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むつの花  作者: 野口 ゆき
45/77

四つの花 『九.武器』

慶応(けいおう)三年(1867年) 長月(ながつき)(9月)


秋の長雨の事を、

秋霖(しゅうりん)

『すすき梅雨(づゆ)

と言う。

この日も、朝から雨が降り続いていた。


私と團一郎(だんいちろう)は廊下で雨を眺めながら、司郎(しろう)兄上の部屋へと向かっていた。

(つぎ)兄さんの『改革』について、兄上に聞きたい事があったからだ。


家に居ながらも、兄上は世の中の事を良く知っている。

それは、手紙のおかげだと私は思っている。

兄上の許には、毎日のように様々な人から手紙が届く。

それが、兄上の情報源だ。

皆が兄上に手紙を送ってくれるのは、兄上の人柄もあると思うけれど、恐らく無理だと分かっていても、兄上に

『早く元気になって、長岡藩政の一翼を担う人になって欲しい』

と言う皆の願いもあるのだと思う。

そして皆、

『自分達とお前は、まだ繋がっている』

と兄上に手紙を通して示したいのかもしれない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


兄上の部屋に入ると直ぐ、私は兄上に聞いた。

「昨年、鵜殿団次郎(うどのだんじろう)様が提言された『兵制改革』を、継兄さんが進めていると言う噂を聞きました。

その為に、『兵学所(へいがくしょ)(洋式兵制の演武場)』も設けたと・・・。

それは・・・()()・・・なのでしょうか?

もしそれが()()だとしたら、何故そんな事をするのでしょうか?

継兄さんは

(いくさ)はしない』

と、はっきり私に言いました。

それなのに、何故『戦の準備』をするのでしょうか・・・?」

兄上は私の言葉を聞き、しばらく考えた後、静かに答えた。

「河井様は、外国との戦を見据えているのだろう・・・」

「外国との戦・・・」

「そうだ。

そして・・・」

「そして・・・?」

「その前に起こるであろう内乱を、想定しているのかもしれない・・・」

「内乱・・・?」

「そうだ。

幕府寄りであらせられた(さき)天子(てんし)様(孝明(こうめい)天皇)が崩御された為、長州(ちょうしゅう)藩を中心とする『攘夷派(じょういは)』が朝廷内で暗躍し、力をつけてきていると言う噂を聞いた。

そして『攘夷派』は、内乱を起こそうと画策していると・・・」

「内乱なんて・・・何の為に・・・?

だって、今はいつ外国が攻めて来るのか分からないのでしょう?

それなのに、内乱なんて・・・。

日本人同士が殺し合っている場合では、ないのではありませんか?

これ以上、日本を混乱させる事など・・・」

「混乱しているからこそ、内乱を起こすのだ」

「混乱しているから、内乱を起こす・・・?」

兄上は深く頷き、続けた。

「『攘夷派』は『倒幕派(とうばくは)』を『討幕派(とうばくは)』にして内乱を起こし、その混乱に乗じて幕府から政権を奪取するつもりなのだ。

「『とうばくは』と、『とうばくは』・・・?

何が・・・違うのですか?」

「最初に言った『倒幕派』の『とう』は『倒す』と書く。

その『倒幕派』は、政治的活動によって『幕府を倒す』為の派閥だ」

「『幕府を倒す』・・・」

「そして、もう一つの『討幕派』の『とう』は、『討つ』と書く。

文字通り、武力によって『幕府を討つ』為の派閥だ」

「『幕府を討つ』・・・!?

何故『攘夷派』は、『倒幕派』を『討幕派』にする必要があるのですか!?」

()()()、自分達が幕府から政権を奪う為だ」

「確実に、政権を奪う・・・?」

「幕府を徹底的に討てば、政権を奪った後、自分達の権力は揺るぎないものとなる。

だからこそ、『討幕』でなければならないのだ」

「でも以前、川島様が・・・。

川島億次郎(かわしまおくじろう)様が、おっしゃっていました。

『攘夷派の中にも、心から国の事を考えている人がいる』

と。

そんな人達が、戦などしようとするのでしょうか?

『討幕』など、するのでしょうか・・・?」

「勿論、本当に国を思い、内乱を避けようとする『攘夷派』もいる。

だが、彼らは少数派だ。

彼らは幕府を討とうとする『攘夷派』に飲み込まれるか、恐らく・・・抹殺されるだろう・・・」

「抹殺・・・」

「そうやって『攘夷派』は自分達の目的の為に、『討幕』を進めていく」

「・・・」

「『攘夷派』は、ただ『幕府を討つ』のではない。

恐らく『攘夷派』は、『朝敵(ちょうてき)』として『幕府を討つ』のだ」

「『朝敵』!?

何故、幕府が『朝敵』なのですか!?

何故、『朝敵』として討たれねばならないのですか!?」

私は、身を乗り出して叫んだ。

團一郎はそんな私を落ち着かせようと、肩に手を置いた。

兄上は、静かに答えた。

「『討幕派』と幕府との戦いは、ただの勢力争いに過ぎない。

もし『討幕派』が『幕府を討つ』のならば、それは単なる下剋上(げこくじょう)に過ぎない」

「・・・」

「『討幕派』が自分達の正当性を示す為には、『大義名分(たいぎめいぶん)』が必要だ。

その『大義名分』とは、天子様による『宣旨(せんじ)』だ」

「『宣旨』・・・『天子様のご命令』・・・。

では、天子様が『幕府を討て』とおっしゃられるのですか?

そんな事、絶対に有り得ません!!

前の天子様は『京都守護職(きょうとしゅごしょく)』であらせられる『会津(あいづ)藩主』松平容保(まつだいらかたもり)様と、前の天子様の義理の弟君であらせられた『十四代将軍』徳川家茂(とくがわいえもち)様を大変ご信頼あそばされていたとお聞きした事があります。

その天子様のご子息であらせられる今の天子様が、そのような事をおっしゃられるとは考えられません。

そもそも今の天子様は昨年皇位に就かれたばかりで、しかも私と同じ位の歳であらせられるとお聞きしました。

失礼かもしれませんが、そのような大事な事をお決めになられるには、まだご経験が浅いと思われます」

「天子様がおっしゃられなくとも、天子様のご身辺で色々と画策する者がいる。

『討幕派』の公家(くげ)や、長州藩の人間が・・・。

そ奴らが天子様を利用し、『討幕の偽勅(ぎちょく)』を出す可能性がある」

「『偽勅』・・・?

そんな事・・・それは、天子様に対する不敬(ふけい)ではありませんか?」

「『討幕派』は、そんな事は考えない。

だからこそ、三年前の『元治甲子(げんじかっし)(へん)禁門(きんもん)の変)』でも御所(ごしょ)に向けて発砲した」

「・・・」

「彼らは、躊躇わずに『偽勅』を出すだろう。

自分達の正当性を示す為には、どんな汚い事でもする」

それまで黙っていた團一郎が、口を開いた。

「兄上。

河井様は『討幕派』による内乱が起こる事を想定し、その備えの為に長岡藩を西洋式軍備に整え始めたと言う事でしょうか?」

「恐らく、そうだろう。

そして、これから河井様は・・・新式の武器も購入するだろう・・・」

私は、信じられなかった。

『戦をしない』と言った継兄さんが、新しい武器まで購入するつもりだなんて・・・。

私は、震えながら兄上に聞いた。

「武器を・・・購入・・・。

そんな事をしたら、長岡藩は益々戦に巻き込まれてしまうではありませんか?」

兄上は私の目を見据えながら、答えた。

「武器の購入は、『戦に巻き込まれない為の備え』だ」

「『戦に巻き込まれない為の備え』・・・?」

兄上は頷き、続けた。

「もし万が一戦となった時、『討幕派』に対抗出来る武器が長岡藩になければ、『討幕派』に侵略されてしまう。

『討幕派』には、外国との戦の経験がある。

そして密かに藩士達を海外留学させたり、海外から武器を輸入していると言う噂も聞く。

『攘夷』と言いながらも、『討幕派』は外国から知識や技術を取り入れている。

そんな『討幕派』が、もし最新鋭の武器で長岡藩に攻めて来たらどうする?

火縄銃や刀で、対抗するのか?」

「・・・」

「そんな事は、無理だ。

戦において武器の違いは、雌雄を決する重要な道具だ。

強い武器を持つ者が、勝つのだ。

強い武器を所持する『討幕派』に対抗する為には、同等の・・・。

いや。

それ以上の武器が必要なのだ」

兄上の言葉に対し、私は少し声を荒げて言った。

「それは、おかしいです!!

私は武器の購入が、『戦に巻き込まれない為の備え』だとは思えません!!

もし長岡藩が新式の武器を購入したら、『討幕派』はそれを『脅威』だと思うのではないでしょうか?

自分達を討つ、『脅威』だと・・・!!」

私の意見に対し、兄上は落ち着きながら答えた。

「その『脅威』が、戦を阻止する為の『抑止力』となる」

「『脅威』が、『抑止力』・・・?」

「『討幕派』は、強い武器を持つ長岡藩との戦を避けようとするだろう」

「長岡藩との戦を、避けようとする・・・?」

「そうだ。

『討幕派』は、出来れば自分達の損害を少なくしたいと考えているはずだ。

万が一幕府を討つ事が出来たとしても、その後再び戦になれば、『討幕派』に対抗出来る武力は無い。

出来るだけ自分達の武力を削ぐような戦を、避けようとする。

『討幕派』には、幕府を討つ為の同志が必要だ。

その同志を、幕府を討つ為の勢力にするのだ。

そして、その勢力の一つとして長岡藩を引き入れようとするだろう・・」

私は目を見開き、言った。

「でも、長岡藩には幕府への『恩』があります。

お祖父様も、おっしゃっていました。

『絶対に、公方(くぼう)様を裏切らない』

と。

長岡藩は、決して『討幕派』に与する事はありません!!」

兄上も深く頷き、言った。

「そうだ。

長岡藩は、たかだか七万四千石の小藩と言えども『譜代藩(ふだいはん)』。

『恩』のある徳川幕府を、裏切る事は断じてない。

武士としても、人としても・・・」

「・・・」

「しかし、『志』と『力』は違う。

その『志』を貫く為にも、国と民を守り、武士としての誇りを持ち、幕府を裏切らない為にも、長岡藩は『力』を付けなければならない。

『力』がなければ、『討幕派』に交渉も出来ない」

「交渉・・・?」

「『討幕派』の連中が長岡藩に『幕府を討て』と強制をしに来た時、長岡藩は強い武器を背景に『討幕派』と対等に交渉する」

「対等に交渉・・・?」

「『力』の無い者が

『出来ない』

『やれない』

と言っても、相手は納得しない。

『力』のある者が力尽くで、強制的に言う事を聞かせれば良いのだから」

「・・・」

「だからこそ、対等に交渉出来る位の『力』が我々には必要なのだ」

「対等に交渉出来る位の『力』・・・」

「自分達に劣らない、それ以上の『力』を持つ者と交渉するには慎重さを要する。

何故なら、もし相手が敵となった場合、自分達もただでは済まないからだ。

それ相応の、覚悟がいる。

出来れば自分達の損害は少なくしたいと考える『討幕派』は、

『長岡藩と戦うべきか』

『討幕を続けて良いか』

を考える事になるだろう」

すると、團一郎が兄上に向かって言った。

「兄上がおっしゃっていた『脅威』が戦を阻止する為の『抑止力』となるとは、つまり強大な武器を所持する事によって相手に『脅威』を与え、争う事も、戦に利用する事も躊躇させる、戦を抑える『力』になり得ると言う事なのですね。

だからこそ、河井様は新式の武器を購入する・・・」

兄上は頷き、言った。

「そうだ。

長岡藩は武器を実際に『人を殺す為の道具』として使うのではなく、『交渉を成功させる為の道具』として保有するのだ」

「『人を殺す為の道具』ではなく、『交渉を成功させる為の道具』・・・」

「だが、これは駆け引きだ。

強大な武器を持つ長岡藩は、『討幕派』と上手く交渉しなければならない。

それは、交渉者次第だ・・・。

その交渉者の役は、恐らく河井様が担う事になるだろう・・・」

「継兄さんが・・・」

「そうだ」

私は、考えた。

そして、心配そうに兄上に聞いた。

「出来るので・・・しょうか・・・?

継兄さんは武器を以て、『討幕派』と上手く交渉出来るのでしょうか・・・?」

兄上は少し考え、答えた。

「出来る・・・かは、分からない・・・」

「そんな・・・」

「だが以前、河井様にスイスと言う名の国の事を聞いた事がある」

「スイス・・・」

「西洋に、スイスと言う小さな国があるらしい。

その国は周りを他国に囲まれているが、どの国にも属さず中立を貫いていると言う。

それが出来るのはスイス軍と言う国軍を、スイスが擁しているからだ、と。

有事の時、彼らは自分の命に代えても国を守ると言う意志を他国に示す事によって、中立を、平和を保っている。

そうやって、スイスは常に他国を牽制しているそうだ」

「他国を牽制・・・」

「これは私の考えだが、河井様は長岡藩を、そして、いずれ日本を、スイスのような『中立国』にしたいのではないだろうか・・・?」

「日本を、『中立国』に・・・」

「そうだ。

河井様は日本を『中立国』とし、戦のない『強い国』にしたいのではないか・・・」

「日本を、戦のない『強い国』に・・・」

「だからきっと河井様は、もし『討幕派』が内乱を起こし、長岡藩を巻き込もうとするのならば、何としても交渉を成功させ、内乱を食い止めようとされるはずだ」

「でも、もし・・・。

もし、交渉が決裂したら・・?

そうしたら・・・長岡藩は・・・?」

兄上は私達に向かって、力強く答えた。

「戦をする」

「戦・・・!!

戦をしたら、多くの人が死にます!!

町が、燃えます!!」

「・・・」

「私達武家の人間は、それでも良いのかもしれません!!

その覚悟は、幼い頃から出来ていますから!!

でも・・・!!

でも、町の人達は・・・!?

平和に暮らしてきた人達は・・・!?」

私の頭に、はるちゃんや作助(さくすけ)さん、さよちゃん、定吉(さだきち)さん、徳兵衛(とくべえ)さん、岸丸(きしまる)ちゃん、町の人々の笑顔が過ぎった。

戦をすれば、皆が苦しむ・・・。

勿論、私達は幕府への『恩』を返すべきで、幕府を裏切ってはいけない。

でも、だからと言って町の人達を犠牲にして良いとは思えない。

あの人達から幸せを奪う権利は、私達にはない。

私は、兄上に向かって主張した。

「武家である私達は幕府への『恩』を返す為に戦えば、誇りを守る事は出来ます。

でもその誇りを守る為に戦えば、多くの犠牲を生みます。

王道政治(おうどうせいじ)』を目指す継兄さんが、ましてやスイスと言う国を目指す継兄さんが、人や町を犠牲にするような戦をするとは思えません!

武士としての誇りを守る事よりも、人の命や町を守る事の方が大切だと思います!

交渉などせず初めから『討幕派』の要求を呑めば、長岡藩は戦をせずに済むかもしれないのではないのですか!?」

「ゆきは交渉もせず、戦わずして『討幕派』に降伏すれば、人も町も守れると思うのか?」

「戦う意志が無いのだから、いくら『討幕派』の人間でも、町の人達を傷つけるような事はしないのでは?

それに『討幕派』だって、人です。

『幕府を裏切る』など、『人を裏切る』などと言う、『人の道』から外れるような事を無理矢理させるなどしないはずです」

私の言葉を聞き、兄上は首を横に振った。

そして、続けた。

「『討幕派』は、自分達の目的を達成する為には手段を選ばない。

『討幕派』は、降伏した藩を必ず利用する。

先程言った、『幕府を討つ』為の勢力の一つとして・・・。

『討幕派』は、言うだろう。

『武器を差し出せ』

『人を差し出せ』

『食物を差し出せ』

『金を差し出せ』

『抵抗する同志を殺せ』

『幕府を討て』

と・・・」

「・・・」

「降伏が、『命や誇りの保証』とは限らない。

人の命も町も誇りも、全てを失う可能性もある」

「そんな事・・・」


()()


だろうか・・・?


本当に・・・?


私は、言葉が詰まった。


兄上は、続けた。

「だからこそ命を懸けて、強大な武器を以て交渉する必要があるのだ。

そして、いざ戦となった場合、全てを守る為に我々は戦わなければならないのだ!!」

すると兄上は、團一郎の顔をじっと見つめながら言った

「戦が起きた時は團一郎、お前が私の替わりに国を、藩を、民を、家族を守る為に戦うのだぞ!!」

團一郎は一瞬息を呑み、そして悲しそうに言った。

「司郎兄上・・・。

私一人では、無理です。

長男は、兄上です。

兄上が、野口家の家督を継ぐ人です。

私は、飽く迄兄上を支える為に戦います。

だから・・・。

だから、兄上・・・。

兄上は・・・早く元気になって下さい・・・!

そして戦になった時、一緒に戦い、皆を守りましょう・・・!!」

兄上は自嘲的に微笑みながら、首を横に振った。

そして、自分の細くなった両腕を團一郎に見せながら、悲しそうに言った。

「私の腕は、もうこんなにも細い・・・

もう、刀も銃も・・・持てない・・・。

戦う事は・・・出来ない・・・」

私達は、細くなった兄上の真っ白な腕を見つめた。

本当に・・・細くなってしまった。


『兄上は、()()()()()()()生きる事が出来るのだろう・・・?』


そんな言葉が、過った。

こんな細い兄上を、戦で死なせたくない。

何も抵抗出来ないまま死ぬなんて、兄上は何よりも辛いはず。


どうして、こんな事になってしまったのだろう・・・。

ただ、平和に暮らしたいだけなのに・・・。

自分達の私利私欲を満たす為に、戦をしようとするなんて・・・。

そして、それを阻止する為に武器を持つなんて・・・。


私は、兄上に訴えた。

「戦をする為に武器を持ち、戦をしない為に武器を持つ。

そのような事を繰り返していては、日本は武器だらけになってしまいます。

戦ばかりの国に、なってしまいます。

武器がある以上、人はそれを利用するに違いありません。

武力で人を、国を、制圧して支配する事は『覇道政治(はどうせいじ)』に他なりません。

これ以上武器を持つ事は、私はとても危険な事だと思います。

戦の為に、『覇道政治』の為に、人も国も死んでしまうかもしれない。

それは戦をしない国を目指す継兄さんの考えとは、矛盾していると思います」

「そうだ、矛盾している。

しかし、それでも武器が必要なのだ。

戦をしない為にも、降伏しない為にも、優位な交渉をする為にも、人も町も守る為にも、武器を持つ必要があるのだ」

「・・・」

「『正義』を貫く為にも、『志』を貫く為にも、我らには武器が必要なのだ。

武器は『抑止力』であり、『備え』であり、我らの『意志』だ」

「・・・」

兄上は眉間に皺を寄せ、苦しそうに続けた。

「・・・誰も、戦など望んではいない・・・」

「・・・」

すると兄上は不安そうな顔をする私に顔を向け、にっこり笑って言った。

「『討幕派』が長岡藩に幕府を討てと言って来たとしても、河井様は戦をしないよう命懸けで交渉するはずだ・・・」

「・・・」

「交渉が決裂する可能性も、勿論ある」

「・・・」

「その時我々は、武器を使わざるを得ないかもしれない」

「・・・」

「だがそれは、『最終手段』だ」

「・・・」

兄上は、未だに不安がる私の頭を優しく撫でた。

そして、微笑みながら言った。

「大丈夫だ。

河井様は絶対に戦にならないように、我々が武器を使わないように、『討幕派』と上手く交渉して下さるはずだ。

河井様は、必ず長岡を守って下さる。

心配するな。

ゆき・・・」

私は不安で、涙が出て来た。

そして、涙声で呟いた。

「武器など、売る人がいなければ良かったのに・・・。

武器が無ければ、戦など起きないのに・・・」

「ゆき・・・」

「私は以前、継兄さんからエドワード・スネルと言う人の話を聞きました。

その人は、『武器商人』だと・・・」

兄上は一瞬目を見開き、落ち着いた声で言った。

「武器を売るのは、それを商売とする事によって利益を得る事が出来るからだ。

そして、その武器を求める人がいるからだ。

人が武器を求めるのは、『人の心』だ。

『嫉妬』や『憎しみ』や『野心』だ。

その心は、『不平等』から生まれる。

人は生まれながらにして、『不平等』だ。

その『不平等』は、決して無くならない。

そして、そこから生まれる『心』も無くならない・・・」


『人は生まれながらにして、『不平等』』


以前、鬼頭熊次郎(きとうくまじろう)様も同じような事を言っていた。


『人は生まれた時から、『不平等』だ』


鬼頭様も自分のその生まれを、『不平等』を呪った事があったと。

でも鬼頭様は、その『不平等』を受け入れる事によって、自分の『運命』を変える事が出来たと言った。

では、鬼頭様のように『不平等』を受け入れる事が出来なかった人は、どうなるのだろう・・・?

その人達は自分達の『運命』を呪い、憎み続けるのだろうか・・・?

その人達が、武器を求め続けるのだろうか・・・?


私は、兄上に聞いた。

「『不平等』が無くならない限り、人は自分の『運命』を呪い続け、武器を求め続けるのでしょうか?

武器で、自分の『運命』を変えようと・・・。

武器は・・・無くならないのでしょうか・・・?」

兄上は悲しそうに、そしてはっきりとした声で答えた。

「武器は・・・無くならない」

「・・・」

「『人を傷つけたい』

『国を侵略したい』

『脅威から、自分を守りたい』

そう人が思った瞬間、武器は出来る『運命』だった。

これは、『必然』なのだ」

「・・・」

「そして武器は人に発見され、作られてしまった。

人は自分達の欲望を満たす為にも、自分達を守る為にも、誰よりも強い『力』を求め続ける。

より強大な武器を、作り続ける。

だから、武器が無くなる事は絶対にない!!」

「・・・」

「我々は武器の驚異も、利便性も知ってる」

「・・・」

「もし他国が我々よりも強大な武器を持っていれば、我々は自分の国が侵略される可能性にずっと怯え続けなければならない」

「・・・」

「その脅威から逃れる為にも、我々はこう思うだろう。

『他国よりも大きな力があれば、侵略される事はない』

『その為には、強大な武器を持たなければならない』

と」

「・・・」

「逆に、他国は我々を侵略する為に、より強大な武器を得ようとする」

「・・・」

「国も人も、武器を求める・・・。

だから、武器が無くなる事はない!!」

「武器が無くなる事は、ない・・・」

「ああ。

人は『不平等』だから、人を憎み、妬む。

人は憎しみも妬みも、捨てる事は出来ない。

無くならなくて、当然だ。

()』なのだから。

『人』を憎むのは『許せない』からであり、『悔しい』からだ。

自分が『人』よりも、恵まれていないと思うからだ」

「・・・」

「『人』が『人』を妬むのは、『羨ましい』からだ。

『人』が自分にないものを、持っているからだ」

「・・・」

「『人』が『人』を憎み、妬む気持ちがある限り、武器は無くならない。

そして、戦も無くならない。

武器がある限り、戦は無くならない。

武器は人を傷つけ、殺し続ける」

「・・・」

「そして『憎しみ』と『妬み』は、増え続ける・・・」

「・・・」

すると兄上は黙ったままの私に少し微笑み、続けた。

「だが・・・武器を()()()事は出来なくとも、武器を()()()事は出来る」

兄上の言葉に私は驚き、兄上に聞いた。

「武器を()()()事は、出来る・・・?」

兄上は私の目をじっと見つめながら、答えた。

「ああ。

『人』が、変われば良いのだ」

「『人』が、変わる・・・?」

兄上は頷き、答えた。

「そうだ。

『人』を変える為に、『人』を育てるのだ」

「『人』を育てる・・・?」

「『不平等』を受け入れる強い心を持つ『人』を、育てるのだ。

少しでも平等な世の中を作る努力をする『人』を、育てるのだ。

武器を正しく扱う『人』を、育てるのだ。

武器を少しでも減らそうと努力する『人』を、育てるのだ。

平和を愛する『人』を、育てるのだ。

その為にも、『教育』が必要なのだ」


『教育』


その言葉を聞いて、私は小林虎三郎(こばやしとらさぶろう)様の言葉を思い出した。


『国を豊かにする為に必要なのは『教育』であり、実力のある有能な人材だ。

そう言った人材が上に立ち、そして、その人間がまた有能な人材を見つけ続ければ、国は更に豊かになる。

『学問』や『教育』は、未来の為にも何よりも必要なものなのだ。

今こそ日本は、多くの有能な人材を育てるべきである』


同時に、継兄さんの言葉も思い出した。


『もう少しすれば、男は皆、(まげ)を切って短髪になる。

皆、『市民』となる。

『市民』は皆、平等だ。

メリケン(アメリカ)では『市民』が国の代表者を、『市民』の中から決める。

日本のように特権階級の者の中から、特権階級の者を選ぶのではない。

同じ権利を持つ者が、同じ権利を持つ者の中から優秀な『人』を選ぶ。

身分の違いも差別もない。

平等だ。

その外国の文化を日本も取り入れれば、皆、平等になる。

武士も農民も商人もいない、平等な世界になる。

そうすれば、優秀な『人』を育てる事は今よりも容易になる。

多くの『人』を、育てる事が出来る。

日本の財産は、『人』だ。

『人』は、日本を発展させる。

それは、もう其処まで来ている』


兄上は、力強い声で続けた。

「『教育』により『人』を育て、『人』が変わり、『人』が国を豊かにし、そういった『人』や国が全て、武器を減らす努力を()()にすれば、武器を()()()事は出来る!!」


『武器を減らす事は出来る・・・』


「武器が減れば、戦も減る!!」


『戦も減る・・・』


「戦が減れば、平和な世が続く!!」


『平和な世が続く・・・』


すると、兄上は私と團一郎を見据え、低い声で言った。

「この世が、戦のない世になる事はないだろう・・・。

それでも戦を減らす努力を、我々『人』はしなければならない。

それが武器を生んだ我々『人』の『責任』であり、『役割』でもある。

そして、これは、これからも生き続けるお前達の『役割』でもある」


そう言って兄上はにっこりと微笑み、いつまでも止みそうにない雨をじっと見つめた。


私達は兄上に、何と言えば良いのか分からなかった。


私達は兄上の見つめる雨を、一緒に見つめる事しか出来なかった。

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