11あんな奴!〜ボルター
オリディアが飛び出してボルターは心の中で繰り返した。
(あんな奴、妻にしてやっただけでも感謝するべきだろう?確かに借金は片付いたし領地の事も全てうまく行っている。オリディアは家の事をする約束だった。私は財務局の仕事があるんだ。すべてそれで良かった。でも、リリアは思わぬ事で未亡人になって私を頼って来た。幼い頃からの知り合いを大切にして何が悪い?まあ、自分の気持ちがリリアに向いた事は不誠実だった?いや、そもそも竜族の女なんかを愛せる訳がないんだ。それを妻にまでしてやって三年間侯爵夫人にしたやったんだ。離縁したからと言って誰も私を悪いとは言わないはずだ。ああ、これで良かったに決まっている)
ボルターは気を取り直し食堂に向かった。
「おい、いつまで待たせる気だ?出仕の時間におくれるだろう!!」
メイドのゾラがやっとパンとスープを持って来た。
「どうしてこんなに遅い?!」
「申し訳ありません。今朝は奥様から旦那様の食事時間のお知らせがなかったので」
「あいつがそんな事まで?」
「はい、毎朝」
ボルターは眉を寄せたがもう時間がなかった。
「もういい、明日からはいつも今日より30分前でいい」
ボルターは急いでパンとスープを流し込むと部屋に着替えに行った。
昨日無造作にかけた上着にしわがよっていた。
いつもは上着には火のしが掛けられ、しわがよっている事はなかった。
「おい、誰か」
ボルターは使用人を呼ぶ。
「上着にしわがあるぞ。誰の仕事だ」
「昨日は奥様からご指示が無かったので」
「お前達はオリディアが支持しないとこんな事も出来ないのか!」
「ですが、勝手に旦那様のお部屋に入る事は出来ません」
ボルターは昨日の事を思い出して使用人を怒鳴る一歩手前で思わず口を閉じた。
昨日はオリディアに離縁の話をしてあいつもそれどころでは無かったからな。
「まあ、今日は勘弁してやる。これからは言われなくてもやれ!」
「はい、では、旦那様がご指示下さい」
ボルターはオリディアが妻としての勤めをやらなかった事に腹を立てたが、もう時間がなかった。
(離縁してもここに置いたやるといっているのに、あいつ私に逆らって!そんなだからリリアに気が向くんだ。まあいい、あんな奴いない方がリリアも喜ぶ。オリディアの仕事はリリアに任せれば大丈夫だろう。それより今日はこのまま上着を着ていくしかないな)
ボルターは上着を取ると皺のよった背中をはたいてそれを着た。
屋敷を出る時、もう一度振り返った。
あいつ離縁届もまだなのにどうするつもりだ?
まあ、すぐに行くところに困って泣きついて来るはずだ。そうなれば離縁だけして今まで通り仕事をさせればいい。
さあ、それより十日先のアルノール公国との来季の魔石協定の草案を仕上げなければ。
ボルターはそのまま財務局に向かった。
財務局では直ぐに迫ったアルノール公国との話し合いに向けて局長も苛立っていた。
魔石の値段が少しでも上がればブラトア国全体の経済に影響が出るのだから当然だ。
相手に納得に行くような提案をして来季は今季以上の取引をしたいと通達があった。それに合わせて値下げ交渉を上手くやれるようにしなければならないのだ。
そうは言ってもブラトア国より遥かに豊かで魔力も持っている竜族相手にアルノール公国が満足できるような提案をするのは到底無理な相談だとボルターは思っている。
だが、この草案を上手く仕上げなければ時期局長に椅子は遠のく。
「ボルター、草案はどうなっている?」
「はい、今日中に仕上げます」
「ああ、頼むぞ。外務府からも急ぐように言われているんだからな」
「はい、わかってます」
ボルターはここ数日かけて考えていた案をまとめていく。魔石を一割安くする代わりに魔道具の仕入れを増やす案を考えた。これならブルトア国の要望にも応えられるし魔石の消費も抑えられアルノール公国も利益は増える。
ボルターはその案を清書して局長に提出した。
「これはいいかも知れんな」
局長は喜んで外務府に草案を持って行った。
ボルターは疲れて帰りにはリリアの所に寄った。
こんな日はリリアに癒してもらいたかった。
彼女の夫はセレスラルド男爵家の次男で家は王都にある借家住まいだった。夫が亡くなれば給金も入って来ない。リリアの実家からも援助は見込めないとリリアに泣きつかれ、ボルターはリリアに住まいを用意してやった。
そしてリリアに望まれるままそこに足げく通った。屋敷に帰ればオリディアから支払いの事や領地の事を相談されるのも嫌だった。
リリアは美しい金髪をした華奢で可憐な女で、男の庇護欲をそそり放って置けないタイプで、夫を亡くしてボルターを頼るリリアに好意を寄せた。
「リリア」
扉を開けて中に入る。
「ボルター様、嬉しい、来てくださった。私、昨日はあんな話になってもしかしたら奥様との離縁がなくなるんじゃないかもって心配してたんです」
リリアは縋り付くようにボルターに抱きついた。
豊満な胸をぎゅっと押し付けられて男の欲がふっと湧き上がる。
(ああ、やっぱり女はこうでなくては…)
ボルターはリリアの腰を抱き上げると情欲に任せて彼女を押し倒した。
「ボルター様、もっと…」
ボルターの脳裏はリリア一色に染まった。
そしてリリアを連れて屋敷に帰って来た。
「お帰りなさいませ」
出迎えたのはマーサだった。
(オリディアの侍女だったがあいつとは行かなかったのか。まあ、当然だ)
ボルターの気分がほんの少し上がった。
「ああ、オリディアは?」
「まだ、お帰りになっていません」
「あいつとは離縁する。これからはリリアがこの家の女主人だ。いいな」
マーサが眉を上げた。
リリアはボルターに縋りつき「よろしくね…」と言いかけると直ぐにマーサが挨拶を返して来た。
「マーサです」
「ええ、マーサよろしく」
リリアがどぎついピンク色ののドレスを摘んで首を傾けた。
「そうだ。ゾラはどこ?彼女は元家のメイドだったでしょう?このお屋敷に来て役に立っているのかしら?」
マーサがにこやかに微笑む。
「まあ、そうでした。リリア様からの紹介でゾラを引き取ってからオリディア様がそれはもう親身になって下さってゾラはすっかりこのお屋敷に溶け込んでおります」
「まあ、それなら私がここに来ても何の問題もないわね」
リリアは機嫌良く屋敷の中に入った。
ボルターはリリアを連れて部屋に入ると言った。
「リリア、早速で悪いがオリディアの代わりに家の事を頼みたい。執事のダンカートや侍女長のリネットに聞いてやればいい」
「ええ、任せて。これでも、毎日夫の世話をしていたんだから、それで離縁は正式に済んだの?」
「いや、今朝オリディアと喧嘩になってあいつは出て行った。だから書類の署名はまだなんだ。でも、離縁には同意したんだ。君とは直ぐに結婚するつもりだから遠慮なくここで暮らせばいい」
「まあ、うれしい。だったらあの家は引き払ってこちらに引っ越しても?」
「ああ、それがいい」
「じゃ、明日にでも手続きを済ませて引っ越しの準備をするわ」
「ああ、今夜からここで休むといい」
そう言うといきなりリリアが怪訝そうに口を尖らせた。
「ボルター様、もしかしてここで奥様と?」
「馬鹿な。あんな女を抱く訳ないだろう。心配しなくてもリリアが初めてだ」
「まあ、ボルター様〜」
抱きついたリリアがどうしようもなく可愛いと思った。




