四つの花 『三.改革』
慶応三年(1867年)弥生(3月)
継兄さんは慶応元年(1865年)七月に『外様吟味役』に再任すると、その三ヶ月後には『郡奉行』に就任した。
また慶応二年(1866年)十一月、『町奉行』も兼任するようになった。
そして今年三月、『評定役・寄会組』になった。
継兄さんは出世する度に、『藩政改革』を益々進めていった。
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私はご挨拶も兼ねて、江戸詰となる継兄さんの家を久しぶりに訪れた。
部屋に通されると、継兄さんは江戸行きの準備を色々としていた。
私は忙しそうな継兄さんの背中を座って見つめながら、継兄さんに言った。
「継兄さんは、どんどん出世しますね・・・」
継兄さんは手を休めず、言った。
「ああ・・・。
そうだな・・・。
だが、まだまだだ」
「『まだまだ』!?
継兄さんは、まだ出世するつもりですか!?」
それを聞き、継兄さんは手を止めて私の方を振り返って言った。
「当たり前だ!!
改革は、まだ途中だ!!
もっと、改革しなければならない!!
そして更なる改革を進める為には、ある程度の権力が必要だ!!」
私は継兄さんの言葉に驚き、聞いた。
「改革って・・・。
まだ、何かやるつもりなのですか・・・?」
「勿論だ!!」
「・・・!!」
驚く私に身体を向け、継兄さんは背筋を正しながら小さな声で続けた。
「ゆき・・・。
これは内緒だが、俺は『遊郭』を廃止するつもりだ」
私は、驚きを隠せなかった。
そして、身を乗り出して継兄さんに聞いた。
「え!?
でも、継兄さんは『吉原細見』を熟読する程の女好きではありませんか!?
『遊郭』を廃止しては、継兄さんの大好きな女遊びが出来なくなりますよ!?
本当に、良いのですか!?
本当に、良いのですか!?」
継兄さんは、少し戸惑った表情をしながら答えた。
「何故、二度も言う・・・。
しかも、
女好き・・・。
女遊び・・・。
若い女子が、そんな言葉を使ってはならん・・・」
「言葉を変えても、意味は一緒です」
「いや・・・。
そうだが・・・。
『言い方』と言うものがある。
言葉によって、印象は違う。
俺の印象が、益々悪くなる」
「どんなに言葉を変えても、継兄さんの印象はこれ以上悪くはならないと思います」
「・・・」
継兄さんは、黙ってしまった。
そして深く溜息をつき、諦めたように続けた。
「一応言ってはおくが、俺は単に女と遊ぶ為だけに『遊郭』へ行っていたのではないぞ」
それに対して、私は間髪を容れず叫んだ。
「嘘!!
そんな訳ありません!!
女遊びでは無いのなら、継兄さんは『遊郭』で一体何をしていたのですか?
あ!!
もしかして本当は男の方が好きで、それを隠す為に『遊郭』へ・・・」
「違う!!
違う!!
俺は、女が好きだ!!
大好きだ!!
いや。
だからと言って、『男色』を否定している訳でもなく・・・。
別に俺が特別好色だと言う訳でもなく・・・。
ああ・・・。
おみしゃんは面倒だな・・・。
ええと・・・。
つまり『遊郭』へ行っていたのは、女と遊ぶ事だけが目的だったのでは無いと言う事だ!!」
焦る継兄さんを見ながら、私は疑わしげに聞いた。
「『男色』を隠す為でも無く、女性と遊ぶ為でも無いのなら、継兄さんは『遊郭』で何をしていらしたのですか?」
「情報収集だ!!」
継兄さんは、自信満々に答えた。
私は、目を大きく見開きながら聞いた。
「情報収集?
何の為に?」
継兄さんは腕を組みながら、少し得意げに答えた。
「『遊郭』に行けば、様々な人に出会える。
城の中や町中では話を交わす事が難しい人とも、話をする事が出来る。
また素面では言えない事も、酒を飲んで気が緩んだ時に聞く事が出来る」
私は継兄さんのその説明に納得がいかず、聞いた。
「なら、どうして情報収集に重要な所である『遊郭』を廃止するのですか?」
継兄さんは、目を瞑りながら説明した。
「『遊郭』にのめり込み、身代を潰す者が沢山いるからだ。
それは、長岡藩の質実剛健の風紀を乱す」
「まあ・・・。
確かにそうですね・・・」
私は、それには同意した。
継兄さんは目を見開き、少し怒りながら続けた。
「遊女の客には『上中下』の三通りあり、『上中』の客と言うのは金もあり、妻子ある分別ある男だ。
そんな男を得意客として商売している『遊郭』などは皆、ぶっ潰してしまえば良いのだ」
「ぶっ潰す・・・」
そして継兄さんは、少し悲しそうな顔をしながら呟いた。
「本当に、遊女は可哀そうだ・・・。
俺は『遊郭』に通い、遊女と話をして彼女達の生活を知った。
遊女は幼い頃に、借金のカタに売られた者達が多い。
遊女は男の相手をして金を稼ぎ、借金を返す。
人気のある遊女なら、まだ良い。
借金も、いつか返せるだろう。
もしかしたら、金持ちの許にも嫁げるかもしれぬ。
だが、そうではない遊女の方が多い。
遊女達は休みもなく、粗末な食事しかとれず、着物も化粧道具も自分で揃えなければならぬから、多く稼げない限り借金が増える一方だ。
遊女は、一生『遊郭』から出る事が出来ない。
『梅毒』などの病に罹ったり、年老いたら捨てられる。
同じ人であるにも拘らず、商売道具としてしか見られていない。
ただ、『生まれ』が違うだけなのだ。
それだけで、こんなにも『生き方』が違う。
『生まれ』は自分で選ぶ事も、変える事も出来ない。
しかし『生き方』は選ぶ事も、変える事も出来る。
だから、その『生き方』を変える手助けをする為に、俺は『遊郭』を、それと同時に『私娼』も廃止するつもりだ」
「でも、いきなり廃止をして、『遊郭』で働いていた人達は仕事が無くなってしまいます。
それこそ、生きていく事が出来なくなると思います」
「遊女達には後の生活に困らぬように旅費を渡し、一時金を与えて『遊郭』に戻らぬようにするつもりだ」
「一時金・・・」
「自分の身を削ってまで働く遊女としてではなく、小さくても幸せな人生を送る事の素晴らしさに気付いてもらえれば良いのだが・・・」
「小さくても幸せな人生・・・。
でも遊女の人達がその一時金で仮に幸せになれたとしても、『遊郭』を営んでいた人達はどうするのですか?
直ぐに町の人と同じ暮らしをするのは、難しいのではありませんか?
いきなり違う仕事をしろと言われても・・・」
「ああ。
だから、次の仕事を始める為の資金を彼らには貸与するつもりだ。
その資金で、次の『生き方』を探してもらいたい」
そんなに直ぐに人生を変える事が出来るのだろうかと疑問に思いながらも、私は少し感動していた。
継兄さんは町の人達の事を、本当に考えていたのだ。
これが、継兄さんが目指す『王道政治』の一つなのかもしれないと思った。
それと共に、私は少し反省した。
私は継兄さんが単なる女好きで『遊郭』に行っていると、ずっと思っていたから。
私は、神妙な表情で継兄さんの名前を呼んだ。
「継兄さん・・・」
継兄さんは私の方を向き、少し微笑みながら言った。
「何だ?」
私は少し下を向き、続けた。
「『遊郭』の廃止は、藩の為、遊女の為の改革と言う事なのですね・・・」
「ああ」
私は少し頭を下げ、継兄さんに言った。
「申し訳ありませんでした・・・。
継兄さんの事を女好きで、遊んでばかりで、だらしがないと言ってしまいました・・・」
「遊んでばかりで、だらしがない・・・?
そんな事、言っていたか・・・?
何か増えて・・・いないか?
おみしゃん。
俺の事、そんな風に思っていたのか・・・?
まあ・・・。
良い・・・。
ゆきが、謝る事はない。
女好きは、本当の事だ」
継兄さんはそう言うと、にんまりと笑った。
私は、続けた。
「でも、遊女の人達や『遊郭』を営む人達の次の仕事がうまくいかなかったら?
遊女も『遊郭』を営む人も、仕事が無ければ犯罪に手を染めるのではありませんか?」
継兄さんは私の言葉を聞き、頷きながら答えた。
「そうだろうな・・・。
まともに金を稼ぐ事が難しく、犯罪に手を染める者も現れるだろう・・・。
『河井の力不足』『改革の犠牲』と言われれば何も言えぬが、この改革は藩の為にも、民の為にも必要な事なのだ。
何と言われようが、断行する。
そして犯罪を犯す者がいれば、厳しく処罰する。
生きていけないから、犯罪を犯して良い訳がない。
罪は、罪だ。
犯した罪は、償わなければならない。
必ず、罰しなくてはならない。
だが、ただ罰するだけでは駄目だ。
罪を償った後に牢から出てきても、生きていく術がなければ、また同じ罪を繰り返す。
そうならない為に、俺は『寄場』を設置したのだ」
「『寄場』・・・」
継兄さんは深く頷き、続けた。
「更正の機会を与える場・・・それが『寄場』だ。
『寄場』で手に職をつけさせ、放免の日にそれまで稼いだ積立金を彼らに与える事にしている」
「なるほど・・・。
『手に職があれば、次の仕事も見つけ易い』
『稼いだお金があれば、それを利用して新しい仕事を探すまでの生活費にも充てられる』
と言う事ですね」
「そうだ。
そして、その『場長』を寅にした。
寅は、俺の改革を良く理解している同士だからな・・・。
寅は、信頼出来る。
それに、寅は頭が良い。
だから、『場長』に選んだ。
寅はこの先、必ず長岡の、日本の為になる男だ」
寅さんの事をそう話す継兄さんは、まるで兄弟の事を誇らしく語っているようだった。
「俺は、他にも改革するつもりだ」
継兄さんは、興奮しながら続けた。
「『株による独占特権の禁止』や『河税の廃止』もするつもりだ。
『株による独占特権の禁止』では、魚屋や髪結いなど六業種の株(営業上の権利)に対する特権を廃止する」
「特権の廃止?
それは、何の為ですか?」
「自由競争を促す為だ。
自由競争にすれば商売人は切磋琢磨してより良いものを提供しようとし、消費者も良い物を手に入れる事が出来る様になる」
「なるほど・・・。
そうすれば、藩は活気づくかもしれんませんね・・・。
では、『河税の廃止』は何の為でですか?」
「藩の収入源でもある信濃川の河税(通行税)を廃止するのは、多くの『人』や『もの』が自由に行き来出来るようにする為だ。
そうすれば、もっと多くの様々な『もの』を輸入する事が出来る。
そして藩で作った『もの』、独自の『もの』などを輸出する事も出来る。
これらの改革をすれば町は活性化し、『人』も育ち、より良い『もの』も出来、出来た『もの』を様々な所で売れば藩財政も潤う」
藩財政が、潤う・・・。
私は、数年前の事を思い出した。
継兄さんが『郡奉行』に就任した時、長岡藩の財政は窮乏していた。
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長岡藩は表向き七万四千石と言われていたが、実収入は十四万石あった。
それは長岡藩が支配していた新潟港が『北前船』の寄港地であり(但し、天保十四年(1843年)、江戸幕府に上知されて『天領(幕府直轄領)』となった)、また長岡藩領域は信濃川、阿賀野川流域を含んでいたので湿地帯も多く、新田開発に適していたからだ。
寄港地では『廻船問屋(荷主と船主の間を取り持つ海運業者)』や『蔵宿(米の売却斡旋や米を納める蔵貸)』が活気づいており、其処を支配する長岡藩も利益を得た。
また代々長岡藩主は積極的に新田開発を進め、年貢米だけではなく、出来た米を売り、米の流通を増やした。
だから長岡藩には、倍の実収入があった。
それにも拘らず、藩財政は厳しかった。
それは、何故か?
一. 藩主や藩士達の濫費
二. 享保十三年(1728年)の『三蔵火事』などの火災
三. 信濃川の氾濫や洪水、飢饉
四. 悠久山や『藩校』建設などの出費
五. 文政十一年(1828年)の『三条地震』
六. 新潟町の上知命令
七. 藩主の『老中』『京都所司代』の就任
八. 役人の不正や賄賂の横行
九. 新田開発による恩恵が続かず、却って出費が増えていった
などの為である。
その為、藩は藩士の『知行(俸禄として支給した土地)』を半分借り上げたり、富豪から借金したりした。
また新潟町へ、『御用金(『御用商人』などに臨時募集した金)』の賦課(税金の負担)を行った(しかしその為、明和五年(1768年)『新潟明和騒動』が起こった)。
それでも、長岡藩にはまだ十四万両の負債があった。
その負債をなくしたのが、継兄さんだった。
継兄さんが『郡奉行』になってから様々な改革を行い、負債をなくした。
『水腐地の見直し』
『社倉の設置』
『毛見制禁止』
『賄賂の禁止』
『中ノ口川改修』
また昨年十一月、『町奉行』兼任の時に
『寄場創設』
『賭博の禁止(継兄さんは博徒を装って賭場に侵入し、博打を禁止するよう厳重に注意)』
『妾の禁止』
を行った。
継兄さんは、
『相互扶助』
『町の活性化』
『産業振興』
『藩債の整理』
『藩費節約』
『徴税改廃』
『増収』
『蓄財』
を長岡藩にもたらした。
継兄さんの改革によって、長岡藩の赤字は一年で解消した。
そしてその翌年には、約十万両も蓄える事に成功した。
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私は、継兄さんに質問した。
「長岡藩は継兄さんの改革のおかげで、十分豊かになったと思います。
藩庫は、十分潤っていると思いますが・・・。
まだ改革が、必要ですか・・・?
これ以上締めつけると、人は反発すると思います。
『水腐地の見直し』や『社倉の設置』『毛見制禁止』『賄賂の禁止』『中ノ口川改修』『寄場の創設』『妾の禁止』は民の為にも、良い改革だとは思います」
「ああ」
「でも、『賭博の禁止』はどうでしょうか?」
「賭博は、風紀を乱す」
「勿論、賭博が悪い事とは思いますが、民は嫌がると思います。
人にとって賭博は、ある意味、娯楽なのではないでしょうか?
人の楽しみを奪う事は、『人の為の政治』ではないと思います。
『人の為の政治』が、継兄さんにとっての『王道政治』なのではありませんか?」
私の言葉に、継兄さんは少し怒りながら言った。
「だからこそ、必要なのだ。
『王道政治』を実現する為に、俺は悪を懲らしめているのだ」
「悪を、懲らしめている・・・?」
「藩は確かに以前と比べて豊かになったかもしれないが、人は未だに豊かになっていない」
「人が、豊かになっていない・・・?」
「そうだ。
賭博は、人を苦しめるものだ。
人の弱さを、助長するものだ。
負ければ更に金を積み、勝っても更に金を得ようとする。
たとえ人に一時的な快楽を与えても、これらはいずれ人に害を及ぼす。
このままでは、人はいつまで経っても豊かになれない」
「・・・」
「俺が目指すのは、『王道政治』による『富国』だ。
『富国』とは、国だけが豊かであると言う事ではない。
国も人も豊かである国、それが『富国』である」
「国も人も豊か・・・」
「国は人であり、人は国である。
国が豊かになれば、人も豊かになる。
人が豊かになれば、国も豊かになる。
国が豊かであるとは、経済的に豊かで、素晴らしい人材がいると言う事だ。
人が豊かであるとは、まあ、人それぞれ幸せは違うと思うが、経済的にも精神的にも満たされていると言う事だ。
俺は『王道政治』により、苦しむ国や人を救い、育て、豊かにしたい。
それが、『経世済民』だ」
「『経世済民』?」
「太宰春台の、『経済録』を知っているか?」
「いいえ・・・」
「『凡天下国家を治むるを経済と云
世を経め民を済う義なり』
つまり、
『乱れた世を整え、困窮している民を救う』
と言う事だ。
それを実践すれば、国も人も富む」
「国も人も富む・・・。
つまり、『富国富民』ですね・・・。
継兄さんは、改革により長岡藩を『富国富民』の国にするつもりなのですね」
私の言葉に、継兄さんは満足そうな表情をしながら続けた。
「ああ。
そうだ。
先ずは、長岡藩の『富国富民』だ。
そして、次は日本だ」
「日本・・・?
継兄さんは、日本の事まで考えているのですか?
でも・・・長岡藩は小藩・・・。
継兄さんの様な小藩の武士が、そんな壮大な事を考えても・・・」
そう私が言うと、継兄さんはニヤリと笑い、そして堂々と言った。
「いや!!
俺は、必ず実現する!!
それが俺の『役割』であり、俺はその為に生まれてきたと信じている!!」
「継兄さんの『役割』・・・」
「俺は長岡藩を豊かにし、日本を豊かにし、外国に侵略されない、強く、独立した国を作る」
「強く、独立した国・・・?
国を強くして、継兄さんは一体どうするつもりなのですか?」
「国内外からの脅威に備える」
『国を強くして、国内外からの脅威に備える』
私は、継兄さんのその言葉が少し怖かった。
国を強くするとは、強い力を持つと言う事。
国内外からの脅威に備えるとは、いつ外国と戦っても良いように準備すると言う事。
継兄さんはその為に、強力な武器を持つつもりなのだろうか?
継兄さんはその武器を以て、戦をするつもりなのだろうか?
以前、私はさよちゃんに戦があるかと聞かれ、
私は
『戦なんてしないよ』
と、はっきり断言した。
『王道政治』を目指す継兄さんが、国や民を苦しめる戦なんてする訳がないと確信していたから・・・。
でも、さっきの継兄さんの言葉で、その気持ちが少し揺らいだ。
私は、継兄さんに確認したかった。
私は震えながら、継兄さんに質問した。
「継兄さんは・・・」
「何だ?」
継兄さんは震える私を見て、少し心配そうに言った。
私は、続けた。
「継兄さんは・・・戦をするつもり・・・なのですか・・・?」
継兄さんはその鳶色の目で私の目をじっと見て、力強く答えた。
「戦など、断じてしない!!
戦をしない為に、強くなるのだ!!
日本を守る為に、日本は強くならなければならないのだ!!
強さは、備えの為だ!!」
と継兄さんが言ったその時、すが様の声が障子越しに聞こえて来た。
「貴方。
お城から、御呼び出しがありました」
継兄さんは、すが様の方を向き言った。
「殿さんが、俺を・・・?
分かった、直ぐに行く。
では、ゆき。
またな」
そう言って継兄さんは立ち上がり、急いで部屋を出て行った。
私は部屋を出る継兄さんの背中を、少し不安そうに見送った。
『戦はしない』
私は、継兄さんのその言葉を信じたかった。




