六つの花 『二.八丁沖』
『新政府軍』も『旧幕府軍』同様、七月二十五日の朝に『総攻撃』をする予定であった。
しかし、それは実現出来なかった。
『新政府軍』は、海軍に新潟港を急襲させるつもりであった。
海軍とは、『摂津丸』『丁卯丸』『大鵬丸』『千別丸』『萬年丸』『錫懐丸』の六鑑に、薩摩藩兵・長州藩兵・芸州藩兵(広島)・秋月藩兵(福岡)・明石藩兵(兵庫)らを乗せた『海上攻撃隊』の事である。
しかしこの日は強い風が吹いた為、予定通りに航路を進める事が出来なかった。
六鑑の艦船が佐渡の小木港に到着したのは、七月二十四日の朝だった。
その為、『新政府軍の総攻撃』の時間が少し先延ばしされた。
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七月二十四日(9月10日)
夜
長岡城下の神田三之町『奇兵隊本陣』には、長州藩士・森清蔵が『慰問使』として来ていた。
森は、旧名・来島亀之助と言う『勤皇志士』であった。
『蛤御門の変』で死んだ来島又兵衛の親戚でもあり、森は自分が『上士』である事を鼻に掛けていた。
傲慢な態度をとる森と軽輩中心の『奇兵隊』は、お互い相容れなかった。
特に『中間(『足軽』の下の身分)』出身の『新政府軍・参謀』山県狂介は劣等感も手伝ってか、森を毛嫌いしていた。
森の訪問は、最前線で戦っている『奇兵隊』には迷惑でしかなかった。
しかし、『慰問使』である森を歓待しない訳にはいかなかった。
仕方なく、森の為に宴が開かれた。
山県は渋々森に酒を注ぎ、慰問を喜ぶ振りをした。
山県は作り笑いを浮かべながら、言った。
「いやあ・・・。
森様・・・。
良く来て下さった・・・」
それに対し、森は横柄な態度で酒を飲みながら答えた。
「毛利元徳(長州藩第十四代藩主)様は、越後戦線をご憂慮されていらしたからな・・・。
無事に元徳様の『御直書』を持参する事が出来て、私もやっと安心して休む事が出来る・・・」
「はい・・・。
森様がご持参下された『御直書』のおかげで、我ら『奇兵隊』の士気も高まりましょう・・・」
森は、満足そうに山県の話を聞いていた。
山県は、続けた。
「『越後は、間も無く鎮定するのでご安心下さい』と、元徳様にお伝え下さい」
そう言うと山県は我慢しきれず立ち上がり、宿陣の離れに行って床についた。
山県が席を立った後、森は『奇兵隊』滋野謙太郎らに酌をさせて飲み続けた。
『奇兵隊』を見下していた森は、ぼそっと言った。
「『志士』かぶれの奴らに・・・何が出来る・・・!!」
それを聞いた滋野らは、怒った。
しかし、相手は『上士』。
我慢するしかなかった。
滋野は、森に酌をし続けた。
森は自分の言った事にも構わず、滋野らの態度にも気付かず、眠そうな目をしながら呟いた。
「随分と静かだな・・・。
兵も、少ないように感じるが・・・」
それに対して、滋野は怒りを抑えながら淡々と答えた。
「明日からの『総攻撃』に備えて、各地に兵が分散しているので少ないのです。
此処に待機している兵も、明朝、栃尾に向かう予定です。
明日の戦闘の為に、兵は既に床についているのでしょう・・・」
森は『興味無い』とでも言うように、それを聞いていた。
そして、侮蔑したように言った。
「ほう・・・。
そうか・・・」
「森様・・・。
出来れば、我らも明日の『総攻撃』に備えて休みたいのですが・・・」
遠慮しながら、滋野は言った。
すると、森は真っ赤な顔をして怒り出した。
「ならぬ!!
俺は明日、京都へ帰るのだ!!
やっと、この危険な戦場から解き放たれるのだ!!
もっと飲ませろ!!」
「はっ!!
申し訳ありません!!」
森の怒りに驚き、滋野は平伏した。
森はそんな滋野を見下しながら、続けた。
「全く・・・『奇兵隊』の奴らは身分が低いにも拘らず、自尊心だけは高い!!
『下士』は、『上士』に使われる為にいる事を忘れるな!!
お前等は、単なる『駒』に過ぎん!!」
その言葉に滋野らは血が滲むほど拳を握り、耐えるしかなかった。
しばらく飲んだ後、森も疲れて寝所で寝る事にした。
「やっと眠れる・・・」
森が寝た後、『奇兵隊』もやっと眠る事が出来た。
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長州藩で『兵学校・校長』をしていた進美禰人も、『長州藩・藩主』毛利元徳公の使いで七月十一日に北越戦線へ慰労に来ていた。
『上士』であった進も森同様、『奇兵隊』を蔑んでいた。
「全く・・・。
『奇兵隊』如き身分の低い者達に指揮され、『干城隊』も腸が煮え繰り返っているだろう・・・。
よし!!!
『干城隊』のいる『本陣』へ、慰問に行こう!!!」
進が『干城隊本陣・田上屋』に赴くと、其処には『干城隊・総督』であり『家老』の毛利内匠がいた。
毛利は進を歓迎し、愚痴をこぼした。
「実戦の指揮は、山県が握っている!!」
激高して叫ぶ毛利の訴えに、進は深く頷きながら答えた。
「ならば、戦地を見て『藩公』にご報告致しましょう!!
これ以上、『奇兵隊』がつけ上がらぬようしなければ!!」
「それは忝い!
そうして貰えると、他の兵も喜ぶだろう・・・!
あのような下賤の者達に使われるなど、我ら『上士』の誇りが許さん!!」
その後、進は下宿先を見つけてしばらく留まる事にした。
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長岡藩『花輪彦左衛門隊』に属していた当時三十五歳の伊丹秀三郎様は、長岡城落城後、『老公』牧野忠恭様と『藩公』牧野忠訓様他、約百名と共に会津へ落ち延びた。
伊丹様は伊丹家三兄弟で、伊丹家を継いでいた末弟(『軍事掛』川島億次郎様の実弟)であった。
伊丹様は、元々藩主のお側に仕える小姓だった。
五月二十四日(7月13日)に御殿様につき従って来た長岡藩士達が会津に到着すると、長岡藩士の中から力強く叫ぶ者が現れた。
「御殿様達を、無事に会津までお連れする事が出来た!!
我らは、今尚戦っている同士を助けに、城を取り戻す為に、長岡に戻ろう!!!」
その言葉に反対する者は、誰もいなかった。
そして御殿様をお守りする藩士だけを会津に残し、花輪彦左衛門様を『隊長』として一隊を編成し、長岡藩士達は長岡へ向かった。
その隊に、伊丹秀三郎様も参加した。
『花輪彦左衛門隊』は八十里(新潟県『中越地方・北部』と福島県『会津地方・南部』とを結ぶ峠)を再び越え、長岡戦線に参戦した。
「激戦地への配置を、希望する!!」
『花輪彦左衛門隊・隊長』花輪彦左衛門様は、『本陣』へ強く要望した。
その要望は入れられ、『花輪彦左衛門隊』は八丁沖を『大川市左衛門隊』『千本木林吉隊』に次いで渡る事になった。
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午後十時
長岡藩兵は、八丁沖に到着した。
『新政府軍陣営』は長岡北方の一要害地点である八丁沖を、遠く取り囲むように置かれていた。
『旧幕府軍』の攻撃を、憂慮していたのだった。
篝火は煌々と焚かれ、遠くから見ると、まるで地上に輝く星々のようであった。
八丁沖は連日の雨により、海の様に深く暗かった。
空は黒、周りは星、目の前は海、その中を長岡藩兵は進もうとしていた。
『恐怖』
それは、一切感じなかった。
ただただ長岡城奪還の為、長岡藩兵は前進するだけだった。
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七月二十五日(9月11日)
午前零時
鬼頭熊次郎様、森田金彌様、武田三四郎様、花輪豹之助様、増井由之助様達、十名の『前哨兵』が八丁沖を先行する事になった。
その中でも、鬼頭様の存在は何よりも重要であった。
≪八丁沖渡河作戦≫には、鬼頭様の経験と知識が必要不可欠だった。
いや。
それがなければ、この作戦は成り立たなかった。
数日前、継兄さんは鬼頭様に四、五人を連れて八丁沖へ向かわせた。
継兄さんは長岡藩兵達が無事に八丁沖を渡る事が出来るように、前もって『道』を作らせていた。
八丁沖に到着した鬼頭様達は、刀を持ちながら『新政府軍』前の蘆の中を匍匐して進んだ。
そして川の浅い所は草や土で埋め、深い所は桟橋を架して『道』を作っていった。
近くには、『新政府軍』が待機していた。
見つかれば、殺される可能性が高かった。
そんな中、鬼頭様達は八丁沖周辺の『新政府軍』に気付かれないよう付近の農民の力も借りながら、向こう岸に達するまでの『道』を四夜を費やして完成させた。
戻って来た鬼頭様達は疲労の為にやつれ、髭も伸ばし放題、軍服も泥まみれであった。
継兄さんは、鬼頭様が貧しい家計を助ける為にいつも八丁沖へ魚釣りに行っている事を知っていた。
そして、私もそれを知っていた。
三年前、私は八丁沖で魚釣りをする鬼頭様とお話しした事があった。
その時、鬼頭様は『八丁沖の重要さ』を私に話した。
『八丁沖は、『天然の要塞』だと言う事は知っているだろう?
しかし戦に勝つ為に、敵は八丁沖を渡る『方法』を見つけるかもしれない。
常人では考え付かない『方法』で、死に物狂いで八丁沖を渡って来るかもしれない。
それが、『奇襲攻撃』だ。
予期しない攻撃に、長岡藩は混乱する。
長岡藩の守備は遅れ、反撃する余裕がなくなる。
多くの犠牲が出る。
長岡藩は、恐怖心や失望感、不安感、脱力感に苛まれる。
そうならない為にも、敵が八丁沖から攻撃を仕掛けて来る前に、我々が先に攻撃を仕掛けるのだ。
『八丁沖は底なし沼だから、渡る事は不可能だ。
危険だ』
と言う固定概念を取り去る。
取り去る為に、八丁沖の中でも渡る事が『可能』な場所を探す。
渡る事が『可能』であると言う、『事実』を探す。
そして、それを見つけた後、敵が考え付かないような、『不可能』と考えられる作戦を実行する。
俺の『役割』は八丁沖を熟知し、渡る事が『可能』な場所を知っておく事だ。
だから俺は八丁沖を知り、城を守る為にいつも此処を訪れ、魚釣りに来るのだ』
私は、思った。
『とうとう・・・八丁沖での鬼頭様の経験と知識が生かされる時が来たのだ・・・』
私は今正に八丁沖へ向かおうとする鬼頭様に急いで近づき、小さな声で言った。
「鬼頭様!!
お気をつけて!!」
私の方を見た鬼頭様は、とても驚いた顔をした。
私が『此処』にいる事が、信じられなかったのだろう。
でも、その事に鬼頭様は何も触れなかった。
そして、優しく答えてくれた。
「ああ・・・。
有難う・・・。
やっと・・・自分の『役割』を果たす事が出来る時が来た・・・」
「・・・」
「私の今までの経験や知識を全て使い、必ず長岡城奪還を実現してみせる!!」
鬼頭様はそう言って、私の頭を大きな手の平で優しく撫でてくれた。
鬼頭様の手は、とても優しく暖かかった。
そして、鬼頭様はゆっくりゆっくりと足を引き摺りながら八丁沖へと向かった。
『前哨兵』十名は≪八丁沖渡河作戦≫先導として、全軍を誘導した。
「皆!!
進めーーー!!!」
夜半、長岡藩兵は次々と八丁沖に入って行き、水や蘆を掻き分けながら一列で進んで行った。
皆、無言で、慎重に、物音一つ立てずに歩いた。
私も團一郎も、それに続いた。
「あそこに、『前哨兵』が道標として付けていた『白木綿の目印』がある!!
それを頼りに、進め!!!」
「此処は、匍匐して進め!!!」
「泥土が、服にこびり付いて動き難いな・・・」
「大雨で、所々道が断絶しているぞ!!」
八丁沖渡河は、困難を極めた。
先行している隊が中央まで到着すると、其処には猿橋川があった。
其処は猿橋川の源流で、川に生える葦はおよそ一丈(約3メートル)程の高さがあった。
猿橋川では、川舟を仮の橋として利用して渡った。
深い川では半身を泥水に浸かり、足を取られながら川を越えた。
静寂の中、苦しそうな咳が聞こえて来た。
「ごほごほごほごほごほ・・・!!!」
皆、咳のする方を振り向いた。
「・・・誰だ?」
「『横田大助隊』の小林国蔵だ」
「『兵糧方』から、編入して来た・・・?」
「ああ・・・。
あいつには、喘息の持病があるからな・・・」
「ん・・・。
治まったようだな・・・。
しかし、大丈夫か・・・?
いざという時に、また咳が出始めたら・・・」
「そうだな・・・。
『新政府軍』に、気付かれなければ良いが・・・」
悪戦苦闘しながら、全隊はやっと八丁沖のほぼ真ん中まで達した。
その時、月が山の端から上って来た。
その月の光は、八丁沖の中を歩く長岡藩兵達の姿を照らし始めた。
「姿を隠せ!!
槍や鉄砲を伏せろ!!!」
次の瞬間、喇叭が鳴った。
それは、東山山麓の浦瀬村『新政府軍陣地』から鳴り響いた。
緊張が走った。
『見つかったのか!?』
皆、刀を握り締めた。
脂汗が出て来た。
固唾を呑んで、待った。
時間が、もの凄く長く感じた。
しばらくすると、音は直ぐに収まった。
その音は、番兵の篝火番交代の喇叭の音だったようだ。
「・・・気付かれた訳では・・・無いようだな・・・」
皆、安堵の溜息をついた。
すると再び、咳が聞こえて来た。
「ごほごほごほごほごほ・・・!!!」
喇叭の音が止むまで耐えていた小林様が、再び咳込み出したのだった。
小林様は咳を耐えようと、道脇の草に顔を押しつけた。
何度も何度も顔を押しつけ、我慢した。
苦しそうに涙を流しながら何度も息を吐く小林様に、何人かが介抱に向かった。
「・・・大丈夫か?
小林・・・」
大きく身体を上下させながら、小林様は苦しそうに答えた。
「・・・す・・・済まぬ・・・」
何とか耐えようとする小林様を、皆、哀れむように見つめた。
咳に苦しみながら耐えた小林様は長岡城奪還後の七月二十九日に土合村で戦死され、遺体は溝村のはずれに埋められた。
再び、月が姿を消し始めた。
「今の内に進むぞ!!
また、月が出て来る!!
足音を出すな!!
音がしないように、味方同士で注意し合え!!
道を尋ねる時も、行き先を指示する時も耳打ちして伝えろ!!!」
「おお!!!」
私は、消えゆく黄金色に輝く月を見上げた。
その月は、少し膨らんだ半月形だった。
私はその月を見つめながら、川島億次郎様の言葉思い出した。
『月は、『死後の世界』だ。
月には、亡くなった人達が住んでいる。
だから辛くなった時、耐えられなくなった時は、月を眺めると良い・・・。
そうすれば、亡くなった人達が微笑んでくれる・・・。
お前に、『生きる力』を与えてくれる』
私は、心の中で願った。
『お祖父様・・・。
お祖母様・・・。
司郎兄上・・・。
はるちゃん・・・。
皆・・・。
どうか・・・私達に『生きる力』をお貸し下さい・・・』
そう願いながら、私は急いで先行する隊に付いて行った。
すると、前を歩く團一郎が消えゆく月をじっと眺めている事に気付いた。
私は團一郎に、小さな声で聞いた。
「どうしたの・・・?
團一郎・・・?
辛いの・・・?」
すると團一郎は私の方を振り返り、優しく微笑みながら言った。
「こんなにも美しい月が昇っているのに、消える事を望んでいる自分が・・・少し悲しい・・・のです・・・」
そう言うと團一郎は、再び煌々と光っていた月の面影を見上げた。
そして、團一郎はその月の面影を見つめ続けながら力強く言った。
「以前、河井様がこんな事をおっしゃっていました。
『天に雲なく、風も止む。
月、愛すべし』」
「・・・」
「この美しい月を再び静かに愛でる事が出来るように、必ず城を取り戻しましょう・・・!!」
まるで自分に言い聞かせるように、團一郎は言った。
私も團一郎と同じ様に、月の面影を眺めながら答えた。
「うん・・・!
必ず・・・!!」
およそ一里(約4キロメートル)の八丁沖は、長蛇の列となった。
先頭と最後尾の距離は、約半里。
長く苦しい行軍だった。
生きていた中で一番過酷な行軍であったと、戊辰戦争終結後、長岡藩士達は口々に言った。
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午前二時
『先陣』の先頭にいる『大川市左衛門隊』右半隊が、上陸予定地である飛鳥村近くに到着した。
「各隊が揃ってから、突撃する!!!
皆、沼地の中に留まるように!!!」
『軍事掛』川島億次郎様がそう命じ、『後陣』が到着するまで葦の茂る沼の中で二時間程待つ事になった。
各隊の兵士が、飛鳥村、亀貝村、宮下村の北方に集結し始めた。
そして『大川市左衛門隊』右半隊は、『新政府軍陣地』から最も近い所に位置した。
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午前四時
全隊が集結すると、再び前進し始めた。
八丁沖近くにある福島村は沼に突出しており、其処には『新政府軍』の保塁があった。
長岡藩兵は『新政府軍』から二、三町(約2、300メートル)しか離れていないその村を、長い時間を掛けて通過しなければならなかった。
番兵の話し声が聞こえるほど近く、時々左右からは火の玉のような大砲も飛んで来た。
保塁では多くの篝火や松明が揺れていて、喇叭音も鳴り響いていた。
長岡藩兵は極度の緊張の為、疲労困憊だった。
その時、『本陣』から進撃命令が出た。
「進めーーーー!!!」
『先陣』の『大川市左衛門隊』と『千本木林吉隊』が、静かに進撃を再開した。
『千本木林吉隊・隊長』千本木林吉様は、この時、三十歳だった。
藩校『崇徳館』出身の秀才で、長岡城下『三盃池』に出る妖怪を討ち取ったと言う名門・千本木源太兵衛様の子孫だった。
御先祖様同様、千本木様も豪傑であった。
また洋楽も学んでいて、号令を掛ける事が得意であった。
長岡城再落城後、千本木様は八十里越をして会津へ向かい、慶応四年九月八日、会津城下の『飯寺』で戦死された。
千本木様は、叫んだ。
「進めーーーーーー!!!」
闇に紛れ、湖面を匍匐するように長岡藩兵達は前進した。
各隊が、作戦通り散らばった。
沼から上がると、目の前に『新政府軍陣地』が見えた。
『新政府軍陣地』前には、多数の篝火が焚かれていた。
二人の篝火番は長岡藩兵の奇襲に気付き、叫んだ。
「『旧幕府軍』だーーー!!」
二人は叫びながら逃げようとしたが、直ぐに長岡藩『前哨兵』によって捕らえられた。
そして、長岡藩兵によって二人は尋問された。
「保塁内の兵は、多いのか!?
少ないのか!?」
「・・・・・・・・・」
篝火番はガタガタ震え、怯えて声が出なかった。
長岡藩兵は怒りを覚え、怒気を込めて叫んだ。
「答えよ!!!」
そう言うと長岡藩兵は刀を抜き、篝火番の首に白刀を突きつけた。
篝火番は、更に震えた。
それを見兼ねた他の長岡藩兵が、怒る仲間を宥めた。
「そのように脅しては、話したくとも話せまい・・・。
見たところ、村の人間のようだ・・・。
恐らく、『新政府軍』に徴用されたのだろう・・・」
すると篝火番は少し安心したのか、ゆっくりと話し始めた。
「へ・・・へえ・・・。
か・・・篝火番のほとんどは・・・村の者です・・・。
だから・・・詳しいことは・・・知らないのでございます・・・。
どうか・・・。
どうか・・・お許し下さい・・・」
長岡藩兵は、優しく聞いた。
「では、知っている事だけでも教えてもらいたい。
何を言っても、お前達に危害を加えるつもりはない」
信用したのか、辿々しく篝火番は答えた。
「ほ・・・保塁の中は十数名ですが、隣村の宮下の保塁の兵は多うございます・・・」
それを聞いた長岡藩兵は、微笑みながら篝火番に言った。
「そうか・・・。
良く話してくれた。
感謝する。
では、もう村へ帰れ」
「へ・・・へえ・・・。
有り難うございます!!」
そう言って、二人は村の方へ走って行った。
二人が走り去った後、他の長岡藩兵達が叫び始めた。
「保塁の中の兵が少ないのなら、一気に攻め込もう!!」
「待て!!
『軍令』では、命令があるまで当方から発砲する事を禁じている!!」
「そのような事を、言っている場合ではない!!」
「『本陣』は、現状を知らない!!
何事も、臨機応変に対応すべきだ!!!」
「機を逸しては、取り返しのつかない事になる!!!」
しばらく議論したが、数人の長岡藩兵達の制止を聞かず、血気に逸る『大川市左衛門隊』『千本木林吉隊』は怒濤の如く『新政府軍』保塁に突っ込んで行き、攻撃を開始した。
「『旧幕府軍』だーーー!!」
長岡藩兵の急進撃に気付いた『新政府軍』は、絶叫しながら鉄砲を乱射して逃げ出した。
逃げようとする『新政府軍』は槍の穂先に突き刺され、刃によって首と胴が離れた。
『新政府軍』保塁の中にいた十余名の『新政府軍』の内、逃げ出せたのは数名だけだった。
『新政府軍』保塁を占領した後、『大川市左衛門隊』は直ぐに宮下村へ向かい、農家に火を放ちながら進んだ。
この火を見た東山山麓の田井村『旧幕府軍陣営』や栃尾の古城址からも、それに応えるように次々と狼煙が上がった。
各地から上がる火を機に、越後平野に砲声が一斉に鳴り響いた。
『ドオーーーーン!!!』
『ドオーーーーン!!!』
『ドオーーーーン!!!』
福井村に向かった長岡藩『砲兵隊』も、元込四斤旋條砲を三時間に六百発を大黒村『新政府軍陣地』へと撃ち込んだ。
『ドオーーーーン!!!』
『ドオーーーーン!!!』
『ドオーーーーン!!!』
一方、『千本木林吉隊』は宮下村の保塁にいる龍岡藩兵(長野)を攻撃した。
突然の襲撃に、龍岡藩兵は叫びながら右往左往した。
保塁の中では龍岡藩の指揮者が声を張り上げて兵を励まし、銃列を組んで応戦した。
「落ち着けーーー!!」
「反撃しろーーー!!!」
しかし龍岡藩兵は長岡藩の攻撃に耐えきれず、とうとう保塁を捨てて敗走した。
龍岡藩兵は東山方面や畦道を通って南へ、ばらばらになって逃げて行った。
龍岡藩兵が逃げた後、宮下村に到着した大川市左衛門様は叫んだ。
「宮下村には『千本木林吉隊』だけが残り、それ以外の全ての長岡藩兵は長岡城を目指せ!!!
『千本木林吉隊』は逃走した『新政府軍』と東山山麓にいる『新政府軍』が合兵し、攻撃して来た場合に対処するように!!」
残った『千本木林吉隊』は、取り敢えず飛鳥村まで引き下がった。
そして飛鳥村側に簡単な保塁を造ったり、木々や窪地に隠れ、浦瀬村、宮路村の方から襲来するであろう『新政府軍』に備えた。
『千本木林吉隊』を残したのには、理由があった。
以前、長岡藩兵の一部が今回と同様八丁沖を渡って福島村の『新政府軍』保塁を襲った事があった。
しかし、この時は小規模であったので、奪った保塁に十分な兵を残さなかった。
その為、援兵として駆けつけて来た『新政府軍』の攻撃によって結局破れ、折角奪った保塁を再び奪われてしまったのだった。
今回の≪八丁沖渡河作戦≫は、この時の教訓を生かした作戦であった。
『万全を期する為にも、念には念を入れる』
『同じ轍を踏まない』
それと同時に、不安もあった。
『再び、保塁を奪われはしないか・・・?』
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七月二十五日の『総攻撃』に備えて、『新政府軍』は前線へ兵を出動させていた。
その為、長岡城下の守りは手薄になった。
『総攻撃』に備えて飛鳥村に布陣していた薩摩藩『十三番隊』は、保塁で熟睡していたところを長岡藩兵に襲われた。
長岡藩の攻撃は凄まじく、『新政府軍・軍監』牧野正之進と『小頭』川上休右衛門が死んだ。
指揮官を失った薩摩藩『十三番隊』は怖気づき、長岡城下や北方にある福島村へと逃走し始めた。
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各陣場や保塁にいた『新政府軍』は、長岡藩の突然の攻撃に驚いた。
「何だ!?
何が起こった!?」
「『新政府軍』の攻撃が、始まったのではないか?」
『新政府軍』は、自分達の『総攻撃』が始まったと信じて疑わなかった。
しかし、それが長岡藩による攻撃と後で知り、狼狽した。
大黒新田、筒場、十二潟の各村に台場を築いて、一ヶ月以上も『旧幕府軍』と戦っていた『新政府軍』もそうだった。
「何時まで、このような状態が続くのだろう・・・」
「ああ・・・。
目の前の湿田には、まだ遺体がそのままだ・・・」
「早く弔ってやりたい・・・」
「ん・・・?
後方から、大砲の音が聞こえるぞ・・・?」
「もしかしたら、『新政府軍の総攻撃』が始まったのか!?」
「いや・・・。
早過ぎる・・・。
もしや、『旧幕府軍の攻撃』か!?」
「まさか・・・」
「いや・・・。
そう言えば・・・以前も『旧幕府軍』が薙ぎ倒された稲田の上を匍匐して近づき、突然襲って来た事があったな・・・」
「ああ・・・。
あの時は、小規模だったから防ぐ事が出来たが・・・」
その時、『伝騎』が走って来た。
『伝騎』は、叫んだ。
「『旧幕府軍』が、攻撃して来た!!!」
その言葉を聞いた『新政府軍』は驚愕し、叫んだ。
「やはり、『旧幕府軍』の攻撃だったのか!?
しまった!!!
逃げろ!!!!」
大黒と隣村の福井は、数丁も離れていなかった。
両村の間には湿田が広がっており、その空を弾丸が飛び交っていた。
その中を、『新政府軍』は逃げ回った。
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≪八丁沖渡河作戦≫の最中、間者として捕らわれていた長岡藩の人間が殺された。
『本陣』に息急き切って走って入って来た長岡藩兵が、継兄さんの前に現れ、叫んだ。
「河井様!!」
継兄さんは長岡藩兵に近づき、聞いた。
「どうした!?」
長岡藩兵は苦しそうに息をしながら、答えた。
「間者として加賀藩に捕らえられていた長岡藩兵が、惨殺されました!!」
「何!?
誰だ!?」
「三名で、山本四兵衛、『給人大工』坂田与三八、それに平林貞治です!!
三名は長岡城下で捕らえられた後、長岡藩の囚獄に入れられ拷問を受けていたようです!!」
「・・・!!」
「しかし三名は最期まで間者だと認めず、業を煮やした加賀藩兵は三名を独断で斬首したそうです!!」
「・・・!!」
「平林は尋問されている最中に戦が激しくなり、焦った加賀藩兵が斬ったと言われておりますが・・・!!
もう一つ、噂があります!!」
「噂!?
何だ!?」
「森立峠へ一人偵察に行った途中に信州の藩兵によって捕らえられた平林は、拷問の末に殺されたそうです!!」
「・・・!!」
「鉢巻で額に燃える蝋燭を縛りつけられ、その火が消えたと同時に平林は斬られたそうです!!」
「・・・!!!」
「それと・・・三名以外にも殺された者達が・・・!!」
「まだ・・・殺された者がいるのか!?」
「はい・・・!!
『新政府軍』の目を盗んで長岡城下の様子を伝えていた領民や、牧野家の『再興』を願い出た長岡藩領『上組の曲方村・庄屋』野口伊左衛門も斬られました!!」
「領民までも・・・!!」
「野口は密かに庄屋達に同志を募り、『藩主』牧野忠訓様の義弟であらせられる鋭橘様を後継者とし、長岡藩の存続を願い出ました!!
しかし容れられず、却って内応者として捕縛され斬首されました!!」
それを聞くと、継兄さんは悔しそうに、悲しそうに叫んだ。
「・・・何と言う・・・惨い事を・・・!!
戦とは言え、領民にまでそのような仕打ちをして良いはずが無い!!
決して許さぬ!!
死んでいった者達の死は、決して無駄にはせぬ!!」
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『ドキューーーーーーン!!』
『ドキューーーーーーン!!』
『ドキューーーーーーン!!』
『ドキューーーーーーン!!』
『ドキューーーーーーン!!』
銃声が、鳴り響いた。
暗闇に、火花が散った。
夜が、一気に昼間になった。
『殺せ!!!』
『殺せ!!!』
と言う声が、辺り一面に谺した。
軍の最後尾にいた私と團一郎にも、戦闘が始まったのだと直ぐに分かった。
私達も遅れまいと、急いで八丁沖の中を歩いた。
泥濘に足を取られながら、私達はやっとの事で陸上に上がった。
そして、ある程度泥を落とした後、私達は走り出した。
しばらく走ると、沢山の遺体が横たわっているのを見つけた。
それは八丁沖から上がって来た長岡藩兵や、それに対抗した『新政府軍』だった。
私は出来るだけそれらの遺体から目を逸らしながら、走った。
すると私の目の中に、両足が内側に曲がって倒れている人が入って来た。
一目見て、私はその人が誰であるのか分かった。
「鬼頭様!!!」
私と團一郎は、倒れている鬼頭様に走り寄った。
私達が近付いても、鬼頭様はピクリとも動かなかった。
身体をゆすっても、名前を大声で呼んでも、『応え』は返って来なかった。
鬼頭様の身体からは、ただただ温かい血がドクドクと流れるだけだった。
それが、『応え』だった。
鬼頭様は、既に死んでいた。
鬼頭様の『死』は、まるで『役割』を果たしきったかのような『突然の死』だった。
私は、その場に座り込んだ。
また、人が死んだ・・・。
親しい人が、また死んだ・・・。
私の耳の中には、何も入って来なかった。
銃声も、叫び声も、聞こえなかった。
ただただ、茫然と鬼頭様を見つめる事しか出来なかった。
私は、動かなくなった鬼頭様を見つめ続けた。
鬼頭様は背に最新式の銃を背負い、手に刀を持って倒れていた。
『銃を使うな』と言う継兄さんの命令を、鬼頭様は最期まで守り通したのだ。
生真面目な、鬼頭様らしい姿だと思った。
私は、鬼頭様が私に見せた
『悲しそうな顔』
『嬉しそうな顔』
『辛そうな顔』
『力強い顔』
を思い出した。
そして最後に話した時、鬼頭様はとても
『誇らしげな顔』
をしていた。
鬼頭様は
『此処で死んで』
『死ぬ事が出来て』
『幸せ』
なのだろうか?
鬼頭様は今まで、
『幸せだった』
のだろうか・・・?
「姉上・・・。
鬼頭様の顔を、見て下さい・・・」
座り込む私の肩に手を掛けながら、團一郎は優しく呟いた。
私は團一郎に言われた通り、鬼頭様の顔を見た。
鬼頭様の顔は、兄上や伊東様と『同じ顔』をしていた。
『役割』を果たす事が出来、満足しているような、そんな顔だった。
團一郎は、鬼頭様の顔を眺めながら続けた。
「鬼頭様は、とても『安らかな顔』をしています」
「・・・」
「鬼頭様は、自分の死を『覚悟』されていたのでしょう・・・。
だから、こんなにも『綺麗な顔』をしているのかもしれません・・・」
鬼頭様は、死を『覚悟』していた・・・。
私はこの時、『常在戦場』と言う言葉を思い出した。
かつて鬼頭様は『常在戦場』について、こんな事を言っていた。
『生死を選ぶ時に死を選べ』と言う言葉は、
『死を覚悟して事に臨めば、見苦しい生き方をしない』
『誇りを持って生きる事が出来る』
『潔く生きる事が出来る』
と言う事だ。
その為にも、常に『死を覚悟して生きろ』と言う事だ。
その『死ぬ覚悟』とは、『死ぬ為の死ぬ覚悟』ではなく、
『生きる為の死ぬ覚悟』
だ。
『生きる為の死ぬ覚悟』を持つ事が、生きる事に繋がる。
『生きる為の死ぬ覚悟』を持つ事が、『武士の本懐』である。
それが、『武士道』であると言う事だ』
『『死ぬ覚悟をした人』は、
『生きても』『死んでも』、その生き方は賛美される。
『生きても』『死んでも』、その名は語り継がれる。
『生きても』『死んでも』、その人は永遠に生き続ける』
鬼頭様は、『生きる為の死ぬ覚悟』をしていた。
しかし、鬼頭様は死んでしまった。
ただ死んだ鬼頭様の顔は、とても『安らかな顔』をしている。
鬼頭様は死をも『覚悟』していたから、とても『綺麗な顔』をしているのだ。
鬼頭様は死んでしまったけれど、鬼頭様の生き様も死も永遠に生き続けるのだ。
でも自分の死を『覚悟』し、自分の『役割』を鬼頭様のように受け入れて死ぬ事が出来る人が、どれ程いるのだろうか?
私は今まで、多くの『死』を見て来た。
その人達の顔は、苦痛の表情であったり、微笑んでいたり、自分が死んだ事さえも気付いていないようでもあった。
鬼頭様のように『安らかな顔』をしている人の方が、少なかった。
私は、鬼頭様の亡骸の近くに横たわる『新政府軍』兵士の顔を見た。
その顔は、醜く歪んでいた。
鬼頭様と『新政府軍』の表情は、全く違っていた。
それが、鬼頭様と『新政府軍』の『覚悟の違い』なのかもしれない。
鬼頭様は死を予期し、死を『覚悟』し、この≪八丁沖渡河作戦≫の『前哨兵』としての『役割』を果たした。
だからこそ、こんなにも『綺麗な顔』をしているのだろう・・・。
「さあ・・・。
姉上・・・。
もう行きましょう・・・。
私達には私達の、『為すべき事』があります」
そう言って團一郎は鬼頭様の遺体に手を合わせ、座り込む私の手をとった。
私は、立ち上がった。
しかし、その場を離れたくなかった。
私は、鬼頭様を見続けた。
鬼頭様は、『役割』を終えて死んだ。
鬼頭様の近くに横たわる『新政府軍』も、『役割』を果たして死んだ。
でももし、清八郎様が言ったように『役割』を果たした時に人が死ぬのなら、鬼頭様の『役割』は
『八丁沖渡河作戦を成功に導く事』
だったのだろうか?
私は、鬼頭様の曲がった両足を見た。
かつて鬼頭様は、こう言っていた。
『俺の足はこのような形になってしまったが、俺はそれを今まで恨んだ事は無い。
家族が幸せになるのなら、それで良いのだ。
それが俺の選んだ『運命』であり、俺の『役割』でもあるのだ』
『俺は出来ればこの美しい八丁沖を戦に利用されたくないし、汚されたくない。
だが藩や家族を守る為に俺の経験や知識が必要な時が来れば、俺は必ずそれを活かす。
その為に俺の足はこんな形になってしまったが、俺はそれを自分が変えた『運命』だと思っている。
俺の足は俺が変えた『運命』の証拠であり、誇りでもある。
だから、俺は決して気の毒ではないのだよ・・・』
鬼頭様は、『家族を養う事』も自分の『役割』だと言っていた。
もしかしたら、人の『役割』は『一人に一つ』ではないのかもしれない。
人には『幾つもの役割』があって、その『幾つもの役割』は、『本当の役割』の為のものなのかもしれない。
そして、その『本当の役割』を果たした時にこそ、人は『死ぬ』のかもしれない。
その『本当の役割』は、『死んだ時に初めて知る』のかもしれない。
私は、もう一度『新政府軍』兵士の顔を見た。
彼は自分が死んだ事さえも、気付いていないようだった。
自分の『本当の役割』も、知らないようだった。
もしかしたら自分が死んでも、自分自身の『本当の役割を知らずに死ぬ』事もあるのかもしれない。
そしてその場合、死んだ後に、その人の『本当の役割』は『他の人』によって知られるのかもしれない。
もしかしたら私の『本当の役割』は、私が思っている『役割』とは『違う』のかもしれない。
では私の『本当の役割』とは、一体『何』なのだろうか?
私は最期に、自分の『本当の役割』を知る事が出来るのだろうか?
私は『役割』を果たしきった時、鬼頭様達と同じ顔をして『死ぬ』事が出来るのだろうか?
私も『本当の役割』を果たしきった時、こんなにも『安らかな顔』で『死ぬ』事が出来るだろうか?
私は再び、鬼頭様の顔を見つめた。
鬼頭様の『綺麗な顔』を・・・。
私はその顔を見て、鬼頭様を『羨ましい』と思った。
『私も、こんな顔をして死ぬ事が出来れば・・・』
しばらく見つめた後、私は鬼頭様の遺体に手を合わせた。
そして、團一郎と共に再び長岡城を目指して走って行った。




