↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/87

古い荷札と南部交易都市への手掛かり

朝の光が、宿の窓から差し込んでいた。


シラスは目を覚ますと、しばらく天井を見つめていた。


昨夜の夢が、まだ頭の奥に残っている。


燃え盛る家々。

誰かの叫び。

そして、顔の見えない人物に向かって、自分が放った言葉。


『持っていけ!』


何を渡したのか。

誰に渡したのか。


記憶は、そこから先へ進まなかった。


「……また、あの夢?」


隣の寝台から、鈴の声がした。


白い髪を二つの低い位置で結んだ少女が、毛布から顔を覗かせている。青い瞳には、まだ眠気が残っていた。


「夢の話をした覚えはないが」


「寝言。少しだけ聞こえたの」


シラスは眉を寄せた。


「何を言っていた?」


「『持っていけ』って」


その言葉を聞いた瞬間、シラスの表情が僅かに固まった。


鈴はそれを見逃さなかった。


「……何か、思い出した?」


「いや。断片だけだ」


彼はベッドから起き上がり、左腕の包帯を確認した。傷はまだ痛む。無理に剣を振るえば、再び開く可能性があった。


「ローヴェンの話を聞く必要がある」


「うん。私も一緒に行く」


「お前を連れて行く理由はない」


「昨日、私も聞いたもの。それに、あなたの過去を調べるのに私だけ置いていかれるのは嫌」


鈴は頬を少し膨らませた。


シラスは短く息を吐く。


「……勝手にしろ」


「勝手にする」


彼女は即答した。


その返事に、シラスはほんの僅かに口元を緩めた。


     ◇


ローヴェン・ハルトは、宿の食堂で二人を待っていた。


灰色の髪をした男は、昨日と同じ古びた革の上着を着ている。腰には短い刃物。テーブルの上には、薄い布に包まれた何かが置かれていた。


「来たか。朝飯は食ったか?」


「まだだ」


「なら、先に食え。話は逃げない」


ローヴェンはそう言って、二人にパンと温かいスープを勧めた。


鈴は礼を言って椅子に座る。シラスは食事に手をつける前に、テーブルの布へ視線を向けた。


「それは何だ?」


「昔の荷札だ。北の集落へ荷物を運んでいた時のものだよ」


ローヴェンが布を開く。


中には、黄ばんだ紙片が数枚あった。角は擦り切れ、文字の一部は滲んでいる。


「俺は当時、いくつかの商隊の荷運びを請け負っていた。あの集落にも、定期的に物資を運んでいたんだ」


「黒い服の男たちが来たのも、その頃か」


「そうだ。あいつらは荷物を運ぶ商人には見えなかった。けど、何をしていたのかまでは分からない」


ローヴェンは一枚の荷札を指で押さえた。


「これを見てくれ」


紙には、簡素な記号と行き先が記されている。


北部集落。

旧倉庫。

南部旧交易都市――第三保管区。


シラスの目が細くなった。


「第三保管区……」


「荷物の最終目的地として書かれていた。だが、俺が運んだのはここまでだ。倉庫に入れた後、別の人間が引き継いだ」


「荷物の中身は?」


「知らない。封がされていた。普通の商隊なら、荷札に品目くらい書く。だが、これは違った」


鈴が紙片を覗き込む。


「この記号……」


荷札の端には、円の中に交差する二本の線。そして小さな刻みが描かれていた。


これまで何度も見てきた印に似ている。


鈴の銀飾りが、微かに揺れた。


シラスはすぐに彼女の様子を確認した。


「鈴?」


「大丈夫。少しだけ、反応したの」


彼女は銀飾りに触れる。


「でも、何かを思い出したわけじゃない」


「無理に思い出す必要はない」


シラスの言葉に、鈴は小さく頷いた。


ローヴェンは二人を見比べた。


「その印を知っているのか?」


「いくつかの場所で見た。だが、意味はまだ分からない」


「そうか……」


男は荷札をもう一度見つめた。


「俺も、これが何を意味するのか知りたい。あの集落の人間たちが、何に巻き込まれたのかを」


シラスは荷札を手に取った。


紙の裏側には、薄い文字が残っている。


『引き継ぎ先変更。原記録参照』


その文言を見た瞬間、彼の脳裏に別の記録が浮かんだ。


中継所で見た、転送先不明の荷物。

番号のない箱。

そして、記録に残らない移送。


偶然だと片づけるには、似すぎている。


だが、まだ結論を出すべきではない。


「この荷札は、南部旧交易都市へ行けば確認できるのか?」


「第三保管区は今も残っているはずだ。ただし、昔の倉庫は一部閉鎖されている。記録が残っているかどうかは分からない」


「十分だ」


シラスは荷札をローヴェンへ返した。


「これを貸してくれ」


「いいのか? 古い紙だぞ」


「必要なのは紙そのものじゃない。そこに書かれた行き先だ」


ローヴェンはしばらく黙っていたが、やがて荷札を差し出した。


「持っていけ。俺は別の道から南へ向かう。もし何か分かったら、南部旧交易都市の東門近くにある『灰色の帆』という酒場を訪ねてくれ。昔の仲間が、まだそこにいるかもしれない」


「分かった」


「それと、シラス」


男の声が少し低くなる。


「昨日話した、剣を持った人物のことだ。北へ向かっていたのは確かだが、顔は見ていない。お前の剣だったかどうかも、断言できない」


「……ああ」


「期待させるようなことを言って悪い」


「気にするな。曖昧な証言でも、ないよりはましだ」


シラスは荷札をコートの内側にしまった。


鈴は、彼の横顔を見つめていた。


昨日よりも、ほんの少しだけ。

彼の過去へ近づいた気がする。


しかし、それは同時に、彼が抱えてきた傷の深さを知ることでもあった。


     ◇


宿を出ると、南へ続く街道には朝の商人たちが集まり始めていた。


荷馬車の車輪が石畳を鳴らし、遠くでは旅人たちが道順を確認している。


シラスは地図を広げた。


「南部旧交易都市までは、ここから二日ほどだ」


「第三保管区と、灰色の帆……」


鈴が地図を覗き込む。


「どっちから調べるの?」


「まずは保管区だ。古い記録を確認する。その後、酒場でローヴェンの仲間を探す」


「あなたの剣についても?」


「……ああ」


シラスの指が、地図の北側をなぞった。


燃えた集落。

消えた記録。

誰かに渡したはずの剣。


それらが同じ線上にあるのかは、まだ分からない。


だが、少なくとも一つだけ確かなことがあった。


今度は、記憶から目を逸らさない。


「行くぞ、鈴」


「うん」


少女は彼の隣に並んだ。


南へ向かう風が、二人の外套を揺らす。


街道の先には、古い交易都市が待っていた。


そして、その都市の記録の奥には、まだ誰にも語られていない過去が眠っている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。