4私には愛する人がいるんだ
その数日後の事だった。
オリディアは夫から執務室に来るように言われた。
「旦那様、どうしてリリアがここに?」
リリアはオリディアと違い身長も低く華奢な女性だった。見るからに儚く守ってあげたくなるようなタイプだ。
そんな彼女は薄桃色のドレスを着て美しい金色の髪はきちんと結いあげていた。顔色はよく唇をきゅっと引き結んでソファに優雅に座っていた。
かたやオリディアは日々の暮らしで手入れの行き届いていない銀色の髪を後ろで結い上げただけドレスは結婚前に実家から持参した地味なドレスを繕いながら着回している。指先は荒れて紅一つ差してもいない。
オリディアは途端に恥ずかしさが込み上げた。
リリアはそんなオリディアに視線を向けると直ぐに夫を見て言った。
「やだ、ボルター様、まだお話されてないんです?」
リリアが勝ち誇ったような笑みを浮かべて立ち上がる。ドレスが波打ち美しい曲線を描いた。
「奥様、ご無沙汰しております」
ほんの少し首が下がったが直ぐにオリディアを見た。
オリディアの指先がすっと冷たくなった。思わず指を折り曲げたが背筋は真っ直ぐ伸びたままリリアを見返す。
「それで、今日はどのような?旦那様、お話と言うのはリリア様の事ですの?」
また、リリアのために金でも用意しろと言うつもりなのかとオリディアは身構えながら今度は視線を夫に向けた。
この一年間の間、彼女の為にと金を用立てた事が何度もあった。
「オリディアお前の最近の態度は何だ?私に逆らうようなことばかりじゃないか。だから私は決めたんだ」
「まあ、いきなりどうされたんです?」
オリディアは驚いた顔で答えたが心の中では期待もあった。
(もしかして離縁の話?だったら願ってもない話。この先もこんな男と暮らして行くなんてと思ってたもの)
「ボルターさまぁ」
リリアが甘えるような声で夫を呼んだ。その声に背筋が悪寒でゾクゾクした。
ボルターは覚悟を決めようと一度大きく息を吐くと決心したように話し始めた。
「オリディア、実は私には愛する人がいるんだ。それで、相手の女性にどうしても結婚して欲しいと言われてね。だから離縁して欲しい」
オリディアは思わず頬が緩みそうになったが、驚いたふりをして身体をふらつかせ近くの椅子の背に捕まる。
「オリディア!大丈夫か」
ボルターは驚いた顔をすると少しは自分が悪いとでも思っているのだろうか。いつにない心配をして慌てて立ち上がり近寄ろうとした。
少しは傷ついた妻を演じるべきだと思っただけだ。
「大丈夫です」
なのに出た言葉はいつもの言葉だった。
「そうだな。お前なら平気だな」
彼はやっぱりと言う顔をするとリリアが座っている隣に腰を下ろして言った。
オリディアも気を取り直してソファに座る。
「それで旦那様。その愛する人と言うのはどなたです?」
オリディアは驚いた顔で尋ねる。
(もう分かってますけど)
「ボルターさま」
わざとらしくリリアが小声で夫の名を呼び腕をつついた。
オリディアはそんな二人を見てさらに不安な顔をして尋ねる。
「旦那様、その愛するお相手はどなたなんです?私が離縁させられるのはその方のせいなんでしょう?」
オリディアはそう言うとわざと向かいに座るリリアの顔を見る。リリア様はさっと目を伏せた。
(わかりやすい。ここは離縁は夫のせいだとはっきりさせるべき)
夫が少し身じろぎゆっくりと言った。
「…リリアだ」
「はぁ?聞こえませんわ。はっきり仰って下さい」
「リリアだ。私は君と離縁してリリアと結婚する事にした」
「きゃ、ボルター様ったら」
リリアは頬に手を当てて照れた仕草をした。
(はっ?とんだ女狐ね。それに騙されているボルターも同じ。似たもの同士って事ね)
オリディアは心の中で思いっきり悪態をついてわざと尋ねる。
「えっ?リリア、様ですか。あなたはこの人といつからそんな関係に?私には何度もリリア様の呼び出しで約束をほごにされて来ましたよね?その度にあなたは何と仰いました?彼女とは何でもない。ただ、夫を失った可哀想な女性だ。自分は彼女の従兄弟だし夫ジュリアンの上司でもある。だからジュリアンの為にもリリアの助けになりたいだけなんだ。そう仰っていましたよね?」
「ああ、確かに最初は仕事の部下の妻として対応していた。でも、リリアとは何と言うか幼い頃から顔見知りで妙に気が合うんだ。気づいたらそれがいつしか愛に変わっていた」
「まあ!それって完全な裏切りですね」
オリディアは夫であるボルターを睨み付けた。
「ま、まあ、そうとも言える…」
「旦那様は私には散々我慢を強いて来られたましたよね。そうやってリリア様を優先なさったくせにその結果がこれとは随分と都合のいい話ですね。まあ、一応お話は分かりました。離縁はお受けします。こんな薄情な人を夫だと思いたくもありません。私はここを出て行きます。但し離縁の原因は夫であるあなたと言うことになりますね」
オリディアは悲劇にヒロインのように胸に手を当てて傷ついた妻の顔をする。
今のオリディアは拗らさず離縁をさっさと終わらせたかった。
そう決意はしていたが傷ついていた。




