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むつの花  作者: 野口 ゆき
19/77

二つの花 『七.風邪』

慶応(けいおう)元年(1865年)  文月(ふみつき)(7月)


(つぎ)兄さんが、再び『外様吟味役(とざまぎんみやく)』に任命された。

『外様吟味役』とは、地方の裁判官のような役である。


四月に『長岡藩第十一代藩主』牧野忠恭(まきのただゆき)公が老中(ろうじゅう)職を辞任されると、今度は『第二次長州征伐(ちょうしゅうせいばつ)』の為に長岡藩兵約五百七十名を率いて江戸を出発する事になった。

七月六日、藩主様ご一行は大坂に到着。

しかし『第十四代将軍』徳川家茂(とくがわいえもち)公が急逝され、其処でしばらく待機しなければならなくなった。

その為、越後の長岡藩内は人手不足に陥った。

そんな中、長岡で『山中騒動(やまなかそうどう)』が起きた。

『山中騒動』とは、越後刈羽郡(えちごかりわぐん)山中村が起こした騒動である。

きっかけは、元々『支配所(しはいしょ)(幕府直轄領。天領(てんりょう))』であった山中村が、二年前に長岡藩領になった事だった。

『支配所』であった事に誇りをもっていた山中村の百姓達は、小大名である長岡藩の下で働く事に不満を持っていた。

やがて庄屋(しょうや)の家庭内騒動や小作人(こさくにん)と庄屋の争いも加わり、大きな騒動へと発展した。

その騒動を解決させる為に、継兄さんは『外様吟味役』に任じられた。

継兄さんは以前、宮路村(みやじむら)での百姓騒動を解決した事があり、その手腕を見込まれての任命だった。

『いつも大口を叩くあいつにやらせてみよう』

と言う意見もあったらしい。

任命後、継兄さんは現地へ調査へ行き、短期間でこの『山中騒動』を見事解決した。


この騒動の解決が、継兄さんを表舞台に出すきっかけとなった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


長岡がそんな大変な時に、私は滅多に引かない風邪を引いた。

身体はだるいし、熱いし、食欲もないし、鼻水も出るし、咳も出るし、喉も痛いし、ぐっすり眠れないし・・・。

何よりも、布団の中でじっとしていなければならない事が苦痛だった。

『健康である事の有難み』が、病気になって初めて分かるとしみじみと思った。


私は布団の中から、天井に向かってぼそぼそと呟いていた。

「暇・・・。

だるい・・・。

熱い・・・。

暇・・・。

だるい・・・。

熱い・・・。

暇・・・。

だるい・・・。

熱い・・・」

その時、障子越しに團一郎の優しい声が聞こえて来た。

「姉上。

入っても宜しいですか?」

私は障子にぼんやりと映る團一郎の方を向いて、嗄れた声で答えた。

「團一郎・・・?

あまり宜しくないけれど・・・。

どうしたの・・・?」

「薬をお持ちしました」

「薬?

薬なら、此処にあるけれど・・・?」

「もっと効く薬です」

「もっと効く薬・・・?」

「はい」

「じゃあ、その薬は廊下に置いておいて・・・。

入って来たら、風邪がうつるから・・・」

「大丈夫ですよ。

私は最近剣術を真面目にやっているので、以前ほどひ弱ではありませんよ」

と言いながら、團一郎は障子を開けて部屋に入って来た。

沢山の本を抱えながら・・・。

團一郎は私の横に座ると、それらの本を私の枕元の置いた。

嫌な予感がした。

私が本を好きだから、私の為に團一郎が沢山の本を持って来たとは考え難い。

團一郎の事だから、何か魂胆があるはずだ。

日頃の鬱憤(うっぷん)を晴らす為に、()()()()()()()に違いない。

私は本を睨みながら、團一郎に聞いた。

「・・・何?

その沢山の本?」

「薬です」

「本でしょ!?」

「頭の良くなる薬です」

「わざわざ喧嘩を売りに来たの・・・!?」

売られた喧嘩は買うけれど、流石に風邪を引いた時は辛い・・・。

普段なら團一郎の頭を拳骨で殴るところだけれど、ぜいぜい言いながらが食って掛かるのがやっとだった。

病気は、不便だ・・・。

團一郎はそんな私を面白がっているようで、嬉しそうに言った。

「冗談です。

姉上に、本を読んで差し上げようと思って参りました。

姉上は、暇なのが一番嫌いでしょう?」

「・・・!!」

私の事を、良く分かっている・・・!!

私は、感動して少し涙が出そうになった。

人を気遣うようになった優しい團一郎の成長を、私は正直嬉しいと思った。

『何てこの子は、可愛いのだろう』

と思った。

ただ本の題名を見て、その気持ちは半減した。

その本は、『論語(ろんご)』だった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


『論語』とは孔子(こうし)と弟子達の言行が記された書物であり、儒教(じゅきょう)における『四書(ししょ)(『論語』『孟子(もうし)』『大学(だいがく)』『中庸(ちゅうよう)』)』の一つでもある。

五百十二の短文が全二十編で構成されていて、儒教の『五常(ごじょう)(『(じん)』『()』『(れい)』『()』『(しん)』)』について書かれている。


『仁』とは、『仁愛』

『義』とは、『正義』

『礼』とは、『礼儀』

『智』とは、『知識』

『信』とは、『真偽』


『五常』は、『五徳(ごとく)』とも言う。

『儒教』ではこの『五常』の徳性を拡充すれば、『五倫(ごりん)』関係を維持する事が出来るとしている。

『五倫』とは、『父子』『君臣』『夫婦』『長幼』『朋友(ほうゆう)』である。


つまり、『王道政治(おうどうせいじ)』の教えである。


簡単に言うと、『平和である為の方法』・・・?


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


私は目を細め、嫌そうに呟いた。

「『論語』・・・」

團一郎は沢山積まれている本の一番上にある『論語』を手に取り、さらさらめくりながら言った。

「はい。

『論語』です」

「何それ?

嫌がらせ?」

團一郎は、にっこりと微笑みながら答えた。

「そんな事はありません。

半分は」

半分は、『嫌がらせ』なのか・・・。

團一郎は、続けた。

「『論語』なんて、姉上は滅多に読まないでしょう?」

私は、團一郎の言葉に反論した。

「読まない事はないけれど、読んでも頭に入って来ないだけ。

そもそも、熱に浮かされている病人に『論語』はないでしょう?

源氏物語(げんじものがたり)』とか『伊勢物語(いせものがたり)』とか『東海道中(とうかいどうちゅう)膝栗毛(ひざくりげ)』とか、他にも面白い本が沢山あるのに、何でそれを選ぶの?

余計、熱が上がるじゃない」

「良い機会だから、『論語』の素晴らしさを姉上に知ってもらおうと思って。

どんな時でも、勉強を怠ってはいけません。

生きている限り、人は勉強し続けなければなりません」

と團一郎は偉そうな事を言い、またにっこりと笑った。

私は自分がそれほど無知ではない事を示す為に、『論語』を持ち出して抗議しようと思った。

「團一郎。

『己の欲せざる所は人に(ほどこ)(なか)れ』

ではない?」

團一郎は、私の言葉に姿勢を正して答えた。

「姉上。

良薬(りょうやく)は口に苦くして病に利あり。

忠言は耳に逆らいて行いに利あり』

ですよ」

「く・・・。

生意気な子ね。

分かったわよ・・・。

ちゃんと意見を聞くわよ・・・。

何だか團一郎、母上に似てきたわね・・・」

「え?

そうですか?」

團一郎は、少々複雑な顔をした。


私は、素直に團一郎の『論語』の音読を聞く事にした。


風邪が、益々悪くならなければ良いけれど・・・。


「『子曰(しいわ)く、其の()(あら)ずして(これ)を祭るは(へつら)いなり。

義を見て()さざるは、勇無きなり』 」

私はぼーとした頭の中で、團一郎の言葉を何とか理解しようとした。

「何それ。

分かっているのに実行しないのは、『勇気』が無いと言う事?」

「そうです。

詳しく説明しますね。

『鬼』とは、『先祖霊』の事です。

自分の『先祖霊』でもない人を祭るのは、諂う事である。

為すべき事を知っていながらやらないのは、『臆病者』だと言う事です。

つまり、

()び諂わず、正しい事を断行せよ』

と言う意味です」

『論語』でも何でも『意味』が分かり、理解すると面白いですよ」

「そうね・・・。

その『意味』を理解するまでが、大変なのだけれどね・・・。

きっと、もっとまともな時なら、その『意味』をより一層理解出来たでしょうがね・・・」

私は、取り敢えず嫌味を言ってみた。

それに気付いているのか、無視したのか、團一郎は真面目な顔で答えた。

「人は苦しい時こそ色々と考え、『悟る』ものですよ」

「そう・・・?」

「そうです」

團一郎は、自信満々に答えた。

私はそんな團一郎の姿を見て、ふと思った事があった。

そして、それを口にした。

「そう言えば、團一郎って昔はそんなに本を読んでいなかったわよね?」

私の質問に、團一郎は微笑みながら答えた。

「はい。

私は、本が大嫌いでした」

「やっぱり、そうよね?

数年前まで、母上の前で團一郎は泣きながら『論語』を素読していたはず・・・。

でも、最近はそれが幻だと思うくらい團一郎は本を読んでいる・・・」

團一郎は、照れ笑いしながら答えた。

「皆

『本を読みなさい。

本を読みなさい』

と毎日私に言っていたのものだから、私は本が嫌いになったのです。

特に、『論語』は大嫌いでした。

全く意味も分からなかったし、理解も出来なかったので、何が面白いのか分かりませんでした」

私は、團一郎の告白に驚いた。

「え!?

そうだったの!?

でも、どうして今は本を好きになったの?」

團一郎は何冊も重ねてある本の上に手を乗せ、優しく撫でながら言った。

「ある日、『三国志(さんごくし)』の『蜀書(しょくしょ)』を読んだのです」

「『三国志』・・・。

()曹操(そうそう)』『()孫権(そんけん)』『(しょく)劉備(りゅうび)』の三人が、天下人になる為に戦った事が書かれている歴史書?

『蜀書』と言う事は、劉備に関するお話?」

「そうです。

ただ私が読んだのは劉備についてではなく、曹操と劉備の(とも)である関羽(かんう)についての話でした。

その話の中に、

(きみ)(つか)えてその(もと)を忘れざるは、天下の義士なり』

と言う言葉がありました」

「『忠義を尽くす事は、良い事』

と言う意味?」

「大まかに言えば、そうです。

建安(けんあん)五年、曹操は劉備を破って関羽を捕えました。

曹操は文武両道な関羽の人間性に感動し、関羽を『偏将軍(へんしょうぐん)(軍の副官)』に任命するなどの厚遇により、関羽を自分の配下にしようとしました。

しかし、関羽はそれを断りました。

『私は、劉備殿と共に死ぬ事を誓った身。

去らなければならない。

しかし、去るからには曹操殿のご厚意に報いてからにしたい』

と。

関羽の忠義を貫く姿勢に感動した曹操は、

『君主に仕えてその本分を忘れないのは、流石に天下の義士だ』

と褒め称えました。

私は、敵であるにも拘らず関羽を『義士』と素直に認める曹操の『寛容さ』、関羽の死を覚悟した『忠誠心』、劉備の忠義を尽くされる『人間性』に感動しました。

私はこの時、お祖父やお祖母様、父上や母上がいつもおっしゃっている

『『忠義を尽くす』とは、どう言う意味なのか』

と言う事を、初めて理解した気がしました。

その『意味』を知った時、私は知らない内に泣いていました」

「・・・」

「自分でも、本を読んで泣くなんて事はないと思っていました。

悲しくて、泣いた訳ではありませんでした。

それは、自然に流れた涙でした。

これが『感動の涙』なのだと、初めて知りました。

私は、『先人の生き方』に感動したのです。

私達のご先祖様が伝えようとしてきた事を知り、それを理解出来た事に感動したのです。

本の面白さ、大切さに気付いた事に感動したのです。

嬉しかった・・・。

私は、声を殺して泣いていました。

私の泣き声は、外に漏れているはずがありませんでした。

しかし、その時、母上が障子越しに私に声を掛けたのです。

『どうしたの?』

と。

私は、

『なんでもありません』

と答えました。

でも、母上は私の震える声に何かを察したのでしょう。

母上は障子を開け、私の部屋に入って来ました。

母上は私の傍に座り、私の手の中にある本を目にし、聞きました。

『本を読んで、泣いているのですか?』

私は素直に、

『はい』

と答えました。

母上は優しく微笑み、私の頭を撫でながら言いました。

『その『気持ち』を、忘れてはいけません。

本には、多くの事が書かれています。

貴方はもっと本を読んで色々な事を学び、感じ、考えなさい。

そして、それを活かせるような『人』になるのですよ』

と。

私はその時初めて、本が面白い、もっと本を読みたい、本を読んでそれを活かせるような『人』になりたいと思ったのです」

「それが、嫌いだった本を好きになった理由・・・?」

「そうです」

「嫌いなものでも、好きになれるものなのね・・・」

私は、しみじみと言った。

そんな私の姿を見て、團一郎が言った。

「姉上は『雪』が、あまり好きではありませんよね?」

唐突な質問に、私は少し戸惑いながら答えた。

「え・・・?

あ・・・。

う・・・ん。

『嫌い』・・・ではない・・・。

『雪』は、綺麗だと思う・・・。

ただ『雪』が降ると寒いし、空気も冷たくなる・・・。

何よりも、私には『雪太郎』の思い出がある・・・」

「姉上は昔、『雪太郎』と言われてからかわれていましたからね・・・」

「うん・・・」

私にとっては、あまり思い出したくない『思い出』だ。

團一郎は、自嘲しながら言った。

「私が『論語』を嫌いだったのは、『論語の面白さ』を理解出来なかったからだと言いましたね?」

「うん・・・」

「でも本当は『()()()()()()()()』からではなく、『()()()()()()()()()()()』からなのです」

「・・・」

「私は『論語』はつまらないものと思い込み、『論語の本質』を知ろうとしなかった。

しかし『論語の本質』を知った時、私は

『論語は、面白い』

と初めて気付いたのです。

『論語の本質』は、『知ろう』としなければ理解出来ないものだったのです。

『知ろう』としなければ、『本質』を知る為の『きっかけ』にも気付かないのです。

『知ろう』と言う気持ちさえあれば、どんな事でも理解する事は出来るのです。

だから『知りたい』と言う気持ちを持つ事が、『嫌い』なものを『好き』にする方法なのです」

團一郎のはっきりとした口調に対して、私は自信のない小さな声で言った。

「『嫌い』なものを『知ろう』と思えば、『嫌い』なものも『好き』になれる・・・?

私も・・・いつか、『雪』を心から『好き』になれる・・・の?」

團一郎は私の問いに、優しく答えた。

「はい。

私が本を好きなったように、きっと姉上も『雪』を心から『好き』になる事が出来ると思います。

『雪』を『知ろう』と言う気持ちがあれば・・・。

『雪』の『本当の姿を知ろう』と思えば、必ず・・・」

以前、川島様も同じ事を言っていた。


『『立つ場所』が変わると言う事は、『自ら変わる』と言う事だ。

『自らの意志』で『立つ場所』を変えれば、今まで見えなかったところが見えて来る。

それが、相手を理解する『きっかけ』の一つになる』


もしそうだとしたら、私はいつか『雪』を()()()『好き』になれるのかもしれないと思った。

私の気持ちが少しでも『雪』に近づけば、『雪』を『好き』になるのかもしれない。


その時、いつもより多少優しい母上の声が障子越しに聞こえて来た。

「ゆき。

具合はどう?」

私は、少し元気な声で答えた。

「大丈夫です・・・。

多分・・・」

「そう。

良かった。

風邪が良くなる『もの』を、持って来ました」

と言って、母上が部屋に入って来た。

母上は、お盆を持っていた。

そのお盆の上には、沢山の小皿と茶碗と湯のみが置いてあった。

私は、何だか嫌な予感がした。

母上が私の横に座ったとたん、異様な臭いがした。

團一郎は何とも言えない顔をしながら、後ずさりした。

私達は、嫌悪感と悪寒を感じた。

私達には、お盆の上にある『もの』の中を覗き込む勇気がなかった。

臭過ぎて・・・。

怖くて・・・。

私は布団を鼻まで被せながら、母上に聞いた。

「何ですか?

母上。

それ?」

母上は、嬉しそうにそれらを一つ一つ丁寧に説明してくれた。

これは、『味噌雑炊(みそぞうすい)』です。

上に摩り下ろした大蒜(おおびる)(にんにく)と、刻んだ(ねぎ)(にら)も乗せました。

大蒜は、風邪を除いて毒気を殺すそうです。

葱と韮は、身体を温めるそうです。

あと、これは『生姜酒(しょうがざけ)』です。

刻んだ生姜を、熱燗(あつかん)に入れたものです。

お酒を熱すると、健胃作用があるそうです。

昔から、『根深雑炊(ねぶかぞうすい)生姜酒(しょうがざけ)』と言うでしょう?

風邪には、これらが効くのです」

母上は、言いきった。

そして、再び自信満々に説明し始めた。

「それとは別に、母はこれらも用意しました。

これは、陳皮(ちんぴ)(蜜柑の皮を干したもの)と紫蘇(赤しそ)と甘草(かんぞう)(薬草)に、干した生姜を入れて煎じたものです。

漢方家『永田徳本(ながたとくほん)』の、『漢方いろは唄』の通りに作りました。

胃腸の調子を整え、身体を温めるそうです。

これは、『甘酒(あまざけ)』です。

栄養があります。

これは、『葛湯(くずゆ)』です。

寒気を和らげたり、熱を取り除いたり、喉の渇きを癒したりするそうです。

これは、『葛根湯(かっこんとう)』です。

葛に生姜、桂皮(けいひ)(樹皮を乾燥したもの)、大棗(たいそう)(熟した棗の実を乾燥したもの)、麻黄(まおう)(薬草)、芍薬(しゃくやく)(牡丹科の多年草)、甘草等の植物が調合されています。

頭痛や腹痛に効くそうです。

これは、黒く焼いた『梅干し』です。

咳止めや解熱効果があるそうです。

これは、種を除いた『梅干し』を練って熱湯を注いだものです。

身体を温めてくれるそうです。

これは、『卵酒』です。

熱を下げてくれるそうです。

貝原益軒(かいばらえきけん)の『養生訓(ようじょうくん)』には薬を用いず養生すれば、自然に病は治ると書かれています。

だから、これらを『全て』食べて飲んで身体を温かくしてゆっくり休めば、風邪は必ず治ります。

良いですか?

ゆき」

そう言う母上の笑顔が怖く、私は抗いきれなくて全てを食べ、飲む事になった。

團一郎は、気の毒そうな顔をして私を見ていた。

團一郎の『本の薬』の方が、余程良かったと私は強く思った。

私は風邪ではなく臭さと戦いながら、半刻(はんとき)(約1時間)掛けて、やっと全てを食べきる事が出来た。

残す訳には、いかなかった。

何故なら、母上がずっと私を監視していたから。

そして食べきった後、とどめに私は『梅干し』をおでこに貼られ、葱を喉に巻かれて寝る事になった。

『梅干し』は頭痛に効くから、葱は身体を温めてくれるからと、母上は言っていた。

私の身体の内側も外側も、強烈な匂いで満たされた。

当分眠れないと思ったけれど、沢山食べて飲んだせいか、私は直ぐにぐっすりと眠る事が出来た。

母上の『風邪が良くなるもの』のおかげかどうかは、分からないけれど・・・。


数日後、私の風邪は治った。

しかし私は食べ過ぎ飲み過ぎ食べ合わせのせいか、具合が悪くなった。

と言うか、『具合が悪くなる』を通り越してお腹を壊した。

私は『論語・先進(せんしん)』の中に書かれている

『過ぎたるは、なお及ばざるが如し』

と言う言葉を身を以て知った。


私は、風邪を引いて思った。


『論語』は、奥が深いと言う事。

何事も、『ほどほど』が一番良いと言う事。

『良い物』を掛け合わせ過ぎると、『毒』にもなると言う事。

嫌なものは嫌だと、はっきり言える『勇気』を持つべきと言う事。

風邪なんて、引くものではないと言う事。

健康を保てるように、常に身体に気を付けると言う事。

『家族の心遣い』が、何よりも嬉しいと言う事。


そして、母上によって私の『嫌いな食べ物』が確実に増えたと言う事・・・。

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