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むつの花  作者: 野口 ゆき
40/77

四つの花 『四.貿易』

慶応(けいおう)三年(1867年) 卯月(うづき)(4月)


今年、我が家の庭の『桜』が咲いた。

でも、()()()()だった。

私は()()()()()()悠久山(ゆうきゅうざん)と同じくらい見事な『桜』が咲いて欲しいと思った。

来年こそは・・・。

来年こそは、皆で満開の『桜』を見たい・・・。

そう私が『桜』を見上げながら思っていると、後ろから優しい声で名前を呼ばれた。

「ゆき・・・」

振り向くと、声の主はお祖父様だった。

「あ・・・。

お祖父様・・・」

お祖父様は、心配そうに私を見つめながら言った。

「どうかしたのか?」

私は『桜』を見上げ、少し悲しそうに答えた。

「『桜』が・・・咲いたのです・・・。

でも・・・足りないのです・・・。

私は・・・もっともっと・・・『桜』に咲いてもらいたいのです」

そう私が言うと、お祖父様も『桜』を見上げ言った。

「そうだな・・・。

あと少し・・・だな・・・」

「はい・・・。

来年は、満開になると良いのですが・・・」

「ああ・・・。

そうだな・・・」

私達二人は、しばらく『桜』を見つめた。

すると私は、突然『ある事』を思い出し叫んだ。

「あ!!」

私の叫びにお祖父様は少し驚いた顔をし、私の方を向いて言った。

「どうした?」

「私、ずっと考えていた事があります!!」

「ずっと考えていた事?」

「はい。

でも、どうしても答えを見つける事が出来ませんでした!!」

「うん・・・」

「きっとこれ以上考えても答えが出ないと思うので、お祖父様にお聞きしたいのです!!」

お祖父様は不思議そうな顔をして、でも少し嬉しそうに私に聞いた。

「何だ?」

「私、以前、(つぎ)兄さんにこれからの長岡について、これからの日本について話を聞きました!!」

「これからの長岡と日本・・・?」

「継兄さんは

『改革によって藩を、日本を経済的にも豊かにする』

と言っていました」

「・・・」

「継兄さんの改革によって、長岡藩は確かに経済的に豊かになりました。

町に、活気も出てきました。

皆楽しそうに仕事をし、少し生活に余裕が出て来たようにも感じられます。

でも長岡藩が経済的に豊かになっても、未だに日本全体が経済的に豊かになっているようには感じられません。

京都も、江戸も、未だに混乱していると聞きます」

「・・・」

お祖父様はただ黙って、私の話を聞き続けてくれた。

私は、続けた。

「それは、人々の心が未だに満たされていないからなのではないでしょうか?

人々の心が豊かではないから、日本は混乱しているのではないでしょうか?」

「・・・」

「混乱しているから、日本は経済的に豊かになれないのではないでしょうか?

では、日本全体が経済的に豊かになるには、一体何をすべきなのでしょうか?

やはり、継兄さんが行ったような改革をすべきなのでしょうか?」

お祖父様は私の言葉を聞き、しばらく考えてから呟いた。

「そうだな・・・。

日本全体を改革するには、時間が必要だ。

急な改革は、更なる混乱を招くだろう・・・」

「では、どうすれば良いのでしょうか?」

すると、お祖父様は腕を組み、地面を見つめながら言った。

「外国との貿易・・・」

「外国との貿易・・・?」

お祖父様は私の方を向いて頷き、少し真面目な顔をしながら私に聞いた。

「長岡藩が以前、新潟港を支配していた事は知っているだろう?」

私はその質問について少し考え、思い出しながら答えた。

「はい・・・。

確か・・・新潟港は『北前船(きたまえぶね)』の寄港地で、そのおかげで長岡藩は大変繁栄した・・・と」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


『北前船』とは『もの』を預かって運送するだけでなく、船主(せんしゅ)寄港地(きこうち)で『もの』を売買して利益を得る廻船(かいせん)の事である。

この廻船を、『買積(かいづ)み廻船』と言う。

例えば新潟から米を積み、大坂でその米を売って代わりに酒を積み、またその酒を江戸で売るなどである。

この廻船により様々な『人』や『もの』、文化が流通し、船主や廻船問屋(かいせんどんや)蔵宿(くらやど)、寄港地が繁盛した。

航路は瀬戸内海(せとないかい)を通って江戸へ向かう『西廻り航路』と、津軽海峡(つがるかいきょう)を通って江戸へ向かう『東廻り航路』があった。

しかし黒潮(くろしお)の流れに逆らって進まなければならない『東廻り航路』は困難であり、『西廻り航路』の方が安く荷物を運ぶ事が出来たので、『西廻り航路』が中心となった。

その為、主に『西廻り航路』を『北前船』と呼ぶようになった。

この『北前船』は、後に蝦夷(えぞ)(北海道)にまで航海するようになった。


長岡藩の藩庫は、『北前船最大の寄港地』と呼ばれた新潟港からの上納金(じょうのうきん)(一万五千石相当)により潤った。

しかし天保(てんぽう)十四年(1843年)に幕府権力回復の為、『新潟町上知(にいがたまちあげち)知行地返上(ちぎょうちへんじょう))』が命じられ、新潟港は幕府に返上させられた。

その代替地として長岡藩は『天領(てんりょう)』であった三島郡(みしまぐん)高梨村(たかなしむら)六百石を与えられたが、多額の上納金の損失は長岡藩にとって大打撃であった。

何故『上知令(あげちれい)』が出されたのかと言うと、諸説あるが、新潟港を使って薩摩藩が『抜荷(ぬけに)(私貿易)』をしていた事を二度に渡って見抜けなかったからである。

それと、当時『老中(ろうじゅう)』であった水野忠邦(みずのただくに)様の抵抗勢力であった『長岡藩第十代藩主』牧野忠雅(まきのただまさ)様に対する『嫌がらせ』とも言われている。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


お祖父様は、私の答えに満足そうに微笑みながら言った。

「そうだ。

新潟港のおかげで、長岡藩の藩庫は潤った」

私はその言葉を聞き、継兄さんの言葉を思い出した。

「ああ・・・。

そうか・・・。

そう言えば、継兄さんが言っていました。

『『信濃川(しなのがわ)の河税』を廃止し、多くの『人』や『もの』を自由に行き来出来るようにし、様々な『もの』を輸入し、独自の『もの』などを輸出すれば藩財政が潤う』

と。

それを日本国内だけでなく、外国向けに行う、外国と貿易をすると言う事ですね」

「そうだ」

「では、『日本で作ったもの』や『日本独自のもの』を海外で売れば、輸出すれば、日本は経済的に豊かになると言う事でしょうか?」

「そうだ。

日本は一部の国を除いて、他国との交流を禁じていた事もあり、独自の文化を持っている。

それらを、『日本独自のもの』を、輸出するのだ」

「では、幕府は直ぐにでも外国と貿易すべきではないでしょうか?」

「幕府も、何もしていなかった訳ではない。

更なる外国との貿易を、進めようとしてはいる。

しかし、それほど上手くはいかないのだ」

「どうしてですか?」

「『日本独自のもの』を、大量生産出来ないからだ。

売れば売れるのに、『もの』が足りないから売れない。

大量生産出来なければ、外国は日本以外の国と貿易をするようになるだろう」

「逆に『もの』に希少価値がついて、高く売れるのではありませんか?」

「全ての『もの』が希少過ぎては、多くの利益を生む事は出来ない。

『もの』によっては、大量生産して売った方が利益が大きい時がある。

だからこそ、大量生産する技術が必要なのだ。

しかし安定的に大量生産するその技術が、今の日本にはない。

その技術は、外国にある。

だから幕府は『開国』をし、その技術を取り入れようとしている」

「では大量生産する為の技術を、早く取り入れれば良いのではないですか?」

「ただ単に、大量生産する技術を取り入れれば良いと言う訳でもない。

()()()()()も、重要なのだ」

「大量生産の技術を取り入れた後も、重要・・・?」

「そうだ。

大量生産を続ければ、ずっと『同じもの』を沢山売り続ける事になる。

それでは多くの『もの』が出回ってその『もの』の価値が下がり、目新しさもなくなって、購入者に飽きられる。

そうしたら『もの』は売れなくなって、利益を得る事が難しくなる」

「では、どうすれば良いのでしょうか?」

「今までと『同じもの』を作り続けながら、飽きられない為にも、『新しいもの』を作る」

「『新しいもの』を作る・・・」

その言葉を聞いて、私は萩原貞之丞(はぎわらさだのじょう)様の事を思い出した。

萩原様は、こう言った。


『陶磁器も、時代が変わる度に変遷してきた。

様々な外国の文化が日本に入って来て、その度に日本の陶磁器も変わってきた。

そして、その中で『日本独自のもの』を作っていった。

それら陶磁器も時代を経て変わりながらも、職人達の伝統を残すと言う『志』だけは変わらなかった』

と。


私は萩原様のその言葉を思い出しながら少し考え込み、黙ってしまった。

黙り込んだ私を心配したお祖父様が、私の顔を覗き込みながら言った。

「ゆき・・・?」

私は急いでお祖父様の方を向き、話を続けた。

「あ・・・。

いえ・・・。

あの・・・。

『同じもの』を作り続けたら、他国にそれを真似されませんか?」

その質問に対して、お祖父様は自信を持って答えた。

「真似をされても、大丈夫だ」

私は、首を傾げながら言った。

「真似をされても、大丈夫・・・?」

お祖父様は深く頷き、続けた。

「たとえ『そのもの』を真似されても、真似出来るものは表面だけに過ぎない。

伝統や、それを受け継いできた人の技術を真似する事など不可能だ」

「ふう・・・ん。

でも、『同じもの』は飽きられて、売れなくなるかもしれないのでしょう?

ならば、『同じもの』を作り続ける必要はないのではないでしょうか?

常に『新しいもの』だけを作り続ければ、良いのではないでしょうか?」

「流行と言うものは、何度も繰り返されるものだ。

売れない時もあるだろうが、売れる時が再びやって来る。

その日の為に、『新しいもの』と一緒に、今までと『同じもの』も作り続けるのだ」

「ふう・・・ん。

でも、今までと『同じもの』と同時に『新しいもの』を作るなんて、そう簡単な事ではないと思います。

お金も掛かるし・・・第一、そんなに直ぐに『新しいもの』など出来ないと思います」

「そうだ。

直ぐに『新しいもの』を作る事など、出来ない。

だから、常に『新しいもの』を作る努力をしなければならないのだ。

『新しいもの』の、そのまた『新しいもの』を作り続ける努力をしなければならないのだ。

あまり良い言葉ではないが・・・『もの』が売れれば、金が生まれる。

その金で今までと『同じもの』を作り続け、『新しいもの』も作る。

今までと『同じもの』が売れない時が来れば、『同じもの』を作り続けながら、『新しいもの』を売る。

その『新しいもの』が売れれば、またそれが金を生む。

そして、また、今までと『同じもの』が売れる時が必ず来る。

そうすれば、今までと『同じもの』が売れる。

それが金を生み、その金で、今までと『同じもの』と『新しいもの』を作る。

その繰り返しだ。

だから飽きられたからと言って、今まで作ってきた『もの』を全てやめ、『新しいもの』だけを作ってはならない。

今までと『同じもの』は、ずっと作り続けなければならない。

作り続ければ、いずれまたその『もの』が必要となる時が来る。

売れなくなっても、売れる日が来る。

その時、その『もの』の良さを改めて知ってもらう事が出来る。

長く作り続ければ、『技術』を伝える事も出来る。

そして、それはその『もの』や作り手の『信用』や『品位』にも繋がる。

売れない時は辛くとも、それに堪え、『もの』を作り続けなければならない。

それが、重要なのだ。

だが『古いもの』だけを頑固に作り続けても、売れなければ意味がない。

売れなければ、『技術』も『もの』も生きていけない。

『技術』や『もの』がなくなる事だけは、絶対にあってはならない。

廃れさせては、いけない。

『技術』も『もの』も、生き続けなければならない。

その為にも、『新しいもの』も作らなければならないのだ。

我々は今までと『同じもの』と、『新しいもの』を作り続けなければならない。

そして、その為にも、外国との貿易の為にも、私達は『日本独自のもの』を作り出す人々、特に職人を守らなければならないのだ」


『職人』


私はこの言葉を聞いて、何としても先人達から受け継がれて来た技術を残そうと努力している定吉(さだきち)さんや徳兵衛(とくべえ)さん達の事を思い出した。

二人は、外国の文化が日本に入って来る事を恐れていた。

私は二人の事を思いながら、お祖父様に聞いた。

「でも、これ以上外国との貿易を続ければ、外国の文化も自然に日本に入って来ると思います」

「・・・」

「以前、萩原貞之丞様は伝統を残すと言う『志』があれば、根本は変わらないとおっしゃっていました。

でも激しい時代の流れに、人は本当に抗う事が出来るのでしょうか?

いずれ日本独自の文化は、外国の文化に飲み込まれてしまうのではないでしょうか?

その時、私達は本当に職人を守る事が出来るでしょうか?」

お祖父様は少し考え、そして、静かに話し出した。

「今から百年以上前、『老中』田沼意次(たぬまおきつぐ)様と言う方と『老中』松平定信(まつだいらさだのぶ)様と言う方がいらした事を知っているか?」

お二人とも有名で、私は良く知っていた。

「はい。

田沼様は悪名高く、賄賂(わいろ)を沢山貰って失脚し、その後『老中』となった松平定信様は田沼様とは違い、厳しい緊縮策によって失脚した、と。

白河(しらかわ)の清きに魚のすみかねて もとの濁りの田沼こひしき』

と唄われたように、松平様よりも田沼様の(まつりごと)の方が民には受け入れられたのですよね」

「ああ。

そうだ。

厳しい倹約令は、民を苦しめる。

まあ。

『賄賂』が良いと言う訳ではないが、少なくとも田沼様の政は民を豊かにした」

「お二方の政の違いは、何だったのでしょうか?」

「田沼様の政は『商業』に、松平様の政は『農業』に目を向けたものだった。

その違いが、文化や国の発展に違いを生んだ。

田沼様の政のおかげで国は栄え、民の生活にも余裕が出来、人々は娯楽に勤しみ、そして多くの文化が栄えた。

また、学問も芸術も発展した。

人々は人生を楽しみ、より高みに登ろうと探求した。

向上心が、芽生えた。

結果、日本の文化は発展し、多くの素晴らしい芸術が生まれた。

それは『日本独自のもの』であり、日本を潤す為の『もの』となった。

それらは、民・・・職人が作ってくれたのものだ。

職人がそういった『もの』を作り続ける事が出来るよう、我々武士は職人を支えなければならない。

それが我々の『使命』であり、『責任』であり、『役割』である。

どんな事が有っても、我々は職人を守らなければならない」

「お祖父様・・・」

「何だ?」

「武士も職人を守るだけではなく、職人と同じように『日本独自のもの』を作る手伝いをすると言うのはどうでしょうか?」

「無理だろうな・・・」

「無理?」

「ああ。

武士は偉そうにしてはいるが、職人のように何かを生み出す事は出来ない。

そういった教育も受けていないし、武士は武士の生き方をある程度決められていて、今の時代、『其処』から抜け出す事は難しい。

武士の中にも、器用な者もいるだろう。

だが、それを実現出来る者は希だ。

いきなり武士に『もの』を作れと言われても、作れる訳がない。

職人の足を、引っ張るだけだ。

単に『もの』を作る技術が無いだけではなく、武士としての誇りが邪魔をする。

『『もの』を作るなど、そんな事は職人の仕事だ。

武士は武士として、誇り高い仕事を職人の為にしているのだ』

と、武士は思うだろう。

今は、武士も職人も『生き方』が決められている。

だから我々武士が今やるべき事は、職人が楽しく『新しいもの』を作り出す環境を整え、それを維持する事だ。

そして、職人達が作った『もの』を積極的に売り込む努力をする事だ。

武士が良い政を行えば、『新しいもの』を生み出す、『日本独自のもの』を作る職人を守る事が出来る」

「武士が良い政を行えば、職人を守る事が出来る・・・」

「そうだ・・・。

激しい時代の流れに、人は抗う事が出来なくなるかもしれない。

日本独自の文化が、外国の文化に飲み込まれてしまうかもしれない。

それらを防ぐ為には、現在、為政者である武士が良い政を行って職人を守らなければならない。

だが、職人も守られてばかりではいけない。

職人は良い政による保護の下、より良い『日本独自のもの』を作らなければならない。

皆がそれぞれの『役割』を果たし、努力しなければならないのだ」

「それぞれの『役割』と努力・・・」

「そうだ。

そして、その中でも、職人を守る為に、我々武士が良い政をする事が何よりも重要だと言う事だ」

「つまり、武士がより良い(まつりごと)を行えば、国も民も豊かになれると言う事ですね・・・。

そうなれば・・・良いですね・・・」

「そう上手くは、いかないだろうがな・・・」

「え?

上手くいかないのですか?」

「政がそう思い通りにいくとは限らぬし、世の中には想定外の事も起こる」

「では、どうすれば良いのですか?」

「起こりそうな事を想定して、常に備えておく。

多くの想定外を予想し、それに対処する為の方法を過去の文献を参考にしたり、多くの人々から意見を聞くなどして幾つも準備しておく。

そうやって、我々のご先祖様達も生き抜いてきた」

「ふぅ・・・ん。

政とは・・・難しいものなのですね・・・」

「そうだな・・・。

だが、本当に国を、民を思う『人』が政を行えば、どんなに厳しい局面も乗り越える事が出来るだろう」

「どうしてですか?

どんなに国や民を思っていても、出来る事と出来ない事があると思います」

「国も民も守りたいという心は、必ず『人』に伝わるものだ。

『人』は、そういった『人』に力を貸す。

国全体で、『人』を支えようとする。

皆で力を合わせれば、一人では出来ない事も・・・出来るようになる」

「・・・」

私は、それは『理想』だと思った。

そして、恐らくお祖父様もそう思っているに違いない。

これは、きっとお祖父様の『理想』であり、『願い』なのだろうと私は思った。

私は話を元に戻そうと思って、お祖父様に質問した。

「お祖父様。

武士が良い政をして職人を守り、職人が『日本独自のもの』を作ってそれらを外国へ輸出しても、それらが必ずしも売れるとは限らないと思います。

どうすれば、良いのでしょうか?」

「売れる『市場(しじょう)』を開くのだ」

「売れる『市場』を開く?」

「世界は、広い。 

必ず『日本独自のもの』を、日本の技術を必要とする国がある。

そういった国を開拓し、その国と交渉する。

そして、『日本独自のもの』を売り込む。

『日本独自のもの』は他国との『違い』であり、『強み』でもある。

それを、活かすのだ」

「でも、その交渉が上手くいったとして、もし輸出していた国が何かの理由で突然輸入を止めたら?

買い手がいなければ、『もの』は売れません。

世の中に左右される輸出にばかり頼っていては、いざ輸出が途絶えた時に日本は破綻するのではないでしょうか?

日本は、不安定な国になってしまうのではないでしょうか?」

「輸出だけに頼っていては、そうなるだろうな・・・。

『もの』が売れなければ日本は困窮し、飢餓に苦しみ、多くの人が死ぬだろう」

「え!?」     

「だから、そうならない為にも、我々日本人皆が力を合わせ、努力しなければならない。

改革や人の努力が、必要不可欠だ。

無駄なものを省いたり、欲しいものを我慢したり、更に質素倹約に努めたり、『もの』をもっと大事に扱ったり、お金のない国でも買えるような『もの』を作ったり。

たとえ売れなくとも、売れるまで努力し、待ち続けるのだ。

ただ、待ち続けるのではない。

景気が悪い間、国が苦しまないよう耐え続ける為に、余裕のある時に、前もって備えておかなければならない。

耐えられるだけの力を、蓄えておくのだ。

売れた時の利益を、有効に使うのだ。

景気の良い時でも最悪の事を想定し、先の先を考え備えておかなければならない。

蓄えておくのだ」

「でも、その蓄えが尽きたら、どうするのですか?」

「助けてもらう」

「助けてもらう・・・?

誰にですか?」

「外国に、助けてもらう」

「外国に、助けてもらう・・・?

助けて・・・もらえるのでしょうか?

それに、たとえもし助けてくれたとしても、外国はただでは助けてくれないと思います。

必ず、『見返り』を求めて来ると思います。

例えば、もっと『港を開け』とか、『条約を結べ』とか・・・」

「確かに自国の利益を求め、日本の国益を侵害しようとする国もあるだろう。

油断していると、日本は何時か外国に取り込まれる危険性がある。

我々は何としても、日本と日本人を守らなければならない」

「・・・」

「日本は長年国を閉ざしていた為、あまりにも外国の事を知らなさすぎた。

交易のある国と言えば、(しん)(中国)やオランダなど限られた国だけだった。

我々は、海の向こう側に多くの国がある事をあまり知らなかった。

だが黒船来航以来、我々は世界には多くの国がある事を知った。

そして、世界にはまだまだ我々の知らない国が沢山ある。

その中には、自国の事しか考えない国もあるだろう。

そう言った国は援助を利用して、日本を侵略しようと企むかもしれない。

国が他国を侵略しようとするのは、権力や財力を持つ為であり、自国を過剰に愛する為だ。

自分の国を愛する事は、当然の事だ。

私も、日本を愛している。

だが、愛しているから『何をしても良い』と言う訳ではない。

国を愛しているのなら、自分の愛する国を危険に晒すような事をしてはいけない。

日本は援助を利用して日本を侵略しようとする国に対しては、強く牽制しなければならない。

主張すべき事は、主張しなければならない。

争いは望まないが、もしそういった国が日本を侵略しに来ようとするならば、命懸けで抗うだけだ」

「抗う・・・」

「だが全ての外国が、私利私欲の為だけに援助する訳ではない。

他国との争いを好まず、調和と平和を考える国は必ずあるはずだ。

そういった国に、日本は助けを求めるのだ。

だが助けてもらう為には、信頼関係が不可欠だ。

その信頼関係を築く為にも、他国と関わる貿易は重要なのだ」

「日本が信頼される為の、貿易・・・」

「そうだ。

また日本が信頼される為には助けてもらうだけではなく、日本も他国を助けなければならない。

他国が苦しんでいるのならば、日本はその国を援助すべきなのだ。

たとえ今までわだかまりがあった国であろうとも、日本は率先して支援すべきなのだ。

それは日本が信頼される為だけではなく、苦しむ人々を助ける為でもある。

命を、救う為である。

以前、ゆきにも話した事があっただろう?

『恩返し』や『恩送り』『因果応報(いんがおうほう)』の事を・・・」

「はい」

お祖父様は、以前こう言った。


『『恩』は繰り返され、永遠に『恩』は巡り続ける』

『『正の恩』には『正の恩』が、『負の恩』には『負の恩』が戻って来る』

と。


お祖父様は、続けた。

「お互いの国が、誠意を持って接し合うのだ。

誠意のある態度は誠意のある態度で、真心は真心で返される。

逆に、憎しみは憎しみで返される。

韓非子(かんぴし)』の『十過(じっか)(身を滅ぼす十の過ち)』の一つに、

『行い(かたよ)りて自用(じよう)し 諸侯に礼無きは (すなわ)ち身を亡ぼすの至りなり』

と言うものがある。

『外国の諸侯に対して非常識で無礼な態度を取れば、己の身を亡ぼす事になる』と言う意味だ。

信頼関係は、長い年月を掛けて(つちか)われるものだ。

そして一度信頼を失えば、元に戻す事は不可能だ。

何故なら、『信頼を失った』と言う『事実』は残るからだ。

勿論、信頼関係を()()()()修復する事は可能だ。

しかし、その為には信頼関係を築いた時以上の時間と努力が必要だ。

たとえ他国から無礼な扱いを受けたとしても、我々は信頼される為に、日本の品位を損なわない為に、誠実であり続けなければならないのだ。

決して、裏切ってはならないのだ。

(しか)り。

国も(また)然り。

お互いが助け合い、約束を違えず、信頼出来る間柄となり、繋がりを深めれば、お互い生き残る事が出来る。

助け合う事は、日本の為にも、他国の為にもなる」

「日本の為に助け、他国の為に助ける・・・。

そんな信頼関係を、外国と築く事が出来るのでしょうか?」

お祖父様は、腕を組みながら言った。

「まだ・・・難しいだろうな・・・。

他国を知り、そして日本が一つにならなければ・・・」

「日本が、一つに・・・?

日本は、一つになれるのでしょうか・・・?

どんなに幕府が取り締まっても、『尊皇攘夷派(そんのうじょういは)』は幕府を、日本を混乱させ続けます。

『尊皇攘夷派』がいては、日本が一つになるなど出来ないのではありませんか?」

「『尊皇攘夷派』の存在が大きくなっているのは、幕府の力が弱まっているからだ・・・。

もし、このまま幕府が『尊皇攘夷派』を制御し切れなくなれば、日本は益々混乱し、いずれ日本の中で大きな(いくさ)が起こるかもしれない・・・。

日本人同士が殺し合う戦が、起こるかもしれない・・・」


『戦』


私はこの言葉を聞いて、息を呑んだ。

何度聞いても、慣れない恐ろしい言葉・・・。

頭から離れない、嫌な言葉・・・。

私は恐れながら、お祖父様に質問した。

「やはり・・・日本で、戦が起こるのでしょうか?

戦が起こったら、長岡藩は・・・幕府は・・・日本は、どうなるのでしょうか・・・?」

「分からぬ・・・。

だが、もし戦が起こるとすれば、多くの人は死に、町は焼かれるだろう・・・。

戦の後、もしかしたら日本は一つになるのかもしれない・・・。

しかし、その戦の勝者により日本の進む道も決まる。

『尊皇攘夷派』が力を持てば、外国を排斥しようと考えるだろう。

そうすれば日本は孤立し、発展もせず、外国の侵略の目から狙われ続けるだろう。

だが幕府が勝者となれば『開国』が進められ、諸外国との関係を深める事になるだろう。

多くの文化や技術を外国から学び、取り入れる事が出来れば、外国との貿易が増え、外国との関係も深まり、外国と助け合う事が出来るかもしれない」

「では、もし戦が起こったとしたら、幕府側が勝たなければ、日本が発展する未来はないかもしれないのですか?」

「少し大げさだが、そうとも言える。

ただ、もし幕府が勝ったとしても、一筋縄ではいかない。

単に、『開国』すれば良いと言う話でもないのだ。

外国が、常に日本を狙っている事も確かだ。

それに対抗すべく、日本は多くの経験を積み、情報を得て、外交力を磨き、国力を高めなければならない。

外交力は、外国と実際に関係を持つ事によって培う事が出来る。

国力を高めるのに必要なものは、『人』の力だ。

そしてその時必要な『人』の力は、『人』が心にも身体にも余裕が有り、人生を楽しんでいる時、経済的に豊かである時に培われる。

完全なる『開国』をするには、国も人も豊かでなければならないのだ」

私はこの時、継兄さんが言っていた『富国』の事を思い出した。

「継兄さんが、以前言っていました。

『国も人も豊かである国、それが『富国』である』

と」

「そうだ。

国も人も豊かではなければ、本当の『富国』ではない。

その為にも、日本は外国との貿易を更に進めなければならない」

「『富国』の為に、貿易をする・・・」

「そうだ」

「お祖父様・・・」

「何だ?」

私は『富国』について少し気になる事があり、お祖父様に質問した。

「継兄さんは、

『いずれ日本を『富国』とし、強い国にする』

と言っていました。

国内外からの脅威に備える為、戦をしない為だと・・・。

でも私はその言葉を聞いて、少し『怖い』と思いました・・・。

だから私はその時、確認の為に継兄さんに聞きました。

『継兄さんは、戦をするつもりなのか・・・』

と。

継兄さんは力強く、

『戦など、断じてしない』

と答えました。

お祖父様・・・。

長岡藩は継兄さんが言ったように、戦をするつもりはない・・・のですよね・・・?」

私の言葉を聞いて、お祖父様は落ち着いた声で答えた。

「日本が強くなるのは、外国に侵略されない為、日本を守る為だ。

河井殿が言ったように、戦をする為ではない。

戦をすれば、国も人も苦しむ。

それは、『富国』ではない。

河井殿は、

『戦など、断じてしない』

と言ったのだろう・・・?

ならば、河井殿の言葉を信じて、良いだろう・・・。

戦は・・・しない・・・!!」

私はお祖父様の言葉を聞いて、少しだけ安心した。


『長岡藩は、戦をしない』


でも、もし日本の中で戦が起きたら・・・。

お祖父様が言ったように、内乱が起きたら・・・。

たとえ戦を望まなくとも、長岡藩も巻き込まれてしまうのではないだろうか?

時代の渦に、飲み込まれてしまうのではないだろうか?

私は、不安を拭い去れなかった。

その不安を拭い去る為に、私は再び『桜』を見上げた。

そして、『ある事』を思いついた。

「お祖父様。

この『桜』を、貿易に活かせませんか?」

お祖父様は目を少し見開き、私に聞いた。

「『桜』を、貿易に活かす・・・?」

「この『桜』が満開になったら、『桜』の苗木を外国に贈るのです。

そして、

『こんなにも美しい『桜』が咲く国が、戦を望む訳がない』

『この美しい『桜』を共に育て、友好を深めましょう』

と、外国に伝えるのです。

日本が、『平和な世の中』を望んでいる事を伝えるのです。

外国に、世界に、『桜』が咲き広まれば、いつか戦のない世界になるのかもしれません・・・」


そして、私は心の中で思った。


『そうすれば、兄上も、もっともっと生きる事が出来るかもしれない』


『『桜』が世界中で咲き続ければ、兄上も生き続ける事が出来るのかもしれない』


そう思った。


『そうはならない』


とは分かってはいたけれど、


『そうしたい』


『そうなって欲しい』


と思った。


お祖父様はそう言う私ににっこり笑って、言った。

「ああ・・・。

それは良い・・・。

日本の『桜』を、世界へ・・・か・・・。

この『桜』が、平和な世の中へ導いてくれれば良いな・・・」

そう言って、お祖父様は『桜』を見上げた。

私も、『桜』を見上げた。


私は、『桜』を見つめながら願った。


『来年は、『桜』が満開になりますように・・・』


私は、強く強く願った。

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