表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
むつの花  作者: 野口 ゆき
38/77

四つの花 『二.物の怪』

慶応(けいおう)三年(1867年) 如月(きさらぎ)(2月)


紅い空が広がる黄昏時(たそがれどき)、私とはるちゃんは信濃川(しなのがわ)の近くを歩いていた。

昨晩降った雪が少し積もっていたので、私達は滑らない様にゆっくりと雪を踏みしめながら歩いた。

すると、私は自分達の前を歩く二人の男の子を見つけた。

二人とも、十歳位に見えた。

一人は露草(つゆくさ)色(青色)の着物を着た『坊主頭の男の子』、もう一人は白に近い薄い水色の着物を着た『おかっぱ頭の男の子』。

様子を窺っていると、突然『坊主頭の男の子』が雪に滑った。

「危ない!!」

私は咄嗟に走り、その子が滑って転ぶのを間一髪で助けた。

その子を支えながら、私は言った。

「大丈夫!?」

その子は少し驚いた顔をしていたが、直ぐに何も無かったかのように立った。

「ありがとうございます」

「怪我は・・・ない?」

「ないです」

「そう・・・。

良かった・・・。

気を付けて歩いてね」

「はい」

そう言って、二人は歩き出した。

私が二人の後ろ姿を見つめていると、はるちゃんが小走りに私の傍に来て私の名前を呼んだ。

「ゆきちゃん」

そして、はるちゃんは心配そうに私に聞いた。

「どうしたの?

ゆきちゃん」

私は、二人から目を離さないように答えた。

「う・・・ん。

十歳位の二人の男の子が前を歩いていて、その内の一人の子が滑って転びそうだったから助けたの」

それを聞き、はるちゃんは少し驚いた顔をして呟いた。

「そう・・・なんだ・・・」

はるちゃんは、何故か『不思議そうな顔』をしていた。

私ははるちゃんの表情がちょっと引っ掛かり、はるちゃんに聞いた。

「どうしたの・・・?」

「う・・・ん・・・」

はるちゃんは、何か言いたいようだった。

私はそんなはるちゃんを気にしながらも、二人の男の子の方を見続けた。

見ていると、二人は町とは逆の方向へ向かっていた。

私は、呟いた。

「あれ・・・?

二人とも、町とは反対の方向へ行っているみたい・・・」

それを聞いたはるちゃんは驚いた表情をし、私の袖を引っ張って言った。

「え!?

これから暗くなるよ!?

止めた方が、良いのじゃない!?」

「うん!!

私も、そう思う!」

私ははるちゃんの手を握り、前を歩く二人の男の子に走って近づいた。

私は、『坊主頭の男の子』に話し掛けた。

「ねえ。

何処へ行くの?

これから、暗くなるよ?」

その子は歩みを止めずに、冷静に答えた。

「もっと、人気のない所へ行くつもりです」

その想定外の答えに私は少々戸惑いながらも、『坊主頭の男の子』に聞き返した。

「ひ・・・人気のない所・・・?

どうして?」

その子は、淡々と答えた。

「『ひゃっきやこう』を見るのです」

「『百鬼夜行(ひゃっきやこう)』!?」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


『百鬼夜行』とは、深夜の町を妖怪や鬼が集団で徘徊する事である。

宇治拾遺(うじしゅうい)物語(ものがたり)』や『今昔(こんじゃく)物語集(ものがたりしゅう)』『大鏡(おおかがみ)』には、『百鬼夜行』に遭遇した人々の事が書かれている。

遭遇した人達はお札を握り締めたり、お経を唱える事によって難を逃れている。

つまり『百鬼夜行』は、仏の偉大さを教える為のものでもある。


また『百鬼夜行絵巻(ひゃっきやこうえまき)』も残されており、それには色々な妖怪や鬼が描かれている。

恐ろしい妖怪もいれば、滑稽な妖怪もいる。

どこか人間らしい一面もあり、妖怪は私達にとって、とても身近な存在だ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


私は『坊主頭の男の子』の言葉を聞いて、少し怯えながら聞いた。

「どどどどど・・・どうして・・・?

どうして、『百鬼夜行』を見たいの・・・?」

『坊主頭の男の子』は、静かに答えた。

「確かめたいのです」

「確かめたい・・・?

何を?」

「『(もの)()』が、本当に存在するのかどうかをです」

「『物の怪』が、本当に存在するのかどうか?

どうして、確かめる必要があるの?」

『坊主頭の男の子』は立ち止まり、私の目を真っ直ぐ見ながら答えた。

「先日、わたしは家で不思議な体験をしました」

「不思議な体験・・・?」

「はい。

夜半、寝ていると、ふと目が覚めました。

灯りも全て消えていて、まっ暗でした。

わたしは横になったまま、まわりを眺めました。

すると、となりの部屋の障子の(ほね)の間から、人の顔のようなものが見えました。

誰かが、わたしの部屋をのぞき込んでいるようでした。

わたしは起き上がって、見てみました。

しかし、怖くて近づくことは出来ませんでした。

しばらくすると、その顔はひっこみ、またしばらくすると、その顔は部屋をのぞき込みました。

わたしは、

『これが、幽霊なのだ』

と思いました。

そして、ますます怖くなり、布団を頭からかぶって縮みこんで寝ました」

「・・・」

私は、思わずはるちゃんの袖を握った。

『坊主頭の男の子』は、続けた。

「次の日の朝、やはり幽霊が気になり、となりの部屋へ行きました。

すると、幽霊だと思っていたものの正体が分かりました」

私は、怯えながら聞いた。

「正体・・・て・・・?」

『坊主頭の男の子』は、淡々と答えた。

「障子の紙が破れて、風に吹かれるたびに揺れ、人の顔のように見えていただけでした。

わたしは、この時思ったのです。

『『物の怪』は全て紙きれだと思えば、恐ろしくなどないのだ』

と」

そう言うと、『坊主頭の男の子』は再び歩き出し、『おかっぱ頭の男の子』もそれに付いて行った。

私もはるちゃんの手を引きながら、『坊主頭の男の子』に付いて行った。

『坊主頭の男の子』は、歩きながら言った。

「だから、わたしはこれから『ひゃっきやこう』を見に行って、それが本当に恐ろしいものかどうかを確かめるつもりです」

私は、『坊主頭の男の子』に言った。

「でも・・・『百鬼夜行』に出会えるとは、限らないよ・・・?」

「『ひゃっきやこう』は正月、二月子日(ねのひ)、三月午日(うまのひ)、四月午日、五月巳日(みのひ)、六月巳日、七月戌日(いぬのひ)、八月戌日、九月未日(ひつじのひ)、十月未日、十一月辰日(たつのひ)、十二月辰日の『ひゃっきやこう日』に出現すると言われています。

今日は、二月子日です。

だから、『ひゃっきやこう』に出くわすかもしれません」

「『百鬼夜行』が、もし本当に恐ろしいものだったら・・・?

『百鬼夜行』に出会うと、死ぬと言われているけど・・・?」

私の問いに、『坊主頭の男の子』は自信満々に答えた。

「大丈夫です。

もし本当に恐ろしいものだったとしても、呪文を唱えれば良いのです。

そうすれば妖怪は逃げると、『拾芥抄(しゅうがいしょう)(百科事典)』にも書かれていました」

「呪文・・・?」

「『カタシハヤ エカセニクリニ タメルサケ テエヒ アシエヒ ワレシコニケリ』」

「『カタシハヤ エカ』・・・?

何それ・・・?

どう言う意味・・・?」

「知りません」

「え!?

そんな意味の分からない呪文を唱えて、本当に大丈夫!?」

「大丈夫です。

もし効果がなければ、お経を唱えれば良いのです」

「え!?

お経を唱えられるの?」

「はい。

私の家は、お寺ですから。

あ。

申し遅れました。

私は『慈光寺(じこうじ)』の住職・井上圓悟(いのうええんご)の長男、井上岸丸(いのうえきしまる)です」

「岸丸ちゃん・・・。

ああ・・・。

私は、野口ゆき」

そして私ははるちゃんの手を引き、はるちゃんを紹介した。

「こちらは、私の友達のはるちゃん。

えと・・・。

岸丸ちゃんの隣にいるのは・・・友達の・・・?」

私は『おかっぱ頭の男の子』に、名前を聞いた。

その子は『雪』のように白く、綺麗な顔立ちをしていた。

その子は、少し戸惑いながら答えた。

「・・・私は・・・」

「・・・?」

『おかっぱ頭の男の子』は、小さな声で答えた。

「・・・太郎」

私は良く聞き取れなかったので、もう一度確かめる為に聞いた。

「太郎・・・ちゃん?」

すると、太郎ちゃんはこくりと頷いた。

良く見ると、太郎ちゃんはたらたらと汗をかいていた。

私は心配になって、太郎ちゃんに聞いた。

「太郎ちゃん?

凄く汗をかいているけれど・・・大丈夫?

熱が、あるのではない?」

私は、太郎ちゃんの額に手を当てた。

「わ!!」

熱いと思っていた太郎ちゃんの額があまりにも冷たかったので、私は変な声を出して太郎ちゃんから手を引っ込めた。

私は心配して、太郎ちゃんに聞いた。

「太郎ちゃん!!

額がとても冷たいけれど、本当に大丈夫!?」

再び、こくりと太郎ちゃんは頷いた。

確かに太郎ちゃんの額は冷たく、汗をかいてはいたけれど、体調が悪そうには見えなかった。

すると、太郎ちゃんが私の右手を食い入る様に見つめた。

私は太郎ちゃんの様子に気付き、自分の右手の甲を太郎ちゃんに見せながら言った。

「ああ・・・。

これ?

これは、一昨日転んで擦りむいたの」

そう聞くと、太郎ちゃんは(おもむろ)に私の右手をとって、優しく握った。

太郎ちゃんの手は触った瞬間、額と同じ位冷たかった。

そして一瞬だけ暖かく感じると、太郎ちゃんは私の手を放し、黙ってしまった。

私は不思議に思って、太郎ちゃんの顔を覗き込みながら言った。

「太郎・・・ちゃん?」

「・・・」

太郎ちゃんは、黙ったままだった。

私は太郎ちゃんの事を気にしながら、岸丸ちゃんの方を向き、聞いた。

私は取り敢えず何とか岸丸ちゃんを説得して、早いところ岸丸ちゃん達を家に帰さなければならないと思った。

「もし、『百鬼夜行』に出会えなかったら?」

「『ひゃっきやこう』が見れなくても、『しゅてんどうじ』がいた『砂子塚(すなごつか)』へ行くつもりです」

「『酒呑童子(しゅてんどうじ)』・・・」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


『酒呑童子』とは、丹波(たんば)(京都)大江山(おおえやま)に住んでいた鬼の頭領である。

お酒が好きであった事から、この名がついた。


一条(いちじょう)天皇の頃(十世紀頃)、京で『神隠(かみかく)し』が発生した。

時の陰陽師(おんみょうじ)安倍晴明(あべのせいめい)に占わせたところ、『酒呑童子』の仕業である事が分かった。

一条天皇は、源頼光(みなもとのよりみつ)達を『酒呑童子』征伐に向かわせた。

源頼光には四人の家臣がおり、彼らは『頼光四天王(らいこうしてんのう)』と呼ばれた。

『頼光四天王』は、渡辺綱(わたなべのつな)坂田公時(さかたのきんとき)(『金太郎』のモデル)、碓井貞光(うすいさだみつ)卜部季武(うらべのすえたけ)である。

源頼光達は『酒呑童子』達に八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)から貰った『神便鬼毒酒(じんべんきどくしゅ)』と言う毒酒を飲ませて泥酔させ、殺した。

『酒呑童子』を成敗後、その首を京に持ち帰り、首を宇治(うじ)の『平等院(びょうどういん)』に納めた。


『酒呑童子』の出生には、他にも色々な話がある。


伊吹山(いぶきやま)(滋賀)の酒呑童子』は、近江国(おうみのくに)(滋賀)の長者の娘『玉姫御前(たまひめごぜん)』と伊吹山の『伊吹大明神(いぶきだいみょうじん)八岐大蛇(やまたのおろち))』の間に生まれた。

両親は『酒呑童子』を『須川(すがわ)長者(ちょうじゃ)(母方の祖父)』へ託し、伊吹山に登ってしまった。

『須川の長者』の子として育った『酒呑童子』は、内裏(だいり)の祝賀行事の為に『鬼踊り』を披露する事になった。

『酒呑童子』は鬼の面をつけて踊り、酒を飲んで寝たところ、鬼の面が顔から取れなくなってしまった。

驚いた『酒呑童子』は養父である『須川の長者』の許へ行ったが受け入れてもらえず、両親のいる伊吹山へ追いやられた。

伊吹山に登った『酒呑童子』は神通力を得て、人を喰らうようになった。

その後、最澄(さいちょう)(天台宗の開祖)の祈祷により伊吹山から追放され、大江山(おおえやま)へ移り住んだ。


大和国(やまとのくに)(奈良)の酒呑童子』は、大和国の『白毫寺(びゃくごうじ)』の稚児(ちご)(乳児、幼児)であった。

この稚児は、ある日近くの山で死体を見つけた。

そして、好奇心からその人肉を食べた。

人肉の魅力に取りつかれた稚児は、生きている人を襲って喰らうようになった。

それを知ったお寺の僧達は稚児を折檻し、山に捨てた。

その後、その稚児が『酒呑童子』となった。


越後(えちご)(新潟)の酒呑童子』は昔、『外道丸(げどうまる)』と言う名の絶世の美少年であり、多くの女性から恋文を貰った。

しかし、全ての女性の誘いを断った。

すると、女性全員が恋煩いで死んでしまった。

彼は、貰った文を焼いた。

その煙に巻かれ、彼は鬼と化した。

女性の恨みによるものだった。

『酒呑童子』となった彼は、その後各地を彷徨い歩き、大江山に辿り着いた。


『酒呑童子』には『茨木童子(いばらきどうじ)』と言う家臣がおり、『越後の酒呑童子』と同様の出生話がある。

『越後の酒呑童子』は『砂子塚(新潟県(つばめ)市)』の『国上寺(こくじょうじ)』の稚児で、『茨木童子』は軽井沢(新潟県長岡市軽井沢)の『弥彦(やひこ)神社』の稚児であった。

『茨木童子』も絶世の美少年であり、多くの女性に言い寄られた。

それを案じた母親が、彼を『弥彦神社』に預けた。

ある日、彼が実家に帰ると、母親が行李(こうり)(籠)の中に隠した血塗の恋文を見つけた。

その血を舐めたところ、彼は鬼と化してしまった。

『茨木童子』は逃げ、途中『酒呑童子』に出会って家臣となり、一緒に村々を襲うようになった。

そして、共に大江山に棲むようになった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「『砂子塚』へ行って、『酒呑童子』に会って、それからどうするの?

それに、『砂子塚』はとても遠いよ?

やめた方が良いよ」

私は、岸丸ちゃんを止めようとした。

岸丸ちゃんは、少し頑固そうな顔をして言った。

「でも、確かめたいのです。

本当に『物の怪』が恐ろしいものか、どうかを」

「どうして、そこまで・・・」

「だって、『かわいそう』ではありませんか!?」

岸丸ちゃんは、少し涙目で答えた。

私は岸丸ちゃんの涙に少し驚き、優しく聞いた。

「『可哀そう』・・・?」

岸丸ちゃんは、真っ直ぐ前を見ながら答えた。

「わたしたちは、『物の怪』を恐れています。

でも、本当に『物の怪』は、わたしたちが恐れているような者たちなのでしょうか?

本当に、『物の怪』は存在するのでしょうか?

本当は、『物の怪』は作られた存在なのではないでしょうか?

もしそうだとしたら、何もしていないのに恐れられるなんて、『かわいそう』だと思いませんか?」

岸丸ちゃんは、私に必死に訴えた。

そして私の袂を握り、聞いた。

「ゆきさまは、彼らが()()()()()()()と思っていますか?」

私はその問いに、自信なく答えた。

「『いる』・・・・・・と・・・思う・・・けど・・・」

「『物の怪』を、見たことがあるのですか?」

「え!!

見た事は・・・ない・・・けど・・・」

「見たことがないのに、どうして彼らがいると信じるのですか?」

「誰かが、見た事がある・・・から?」

「誰が、ですか?」

「・・・」

岸丸ちゃんの矢継ぎ早の質問に、私は答えられなくなった。

岸丸ちゃんは、少し紅い顔をして続けた。

「『物の怪』を見た人を、ゆきさまは知っているですか?」

「知らないけど・・・言い伝えられていると言う事は、見た人がいるからではないの?

それに能でも、沢山の鬼や妖怪や幽霊が出て来るでしょう?

秋に『二の丸』の能舞台でお殿様自ら演じられたのは、『紅葉狩(もみじがり)平維茂(たいらのこれもち)の鬼退治)』だったでしょう?

岸丸ちゃん達も、観たでしょう?

能の演目にもなると言う事は、全くの無からではなく、何か母体となるものがあるからなのではない?

本当に『物の怪』が存在するから、語り継がれているのではない?」

岸丸ちゃんは私の話を黙って聞き、そして真剣な顔で言った。

「鬼は巻き毛頭に牛の角が生えていて、虎の牙と鋭い爪が生えていて、虎の毛皮のふんどしを腰に巻いていて、突起のある金棒を持った大男だと言われています」

「・・・うん」

「何故だと、思いますか?」

「え?」

「鬼が牛や虎と関係しているのは、(うしとら)(北東。(うし)(とら)の間の方角)を『鬼門(きもん)』と呼ぶからです。

『鬼門』は鬼が出入りする方角だから、鬼の姿を牛や虎になぞらえただけに過ぎません」

「つまり私達が知っている鬼の恐ろしい姿は、『作られたもの』だと言う事?」

「そうです。

鬼は、もともと『(おぬ)』が転じたものです。

『隠』とは、『目に見えないもの』『この世ならざるもの』という意味です。

だから、鬼はもともと恐ろしい姿をしていたわけではないのです」

「・・・」

「わたしは、思うのです。

鬼も本当は『恐ろしいもの』ではなく、()()()()()()()()()()()()()()()のではないかと」

「わざと『恐ろしいもの』にさせられた・・・」

「『この世ならざるもの』だから、『恐ろしいもの』にした。

『恐ろしいもの』に、()()()()()()()()()

「『恐ろしいもの』に、人が変えていった・・・?」

「たとえば、先程ゆきさまがおっしゃった能の演目には鬼などの『物の怪』がよく出てきますが、それは仏教との関わりがあるからです」

「仏教との関わり・・・?」

仏教には、

『人に自分の行いを話すことによって、自分の犯した罪が許される』

という考えがあります。

自分の罪を『物の怪』に置きかえ、能に『物の怪』と仏教を取り入れる事によって、『物の怪』を『恐ろしいもの』に仕立て上げた。

能の中で『物の怪』、つまり『自分の罪』は『恐ろしいもの』とし、それを阻むことが出来るのは仏教であり、仏教は素晴らしいものなのだと、私たちに信じ込ませようとしたのではないでしょうか?

仏教の教えを広めるために『物の怪』を『恐ろしいもの』にしたにすぎないのではないかと、わたしは思うのです」

「つまり、少し言葉は悪いかもしれないけれど、仏教の為に『物の怪』を『恐ろしいもの』に仕立て上げ、利用した・・・と言う事?」

「たぶん・・・。

あ・・・。

あと・・・『(くだん)』という妖怪を、知っていますか?」

「『くだん』?」

私は、聞いた事がなかった。

私は、はるちゃんの方を向いて聞いた。

「知っている?

はるちゃん?」

はるちゃんは、首を振りながら言った。

「知らない・・・」

岸丸ちゃんはしゃがんで、雪にその『件』の絵を描きながら説明してくれた。

「『件』とは、牛の体と人の顔を持つ妖怪です。

『件』は牛から生まれ、人の言葉を話すと言われています。

生まれてから数日で死ぬのですが、死ぬまでに様々な不吉な予言をするそうです」

「不吉な予言・・・」

私とはるちゃんは、声を合わせて言った。

岸丸ちゃんは意外にも上手に描き上がった『件』を見つめながら、少し声を落として続けた。

「作物の豊凶や流行病(はやりやまい)(いくさ)などを予言するそうです。

そして、その予言は必ず当たると言われています」

「!!!」

私は、再びはるちゃんの袖を握った。

岸丸ちゃんは、更に声を落として続けた。

「最近・・・『件』を見る人が・・・増えているようです・・・」

「・・・」

「でも、きっと大丈夫です」

岸丸ちゃんは、今度はにっこり笑って言った。

そして、描いた『件』の絵に少し描き加えながら続けた。

「きっと生まれた牛の顔が、単に人の顔に似ていただけですよ」

と言って、人の顔だった『件』の顔を牛の顔に近づけた。

「そして死んでしまったのは、生まれつき身体が弱かったからですよ」

「でも・・・予言・・・は?」

私は、少し震えながら聞いた。

岸丸ちゃんは、立ち上がりながら答えた。

「きっと、鳴き声が人の声に似ていただけですよ。

人が『件』の姿を恐れるあまり、鳴き声が予言に聞こえた。

人が『鳴き声を、予言にした』のですよ。

作物の豊凶、流行病、戦・・・それらを恐れる人の心、不安がもたらしたものなのですよ」

「・・・」

「『物の怪』は、不思議だから恐れるのです。

その不思議の正体が分かれば、怖くなどありません」

岸丸ちゃんは、自信を持って答えた。


私は岸丸ちゃんの言葉を聞いて、思った。


お祖母様と松江様が言っていた言葉と一緒だ。


『得体が知れないから、恐れる』


つまり


『何者かを知れば、知ろうとすれば、怖くなんてない』


岸丸ちゃんは、続けた。

「わたしたちが恐ろしいと思っているものは、伝承と結びついたり、人伝(ひとづて)で話が変わったり、故意に話を変えられたり、教育の為に利用されたりしたものなのです。

だから本当は恐ろしいことなんて、ないのです。

恐ろしいと思われている『もの』は全て、ちゃんと説明がつくのです。

説明できないものなど、何一つないのです。

知れば、怖くなどないのです!!」

そう言う岸丸ちゃんに、私は感心しながら言った。

「岸丸ちゃんはまだ子供なのに、随分と大人のような考えをしているのね・・・。

ねえ。

太郎ちゃん?」

私はふと、太郎ちゃんを見た。

太郎ちゃんは、さっきよりも大汗をかいていた。


『だら』

 『だら』

  『だら』

   『だら』

    『だら』


まるで、氷が溶けるような汗だった。

私は驚いて、太郎ちゃんの両肩を掴んだ。

太郎ちゃんの肩は、とても冷たかった。

私は、焦りながら太郎ちゃんに聞いた。

「太郎ちゃん!!

太郎ちゃん!!

この汗、尋常じゃない!!

家に帰ろう!!」

「・・・」

太郎ちゃんは、無言だった。

その時、はるちゃんが少し小さな声で私を呼んだ。

「ねえ・・・。

ゆきちゃん・・・」

私と岸丸ちゃんは、はるちゃんの方を振り向いた。

はるちゃんは、何かを考えているような顔をしていた。

私は不思議に思い、はるちゃんに聞いた。

「はるちゃん・・・?

どうしたの・・・?」

はるちゃんは、まだ黙ったままだった。

私と岸丸ちゃんは、顔を見合わせた。

すると突然、掴んでいた太郎ちゃんの肩がすーと消えた。

「え!?」

私は、太郎ちゃんの方を見た。

其処には、太郎ちゃんの姿がなかった。

私は驚いて、岸丸ちゃんに聞いた。

「太郎ちゃんは!?」

「え!?」

岸丸ちゃんも一瞬目を離した瞬間、太郎ちゃんがいなくなり、とても驚いていた。

私は奇妙に思いながら、言った。

「太郎ちゃん・・・家に・・・帰ったのかな・・・?

でも、突然・・・どうして・・・?

大丈夫・・・かな・・・?

ちゃんと・・・家に帰ったのかな・・・?

太郎ちゃんのお母様も、心配するかもしれない・・・。

伝えた方が、良いよね・・・。

ねえ。

岸丸ちゃんは、太郎ちゃんの家を知っている?」

岸丸ちゃんは、首を横に振りながら言った。

「知りません」

「え?

だって、友達じゃ・・・」

「知りません。

さっき、会ったばかりですから。

『太郎』と言う名前だって、さっき、ゆきさまが聞いた時に初めて知りました」

「え?

じゃあ、何処で会ったの?」

「わたしが一人で歩いていたら、いつの間にか横にいました」

「・・・」

はるちゃんが、私の袖を引っ張った。

そして、か細い声で言った。

「不思議に思っていたの・・・」

「・・・何を・・・?」

私は、恐る恐るはるちゃんに聞いた。

はるちゃんは、真剣な顔で続けた。

「わたしには太郎ちゃんの声は聞こえていたけれど、太郎ちゃんの気配は感じられなかったの・・・。

まるで、そこに存在していないような・・・」

「・・・」

その言葉を聞いて、私と岸丸ちゃんは黙ってしまった。

私は、太郎ちゃんを掴んだ自分の両手の平を見た。

手の平は、濡れていた。

そして、太郎ちゃんがいた所を見た。

其処には、丸い水溜りがあった。

まるで、其処だけ『雪』が溶けたようだった。

私達は、その水溜りを見つめながら呟いた。


「・・・『雪』・・・」

「・・・・・・・・『太郎』・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・『雪太郎(ゆきたろう)』・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・『雪太郎』・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・『雪太郎』・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


そして私達は顔を見合わせ、三人で叫んだ。


「『雪太郎』ーーーーーーーーーーーーーー!!」


岸丸ちゃんは、がたがた震えながら言った。

「こ・・・この世には・・・せ・・・説明の・・・つかないことが・・・あるのですね・・・」


そしてその後、私達は駆け足で町へと戻った。

私は必死に走る岸丸ちゃんを見て、

『岸丸ちゃんも、当分『百鬼夜行』を見に行こうとは思わないだろう』

と思った。


私は夕飯の時、『雪太郎』について家族に話した。

家族は、全く信用してくれなかった。

私は自分の話を全く信じてくれない家族にイライラしながら、夕飯を食べ続けた。

私がお漬物を食べようとした時、團一郎(だんいちろう)がお箸を持つ私の右手の甲を見て言った。

「姉上。

右手の擦り傷が、無くなっていますが・・・」

「え!?」

私は、右手の甲を見た。

擦り傷は、跡形もなく消えていた。

私は、『雪太郎』が私の手を握った事を思い出した。

私は『雪太郎』があの時、治してくれたのだと思った。


『何者かを知れば、知ろうとすれば、怖くなんてない』


もしかしたら『雪太郎』は、とてもとても優しい『物の怪』なのかもしれない。


『家の中の幽霊』だけでなく、『外の物の怪』も、もしかしたら・・・それほど怖くない・・・のかもしれない・・・。


かもしれない・・・。


私は右手の甲を優しく擦りながら、そう思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ