14三年間の帳簿にあったもの
オリディアは次の話し合いに間に合うように、一度ロードナート侯爵家の執事であるダンカートに連絡を取った。
その連絡もルノス商会が手配してくれた。
約束の時間ダンカートはルノス商会に来てくれた。
彼は頼んだ三年間の収支報告書や支払い明細書をまとめた帳簿や領収書も持参していた。
ルノス商会の応接室で待っていたオリディアはアメリアさんに案内された入って来たダンカートを出迎えた。
「ダンカートさん、今日は無理を言ってすみません」
「とんでもありません。奥様がされて来た事、使用人一同忘れるはずがありません」
ダンカートが膝に頭がつくほどお辞儀する。
「ダンカートさん、顔を上げてください。こちらこそあなた達には助けて貰ってばかりでお礼を言うのはこちらの方です。まあ、座って下さい」
ダンカートはようやく顔を上げるとソファに半分腰掛けた。すぐに鞄から帳簿を取り出す。
「これが奥様から要望のあった帳簿や領収書です」
「無理を言ってごめんなさい。どうしてもこのまま夫に追い出されるのは気が済まなくて」
「当然です。奥様がご自分の資産からどれほどのお金を注ぎ込まれたか、借金は完済し、領地の事まで…本当に奥様がいらっしゃらなかったらロードナート家はとっくに破産しています。それなのに旦那様が何もわかっていらっしゃらない。いえ、奥様が来られるまでの一年間、先代が亡くなられ旦那様もご自分の手当も借金の支払いに回せれて領地の事も必死で何とかしようとされていたんです。でも、一年もするとすっかりやる気を無くされて、そんな時奥様と縁組が決まったんです。旦那様は奥様がアルノール公国の人だと知ってルノス商会との取引に有利だと思われたはずです。それに奥様は領地経営もされていた事もあって結婚すればご自分の仕事を肩代わりさせられると思われたのでしょう。私も何度かもう少し領地の事をされてはと言った事もありましたが、旦那様は全く聞く気はなかったようで、申し訳ありません」
「いえ、ダンカートさん、あなたにせいではないわ。それに私はもう奥様ではないから、オリディアと呼んで」
「そうでした。では、オリディア様、何でも聞いて下さい。出来る事は協力致しますので」
「そう言ってもらえると助かるわ。私は領地や家の事に使ったお金は返してもらおうとは思っていないの。ただ、私が建て替えてきた侯爵家の借金とボルターがリリア様に使ったお金までは負担する気にはなれないの。だから私の通帳から使った侯爵家の借金の明細と領収書。それからリリア様が住まれていた借家の家賃やドレス代や遊興費などの支払い明細書と領収書の控えを取らせて欲しいの」
「それは当然の権利です。先にこちらに一覧を作ってきました。どうぞご覧下さい」
ダンカートが差し出した書類にはオリディアの通帳から侯爵家の借金や領地の為に支払われた金の流れが一覧になって記載されている。
一覧にはこれまでの借金の返済は全てオリディアに入ったルノス商会の配当金から支払われていると言う事だった。
「ここまでとは思わなかったわ…」
オリディアはそんな言葉を呟いた。領収書も同じように控えていく。
それが終わるとダンカートは次の書類を出した。
「こちらは旦那様がリリア様に使われたお金です。ですが旦那様の手当は侯爵家に入るお金として計上されていませんので、このお金は侯爵家の収入から、ひいてはオリディア様のお金から出されたものになります」
オリディアはその紙を手に取った。
どうやらボルターはリリアの借家の金は自分の手当で支払っていたらしい。だが、それ以外の遊興費のほとんどが侯爵家の必要経費として計上されていた。
ある時はレストラン食事代。そして観劇費用。それにドレスや宝石の購入にまで。
妻でなく別の女への貢ぎ物が侯爵の必要経費として扱われていた。
オリディアの紙を持つ手が震える。
今までもこんな領収書を見ていたはずだった。でも、これは夫にとって必要な事だからと思おうとしていた。
どんな仕打ちを受けても自分はボルターの妻なのだとどこかで何かを期待していたのかもしれない。
(私はあの人に何を期待していたのだろう…)
自分にはありがとうの一言もクッキー一枚の気遣いすらなかった。
夜会の出席にもお前のような奴を隣に並ばせるのは体裁が悪いなどと言われ一度も夜会や茶会に顔を出した事すらなかった。
その事は、オリディアが幼い頃からの酷い扱いを受け人目を避けた方がいいと思い込んでいた事もあってむしろそれで良いとさえ思っていた。
だからと言って妻をいいように使い浮気をし、浮気相手に贅沢をさせる事は話が違う。
だったら、その責任をきちんと取ってもらおう。
「ダンカートさん、この書類は頂いても?」
「はい、こちらは写しですので、どうぞ」
「ありがとう、あなたに迷惑を掛けるような事はしないから安心して」
「そんな事心配していません。それよりオリディア様は大丈夫ですか?」
「ええ、王都にルノス商会があって良かったわ。この商会はアルノールの人たちが大勢いてみんな温かく迎えてくれたの」
「それは良かった。実は私も最初は奥様の事を嫌っておりました」
「ええ、知ってるわ。みんな、私の髪を見ると嫌な顔をするから」
「申し訳ありません。ですが、奥様「オリディアでいいわ」
ダンカートが気まずいと髪の毛に手を当てる。
「ですがオリディア様が一生懸命お金の工面や領地の橋の修繕や、二年前の冬、三つの村から流行病で救援要請が来た時、オリディア様は先頭に立って食糧や薬、医師の手配をして下さいました。あの中の一つの村は私の実家がありました。兄夫婦を甥っ子がいて三人とも命を救われました。あれから私の考えは変わりました。この国では竜族は魔力を持ち傲慢で残酷な人種だと教わりました。でも、オリディア様を知ると他の竜族にも目が行くようになりました。実際よく見ればこの国にいる他の竜族も皆心優しい人たちだと知りました。何故ブラトア国が竜族に対してそんな偏見を持つようになったのかも知らないまま大人の言うまま信じていました。うちの侯爵家の使用人も皆、私と同じようにオリディア様の事を心から慕っております。どうか、この先お身体に気をつけて幸せになって下さい。それが使用人一同の心からの願いですので」
ダンカートさんの目にはほんのり涙の幕が張っている。
「ダンカートさん、あなたが私を支えてくれました。どうしていいかわからないとそっと昔の資料を差し出してくれた。橋の修繕のほとんどの手配はあなたがしてくれた。使用人の手当が遅れた時も一緒にみんなに頭を下げてくれた。私の方こそあなたには助けて貰ってばかりでした。本当に今までありがとうございました。あなたも身体に気をつけて無理をしないようにして下さい」
いつしかお互いの手を取り合い握手を交わしていた。
同じ窮地を掻い潜って来た者同士の繋がりがここにあった。
そしてダンカートはルノス商会を後にした。




