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むつの花  作者: 野口 ゆき
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六つの花 『四.攻防』

七月二十五日(9月11日)


長岡藩『使番(つかいばん)槇三左衛門(まきさんざえもん)様は、至る所に出来た血の池の中を歩いた。

粘っこく、腐臭を放つその真っ赤な池は、腫れ物に苦しむ槇様の歩行を妨げた。


槇様は、やっとの事で草生津(くそうづ)の渡船場に近い土手まで着く事が出来た。

そして其処で舟を求め逃げる『新政府軍』の兵と、それを狙撃する長岡藩兵を目にした。

舟に殺到する『新政府軍』の兵を眺めながら、槇様は呟いた。


「あんなに小さな舟に、あれだけの人数が乗れば転覆するぞ・・・」


案の定『新政府軍』の兵が乗った舟は転覆し、人々と舟は瞬く間に水の中に消えていった。


「何と言う、哀れむべき姿だ・・・。

だが、何と・・・心地良い事か・・・」


舟の沈みゆく様をじっと見つめていた槇様に、馬の蹄の音が近づいて来た。


                     『タタッ』

               『タタッ』

        『タタッ』

   『タタッ』

『タタッ』


槇様は、音を追った。

見ると、誰かが馬に乗って全速力で駆けていた。


河井(かわい)様!?」


槇様は、馬に跨り走る(つぎ)兄さんに向かって叫びながら近づいた。

継兄さんは馬を止め、近づく槇様の方を向いた。

そして、馬上から叫んだ。

「槇か!?」

「はっ!!」

「良く聞け!!

勝機は、こちらにある!!

これから最後の決戦をする為、俺は神田町(かんだまち)の方へ向かう!!

おみしゃんも、付いて来い!!」

槇様は、直ぐに答えた。

「はい!!!」

その時、槇様の身体に激痛が走った。

「う!!」

槇様は、一瞬よろめいた。

しかし直ぐに体勢を立て直し、継兄さんの方を向いた。

そんな槇様を心配そうに見つめながら、継兄さんは言った。

「大丈夫か!?」

「はい!!

何でもありません!!!」

苦痛に耐えながらも必死に笑顔を見せる槇様を見て、継兄さんは心配そうに言った。

「そう言えば、おみしゃんには腫れ物が出来ていたな・・・」

それに対して、槇様は顔をしかめながら答えた。

「申し訳ありません・・・。

突然・・・痛み出したようで・・・。

しかし、問題はありませんから・・・!!!

お供させて頂きます!!!」

すると継兄さんは、槇様を優しく見つめながら言った。

「いや。

今は無理せず、此処で休んでおれ・・・!!

良くなったら、直ぐに来い!!

待っている!!!」

槇様は『自分は付いて行ける!!』と言おうと思ったが、腫れ物の痛みの為に継兄さんの足を引っ張る訳にはいかないと思い直し、継兄さんの言葉を受け入れる事にした。

「・・・申し訳・・・ありません・・・。

後で必ず参ります!!!」

「ああ!!!

必ず来い!!!」


そう言って継兄さんは踵を返し、駆けて行った。


継兄さんの姿が見えなくなり、しばらく休んだ後、槇様は痛みに耐えながら長岡城内『三の丸』に入った。

其処には、弾薬や銃器が山積みにされていた。

それを見た槇様は、呟いた。


「勿体ない・・・。

この弾薬を、活かす事が出来れば・・・」


すると槇様は近くにいた長岡藩兵を見つけ、言った。

「市中で激闘している長岡藩兵の多くは、弾薬不足の中で白兵戦を強いられている!!

これらを、どうか前線へ持って行かせてくれ!!」

長岡藩兵はその申し出に、嬉しそうに答えた。

「それは、願っても無い事!!

どうか、宜しくお願い致します!!」

了解を得た槇様は激痛に耐えながら、長岡城『三の丸』から弾薬類を無事に信濃川(しなのがわ)の大土手まで運搬する事が出来た。


任務を果たした槇様は、その後、再び城下に戻った。

城下には火災を免れている商家が数十軒あったが、人の気配はなかった。

しかし『三島屋(みしまや)喜右衛門(きえもん)の店先で、槇様は突然呼び止められた。


「お侍さん!!」


槇様は聞き違いかと思いながらも、声のした店に慎重に入って行った。

すると、其処には『三島屋』喜右衛門本人がいた。

槇様は以前『町奉行(まちぶぎょう)』をやっていた事があり、喜右衛門とは知り合いだった。

槇様は、嬉しそうに言った。


「喜右衛門ではないか!?

無事だったのだな・・・。

良かった・・・。

・・・家族は?」

喜右衛門も、喜びながら答えた。

「はい!!

皆、無事でございます!!」

「それは、良かった・・・。

だが、此処も安全では無い!!

直ぐに避難しろ!!」

「はい!!

しかし、お伝えしたい事がございます!!」

「伝えたい事・・・?

何だ!?」

「私の土蔵に、富山(とやま)藩の『玉薬(たまぐすり)(弾薬)(づつ)』が沢山ございます!!」


そう言って、喜右衛門は槇様を裏庭の土蔵まで連れて行った。

其処には、大量の弾薬や武器が収蔵されていた。

槇様は、驚きながら言った。

「これ程の兵器があるとは!!

礼を言うぞ、喜右衛門!!」

「お力になれて、嬉しゅうございます・・・。

ここで待っていた甲斐がございました・・・。

私共も、故郷を蹂躙されるのは口惜しゅうございます・・。

これで・・・。

これで、どうか・・・私達の故郷を取り戻して下さい・・・!!」

槇様は涙ながらにそう訴える喜右衛門の肩に手を乗せ、力強く答えた。

「約束する!!

お前達の思いを、この槇三左衛門は受け止めた!!

必ず、我々の故郷を奪還してみせる!!」

「お願い致します!!」

「うむ!!

ああ・・・。

そうだ・・・喜右衛門。

済まぬが、筆と小札を貸してくれぬか?」

「筆と小札・・・ですか・・・?

はい!

ただ今!!」

喜右衛門は一度奥に消え、筆と小札を持って来て槇様に手渡した。

受け取った槇様は、小札に何かを書き始めた。


『三島屋喜右衛門 訴えべき旨の品』


そう書いた小札を、槇様は弾薬箱に付けた。

そして、喜右衛門の方を向きながら言った。

「この弾薬箱には、お前の『思い』が込められている!!

共に、故郷を取り戻そう!!」

「・・・!!」

喜右衛門は、声が出なかった。


『共に戦おう』


と言う槇様の気持ちが、嬉しかった。


その時、再び槇様の身体に激痛が走った。

倒れそうになる槇様を、喜右衛門は支えた。

「槇様!?

如何されたのですか!?」

苦痛で顔を歪ませながら、槇様は答えた。

「腫れ物が出来ていて、悪化しているようだ・・・。

私では、無事に弾薬箱を城には運べない・・・。

済まないが、私の代わりに弾薬箱を『三の丸』の土蔵へ送るよう手配してくれぬか・・・?」

それに対し、喜右衛門は大きく頷きながら答えた。

「畏まりました!!

槇様は、しばらく此処でお休み下さい!!」

「いや・・・。

私も、少しでも早く城へ向かいたい・・・!!

たとえ時間が掛かっても、城へ向かう!!」

「しかし、そのお身体では・・・」

「問題ない・・・!!

いざとなれば、少しは休む・・・!!

休みながら、城を目指す!!

喜右衛門!!

私の事よりも弾薬箱の事、くれぐれも頼んだぞ!!」

「はい!!」


そして、槇様は喜右衛門の店を後にした。

少し歩いたけれど、益々痛みが激しくなり、槇様は表町(おもてまち)の商家で休む事にした。

其処には、主人の松田周平(まつだしゅうへい)がいた。

「す・・・済まないが、此処で少し休ませてくれ・・・」

「それは・・・問題ありませんが・・・」

「何だ?」

「今の状況では、長岡城下を守るのは難しいでしょう・・・。

休まれたら、お城へ向かうのはお止めになった方が宜しいかと思います・・・」

「何!?

では、これ以上休んではおられぬ!!

今直ぐ、城へ向かう!!」

「お侍様!!」


松田周平の制止も聞かず、槇様は激痛に堪えながら城内『三の丸・本陣』へ向かった。

『本陣』に着くと、同僚の竹垣徳七(たけがきとくしち)様に会い、戦況を聞いた。

竹垣様は、疲れた様子で答えた。


「『新政府軍』は強く、切迫している!!

少数の長岡藩兵では、これ以上長岡城を持ち堪える事は出来ないだろう・・・!!」

「・・・!!」

その言葉に驚き、声を失った槇様は絶望した。

そして今までの無理が祟った為に、その場に崩れ落ちた。

槇様は同僚の手を借りながら再び松田周平の家まで戻り、休息させてもらう事にした。

槇様の腫れ物は化膿し、結局、松田宅で四日間逗留する事になった。


_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _



度重なる(いくさ)で兵力を失い、『田中小文治(たなかこぶんじ)隊』は解隊された。

そして『田中小文治隊』を率いていた田中小文治様は、『鬼頭六左衛門(きとうろくざえもん)隊』の『半令(はんれい)』となった。


銃士(じゅうし)士分(しぶん))』で編成された『鬼頭六左衛門隊』は八丁沖(はっちょうおき)を渡河すると、小銃を乱射しながら長岡城下へ向かった。

そして鍛冶町(かじまち)に着くと、軒下から突然攻撃を受けた。

其処には、数十人の『奇兵隊(きへいたい)』が潜んでいた。

『奇兵隊』は射撃後、刀を振りかざしながら突進して来た。


「『奇兵隊』だーーーーーーー!!

迎え撃てーーー!!」


『鬼頭六左衛門隊』は一斉射撃し、『奇兵隊』二人を倒した。

それに驚いた『奇兵隊』は、散り散りに逃走し始めた。

その後、『鬼頭六左衛門隊』は喰違(くいちが)いを守る事になった。

そして前線に取り残された『旧幕府軍』を『新政府軍』の逆襲から救う為、田中様は『鬼頭六左衛門隊』半隊を率いて新保村(にいぼむら)まで戻った。


_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _



午前九時頃


新保村で待機していた田中小文治様率いる『鬼頭六左衛門隊』半隊は、福島村(ふくしまむら)新組村(しんぐみむら)から来た薩摩(さつま)藩兵、長州(ちょうしゅう)藩兵、高田(たかだ)藩兵に攻撃された。

新保村には遮蔽物が無かった為、多くの長岡藩兵が銃弾に倒れた。

田中様は江戸で洋式訓練を受けた事があり、『兵術の心得』があった。

直ぐに、今の状況が不利であると気付いた。

田中様は、叫んだ。


「総員!!

新保橋まで引き揚げろ!!

そして、そのまま栖吉川(すよしがわ)に入って散開し、葦や流木などの陰に隠れて『新政府軍』を迎え撃つのだ!!」


田中様率いる『鬼頭六左衛門隊』半隊は栖吉川の中に隠れ、銃を構えながら『新政府軍』を待ち伏せした。

周りを見ると、逃げ遅れた民も何人か隠れていた。

ある長岡藩兵が、近くに隠れていた男に小声で話し掛けた。


「済まぬ・・・。

我らは、此処で『新政府軍』を迎え撃たねばならぬ!!

出来るだけ、遠くへ逃げてくれ!!

此処は、危険だ!!」


それに対し、男は怒りながら答えた。

「『逃げろ』と言われても、『逃げる所』など何処にもありません!!

何処へ行っても、銃弾が矢のように降ってきます!!

退くのなら、貴方たちが退くべきではありませんか!?」


その時突然、薩摩藩兵の弾丸が飛んで来た。


     『ピューーーーーー!!』


その弾は、男のこめかみを貫いた。

男は、血飛沫を上げながら川の中に倒れた。

死んだ男のこめかみからは、血が止めどなく流れ続けた。


弾は、間断なく雨霰のように飛んで来た。


「ぐあ!!!」

「があ!!!」

「げえ!!!」


銃弾雨中の攻撃で、近くで共に戦っていた他の長岡藩兵達も次々と倒れていった。


稲垣林四郎(いながきりんしろう)隊』吉田六次郎(よしだろくじろう)様、磯貝久馬之丞(いそがいくめのじょう)様が、水飛沫を上げながら転倒した。


「吉田!!

磯貝!!」


田中様は、二人に駆け寄った。

吉田様と磯貝様は、重傷だった。

「首を・・・」

大量の血を口から溢れ出しながら、吉田様と磯貝様は自分達の首を斬るよう田中様に頼んだ。

二人の姿を見た田中様は固く目を瞑り、そして悲しそうに呟いた。


「分かった・・・」


『二人は、もう助からない・・・。

ならば、我々の手で首を落として楽にしてやる事が、今、我々の為すべき事だ』


そして田中様は『稲垣林四郎隊』太田直太郎(おおたなおたろう)様、『鬼頭六左衛門隊』新井巌次郎(あらいいわじろう)様に二人の首を斬らせた。

二人の顔は、死後も微笑み続けていた。


その後、田中様は残った隊士達を引き連れ、栖吉川を渡って地蔵町(じぞうまち)まで逃れた。


地蔵町では、激戦地へ向かう途中の『大川市左衛門(おおかわいちざえもん)隊』と『横田大助(よこただいすけ)隊』に会った。

田中様は、悔しそうに『敗戦』を報告した。


「新保村は『新政府軍』の攻撃が激しく、守りきれなかった・・・」

「そうか・・・。

やはり、『新政府軍』の反撃が強まって来たか・・・。

何処まで・・・持ち堪える事が出来るか・・・」

二隊長は田中様を責める事なく、ただ口惜しそうに目を瞑った。

皆、戦況の厳しさをひしひしと感じていた。

「そう言えば、地蔵町の民家に『鬼頭六左衛門隊』がいるぞ」

「『鬼頭六左衛門隊』が、地蔵町に!?」

「ああ。

『鬼頭六左衛門隊』も激戦の末、地蔵町まで引き揚げて来たらしい・・・」

「そうですか・・・。

有り難うございます!!

では、私達も『鬼頭六左衛門隊』と合流します!!

どうか、お二方ともお気をつけて!!」


そして田中様率いる『鬼頭六左衛門隊』半隊はニ隊と別れ、『鬼頭六左衛門隊』のいる民家を訪ねた。


「鬼頭殿!!」

「田中殿!?

おお!!

無事であったか!!」

「ああ!!」


田中様は、辺りを見回した。

兵の数が、激減していた。

鬼頭様は、自虐的に笑いながら言った。

「喰違いを守る事が出来ず、この有様だ・・・」

田中様も、拳を握り締めながら悔しそうに言った。

「私の方も、新保村で多くの兵を死なせてしまった・・・」

「・・・」

その時、一人の女性が話し掛けて来た。


「どうぞ・・・」


その女性は、地蔵町に住む農家の人間だった。

女性の手には、おにぎりの乗ったお盆があった。

見渡すと、他にも『足軽給人(あしがるきゅうじん)』の家族達が疲れきった長岡藩兵におにぎりを勧めていた。


「握り飯・・・」


田中様はおにぎりを見つめながら、生唾を飲んだ。

その時初めて、自分が空腹だった事に気付いた。

田中様は、おにぎりに手を出そうとした。

しかし、途中で止めた。

田中様は女性を見つめながら、悲しそうに聞いた。


「この米は、お前達にとっても貴重なものだろう・・・?」


それに対し、女性はにっこり笑いながら答えた。

「『新政府軍』から町を守ってくださる長岡藩兵の方々をお助けすることは、当然のことです。

それに、おにぎりを食べて頂くことは、私達にとっての『復讐』でもあるのです・・・」

「『復讐』・・・?」

「はい!!

私たちには、『新政府軍』を倒す力がありません!!

だから長岡藩兵の皆さんに元気になって、私たちの代わりに多くの『新政府軍』を倒し、『復讐』して頂くのです!!」


田中様は苦笑いをしながら

『そうか・・・』

とだけ言って、おにぎりを一つ手にとった。

そして、そのおにぎりを一口頬張った。

そのおにぎりは、とても美味しかった。

塩は付いていなかったのに、少し塩辛く、そして少し苦く感じた。

田中様は美味しそうにおにぎりを頬張りながら、女性に言った。

「お前達の心が籠った握り飯を、私は食べた!!

約束する!!

必ず、お前達の『復讐』を遂げてみせる!!」


そして田中様と女性は、お互い微笑み合った。


_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _



午後


田中様と『鬼頭六左衛門隊』は共に長岡城下へ向かった。

神田町に入った十字路で『新政府軍』の攻撃を受けたが、何とか切り抜けて坂下町(さかしたまち)稲葉(いなば)邸の前まで行く事が出来た。

門前に保塁を築いて、『鬼頭六左衛門隊』は其処を守る事になった。


_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _



夜半


田中様と『鬼頭六左衛門隊』の許に、『伝令』の赤柴(あかしば)様がやって来た。

そして、筒場(つつば)大黒(だいこく)方面の戦いの戦況を知らせた。


「間も無く、米沢(よねざわ)藩兵が参ります!!」


その言葉に、長岡藩兵は皆歓喜した。

「おお!!

これで、『新政府軍』を完全に叩き潰す事が出来るぞ!!

もう少しの辛抱だ!!!」

「ああ!!

あと少し・・・!!

あと少し、持ち堪えれば良い!!

そう思うと、力が湧き出てきたぞ!!」

「よし!!

明日の戦に備えて、今日は身体を休めよう!!」


ただ、周りの家屋は焼け落ちていた為、『鬼頭六左衛門隊』はやむ無く雨の降る中、保塁で眠る事となった。


翌日、『鬼頭六左衛門隊』は『千本木林吉(せんぼんぎりんきち)隊』と合流し、信濃川河畔に赴いて『新政府軍』と銃撃戦を繰り広げた。


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銃卒(じゅうそつ)(足軽)』で編成された『横田大助隊』と『河井平吉(かわいへいきち)隊』は八丁沖から上陸後、長岡城下の地蔵町に入った。

近くには、足軽町があった。

隊士の中には、縁者や知己を探す兵もいた。

また兵の中には、自分達の息子がいないか声を掛けて来る老人もいた。


「生きていたのか!?

良かった!!

良かった!!」

「母上は、ご無事か!?」

「私の息子を、知りませぬか!?」

「死んだ・・・!?

そんな・・・!!!」


お互いの無事を喜び合う者。

悲しい『現実』を突きつけられた者。

様々だった。

皆、もっと、その場に居たかった。

しかし、長居は出来なかった。

名残惜しさを噛み締めながら、『横田大助隊』と『河井平吉隊』は福島江(ふくしまえ)沿いを南下した。

福島江には水が無く、焼け出されて避難した人々が溝の中にいた。

その横を、申し訳なさそうに長岡藩兵達は走って通り過ぎた。

しばらくして、二隊は四郎丸村(しろうまるむら)に入った。

そして各々組に分かれ、『新政府軍』宿陣地や寺を探索した。

四郎丸村に隣接した柳原町(やなぎはらまち)の菓子商『大和屋(やまとや)』にも、長岡藩兵は踏み込んだ。

『大和屋』の茶の間には『新政府軍』の箪笥や風呂敷包、まだ明かりのある提灯があった。


「『新政府軍』は、まだ近くにいるぞ!!」


そう叫びながら、長岡藩兵は探索を続けた。

しかし、結局『新政府軍』を見つける事が出来なかった。

その時、一つの人影が外へ走って行った。


「見つけたぞ!!

追え!追え!追えーーーーーー!!」


長岡藩兵は追いながら銃を撃ったが、『新政府軍』の兵を撃ち倒せなかった。


「民家へ逃げ込んだぞ!!」

「焼き殺せ!!」


長岡藩兵は民家を取り囲んで火を付け、逃げた『新政府軍』の兵を焼き殺した。

民家の中からは、断末魔の声が聞こえて来た。


村中を捜索後、長岡藩兵は四郎丸村の東の入り口にある米山塔(よねやまとう)今町(いままち))の周りに保塁を造って『新政府軍』の攻撃に備えた。

夜が明けると、『大隊長(だいたいちょう)牧野図書(まきのずしょ)様が指揮を執る為にやって来た。

牧野様は、『河井平吉隊』に命じた。


「『横田大助隊』と『河井平吉隊』は、四郎丸口を守備せよ!!!

『河井平吉隊』数名は東の長倉村(ながおくらむら)まで行き、一部の農家に火を掛けよ!!」


それにより、長岡城の北東一面は忽ち『火の海』と化した。


_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _



会津(あいづ)から戻った『花輪彦左衛門(はなわひこざえもん)隊』と伊丹秀三郎(いたみしゅうざぶろう)川島億次郎(かわしまおくじろう)様実弟)様は、新保橋で銃撃戦を繰り広げていた。

その時、伊丹秀三郎様の苦痛の声が鳴り響いた。


「ぐぁっ!!」


声を聞いた隊士が、伊丹様に近づいた。

「伊丹殿!!

大丈夫ですか!?」

見ると、伊丹様の右股から血が溢れ出ていた。

伊丹様は苦しみながらも、笑顔で答えた。


「問題無い・・・!!」


伊丹様は気丈に振る舞い、立ち上がろうとした。

しかし、その傷は立ち上がる事が出来ない程の重傷だった。

伊丹様はその場に隠れ、苦痛に耐えながら銃を撃つしか出来なかった。


その後『花輪彦左衛門隊』はその場を持ち堪える事が出来なくなり、新町村(あらまちむら)まで退く事になった。

伊丹様も『花輪彦左衛門隊』の後を追ったが、次第に付いて行く事が出来なくなり、とうとう伊丹様は置き去りになってしまった。

十分な治療も出来ず、伊丹様の血は流れ続けた。


「こんな時に・・・!!」


悔しがる伊丹様の背後から、恐る恐る声を掛ける男がいた。

「伊丹様・・・?

伊丹秀三郎様では・・・ありませんか?」

伊丹様は、振り返った。

その顔を見て、驚きながら呟いた。

「お前は・・・!?」

男は、伊丹様の顔見知りの商人だった。

「ああ!!

やはり!!

長岡様のお帰りだーーー!!」

男は伊丹様に近付きながら大声で叫び、喜んだ。

「ああ!!

ご無事で良かったです!!」

自分達の帰還を喜ぶ男に手を差し伸べながら、伊丹様も同様に喜び叫んだ。

「お前達も、無事で良かった!!」

二人は手を取り合い、お互いの無事を喜び合った。

男は涙を溜めながら、伊丹様に言った。

「ああ!!

伊丹様!!!

お知らせしたい事があります!!」

「知らせたい事?

何だ?」

「私は、伊丹様の母上様の居所を知っております!!!」

「何!?」

「母上様は中沢村(なかざわむら)清蔵(せいぞう)と言う家に、潜伏していらっしゃいます!!」

「何と・・・!?

母上も、ご無事なのか・・・!!」

伊丹様は、声を失った。

母の事を、ずっと案じていた。

しかし、今は戦の最中。

国や民の事を、第一に考えるべきだと自分に言い聞かせていた。

家族の事を思っては、共に命懸けで戦っている皆に申し訳ないと思っていた。

犠牲になった人々に、申し訳ないと思っていた。

しかし無事と聞くと、今まで押さえていた『思い』が溢れ出て来た。


『母に会いたい!!!

せめて一目会ってから、死にたい!!!

しかし自分は重傷で、歩行も(まま)ならない・・・。

会いに行きたくとも、行けない・・・』


黙り込んだ伊丹様を心配そうに見つめる男と、目が合った。

伊丹様は、男に何かを言おうとした。

しかし、止めた。

武士としての『誇り』が、それを邪魔した。

しかし此処でその『誇り』を選択したら、きっと『後悔』すると伊丹様は思った。

此処で『誇り』を選んだら、一生、母とは会えなくなると思った。

どうしても、母に会いたい!!

会って、それから死にたい!!!

伊丹様は、苦悶した。

そして堅く目を瞑り、吹っ切れたように男に言った。

「済まないが・・・。

私を、中沢村まで背負って行ってくれないか・・・?」

「・・・」

「こんな事を頼むなど、お前にとっては迷惑な事だと分かっている・・・」

「・・・」

「未だに、戦闘は続いている。

民家も、燃えている。

そんな中を自分を背負って行ってくれなど、勝手な願いだと分かっている。

だが、どうしても・・・!

どうしても・・・母に一目会ってから死にたいのだ・・・!!!」


伊丹様は、恥を忍んで懇願した。


『武士』としてではなく、『人』として・・・。


その姿を見て、男はにっこり笑った。

そして、優しく答えた。

「おやすいご用でございます!!

乗り心地は、悪いかもしれませんが・・・。

さあ!!

お乗り下さい!!」

そう言って、男は伊丹様に背を向けてしゃがんだ。

伊丹様は一瞬戸惑ったが、男の広い背中に身を任せる事にした。

「では、参りますよ!!

伊丹様!!」

男はゆっくりと立ち上がり、歩き始めた。

男の背中は力強く、そして暖かかった。

男は、弾丸が飛び交う中を走り出した。

伊丹様は、声を殺して泣いた。

伊丹様の目から、涙が溢れ出て来た。

その涙は、あっと言う間に男の背中を濡らした。

涙に濡れても、男の背中はとても暖かかった。


やっとの事で、伊丹様と男は無事に中沢村の清蔵の家に着く事が出来た。

家から出て来た伊丹様の母上様は、伊丹様の姿を見て信じられないと言う面持ちで言った。


「秀三郎・・・!!」


男に背負われ、黒く固まった血が右足にこびり付いている伊丹様を見て、母上様の目からも見る見るうちに涙が溢れ出て来た。

「無事で・・・!!」

男から降ろされた伊丹様に駆け寄り、母上様は伊丹様を抱き締めた。

「母上・・・」

伊丹様も、痩せ細った母上様の背中に手を回した。

しばらく、二人は抱き合った。

そして母上様は何かを決断したかのように、いきなり伊丹様の身体から離れて言った。

「さあ!!

もう戦場へ戻りなさい!!

まだ、他の皆様も戦っていらっしゃるのだから!!」

その言葉に、伊丹様も『覚悟』して答えた。

「はい!!

戻って、国の為、民の為に戦い、死のうと思います!!」

「ええ!!

秀三郎!!

私は、貴方を『誇り』に思いますよ・・・!!」

そんな母上様に向かって、伊丹様は力強く答えた。

「死ぬ前に一目母上に会う事が出来ただけでも、私は幸せです!!」

お互い流れ出る涙をそのままに、微笑み合った。

そして、伊丹様は近くに同じように涙を流して二人を見守っていた中沢村の清蔵と、自分を背負って此処まで連れて来てくれた商家の男に近づき言った。

「これを・・・」

そう言って、伊丹様は二人に幾らかのお金を渡した。

二人は驚きながら、答えた。

「そんな・・・。

お金の為にしたことでは、ありません!!

頂くわけには、参りません!!」

二人は、固辞した。

しかし、伊丹様は譲らなかった。

「これ以外の礼の方法が、今の私には無いのだ!!

どうか、受け取ってくれ!!

そして、これからも母を守ってくれ・・・!!」

「・・・」

二人はお金を受け取り、そして伊丹様の必死な願いも受け入れる事にした。


「では、私は城下へ戻る!!

済まぬが、杖を貸して貰えぬだろうか・・・?」

それを聞いた清蔵が奥から杖を持って来て、伊丹様に手渡した。

伊丹様はその杖を使いながら、城下へ向かおうとした。

すると再び激痛が走り、伊丹様はその場にしゃがみ込んだ。

商家の男は杖に頼りながらもよろめく伊丹様の身体を支え、伊丹様に願い出た。

「このようなお身体で戻るなど・・・不可能です!!

私が、また背負ってお連れしますから!!」

それに対し、伊丹様は首を横に振った。

「自分の弱さの為にお前に此処まで連れて来て貰ったが、これ以上お前の身を危険に晒す訳にはいかない!!」

「しかし・・・!!」

「民を守る事が、我ら武士の『役割』だ!!

その『役割』を、今度こそ果たさせてくれ・・・!」

「・・・」

その言葉を聞いて下を向いて小刻みに震える男の肩に伊丹様は手を置き、心を込めて言った。

「本当に、お前には感謝してもしきれない・・・!!

どうか!

どうか!!

生き残ってくれ!!!」


そう言うと、伊丹様は借りた杖を支えに、ゆっくりと歩き出した。

三人は伊丹様のゆっくりと進む細い身体を、涙の溜まった目で見えなくなるまで見続けた。


伊丹様は相当な時間を掛け、吉水(よしみず)まで歩いた。

彼方の長岡城下を見ると、町は『火の海』だった。

伊丹様は、その場に崩れ落ちた。

重傷の身体に無理をした為、伊丹様の身体はぼろぼろだった。


「今、長岡城下に入ったら足手纏いになる・・・。

一旦付近の農家に休ませてもらい、翌朝、城下に入ろう・・・」


伊丹様はその後、城下に入って城内の長岡藩役人に申告し、四郎丸『昌福寺(しょうふくじ)』の病院へ行って次の戦に備える事になった。


_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _



長岡藩士・渡辺進(わたなべすすむ)様は、三間市之進(みつまいちのしん)様、花輪馨之進(はなわけいのしん)求馬(もとめ))様と共に、『長岡の三進(さんしん)』と称されるほど優秀な方だった。

また穏和な性格で皆に愛され、川島億次郎様の愛弟子でもあった。

当時、渡辺様(三十数歳)は『銃士隊長』をしており、隊士達は新式のライフル銃を携えていた。

≪長岡城奪還作戦≫の際は、『渡辺進隊』は『望月(もちづき)忠之丞(ちゅうのじょう)隊』と共に栖吉川の土手の上を走って長岡城下に入った。

望月様は今まで『本陣詰(ほんじんづめ)・使番』や継兄さんの『参謀役(さんぼうやく)』としてずっと継兄さんの傍にいたが、≪長岡城奪還作戦≫では『銃卒隊長』となった。


「『栄涼寺(えいりょうじ)』へ、真っ直ぐ進むぞ!!」


城下に入ると、『遊撃隊(ゆうげきたい)』の役割を担っていた『渡辺進隊』『望月忠之丞隊』のニ隊は『栄涼寺』へ向けて突進した。

二隊は、継兄さんから『ある命令』を下されていた。


『栄涼寺を焼き払う事』


それが、二隊に課せられた使命であった。

『栄涼寺』は長岡藩主の菩提寺であるだけでなく、多くの長岡藩士の墓もあった。

渡辺家も、その檀家の一人だった。


「『栄涼寺』は、『新政府軍』の病院として使われている!!

其処を焼き払って『新政府軍』を一掃し、長岡藩を裏切った寺に復讐するぞ!!」


『栄涼寺』を目指して、『渡辺進隊』と『望月忠之丞隊』は長岡城下の足軽町から進入した。


「足軽町か・・・。

此処には、火を掛けるな!!」


其処は渡辺様達が率いる足軽達の屋敷があり、二隊は火を掛けずに、そのまま通過した。

長興寺(ちょうこうじ)』の裏側に回り、一気に『栄涼寺』境内に入ると、『新政府軍』の兵を隈無く探した。

望月様も渡辺様も、同様に探した。


「『新政府軍』は!?」

「もう、ほとんど逃げた後のようだ・・・!

怪我人が、多少残っている程度だ!!」

「では、寺を焼き払おう!!」


望月様は、大声で兵に命じた。


「火を放てーーーーーーー!!!」


渡辺様も、同様に叫ぼうとした。

しかし、声が出なかった。

そして境内の(いらか)(屋根の頂上)を見上げながら、渡辺様は望月様に向かって呟いた。

「望月殿・・・。

このような三河(みかわ)以来の牧野(まきの)家恩顧の寺を、焼いて良いものだろうか・・・?」

その言葉に、望月様は驚いた。

そして、悲しそうに甍を見上げる渡辺様を見つめながら答えた。

「河井殿は、『栄涼寺を焼け』と命令されましたぞ・・・」

「しかし、この寺は我らにとっても大切な寺でもある・・・。

それを、『新政府軍』を匿ったからと言って・・・本当に焼いて・・・良いのだろうか・・・?」


其処へ住職が、必死な形相で躓きながら現れた。

「お待ち下さい!!

どうか!

どうか!!

寺を焼く事だけは、お許し下さい!!!」

「・・・」

「『新政府軍』であろうと『旧幕府軍』であろうと、怪我人を助ける事は寺として、人として当然の事です!!

私達は、一切間違った事はしておりません!!

それにこの寺は、貴方様達の寺でもあるのですよ!?

貴方様達のご先祖様達も、此処に眠っていらっしゃるのですよ!?

その寺を、貴方様達は焼くとおっしゃるのですか!?」

その言葉を、望月様と渡辺様は苦しそうに聞いていた。

しかし命令に従わなければ、その後の『士気』と『命令系統』に支障が生じる危険性があった。

望月様は、苦しそうに答えた。

「『寺を焼く事』は、命令だ・・・!!」

「・・・!!」


住職に背を向け、望月様は兵に大声で命じた。


「焼き払えーーー!!」


脱力して座り込み、小刻みに震える住職を見つめながら、渡辺様は命令を下す事に躊躇した。

しかし、意を決したように叫んだ。


「焼き払えーーー!!」


次々と、境内に火が付けられていった。

忽ち、火が燃え広がった。

小さな頃から慣れ親しんだ寺は、炎に包まれた。

真っ赤な炎が、懐かしい線香の香りをかき消していった。

黒い煙が、長岡藩兵達の顔を煤で汚していった。

長岡藩兵達は黒い涙を流しながら、火を付け続けた。


堂宇(どうう)(堂の建物)には、まだ『新政府軍』の負傷兵がいます!!」


渡辺様はこの兵の知らせを聞き、命じた。

「負傷兵に、危害を加えてはならない!!

丁寧に扱い、後で米沢藩兵に『新政府軍陣営』へ運ばせる!!

負傷兵を運んだ後、堂宇にも火を掛けろ!!」


渡辺様達は、住職の懇願を聞き入れる事は出来なかった。

しかし、せめて住職と寺の『思い』と『教え』を守りたいと思った。


その後、門前にあった二、三の塔頭も燃やした。

燃え立つ火柱を、渡辺様はじっと見つめ続けた。


「渡辺様・・・」


『渡辺進隊』に所属していた秋庭半(あきばなかば)(戦後、『長岡町長』となる)様は、渡辺様の悲しい横顔を見つめながら渡辺様に声を掛けた。

しかし黒い涙を流し続ける渡辺様に、それ以上声を掛ける事が出来なかった。


早くこの場から立ち去りたいと思ったのか、炎を振り切るように『渡辺進隊』と『望月忠之丞隊』は『栄涼寺』を後にした。

そして仏像を必死に運ぶ住職達を横眼で見つめながら、稽古町(けいこちょう)長町(ながちょう)へと向かった。


その後、二隊は分かれた。


『望月忠之丞隊』は『新政府軍』が潜伏している鵜殿団次郎(うどのだんじろう)様の屋敷から、神田三之町(かんださんのまち)の『町検断職(まちけんだんしき)小林勘之丞(こばやしかんのじょう)の屋敷を襲った。


『渡辺進隊』は、神田二之町の『絹五(矢島(やじま)家)』の商家の前まで行った。

『絹五』は四條隆平(しじょうたかとし)高倉永祐(たかくらながさち)ら『新政府軍・鎮撫使(ちんぶし)』の『本営』であり、『会津征討越後口(せいとうえちごぐち)総督府参謀(そうとくふさんぼう)西園寺公望(さいおんじきんもち)も宿陣していた。


『渡辺進隊』は、『新政府軍本営』に一番に入った。

『渡辺進隊』は、感激した。


「こんなに早く、『新政府軍本営』を攻撃出来るとは!!」

「よし!!

『新政府軍』の兵を、残らず倒すぞ!!」


『渡辺進隊』は、『本営』にいるはずの『新政府軍』を探し回った。

しかし、直ぐに異変に気付いた。

「隊長!!

中には、誰もおりません!!

錦旗(きんき)』が、残っているだけです!!」

「まさか!!!

『新政府軍本営』は、陥落したのか!?

こんなに、呆気なくか!?

何の抵抗も無くか!?」


信じられない思いで、渡辺様も『絹五』の中を探索した。

しかし、いくら探しても銃器や軍服が散乱しているだけで、『新政府軍』を見つける事が出来なかった。

家の中に潜んでいる『新政府軍』が銃撃して来るのではとも思ったが、結局何もなかった。


「『錦の御旗』は、分捕った!!

我らはこれから、『新政府軍』に協力した神田町にある『戸倉屋(とくらや)』へ向かうぞ!!」


渡辺様は『錦の御旗』を掲げながら、大声で叫んだ。


そして手の中にある、『新政府軍』が残していった汚れた『錦旗』を見て呟いた。


「『錦旗』とは、この程度のものなのか・・・!?

『新政府軍』にとって『錦旗』とは、自分の命よりも軽いものなのか・・・!?

我らはこのような『もの』に平伏し、拝み、恐れ、戦い、死んでいるのか・・・!?

一体我らは、『()()()()()()()()()のだ・・・!?」


渡辺様は、苦しげに『錦旗』を握り締めた。


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長岡藩兵が城下に攻め入ると、駐留していた『新政府軍』は逃走した『新政府軍・参謀』山県狂介(やまがたきょうすけ)を追って渡船場のある草生津へ逃げて行った。

しかし何処へ逃げても長岡藩兵に阻まれ、袋の鼠状態に陥った。

宮原村(みやはらむら)の喰違いを長岡藩兵によって占拠され、三国街道(みくにかいどう)も遮断され、『新政府軍』は信濃川右岸で固まるしかなかった。


「舟が、一艘もないぞ!!」

「これでは、対岸へ渡れない!!」

「退路は全て、長岡藩兵によって断たれている!!

此処に、留まる事しか出来ぬぞ!!」

「しかし此処で皆固まっていては、長岡藩兵に狙い撃ちされるだけだ!!」

「では、どうする!?」

「二手に分かれ、一方は長岡藩兵へ攻撃し、もう一方は応援の舟を呼ぼう!!」

「それは良い!!」

「では、他の兵にも伝えよう!!」


『新政府軍』は、直ぐに行動に移した。

『新政府軍・軍監(ぐんかん)三好軍太郎(みよしぐんたろう)中井弘三(なかいこうぞう)は、兵を鼓舞しながら激しく応射した。


窮鼠(きゅうそ)猫を噛む』


『新政府軍』は、死に物狂いだった。


「『新政府軍』が、反撃して来たぞーーー!!」


神田町『越中屋(えっちゅうや)』を襲った後、草生津へ駆け付けた長岡藩『小島久馬右衛門(こじまくめえもん)隊(『隊長』小島様は八丁沖渡河の時の負傷していた為、指揮は『小令(しょうれい)竹垣権六(たけがきごんろく)様に任せていた)』と『奥山(おくやま)七郎左衛門(しちろうざえもん)隊』は、反撃し始めた『新政府軍』に対処すべく応戦した。

しかし、『新政府軍』の抵抗は凄まじかった。

『小島久馬右衛門隊』と『奥山七郎左衛門隊』は、怯んだ。

この時、二隊を指揮していた『軍事掛(ぐんじがかり)花輪求馬(はなわもとめ)様はこれ以上持ち堪える事は難しいと考え、神田町にいた『渡辺進隊』に応援を求める事にした。


『使番』からの援軍要請を聞いた渡辺進様は、叫んだ。


「何!?

草生津で、戦闘が始まっている!?

分かった!!

直ぐに、駆け付ける!!」

『渡辺進隊』は『戸倉屋』での捜索を止め、草生津へ向かった。

その途中、陣馬織を羽織った人が馬に乗って駆け抜けて行った。

それは、継兄さんだった。


「河井様!!」


渡辺様は、目を疑った。

軍事総督(ぐんじそうとく)』自らが隊旗を振るい、そしてあろう事か、弾丸が飛び交う中を陣馬織を羽織って草生津の『新政府軍』に向かって駆けて行ったのだ。

後ろからは随行者が継兄さんを止めようと、必死に追い駆けていた。

しかし継兄さんはその制止を聞かず、そのまま駆け続けた。

渡辺様は、感激した。

そして、継兄さんから力を得たように大声で叫んだ。


「河井様に続けーーー!!」


渡辺様は、銃を連発しながら突撃した。

その時、一発の銃が鳴り響いた。


                     『ズキューーーーン!!』


瞬間、渡辺様がもんどりを打って倒れた。


「渡辺様!!!」


近くにいた兵が、渡辺様を助け起こそうとした。

渡辺様の傷は、かなりの重傷だった。

渡辺様は、意識を失っていた。


「渡辺様を安全な場所へ!!」


長岡藩兵は、渡辺様を運んだ。


しかし渡辺様はこの時の傷が癒えず、長岡城『再落城』後、八十里越(はちじゅうりごえ)吉ヶ平(よしがひら)で亡くなられた。


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草生津の『新政府軍』の反撃は、衰える事はなかった。

堤を利用して応射して来る『新政府軍』に、長岡藩兵は手をこまねいていた。


「このままでは、埒があかぬ!!」

「よし!!

堤の南方にある左近村(さこんむら)から、横撃しよう!!」


『小島久馬右衛門隊・小令』竹垣権六様達二十数名が迂回して、左近村へ向かう事になった。

そして、堤の側で銃を撃つ『新政府軍』の横に到着した。


「『新政府軍』は、まだ我らの存在に気付いていないようだ・・・!!」

「よし!!

今だ!!

撃てーーー!!!」


竹垣様達は、一斉に射撃した。

『新政府軍』は予期せぬ方向からの、突然の攻撃に狼狽した。


「何だ!?

何処から、攻撃しているのだ!?」

「逃げろ!!

逃げろ!!!

逃げろーーーーーーーーーーーーーー!!!」


『新政府軍』は次々と脱落し、散り散りに逃げた。

川の下や、川の中へ逃げる者もいた。

長岡藩兵が『新政府軍』を追って草生津の堤上に行って堤下を見ると、其処には自害したと思われる多くの『新政府軍』の死骸が横たわっていた。

それを一瞥し、長岡藩兵は『新政府軍』を追おうとした。


「『新政府軍』が向こうにいるぞ!!

追えー!!

追えー!!」


それと同時に、良く通る声がそれを制止した。


「待てーーーーーーー!!!

追うなーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」


突然の中止命令に、皆、声の主を振り向いた。

その声の主は、継兄さんだった。

「河井様!!

何故、お止めになられるのですか!?」

継兄さんは、逃げる『新政府軍』を見ながら言った。

「彼らは、『窮鼠』だ!!

死に物狂いになった人間は、何をするか分からない!!

それは、自身でも分かっているだろう!?」

「・・・」

「討ってはならん!!!

追ってはならん!!!」


皆、継兄さんに黙って従った。


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お城に近づく度に、銃撃や砲弾が激しくなって来た。

私と團一郎(だんいちろう)の足下や横にも、数発の銃弾が飛んで来た。

当たらない事が不思議なくらい、間断なく銃弾が飛んで来た。


「姉上!!

こちらです!!」


團一郎と私は、ただただ必死に走って逃げた。

お城を目指して、無我夢中に走った。

その時、私の懐から今まで書き留めていた手記が落ちた。


「あ!!!」


私は立ち止まり、それを拾おうとした。


『絶対に失くす訳にはいかない!!』


私は、急いでそれを拾い上げた。

拾い上げた瞬間、近くで砲弾が落ちた。


            『ドオーーーーーーン!!!』


私はその爆風に、吹き飛ばされた。


「うあ!!!」


吹き飛ばされて倒れた私の上に、小さな瓦礫が落ちて来た。

私は、一瞬気を失ったようだった。

しかし直ぐに目覚め、團一郎を探した。

「團一郎!?

何処!?

無事なの!?

返事をして!!

團一郎!!!」

土煙で、辺りは何も見えなかった。

私は、團一郎を必死に探した。

けれど、いくら探しても團一郎を見つける事が出来なかった。

弾丸は、休む事なく放たれ続けた。


                 『ドキューーーン!!!』

          『ドキューーーン!!!』

   『ドキューーーン!!!』


私はその弾丸を避けながら、兎に角隠れる場所を探した。

周りは、燃えて崩れ掛けた家しかない!

被害の少ない家の中に逃げようか!?

いや!!

もしかしたら、その家の中にはまだ住民がいるかもしれない!!

私が家に入ったら、その家が銃弾の雨にさらされるかもしれない!!

誰もいない所へ、兎に角逃げなければ!!

『新政府軍』に見つからない様に、逃げながら團一郎を見つけなければ!!


                 『ドキューーーン!!!』

                         『ドキューーーン!!!』 

        『ドキューーーン!!!』

                       『ドキューーーン!!!』 

  『ドキューーーン!!!』



銃弾は、止まない!!

私は、心臓が破れてしまうのではないかと思うくらい必死に走った。

私は、何も残していない!!

私は、何の『役割』も果たしていない!!

こんな所で、私は死ねない!!

まだ、死ねない!!

まだ、死にたくない!!


私はやっとの事で人気のない所を探し、其処でしばらく休む事にした。

遠くでは、まだ爆音や銃声が聞こえて来る。


『死ぬかもしれない・・・』


そう思いながら、私は再び團一郎を探す為に走り出した。

必死に走って疲れて立ち止まった瞬間、近くで銃声が聞こえた。


                 『ドキューーーン!!!』

           『ドキューーーン!!!』

    『ドキューーーン!!!』


私は『新政府軍』に見つかったと思い、再び隠れる場所を探しながら走った。

そしてある家の前を走り過ぎようとした瞬間、私は突然腕を捕まれた。

私の腕を掴んだ手は、私を家の中へ引きずり込んだ。

そして私を引き寄せて、右腕で私の身動きがとれないようにきつく抱き、左手で私の口を塞いだ。


「静かに!!!」


私を捉える腕の持ち主が厳しく、低い声で言った。

私は、恐ろしさと疲れで動けなかった。

しばらくして、銃弾の音が止んだ。

静かに、なった。


『新政府軍』は、諦めたのだろうか・・・?


銃声が遠くなると、腕の主は私をゆっくりと解放した。

「大丈夫・・・ですか?」

私は声のする方へ顔を向け、腕の主を見た。

元服(げんぷく)(成人の儀式)』前で、前髪は下ろしていない。

目鼻立ちのすっきりした、幼さの残る若い武士だった。

顔や着物は黒く汚れ、私を掴んだ手には乾いた血がこびり付いていた。

そして、今尚、新しい血が流れ続けていた。

戦い続けていた名残が、其処かしこに見えた。

歳は私よりも若いけれど、多くの戦を経験したのかもしれない。

落ち着いた雰囲気で、彼はとても大人びて見えた。

私は少し警戒しながら、彼に聞いた。

「貴方は・・・?」

すると、彼はにっこり笑いながら答えた。

「私は、『会津(あいづ)白虎寄合(びゃっこよりあい)一番隊』の吉田誠之助(よしだせいのすけ)と申します」

「『会津白虎・・・寄合一番隊』・・・?」

「はい。

会津では、年齢や家柄によって『軍制』が編成されております。

十六歳から十七歳は『白虎隊』、十八歳から三十五歳は『朱雀隊(すざくたい)』、三十六歳から四十九歳は『青龍隊(せいりゅうたい)』、五十歳以上は『玄武隊(げんぶたい)』と言います。

そして、隊の中でも三つに分かれており、上士(じょうし)は『士中隊(しちゅうたい)』、中士(ちゅうし)以下は『寄合組(よりあいぐみ)』、足軽を『足軽隊』としております。

また、その中でも『一番隊』『二番隊』と、人数によって幾つかの隊に分かれております。

私は、その『白虎寄合一番隊』に所属しているのです」

「その『白虎寄合一番隊』の方が、どうして此処にいらっしゃるのですか・・・?

『白虎寄合一番隊』が、長岡に出陣しているとは聞いておりませんが・・・。

確か・・・長岡で戦っている会津藩兵は、『朱雀士中四番隊』『朱雀寄合二番隊』『砲兵隊(ほうへいたい)』『結義隊(けつぎたい)』『鎮将隊(ちんしょうたい)』だったと思いますが・・・」

「はい。

出陣命令は、まだ出ておりません。

私は『自分の意志』で、一人で此処へ来ました」

「命令が出ていないのに、長岡へ来たと言うのですか?

そんな事をしては、処罰されるのではありませんか?

どうして、其処までして長岡に来たのですか?

会津はこれから、激戦になるのではありませんか?

長岡ではなく、会津にいるべきなのではありませんか?」

「長岡での戦況が厳しいと聞き、居ても立っても居られなかったのです。

二本松(にほんまつ)藩(福島)では、私よりも幼い多くの『少年隊(しょうねんたい)』が戦っていると言うのに・・・」

「『少年隊』・・・」


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二本松藩の『少年隊』とは、戊辰戦争時に徴兵された十二歳から十七歳の少年兵部隊の事である。

後に、『二本松少年隊』と呼ばれる。


二本松藩も『奥羽越(おううえつ)列藩同盟(れっぱんどうめい)』に加盟し、『旧幕府軍』と共に『新政府軍』と戦った。

戊辰戦争(ぼしんせんそう)』時、二本松藩の主力部隊のほとんどは『白河城(しらかわじょう)(『白河口の戦い』)』にいた。

二本松藩城下に残っていたのは、老兵や『二本松少年隊』を含む約千人であった。

この手薄な二本松藩に、『新政府軍・参謀』板垣退助(いたがきたいすけ)が約七千人の兵を引き連れて攻め込んで来た。

攻撃は、熾烈を極めた。

二本松藩の落城は、時間の問題であった。

二本松藩には、他の藩同様『降伏する』と言う道があった。

しかし、それは『二本松藩士の誇り』が許さなかった。


『死を()して真偽を守るは、二本松武士の本懐である』


『降伏』は、断じて受け入れる事が出来なかった。


攻め込んで来る『新政府軍』に対峙したのは、『二本松少年隊』二十五名を率いる木村銃太郎(きむらじゅうたろう)様であった。

木村様は江戸留学の時に、『高島流(たかしまりゅう)(西洋流)砲術』を学んでいた。

少年兵達も幼い頃から『切腹(せっぷく)の作法』を習うなど、武士としての『誇り』を常に持っていた。

木村様はスナイドル銃を携えた『少年隊』と共に、命の限り戦った。

しかし『大壇口(おおだんぐち)の戦い』で木村様、そして『少年隊』の十人以上が戦死した。


その後、二本松藩は抵抗しきれず、遂に二本松藩士自ら二本松城に火を放った。

七月二十九日(9月15日)、『(かすみ)(じょう)』と呼ばれた二本松城は、紅蓮の炎に包まれながら落城した。

落城により二本松藩は『家老(かろう)丹羽富穀(にわとみたけ)様を含む十八人全てが戦死し、『戊辰戦争』での二本松藩の戦死者は三百人以上にも及んだ。


落城した二本松城に入城した『新政府軍』は其処を拠点とし、東北戦争を戦う事になる。


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「幼い子供達が必死に戦っているのに、年長者である私が戦わない訳には参りません!!」

「・・・」

「それに長岡藩が落ちれば、『新政府軍』は会津に雪崩込んで来るでしょう。

私は、何としても『新政府軍』が会津に入って来る事を食い止めたいと思いました。

それと・・・『新政府軍』と戦っている長岡藩を助けたいとも思いました」

「・・・」

「失礼ながら、会津藩がどれ程言っても『奥羽同盟』を結ぼうとしなかった長岡藩を、私は『腰抜け藩』だと思っておりました」

「・・・」

「しかし、それは違った・・・」

「・・・」

「他の藩同様、生きる為に金も軍も出し、『会津を攻め滅ぼす』と言う選択肢があったにも拘らず、長岡藩は『会津と共に戦う道』を選んだ。

ならば、我々もそれに応えなければならない。

今、長岡で戦っている隊は『朱雀隊』等です。

私はこの隊に入りたくとも年齢が全く足りず、入る事が出来ませんでした。

ならば、一人で長岡へ行こうと思いました。

会津は今混乱しているので、長岡まで来る事はそれほど難しくはありませんでした。

それに遅かれ早かれ、我々『白虎寄合組』と『白虎足軽隊』も出陣命令が出るはずです。

ならば少しでも早く、長岡藩の為、会津藩の為、多くの敵を倒す事が私の『役割』だと思いました。

処分される事は、『覚悟』しています。

しかし、たとえ処分されようとも『出処進退(しゅっしょしんたい)』は自分で決めねばなりません。

それに此処で討ち死にするつもりなので、たとえ死んでも悔いはありません」


私はその言葉を聞いて、嬉しさと悲しさで涙が出てきそうになった。

私よりも幼い他藩の人が、自分の国の為、共に戦う長岡藩の為、死をも(いと)わず遥々長岡まで来るなんて、余程の『覚悟』と『決心』がなければ出来ないはずだと思った。


私は、彼と同じ会津藩士である松江久兵衛(まつえきゅうべえ)様の事を思い出した。

会津武士の気真面目さと義理堅さ、祖国を思う気持ちが嬉しくて、悲しくて、涙がこぼれそうになった。

泣きたいのを我慢しているのは、きっと彼なのに・・・。

泣くのを必死に堪えて、私は彼に聞いてみた。

「ご家族の方は、貴方が長岡で戦っている事をご存じなのですか・・・?」

吉田様は少し悲しそうな表情でそれに答えた。

「・・・父上にも母上にも、何も告げずに参りました・・・。

別れる前に会ったら・・・『決心』が揺らいでしまいそうでしたから・・・。

ただ・・・会津を発つ前に手紙を(したた)めました。

それを読めば、きっと父上も母上も喜んでくれるでしょう。

最期まで会津武士として生き、死ぬ事を・・・」


私は、思った。


()()()()()()()()()()


きっと、ご両親は悲しまれるに違いない。

自分達の子供が死ぬ事を、辛く悲しいと思わない親はいない。

私の両親と、同じ気持ちのはずだ。

あの時、兄上を失った時の父上と母上と同じ気持ちのはずだ。

あの時、『死ぬな』と言った父上と同じ気持ちのはずだ。

あの時、私と團一郎を抱き締めた母上と同じ気持ちのはずだ。

でも彼の『目』を見ると、どうしてもそんな事は言えなかった。

『何の迷いもない目』だった。

『死を覚悟した目』だ。

この『目』を、私は沢山見てきた。

こんなに幼くても、武士としての『生き方』や『死に方』を決めている。

たとえ若くして死ぬ事になっても、武士として死ぬ事が出来る事を『本望』だと思うのだろう。


『ご両親は、きっと貴方の事を心配している』


そんな私の一言で、彼の心を乱してはいけないと思った。

でも・・・。

でも、それはやはり悲し過ぎると思った。

まだ、やりたい事があるだろうに・・・。

もっと、色々な生き方があるだろうに・・・。

そう思わずには、いられなかった・・・。

私は、何も言う事が出来なかった。

大粒の涙がこぼれるのを、我慢する事しか出来なかなった。

私は涙がこぼれない様に、こぼさない様に、少し上を見ながら吉田様に聞いた。

「そう言えば先程、『寄合組』と『足軽隊』は出陣されるとおっしゃいましたが、『士中隊』の方々は出陣されないのですか?」

「我々と違い、『士中隊』は藩校『日新館(にっしんかん)』で学んだ『上士』のご子息方。

後の世を背負う方々なので、出陣はもう少し先になるでしょう・・・。

それまで我々『中士』以下が、命懸けで国を守らなければならないのです。

それが、我々の『役割』なのです」

私は吉田様の言葉に驚き、呟いた。

「同じ年齢なのに、身分によって最前線で戦う者とそうでない者と分かれるなんて・・・。

それでは貴方達『中士』以下の方々は、まるで捨て駒のようではありませんか?

そんなの・・・非道い・・・」

身分が違うだけで、『重んじられる命』と『軽んじられる命』があるなんて・・・。

皆同じ少年である事には、変わりはないのに・・・。

『命の重さ』に、変わりはないのに・・・。

そんなのは、『おかしい』と思った。

でも、彼はただ悲しく笑って答えた。

「それは、『()()()()()()』なのです・・・」


『受け入れる』しかない。


それが、武士に課せられた『宿命』だから。


『会津の為に、長岡の為に役に立つ事が出来るのだから、それで良いのです』


そう言っているようだった。


『決められた生き方』を受け入れる事は簡単そうで、とても難しい。

自分の『生きたい生き方』と、必ずぶつかる時があるから。

『抗いたい気持ち』を抑え、それでも『決められた生き方』を生きる。

それには『勇気』と、『堪え忍ぶ心の強さ』がなければ出来ない。

まだ幼さの残る彼は、それが出来ている。

私は感心しながら、吉田様に言った。

「吉田様は・・・とても強いのですね・・・」

吉田様は、私の呟きに少し驚いた顔をした。

しかし直ぐに少し子供っぽく、恥ずかしそうに、そして嬉しそうに答えた。

「会津には、『(じゅう)(おきて)』と言うものがあります」

「『什の掟』?」

「同じ町に住む六歳から九歳までの藩士の子供達が十人ほど集まって、『仲間(なかま)』となります。

この集まりの事を、『什』と言います。

その中で一番の年長者が『什長(じゅうちょう)』となり、毎日順番に『什』の仲間の家に集まって『お話』を皆に申し聞かせるのです」

「『お話』?」


彼はにっこり笑って、姿勢を正し、はっきりとした声で言った。


「一.年長者の言う事を聴かねばなりませぬ

 二.年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ

 三.虚言を言う事はなりませぬ

 四.卑怯な振舞いをしてはなりませぬ

 五.弱いものをいぢめてはなりませぬ

 六.戸外でものを食べてはなりませぬ

 七.戸外で婦人と話してはなりませぬ

 八.ならぬ事はならぬものです」

 

昨日から今日にかけて、この『お話』に背いた者がいないかどうか『反省会』をするのです」

「もし、背いたら・・・?」

「『什長』が背いた者を部屋の真ん中に呼び、審問します。

そして、その如何によって制裁を加えました」

「制裁!?」

「はい。

 一.無念(むねん)   

   一番軽い処罰で、皆の前で『無念でした』と言うのです。

 二.しっぺい

   しっぺの事です。

   制裁の重さによって手の平であったり手の甲であったりしますが、

   手加減すると『什長』にやり直しさせられます。

 三.絶交(ぜっこう)

   一番重い罰で、『仲間外れ』となります。

   滅多にありませんでしたが、一度『絶交』されても『什長』に深く詫び、

   『什の仲間』から許されれば、再び『仲間』に入る事が出来ました。

それ以外に、火鉢に手をかざす『手あぶり』や雪の中につき倒して雪をかける『雪埋め』がありました」

「仲間同士で制裁を加えるのは、少し厳しいように思うけれど?」

「確かに、同じ仲間を傷つける事も傷つけられる事も辛かったのですが、この『什の掟』があったからこそ、お互いに会津藩士としての生き方を学び、励まし合う事が出来たのです。

会津藩士の基礎は、この『什の掟』によって培われてきたのです」

「・・・」

「幼い頃から、私達はこの『掟』と共に育ってきました。

仲間を傷つけない為に、仲間に傷つけさせない為に、私達は『掟』を順守する事を学びました」

「『什の掟』は絶対に守らなければならない会津藩の『教え』であり、会津藩士を育てる為の大切な『戒め』でもあるのですね・・・」

「はい」


ああ・・・。

この『掟』が、彼らを『会津藩士』に育てたのだ・・・。

これが彼らの『強さ』であり、『悲しさ』でもあるのだ・・・。

私は、彼をどうしても

『死なせたくない』

と思った。

此処で死なせるにはやはり若過ぎるし、彼のような人が生き残って後世に様々な事を残すべきだと思った。

私は、『会津藩士』を残すべきだと思った。


私は、彼を見つめながら言った。

「『年長者の言う事を聴かねばなりませぬ』・・・と言う『掟』がありましたね・・・」

「はい」

「私は、貴方よりも『年上』です」

「はい」

「だから、貴方は私の言う事を聞かなければならないのですよね?」

「え・・・?

あ・・・。

はい・・・。

あの・・・そうですが・・・。

何・・・でしょうか・・・?」

少し不安そうな顔をしながら、吉田様は私の顔を覗き見た。

私はそんな彼の顔を真っ直ぐ見つめながら、力強く言った。

「『生きる』為に、戦いなさい」

「『生きる』為に、戦う・・・?」

「そう。

貴方はまだ若いのだから、死んでしまうのは勿体無い。

戦で死ぬ事は武士としての『誇り』だけれど、死んではそれで終わり。

大切なのは、戦の後。

傷ついた町や人を助ける事、戦を後世に伝える事の方が重要です。

亡くなった人達の菩提を弔い、戦を伝え、両親に孝行し、苦しんだ人々を助け、国の為に生きるのです。

それが、若い貴方達の『本当の役割』です。

『死ぬ』事だけが、全てでは無いのです。

戦うのならば、『生きる』為に戦いなさい」

「・・・でも・・・私は・・・」

しどろもどろに話す彼に対し、私は間髪を容れずに叫んだ。

「『年長者の言う事を』!!!」

彼は、私の叱責に一瞬ビクっとした。

しかし直ぐに微笑み、答えた。

「・・・分かりました・・・。

『死ぬ』事ではなく、『生きる』事を考えるようにします・・・。

出来るだけ・・・」

『出来るだけ』が気になったけれど、少しでも『生きたい』と思う事が出来たのなら、それで良いと思った。

その『思い』が、彼を生かす力になる。

私は年上らしく、少し大人びた言い方で続けた。

「あ・・・。

それと、貴方は『戸外で婦人と話してはなりませぬ』と言う『掟』にも背いてしまいましたよ」

「え?」

吉田様は、私が何を言っているのか分からないと言った表情で私の方を向いた。

私はその表情が少し面白くて、堂々と答えた。

「こう見えても、私は女です」

「え!?」

目をまん丸にして、上から下から何度も私を食い入るようにして見た。

それほど驚かれるとは私も思っておらず、その反応を少し複雑に感じながら言った。

「そんなに・・・驚かなくても・・・」

吉田様は私をじっと見つめ続けながら、心底驚いたように答えた。

「ああ・・・。

本当に驚きました。

貴方は、女性・・・だったのですね・・・。

今でも、信じられません・・・」

そう言って、再びしみじみと私を見つめ続けた。

そして、感心しながら言った。

「確かに声は少々高いなとは思いましたが、見た目が男らしかったので、ただ単にまだ声変わりしていないのだと思っていました・・・。

あ!!

自信を持って下さい。

何処からどう見ても、立派な男子です!!

これなら、『新政府軍』の目を眩ます事が出来るでしょう!!!」


太鼓判を押す吉田様の言葉に、私は何とも言えない気持ちで聞いていた。

男と思われて、嬉しいような・・・悲しいような・・・。


吉田様は楽しそうに、私に微笑みながら続けた。


「ああ・・・。

では、私は会津に帰ったら『什』の仲間に白状しなければなりませんね・・・。

ご婦人と戸外で話をしてしまったのだから・・・。

『絶交』にならなければ、良いけれど・・・」


そう言って、彼は本来の幼い顔でくすくすくすくす嬉しそうに笑った。

私も、それにつられて笑った。


私は、久しぶりに心から笑った気がした。


『こんな風に笑える毎日に、早く戻って欲しい』


そう思った。

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