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信じなくていい

森の中には、夕暮れの冷たい空気が満ちていた。


シラスは木の根元に腰を下ろし、剣を膝の上に置いていた。刃についた泥を布で拭いながら、ときおり周囲へ視線を向ける。先ほどの賞金稼ぎたちが追ってくる気配はなかったが、だからといって安心するつもりはなかった。


少し離れた場所では、白い髪の少女が倒木に腰掛けている。


少女は自分の両手を見つめていた。魔狼を追い払ったときも、賞金稼ぎたちを退けたときも、彼女は自分の意思で魔法を使ったわけではない。誰かが傷つきそうになると、身体が勝手に反応してしまうのだ。


「……ねえ、シラス」


「何だ」


「さっきの人たち、また来るかな?」


「来るだろうな。賞金を諦めるとは思えない」


少女の肩が少し落ちた。


「そっか……」


「怖いなら、今のうちに離れればいい。俺についてくる必要はない」


少女は顔を上げた。


「またそれ?」


「何度でも言う。俺と一緒にいれば、面倒に巻き込まれる」


「もう巻き込まれてるよ」


「……そうだったな」


シラスは布を畳み、剣を鞘に戻した。


少女の言うとおりだった。彼女はすでに自分を守るために魔法を使い、賞金稼ぎたちに姿を見られている。今さら別れたところで、何もなかったことにはできない。


それでも、彼女を連れて歩くことが正しいとは思えなかった。


「さっきの話だが」


シラスは静かに口を開いた。


「俺が何の罪で追われているのか、知りたいんだろう?」


少女は背筋を伸ばした。


「……うん」


「なら、少しだけ話す。ただし、俺にも分からないことはある」


「分かった。ちゃんと聞くね」


シラスは遠くの木々を見つめた。


「俺は五年前、冒険者になった。最初は簡単な採集依頼ばかりだったが、少しずつ討伐や護衛も任されるようになった。腕が特別よかったわけじゃない。ただ、危険な場所で生き残る方法を覚えただけだ」


「五年前って……シラス、いくつだったの?」


「十二だ」


「十二歳!?」


少女は目を丸くした。


「そんな小さい頃から冒険者をしていたの?」


「当時は、もっと年上に見られるよう努力していた。子供だと思われると、仕事を回してもらえなかったからな」


「……大変だったんだね」


「今さら同情されても困る」


ぶっきらぼうに返したものの、シラスは不快そうではなかった。


「それで、少し前に一つの集落を訪れた。大きな町じゃない。商人が休憩したり、旅人が食料を補充したりする、小さな場所だった」


彼の声が、わずかに低くなる。


「そこで数日を過ごした。水をもらったこともあるし、剣に興味を持った子供に話しかけられたこともある。……特別なことは何もなかった」


少女は黙って聞いていた。


「だが、俺がそこを離れたあと、集落が襲撃された。住民はほぼ全員死亡。生き残りはいないと報告されている」


「……それで、シラスが犯人だって?」


「ああ。俺が集落を襲い、住民を殺したことになっている」


少女は膝の上で指を握りしめた。


「どうして、そんなことになったの?」


「分からない」


シラスは即座に答えた。


「俺が知っているのは、報告書に書かれた内容と、俺自身の記憶が食い違っていることだけだ」


彼は一度、目を伏せた。


燃える家。立ち上る煙。耳に残る叫び声。


記憶をたどろうとすると、胸の奥が重くなる。それでも、あの出来事を忘れることはできなかった。


「手配書には、俺の剣が現場で発見されたと書かれていた」


「剣……?」


「ああ。だが、その剣は俺が集落を離れる前に、ある人物へ直接渡したものだ。俺の記憶が正しければ、あの場所に残っているはずがない」


少女は首を傾げた。


「じゃあ、誰かがその剣を持っていったのかな?」


「可能性はある。だが、誰が、何のために、どうやって現場へ持ち込んだのかは分からない」


「その人に聞けば……」


「その人物が今どこにいるのかも、分からないんだ」


シラスは言葉を切った。


確かなことと、確かでないこと。その境界を曖昧にしてはいけない。


自分が覚えていることだけを語る。それが、今の彼にできる唯一のことだった。


「だから、俺には無実を証明する手段がない。報告書を否定しても、相手は信じないだろう。証拠があるのは向こうで、俺の手元には何もない」


「……それでも、あなたは本当にやっていないの?」


少女の問いに、シラスはまっすぐ彼女を見た。


「俺は、あの集落の住民を皆殺しにしていない」


迷いのない声だった。


「だが、俺の言葉を信じろとは言わない。お前が見たのは、ほんの短い間の俺だけだ。俺がどんな人間なのか、まだ何も知らないだろう」


少女はしばらく黙っていた。


木々の間を風が通り抜け、白い髪が頬に触れる。彼女はそれを耳にかけながら、ゆっくりと言葉を探した。


「……わたし、あなたの過去を知らない。何が本当なのかも、まだ分からない」


「ああ」


「だから、絶対に無実だって言うことはできない」


「それでいい」


シラスは立ち上がった。


「信じなくていい。お前まで俺の言葉を信じたせいで、危険な目に遭う必要はないんだ」


しかし、少女は彼の外套の端をそっと掴んだ。


「でも、今すぐ悪い人だって決めることもできないよ」


シラスは足を止めた。


「……何?」


「あなたは、わたしが転びそうになったときに助けてくれた。魔狼が襲ってきたときも、賞金稼ぎの人たちと戦ったときも、わたしを置いて逃げなかった」


少女は少しだけ俯いた。


「もちろん、それだけで全部が分かるわけじゃない。でも、わたしが自分の目で見たあなたのことまで、手配書だけで否定したくないの」


その声には、不安も迷いも残っていた。


それでも、彼女は手を離さなかった。


シラスは何も言わなかった。


彼女は彼を無条件に信じたわけではない。ただ、自分の目で確かめるまでは判断を保留すると決めたのだ。


その慎重さは、思っていた以上に彼らしい考え方だった。


「……好きにしろ」


シラスは視線を逸らした。


「ただし、俺の過去を調べるなら、危険が伴う。途中で逃げたくなったら、いつでも離れていい」


「うん。覚えておく」


「本当に分かっているのか?」


「分かってるよ。……でも、今は一緒に行く」


少女は、ほんの少しだけ笑った。


シラスは小さく息を吐き、再び荷物を背負った。


「日が暮れる前に、休める場所を探すぞ」


「うん!」


少女は彼の隣に並んだ。


まだ、互いに知らないことばかりだ。シラスの疑惑も、少女の記憶も、何一つ解決していない。


それでも二人は、同じ方向へ歩き始めた。


そしてシラスは、気づかないふりをしながら、少女の歩幅に合わせて速度を落とした。

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