15リリアの本性
その頃ロードナート侯爵家では、リリアがヒステリックにメイドのゾラを叱っていた。
「ゾラ、あなたをここに紹介したのは私でしょう?」
「はい、リリア様、その事には感謝しています」
「だったら、どうして?オリディアが着ていたドレスを私がどうしようとあなたには関係無いはずよ。さっさと言われた通りにしなさいよ!」
リリアはボルターからオリディアが使っていた部屋を使っていいと言われたので、部屋の片付けをさせていた。
オリディアの宝石箱はもちろんすぐに中を確かめた。でも、中に入っていたのは自分の持っている宝石よりもずっと価値の劣る物ばかりだった。
すっかり気落ちしたが気を取り直して今度はクローゼットを見た。
そこにあったのは普段に着ていた粗末な茶色のドレスや灰色の上着。唯一のドレスはオリディアが結婚式で着たらしい淡いベージュのシルクのドレスだった。
襟元や袖口にあしらわれたレースは王都でも中々手に入らない上等な品で、ゾラに命じてそれを工房に届けるように言いつけた。
ロードナート侯爵家に来てからリリアは何だか気まずい思いをしていた。
朝食の席での事だった。ボルターはすでに仕事に出掛けていてリリアは遅い時間にに起きた。
「ねぇ、ちょっと。このオムレツ硬いじゃない」
ゾラに文句を言うと料理長のハンスがやって来た。
「すでに朝食の時間は終わっておりました。ですが、それでもとおっしゃられたので用意したのですが」
「あなた、使用人でしょう?家の女主人が作れって言ってるのよ。何か文句があるの?」
「…いえ、ただ、今までずっと旦那様のお好みでお出ししていたので、柔らかいのがお好みでしたらそう言う指示をしてくださらないとこちらではわかりません」
ハンスは先代の頃から支えている料理人で年もリリアよりかなり上だがきちんと礼儀作法は守っている。
それでもリリアの目には料理長の態度が横柄に見えた。
「ちょっと、平民のくせに逆らう気?」
料理長は一度ぐっと口を引き結んですぐに視線を落とした。
「とんでもありません。ただご指示を頂きたいだけです」
「わかったわ。これからは毎朝とっろとっろのオムレツにして頂戴!それからこのスープ。草の味がするじゃない。何を入れてるのよ!」
「はい、奥様が旦那様は胃が弱いからとハーブのスープを出すようにとおっしゃっていましたので」
「よく聞きなさい。これからは私がこの家の女主人なの。今までのやり方は全てやめて頂戴。いいわね!」
「でしたら、食事や掃除、洗濯、食材の仕入れから出入りの商人も全てあなたが管理して下さい。それまで私たち使用人は何も触りません。良いですよね?新しい女主人様」
そう言ったのは侍女長だった。
「まあ!いきなり全てを任させてもわかるわけがないじゃ無い!良いわ。ボルターに言いつけてあなた達みんなクビにしてやるから!」
この時にはリリアの周りにはハンスに侍女長のリネットやマーサ、厩番のケビスに御者のテトまでいた。
さらに侍女長のリネットが一歩前に出た。
「リリア様、私達もいきなり家の事情が変わって戸惑っております。それなのにお小言ばかり言われても困ります。ハンスが言ったようにきちんと指示をして頂かないと。昨日も旦那様の洗濯物を運ぼうとしてリリア様から買い物を言いつけられて洗濯が間に合わなくなりました。ですのでこれからは一日の仕事の指示を毎朝出して下さい。私達だって毎日やらなきゃならない仕事があるのです。リリア様の都合ばかりに振り回されていては困るのです」
「洗濯が間に合わなければ他の人にやらせればいいでしょう!」
リリアが使用人を睨む。
今度はゾラが声を上げた。
「リリア様、言わせてもらいますがお分かりのようにこの家の使用人は少ないのです。侯爵家は今でこそ借金を終わらせましたがこれまでは私たちの手が回らないと前の奥様が自ら動いて下さったものです。私達も限られた人数の中で一生懸命やっているんです。ですからここにいる人数と仕事を考えてきちんとした指示を出して頂けませんか?」
「ゾラ、あなた私の味方じゃないの?」
「リリア様、私はロードナート侯爵家の使用人です。この屋敷で皆さんと仕事をしているのです。きちんと指示をして頂ければ皆さんが動きやすく仕事も捗ります」
「はぁ、わかったわ。使用人をもっと増やすようにボルターに言うわ。それなら文句はないでしょう。全く。馬車の用意をして!気分転換に買い物にでも行くから」
「すぐに用意します」
ケビスが言って走って出て行った。テトもその後を追う。
「リリア様お食事は?」
「もういいわ。食べる気なくなったから。それよりダンカートを呼んで」
「ダンカート様は用で出掛けられています」
リリアは大きくため息を吐いた。
(もう、買い物も好きに出来ないなんて!何の為にボルターに取り行ったと思ってるのよ!)
その夜ボルターが帰って来ると今日の事を話した。
「ねぇ、使用人を増やして、それから私、宝石とドレスが欲しいの。ダンカートにお金を出すように言ってくれない?」
疲れて帰って来たボルターの執務室の机の上には領地から急ぎの手紙や支払い書が積み重なっていた。
仕事から帰ると今度は家の書類仕事もしなくてはならない。
「リリア、君も少し書類仕事をてつだってくれないか?オリディアに頼むつもりだったが急ぎはそうもいかない。私も仕事で疲れてるんだ。だから家の支払いや注文なんかは君が見てくれると助かるんだ」
「嫌よ。そんな書類仕事わからないもの。私はあなたと一緒にいたいから結婚するって言ったのよ。仕事を手伝うなんて言ってないでしょう?それにあなたが忙しいなら人を雇えばいいじゃない。借金は終わってるんだし、それくらいのゆとりはあるでしょう?オリディア、オリディアってあの人とは離縁したんでしょう?いつまであの女に頼るつもり?私、オリディアに家の仕事を任せる事は反対よ。大体、私が別れた女と顔を合わせるのが嫌だってわからないの?全く、あなたって女心もわからないんだから…」
リリアは大きなため息をついてボルターを睨んだ。
「リリア、君だって買い物がしたいだろう?それにはきちんと書類の整理が必要なんだぞ。それが一番手っ取り早く出来るのがオリディアなんだ。わがまま言わないで少しの間我慢してくれ。せめて今月の終わりまでは彼女にいてもらわないと困るんだ。ルノス商会との来季の取引契約もあるし、それが終わったらまたダンカートと相談するから」
「ああ、もう仕方ないわね。だったら、私のドレスは?買っていいんでしょう?」
「ドレスも少し待ってくれ。さっきも言っただろう。契約が迫っているんだ。それまでは少し辛抱してくれないと…」
「もう、あなたまで、もういいわ。その代わり私は何もしないわよ。ドレスも買ってくれないんだもの。良いわよね?」
「リリア、少しは協力しても良いんじゃないか。オリディアなら黙って言う事を聞いてたぞ」
「あら、そんな女は辛気臭いって言ってたくせに。はっきりものを言う私が好きだって言ったじゃない」
「そう言う意味じゃないって分かってるだろう?少し協力してくれって言ってるだけじゃないか!」
「男ってこれだから。ちょっと気に入らないと大きな声を出せばいいと思ってるんだから。私がそんな事で怯えると思ってるの?ボルター、私、知ってるのよ。あなたが公金を使い込んでるって、いくら私が強請ったからって預かった追徴金を使い込むのはいけないわ」
「な、何を言ってるんだ!それはきみがどうしても指輪が欲しいって言ったから…私だってすぐに返すつもりだった。でも、次から次におあれも欲しいこれも欲しいって強請るから」
「あら、無理なら断れば良かったじゃない。でも決めたのはあなたでしょ。ほら、この前の指輪の領収書。私がこれを財務局長に話したらどうなると思う?」
「リリア、お前!それを寄越せ!」
「大切な証拠を渡すわけないでしょう。全く情けないんだから。ほら、もっと堂々としてなきゃ直ぐにバレるわよ。でも、私はあなたの妻だもの。もちろん黙ってるわよ。その代わりドレスを買って真珠のネックレスも欲しいの。お願いね」
「リリア、お前と言うやつは最初からそれが目的だったのか?」
「そんなのあなただって。オリディアを散々利用したじゃない。まあ、仕事が捗らないって言うならこの先も彼女をこき使ってこの家の仕事をさせればいいわ。その代わり私は好きにさせてもらうから。良いわよね?」
リリアはボルターに薄ら笑いを浮かべると彼の部屋から出て行った。




