

その機に乗じて、二人の兵が信濃川へ飛び込んだ。

しかし一人は弾に当たって沈没し、もう一人は水に流されて見えなくなった。


「くそっ!!

このままでは、いずれ全滅する!!」


それを見ていた長州藩兵・進美禰人(しんみやひと)は、『奇兵隊』山中信夫(やまなかのぶお)を呼んだ。

山中信夫は、『ならず者』だった。

藩の囚獄に入っていたが、功績を挙げれば放免すると言う約束で(いくさ)に参加した。

進は、山中に命じた。


「山中!!!

渡河して、関原『本営』に救援要請しろ!!」


死にもの狂いの山中は、二つ返事で承諾した。

山中は全ての武器を捨て、下帯のみとなり、額に鉢巻を締めて激流の信濃川に飛び込んだ。

川を渡ろうとする山中の姿を見た長岡藩兵は、山中に銃声を浴びせた。


                          『ドキューーーン!!』                           『ドキューーーン!!』

        『ドキューーーン!!』


しかし、銃弾は山中に全く当たらなかった。

山中は何度も溺れそうになりながらも、とうとう百(けん)(約180メートル)の信濃川を泳いで渡りきった。


「おお!!

山中が、川を渡りきったぞ!!」


『奇兵隊』と松代藩兵は、岸に上がる山中を見ると拍手喝采した。


山中は対岸に着くと直ぐ、関原『本営』に向かって走り出した。

後ろからは、長岡藩兵の弾が間断なく飛んで来た。

それをくぐり抜け、山中は見事『本営』に辿り着いた。

山中は下帯しか身に着けていなかったので、途中で軍服を借りて『本営』に入った。

入って来た山中の形相は凄まじく、中にいた者達は息を呑んだ。

山中は、一同を睨みながら叫んだ。


「我が兵は、東岸の岸辺で一日中応戦しております!!

『旧幕府軍』は土手の上から攻撃し、応戦しても我が兵の弾丸は少なく、防ぎきることが出来ません!!

また、舟もなく川を渡ることも出来ません!!

どうか、救援に来て頂きたい!!!」


山中の言葉を聞き、諸将は奮い立った。

山中の言葉は、混乱し、自分勝手な言い分を主張していた諸藩の『参謀』『軍監』『諸隊長』の気持ちを一つにさせた。


「我が兵を見捨てる事は、出来ない!!

『決死の士』を募り、救援に向かわせろ!!」


『会津征討越後口総督府・参謀』西園寺公望(さいおんじきんもち)は『軍監』を信濃川西岸へ派遣し、舟を集めて救援に向かわせた。

また『本営』にいた『奇兵隊』も飛び出し、本大島村の渡船場で警備していた兵に対岸の草生津へ発砲するよう命じた。

そして小舟に乗って信濃川を渡り、残っていた『新政府軍』を乗せて戻って来た。

その後、長岡藩兵の追撃を心配した『新政府軍』は対岸へ向けて銃弾を打ち込んだ。


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東山山麓(ひがしやまさんろく)の最前線は、亀崎村(かめざきむら)浦瀬村(うらせむら)から北へ1キロメートル。浦瀬村は、長岡城下に入る街道の要衝)境にあった。


六月十三日に、『新政府軍』は亀崎村に台場を築いた。

北隣の椿沢村(つばきざわむら)に布陣する『旧幕府軍』からの攻撃を防ぐ為に、大垣(おおがき)藩兵や松代藩兵が築いたものだった。

夫人足(ぶにんそく)』は松代藩から付随して来た者だけでなく、女子供を含めた亀崎村の村人も徴用された。

台場を造っている最中も、『旧幕府軍』側から弾丸が飛んで来た。

その弾は誰彼なく当たり、多数の死傷者を出した。


亀崎村『村長』左衛門(さえもん)の女房は作業中に弾丸に当たり、松代藩兵が軍病院としていた長岡城下・石内村(いしうちむら)極楽寺(ごくらくじ)』に治療の為に送られた。


松代藩『隊長』西山良輔(にしやまりょうすけ)は松代藩『一個小隊』と共に、亀崎村台場を守備していた。

その隊員の一人として参戦していた飯島亀蔵(いいじまかめぞう)は、村はずれで十二、三歳の子供が弾丸拾いをしているのを見た。


                     『ドキューーーン!!!』


突然、銃声が鳴り響いた。

それと同時に、子供の動作が止まった。

そしてそのまま、子供は崩れ落ちた。

飯島が注意しながら近づくと、子供の左の脇の下が撃ち抜かれていた。

胸から、大量の血が吹き出ていた。


「まだ・・・このように小さな子供なのに・・・」


この時、飯島は故郷に残した自分の子供の顔が脳裏に浮かんだ。


敵も味方も、女も男も、老人も子供も関係なく、戦は『人』を殺した。


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松代藩兵は、『旧幕府軍』の攻撃に良く耐えていた。

しかし長岡城奪還の日は『隊長』西山良輔も戦死し、また篝火を焚かず一昼夜防戦し続けた為、松代藩兵は眠る事が出来ず疲弊していた。

手負いの者も多く、七月二十六日の朝、遂に台場の小屋や亀崎村の家々に火を掛けて退却する事にした。

松代藩兵は桂沢村(かつらざわむら)まで退却すると、其処の村にも火を掛けた。

追撃されると言う恐怖心の為、松代藩兵は逃走の邪魔になる兵糧や小銃、大砲を捨てた。

その後、松代藩兵は浦瀬村まで来て長岡城を遠望した。

そして山中に入り、比礼峠(ひれいとうげ)を越えて半蔵金村(はんぞうがねむら)を通って妙見村(みょうけんむら)まで逃げた。


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猛火に覆われ、火柱の立つ城下を遠くから見ていた『新政府軍』は城下へ入るのを諦め、信濃川を渡って西へと逃げて行った。


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私は『会津(あいづ)白虎寄合(びゃっこよりあい)一番隊』の吉田誠之助(よしだせいのすけ)様と共に、『新政府軍』から逃げながら團一郎(だんいちろう)を探した。

彼は私を守りながら、私を励ましながら、一緒に走ってくれた。

すると、走る私達の後ろから團一郎の声が聞こえて来た。


「姉上!!!」


私は、声のした方向を振り向き叫んだ。


「團一郎!!!」


團一郎は必死な形相で私に近づき、私が怪我をしていないかどうか確かめた。

そして私が怪我一つしていない事に安心したのか、大きく息を吐きながら呟いた。


「良かった・・・」


そう呟く團一郎も煤で顔や服も黒くなっていたけれど、大きな怪我も無く元気そうだった。

安堵した團一郎は、次に私の隣にいる吉田様を見つめながら私に聞いた。

「こちらは・・・?」

それに対し、私は答えた。

「この方は、『会津白虎寄合一番隊』の吉田誠之助様です。

私を、助けてくれました」

それを聞いた團一郎は、少し微笑みながら吉田様に言った。

「そうですか・・・。

姉が、お世話になりました。

有難うございました」

吉田様も、微笑みながらそれに答えた。

「いえ・・・」

そして、吉田様は私の方を向きながら続けた。

「では、私は此処で・・・」

そう言って、吉田様は『役割』を果たしたかのように走って行こうとした。

私は、去ろうとする吉田様の袖を咄嗟に掴まえて叫んだ。

「これを!!!」

そう言いながら私は懐から勝餅を取り出し、吉田様の手の中に入るだけ入れた。

吉田様はそれを見つめ、嬉しそうに私の顔を見ながら言った。

「有難うございます!!!

助かります!!!」

私も、吉田様の目を見つめながら言った。

「絶対に、死なない様に!!!」

吉田様は、それに対してにっこり笑って答えた。

「はい!!

お二人も、気を付けて!!」

そう言って、吉田様は走って猛火へと向かって行った。

私と團一郎は、その姿が煙に包まれて見えなくなるまで見つめ続けた。


その後、私達は再び城下を走った。

ただただ、長岡城を目指した。


長岡城に近づく度に、多くの死体が横たわっているのを目にするようになった。

それは、どれが身体か頭か分からない、血だらけでぐちゃぐちゃな『物体』であった。

それらの死体の近くに、『白い袖印』があった。

その『袖印』には、『山陽(さんよう)奇兵隊』と言う文字と名前が書かれていた。

これは、長州の『奇兵隊』の袖印・・・?

ならば、この死体は『奇兵隊』の兵だろうか・・・?

確か、長州の高杉晋作(たかすぎしんさく)は武士だけでなく、農民や町人からも広く兵を募っていたと聞いている・・・。

『身分の差別はなく』と謳いながら藩士には『白絹地の袖印』を、足軽以下には晒し布に『何条何某組』と言う『袖印』を付けさせ、『武士』と『庶民』の区別をしていたと言う・・・。

結局『奇兵隊』も単なる人数集めの為の隊であり、『身分差など無い』とは考えていなかったのだろう・・・。

規律が整っていないせいか彼らは平気で略奪もしたし、遺体を辱めたり、女を犯したりもしていた・・・。

その死体を見続けていると、次第に嫌悪感が沸き上がって来た。

早く、その場から離れたかった。


私はその死体を一瞥し、走り続けた。

早く、長岡城に入りたかった。

『其処』から、逃げたかった。


すると、町屋から一人の女性が突然私達の前に現れた。

髷は解かれ、髪は垂れ下がり、着物は乱れていた。

その女性の手には、真っ二つに折れた血だらけの刀が握られていた。

女性の顔も着物も、血塗れだった。

『大怪我をしているのかもしれない』

と、私は思った。

私と團一郎は、咄嗟に女性に近づいた。

私は、女性の怪我を確かめながら聞いた。

「大丈夫ですか!?」

すると、ゆらりとした所作で女性は私の方を振り向いた。

そして、微笑みながら小さな声で答えた。

「ああ・・・。

長岡藩兵の・・・方・・・ですね・・・?」

私は、そう呟く女性の顔をじっくりと見た。

美しい女性だった。

でも、『目』が怖かった・・・。

何も見ていない・・・。

何も感じていない・・・。

そんな『目』だった・・・。

とても・・・『虚ろな目』・・・。

『灰色の目』だった・・・。

すると女性はいきなり私の手を掴み、無理矢理私を家の中に連れて行った。

もの凄い力だった。

抗えなかった。

私は、ただただ連れて行かれるままだった。

「止めろ!!!」

團一郎が急いで私達を追い、私と女性の手を引き離した。

女性は私達の方を振り向き、にっこり笑いながら家の奥を指差した。

「見て下さい。

『これ』を、殺しておきました。

少しは、皆様のお役に立てたかしら?」

女性が指差す方向には、人間らしき『三体』の遺体が横たわっていた。

私はそれを見た瞬間、吐き気を催した。

鼻につく異臭・・・。

それは、遺体から匂っていた。

私はその生臭い匂いに耐えられず、吐いた。

酸っぱいものが、身体の底から這い出て来た。

苦しい。

涙が、止めどなく出て来た。

團一郎は苦しそうに吐く私の背中を摩りながら、女性をじっと睨みつけた。

女性は私が吐いている事も、團一郎に睨まれている事も、気に留めていないようだった。

ただただ美しく、恐ろしく、微笑んでいた。

そして笑みを浮かべながら『三体』の内『一体』に近づき、手に持っていた折れた刀で、その『一体』の上半身を突き刺した。

しかし折れていたせいか、刀はその『一体』に入らなかった。

女性は、うっすらと微笑みながら言った。

「ああ・・・。

もう・・・この刀は使えませんね・・・」

一通り吐き切った私は、その女性の『恐ろしさ』に少し後ずさった。

それを、團一郎が支えた。

團一郎は、私を後ろに庇いながら女性に聞いた。

「どう・・・したのですか・・・?

何が・・・あったのですか・・・?」

女性は刀を突き立てた遺体に目を落としながら、何の感情も無く答えた。

「『これ』は私達の家に突然押入り、私達に刀を突き付けました・・・。

夫と私は『これ』に、何度も何度も『殺さないで』と懇願しました。

『せめて、娘だけでも助けて』と、頼みました。

でも、『これ』は私達の言葉を聞こうとしませんでした。

ただただ、ねっとりと汚く笑うだけでした・・・」

「・・・」

「そして『これ』は刀を振り上げて、夫を頭から真っ二つにしました・・・。

次に『これ』は、娘の胴を真っ二つにしました・・・。

そして、最後に・・・私に襲いかかろうとしました・・・。

だから・・・」

「・・・だから・・・?」

話す度に、女性の目は赤く濁っていった。

女性は微笑みながら、『これ』を見下した。

「持っていた簪を、『これ』の腹に突き刺しました。

『これ』は驚いて、とても醜い顔をしながら『助けてくれ』『悪かった』『お願いだ』と、私に懇願しました。

『私の願い』を聞き入れてくれなかったのに、どうして『これの願い』を私が聞かなければならないのでしょうか・・・?」

「・・・」

「私は

()()()()()()()

と、思いました。

()()()()()

と、思いました」

「・・・」

「私は、何度も何度も『これ』を簪で突き刺しました。

急所を外しながら・・・」

「・・・」

「『これ』を、楽に死なせる訳にはいきませんでした。

私は、出来るだけ『これ』の苦しみを長引かせようと考えました。

だから『これ』が逃げたり抵抗出来ないようにする為、私は『これ』が持っていた刀で、『これ』の手足を斬り落とす事にしました。

ゆっくりと・・・痛みが出来るだけ長く続くように、引いては押し・・・引いては押し・・・ゆっくりと・・・ゆっくりと・・・」

「・・・」

「『これ』は痛みと恐怖で、泣き叫びました。

『これ』は、苦しそうに暴れました。

そして汚らわしい『目』で、私を見つめました・・・。

(おぞ)ましい『目』で、私を見つめました・・・。

だから私は、今度は『これ』の目を繰り抜きました。

『これ』は血を撒き散らしながら叫び、苦しみ続けました。

それでも、私は『()()()()』と思いました。

主人の、娘の、私の苦しみは、こんなものではない」

「・・・」

「『これ』は叫び続け、叫び過ぎ、叫ぶ気力を失っていきました。

しかし、まだ息があったので私は『これ』の腹を斬り開き、中から腸をゆっくりと取り出しました。

『これ』は、口から沢山の血を吐き、穴の開いた目から涙のようなどす黒く赤い液体を出しました。

そして、いつの間にか、『これ』は死んでいました。

刀も、折れていました・・・。

でも、『これ』が死んでも、刀が折れても、私の憎しみも悲しみも苦しみも、消えませんでした・・・」

「・・・」

「『これ』が苦しんでも、元には戻らなかったのです・・・。

『これ』を斬っても、何も満たされなかったのです・・・。

『これ』が死んでも、殺された夫も娘も生き返らなかったのです・・・。

私は『これ』が憎くて殺したはずなのに、殺す前よりも『苦しい』のです・・・」

「・・・」

「すると、私の中から『どろどろしたもの』が次第に溢れて来ました・・・。

その『どろどろとしたもの』は、どんな事をしても消えてくれないのです・・・。

どんどんどんどん、溢れ出て来るのです・・・。

それは・・・罪悪感・・・?

それとも・・・罪・・・?

分からない・・・。

ただ分かっているのは、私はその『どろどろしたもの』を抑える事が出来ないと言う事・・・。

そして、その『どろどろしたもの』を抑える気持ちも無いと言う事・・・」

「・・・」

「私は、もう既に死んでいる『これ』を、今も、何度も殺さなければ気が済まないのです・・・。

殺し続けなければ、ならないのです・・・。

『どろどろしたもの』を抑えようとしても、私は止める事が出来ないのです・・・」

「・・・」

「私は・・・どうすれば・・・良いのでしょうか・・・?

私は・・・自分を止める事が出来ないのです・・・」

そう言いながら、女性は『これ』に何度も何度も折れた刀を突き刺した。

女性の『目』は、いつの間にか爛々と光る『金色の目』になっていた。

それは、まるで『鬼の目』のようだった。

そうだ。

女性は、『鬼』になったのだ。

私も團一郎も、言葉を発する事が出来なかった。

ただただ、女性を見続ける事しか出来なかった。

私は、團一郎の袖を握り締めた。

私は、思った。


『女性は、()()()()()()()のだ。

()()()()()()()()()のだ』


恐ろしさと驚愕、そして罪悪感で応える事も動く事も出来なくなった私達を見て、女性は『金色の目』をしたまま、薄ら笑いを浮かべて諦めたように言った。

「ああ・・・。

分かりました・・・」

すると女性は突然『これ』に突き刺していた、どす黒い血がこびり付いた刀を、いきなり自らの喉にあてた。

そして両手でその刀の両端を持って、刀を深く自分の喉に埋めた。


『ザク!!!』


刀が喉に埋まると直ぐ、女性は刀を横一文字に一気に引いた。


『ドバッ!!!』


女性が刀を引くと同時に、女性の喉から真っ赤な血が飛び散った。

その血は、動く事が出来なかった私達を真っ赤に染めた。

私達は、女性を止める事が出来なかった。

間に合わなかった。

足が竦んで、止めるのが遅れた。

女性は口と喉から真っ赤な血を吹き出しながら、『目』を大きく見開いて後ろへ倒れた。

團一郎は女性に駆け寄り、抱き上げた。

私も、走って女性に近づいた。

女性は、『目』を見開きながら死んでいた。

心なしか、微笑んでいるようにも見えた。

女性の顔は、苦しみや悲しみから『解放』されたような顔をしていた。

その『目』は、もう『鬼の目』ではなかった。

その『目』は、『苦しみ悶えた人間の目』だった。

その『目』には、大粒の涙が溜まっていた。

團一郎は涙をたっぷり溜めた女性の『目』を閉じさせ、ゆっくりと横たえた。

そして、二つになってしまった女性の夫と娘の遺体を女性の傍まで運んで元の状態に戻し、三人の手を握らせた。

幸せだった『家族』に、戻した。

私は、ただただそれを見つめる事しか出来なかった。

私は、やっと元通りになった三人の遺体を見つめながら思った。


『幸せに・・・暮らしていたのに・・・。

戦のせいで、こんな苦しく悲しい思いをして・・・死んでしまった・・・。

そして、彼女達を苦しませたのは、死なせたのは私達だ・・・。

私達が、戦をすると決めたからだ・・・。

私達が、彼女達の『幸せ』を壊したのだ・・・。

()()()()()()()()()()』のだ・・・!!!』


私は、涙が止まらなかった。


謝っても・・・謝りきれない・・・。


取り返しのつかない事を、私達はしてしまったのだ!


目の前の犠牲が、私達の『罪深さ』を教えてくれる!


私達は、一体何の為に戦っているのだろうか・・・?


私達は、一体何の為に生きているのだろうか・・・?


私は、また分からなくなってきた。


私の中にも『どろどろしたもの』が、湧き上がってきていた。


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八丁沖を渡ろうとしていた米沢藩『鈴木久左衛門(すずきくざえもん)隊』四個小隊約ニ百余名は、苦戦を強いられていた。

指揮は、六十余歳の鈴木久左衛門様だった。


米沢藩兵は兵糧を腰につけ、長岡藩兵を護衛しながら農民達の先導で八丁沖に入った。

そして腰を屈めて頭を低くし、葦に隠れるようにして進んだ。

一刻(いっとき)(約2時間)が過ぎた頃、『新政府軍』が米沢藩兵を見つけた。

桂沢村方向から、砲弾が飛んで来た。

それに呼応するように、浦瀬村方向からも砲弾が降って来た。

水柱が、上がった。


「体を、泥の中に沈めろ!!」

「携帯用の弾薬箱は、もう使いものにならない!!

重荷になるなら、捨てろ!!」

「このままでは、狙い撃ちだ!!」


米沢藩兵達は、気力を失いかけた。

その時、隊長の鈴木様の声が響いた。


「長岡の回復は、この戦にある!!

長岡を回復し高田まで討ち入り、敵を駆逐し、『君家の御名』を天下に輝すべし!!

そして敵の首を下げ、閻魔への土産としようぞ!!」


鈴木様は叫び、自ら先頭に立って弾丸飛び交う中を進んだ。

それを見た米沢藩兵達は生気を取り戻したと共に、自分達が尊敬する上杉謙信(うえすぎけんしん)公が治めていたかつての城下を目指す気力を与えられた。


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栖吉川(すよしがわ)の土堤や河原には、逃げ遅れた付近の住民が避難していた。

生い茂った草や川の中に隠れていたが、頭上では間断なく弾丸が飛来していた。

避難者を撃たない様に、各兵は出来るだけ避難者を避けて弾を撃っていた。


その草叢に、一人の『新政府軍』がいるのを長岡藩兵が見つけた。

長岡藩兵は、その兵を引きずり出した。

見るとその兵は、十五、六歳の紅顔の美少年であった。

長岡藩兵は、戸惑いながら少年兵に名を問いた。

すると、少年兵は答えた。


「私は、大和十津川(やまととつかわ)奈良(なら))の士、玉置清一郎(たまきせいいちろう)です」


彼は、『鼓者』であった。

長岡藩兵は、この少年兵の生殺を議論した。

『彼を斬ろう』と言う者、『助けよう』と言う者に分かれた。

長岡藩兵は捕えた少年兵の美しさに、惑わされた。

結果『隊長』稲垣様はその少年兵を捕縛し、矢島様に守らせる事にした。

その後、少年兵は長岡藩兵となった。

長岡藩の『合印』を付け、会津でも戦い続けたと言う。


この頃にも武士の戦闘には、戦国時代同様の中性的美学が残っていた。


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長岡藩『河井平吉(かわいへいきち)隊』小畔定太郎(おばたさだたろう)様(当時、二十一歳)は、『勘定方兼(かんじょうがたけん)兵糧弾薬(ひょうろうだんやく)運送方(うんそうがた)』として参戦していた。

しかし八丁沖渡河後、小畔様は本隊を見失った。


「仕方がない・・・。

『軍法』通り、福島江(ふくしまえ)へ向かうか・・・」


まだ、夜は明けていなかった。

小畔様が薄暗い足軽町を走っていると、逃げて来る群衆を見つけた。

「ん・・・?

あの中に、大きな体をした兵が一人いる・・・」

小畔様はその男を怪しみ、二、三歩通り越して振り返りながら問い質した。

「おい!!」

男は少し驚いたようだったが、直ぐに笑みを返して答えた。

「な・・・何で・・・ございましょう・・・?」

「貴様、何処の藩の者だ!?

長岡藩では、なかろう!?」

「・・・はい・・・。

長岡藩では・・・ありませんが・・・」

そう言うと、男は密かに抜いていた刀を大上段に振りかざした。

そして、刀を振り下ろしながら叫んだ。

「覚悟!!」

「何!!」

間一髪、小畔様は後ろに下がって身をかわした。

そして、直ぐ様鉄砲を撃った。


『バキューン!!』


弾は、男の鉢金に当たった。

男は少しよろけたが、素早く反撃して来た。

男の剣撃の凄まじさに小畔様は抜刀する余裕がなく、どうにか鉄砲で防いでいた。

その時、小畔様は足を滑らせて俯きに倒れた。

「死ね!!」

男の刀が、背中に振り下ろされた。


『ザク!!』


「くっ!!!」


しかし、痛みはそれ程感じなかった。

自分の背中を見ると、兵糧代わりに帯びていた切り餅が割れて飛び散っていた。

「餅に当たって、切先が鈍ったのか!!

よし!!」

小畔様は起き上がると同時に刀を抜いて、男に斬りつけた。

「ぐあ!!」

男は、傷を負った。

そして、直ぐに逃げ出した。

「待て!!

くっ!!」

小畔様も後を追おうとしたが突然傷の痛みを感じ、思うように体が動かなかった。

小畔様は、逃げる男の背中を睨み続けながら叫んだ。

「くそ!!

待てーーー!!」

すると、逃げる男が多くの兵に挟まれた。

それは、長岡藩兵だった。

兵に囲まれた男は浅い福島江の中に飛び込み、抜刀して長岡藩兵を待ち構えた。

夜が、少しずつ明けて来た。

男の姿が、露わになってきた。

散切り頭から血を流している大男は、二尺七八寸(約55cm)の長刀を青眼に構えていた。

小畔様は痛みに堪えながら、抜刀する男の近くまで何とか辿り着いた。

そして、聞いた。

「其方の名は!?」

男は、小畔様を怒りの形相で睨みつけながら答えた。

「長州の手の者だ!!」

「長州!?

長州だと!!!」


『長州』


その名を聞いただけで、小畔様の血が沸き上がった。

小畔様は、腰に差していた短刀を男に投げつけた。

男は身をかわし、対岸を這い上がって稲田の中に隠れた。

「待て!!!」

長岡藩兵が、男を捕らえようと追った。

騒ぎを聞きつけて、足軽も三、四人駆けつけた。

長岡藩兵は、叫んだ。


「長州の者が、稲田に隠れている!!

逃がす訳には、いかぬ!!

小銃を乱射せよ!!」


小畔様もそれに続こうとしたが、激痛に耐えられず、その場に崩れ落ちた。

そして戸板に乗せられ、治療を受けに『昌福寺(しょうふくじ)』へ送られた。

逃げた男は、その後どうなったか分からない。


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長岡藩『刀隊(かたなたい)井上繁之進(いのうえしげのしん)様は、城下では有名な剣士だった。

地理にも詳しく、戦中は変装して『新政府軍』のいる所に潜り込み、『新政府軍陣地』の弱点を見つけるなどして活躍していた。

ある隊士が、井上様の額に巻かれている『白木綿の鉢巻』を指差しながら尋ねた。


「その鉢巻の中に、何が入っているのだ?

鉄にしては盛り上がり過ぎて、仏にしては低い・・・」

井上様は、笑いながら答えた。

「母が集めた、此処らの『神仏の守護札』だ。

私が死ねば、それらの神々が必ず迅雷となって『新政府軍』を圧死させるのだ!!」

「そうか・・・。

しかし、長岡藩『本営』は襲撃の際の『白い軍装』を禁じていたはずだが・・・」

それに対し、井上様は少し恥ずかしそうに答えた。

「ああ・・・。

だが、『()()』でなくてはならぬのだ・・・」

「何故?」

「出陣以来、家族の生死は未だ分からない。

私の母は老いているから、きっと城下に留まって私を待ち続けている。

だから、戦場では敢えてこの姿で戦った。

先頭を切って突進すれば、異装の自分を母が見つけてくれると思った・・・」

「・・・『隊長』の稲垣林四郎(いながきりんしろう)様に、咎められなかったのか?」

「稲垣様は、何もおっしゃらなかった。

そして、稲垣様は常に俺を先鋒に使って下さった」

「そうか・・・」


それ以上、二人は何も話さなかった。

井上様はその後、新保村から石内村『極楽寺』へ攻撃し、再び新保村に引き返した。

そして、城下へ逆襲に来た薩摩藩兵と戦った。

井上様は、『白木綿の鉢巻』をした額を撃ち抜かれて戦死された。


その後も壮絶な戦いを繰り返した『刀隊』と『槍隊(やりたい)』は多くの兵が死に、最早一隊を成す事が出来ず半隊を合わせて戦う事になった。

しかし、とうとう持ち堪える事が出来ないと判断し、城下の家屋敷に火を付け回った。

火は弾薬箱に引火し、爆発音と共に町中に大火をもたらした。

その炎を見た『新政府軍』は城下に侵入する事を諦め、信濃川を渡河した。

町を燃やす炎は、『新政府軍』の侵入を防ぐ抑止力となった。

しかし、その犠牲は多大なものであった。


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長岡藩『筆頭家老(ひっとうがろう)稲垣平助(いながきへいすけ)様と長岡藩『中老(ちゅうろう)槇内蔵助(まきくらのすけ)様は、『勤皇家』であった。

その為戦が始まると、直ぐに長岡城下を脱出した。

稲垣平助様は逃走後、病に倒れ、南蒲原郡(みなみかんばらぐん)大面村(おおもむら)の『東山寺(とうざんじ)』に潜居した。

しかし、残された家族は苦難を強いられた。


当時、稲垣様の妻・(かね)様は四ヶ月の身重で、七歳の娘・(たい)様、五歳の喜戸(きと)様、一歳の(たて)様の三人を連れていた。

しかも、寛政(かんせい)十一年(1799年)生まれの祖母・(たて)様も一緒であった。

建様と金様は、二人とも槇内蔵助家から嫁いできた。

槇家は藩主・牧野家の三河(みかわ)以来の『筆頭譜代(ひっとうふだい)』であり、稲垣家は『筆頭家老』を世襲していた。

二家は、長岡藩きっての名門であった。

その二家の当主である槇内蔵助様と稲垣平助様は『勤皇』の立場をとったが為に、二家は藩中で孤立していた。


残された妻・金様と祖母・建様は気丈な女性で、子供達を命懸けで守った。

祖母・建様は、皆に言い聞かせた。


「重光(平助)殿は、きっと迎えに来てくれる。

決して、自害などせぬように致しましょうぞ」


五月十九日、長岡城落城後、戦火を逃れる為に稲垣様ご一家は堀金村(ほりがねむら)佐々慶次(ささけいじ)に匿われる事になった。

佐々もまた、『勤皇家』であった。

『勤皇派』同志は佐々家で何度も密会し、その縁で稲垣様ご一家は佐々家に匿って貰えた。

しかし続々と『旧幕府軍』が迫って来ると、佐々は鉢伏村(はちぶせむら)の寺へ稲垣様ご一家を逃がした。

その寺は山頂の不便な所にあり、食糧の調達が儘ならなかった。

その為、稲垣様ご一家は川崎村(かわさきむら)清兵衛門(せいべえもん)宅へ移住する事になった。

川崎村は、長岡郊外の比較的豊かな農村だった。

その後、駒形次兵衛(こまがたじへえ)の離れが空いたので、稲垣様ご一家は其処に再び移住する事になった。

御子息である平十郎(へいじゅうろう)様(十歳)は『新政府軍陣営』の『使い』をし、女性のみが其処に住む事になった。

しばらく、其処で潜伏生活をする事になった。


しかし七月二十四日、長岡藩兵が八丁沖を渡って稲垣様ご一家がいた清兵衛門の家を襲って来た。

そして、火を掛けた。

稲垣様ご一家は恐怖し、鉢伏の寺へと逃げた。

金様は身重の体を庇いながら、幼子の手を引き、祖母・建様と共に逃げた。

稲垣様ご一家は鉢伏の寺で休息した後、山麓沿いに南下し、鷺之巣村(さぎのすむら)定正院(じょうしょういん)』へ向かった。

『定正院』でも親切に応対してもらえたが、住職に『米沢藩兵らが、巡回に来るから危険だ』と言われた。

その為『家僕(かぼく)勝右衛門(かつえもん)の手引きで、榎峠(えのきとうげ)を越えて浦柄(うらがら)まで逃げる事になった。


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長岡藩兵は、命懸けで取り戻した『自分達の城』に続々と入って来た。

女性の家を後にした私と團一郎も、やっとの事でお城の『三の丸』の中に入る事が出来た。

團一郎は私を支えながら歩き、比較的被害の少ない壁を見つけ、その壁に私を寄り掛からせて座らせた。


「大丈夫ですか・・・?

姉上・・・?」


團一郎は、私の顔を心配そうに覗き込んだ。

私は力なく微笑み、答えた。

「うん・・・」

答えながら、私はぼんやりと周りを見渡した。

体の動く兵は、横たわる遺体に手を合わせて一人ずつ大切に外に埋めにいた。

しかし多くの兵は疲れと、城を取り返した喜び、そして変わり果てた自分達の城を見て悲しみ、うずくまっていた。

すると、お城の外から微かに何かが聞こえて来た。


『ハァーエーヤー


お前だか 左近の土手で 背中ぼんこにして 豆の草取りゃる


ハァーエーヤー

 

お山の 千本桜 花は千咲く 成る実は一つ・・・』


私は、この歌詞に聞き覚えがあった。

私は外の方を向きながら、呟いた。


「・・・『長岡甚句(ながおかじんく)』・・・」


團一郎も外の方を眺めながら、懐かしそうに、そして悲しそうに私の言葉に答えた。

「城中に入る事を躊躇った兵が、町人町で『長岡甚句』を唄っていると聞きました・・・。

それに応えるように、他の長岡藩兵達も唄っているのでしょう・・・」


すると突然、砲声が遠方から聞こえて来た。


                         『ドォーーーーン!!!』 


                   『ドォーーーーン!!!』


           『ドォーーーーン!!!』


地面が、揺れた。

壁の欠片が、私達に降り注いで来た。

團一郎がそれらの欠片から、私を守ってくれた。


砲声が止まると、どすどす音を立てながら歩き叫ぶ人の声が聞こえて来た。

その声は、継兄さんのものだった。


「城を取り戻したからと言って、戦が終わった訳では無い!!」


神田口御門の前で、城中の様子を探っていた継兄さんが城内に戻って来たのだった。

その時、援兵を求める『伝騎(でんき)』が継兄さんの前に駆けて来た。


十二潟(じゅうにがた)筒場(つつば)にいた『新政府軍』主力部隊が、長岡城を取り戻す為に長岡北端の下条(げじょう)付近に殺到しております!!!

その為、草生津渡場、左近村(さこんむら)方面、蔵王、新町(あらまち)、石内村など城下北方では激戦が続いております!!!

至急の増援を!!!」

それを聞いた継兄さんは、叫んだ。

「やはり、北から来たか!!

分かった!!

直ぐに向かわせる!!!

誰か!!!」

一人の長岡藩兵が、継兄さんの前に進み出た。

「はっ!!」

「『本丸』と『二の丸』は、ほとんど焼けている!!

僅かに残っている此処『三の丸』の一部を、『本陣』とする!!

早々に、他の各将を呼べ!!!」


各将が集まった後、『三の丸・仮本陣』では長引いている草生津の戦いと、新町口の『新政府軍』の逆襲について軍議を開いた。

その内容が、私と團一郎にも微かに聞こえて来た。


「新町口での戦いは早朝から始まり、益々激化している!

『旧幕府軍』は押され、一部の『新政府軍』は城下に入り、長岡城に迫りつつある!!

新町口には『軍事掛(ぐんじがかり)三間市之進(みつまいちのしん)を派遣しているが、指揮は分断され各隊は孤立している!!

防衛線は、直ぐに突破されるだろう!!

状況は、逼迫している!!」

各将は激昂し、口を揃えて言った。

「米沢藩の違約だ!!」

「この戦は会津藩同席のもと、長岡藩と米沢藩が共に協力すると誓って行ったものだ!!

我が長岡藩兵が長岡に突入した後、城下に火を放ち、それを合図に米沢藩が必ず進撃すると言うものだったはずだ!!

もしこの先米沢藩の突入がなければ、我が長岡藩兵は『新政府軍』に包囲されて全滅する!!」

「我が藩は約束通り午前六時には長岡城を奪い返し、城下の民家に放火し、その火は天を焦がし続け、既に日も暮れようとしている!!

それなのに、米沢藩の姿は全く見えないではないか!?

我が藩は、米沢藩に『裏切られた』も同然だ!!」


約束通り援軍を寄越さなかった米沢藩を、継兄さん達は信頼出来なくなっていた。

元々『しこり』が、あったのだ。

その『しこり』は、米沢藩兵が越後に来援した頃からあった。


『米沢藩が、旧領地である長岡を取り戻そうとしているのではないか』


と言う疑念を、長岡藩はずっと抱いていた。

それが『しこり』となって、残っていたのだった。


_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _



未だに来援しない『米沢藩本陣』に、長岡藩は催促の『使番』を送った。


福井(ふくい)方面にいた長岡藩『大砲隊(たいほうたい)由良安兵衛門(ゆらやすべえもん)様指揮)』、その予備隊(少年隊)、会津藩の佐川官兵衛(さがわかんべえ)様、『軍事掛』村松(むらまつ)忠治右衛門(ちゅうじえもん)様は、業を煮やしていた。

村松様は、米沢藩へ訴えた。


「大黒、筒場を破らないのは、長岡藩兵全員を皆殺しにする事だ!!」


『使番』からそれを聞いた米沢藩は、居たたまれない気持ちであった。

米沢藩は、『新政府軍』に何度も攻撃を仕掛けていた。

しかし『新政府軍』の抵抗が激しく、また弾薬不足から、思うように攻撃が出来なかった。

その遅れが、他の『旧幕府軍』に不審を抱かせたのであった。


_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _



長岡藩兵の一人が、『米沢藩陣営』に来た。

来援しない米沢藩兵に苛立ちを覚えた継兄さんが、差し向けたのだった。


「今、深く潜入した我が長岡藩兵は、貴藩の救護がなければ全滅する!!」


米沢藩『総督』千坂高雅(ちさかたかまさ)様も、何としてでもこれに応えたかった。

「勿論だ!!

直ぐに、援護に向かわせる!!」

それを、『軍監』三瀦清蔵(みずませいぞう)様が止めた。

「千坂様!!」

「何だ!?」

三瀦様は、千坂様の前に進み出て進言した。

「我が隊の『小野里勘蔵(おのさとかんぞう)隊』『相浦官蔵(あいうらかんぞう)隊』『原勝吾(はらかつご)隊』の三隊は、昨夜、長岡藩兵を護送して八丁沖を渡り、浦瀬村の『新政府軍』の陣近くまで行きました!!

早朝にも鈴木久左衛門隊も応援に来てくれましたが何も遮る物のない所で戦った為、『新政府軍』の攻撃をまともに受けました!!

何とか死地から脱出出来たものの、彼らの疲労は極限にまで達しております!!

そんな彼らを再び戦地に送り込むなど、死地に再び向かわせる事です!!

それはあまりにも、酷ではありませんか!?」

他の隊頭達も、続けて言った。

「強いて破ろうとすれば、味方を犠牲にするばかりです!!」

「昨夜からの不眠不休の任務が終わり、ようやく帰陣したのだからもう少し休ませて欲しい!!」

それを聞いていた長岡藩兵は、血相を変えて叫んだ。

「一刻の猶予もございません!!

米沢藩の苦労も、分かります!

それを、強いてお願いしているのです!!

どうか応援に来て下さい!!

我が藩を、助けて下さい!!

そうでなければ、作戦は失敗する!!!

全ての犠牲は、『無』になる!!!」

両者の言葉に、千坂様は苦しんだ。

千坂様は、辛い立場にあった。

長岡藩との盟約もある。

そして、何よりも長岡藩を助けたい・・・。

しかし、それは自分達の兵を失ってまでだろうか・・・?

千坂様は、苦悩した。

そして、長岡藩兵を見た。

力強く見つめる長岡藩兵から、目を逸らす事が出来なかった。

千坂様は、決意した。

千坂様は、米沢藩兵に向かって大声で叫んだ。

「相浦官蔵!!」

「はっ!!」

「其方の隊が先鋒として、水門(大黒)を攻めよ!!」

「・・・!!」

相浦様は、その命令に声を失った。

しかし長岡藩兵はその命令を聞くと『感謝する』と言って、嬉しそうに『長岡藩本陣』へと戻って行った。

長岡藩兵が戻った後、相浦様は千坂様に訴えた。

「虎口へ白昼切り入れば、数多の人命を失う事になります!!

たとえ我が身は『軍律』に処せられても、従う訳には参りません!!」

相浦官蔵様は、米沢藩の最精鋭部隊である『百挺隊(ひゃくていたい)』を率いていた。

しかし『新政府軍』と兵士数は対等ではあっても、軍備の差は歴然だった。

相浦様は、自分の部下達を死なせたくなかった。

だから相浦様は、千坂様の命令に反論した。

千坂様は目を瞑り、苦しそうに言った。

「分かっている・・・!!

だが、行ける所まで行ってくれ・・・!!」

「・・・」

相浦様は、それ以上何も言わなかった。

言えなかった・・・。

他の『大隊長』『隊頭』達が、相浦様に代わって千坂様に訴えた。

「千坂様!!

我が藩兵が、長岡へ援護に向かえば・・・!!」

そう言って、千坂様に詰め寄った。

千坂様は彼らを見つめ、歯を食いしばりながら答えた。

「分かっている・・・。

我が藩は、甚大な被害を被るだろう・・・。

だが涙を流して人を見殺しにしては、我らは生きていられない・・・!!

たとえ万死一生の理がなくとも、約に背いては何の面目あって人に対する事が出来ようか!?

人として、武士として、決して約束を違えてはならぬのだ・・・!!

もし自分の言う事に従わないのならば、私は死んで長岡藩に言い訳せねばならない!!」

「・・・」

皆、ただただ千坂様を見つめるだけであった。


出発前、相浦様は寺の空き地に隊士達を集め叫んだ。

「我が隊が先鋒となり、これから敵陣へ突入する!!

山崎(やまざき)隊』『相生(あいおい)隊』『関谷(せきや)隊』『木間(こま)隊』などが、我が隊に続く!!」

「おーーーーーーーーーー!!!」

「この度の戦は、『決死戦』である!!

組下の者ども、脇差は先鋒には不要!!

今から脇差を集め故郷へ送り、各人の形見とする!!」

「おーーーーーーーーーー!!!」

そして米沢藩兵達は一斉に脇差を腰から抜き取り、一か所に集めた。

また『死ぬ者に、金子(きんす)はいらない!!!』と言って、お金を一緒に差し出す者もいた。

米沢藩兵は、『決死の覚悟』であった。


長岡城下へ出発しようとする相浦様を、千坂様は見送った。

そして、その背中を見つめながら悲しそうに呟いた。


「相浦・・・。

済まぬ・・・」


_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _



午後4時前


『相浦官蔵隊』は福井の保塁を飛び出し、『新政府軍』に突っ込んで行った。

『新政府軍』の銃弾が飛び交う中を、米沢藩兵は鉢金を被り、具足(ぐそく)を付けて『新政府軍』に立ち向かった。

相浦官蔵様は、大声で叫んだ。


「一気に進めーーー!!」


多くの米沢藩兵は狙撃され、次々と倒れていった。

そして多くの犠牲を払いながら、米沢藩兵は猿橋川(さるはしがわ)の土堤下まで辿り着いた。

「土堤上の村道を進むのは、危険だ!!

深田を、直進する!!」

相浦様は隊士に命令し、次々に深田に入っていった。

腰まで浸かって、鉄砲を撃ちながら進んだ。

右翼からは『小野里隊』、左翼からは『山崎隊』『桐生(きりゅう)隊』が攻撃した。

舟山駒蔵(ふなやまこまぞう)様達若い隊士も『相浦官蔵隊』に続いて、『新政府軍』の保塁に突進した。

その命知らずな突撃に恐れをなした『新政府軍』兵士達は、散り散りに逃げた。

米沢藩兵は勝利し、長岡城下へ向かった。


この攻撃成功により、米沢藩兵は長岡藩の『信頼』を取り戻しつつあるように見えた・・・。

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