↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/87

選ばされた道と、隣にいたい理由

翌朝、シラスたちは輸送村を出発した。


 北東中継所までは、順調に進めば二日ほど。だが、街道で起きた襲撃と、荷車を調べていた連中の存在を考えれば、予定どおりに到着できる保証はなかった。


「それで、今日はどの道を進むんだ?」


 シラスが地図を広げると、ダリウスが横から覗き込んだ。


「街道を北東に進めば、夕方までには分岐点に着く。そこから先は二つの道がある」


「一つは?」


「古い石橋を渡る街道。もう一つは、森沿いの迂回路だ」


 シラスは地図上の二本の線を交互に見た。


 石橋の道は距離が短い。対して迂回路は、森を大きく回り込むため半日近く余計にかかる。


「普通なら石橋だな」


「だが、普通に考えさせるために用意された選択肢かもしれない」


 ダリウスの指が、地図の分岐点を軽く叩いた。


 シラスも同じことを考えていた。


 これまでの襲撃は、荷物を奪うことが目的ではなかった。連中は街道を調べ、荷車の進行方向を確認し、彼らが魔法を使うかどうかまで観察していた。


 つまり、相手は自分たちの行動を見ている。


 そして、行動を見ているのなら――次に進む道も、ある程度は予測しているはずだ。


「どっちを選んでも、待ち伏せされる可能性があるってこと?」


 スズが二人の顔を見比べた。


「そういうことだ」


「じゃあ、道を選ぶ意味がないじゃない」


「いや。相手がどちらを選ばせたいのかを考える意味はある」


 シラスは地図を畳んだ。


「問題は、俺たちがその意図を読み違えた場合だな」


「……なんだか、嫌な旅になってきたわね」


「最初から楽しい旅だった覚えはないが」


「私は、もう少し楽しい旅を想像してたの!」


 スズが頬を膨らませる。


「例えば?」


「美味しいものを食べたり、綺麗な景色を見たり……あと、シラスがもう少し私を褒めたり!」


「最後だけ急に難易度が上がったな」


「どうしてよ!」


 ダリウスが小さく息を吐いた。


「朝から元気だな、お前たちは」


「元気じゃないわよ!」


「俺は元気だが」


「シラスは黙ってて!」


 シラスは肩をすくめた。


 いつものやり取りだった。


 だが、こうしてスズが不満を口にできることに、彼は少しだけ安堵していた。


 昨日の襲撃で魔法を使った彼女は、以前よりも慎重になっている。力を抑えることを覚え始めた一方で、自分の判断が正しかったのか、何度も気にしているようだった。


 だからこそ、彼女が普段どおりに怒り、笑い、文句を言える時間は大切だった。


 もっとも、それを本人に伝えたところで、素直に受け取るとは思えないが。


     ◇


 昼前、三人は街道脇の小さな休憩所に立ち寄った。


 屋根のある木造の建物と、馬に水を与えるための桶が一つ。旅人向けの簡素な場所で、店らしい店はなかった。


 シラスが水筒を満たしていると、スズが隣から声をかけてきた。


「ねえ、シラス」


「なんだ?」


「さっきの話だけど……私が魔法を使ったこと、後悔してる?」


 彼の手が止まった。


 スズは水桶を見つめたまま、こちらを見ようとしなかった。


「昨日の襲撃のことか」


「うん。勝手に魔法を使ったでしょう。もし、あのせいで相手に何か気づかれていたら……」


「実際、気づかれている可能性は高い」


「……そうよね」


「だが、それと後悔するかどうかは別の話だ」


 シラスは水筒の蓋を閉めた。


「お前が何もしなければ、あの男に捕まっていた可能性がある。俺が助けに入るまで、必ず無事でいられた保証もない」


「でも……」


「魔法を使った判断は間違っていなかった。少なくとも、昨日の状況ではな」


 スズがゆっくりと顔を上げる。


「本当に?」


「ああ。ただし、使えば何が起きるか分からない力だ。無理に使い続ける必要はない。危ないと思ったら、まず距離を取れ。俺たちで対処できるなら、それでいい」


「……私も、シラスを助けたいのに」


「分かっている」


「シラスばっかり危ない目に遭うのは嫌なの」


 その声は、いつもより小さかった。


 シラスは一瞬だけ言葉を探した。


 守られるだけの立場でいたくない。彼女はそう考えているのだろう。


 だが、無理をしてほしいわけではなかった。


「なら、少しずつ覚えていけばいい。焦る必要はない」


「少しずつ……」


「ああ。俺も、お前の力については分からないことだらけだ。最初から上手くいくとは思っていない」


 スズはしばらく彼を見つめたあと、こくりと頷いた。


「分かった。ちゃんと練習する」


「まずは、危険のない場所でな」


「うん!」


 返事だけは、ずいぶんと元気だった。


 そこへ、少し離れた場所で周囲を警戒していたダリウスが戻ってきた。


「話の途中ですまない。街道に妙なものがあった」


「妙なもの?」


「ああ。こっちだ」


     ◇


 休憩所から少し戻った場所に、街道を横切る細い溝が掘られていた。


 深さは靴底が隠れる程度。馬車の車輪が引っかかるほどではないが、雨が降れば泥が溜まりそうだった。


 その脇には、折れた枝が三本、一定の間隔で置かれている。


「自然にできた溝じゃないな」


 シラスがしゃがみ込んだ。


「枝の向きも揃っている。誰かが置いたものだ」


「目印かしら?」


 スズが尋ねる。


「その可能性はある。だが、何の目印かは分からない」


 ダリウスは溝の先を見た。


 街道の向こうには、低い丘が連なっている。その先で道は緩やかに曲がり、さらに北東へ続いていた。


「車輪を誘導するための印かもしれないな」


「誘導?」


「荷車が通る位置を決めている。あるいは、どこを通ったか確認するための印か」


 シラスは枝を一本持ち上げた。


 切り口は新しい。だが、枝の先には土が擦りつけられている。遠くから見れば、ただの折れ枝にしか見えないだろう。


「……昨日の記録と繋がっているのか?」


「まだ断定できない。だが、同じ連中が街道を調べているなら、無関係とは考えにくい」


 シラスは枝を元の位置に戻した。


「ここを通る旅人の動きを記録しているのか。それとも、特定の荷車だけを調べているのか」


「私たちも見られてるのかな」


「その可能性はある」


 スズの表情が曇る。


 シラスは彼女の頭に手を伸ばしかけ、途中で止めた。


 以前なら、何も考えずに頭を撫でていたかもしれない。だが、最近の彼女は、そうした些細な行動にも妙に敏感だった。


 案の定、スズがこちらを見た。


「……何?」


「いや、何でもない」


「今、何かしようとしたでしょう?」


「気のせいだ」


「気のせいじゃないわ!」


 彼女は一歩近づき、じっとシラスの顔を覗き込んだ。


「何をしようとしたの?」


「……頭を撫でようとしただけだ」


「えっ」


 スズの頬が、みるみる赤くなる。


「な、何よ、急に!」


「お前が不安そうだったからな」


「だからって、いつでも撫でていいわけじゃないでしょう!」


「嫌だったか?」


「そ、それは……!」


 スズは口を開きかけて、閉じた。


 そして、目を逸らしながら小さく呟いた。


「……嫌とは、言ってないけど」


「そうか」


 シラスは今度こそ、軽く彼女の頭を撫でた。


 スズの白い髪が、指先の下でふわりと揺れる。


「……ばか」


 小さな声だった。


 しかし、その表情は先ほどよりもずっと明るかった。


「おい」


 ダリウスの冷静な声が割り込んだ。


「敵の目印を調べている最中だということを、二人とも忘れていないか?」


「忘れてないわよ!」


「俺も忘れていない」


「なら、そろそろ行くぞ」


 ダリウスは先に歩き出した。


 スズはシラスの背中を軽く叩いた。


「……あとで、もう一回」


「何がだ?」


「何でもない!」


 彼女は早足でダリウスの後を追った。


 シラスは少しだけ首を傾げたあと、何も聞かなかったことにした。


 今の言葉の意味を問い詰めるのは、どうやら得策ではなさそうだった。


     ◇


 午後、三人は問題の分岐点に到着した。


 石橋へ向かう道は、低い丘の間を抜けている。道幅は狭く、左右には背の低い岩場が続いていた。


 一方、森沿いの迂回路は見通しが悪いものの、道幅は比較的広い。


 どちらも不自然なほど静かだった。


「さて」


 シラスは周囲を見回した。


「どちらへ行く?」


「石橋の道は、待ち伏せするには都合がいい。岩場から矢を射かけられれば厄介だ」


 ダリウスは岩場を見上げた。


「森の道も安全とは言えない。隠れる場所が多すぎる」


「つまり、どっちも嫌ってことね」


「簡潔に言えばそうだ」


 スズは二つの道を見比べ、やがて森の道を指さした。


「私は、こっちがいいと思う」


「理由は?」


「石橋の道は、誰かが私たちに選ばせたがっている気がするから」


 シラスの目が細くなった。


「どうしてそう思う?」


「昨日の人たち、荷物を奪わなかったでしょう? それに、私たちが魔法を使ったかどうかまで気にしていた。だったら、道を塞いでいるのも、ただ襲うためじゃないんじゃないかな」


 スズは少し考えながら続けた。


「石橋の道に進んでほしいのか、森の道に進んでほしいのかは分からない。でも、相手が私たちの行動を見ているなら、わざと分かりやすい道を用意している可能性もあると思う」


 シラスは黙って彼女を見つめた。


 ダリウスも、わずかに眉を上げた。


「……悪くない考えだ」


「ほ、本当?」


「少なくとも、何も考えずに選ぶよりはいい」


 シラスは地図を取り出し、周囲の地形を確認した。


「森の道を進もう。ただし、道の真ん中は歩かない。周囲に不自然な痕跡があれば、すぐに引き返す」


「分かった」


「俺が先頭、スズは中央。ダリウスは後方を頼む」


「了解した」


 三人は森沿いの道へ足を踏み入れた。


 その選択が正しかったのかどうかは、まだ分からない。


 だが、しばらく進んだところで、シラスは一つの違和感に気づいた。


 道端の草が、不自然な幅で踏み倒されている。


 それも、一か所ではない。


 数十歩先、さらにその先にも、同じ痕跡が続いていた。


 まるで、誰かが彼らに道を示しているかのように。


「……止まれ」


 シラスが低く告げる。


 スズとダリウスが、すぐに足を止めた。


「どうした?」


「見ろ。草の倒れ方が同じだ」


 シラスは腰を落とし、地面を確認した。


 草の根元には、細い金属片が埋め込まれていた。表面には、見覚えのある三本の刻みがある。


 そして、その脇には小さな文字が刻まれていた。


『経路確認、継続』


 スズの顔から笑みが消えた。


「……私たちを、ここへ誘導しているの?」


「おそらくな」


 シラスは金属片を抜き取り、掌の上で転がした。


 森の奥から、鳥の羽ばたく音がした。


 それ以外には、何も聞こえない。


 静かすぎる。


「戻る?」


 スズが尋ねた。


「いや。今さら引き返しても、相手の思いどおりに動いている可能性は変わらない」


 シラスは金属片を懐にしまった。


「ここから先は、いつでも戦えるようにしておけ」


「……うん」


 スズは小さく頷き、銀の飾りに触れた。


 その手は、わずかに震えていた。


 シラスは気づいていたが、無理に励ますことはしなかった。


 恐怖を感じないことが強さなのではない。


 恐怖を感じながら、それでも自分の足で進めることが大切なのだ。


 彼女は今、それを学んでいる途中だった。


     ◇


 同じ頃。


 北東中継所へ続く街道を見下ろす、岩場の陰。


 黒い外套をまとった男が、部下から報告を受けていた。


「三人は森沿いの道へ入りました。予定していた石橋の道は避けたようです」


「そうか」


 男は驚かなかった。


「少女の判断か?」


「おそらく。剣士と追跡者も、彼女の意見を受け入れたようです」


「……なるほど」


 男は、手元の薄い記録板に目を落とした。


 そこには、いくつかの経路と時刻が記されている。だが、普通の輸送記録とは違い、荷物の種類も数量も書かれていなかった。


 代わりに、同じ記号が何度も繰り返されている。


 円と、交差する二本の線。


 その下には、短い一文があった。


『対象の自発的な経路選択を記録せよ』


「このまま進ませますか?」


 部下が尋ねる。


「まだだ。次の地点で進路を限定しろ。ただし、少女には手を出すな」


「承知しました」


「それから、剣士のほうは?」


「警戒を強めています。こちらの仕掛けにも、いくつか気づいているようです」


 男は記録板を閉じた。


「ならば、彼がどう動くかも記録しておけ」


「剣士の行動まで、ですか?」


「そうだ。少女だけを見ていても、意味はない」


 男は森の向こうへ視線を向けた。


 その先には、北東中継所へ続く道がある。


「次の段階へ進める。今度は、彼ら自身に選ばせろ」


 男の背後で、部下が静かに頭を下げた。


 風が吹き、記録板に描かれた円と二本の線を、木漏れ日が一瞬だけ照らした。


 その記号が何を意味するのか。


 なぜ少女の行動が記録されているのか。


 そして、彼らが選ぶ道の先に何が待っているのか。


 まだ、誰にも分からなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。