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むつの花  作者: 野口 ゆき
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六つの花 『七.反撃』

七月二十六日(9月12日)


早朝


長岡藩『営造方(えいぞうがた)弾薬司(だんやくし)長谷川健左衛門(はせがわけんざえもん)様は数人の部下を率いて見附(みつけ)『本営』を出発し、長岡城内の『三の丸』に入った。


「『新政府軍』から奪った兵器類は、どれ程ある!?」


「大砲百二十門、弾薬二千五百余箱、小銃器械糧食も沢山ございます!

大黒(だいこく)十二潟(じゅうにがた)方面に遺棄した武器も、数多くあると思われます!!

他にも、長岡城とその周辺に『新政府軍』の兵器が散乱しております!!」


それを聞いた長谷川様は、昼食も食べずに直ぐに隊士達に命じた。


「では此処にある兵器全てに一点一点荷札を付け、帳付をしろ!!」


その時、『営造方』の兵士が長谷川様の許へ来た。


「長谷川様!!」

「何だ!?」

「大量の衣類を、発見致しました!!

これで冬期の軍服を作れば、長岡藩兵だけでなく『旧幕府軍』の諸兵にも供給する事が出来ると思われます!!」

「おお!!

これで、冬での戦にも持ち堪える事が出来るぞ!!」

この報告に、皆歓喜した。


『冬まで持ち堪える事が出来れば、戦に勝てるかもしれない』


勝機が、見えた。


だが長岡藩は『新政府軍』から多くの武器を奪ったにも拘らず、それらを活かしきれなかった。


(つぎ)兄さんの作戦では、長岡藩兵を中心とする『旧幕府軍』が信濃川(しなのがわ)を渡河し、関原(せきはら)の『新政府軍本営』を襲撃するはずだった。

しかし長岡藩兵は長岡城奪還に精根尽き果て疲労困憊であった為、この作戦を実行する事が出来なかった。

この時、敗走した『新政府軍』の多くは『新政府軍本営』に留まってはいたが、兵器や弾薬を持つ者は少なかった。

もし『旧幕府軍』がこの時一気に攻めていれば、『新政府軍』は防ぐ事が出来ずに瓦解したのかもしれない。

『旧幕府軍』が『新政府軍』を追撃せず大砲銃の投入をしなかった為に、『新政府軍』に反撃の時間を与えてしまった。


この頃、ある『新政府軍』の兵が『新政府軍・参謀(さんぼう)山県狂介(やまがたきょうすけ)に進言した。


柏崎(かしわざき)高田(たかだ)まで遁走し、其処で補給してから再び城を奪い返しましょう!!」


しかし、山県は首を縦に振らなかった。

「反撃は無理だ!!!

武器が足りない!!」

「しかし!!」

「今のまま反撃しても、必ず返り討ちに遭う!!!

一つの所だけを守って失うのは、他の全てを失う事になり兼ねない!!!」

「では、どうすれば!?」

山県は少し考え、そして力強く答えた。

「直ぐに、加賀(かが)藩兵ら北陸諸藩に供出させろ!!

『ミニエ―ル銃』『四斥施條砲(よんせきしじょうほう)』数万、弾薬数万発、『ミニへールハトロン』を六十万発を出させろ!!!」


_____________________________________



七月二十七日(9月13日)


「火だーーー!!!」


夜明け前、長岡城下から三国街道(みくにかいどう)沿いの蛇山村(へびやまむら)十日町村(とおかまちむら)から炎が立つのが見えた。


「『新政府軍』か!?」

「直ぐに戦闘準備しろ!!

『新政府軍』を、駆逐せよ!!」


この火は、長州(ちょうしゅう)藩『振武(しんぶ)一番隊士』による放火だった。

竹本多門(たけもとたもん)率いる『振武一番隊』は気性が荒く、死を恐れない勇猛な隊であった。

『振武一番隊』は関原の『新政府軍本営』から信濃川を渡り、農家に次々と放火して回った。

 

十日町村の農民が、摂田屋(せったや)の『旧幕府軍本陣』に駆け込んで来た。


「『新政府軍』が、蛇山村と十日町に侵入して来ております!!!

村に火を付け回っております!!

どうか、お助け下さい!!!」 


摂田屋の『旧幕府軍本陣』には、米沢(よねざわ)藩『参謀』甘糟継成(あまかすつぐしげ)備後(びんご))様、そして会津(あいづ)藩と長岡藩の諸将がいた。

甘糟様達米沢藩兵は、負傷した継兄さんの代わりに陣頭指揮を執ろうとしていた。

それを、他の『旧幕府軍』諸将は快く思っていなかった。

長岡藩も、同じように思っていた。

長岡藩『銃卒(じゅうそつ)隊長』望月(もちづき)忠之丞(ちゅうのじょう)様は、長岡藩『銃士(じゅうし)隊長』花輪彦左衛門(はなわひこざえもん)様に囁いた。


「米沢藩の奴輩に、一体何が出来るのでしょうか?

河井様は、『我ら長岡藩自ら決死防戦し、故城を守るべし』と言われた。

米沢藩になど任せず、陣頭指揮は我らがやるべきではないのでしょうか!?」

花輪様も、上座に座り偉そうに指図する米沢藩の諸将を睨みながら答えた。

「そうだな・・・。

我らが率先して、防戦しなければならない!!」

そう二人が話している時、『伝令(でんれい)』が『旧幕府軍本陣』に入って来た。

「申し上げます!!

東南の東山山麓(ひがしやまさんろく)に、『新政府軍』が出没しております!!」

それを聞いた甘糟様は、大声で叫んだ。

「東山山麓にも!?

これ以上、『新政府軍』の侵入を許してはならない!!

進撃するぞ!!!

『花輪彦左衛門隊』『望月忠之丞隊』、会津藩『朱雀(すざく)四番足軽隊(あしがるたい)』は十日町村へ出撃!!

米沢藩『与板衆(よいたしゅう)温井(ぬくい)隊』『与板衆・小幡(おばた)隊』『与板衆・高野(たかの)隊』は、村松村(むらまつむら)へ向かえ!!」


様々な思惑の中、命令通りそれぞれが出陣して行った。


『花輪彦左衛門隊』達が十日町村に到着すると、激しい炎の柱が立っていた。

そして、家の間から長州藩兵が見え隠れしていた。


「家や木を盾に、銃撃を開始せよ!!」


『バキューーーーーーン』

       『バキューーーーーーン』

              『バキューーーーーーン』


長岡藩兵の突然の銃撃により、長州藩兵は浮き足だった。

しかし、長州藩兵は直ぐに迎撃態勢についた。

そんな中、一発の銃が長州藩『振武一番隊・隊長』竹本多門の身体を貫いた。


『バキューーーーーーーーーーーーーーン』


「竹本様!!」


倒れた竹本は、その後ピクリとも動かなかった。

竹本は、即死だった。


その後、長州藩兵は『旧幕府軍』に押されて蛇山村まで逃走し、『旧幕府軍』はそれを追って行った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


一方、松村村に向かった米沢藩兵が村に着くと、其処には『新政府軍』の姿は見当たらなかった。


「『新政府軍』が・・・いない・・・。

どう言う事だ・・・?」

「庄屋の金子政之進(かねこまさのしん)なら、知っているかもしれない・・・」


金子政之進を尋問しに、米沢藩兵は金子宅へと向かった。

家の中には、金子政之進本人がいた。


「此処に、『新政府軍』の兵がいなかったか!?」


金子政之進は、震えながら答えた。

「今朝まで・・・『新政府軍』の兵が宿を借りていました・・・」

「何故、今はいない!!

何処へ行った!?」

「は・・・はい!!

会津藩兵様と米沢藩『雷撃隊(らいげきたい)』様達が村に攻めて来られたのを見て、逃げたようでございます!!

どこへ行ったかは・・・分かりませぬ・・・!!」

その時、『斥候(せっこう)』が走って来た。

「村の南端の太田川(おおたがわ)対岸に、『新政府軍』がまだいるようです!」

「何!?

では、急ぎ向かうぞ!!」

「お・・・お待ち下さい!!」

金子政之進が、止めた。

「何だ!?」

「『新政府軍』が恐ろしく宿を貸しは致しましたが、私たちは、決して、『旧幕府軍』を裏切ったわけではございません!!

微力ながら、我ら村人もお手伝いさせて下さい!!!」

米沢藩兵は、その言葉を俄かには信じられなかった。

しかし金子政之進の真剣な眼差しは、信じるに足ると思った。

「分かった!!

頼む!!」

そう言うと、全軍が太田川へ急行した。


しばらくすると、背後から法螺(ほら)の音と叫び声が聞こえて来た。


「村人が、法螺を吹いてくれているのか・・・。

喚声も聞こえて来る・・・。

よし!!

我らは、彼らの声援に応えねばならぬ!!」


米沢藩兵は村松村の小山にある『洞照寺(どうしょうじ)』門前で、『新政府軍』の最後尾を見つけた。


「『新政府軍』だ!!

斬れ斬れ斬れ斬れ斬れーーーーーーーーーー!!!」


この戦いで一緒に戦っていた会津藩兵二人が斬られ、『新政府軍』の兵三人が首を取られた。


_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _



長岡藩領の上組(かみぐみ)北組(きたぐみ)の庄屋や組頭達が、続々と『長岡藩本陣』を訪れて来た。


「お城のお取り返し、おめでとうございます!!」


多くの庄屋は早く祝辞を述べたいと考え、着の身着のまま駆けつけて来たのだった。

祝勝の言葉と共に、御餅を持って来た者もいた。

自分達も焼け出され、辛い境遇に陥ったにも拘らず、彼らは駆けつけて来てくれた。


そんな中、羽織を羽織って長岡藩兵の前に現れた人がいた。

その人は、『検断職(けんだんしょく)太刀川佐次兵衛門(たちかわさじえもん)だった。

佐次兵衛門は、喜びを込めて言った。


「この度は長岡様のお取り返し、祝勝でござりまする!!」


佐次兵衛門の喜びの言葉に、『軍事掛(ぐんじがかり)花輪求馬(はなわもとめ)様は複雑な気持ちであった。

長岡町人の重鎮のほとんどが顔を見せない中、佐次兵衛門達は祝勝に来た。


『町を燃やした自分達を、怨んでいないはずはないのに・・・』


花輪様は、町の人々に非道い事をした自分達に対して祝辞を述べる佐次兵衛門達に感謝した。

そして、重い口調で申し訳なさそうに答えた。


「・・・向後も、よしなに・・・」


そして、溢れ出て来た涙を拭いながら呟いた。


「有難う・・・」


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長岡城奪還の喜びに沸く長岡藩兵がいる城内は、騒がしかった。


「おお!!

見附の『本営』から、ようやく大砲や銃が搬送されて来たようだ!!」

「『営造方』『弾薬方』の藩兵は、忙しそうだな・・・」

「『人夫(にんぷ)』も、続々と城内に荷物を運び入れて来ている!!」

「荷物が、入りきらないのではないか?」

「心配無い!!

仮小屋が建てられたと聞いたぞ!!」

「そうか・・・!!

籠城の準備が、着々と進んでいるな・・・!!!」

「・・・ん?

誰か、叫んでいるのか・・・?」

「ああ・・・。

あそこの様だな・・・。

あれは・・・『勘定方』か?

行ってみよう!!」

「ああ!!!」


『勘定方』が、集まって来た長岡藩兵に向かって叫んでいた。


「全長岡藩兵に、これから『新政府軍』から分捕った金を配る!!

小判と一分銀で、三両(約30万円)だ!!」


『勘定方』のこの言葉に、長岡藩兵達は歓喜した。


「おお!!!

これは有りがたい!!!

潜伏している家族へ渡そう!!!」

「だが自らは行けぬから、誰かに託すしかないな・・・」

「この金で、世話になっている者達に少しでも『恩返し』をしなければ!!」


祝勝金を受け取った後、吉田権之助(よしだごんのすけ)様はそのお金を嬉しそうに見つめ、握り締めていた。

その様子に気付いた他の長岡藩兵が、吉田様に話し掛けた。

「吉田殿は、その祝勝金をどうするおつもりだ?」

それに対し吉田様は、にっこり微笑みながら答えた。

「私はこれから屋敷跡に戻って、家族に渡したいと思っております。

それと家財を預けていた四郎丸村(しろうまるむら)忠左衛門(ちゅうざえもん)や、放火で家を失った人達にも贈るつもりです・・・」

「それは、喜ばれるでしょう・・・。

少しでも、『恩返し』出来れば良いですね・・・」

「ええ・・・。

では行ってきます」


そう言って、吉田様は嬉しそうに駆けて行った。


_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _



川崎口(かわさきぐち)の守衛を命じられていた『横田大助(よこただいすけ)隊(旧『牧野八左衛門(まきのはちざえもん)隊』)』は、隊長以外足軽(あしがる)であった。

『横田大助隊』は長岡城奪還後、『新政府軍』の反撃が無いと察して交代で家へ戻る事になった。

足軽町は、焼け残っていた。

それを見た足軽達は、喜びを隠せなかった。


「家が残っていて・・・良かった・・・!!!」


足軽の住む下足軽町のほとんどが焼け残っていたのには、理由があった。

継兄さんは、足軽達の離反を恐れていた。

だから、敢えて足軽町を燃やさないようにさせていた。


「家は残ってはいるが、建具も敷物も無いな・・・」

「雨戸や障子までも、無い・・・。

『新政府軍』が、持って行ったのだろう・・・。

それでも、家があるだけでも良い・・・」


足軽達が家の中を片付け始めると、外が急に騒がしくなってきた。


「何だ!?」


不思議に思い、外へ出た。

其処には、多くの人々が嬉しそうに立っていた。

その中には、自分達の家族もいた。


「お前達・・・無事だったのか・・・!?」


自然と互いが歩み寄り、涙を流しながら抱き合った。

「貴方も・・・ご無事で・・・!!」

「ああ!!

ああ!!

ああ!!!

良く、生き延びてくれた・・・!!

しかし、何故此処に・・・!?

皆、避難したと聞いていたが・・・?」

「長岡の侍が、長岡城を奪還したと聞いたのです。

そして、もしかしたら貴方もお戻りになっているのではと思い・・・。

ああ・・・。

会えて良かったです!!

生きていて下さって、嬉しいです!!」

「ああ!!

ああ!!」


家族との再会を喜ぶ人々で、足軽町はいっぱいになった。

また老齢の為に逃げる事が出来ず、家に留まっていた人々も見つける事が出来た足軽達は、再会に号泣した。


「先ずは、家の片付けをしよう!!」


直ぐに家族全員で、片付けに取り掛かった。

「随分と、物が無くなってしまったな・・・。

それに、家も荒れている・・・」

「そのような事は、大した事ではございません!

私達は貴方のご無事を祈りながら、不安な毎日を山中で過ごしておりました!

生まれて初めて野宿をし、雨が降る中、寒さに耐え続けました!

あんなに辛い事は、ありませんでした!

それに比べれば、このような事何の苦でもありません!!

こうして家族でもう一度会う事が出来、再び一緒に暮らせるのですから!!

それ以上に、喜ばしい事はございません!!!」

「そうか・・・。

そうか・・・!

苦労を掛けたな・・・!

しかし、それも今日までだ!!

今日から、今まで通りの生活が始まる!!

お城は、我々の手に再び戻って来た!!

一日でも早く普段の生活に戻る為にも、力を合わせて家を元通りにしよう!!

もう直ぐ、厳しい冬も来るだろうから・・・!!!」

「はい!!!」

そして皆で力を合わせて古板や(わら)(むしろ)を集めて穴の空いた床に敷き、少しでも住居らしくするようにした。

一通り家の片付けが終わり、昼時になった。

「そろそろ、昼飯にしよう。

『本陣』から米を貰っているから、これを皆で食べよう」

「では、用意して参ります!」

しばらくして、炊き立てのご飯が家族の前に運ばれて来た。

手を合わせ、こうやって家族と共に再びご飯を食べる事が出来る事を感謝して言った。

「頂きます!!!」

そして、一口食べてみた。

「?」

皆、怪訝そうな表情を浮かべた。

「変な味がするな・・・。

この米は・・・。

『新政府軍』から、奪ったものだと聞いているが・・・」

「それにしても、(かび)臭いですね・・・。

古いお米のような・・・味が・・・しますけど・・・」

「・・・もしかしたら、これは長岡藩が十数年備蓄していた米なのかもしれぬ・・・」

「え!?

でも、何故わざわざ『新政府軍』から奪ったものだと・・・」

「その方が、我々の士気が上がると思っての事だろう・・・。

『新政府軍』を倒したと言う自信が、我々を強くするからな・・・。

全く・・・こんなに臭い米、食えたものではないが・・・。

何故か・・・今まで食べた米の中で、一番美味しいと感じる・・・」

そう言って、皆涙を流しながら夢中になって食べた。


昼食後、各家に『伝令』が来た。


「皆、帰陣するように!!」


再びの別れに、皆が泣いた。


「そんなに泣くな・・・」

「でも、貴方・・・。

今度は、何時お会い出来るか・・・」

「大丈夫だ!!

四、五日もすれば元の長岡藩になる!!

その時には、今までの俺の戦い振りを話し聞かせよう!!

それまで家の事、子供達の事は任せたぞ!!!」

「はい!

・・・はい!!!

お気を・・・付けて・・・!!!」


そして、再び家族は別れ別れになった。


_____________________________________



七月二十八日(9月14日)



長岡城を奪還されて敗走した『新政府軍・参謀』山県狂介は、金倉山(かなぐらやま)占領を重視した。

金倉山は東山連峰の南端にある独立した山で、その山頂からは平野を見渡す事が出来た。

山県は長州藩『振武一番隊』『盤石隊(ばんじゃくたい)』、『十津川親兵(とつかわしんぺい)』三番小隊約二百名を金倉山の山頂まで登らせ、塁を築かせた。

そして長州藩の軍旗と『十津川親兵』の『菊紋』の戦旗を立て、『旧幕府軍』を圧倒させた。

長岡藩『大隊長』山本帯刀(やまもとたてわき)様は『新政府軍』から金倉山を奪う為、麓の村松村まで二個小隊を率いて来た。

そして、その内の『大川市左衛門(おおかわいちざえもん)隊(『隊長』大川市左衛門様は負傷し、山本様が代わって引率していた)』に攻撃を命じた。

山本様は、『大川市左衛門隊』の吉田郡右衛門(よしだぐんえもん)様(『銃卒(じゅうそつ)隊・隊長』として転出)と『半令(はんれい)森田謙蔵(もりたけんぞう)様にその攻撃を任せた。

森田様は山本様の命令通り、攻撃に掛かろうとした。


「よし!!

攻撃に向かうぞ!!!」


その時、『嚮導役(きょうどうやく)大瀬庄左衛門(おおせしょうざえもん)様、長尾権十郎(ながおごんじゅうろう)様、谷口兵三(たにぐちへいぞう)様がそれを止めた。

「お待ち下さい!!」

森田様は、怒気を含めながら叫んだ。

「何故止める!?」

それに対し大瀬様は、落ち着きながら答えた。

「この山は頂上まで低い木ばかりで身を隠す事が出来ず、山頂からは丸見えです!!

もし山頂から『新政府軍』に撃たれれば、我らは一溜まりもありません!!

必ずや、全滅するでしょう!!」


確かに、これは無謀な作戦だった。

起死回生も有り得るが、多くの犠牲が出る事は必至だった。

無駄に兵を死なす事も、これ以上兵力を落とす事も出来なかった。

森田様は考え、山本様の判断に委ねる事にした。

山本様は、大瀬様達の意見を良く聞いた。

そして、攻撃を断念する事に決めた。

「分かった・・・。

では、代わりに麓を一個小隊に警備させる!!

残りの一隊は私が渡沢村(わたざわむら)まで率いて、北上しようとする『新政府軍』を迎え撃つ!!」


山本様達は、渡沢村へ向かった。

その途中、ある男に出会った。

山本様は、男に聞いた。

「何者だ!?」

男は、恭しく答えた。

「私は、渡沢村の庄屋でございます!!」

「庄屋!?

何用だ!?」

「はい!!

お知らせしたき事がございます!!」

「知らせたい事!?

何だ!?」

「はい!!!

『新政府軍』は、今、滝谷村(たきやむら)にいます!!

金倉山との間の間道を縫って攻めれば、『新政府軍』を討伐出来ましょう!!!」

その言葉に、山本様は喜びながら力強く答えた。

「おお!!

良く知らせてくれた!!

礼を言うぞ!!!」


山本様達は庄屋と別れ、夜半、暗闇の中、山腹を登って『新政府軍』の背後から攻撃する事にした。

その途中、また一人の村人と出会った。

前に出た『嚮導役』長尾権十郎は、小さな声で村人に尋ねた。


「お前は、誰だ!?」


村人は、恐る恐る長尾様の顔を見た。

そして、驚愕した。

「長尾様・・・!?」

二人は、立ち尽くした。

その時、山本様が立ち尽くす長尾様に近づいて聞いた。

「知り合いか?」

長尾様は戸惑いながら、答えた。

「はい・・・。

我が屋敷に、奉公していた者です・・・」

そして、長尾様は男の方を向き、問い質した。

「どうして、お前が此処にいる!?」

「は・・・はい・・・!!

今、私は『新政府軍』の『篝火役(かがりびやく)』として使われております!!

この先に『新政府軍』が待ち伏せしているので、知らせに参りました!!」

「何だと!?

『新政府軍』がいるのか!?」

「そうなると、この兵の数では攻撃は失敗するかもしれぬ・・・」


山本様は悩み、結局、全隊士を村松村『洞照寺(どうしょうじ)』で宿陣するよう命じた。


_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _



長岡城を奪還しても、『旧幕府軍』は『新政府軍』を一掃する事が出来なかった。

多くの『新政府軍』は信濃川を渡らず、関原の『新政府軍本営』に集まって反撃の準備をした。

また三国街道を敗走した『新政府軍』も、妙見村(みょうけんむら)に留まった。

反撃の機会を虎視眈々と狙っている『新政府軍』に、『旧幕府軍』は一刻も早く備えなければならなかった。

完全勝利する為にも、『新政府軍』を徹底的に駆逐する必要があった。

『長岡藩本陣』は、各隊に命じた。


「『新政府軍』が、妙見村で反撃の準備をしている!!

それを阻止する為、妙見村まで進出せよ!!

小千谷(おぢや)をとり、『新政府軍』を高田まで追い払うぞ!!!

槍剣隊(やりけんたい)』!!!」

「はっ!!」

「『槍剣隊』は、先鋒を務めよ!!」


しかし、その命令に対し『槍剣隊・隊長』は抗議した。


「お待ち下さい!!

我らは二十四日から昼夜眠らず、東西南北に奔走し、心身共に疲れ果てております!!

死傷者も多く、今は十二、三人の少人数しか残っておりません!!

これでは、存分にお役目を果たす事が出来ません!!

もし諸藩の先鋒として不覚をとれば、『槍剣隊』が汚名を着る事は勿論の事、一藩の名折れでもございます!!」


槍や剣を得意とする武士としての意地と、人としての疲労が、『槍剣隊』の邪魔をしていた。

それを十分理解していた『長岡藩本陣』は、苦しそうに答えた。


「・・・分かった。

先鋒は他の隊に、向かわせよう・・・。

では『槍剣隊』は後詰となって進軍し、十日町村に宿陣して浄土川(じょうどがわ)の警備をせよ。

新発田(しばた)藩の裏切りで、新潟・松ヶ崎(まつがさき)が破られたと聞く。

警戒しながら、布陣せよ!!!」


そして他の長岡藩兵と米沢藩兵が先鋒で浄土川北岸に向かって布陣し、保塁を造って『新政府軍』を迎撃する事にした。

作戦では、長岡藩兵を率いる山本帯刀様が山間を通って『新政府軍』を背後から攻撃。

長岡藩『砲兵隊(ほうへいたい)由良安兵衛(ゆらやすべえ)隊』の砲二門、『波多謹之丞(はたきんのじょう)隊』、米沢藩兵が森立峠(もったてとうげ)から半蔵金山(はんぞうがねやま)を攻撃後、栃尾(とちお)街道へ出て浦柄村(うらがわむら)へ攻め込むと言うものであった。

しかしその挟撃は、成功しなかった。

途中で『山本帯刀隊』は引き返し、『由良安兵衛隊』は『軍夫(ぐんぷ)』が集まらずに山を越える事が出来なかった。


_____________________________________



七月二十九日(9月14日)


濃い霧の中、夜もまだ明けきらない早朝。


『新政府軍・参謀』山県狂介は、妙見村に集結させた二十八個小隊を長岡城へ進撃させた。

長州藩『奇兵隊(きへいたい)』、長府(ちょうふ)藩『報国隊(ほうこくたい)』、薩摩(さつま)藩『本府隊(ほんぷたい)』、東山山中で戦っていた加賀(かが)藩兵(石川)、松代(まつしろ)藩兵(長野)、龍岡(たつおか)藩兵(長野)、大垣(おおがき)藩兵(岐阜)、尾張(おわり)藩兵(愛知)、総勢千二百人。

また小千谷(おぢや)の『新政府軍本営』から、『軍事方(ぐんじがた)』『会計方(かいけいがた)』を弾薬運搬や食料補給の為に向かわせた。

『新政府軍』は山の手の道、街道中央、信濃川べりの三方に分かれて進軍し、『旧幕府軍』保塁の前面まで到着した。

そして一斉に喊声を上げ、鼓を鳴らした。

『新政府軍』の、一斉攻撃が開始された。


「突撃ーーーーーー!!!」


突然の攻撃に、疲弊していた『旧幕府軍』は為す術がなかった。

浄土川の保塁は破られ、其処に布陣していた『旧幕府軍』は敗走するしかなかった。

『新政府軍』は、蛇山村や十日町村に火を掛けながら更に進んだ。


「火が上がった!!!

我らも、山を下りて援軍に向かうぞ!!!」


金倉山から見ていた長州藩『振武一番隊』、『十津川親兵』、尾張藩兵は山を駆け降り、村松村に布陣する『旧幕府軍』へ攻撃を仕掛けた。

同時に、信濃川西岸で待機していた長州藩『奇兵隊』一番隊、『第一砲分隊』、尾張藩兵、加賀藩兵、上田(うえだ)藩兵(長野)、高田藩兵(新潟)、『十津川親兵』、岩村田(いわむらだ)藩兵(長野)、富山(とやま)藩兵、薩摩藩『外城(とじょう)二番隊』『番兵(ばんぺい)二番』『十四番隊』『二番大砲隊(たいほうたい)』も、前島(まえじま)草生津(くそうづ)蔵王(ざおう)黒津(くろづ)渡しから渡河して攻撃を開始した。

また東山山中や半蔵金村にいた長州藩『干城二番隊・六番隊』『振武三番隊・六番隊』の各半隊も花立峠(はなだてとうげ)萱峠(かやとうげ)を越えて参戦した。


『新政府軍』の≪三面同時攻撃≫は、怒濤の如く『旧幕府軍』を呑み込んでいった。


_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _



『旧幕府軍』と『新政府軍』は、浄土川を境に戦った。

長岡藩『花輪彦左衛門隊』や会津藩『横山(よこやま)隊』は、浄土川の両岸の木に隠れながら『新政府軍』の様子を窺っていた。

『花輪彦左衛門隊・隊長』花輪彦左衛門様は藩校『崇徳館(そうとくかん)』の教授であり、『御用人(ごようにん)』として藩公の『親衛隊長』をしていた。

継兄さんが『小千谷談判(おぢやだんぱん)』を行った際には、前日、小千谷の『新政府軍本営』にも赴いた。

元々、花輪様は『勤皇派(きんのうは)』であったが、開戦が決定してからは『隊長』として『新政府軍』と戦っていた。

花輪様の名声は長岡藩を出る事はなかったけれど、花輪様は度量が大きく、皆が慕っていた。


浄土川では長岡藩銃士・柳町(やなぎまち)安之丞(やすのじょう)様達が、実父である花輪彦左衛門様と共に『新政府軍』と戦っていた。


「くそ!!

一体『新政府軍』の弾は、どれ程あるのだ!?

このままでは、我らの弾が尽きる!!!」


「ぐぁ!!」

「うあっーー!!」


次々と、『旧幕府軍』の兵は銃弾に倒れていった。

それに反して、『新政府軍』の勢いは増していった。


「くっ!!」


柳町様も腕を撃たれ、小道へ走り出た。

その時、田畑の中に刀を握りながら、仰向けに倒れている花輪様を見つけた。


「父上!!」


柳町様は、花輪様の許へ駆け寄った。

助け起こそうとする柳町様を、花輪様は止めた。

「私は、足に重傷を負っていて歩く事が出来ない・・・!

このまま逃げ遅れて死ぬくらいならば、敵に一矢報いて死ぬ!!

ただでは、死なん!!!」

「父上・・・!!!」

柳町様は花輪様の決意に対し、苦しそうに呟いた。

すると花輪様は悲しそうな柳町様の頬を優しく撫で、微笑みながら続けた。

「しばらく此処に伏して『新政府軍』が来るのを待って、刺し違えるつもりだった・・・!

しかし今、お前に会えたのは『生前の幸福』だ・・・!!

殺されて、『新政府軍』に首を渡す訳にはいかぬ!

直ぐに、私の首を落とせ!!!」

柳町様は、それを強く拒否した。

「嫌です!!!

歩けないと言うのならば、私が父上を背負って行きます!!」

「馬鹿者!!

このままでは、私は足手纏いになる!!

そのような辱めを、父に味わわせるつもりか!?」

「父上・・・!」

「分かってくれ・・・。

お前まで、『新政府軍』に殺させる訳にはいかないのだ・・・。

お前を、死なせたくないのだ・・・。

これ以上、見苦しい姿をお前に晒したくないのだ・・・。

頼む!!

父の最期の願いを、聞いてくれ・・・!!!」

「父上・・・。

分かりました・・・」

柳町様は意を決したかように、刀を抜き、柄を力強く握り締めた。

「父上!!!

苦しまぬように致します!!!」

柳町様は大きく刀を振り被った。

そして、大声で叫んだ。


「御免!!」


『ザク!!!』


柳町様は、一瞬で花輪様の首を落とした。

斬り落とされた花輪様の顔は、満足そうに微笑んでいた。

その後、柳町様は花輪様の首を持って走って行った。


『隊長』を失った『花輪彦左衛門隊』は、崩れていった。

皆、長岡城を目指した。

途中、反撃を試みたが、無駄だった。

『新政府軍』の勢いを、止める事が出来なかった。


_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _



「『新政府軍』が、攻めて参りました!!」


早朝、村松村の村人が庄屋の金子政之進宅に知らせに来た。

この時金子宅には、米沢藩『与板隊』が宿陣していた。

金子政之進は、直ぐに『与板隊』にこの事を伝えた。


「分かった!!

ご苦労!!

誰か!!

直ぐに、長岡藩『大隊長』山本帯刀殿へお知らせしろ!!!

それ以外の者は、戦闘準備をしろ!!!」


『与板隊』は、平原へ出た。

しばらくすると長岡藩兵と合流し、『新政府軍』によって倒された稲田を突っ切った。

そして、平野で『新政府軍』の動きを探った。


「くそっ!!

霧で視界が悪い!」

「ん・・・?

十日町村方面から、人の塊が見えるぞ・・・?

『新政府軍』・・・かもしれない!!

『合図の旗』を振って、確かめろ!」


一人の米沢藩兵が立ち上がり、旗を振った。

すると、相手側がそれに気が付いて散開した。

相手は、『新政府軍』の兵だった。

射撃戦が、直ぐに始まった。

しかし新式銃を持つ薩摩藩兵、長州藩兵、松代藩兵の勢いに、『旧幕府軍』は次第に呑まれて行った。


「真っ直ぐ行けば、大きな川が流れている!!

其処まで引き揚げて木に隠れ、追って来る『新政府軍』を狙撃せよ!!」


『与板隊』と長岡藩兵は、村松村中央に流れる川まで撤退した。


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「留兵衛!!

弾薬箱を捨てろ!!!

そんな重いものを持っていては、逃げられぬぞ!!」


『旧幕府軍』の撤退と共に逃げる『弾薬夫(だんやくふ)』の一人は、必死に弾薬箱を背負い続ける同じ『弾薬夫』の留兵衛に注意した。

米沢藩『三番隊・弾薬夫』留兵衛は辛そうに息を吐きながら、しかし、しっかりとした言葉で答えた。


「俺が一度この箱を背負うと言う『(めい)』を受けたのならば、俺の命のある限り、断じてこの箱は捨てない!!!」

「その箱を持っていれば、逃げ遅れる!!

死ぬかも、しれないのだぞ!?

死が、怖くはないのか!?」

「怖いに、決まっている!!

だが『お役目』を途中で投げ出す事の方が、死ぬ事よりも辛い!!

それは、俺の『誇り』を汚す!!!」


他の『弾薬夫』が弾薬箱を捨てて逃げても、留兵衛だけは何があっても捨てなかった。

留兵衛は忠誠心厚く、多くの人々からの信頼も厚かった。

故郷には妻子もいて、時々軍務中に家族の事を考えてボーとする事もあったが、それを人々は暖かく見守っていた。


撤退の法螺貝が鳴ると同時に、長岡藩兵と米沢藩兵は北を目指して撤退した。

留兵衛は他の兵から少し遅れ、摂田屋村まで逃れる事が出来た。

摂田屋村には、『染屋』と言う紺屋があった。


「あそこで、しばらく隠れさせてもらおう・・・」


留兵衛が店に近づくと、その店先に甲冑をつけて短槍を持ち、刀を腰に差して立っている武士の姿が見えた。

歳は五十五歳位で、堂々とした出で立ちの武者であった。

留兵衛は、恐る恐る武士に聞いた。


「もしかして・・・米沢藩士の方ですか・・・?」

留兵衛の方を振り向き、落ち着いた様子で男は答えた。

「ああ・・・。

私は、舟田善右衛門(ふなだぜんえもん)と言う。

お前は?」

「わたしは米沢藩領山上の関根村(せきねむら)出身の農民で、留兵衛と申します。

米沢藩『三番隊』所属の『弾薬夫』でございます」

「撤退して来たのか・・・?」

「はい。

この先の川へ、撤退する途中です・・・」

「そうか・・・。

『新政府軍』の勢いは、益々激しくなるな・・・。

私は、此処の摂田屋村に数日前から駐留しているのだ・・・」

「何故・・・此処に・・・?」

「『新政府軍』が進撃して来た時、息子の金之丞(きんのじょう)が私に退却を勧めた。

私が、高齢だと言う理由で・・・」

「・・・」

「だが、私はそれを拒んだ!

当然だ!

私は、高齢では無い!

薩長(さっちょう)何ぞに、負けはせぬ!!

必ずこの先祖伝来の刀で、一人残らず斬り捨ててくれる!!」


その時、『新政府軍』が突撃して来た。

店先で、いきなり戦闘が始まった。


「逃げろ!!!」


舟田様は、叫んだ。

留兵衛も参戦しようとは思ったが、何も出来なかった。

留兵衛は『弾薬』を持ってはいたが、鉄砲を持っていなかった。

舟田様は、刀で応戦しようとした。

しかし、一瞬の内に舟田様も留兵衛も『新政府軍』の銃弾に倒れた。

無惨な二体の遺体が、『染屋』の店先に横たわっていた。


「舟田様・・・」


隠れていた『染屋』の主人は動かなくなった舟田様と留兵衛にゆっくりと近づき、手を合わせた。

そして、舟田様と留兵衛の遺体を丁重に葬った。

その後、舟田様のご子息で当時十六歳だった金之丞様も、喰違(くいちが)いの戦闘で戦死された。


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村松村の近くの川まで撤退した『旧幕府軍』は、追撃して来た『新政府軍』を一斉射撃した。


「よし!!

撃ち続けろーーーーーーーーーーーー!!」


『ドキューーーン』

             『ドキューーーン』

                           『ドキューーーン』


最初、『旧幕府軍』が有利と思われた。

しかし、反対側の川の上流から人影が見えた。


「『新政府軍』だ!!

金倉山から降りて来た『新政府軍』だーーーーーーー!!

撃って来たぞーーーーーーー!!」

「これでは、挟み撃ちになってしまう!!」

「何とかせねば!!!」


しかし、『旧幕府軍』は為す術がなかった。

『新政府軍』の銃弾は『旧幕府軍』の頭上を越え、近くの民家にまで炸裂した。

すると、民家から多くの村人が『旧幕府軍』の方へ逃げて来た。


「お助け下さい!!」

「一体、何処へ逃げれば良いのでしょうか!?」


村人達は老人を背負い、幼児を抱えていた。

皆泣き崩れ、必死に縋った。

住んでいた家の周りでいきなり銃撃戦が始まり、家を焼かれ、家族を殺され、そして今も危険に晒されている。

『旧幕府軍』にも、一体何処が無事な所なのか分からなかった。

ただ、今はもう何処でも良いので逃げるしかなかった。


「我らに、付いて来い!!」


それしか、言えなかった。

逃げる途中に、流れ弾に倒れる者も沢山いた。


その後、民家の一部が放火され、その火はあっと言う間に燃え広がった。

東山山麓の村を、紅連の炎が包んだ。

村人はそれを見て、ただ泣く事しか出来なかった。


どうして、こんな事になってしまったのか?

自分達が、一体何をしたのか?

どうして、自分達がこんな目に遭わなければならないのか?

一体、何の為の(いくさ)なのか?

自分達の平和な生活を燃やし尽くす程、この戦に意味があるのか?


彼らは、そう考えずにはいられなかった。

彼らから憎しみが生まれても、仕方のない事だった・・・。


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摂田屋の『旧幕府軍本陣』に、次々と『伝騎(でんき)』が入って来た。


前島村(まえじまむら)付近で、『新政府軍』が信濃川を渡河しました!!」

「何!?

もしそうだとすれば、戦闘中である十日町村の『旧幕府軍』が後方を攻撃され、挟み撃ちに遭う!!

残っている米沢藩『与板衆・桐生(きりゅう)隊』を、青島村(あおしまむら)と前島村へ派遣しろ!!」


しかし、米沢藩兵が青島村に到着すると、『新政府軍』が渡河した痕跡がなかった。


誤報だったのだ。


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五月十九日の長岡城落城後、松本藩兵は長州藩兵と共に一之貝村(いちのかいむら)で『旧幕府軍』と戦った。


七月二十五日早朝、松本藩兵の許に『伝令』が来た。

長岡城下に、長岡藩兵が進入したと言う知らせだった。

松本藩兵は『巡邏隊(じゅんらたい)』を編成し、森立、軽井沢(かるいざわ)方面を警備した。


二十七日未明、松本藩兵の守る陣地に『旧幕府軍』が押し寄せて来た。

耐え切れず、松本藩兵は長州藩兵と共に半蔵金村まで下がった。

ただ下がりはしたが、虎視眈々と反撃の機会を窺っていた。


山地での『旧幕府軍』進行は、継兄さんの作戦通りにはいかなかった。

『新政府軍』を、完全に駆逐する事が出来なかった。

その為、長岡城下に籠もる長岡藩兵は次第に孤立していった。


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「『新政府軍』が、朝霧に紛れて進撃して来たのか!?

直ぐに我らも向かう!!!」


朝六時


摂田屋村に宿陣していた『槍剣隊』隊士達は東南方向から聞こえて来た砲声を追って、霧の中を彷徨った。


「此処では、戦況が分からぬ!!

様子を見に行こう!!」


隊士達は、太田川まで行った。


「十日町村の辺りが、燃えているぞ!!」

「何だ!?

こちらに、人が来るぞ!?

戦闘準備に入れ!!!」


『槍剣隊』隊士達は、それぞれ槍や刀を構えた。

そして、やって来た大群に言った。

「お前達は、何処の藩の者か!?」

大群の中の一人が、答えた。

「我らは米沢藩兵、新発田藩兵である!!

この先の戦いで、撤退して来た!!

これから、この街道の摂田屋橋で防戦するつもりだ!!!」

「そうか!!

では、我らも応戦しよう!!!」

『槍剣隊』は、米沢藩兵達と布陣した。

しばらくすると、霧の中から人影が見えた。

「百名位いるぞ・・・!?

敵か!?

味方か!?」

「『合図の旗』を、振ってみよう!!」

すると、相手は同合の旗を振った。

「味方だ!!

米沢藩だ!!」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


『旧幕府軍』では、同盟藩同士で互いに味方を確認し合う為の『振り旗』を決めていた。

振り方は時々変わったが、大きく円を三回描くのが基本だった。

しかし、その『振り旗』よりも【合言葉】で互いを確認し合う事の方が信用された。

【合言葉】は、夜戦や不意の遭遇の際に使用された。

また各隊は烏合の衆であり、昨日は『旧幕府軍』、今日は『新政府軍』とい言う不安定な状況でもあったので、自軍の確認の為にも【合言葉】は重要だった。

ただ【合言葉】は『新政府軍』に逆用される事もあったので、軍議の上、度々改変された。

それは、『新政府軍』も同様だった。


『新政府軍』の【合言葉】は日毎に変わった為、兵士の間では不評で、しかも混乱を招いた。

対して『旧幕府軍』の【合言葉】は、

『誰かと尋ねると、川と答える』

と言うものだった。

『旧幕府軍』の【合言葉】の方が、単純明快で使い易く覚え易いものであった。


『新政府軍』で使われた【合言葉】


四月十日    『山と川』

  十一日   『野と原』

  十二日   『草と木』

  十三日   『金と石』

  十四日   『星と月』 

  十五日   『雨と霧』

  十六日   『白と赤』

  十七日   『松と竹』

  十八日   『箕と笠』

  十九日   『北と海』

  二十日   『草と露』

  二十一日  『山と谷』

  二十二日  『神と風』   

  二十三日  『白雪と花』

五月十一日~  『黄と青』  

六月七日~   『日と月』

六月二十五日~ 『梅と松と桜』

七月二十三日~ 『風と雲』


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


『槍剣隊』は、前島村から引き揚げて来る米沢藩兵に近づいて聞いた。


「『新政府軍』は、どれ位いる!?」

米沢藩兵は、息を切らしながら答えた。

「『新政府軍』の兵力は、『旧幕府軍』よりも遙かに人数が勝る!!

最早、太刀打ち出来ない!!」

「!!!」

米沢藩兵は、続けた。

「信濃川を渡って来る舟を見た。

数は、十五、六艘だった。

その舟には、『新政府軍』が沢山乗っていた。

我らだけでは防戦不可能と考え、一度駐屯地の前島村から引き揚げ、後方の『旧幕府軍』と共にこれを防ごうと考えた・・・。

しかし・・・!!!」

それを、『槍剣隊』は悔しそうに聞いていた。

その時、『槍剣隊』の指揮を執っていた『小令』桑原文左衛門(くわばらぶんざえもん)様が堂々と答えた。

「ならば、我々は此処で『新政府軍』を迎え撃つ!!

我々が、長岡城を守る!!」

「それだけの兵では、『新政府軍』には対抗出来ない!!

我らと共にもう少し後方まで下がって、増兵してから戦うべきだ!!」

「この地を守らねば、長岡城を守る事など出来ない!!

これ以上、故郷を汚い足で蹂躙される訳にはいかない!!

此処で、何としてでも『新政府軍』の侵入を食い止める!!」

「馬鹿な!?

死ぬつもりか!?」

「死など恐れぬ!

何もせずに、此処で撤退する事の方が死よりも屈辱だ!!

少しでも『新政府軍』を防ぐ事が出来れば、それで十分だ!!」

其処へ、馬に乗って誰かが来た。

それは、『軍事掛』三間市之進(みつまいちのしん)様だった。

「三間様!?」

『槍剣隊』隊士達を見回して、三間様は大声で叫んだ。

「村松口が破れ、此処は防ぎ難い!!

一先ず喰違いまで、引き揚げよ!!」

それに対し、『槍剣隊』隊士達は抵抗した。

「この地を守らないで、長岡城は守れませぬ!!」

三間様は『槍剣隊』隊士達の顔をじっと見た後、小さな声で言った。

「分かった・・・!!」

そう言って、三間様は北へ向かって走って行った。

『槍剣隊』隊士達はその後ろ姿を見つめ、直ぐに戦闘準備に入った。


しばらくしてから、霧の中から銃が乱射されて来た。


                         『ドキューーン!!』

             『ドキューーーーン!!』

 『ドキューーーーン!!』


「『新政府軍』だ!!

迎え撃て!!」

『槍剣隊』は、防戦体制に入った。

米沢藩兵もしばらく応戦したが、同様に防衛線を敷いていた新発田藩兵が撤退し始めると、それに続くように引き揚げ始めた。

『槍剣隊』のみが、最後まで抵抗しようとした。

「『新政府軍』が、後ろにも!!

挟み撃ちになります!!

桑原様!!」

「くそ!!

此処までか!!

仕方がない!!!

皆!!

撤退せよ!!」

『槍剣隊』は、長岡城下入口の喰違いまで退却した。


「桑原様は・・・?

桑原様の姿が、見えぬが・・・?」

「探せ!!

探せ!!」


しかし、幾ら探しても桑原様の姿は見当たらなかった。

桑原様は、撤退の際に戦死したのだった。

桑原様はこの時まだ三十歳で、これからの長岡を引っ張っていく将来有望な方だった。

若い命が、次々と失われていった。


_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _



長岡城奪還後、長岡藩兵に迎えられた米沢藩兵達は『三の丸』で休息していた。

酒肴が振る舞われた後、腰に付けていた兵糧を食べた。

そして『参謀』甘糟継成様から、各隊士へ命令が下された。


「城南に割拠する残りの『新政府軍』を追い払う為、出撃せよ!!

『新政府軍』を、高田城まで追い詰めるぞ!!」


米沢藩兵は装備を身に着け、出発して行った。


米沢藩兵が摂田屋まで行くと、『伝令』が絶望した顔つきで駆け付けて来た。


「新潟と水原(すいばら)が、落とされました!!」

「何!?

何故だ!?」

「新発田藩が、裏切ったのです!!」

「何だと!?

新発田藩が!?」

「はい!!!

新発田藩が、『新政府軍』約二千人を新潟に導いたのです!!」

「くそ!!!

新発田藩が、裏切るとは・・・!!

新潟は、『奥羽越(おううえつ)列藩同盟(れっぱんどうめい)』の補給地・・・!!

其処を落とされては、『同盟軍』は武器も食糧も補給出来なくなる!!!

戦を続けるのは、難しくなる!!

色部(いろべ)様は・・・!

新潟を警備しているのは、米沢藩『家老(かろう)色部長門(いろべながと)様だったはずだ!?

色部様に、全権は委ねられていたはずだが・・・!!

色部様は、どうされたのだ!?」

「分かりません!!!」

「く!!!

仕方がない!!!

取り敢えず、軍議を開く!!!」


急遽、『参謀』『各大隊頭』『各隊頭』が集まって軍議を開いた。


「新発田藩が、裏切るとは・・・」

「新発田藩は、元々『奥羽越列藩同盟』には乗り気ではなかったからな・・・」

「新潟が落ちれば、『新政府軍』は我が藩領に兵を差し向けるだろう・・・」

「長岡勢は領地を取り戻したから、少々怠惰になっていたのではないか・・・?」


次々に不安と不満、動揺、怒りの声が上がった。

その時、派遣した『斥候(せっこう)』が戻って来て叫んだ。


「前方一()半(約6キロメートル)程にある蛇山村に、『新政府軍』が乱入しました!

また東山連峰・金倉山の山頂には、長州藩『盤石隊』がいます!!」


それを聞いた米沢藩首脳は、口々に言った。


「今の状況では、我らには不利!!

空も暗く、昨夜からの各隊士の疲労も激しく、弾丸も不足している・・・!!

今日は進軍を取り止め、『光福寺(こうふくじ)』や農家で宿陣しよう!!」


米沢藩兵達は宿陣先でも、今後の成り行きに不安を覚えた。


「新潟に『新政府軍』が上陸し、北上すれば米沢藩へも戦いが及び、我が城、我が領地の存亡は如何なりましょう・・・!?」

「斯様な血を流してまでも、長岡に義理立てする筋合いもなかろうに・・・!!」

「いや・・・。

米沢武士たる者、約定を守って米沢藩が主戦しようぞ!!」

「しかし、長岡藩は米沢藩を差し置いて戦いの主導権を握ろうとしている!!

これ以上、長岡藩を助けるべきではない!

急ぎ国に戻り、『新政府軍』を迎え撃とう!!」


多くの米沢藩兵は、長岡藩に対する不満を吐露した。

ずっと抱いていた不満が、新発田藩の裏切りと自国の危機によって爆発した。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


『新発田藩裏切り』の情報は、瞬く間に広がった。

『旧幕府軍』側は総崩れとなり、その機を捉えて新発田藩は『新政府軍』側に寝返った。

新発田藩士・長谷川某様は、藩の上層部の決定に嘆いた。


「ああ・・・。

我が藩は、始めは処女の如く・・・。

しかし、後は脱兎の如く・・・」


これは、『孫子(そんし)兵法(へいほう)』の一つである。

始めは弱々しく見せて油断させ、その後、素早く攻撃に転じると言う意味である。


自分達の藩の人々が思わずそう呟く程、新発田藩の裏切りは卑怯に映った。


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『新政府軍』は、三国街道の浄土川を越え、摂田屋村に入った。

『旧幕府軍』を駆逐し、火を放ちながら長岡城へと突き進んだ。

しかし、喰違い周辺では苦戦を強いられた。

死に物狂いで長岡城を死守しようとする長岡藩兵の抵抗は、凄まじかった。


「我らだけでは、此処を突破する事は出来ぬ!!

他の兵と協同して、『旧幕府軍』を破るぞ!!」


松代藩兵の一部が青山村(あおやまむら)に入って長州藩兵と合同し、摂田屋村西方で戦闘を繰り広げた。

その後、薩摩藩兵と加賀藩兵が応援に駆けつけ、草生津村南方へ出て西方から城下へ入った。


町口御門(まちぐちごもん)大手門(おおてもん)に突入した松代藩兵が叫んだ。


「見ろ!!!

長岡城が燃えているぞ!!」


「長岡城を、奪い返したぞ!!

これで、『維新回天』の大事業が成功するぞ!!

我らの勝利だーーーーーーーーーー!!」



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私と團一郎(だんいちろう)は姉上達と別れた後、一度お城に戻った。

しかし『新政府軍』が反撃して来たと聞いて、少しでも多くの銃弾を味方に渡す為に、持てるだけの銃弾を持って直ぐにお城の外へと出た。

私達は、飛び交う銃弾を避けながら味方を探した。

持っている沢山の銃弾が落ちない様に、必死に走り回った。

そして、ようやく『旧幕府軍』を見つける事が出来た私達は、持っていた銃弾を全て兵達に渡した。

私達が再びお城に戻ろうとした時、其処が殿町(とのまち)である事に気付いた。

私達の家があった殿町も、燃えていた。

私は、変わり果てた家を見たくなかった。

だから、お城を奪還した後も、ずっと行こうとは思わなかった。


でも、少しだけ・・・。

少しだけ家を見たいと・・・この時、思った。


私達は、家を目指した。

その途中、いきなり銃弾が私達に降って来た。


                       『バキューーーーン!!!』

                   『バキューーーーン!!!』

        『バキューーーーン!!!』


その中の一発の銃弾が、私の右足を掠めた。


「痛!!」


私は、その場に崩れた。


「姉上!!」


團一郎が近づき、倒れた私を支えた。

私は、怪我をした右足を見た。

血は流れていたけれど、大した怪我ではなかった。

團一郎は直ぐに懐から布を出し、私の右足に巻き付けて止血した。

そして、急いでその場から逃げようとした。

その時、数人の『新政府軍』が私達の目の前に現れた。

『新政府軍』は銃を構え、私達を撃とうとした。

私達は直ぐに身を翻し、走った。

走りながら、身を隠す場所を探した。

しかし、隠れる場所を見つける事が出来なかった。

後ろからは、さっきの『新政府軍』の銃が降って来る。


               『バキューーーーン!!!』

         『バキューーーーン!!!』

    『バキューーーーン!!!』


私達は、此処で死ぬのだと『覚悟』した。


その時、誰かが私達の腕を強い力で引っ張った。

私達はそのまま、ある土蔵の中に引き込まれた。

私が『誰!?』と聞く前に、私達を掴んだ人は私達に小さな声で叫んだ。

「静かに!!!」

私は、黙った。


外の銃声は、まだ鳴り響いていた。


           『バキューーーーン!!!』

      『バキューーーーン!!!』

 『バキューーーーン!!!』


声を出せば、『新政府軍』に気付かれる。

私達は一言も話さず、『新政府軍』が遠ざかるのをじっと待った。


                                                    『バキューーーーン!!!』

              『バキューーーーン!!!』

                     『バキューーーーン!!!』



銃声は、次第に遠くなっていった。

『新政府軍』は、通り過ぎたようだった。

もう大丈夫だろうと思い、私達は自分達の腕を掴む人が誰なのか確かめようと振り向いた。

その人は、四十歳位の柔和な顔をした男性だった。

黒い軍服を着ていて、最初はその人が敵か味方か分からなかった。

しかしその左袖を見て、私達は驚愕した。

その男の左袖には、『新政府軍』の肩章が縫い付けられていた。


「『新政府軍』!!!」


私と團一郎は、自分達の腕を掴む手を力強く振り解いた。

そして團一郎は私を庇いながら刀を抜き、私は母上から頂いた懐剣(かいけん)を抜いて身構え、男を睨みつけた。


『『新政府軍』に出会ったら、私は自分のこの手で『恨み』を晴らしたい』


私は目の前にいる敵を見て、自分の『本当の思い』を思い出した。

私は、強く刀を握り締めた。

しかし、手が震えた。

私は震える手を、片方の手で押さえつけた。

今、『殺せる範囲』に敵がいる。

この震えが『恐ろしさによる震え』なのか、『喜びによる震え』なのか、私には分からなかった。

ただただ震えが、止まらなかった。


しばらくの間、一定の間を保ちながら私達は男を睨み続けた。


男は少し困ったように、私達を見つめていた。


すると男は、血の滲んだ布が巻き付けられている私の右足に目を向けながら言った。

「怪我を・・・しているではないか?

薬を持っているから、手当してやろう・・・」

そう言って、男は私達に近づいて来た。

私達は驚きながら警戒し、後ろに下がった。

團一郎は私を隠すように更に私の前に立ち、男を睨んだ。

私は、懐剣を男に向けながら大声で叫んだ。

「信用出来る訳が無い!!

お前達は徳川を裏切り、長岡の町を、その汚い足で踏みにじった!!

これ以上近づけば、私がお前を殺す!!」

「・・・」

男は、黙り込んだ。

私は、当然だと思った。

長岡の町を蹂躙したのは、『新政府軍』だ!!

言い訳など、出来無いはずだ!!

私は『新政府軍』を、徳川を裏切った藩を許さない!!

許せる訳が無い!!

兄上を・・・伊東(いとう)様を・・・鬼頭(きとう)様を・・・あの女性を・・・多くの人々を殺した『新政府軍』を、許せる訳が無い!!

私から怒りがどんどん湧き出て来て、私はそれを制御出来なくなっていった。

今、目の前に、憎い敵がいる。

しかもその敵に、私達は助けられたのだ。


『憎い』

『口惜しい』

『情けない』


私は、怒りを抑えられなかった。

黙っているこの男を、抵抗出来ないこの男を、口汚く罵らずにはいられなかった。

私は、叫んだ。

「お前達が・・・!!

お前達が攻めて来なければ、長岡は滅茶苦茶にならなかった!!

お前達が戦をしなければ、長岡は戦をしなかった!!

町の人も兄上も伊東様も鬼頭様もあの女性も、皆、死ななかった!!

町も家も城も、焼かれはしなかった!!

全て、お前達『新政府軍』が悪い!!

美しかった私達の町を、人を、お城を返せ!!

兄上を返せ!!

伊東様を返せ!!

鬼頭様を返せ!!

あの女性を返せ!!

死んでいった人達を返せ!!

返せ!!返せ!!返せ!!」

私の罵りを、男は黙って聞いていた。

私は、尚も罵倒し続けた。

「お前達は、自分達の命が大切だったのだろう!?

お前達は、自分達の命惜しさの為に他人を犠牲にする、鬼畜にも劣る人間だ!!

戦が終わったら、お前達は薩長から何を貰う!?

金か!?

名誉か!?

人を踏み台にして得る褒美は、そんなに嬉しいのか!?

ああ!!

きっと、そんな気持ちも芽生えないのだろう!!

自分が幸せなら、それで良いのだから!!

他人の事など考えないのだから!!

でも、それは一時だけだ!!

お前達は、必ず報いを受ける!!

私達と同じ苦しみを、味わう!!

私達はお前達を、死んでも、生き続けても憎む!!

絶対に、許さない!!」


こんな汚い言葉で人を罵った事など、今までなかった。

でも、叫ばずにはいられなかった。

止められなかった。

ただ、私は罵りながらも気付いていた。

私は、『あの女性から受けた憎しみ』と『自分の憎しみ』を、()()()()()()()()()()()()だけだと。

それは、あの女性の代弁者としてではなく、ただただ()()()()()()()()だと。

分かっていた。

自分は、卑怯だ。

自分は『憎しみ』から逃れる為に、男を責めているに過ぎないのだ。

分かっていた。

でも、止められなかった。 

罵れば罵る程、目の前にいる男以上に自分が『汚い人間』に思えて来た。

言いたくない。

こんな言葉、使いたくない。

でも、足りない。

まだ、叫びたい。

罵れば罵る程、『憎しみ』は増えるばかりだ。

自分に対する『憎しみ』が、増えるだけだった。


ふと、思った。


目の前にいるこの男を殺せば、『憎しみ』は消えるのかもしれない。

私は、この『憎しみ』から解き放たれるのかもしれない。

みんなの無念を、少しでも晴らせるのかもしれない。

私は、この男を『殺す』衝動に駆られた。


私は、懐剣を強く握り締めた。

男に、全ての『憎しみ』の目を向けながら。


そんな私の様子を、その男は悲しそうに見つめていた。

そして、ゆっくりと話し始めた。

「私のいる藩はとても小さな藩で、長岡藩のように『信念』も無く、藩論も統一出来ず、率先して何かを行う人物もいなかった・・・。

ただただ、平和な日々を暮らしていただけの藩だった。

だから突然『新政府軍』から応援要請が来た時、徳川への『恩』を返す為に徳川に付くべきか、『新政府軍』に付くべきか、何時まで経っても結論を出す事が出来なかった。

本音は、

『我らを巻き込まないで欲しい』

『このまま静かに暮らしたい』

だった。

しかし、それは許されなかった。

どちらかに付かなければ、我が藩は生き残る事が出来なかった。

どちらを選ぶべきか、何度も何度も藩内で協議した。

最後まで徳川に付いて戦う事こそ『忠義』であり、『信義』でもある。

しかし、我が藩の兵力は少ない。

もし『新政府軍』の要請を断って抵抗したら、全滅は免れない。

武士の面子の為に、町を犠牲にして良いのか?

『本当に守るべきもの』

『本当に守りたいもの』

とは何かを、考え考え考え続けた。

そして、我々はこう結論付けた」

「・・・」

「『忠義』よりも守るべきもの、それは藩ではなく、人と町であると。

我々武士が今まで生きてくる事が出来たのは、町の人々のおかげだ。

彼らが苦労してものを作り、育ててきたからこそ、我らはこうして生きてこられたのだ。

『恩』を返すべきは町であり、其処に住む人だと言う事に気付いた。

だから我らは彼らを守る為に、『新政府軍』に付く事にした。

だが、徳川への『恩』も捨て去る事は出来なかった・・・。

薩長の横暴さも会津藩や長岡藩の立場も、良く理解していた。

『新政府軍』に付くと決定したものの、我が藩はまだ煮え切らなかった。

中途半端と言えば、中途半端だろう・・・。

長岡藩や会津藩からすれば、腰抜け藩だと思われるだろう・・・。

その通りだ・・。

だが腰抜けなりに、我が藩は『最善の道』を何とか見つけたのだ・・・」

「『最善の道』・・・?」

私と團一郎は、知らぬ間に男の言葉に聞き入っていた。

男は、大きく頷き続けた。

「従軍し、もし『旧幕府軍』を見つけたら説得し、降伏を促し、戦を出来るだけ早く終わらせ、被害を最小限にする事だ」

「『被害を最小限』に・・・?」

「戦は、()()()()()』だった。

いや。

薩長には、()()()()()()()()()

徹底的に徳川を潰して全ての権力を握り、国を牛耳る為には、戦を何としても起こす『必要』があった。

そして戦の引き金を引けば、必ず徳川もそれを受けるだろう事も想定していた。

戦は、絶対に回避出来なかった。

戦が始まる事が『必然』となった以上、出来るだけ被害を最小限にしなければならない。

その為には、早く戦を終わらせなければならない。

戦を終わらせるには、どちらかが降伏しなければならない。

そして降伏は、『旧幕府軍』がしなければならない」

「何故、『旧幕府軍』が降伏しなければならないのですか!?」

「兵器の質と量、そして兵士の数が、『新政府軍』とは圧倒的に違う。

偽物とは言え『(にしき)御旗(みはた)』を薩長が戴いている以上、『新政府軍』は『官軍(かんぐん)』で、『旧幕府軍』は『賊軍(ぞくぐん)』だ。

望んで『賊軍』になる藩など、ほとんどおるまい。

薩長は『錦の御旗』を振りかざして、これから益々兵を増やすだろう・・・。

それに、『旧幕府軍』は耐える事は出来ない・・・。

『旧幕府軍』は、いずれ負ける。

多くの犠牲を払って・・・」

「・・・!!」

「受け入れられないかもしれない。

だが、これは恐らく当たっている。

降伏するのが早いか遅いかによって、犠牲を少なくも多くもする。

私達はお前達を死なせたくないし、町の人々も死なせたくない」

「では、薩長の言いなりになれば良いと言うのですか!?

私は、絶対に嫌です!!

薩長のような欲の塊の人間で治められた国なんて、嫌です!!

だったら、最期まで戦って死にます!!」

「それは、お前達の言い分だ!!

町の人間は、戦をしたいと言ったのか!?」

「・・・!!」

私はこの時、町の人達の顔を思い浮かべた。

彼らは、平和を心から望んでいた。

男は、続けた。

「お前達の気持ちも良く分かるが、町の人々の気持ちも考えなければならない。

それこそが、『武士の役割』なのではないのか・・・?」


この時私は、多くの『言葉』を思い出した。


私は、継兄さんの『言葉』を思い出した。


『民は国の本 吏は民の雇』


この男の藩も、『民』を第一に考えているのだ・・・。


私は、松江久兵衛(まつえきゅうべえ)様の『言葉』を思い出した。


『彼らにとって大切なものが『目の前にあるもの』で、我々にとって大切なものが『先にあるもの』であったに過ぎない・・・』


この男の藩にとって『大切なもの』は、『目の前にいる民』だったのだ・・・。


私は、川島億次郎(かわしまおくじろう)様の『言葉』を思い出した。


『誰も彼らの『思想』を変える事も出来ないし、変える権利もない。

それぞれの人の考えや思いを、統制する事など出来ない。

『立つ場所』は、自分で決めるものだからだ』


この男の藩の『立つ場所』を、私達が変える事は出来ない・・・。


私は、お祖母様の『言葉』を思い出した。


『『アイヌ』の人達に実際に会った事がある人なんて、ほとんどいません。

では会った事のない人達が、何故『アイヌ』の人達に対して否定的な噂を流したのか?

それは、『知らない』からです。

『知らない』から、『想像』するのです。

『きっと『アイヌ』の人達は、私達とは見た目も文化も全く違うのだ』

『『アイヌ』の人達は、私達よりも劣っているに違いない』

『もしかしたら、人さえ食べるのかもしれない』

『『アイヌ』の人達は、凶暴に違いない』

こうして私達は『アイヌ』の人達は『得体が知れない』から、『恐ろしい民族』なのだろうと思うようになりました。

『アイヌ』とは本来、『アイヌ』語の『人間』と言う『意味』です。

それなのに私達は『アイヌ』と言う『言葉』に、『恐ろしい』と言う『感情』を宿すようになりました』


私は、この男の藩の事情など知らなかった・・・。

『新政府軍』への『憎しみ』が強過ぎて、『新政府軍』の全てが『悪』だと思い込もうとしていた・・・。

私は、全ての藩が私利私欲の為に『新政府軍』に付いた訳では無いと言う事を忘れていた・・・。


私は、一体『()()()()()』のか分からなくなった。


『新政府軍』に参加した藩の中には、他にも水面下で『旧幕府軍』を助けようと動いている藩が確かにいた。


尾張藩兵も戦を早期に終える為に、これ以上『旧幕府軍』の被害を拡大させない為に、長岡に来たと言っていたと聞いた。

『新政府軍』の中には、鉄砲が慣れ無いと言う理由でわざと長州藩兵を狙う者もいたと聞いた。

『旧幕府軍』を狙わず、同志討ちを演じる兵もいたと聞いた。


私達は知らぬ内に、多くの人々に助けられ、守られていたのかもしれない・・・。


目の前の男の人は、悲しそうに続けた。

「人々を助ける為にも、早く降伏してくれ・・・。

そしてお前達のような子供が戦に出なくても良い、平和な国に戻って貰いたい・・・」


そして男の人は私に近づき、怪我をしている私の右足を手当し始めた。

私は、黙って手当してもらった。

男の人は手当てしながら、ぼそりと呟いた。

「私にも・・・お前と同じ年頃の娘がいた・・・」

「・・・いた・・・?」

「昨年、病で亡くなったのだ・・・。

お前は、私の娘に少し似ている・・・。

だから、『助けたい』と思ったのかもしれない・・・」


私は手当てする男の人の悲しそうな表情を見て、彼を傷つけた事を悔いた。

攻めて来る敵が、皆が皆、敵では無いのかもしれない・・・。

小藩だから、自藩の町や人を守る為にも、この『道』を選ばざるを得なかったのだ・・・。

そんな中でも、私達を『助けよう』と心を砕いてくれている人達がいる。

私は知らない内に、泣いていた。

そして、涙を流しながら呟いた。


「・・・ごめんなさい・・・」


男の人は少し驚いた表情をして私の顔を見つめ、そして優しく微笑んでくれた。


私は男の人を見つめながら、お祖母様の『言葉』を思い出した。


『人の気持ちを慮って、『言葉』は遣わなければなりません。

自分の『言葉』に、『責任』を持たなければなりません。』


ああ・・・。

私は、お祖母様の『教え』を守る事が出来なかった。

私は、この男の人を傷つけてしまった。

そして同時に、自分も傷付けていた事に気付いた。


『ごめんなさい・・・』


『ごめんなさい・・・』


私は、何度も何度も心の中で呟いた。

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