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賞金稼ぎたちの追跡

翌朝、シラスは空が白み始める前に目を覚ました。


冷たい地面の感触が、外套越しに背中へ伝わってくる。


彼はしばらく動かず、周囲の音に耳を澄ませた。


風が草を揺らす音。


遠くで鳴く鳥の声。


それ以外に、目立った物音はない。


シラスはゆっくりと上半身を起こした。


昨夜は街道脇の岩陰で夜を明かした。野宿には慣れている。眠りが浅いのも、いつものことだった。


隣では、白い髪の少女が丸くなって眠っていた。


短い外套を身体に巻きつけ、両手を胸の前で握っている。二つに結ばれた白い髪は少し乱れ、頬には草の葉が一枚くっついていた。


「……おい」


シラスが声をかけても、反応はない。


「起きろ。出発するぞ」


少女の眉がぴくりと動いた。


「……あと、ちょっと……」


「駄目だ」


「あと五分……」


「五分も待たん」


「……けち」


「昨日も聞いたぞ、その言葉」


シラスは少女の肩を軽く揺すった。


少女は不満そうに唸りながら目を開けた。


青い瞳が、ぼんやりと彼を映す。


「……おはよう、シラス」


「ああ。顔を洗ってこい。水は少しだけ残してある」


「うん……」


少女はゆっくりと起き上がった。


それから、自分の頬にくっついていた草の葉を見つけ、首を傾げる。


「……これ、何?」


「草だ」


「それくらい分かるよ!」


「なら聞くな」


「もう……!」


少女は頬を膨らませた。


その様子を見て、シラスは小さく息を吐いた。


昨夜、彼女は何度も目を覚ました。


物音がするたびに周囲を気にし、ここはどこなのか、今は何時なのかと尋ねてきた。記憶を失った人間にとって、慣れない野宿は不安なのだろう。


そのたびにシラスは最低限の答えを返し、眠れるように促した。


面倒だった。


だが、彼女を一人で歩かせるよりは、まだましだったのかもしれない。


「準備ができたら出るぞ」


「分かった!」


少女は元気よく返事をした。


その直後、腹の音が鳴った。


きゅるる、と。


二人の間に沈黙が落ちる。


少女は、そっと自分のお腹を押さえた。


「……お腹、空いた」


シラスは無言で荷物を背負った。


「朝ご飯は?」


「歩きながらだ」


「わたしの分は?」


「自分で考えろ」


「ひどい!」


少女の抗議を背中で聞きながら、シラスは歩き始めた。


もちろん、本当に何も渡さないつもりではなかった。


昨日の残りのパンを半分に分けるくらいなら、何とかなる。


ただし、それを今すぐ口にするつもりはなかった。


一度甘やかすと、どこまでも頼られる。


そう考えていた。


少なくとも、シラス自身はそう信じていた。


---


街道は、緩やかな丘を越えて西へ続いていた。


左右には草地が広がり、ところどころに低木が生えている。遠くには森の輪郭が見え、そのさらに向こうには、朝霧に霞む山々が連なっていた。


旅人の姿は少ない。


荷馬車が一台、反対方向からやってきた程度だった。


シラスは道の両側を警戒しながら歩いていた。


昨日から、妙な感覚が消えない。


誰かに見られているような感覚。


単なる思い過ごしかもしれない。だが、指名手配されてからというもの、そうした違和感を無視して痛い目に遭ったことは一度や二度ではなかった。


「……少し速度を上げるぞ」


「え? どうして?」


「理由は後で話す」


少女は不満そうにしたものの、素直についてきた。


数分ほど歩いたところで、シラスは道の先に小さな橋を見つけた。


橋の下には、雨水が流れ込んだ細い川がある。


橋自体は古いが、まだ人が渡るには十分な強度がありそうだった。


しかし、シラスは橋の手前で立ち止まった。


「……どうしたの?」


少女が尋ねる。


シラスは答えず、橋の周囲を見回した。


橋の向こう側。


道端に、荷馬車が一台止まっている。


車輪の片方が外れ、荷台には木箱が積まれていた。近くには、荷物を運ぶ商人らしい男の姿がある。


一見すれば、何の変哲もない光景だった。


だが、妙だった。


商人は荷物を運んでいるのに、馬がつながれていない。


車輪が外れているなら、修理道具が必要なはずだが、それらしいものも見当たらない。


そして、男の視線がこちらに向いた瞬間、ほんのわずかに動きが止まった。


シラスは目を細めた。


「……戻るぞ」


「え?」


「今すぐだ」


少女の腕を軽く引き、橋から離れようとした。


その瞬間だった。


「おっと。そっちへ行かれると困るんだがな」


背後から声がした。


シラスは振り返った。


街道の後方に、二人の男が立っていた。


一人は大柄で、肩幅が広い。革鎧の上から厚手の外套を羽織り、背中には大きな斧を背負っている。


もう一人は細身で、長い弓を手にしていた。腰には短剣があり、目つきは鋭い。


二人とも、旅人のような格好をしている。


だが、こちらを見つめる目には、親しみも警戒もなかった。


あるのは、獲物を見つけた人間の目だった。


「……何の用だ」


シラスは平静を装って尋ねた。


大柄な男が口元を歪める。


「なに、ちょっとした確認さ」


「確認?」


「黒髪に赤い目。長い黒外套。腰には剣。……聞いていた特徴とぴったり一致する」


細身の男が、弓を肩から下ろした。


「シラス・ナハト。間違いないな?」


少女がシラスを見上げた。


「……シラス?」


シラスは答えなかった。


大柄な男が、満足そうに頷く。


「やっぱりそうか。いやあ、探したぜ。街じゃ見つからなかったからな」


「誰に聞いた」


「そんなことを教える義理はないだろう?」


男は肩をすくめた。


「俺たちは仕事で来てるんだ。大人しくついてきてくれれば、余計な怪我をさせずに済む」


シラスは二人の立ち位置を確認した。


後方に二人。


橋の向こうに一人。


少なくとも三人。


ほかにも潜んでいる可能性がある。


しかも、橋を渡ろうとすれば正面から攻撃される。引き返そうにも、後方の二人が道を塞いでいる。


よく考えられた配置だった。


ただの偶然ではない。


「……賞金稼ぎか」


シラスが呟くと、大柄な男は笑った。


「話が早くて助かる。そういうことだ」


「俺を捕まえたところで、何も出てこないぞ」


「それを決めるのは俺たちじゃない。依頼主と、お前の首に懸かった賞金だ」


細身の男が弓を構えた。


「抵抗するな。お前の腕が立つことは聞いている。だが、こっちは三人だ」


シラスは剣の柄に手をかけた。


「……そうか」


「おい、聞いているのか?」


「ああ。よく聞こえている」


シラスは静かに答えた。


「だから、断っている」


次の瞬間、細身の男が弓を放った。


矢が一直線に飛んでくる。


シラスは少女の肩を押し、横へ飛んだ。


矢が地面に突き刺さる。


「走れ!」


シラスが叫ぶ。


「えっ、どこへ!?」


「どこでもいい! 俺から離れるな!」


「離れるなって、どっちなの!?」


「今は俺の後ろにいろ!」


少女が慌てて彼の背後へ回る。


大柄な男が斧を抜き、地面を蹴った。


「逃がすかよ!」


シラスは剣を抜いた。


斧と剣がぶつかり、乾いた金属音が響く。


大柄な男の一撃は重かった。正面から受け止めれば、腕に大きな負担がかかる。


シラスは力比べを避け、斧の軌道をわずかに逸らした。


その隙に、細身の男が次の矢をつがえる。


シラスは大柄な男の肩を押し返し、すぐに横へ跳んだ。


矢が外套の端をかすめる。


「ちっ……!」


シラスは舌打ちした。


敵は連携している。


一人が接近戦で足止めし、もう一人が遠距離から狙う。橋の向こうにいる男も、こちらが逃げれば進路を塞ぐつもりだろう。


厄介な相手だった。


腕が立つというより、仕事に慣れている。


こういう連中は、相手が弱るまで諦めない。


「お前、いつもこんなことに巻き込まれてるの!?」


背後から少女の声が飛んできた。


「今は黙っていろ!」


「だって、向こうはあなたを知ってるみたいだし!」


「後で説明する!」


「本当に!?」


「生きていたらな!」


「それ、全然安心できないよ!」


シラスは返事をする余裕もなく、再び斧の一撃をかわした。


男の斧が地面に食い込む。


その瞬間、シラスは柄を蹴り、相手の体勢を崩した。


大柄な男がよろめく。


シラスは剣を振るったが、男は腕の防具で刃を受け流した。


火花が散る。


「なかなかやるじゃねえか!」


男が笑った。


「だが、いつまで持つかな!」


細身の男が弓を引き絞る。


シラスは横目で位置を確認した。


橋の向こうの男も、すでに動き始めている。


このままでは包囲が完成する。


逃げるなら、今しかない。


シラスは足元に落ちていた小石を蹴り上げた。


小石が大柄な男の顔に当たる。


「ぐっ!?」


男が一瞬だけ目を閉じた。


シラスはその隙に踏み込み、剣の柄で男の顎を打った。


鈍い音が響く。


大柄な男が膝をついた。


シラスはすぐに少女の腕を掴んだ。


「走るぞ!」


「う、うん!」


二人は街道を外れ、川沿いの斜面へ飛び込んだ。


背後から怒声が響く。


「待ちやがれ!」


「追え! 逃がすな!」


矢が一本、頭上を通り過ぎた。


シラスは少女を引き寄せ、川岸の岩陰へ滑り込んだ。


「伏せろ!」


二人の身体が、湿った土の上に倒れ込む。


矢が岩に当たり、乾いた音を立てた。


少女は息を呑んだ。


「……っ!」


シラスは彼女の口元に指を当てた。


「静かにしろ」


少女は震えながら頷いた。


足音が近づいてくる。


「どこへ行った!?」


「川の方だ! 探せ!」


男たちの声が、すぐ近くで響いた。


シラスは岩陰からわずかに顔を出し、周囲を確認した。


川は浅いが、流れは速い。ここから水に入れば足跡を消せる可能性がある。


しかし、少女を連れて川を渡るのは危険だった。


別の道を探す必要がある。


彼は視線を動かし、川岸の上に張り出した木の根を見つけた。


その先には、獣道のような細い道が続いている。


あそこなら、斜面を上って追跡をかわすことができるかもしれない。


シラスは少女の耳元で囁いた。


「俺が合図したら、あの木の根まで走れ。そこから上へ登る」


少女は小さく頷いた。


「分かった……」


「転ぶなよ」


「頑張る……!」


シラスは呼吸を整えた。


足音が遠ざかりかけた、その瞬間。


「いたぞ!」


別の方向から声が上がった。


シラスは顔を上げた。


橋の向こうにいた男が、川岸の上からこちらを見下ろしていた。


手には短剣。


その顔には、獲物を追い詰めた喜びが浮かんでいる。


「ようやく見つけたぜ。手間をかけさせやがって」


男は斜面を下り始めた。


シラスは立ち上がり、剣を構えた。


「……お前ら、しつこいな」


「賞金が懸かってるんだ。簡単に諦めるわけがないだろう?」


男が短剣を振りかざした。


シラスは一撃を受け流し、相手の懐へ踏み込んだ。


剣の柄が男の腹部にめり込む。


男が呻き、身体を折った。


シラスはその肩を押し、斜面の上へ転がした。


「今だ!」


少女の手を引き、木の根へ走る。


だが、少女は途中で足を取られた。


「きゃっ!」


身体が傾く。


シラスは反射的に振り返り、彼女の腕を掴んだ。


その一瞬の遅れが、追跡者に距離を詰める隙を与えた。


「捕まえたぞ!」


大柄な男が斜面の下から迫ってくる。


斧が振り上げられた。


シラスは少女を庇うように前へ出た。


刃が迫る。


避けきれない。


そう判断した瞬間だった。


「――やめて!」


少女の声が響いた。


空気が震えた。


シラスの目の前で、斧の動きが止まった。


刃は彼の肩に届く寸前で、見えない壁に押さえつけられたように静止していた。


大柄な男の表情が凍りつく。


「な……何だ、こりゃ!?」


斧を引こうとしても動かない。


男は両手で柄を握り、力任せに引っ張った。


しかし、斧は微動だにしなかった。


少女は両手を前に伸ばしていた。


その指先が、淡い青白い光を帯びている。


「……また、これ……」


彼女自身も、何が起きているのか分かっていないようだった。


細身の男が弓を構えたまま叫ぶ。


「おい、何をした!?」


「わ、分からない!」


少女の声は震えていた。


「わたし、止めようとしただけで……!」


「ふざけるな!」


細身の男が矢を放った。


矢は少女へ向かって飛んだ。


シラスが叫ぶ。


「伏せろ!」


しかし、矢は少女に届かなかった。


その手前で、空中に静止した。


矢羽根が震え、鋭い先端がわずかに揺れている。


それでも、前へ進むことはなかった。


男たちの顔から血の気が引いた。


「……魔術師?」


誰かが呟いた。


「いや、違う……こんな魔法、見たことがない……!」


少女の周囲に、青白い光が広がっていく。


風もないのに、彼女の白い髪が揺れた。


シラスは、その光景を見つめながら息を呑んだ。


森で魔狼を止めたときと同じだ。


だが、今回は違う。


あのときは少女自身が危険にさらされていた。


今は、シラスを守るために力が発動している。


「……お前」


シラスが声をかける。


少女は振り返らなかった。


「……シラスを、傷つけないで」


その声は小さかった。


けれど、はっきりと聞こえた。


次の瞬間、青白い光が強くなった。


男たちの身体が、一斉に地面から浮き上がった。


「うわああっ!?」


大柄な男が斧を手放す。


細身の男は弓を落とし、空中で必死にもがいた。


三人の身体が、目に見えない力によって斜面の上へ押し戻される。


そして、地面に叩きつけられる直前、力がふっと消えた。


男たちは草むらに転がり、苦痛の声を上げた。


誰も立ち上がろうとしなかった。


少女の指先から、光がゆっくりと消えていく。


彼女は自分の手を見つめた。


「……わたし、また……」


声がかすれた。


膝が震え、身体が傾く。


シラスはすぐに彼女を支えた。


「おい、大丈夫か?」


「……うん。でも、ちょっと……疲れた」


「無理をするな。今は動けるか?」


「たぶん……」


「また、たぶんか」


シラスは少女の顔を覗き込んだ。


顔色は少し悪いが、意識ははっきりしている。


それでも、先ほどの魔法を使った反動なのか、彼女は彼の外套を掴んで離さなかった。


シラスは周囲を見回した。


男たちはまだ倒れている。


だが、いつまでもここにいるわけにはいかない。


「行くぞ。こいつらが起きる前に離れる」


「……うん」


シラスは少女の腕を自分の肩に回し、斜面を上り始めた。


数分後、二人は追跡者たちの姿が見えない場所まで移動した。


木々が密集した斜面の上で、シラスはようやく足を止めた。


少女は大きく息を吐き、近くの木に背を預けた。


しばらく、二人とも何も言わなかった。


やがて、少女が口を開いた。


「……シラス」


「ああ」


「さっきの人たち、どうしてあなたを捕まえようとしていたの?」


シラスはすぐには答えなかった。


もう隠しても意味はない。


彼らは自分の名前を知っていた。特徴も把握していた。おそらく、街で見た手配書か、誰かから得た情報をもとに追ってきたのだろう。


そして、少女はその場にいた。


自分が何者なのか、説明しなければならない。


シラスは木の幹に背を預け、低い声で告げた。


「……俺は指名手配されている」


少女の青い瞳が、彼を見つめた。


「指名手配……?」


「大きな事件を起こした罪で、国から追われている。俺を捕まえれば、賞金が出る」


「どんな事件?」


シラスは一度、目を閉じた。


脳裏に浮かぶのは、燃える家々。


立ち上る煙。


聞こえてくる叫び声。


そして、二度と戻らない人々の姿。


「……一つの集落を襲い、住民を皆殺しにした。そういう罪だ」


少女の表情が変わった。


「……皆殺し?」


「ああ」


「お年寄りも? 子供も?」


シラスは答えなかった。


その沈黙が、何よりも雄弁だった。


少女は一歩、後ずさった。


シラスはその動きを見ても、引き止めなかった。


当然の反応だ。


見知らぬ男に助けられたと思っていたら、その男が大勢の人間を殺した罪で追われていると知ったのだ。


恐ろしくなっても不思議ではない。


むしろ、今まで疑わなかったことの方が不自然だった。


「……そう」


少女は、小さく呟いた。


彼女の手が、胸元の小さな銀色の飾りを握りしめる。


「じゃあ……あなたは、本当に悪い人なの?」


シラスは少女を見つめた。


答えは簡単だった。


自分は無実だと叫べばいい。


あの報告書には矛盾がある。自分が集落を皆殺しにしたという説明には、納得できない部分がある。


だが、証拠はない。


自分の言葉を信じろと迫ることなどできなかった。


「……さあな」


シラスは静かに答えた。


「それを決めるのは、お前だ」


少女は何も言わなかった。


風が木々を揺らす。


遠くから、鳥の鳴き声が聞こえた。


彼女はしばらくシラスを見つめたあと、視線を落とした。


「……少し、考えさせて」


「ああ」


シラスは短く頷いた。


彼女が離れていくなら、それでいい。


これ以上、自分の事情に巻き込む必要はない。


そう思っていた。


だが、少女は逃げなかった。


彼女は木の幹に背を預けたまま、しばらく黙っていた。


やがて、ゆっくりと顔を上げる。


「……でも」


シラスが視線を向ける。


少女は、まだ不安そうな顔をしていた。


それでも、青い瞳はまっすぐ彼を見ていた。


「さっき、あなたを傷つけようとした人たちを見たとき……わたし、止めなきゃって思ったの」


「……」


「どうしてなのかは、分からない。あなたのことを全部知っているわけでもないし、何が本当なのかも分からない」


少女は自分の手を見つめた。


「でも、あなたはわたしを森から連れ出してくれた。食べ物も分けてくれた。それに……危ないとき、いつも前に立ってくれた」


シラスは黙って聞いていた。


少女は小さく息を吸った。


「だから、今すぐあなたを悪い人だって決めることはできないよ」


その言葉に、シラスはわずかに目を見開いた。


信じる、と言ったわけではない。


無実だと断言したわけでもない。


ただ、判断を急がないと言っただけだ。


それでも、その言葉はシラスが予想していたものとは違っていた。


「……お前は、変わった奴だな」


「そうかな?」


「ああ。普通なら、もっと怖がる」


少女は少しだけ困ったように笑った。


「怖いよ。正直、今も怖い」


「なら、離れればいい」


「……うん」


少女は頷いた。


けれど、立ち上がろうとはしなかった。


「でも、今はまだ、離れたくない」


シラスは何も言えなかった。


少女は視線を落とし、少しだけ頬を赤くした。


「だって、わたし一人じゃ、どこへ行けばいいのかも分からないんだもん……」


「……結局、それか」


「それもあるよ!」


少女は慌てて顔を上げた。


「でも、それだけじゃないからね!」


「分かった、分かった」


シラスは額を押さえた。


深く考えすぎた自分が馬鹿らしくなった。


少女はまだ不安を抱えている。


自分を完全に信じたわけでもない。


それでも、ここから離れないと決めたのだ。


今は、それだけで十分なのかもしれない。


「……行くぞ」


シラスは荷物を背負い直した。


少女が顔を上げる。


「どこへ?」


「追っ手が戻ってくる前に、この辺りを離れる。街道はしばらく使わない」


「……うん」


少女は立ち上がり、彼の隣に並んだ。


「シラス」


「何だ」


「さっき、守ってくれてありがとう」


シラスは前を向いたまま答えた。


「礼を言うなら、自分の魔法を何とかしろ。次も同じことが起きるとは限らない」


「……頑張る」


「それから、あの力をむやみに使うな。お前自身にも何が起きるか分からないんだろう」


少女は自分の手を見つめ、静かに頷いた。


「うん。分かった」


二人は再び歩き始めた。


シラスの指名手配は、もう隠しようがない。


少女は彼の罪を知った。


それでも、今すぐ彼を見捨てることはしなかった。


一方で、追跡者たちも、あの異常な魔法を目撃している。


彼らが次にどんな行動を取るのか。


そして、白い髪の少女の存在が、誰の耳に届くことになるのか。


シラスには、まだ分からなかった。


ただ一つ確かなことがある。


もう、この少女との旅は、最初に考えていたような簡単なものではなくなっていた。

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