六つの花 『三.奇襲』
七月二十五日(9月11日)
「撃て撃て撃て!!!」
「死ねや!!!死ねや!!!死ねや!!!」
長岡藩兵は、こう叫びながら長岡城下に攻め込んで行った。
この言葉は、元々違う言葉だった。
『長岡の人数、二千人!!!
城下に、死にに来た!!!
殺せ殺せ殺せ!!!』
『一同、命の限り戦い、もし戦闘中に逃げる者がいれば斬り殺す!!!』
そう言う意味の言葉であった。
しかし、この言葉は長岡藩兵の間では不評であった。
「『本陣』からの命令ではこう叫べと言われたが、台詞が長いな!!」
「ああ・・・。
一々全てを言ってはいられぬわ!!」
「ならば、『死ねや』で良いのではないか!?」
「確かに短いが、これを聞いた民衆は驚かぬか!?」
「・・・大丈夫だろう。
『死ねや』は、『殺すぞ』『一緒に死のう』と言う意味だからな・・・。
我らが『殺す』のは民衆ではなく、『新政府軍』と腰抜けの味方だけだ!!」
「・・・そうだな・・・。
では、それでいこう!!」
「ああ!!
これで、連呼し易くなる!!」
そうして、いつの間にか言葉が短縮されて叫ばれるようになった。
連鎖的にこの言葉は広がり、とうとう全ての長岡藩兵が叫ぶようになった。
「死ねや!!!死ねや!!!死ねや!!!」
この言葉を叫ぶ長岡藩兵に、『新政府軍』は恐怖を覚えた。
長岡藩兵の『覚悟』が、怖かったようだった。
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夜半過ぎ
長州藩『奇兵隊・士官』福田侠平が、『新政府軍・参謀』山県狂介の眠っていた部屋に入って来た。
「山県様!!
只今、今町の方向で火の手が上がっております!!
恐らく、我が軍の進撃軍が攻撃を開始したのでしょう!!
我々も、出発すべきなのではありませんか!?」
寝間着姿の山県は起き上がり、訝しみながら懐中時計を見た。
「火の手が上がっている・・・?
まだ、早朝攻撃をする時刻ではないが・・・。
萩原はいるか!?」
「はっ!!」
近くで待機していた萩原が、山県の前に進み出た。
山県は、萩原に命じた。
「今町へ行って、何が起きているのかを確認して来い!!」
「はっ!」
萩原は、直ぐに馬に乗って北方へ向かって走って行った。
しばらくすると、血相を変えて萩原が山県の許へ戻って来た。
萩原は、取り乱しながら叫んだ。
「『旧幕府軍』が、既に城下の町外れまで押し寄せて来ています!!」
「何!?
『旧幕府軍』が、攻めて来ているだと!?」
萩原の報告に、山県は驚愕した。
動揺しながらも、山県は考えた。
『『新政府軍』の精鋭は、『総攻撃』を仕掛ける為に長岡城北方に集結している。
今、長岡城下にいる『新政府軍』は、長州藩『奇兵隊』一番小隊、八番小隊、長州藩『干城隊』の一部、長府藩『報国隊』、加賀藩兵一小隊位しかいない。
この人数では、『旧幕府軍』には対抗出来ない』
そう判断した山県は、直ぐに『奇兵隊』幹部と諸隊長を集めた。
そして、命じた。
「総退却だ!!!
妙見、榎峠へ退却しろ!!」
山県は、逃げる事に集中する事にした。
ひどく狼狽えていた山県は服も碌に身に付けぬまま、ほぼ裸同然で『本陣』から飛び出した。
そして、長岡城下・神田二之町の商家『絹五』に宿陣していた『会津征討越後口・総督府参謀』西園寺公望の許へ向かった。
『総督府参謀』である西園寺に一刻も早く状況を知らせ、逃がさなければならなかった。
山県は、『絹五』にいた『新政府軍・軍監』長三洲に向かって叫んだ。
「『旧幕府軍』が、攻撃を始めた!!
お前は『錦旗』と西園寺卿を守りながら、速やかに関原まで退却せよ!!」
長はこれを聞き、西園寺の許へ急いで向かった。
西園寺はこの時、緊急事態に気付かずにぐっすりと眠っていた。
微かに北から銃声が聞こえて来る事に、気付いてはいた。
しかし西園寺はいつもの戦いだと思い、眠り続けた。
丁度その時、長が西園寺の許にやって来た。
「西園寺様!!」
長の狼狽した声に危機を察した西園寺は布団から飛び起き、大声で尋ねた。
「長か!?
もしや『新政府軍の総攻撃』が、既に始まっているのか!?
こんなに早く『総攻撃』が始まるとは、聞いていなかったぞ!?」
西園寺は『新政府軍』の攻撃が始まったと勘違いし、長を詰問した。
長は、必死に答えた。
「違います!!
西園寺様!!
これは、我らの攻撃ではありません!!
『旧幕府軍』が、攻めて来たのです!!」
「何!?」
西園寺はその言葉に驚き、大きく目を見開いた。
長は、続けた。
「此処は危険です!!
早くお逃げ下さい!」
西園寺は突然の出来事に取り乱し、右往左往した。
西園寺は震えながら、呟いた。
「逃げると言っても・・・。
ど・・・何処へ・・・!?」
それに対し、少し落ち着きを取り戻した長が答えた。
「信濃川に、舟がございます!!
それに乗って、西岸へお渡り下さい!!
その後、関原へ向かうのです!!」
「わ・・・分かった!!!!
急いで支度をする!!!」
そう言うと西園寺は、急いで逃げる準備をした。
あまりにも焦っていた為、西園寺は軽装のまま逃げる事にした。
西園寺は家士五、六人を連れて、『絹五』を出発した。
西園寺は、形振り構わず逃げ出した。
この時、西園寺は狼狽していたせいか、馬の尻に顔を付けながら死に物狂いで逃げたと言う。
長は山県の言った通り西園寺を守りながら、関原を目指して逃げた。
西園寺は『旧幕府軍』の攻撃を避けながら、何とか無事に信濃川を渡る事が出来た。
そして対岸を見ると、未だに大勢の『新政府軍』が取り残されていた。
本来ならば『総督府参謀』である西園寺が自ら陣頭指揮すべきであったのに、西園寺は兵を見捨てて一目散に逃げたのだった。
それを恥じてか、西園寺は信濃川を渡った兵を集め、対岸に向かって援護射撃するよう命じた。
自分は、安全な場所にいながら・・・。
これで自分の責任を果たしたと、思いたかったのであろう。
その後、西園寺は皆に守られながら関原に到着した。
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一方『絹五』を後にした山県は、『総攻撃』の為に来援していた前原一誠の宿舎へと向かった。
当時、前原は藩士だけで編成された『干城隊』を率いて越後に来ていた。
前原は、山県と同じ『松下村塾生』だった。
しかし、前原は山県を見下していた。
山県は元は長州藩の『中間』で身分が低く、前原にとって山県は『成り上がり者』だった。
自分よりも身分の低い山県が、越後の戦での主導権を握っている事に前原は我慢出来なかった。
また自分が率いて来た『干城隊』が、下士や庶民から成る混成部隊である『奇兵隊』の下で働かされる事も耐え難い事だった。
前原は、山県を憎んでいた。
そんな時、山県が切羽詰まった表情で報告に来た。
山県は真っ青な顔で、前原に言った。
「北方で、火の手が上がっている!!」
それを聞いた前原は山県の必死な形相に喜びながら、また神経質な山県とは違い、前原は楽観的な性格であったのでこう言った。
「何!?
とうとう、『新政府軍の総攻撃』が始まったのだな!!
ならば、俺は宿舎の屋根に登って見てやろう!!」
そう言うと、前原は『違う!!』と叫ぶ山県を無視して屋根に登って北方を眺めた。
屋根の上で火を眺め、喜びながら前原は叫んだ。
「はははははは!!!
快哉!!快哉!!快哉!!
良く燃えておるわ!!
様を見ろ!!
長岡藩め!!」
七月の始め、長州藩『干城隊』を率いていた前原は長岡に到着すると直ぐに、大黒、福井の戦に参戦した。
その時前原は、今まで経験した事の無い苦戦を強いられた。
その為、前原は長岡藩を憎んでいた。
燃え盛る炎を見て味方の攻撃と勘違いしている前原に、山県は怒りながら大声で叫んだ。
「違う!!
あれは、我らの攻撃ではない!!
敵の攻撃だ!!」
それだけ言うと、山県は立ち去った。
前原は驚き、その場に立ち尽くすしか出来なかった。
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長岡藩兵は宮下、富島、亀貝、永田、堀金、新保、新町、川崎、長岡、四郎丸、土合、長倉を次々と放火し、『新戦法』を駆使して突き進んだ。
その『新戦法』とは村の入り口で必ず銃列を敷き、一斉射撃してから突進すると言うものであった。
この『新戦法』は、効果的ではあった。
しかし、罪のない多くの農民や町人の犠牲者を出した。
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『先鋒隊』に続いて、長岡藩兵達は続々と長岡城下へ向かった。
火炎に包まれた長岡城下に、何かを目指して真っ直ぐ突進し続ける隊があった。
それは、『稲垣林四郎隊』と『篠原伊左衛門隊』だった。
二隊は、蔵王村、石内村に向かっていた。
長岡城下からやや北西に位置する石内村には、松代藩(長野)の宿陣地があった。
松代藩は『親幕派』である石内村を牽制する為に、また隣の蔵王村を監視する為に、『本陣』を石内村の中心にある『極楽寺』に置いた。
この『極楽寺』には、長岡藩の降参人がいた。
何故か?
『新政府軍』は降参人の恭順を取り敢えず受け入れはしたが、信用してはいなかった。
その為『新政府軍』は降参人を『極楽寺』へ送って、松代藩兵に彼らを監視させる事にした。
『極楽寺』に閉じ込められた降参人とは、稲垣平十郎(長岡藩『筆頭家老』稲垣平助様の嫡男)様、山田愛之助様、陶山善四郎様、安田鉚蔵様、藤野友三郎様、今泉友三郎様、木村市蔵様、原田五右衛門様ら十八名であった。
そのほとんどが、藩校『崇徳館』の教授だった。
彼らはお殿様に『恭順』を唱えたけれど受け入れられず、長岡を出奔した後、『新政府軍』に投降した。
六月上旬、当時十三歳だった稲垣平十郎様が代表となって、西園寺公望に長岡藩主である牧野家の『勤皇』を説き、救済を嘆願した。
その後、彼らの家族も戦地から呼び寄せられ、知り合いの家に住む事になった。
彼らは、『勤皇説』『恭順説』を最後まで捨てなかった。
長岡に攻めて来た長岡藩兵は、その話を長岡藩兵に同情的な領民等から聞いた。
その話を聞くと、長岡藩兵は怒り狂った。
「我らは長岡の為に命を懸けて戦っていると言うのに、裏切り者らは敵である『新政府軍』に守られていると言うのか!?」
「我らの家族の生死も分からぬと言うのに、裏切り者らは家族と共に安全な場所に共に住んでいると言うのか!?」
長岡藩兵は、『身内の裏切り』が何よりも許せなかった。
『新政府軍』よりも、裏切り者達の方が何千倍も憎かった。
『稲垣林四郎隊』と『篠原伊左衛門隊』は彼らを『助ける』為ではなく、『捕らえて殺す』為に『極楽寺』を目指した。
『稲垣林四郎隊』『篠原伊左衛門隊』の二隊が途中の亀貝村に突入すると、二隊は少数の松代藩兵から攻撃を受けた。
それに対して、『稲垣林四郎隊』は銃列を組んで一斉射撃した。
「撃てーーーー!!!」
『ドキューーーーーン!!!』
『ドキューーーーーン!!!』
『ドキューーーーーン!!!』
『ドキューーーーーン!!!』
『ドキューーーーーン!!!』
裏切り者達に対する怒りで頭に血が上っていた『稲垣林四郎隊』『篠原伊左衛門隊』の勢いは、凄まじかった。
その勢いに恐れをなし、松代藩兵は一目散に逃げ出した。
その後、二隊は破竹の勢いで、後続の『鬼頭六左衛門隊』『小野田伊織隊』と共に永田村を経由して新保橋を渡った。
「『極楽寺』は、近いぞ!!!
進め進めーーー!!」
「裏切り者を、血祭りに上げてやる!!!」
長岡藩兵は、松代藩兵を追って新保村に突入した。
新保村には、長府藩兵と松代藩兵などの少数の兵がいた。
鬼頭六左衛門隊はそれを見つけ、叫んだ。
「『新政府軍』がいたぞーーーー!!
撃て撃て撃てーーー!!」
富島村、亀貝村方面から迫り来る兵に、長府藩兵と松代藩兵は驚愕した。
長府藩兵は、口々に叫んだ。
「違う!!
我らは、味方だ!!!
撃つな!!
撃つなーー!!」
長府藩兵は攻撃して来る長岡藩兵を、退却して来る味方の兵と勘違いした。
長府藩兵は長岡藩兵から攻撃を受けている事に気付かないまま、応戦するしかなかった。
しばらく、銃撃戦が繰り広げられた。
だが結局、兵の多さに恐れをなし、味方からの射撃と勘違いしたまま長府藩兵は逃走した。
『新政府軍』が敗走した後、長岡藩兵は新保村にも火を放った。
村は、瞬く間に火に包まれた。
鬼頭六左衛門様は、大声で長岡藩兵に向かって叫んだ。
「我ら『鬼頭六左衛門隊』と『小野田伊織隊』は喰違い(新町村にあった防塁)を守る!!
『稲垣林四郎隊』と『篠原伊左衛門隊』は、手配通り石内村の『極楽寺』へ向かってくれ!!!」
それに対し、『篠原伊左衛門隊・隊長』篠原伊左衛門様は自信満々に応えた。
「分かった!!
必ず、裏切り者達の首を取ってみせる!!」
鬼頭様は、満足そうに頷きながら力強く言った。
「頼む!!!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
篠原伊左衛門様は、当時三十数歳。
江戸の『練兵館(神道無念流)』で、『塾頭』にまでなった剣の達人でもあった。
篠原様はその剣技から、『斎藤弥九郎門下の小天狗』とも称された。
『練兵館』では西国の勤皇志士とも交わった事もあり、戦の際、ある村に
『長岡藩士の篠原伊左衛門殿は、ご健在か?』
と訪ねに来る『新政府軍』の兵もいたと言う。
戦さえなければ、敵味方関係なく、お互い剣術を通して親交を深める事が出来ただろうに・・・。
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『稲垣林四郎隊』と『篠原伊左衛門隊』は、『新政府軍陣地』を撃破しながら石内村に達した。
松代藩兵は翌日の『総攻撃』の為に多くの松代藩兵を東山山中に派遣しており、石内村には僅かな兵しか残っていなかった。
松代藩兵は大砲一門を門前に備え、迫って来る長岡藩兵を迎撃した。
『ドォーーーン』
『ドォーーーン』
『ドォーーーン』
しかし、多勢に無勢。
長岡藩兵は、松代藩が『本陣』としている『極楽寺』をじわじわと取り囲んでいった。
松代藩兵は為す術もなく、撤退し始めた。
それを見た『稲垣林四郎隊』と『篠原伊左衛門隊』は、叫びながら『極楽寺』に突入した。
「裏切り者を見つけろ!!!」
「『新政府軍』を殺せ!!!」
「我らの『無念』を晴らせ!!!」
長岡藩兵は逃げる松代藩兵を殺しながら、血眼で裏切り者を捜した。
篠原伊左衛門様も刀の刃がボロボロになる位、多くの松代藩兵を斬り続けた。
しかし、ほんの一瞬、何故か篠原様の動きが止まった。
その瞬間、一発の弾が篠原様の身体を貫いた。
『ドキューーーーーン!!!』
その銃声と共に篠原様は血飛沫を撒き散らしながら、大きな音を立てて後ろに倒れた。
「篠原様ーーー!!」
隊士達が、倒れた篠原様の許へ駆け寄った。
篠原様は右手に持った金飾りの刀を眺めながら、苦しそうに言った。
「俺としたことが・・・。
この刀に・・・目を奪われてしまった・・・。
全く・・・情けないな・・・」
そう言って篠原様は皮肉げな笑いを浮かべながら、しかし何処か満足そうな顔で息絶えた。
『剣士』としての血が、篠原様の命を奪った。
しかし最期まで『剣士』として生き、死ねた事は、篠原様にとって『本望』だったようだ。
篠原様亡き後、『篠原伊左衛門隊』は『稲垣林四郎隊』に組み込まれ、再び裏切り者の探索を始めた。
しかし結局、裏切り者を見つける事が出来なかった。
混乱の最中、裏切り者は皆逃げたようだった。
その後『稲垣林四郎隊』は『極楽寺』を離れ、新町村まで戻る事を決めた。
大黒、福井、十二潟で戦っている『新政府軍』が、逆襲して来る危険性があったからだ。
「『極楽寺』に火を放ち、新町村の三叉路まで戻るぞ!!」
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『極楽寺』を離れた『稲垣林四郎隊』は、新保村と新町村の間の栖吉川に架かる新保橋を渡った。
走りながら、長岡藩兵は口々に囁き合った。
「作戦では、米沢藩兵が八丁沖北方にある『新政府軍』台場を襲うはずだったが・・・。
まだか・・・?」
「ああ・・・。
まだのようだ・・・」
「攻撃が始まれば、北方から『新政府軍』が長岡城下へ引き返して来るはずだ・・・。
『新政府軍』は長岡城下に入る為に、必ずこの新保橋を通る・・・。
此処で、『新政府軍』を食い止めねば・・・!!」
「あれを見ろ!!
新町口だ!!」
「『旧幕府軍』が陣地を造って、『新政府軍』を待っているぞ!!
我らも協力しよう!!」
『稲垣林四郎隊』は新町村に到着すると、陣地を造っていた『旧幕府軍』と共に『新政府軍』を待った。
しかし、何時まで経っても『新政府軍』はやって来なかった。
業を煮やした一人の『稲垣林四郎隊』の隊士が、言った。
「もう一度新保橋まで戻って、様子を見て来る」
そう言って、新保橋へ向かった。
そしてしばらくすると、一人の少年兵を連れて戻って来た。
「誰だ?
『新政府軍』の兵か?」
少年を差し出しながら、戻って来た長岡藩兵は答えた。
「新保村の法華塔近くの草叢に、一人で隠れていた」
「そうか・・・。
お前は何者だ?」
顔を覗き込んで尋ねる長岡藩兵に対し、少年は震えながら答えた。
「『旧幕府軍』の突撃に驚いて・・・道に迷って潜伏していたところを・・・見つかりました・・・」
「名は!?」
「加賀藩士・玉置精次郎です・・・」
「加賀藩士・・・。
では、直ぐに捕縛して『伝令』川島良左衛門殿へ引き渡せ」
「は!!」
玉置と言う少年兵は、理由は分からないけれど、その日に戦死したと言う。
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引き続き新町村で待機していた『稲垣林四郎隊』は、北から救援に来た『新政府軍』に突然砲撃された。
しかし『稲垣林四郎隊』には肝心の砲がなく、急造した保塁に伏せて降り注いで来る敵からの砲を防ぐしか術がなかった。
次第に、死傷者も増えてきた。
『稲垣林四郎隊』の一人が、『稲垣林四郎隊・隊長』稲垣林四郎隊様に言った。
「このままでは、兵が死ぬだけです!!!
一斉攻撃しましょう!!!」
士気の劣らない長岡藩兵は、攻撃する事を願った。
そして、稲垣様はそれを許した。
「分かった!!!
敵が攻めて来ると同時に、発砲せよ!!!」
その時、『新政府軍』が喇叭と小鼓の音と共に突進して来た。
それに対して、長岡藩兵は銃弾を撃ちまくった。
「撃て!!撃て!!!
死ねや!!死ねや!!!死ねや!!!!」
『稲垣林四郎隊』は、『決死の覚悟』で銃を撃ち続けた。
激しい抵抗に驚いた『新政府軍』は、一度は退いた。
しかし直ぐに態勢を整えて、再び『稲垣林四郎隊』に銃と砲の雨を浴びせ始めた。
『稲垣林四郎隊』には連日の戦闘による疲れがあり、また兵糧も不足していた。
稲垣林四郎様は、これ以上は持ち堪える事が出来無いと判断した。
「もう無理だ!!!
喰違いまで撤退せよーーーーーー!!!」
『稲垣林四郎隊』は、喰違いまで撤退した。
喰違いに到着した『稲垣林四郎隊』は、其処を守っていた『鬼頭六左衛門隊』『小野田伊織隊』と共に『新政府軍』を迎撃する事になった。
三隊は数時間防衛したが、長岡藩兵の死傷者は甚大だった。
「このままでは、防ぎきれない!!
栖吉川の三之江土手で警備している『大川市左衛門隊』と『千本木林吉隊』に、援兵を要請しよう!!!」
直ぐ様、『伝令』を出した。
『伝令』を聞いた『大川隊市左衛門隊』と『千本木林吉隊』は、援軍に向かった。
その途中、新保橋脇の法華塔の周りに血の川が流れているのを見た。
血の川には、その源となる血塗れの長岡藩兵達が浮かんでいた。
「くそ!!
『新政府軍』を、全て撃ち殺してやる!!」
「あそこを見ろ!!
『新政府軍』がいるぞ!!!
よし!!!
弔い合戦だ!!!
皆!!!
銃を構えーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
その号令で『大川市左衛門隊』と『千本木林吉隊』は血の川の中に入り、『新政府軍』に向かって銃を構えた。
「撃てーーーー!!!」
血の川は、更に紅く染まって行った。
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この頃、長府藩『報国隊』一小隊は、長岡城下に宿陣していた。
異様な雰囲気に、長府藩『報国隊』が動揺しながら叫び出した。
「筒場、十二潟方面で、火の手が上がっているぞ!!」
「あちらで火が見えるのは、いつもの事だと思うが・・・!!」
「ああ!!
そうだ!!
『新政府軍の総攻撃』の先触れかもしれぬぞ!!」
「連日の戦闘で、疲れているのだ!!
寝かせろ!!」
「見ろ!
北東の方にも、火の手が上がっているぞ!!!」
「喚声と銃声も、聞こえる!!」
「もしや、『旧幕府軍の総攻撃』なのではないのか!?」
「まさか!?
『新政府軍の総攻撃』が少し早まっただけだろう!!」
「『新政府軍の総攻撃』であれば、前もって知らせがあるはずだ!!!
『旧幕府軍』から攻撃を受けていると考えた方が、良いのではないか!?」
「確かに!!
こうしてはおれん!!!
戦闘準備に入れーーー!!!」
長府藩『報国隊』は急いで武装し、新町口へ救援に赴いた。
戦闘は夜中で、混乱も激しく、長府藩『報国隊』は苦戦した。
そして狭い道での戦闘で動く事も儘ならず、結局退散する事になった。
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押切村にいた『新政府軍』も、『旧幕府軍の総攻撃』を『新政府軍の総攻撃』の合図だと錯覚し、勇んで『旧幕府軍』の台場に攻め込んだ。
「おお!!
振り返って見ろ!!
長岡城が、燃えているぞ!!
我が軍の『総攻撃』が成功したのだ!!」
長岡藩兵が放った火を見て、『新政府軍』は喜んだ。
『新政府軍』は自軍の攻撃が成功した事を信じ、全く疑念を抱かなかった。
その為『新政府軍』はしばらくの間、自分達が攻められている事に気が付かなかった。
押切、筒場、福井、大黒一帯で、本格的に戦闘が始まった。
喇叭や小鼓が鳴り響く中、『新政府軍』砲兵は散弾を発射した。
弾は、『旧幕府軍』の頭上に雨のように降り注いだ。
『旧幕府軍』は『新政府軍』の攻撃に怯みながらも、攻め続けた。
次第に、楽観視していた『新政府軍』は疑問に思い始めた。
「この攻撃は、本当に『新政府軍』による『総攻撃』なのか・・・?
まるで、我らが攻撃されているように感じるが・・・」
この時になって初めて、『新政府軍』は事態を察知した。
『新政府軍』は、怯えながら叫んだ。
「やはり、おかしい!!
これは、『旧幕府軍』による攻撃に違いない!!」
「突進した兵を、戻らせよ!!
これは、我らの攻撃では無い!!!
『旧幕府軍の総攻撃』だ!!」
「撤退だ!!!
退けーーーーーーー!!!」
「加賀藩兵に、援兵を要請しろ!!」
急遽『新政府軍』は押切村や筒場村保塁を固め、数名の兵を後方にある福島村まで偵察へ向かわせた。
福島村保塁では、富山藩兵が守備していた。
富山藩兵も始め、この攻撃が『旧幕府軍』による攻撃だとは思わなかった。
「宮下、亀貝村の方で、喚声が聞こえて来る・・・。
『新政府軍の総攻撃』が、始まったのか・・・?」
「いや。
もしかしたら、『旧幕府軍』が攻めて来たのかもしれない・・・。
様子を探らせに、『斥候』を出した方が良いのではないか・・・?」
「そうだな!!」
富山藩兵は、直ぐに『斥候』を走らせた。
『斥候』が戻って来るまで、富山藩兵は不安を打ち消す為に闇雲に大砲や小銃を連発した。
「『斥候』が、戻って参りました!!!」
「報告しろ!!!」
「賊徒多人数が、突如として襲来して参りました!!!」
「何!?
やはり、これは『旧幕府軍』の攻撃だったのか!!!!」
その時、銃弾が放たれた。
『ズキューーーーン!!』
『ズキューーーーン!!』
『ズキューーーーン!!』
「『旧幕府軍』の攻撃だ!!」
「北と南から、攻撃されているようです!!」
「くそ!!!
では、西に逃げるぞ!!
このままでは、持ち堪えられぬ!!」
富山藩兵は福島村保塁を脱出し、西へ逃げようとした。
その時、『新政府軍』偵察兵が押切村から駆けつけて来た。
そして、叫んだ。
「待て!!
逃げるな!!
保塁に留まれ!!」
『新政府軍』偵察兵は富山藩兵に、逃走を踏み留まるよう必死に説得した。
しかし、富山藩兵は聞く耳を持たなかった。
富山藩兵は砲を深田に捨て、逃げて行った。
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『極楽寺』から撤退した松代藩兵は、信濃川の土提の上を通って中島村へ向かって逃げた。
土提の上から時々立ち止まっては銃を放ち、やっとの事で長岡藩の蔵屋敷跡まで逃げる事が出来た。
しかし、其処でも松代藩兵は長岡藩兵に遭遇した。
松代藩兵は死に物狂いで応酬しながら、草生津の渡しまで着いた。
そのまま渡船した兵が多かったが、留まって長州藩兵と共に千手町裏や三国街道の要所で戦った勇気ある兵もいた。
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長岡城に近づく度に、炎の勢いが激しくなって来た。
お城に近づくにつれて、私の足は重くなっていった。
一歩進む毎に、身体中が震えてきた。
目の前の光景は、『あの時』と同じだった。
真っ赤な炎。
黒い煙。
きらきら光る火の粉。
地面に出来た血の海。
泣き叫ぶ人々の声。
人や物が焦げる臭い。
ばらまかれた手足。
飛び散った内臓。
『あの時』と、何も変わらなかった。
全てが、落城の時の光景と同じだった。
忘れていた。
いや。
抑えていた記憶が、少しずつ蘇って来た。
ずっと心の奥底に隠していた『恐れ』が、少しずつ少しずつ湧き上がって来た。
蜂の巣のような穴が開けられて絶命した、私が助ける事が出来なかった伊東道右衛門様。
壁の下敷きになり、生きながら焼かれた、私が見殺しにした女性。
『火』が、『それ』を私に思い出させた。
火・・・!
火・・・!!
火・・・!!!
火・・・!!!!
火・・・!!!!!
火・・・!!!!!!
火・・・!!!!!!!
火・・・!!!!!!!!
火・・・!!!!!!!!!
『火』が、燃え広がっていく。
それと同時に、私の『恐怖』も広がっていく。
足が・・・動かない・・。
吐き気が・・・する・・・。
冷たくてドロドロした汗が・・・吹き出て来る・・・。
汗が・・・とめどなく流れて来る・・・。
胸が・・・苦しい・・・。
呼吸の仕方が・・・分からない・・・。
息が・・・出来ない・・・。
その時、私を呼ぶ声がした。
「姉上!!!」
私は、声がした方をゆっくりと見た。
其処には、心配そうに私を見つめる團一郎がいた。
團一郎は、必死に叫んだ。
「大丈夫です!!!
私がいます!!!
私が、姉上の傍にいます!!!」
その声と同時に、自分の腰紐に取り付けた、きよから貰った鈴の音が聞こえて来た。
『ちりん』
『ちりん』
『ちりん・・・』
私は、鈴を見つめた。
きよはかつて、お祖父様がきよにこう言ったと言っていた。
『この鈴は、『魔除け』だ。
悪いものから、お前をずっと守ってくれるよ』
『ちりん』
『ちりん』
『ちりん・・・』
この音色が、私の心を少しだけ軽くしてくれた。
私の心が、少しだけ清められたような気がした。
私は、再び團一郎の方を向いた。
團一郎は、力強い目で私を見つめ続けていた。
『絶対に私を守る』
と言う、『決意』の目をしていた。
私は團一郎と鈴を、交互に見た。
團一郎は私に、『力』を与えてくれる。
鈴は、私を優しく包んでくれる。
ああ・・・。
私はまだ、
『大丈夫だ』
と思った。
私は、少しだけ落ち着きを取り戻す事が出来た。
そして、ふと周りを見渡した。
目の前にあるのは、やはり『地獄』だった。
その『地獄』の中を、沢山の『鬼』が火を付け回っていた。
しかし私は、火を付け回る『鬼』を止めようとは、止めたいとは思わなかった。
ああ・・・。
私も・・・。
私も・・・『鬼』の一人なのだと思った。
すると、團一郎が私の手を取って言った。
「行きましょう!!!
姉上!!!
長岡城へ!!!!!」
團一郎の力強い手に引っ張られながら、私は『地獄』の中へと走って行った。
そして走る度に、鈴の音が鳴り響いた。
鈴の音は私を、私の周りを、浄化しているようだった。
私達は、お城へ向かって駆けて行った。
『ちりん』
『ちりん』
『ちりん・・・』
鈴の音は、鳴り続けた。
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「一体・・・何が起こっているのだろう・・・?」
長岡城下にいた『干城隊』の少年『鼓手』増山作輔達数人は、燃え盛る火の手を見て混乱していた。
すると、火から逃げるようにこちらに向かって走って来る二人を見つけた。
「あれは、『十津川親兵』か・・・?」
増山は二人の前に立ち、尋ねた。
「何事ですか!?」
二人の顔は、炭で真っ黒になっていた。
そして、息も絶え絶えに答えた。
「な・・・長岡藩が、城を取り返しに来た!!
お前も、早く逃げろ!!」
驚いた増山は、二人の『十津川親兵』と共に逃げようとした。
その時、向かいにあった『薩摩藩本陣』の軒下から一人の武士が、ぬっと出て来た。
その武士の両手には、火と血で紅く煌めく刀が握られていた。
武士は、怒気を交えて聞いてきた。
「貴様!!
何処の藩の者か!?」
『十津川親兵』は、怯えながら答えた。
「ご・・・『御親兵』だ・・・」
その言葉に、武士の形相は豹変した。
するとその武士はいきなり刀を抜き、叫んだ。
「『御親兵』も、くそもない!!」
そう言うや否や、その武士は右の『十津川親兵』の肩を斬り下げ、逃げようとするもう一人の兵の片腕を斬り落とした。
二人の『十津川親兵』は、鮮血を吹き出しながら倒れた。
一瞬にして、血の海が出来た。
その中で、苦しみ悶える二人の『十津川親兵』が必死に泳いでいた。
増山は、驚愕した。
「ひいいいいいーーーーーー!!!」
増山は一度も振り返らず、一目散に逃げ出した。
抜刀した武士は、増山を追い掛けて来なかった。
ただただ、血の海の上に佇んでいた。
その武士が、何者であったのかは分からない。
逃げようとする『新政府軍』を憎悪の為に殺した薩摩藩兵か、それとも敵として『新政府軍』の兵を殺した『旧幕府軍』の兵なのか、今も分からない。
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北越で逗留していた長州藩士・進美禰人は、夢の外で大声で叫ぶ下僕の声を聞いた。
「進様!!
起きていらっしゃいますか!?
進様!!
進様!!!」
進は、飛び起きた。
「何事だ!?」
下僕は、震えながら答えた。
「先程、大砲の音がしました!!
大砲の音が止むと、続いて小銃の音がしました!!
その後は火事が起こり、その火が次第に強くなっているようであります!!」
進は立ち上がり、二階の窓から外を見た。
すると、一丁(約100メートル)先の城下が燃えていた。
進は着替え、外に出た。
外は、既に避難する人でごった返していた。
「くそ!!
どうなっているのだ!?」
進は兎に角、近くの長州藩『干城隊』の宿所へ向かった。
しかし、宿所には僅かな『軍夫』がいるだけだった。
しかも彼らは小銃や弾薬などを持ち去る事に必死で、進の姿は目にも入らなかった。
此処にいても無駄だと悟った進は、近くにあった短銃を一挺取って軍服に隠した。
そして、弾薬を出来るだけ持って外に出た。
「取り敢えず草生津の渡船場まで行き、信濃川を舟で渡って逃げよう!!」
進は、逃走する兵と共に走った。
その途中、大きな叫び声が聞こえて来た。
「逃げてはいかん!!
留まれ!!!」
声の主は、『干城隊』諫早作次郎だった。
諫早は数日前に馬に蹴られて膝を痛め、足が十分に動かなかった。
その諫早が道の中央に抜刀しながら突っ立ち、退却する兵を留めようと必死に叫んでいた。
ある『新政府軍』の兵が諫早に近づき、叫んだ。
「諫早様!!
もう無理です!!
退却しましょう!!」
そして『新政府軍』の兵は、嫌がる諫早を無理矢理連れ去って行った。
それを横目で見ながら、進は草生津の渡船場まで着く事が出来た。
しかし、其処は既に逃げて来た長州藩兵や加賀藩兵で大混雑していた。
誰もが我先にと、少ない舟に殺到していた。
舟は、満杯なまま出船した。
しかし途中、乗員の重みで舟が進の目の前で転覆した。
「うあーーー!!!」
「助けてくれーーーーーーーーー!!!」
「沈むーーーーーーーー!!!」」
舟と共に沈む『新政府軍』は川の中で必死にもがき、水の中へと消えていった。
進は沈みゆく『新政府軍』を見つめながら、茫然と立ち尽くす事しか出来なかった。
無理に乗れば、舟は水底に沈んでしまう。
後ろからは、『旧幕府軍』が攻めて来る。
これ以上、動く事は出来なかった。
進は、その場に留まるしか出来なかった。
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その頃、長岡城下から逃げて来た『干城隊・鼓手』増山作輔も、やっとの事で草生津の渡船場に着く事が出来た。
しかし進同様、舟に乗ろうとしても人が殺到していて乗る事が出来なかった。
その時、地底から響くような重い音が近づいて来た。
『ドドーーーーーーン!!』
「な・・・何だ・・・!?」
「あれを見ろ!!
水が、こっちに流れ込んで来るぞ!!」
「うわーーーーー!!」
あっと言う間に、流れ込んで来た水に増山は飲まれた。
『息が出ない!!』
『死ぬ!!』
そう思った瞬間、増山は上の方に材木筏を見つけた。
増山は必死に手を伸ばし、その筏に掴まった。
「た・・・助かった・・・」
すると、転覆した舟から落とされた加賀藩兵、松代藩兵、大垣藩兵(岐阜)達が、その筏に次々と掴まり始めた。
「つ・・・掴まらせてくれ・・・」
そして、とうとう十七人位が筏に掴まる事になった。
ほっとしたのも束の間、今度はその筏が長岡の方へ流れ始めた。
「このままでは、長岡藩兵に捕まってしまう!!」
「あっちの土手に、町の人間が大勢集まっている!!
何とか、あそこへ到着するようにしよう」
増山達は腕がもぎ取れるかと思う程、何度も何度も水をかいた。
そして、やっとの事で増山達は土手に到着する事が出来た。
すると空から『光』が、増山達を照らし始めた。
太陽が、昇り始めたのであった。
『生きる』事が出来た喜びで、増山達は昇って来た太陽に思わずお辞儀をした。
その後、増山達は本大島村から来た二艘の小舟に乗せてもらった。
途中、大根畑の泥大根を引っこ抜いてかじったり、泥田の水を飲んだり、疲労の為歩けなくなった所を通り掛かりの農民に背負われながら、増山達は関原村『新政府軍本陣』に到着する事が出来た。
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長岡藩『使番』槇三左衛門様は腫れ物に苦しみながらも、何とか一人で八丁沖を渡河した。
そして新保村に着くと、既に銃撃戦が始まっている事に気付いた。
「戦闘が、始まっているのか・・・。
ん・・・?
前方に、『新政府軍』の保塁が見える・・・。
あそこへ向けて撃っているのは、『旧幕府軍』か・・・?」
その時、保塁から鉄砲を持った『新政府軍』が逃げ出して来た。
兵は、逃げながら叫んでいた。
「たまらん!!
たまらん!!」
そう叫ぶ兵に向かって、『旧幕府軍』と思われる兵が銃を撃ち続けていた。
槇様は銃を撃つ兵に近づき、聞いた。
「私は、長岡藩士・槇三左衛門です!!」
それを聞き、銃を撃っていた一人が答えた。
「おお!!
長岡藩士か!!
我らも、そうだ!!
ああ!!
ぐずぐずしてはおられぬ!!
『新政府軍』を追うぞ!!」
「はい!!」
槇様達は、逃げる『新政府軍』を長町通りまで追い掛けて撃った。
すると焼け落ちた家の中や藪の中から、銃弾が襲って来た。
『ドキューーーン!!』
『ドキューーーン!!』
それは、『新政府軍』からの狙撃だった。
しかし、勢いに乗った長岡藩兵を見ると直ぐに逃げ出した。
そして槇様達は、そのまま城内に入った。
変わり果てた城を見て、槇様はその場に立ち尽くした。
「何もかもが・・・燃やされている・・・。
美しかった・・・長岡城が・・・」
温厚な槇様は、かつてない程の怒りを感じた。
槇様は、自分に言い聞かせるように叫んだ。
「必ず、『新政府軍』を掃討してみせる!!!」
その後、槇様は一人大手口から坂之上通りを経て、表町へ出た。
そして裏町通り、千手横町、山田町を通って草生津の方まで、腫れ物で痛む体を引きずりながら行く事にした。
その途中、不意に声を掛けられた。
「槇殿では、ありませんか!?」
振り向くと、長岡藩『夫方差配』をしている初老の中島文次右衛門様がいた。
槇様は中島様に近づきながら、言った。
「中島殿!!」
中島様は安堵からか、微笑みながら聞いた。
「お一人で、何処へ行かれるのですか?」
槇様も知り合いとの遭遇に安心し、少し緊張を解いて言った。
「『新政府軍』を駆逐しに、草生津まで行こうと思っております!!」
その言葉に、中島様は嬉しそうに答えた。
「おお!!
それは良い!!
では、私も一緒に参りましょう!!」
そして、二人で草生津へ向かう事になった。
二人が蕎麦屋『角屋』弥五平の軒先まで来ると突然、薩摩藩兵が現れた。
薩摩藩兵は、中島様目掛けていきなり刀を振り降ろした。
「チェストーーーー!!」
それは、薩摩の『示現流』だった。
中島様は突然の攻撃に、抜刀する暇さえなかった。
『ざく!!!!!』
中島様の身体は、真っ二つになった。
中島様の両半身から大量の血が吹き出し、斬った薩摩藩兵を一瞬にして真っ赤に染めた。
「中島殿ーーー!!
くそ!!!」
槇様は直ぐに抜刀して、薩摩藩兵を斬り倒そうとした。
しかし薩摩藩兵は真っ赤な血を滴らせながら急いで店に入り、店にいた他の四、五人の『新政府軍』の兵と共に家の裏から逃げた。
槇様は、必死に追い駆けた。
しかし、とうとう取り逃がしてしまった。
脱力した槇様は、絶命した中島様の許へ戻った。
そして二つになった中島様の遺体を一つにして手を合わせ、槇様は草生津へと一人で向かって行った。
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永田村、新保村、新町村の住民は、突進して来る長岡藩兵とそれを迎え撃つ『新政府軍』に家を焼かれ、銃撃され、泣き叫びながら逃げた。
重なるように窪地に隠れたり、銃の間を走り回ったり、狂ってしまったり、町は戦々恐々となった。
しかし、城下に少しずつ長岡藩兵が入って来ると、それが一変した。
「あれは、長岡様ではないか!?」
「そうだ!!
長岡様だ!!」
「長岡様のお帰りだーーー!!」
「皆!!!
長岡様が、お帰りになられたぞーーーーーー!!!」
「長岡様の、大勝利だーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
家に隠れていた町民は城に戻って来た長岡藩兵の姿を確認すると、通りに出て来た。
皆、歓喜した。
「よくぞ、お戻りになられました!!!」
「お待ち申し上げておりました!!!」
「『新政府軍』を追い出して下さり、有難うございます!!!」
隠れていた人々は通りに平伏したり、数珠を掛けて涙を流したりした。
町民は水桶を出して来て、長岡藩兵達に振る舞った。
その水は、今まで飲んで来た水の中で一番美味しかった。
菓子屋や魚屋、酒屋は、長岡藩兵に山のような贈り物を贈った。
まるで、生き別れた親と再び巡り会えたような喜びようだった。
通りには酒樽が山と積まれ、長岡藩兵達を接待した。
自然に、『長岡甚句』が唄われた。
武装の長岡藩兵も町民も、踊った。
武士も民も、なかった。
皆、『勝利』に酔いしれた。
「我らも、長岡様と一緒に戦います!!!」
「『新政府軍』を、必ず駆逐しましょう!!!」
血で赤茶色に染まった軍服を着て、汗と泥にまみれ心身ともに疲れ切っていた長岡藩兵達は、町民達の言葉に涙を堪えながら答えた。
「皆の顔を見て、疲れも吹き飛んだ!!!
もう安心するが良い!!!
我々が必ず、皆を守って見せる!!!」
皆の歓喜の声が、『新政府軍』の兵達にも聞こえた。
その声は、『新政府軍』に大軍が押し寄せたかのように錯覚させた。
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≪八丁沖渡河作戦≫以前、街道沿いでは戦闘が繰り広げられていた。
街道は今町や見附に繋がる、重要な場所であった。
街道を死守する為、『旧幕府軍』と『新政府軍』は押切村や大黒新田付近で戦っていた。
米沢藩兵も押切村に陣地を作り、『新政府軍』と戦っていた。
押切村の陣地は、六つ作られていた。
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第一陣 : 『高野織右衛門隊』
第二陣 : 『小幡弥五右衛門隊』
第三陣 : 『温井弥五郎隊』
第四陣 : 『山本寺亀太郎隊』
第五陣 : 『舟田善右衛門隊』
第六陣 : 村松藩『大砲隊』
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『軍監』 : 千坂政右衛門様
『仮目付』 : 大竹直記様
『周旋方』 : 寺島浅次様
『周旋方』 : 氏家三内様
『大隊頭』 : 横山与一様
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米沢藩と対峙するのは十二潟村と川辺村に保塁を造っている薩摩藩兵、長州藩兵、加賀藩兵だった。
米沢藩は、長岡藩の≪八丁沖渡河作戦≫の成功を待っていた。
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二十四日(≪八丁沖渡河作戦≫実行日)の夜、米沢藩『隊頭』達は『本陣』に呼び出され、命令が下された。
「夜半から、長岡藩兵の奇襲があった!!
我が藩もそれに呼応し、これより攻撃を開始する!!」
「おおーーーーー!!
とうとう、長岡藩は奇襲に成功したのか!!」
『隊頭』達は、興奮した。
皆、『勝利』の可能性を感じた。
命令は、続いた。
「作戦を、もう一度伝える!!
先ず長岡藩兵が『奇襲作戦』成功後、火を放つ!!
その火の手が、長岡藩兵が城下に突入したと言う合図だ!!
それを確認し、我ら米沢藩兵も攻撃に向かう!!
そして、『新政府軍』前線を撃破する!!
そのまま『新政府軍』の兵力を長岡城周辺から追い払い、柏崎、高田まで『新政府軍』を追い落とす!!」
「おおーーーーーーーーー!!!」
「混戦が、見込まれる!!
その為に、『合言葉』を作った!!
『誰』と言えば、『川』と答えるように!!」
「おおーーーーーーーーー!!!」
「今から、『米』と書かれた『木綿札』を渡す!!
これを全隊士の軍服の左乳下に、張り付けるように!!」
そして『隊頭』達は興奮したままそれぞれの陣地に戻り、隊士達に戦闘準備をさせた。
五十六歳の白髪の『隊頭』小幡弥五右衛門様は、組下を集め叫んだ。
「この戦が、我らにとって『最期の戦』になるかもしれぬ!!
どんな事があっても、命懸けで長岡藩を助けるのだ!!!」
「おおーーーーーー!!」
目を輝かせる隊士達の顔を見て、満足そうに小幡様は頷いた。
そして、大樽を目の前に置いた。
「死ぬ前に、戦闘に支障を来さない程度に酒を飲め!!」
「おお!!
有り難うございます!!」
「だが、先に銃の手入れをしろ!!
酔っていては、満足な手入れは出来ぬからな!!」
「はい!!!」
そして隊士達は『今生の別れ』と思いながら酒を酌み交わし、戦闘準備に入った。
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二十五日 午前十二時
「長岡城下から、火の手が上がったぞ!!」
「よし!!
一斉射撃だ!!」
米沢藩兵は、攻撃に掛かった。
一刻(約2時間)ほど射撃戦が、繰り広げられた。
すると、『新政府軍』の攻撃が次第に衰えて来た。
米沢藩兵は、訝しんだ。
「『新政府軍』の応射が、鈍り始めたな・・・。
『新政府軍』が、退却したのかもしれぬ・・・!!
我らも塁を出て、『新政府軍陣地』に近づこう!!」
米沢藩兵が塁を出た瞬間、横から銃弾が降って来た。
『ドキューーン!!!』
『ドキューーン!!!』
『ドキューーン!!!』
『ドキューーン!!!』
『ドキューーン!!!』
「横だ!!
『新政府軍』が、横から攻めて来たぞ!!
迎撃しろーーーーーーーー!!」
『ザク!!!』
『バキューーン!!!』
「ぐぁーーーー!!」
「うお!!」
「高野様ーーー!!
小幡様ーーー!!」
高野織右衛門様が流れ弾に当たり倒れたところを、近づいて来た『新政府軍』に更に腹を刺された。
そして、手槍を振り回していた小幡様の右胸にも弾が当たった。
二人は倒れ、そのまま動く事はなかった。
「くそ!!
接近戦に持ち込め!!」
忽ち、混戦となった。
接近戦を行おうとする米沢藩兵に対し、『新政府軍』は四、五間(約9メートル)を保ちながら突撃しては戻り、狙撃してはまた突撃を繰り返した。
その間、米沢藩兵は次々と倒れていった。
「腰抜け米沢藩兵め!!
食らえ!!」
薩摩藩兵、長州藩兵の中には『銃の優秀さ』を『自分の優秀さ』と勘違いし、挑発する者もいた。
米沢藩兵は、次第に不利になっていった。
「このままでは、全滅だ!!
福井の『本陣』へ、救援を依頼しよう!!」
その後、二個小隊が援軍に来た。
しかし『新政府軍』の銃撃が激しく、十間も進めなかった。
一帯は血の川となり、屍は山となって積まれていた。
朝になっても『新政府軍』諸塁を突破する事が出来なかった米沢藩兵の勢いは、次第に衰えていった。
≪八丁沖渡河作戦≫を含むこの『奇襲作戦』は、日本で最初の『洋式訓練隊』による戦であった。
そしてこの『奇襲作戦』の鍵は、米沢藩が握っていた。
しかし、米沢藩は自分達の『役割』を果たす事が出来なかった。
『奇襲作戦』に、少しずつ『乱れ』が生じ始めていった。




