白い髪の魔女を狙う者たち
広場に、張り詰めた空気が流れていた。
シラスは剣の柄に手をかけたまま、革鎧を着た三人の男を見据えていた。背後では、少女が倒れた老人と少年のそばに立っている。
「子供に手を出すのはやめておけ」
シラスの言葉に、大柄な男が鼻で笑った。
「偉そうに言ってくれるじゃねえか。お前に何ができる?」
「できることなら、今すぐ帰りたい」
「なら、黙って失せろ」
男が剣の柄に手を伸ばした、そのときだった。
「そこまでにしてもらおうか」
広場の入口から、落ち着いた声が響いた。
現れたのは、灰色のローブをまとった三人組だった。先頭の男は銀色の杖を持ち、胸元には見慣れない紋章が刻まれている。後ろの二人も同じ紋章を身につけていた。
大柄な男は、露骨に顔をしかめた。
「……魔術師どもか。今度は何の用だ?」
「我々が探している人物が、この集落にいると聞いた」
先頭の男は周囲を見渡し、やがて少女に視線を止めた。
その瞬間、彼の表情が変わった。
「……見つけたぞ」
少女は反射的にシラスの背後へ身を寄せた。
「え……わたし?」
「白い髪。青い瞳。そして、先日の森で確認された異常な魔力反応。間違いない」
男は杖を持ち上げた。
「君に聞きたいことがある。こちらへ来てもらおう」
「……嫌です」
少女は小さく答えた。
男の眉が動く。
「これはお願いではない。君の魔力は危険だ。専門家の管理下で調査する必要がある」
「わたし、自分が何をしたのかも分からないんです。どうして、知らない人についていかなきゃいけないの?」
「だからこそ、我々が調べるのだ」
「……でも」
少女の指が、シラスの外套を掴んだ。
シラスは魔術師たちを観察した。
三人とも武装しているが、先ほどの賞金稼ぎとは雰囲気が違う。こちらを値踏みするような目つきではなく、少女の魔力だけを見ている。
彼らの目的は、少女を捕らえること。
その理由が保護なのか、研究なのか、それとも別の何かなのかは分からない。
「本人が嫌がっている。話なら、ここで聞けばいいだろう」
シラスが言うと、先頭の男は初めて彼に視線を向けた。
「君は?」
「ただの同行者だ」
「なら、口を挟まないでもらいたい」
「残念だが、そういうわけにはいかない」
男の目が細くなった。
「……なるほど。君も彼女の力を利用するつもりか」
「勝手に決めつけるな」
「強大な魔力を持つ者を野放しにするわけにはいかない。君のような素性の知れない男と一緒なら、なおさらだ」
その言葉に、シラスの表情がわずかに険しくなった。
素性の知れない男。
確かに、その通りだった。
しかし、少女を渡す理由にはならない。
「連れていくつもりなら、本人が納得してからにしろ」
魔術師は答えず、杖の先を少女へ向けた。
淡い光が集まり始める。
「……っ!」
少女が息を呑んだ。
次の瞬間、シラスが二人の間へ踏み込んだ。
「やめろ」
「邪魔をするな!」
杖から光が放たれた。
シラスは剣を抜き、刃を斜めに構えて衝撃を受け流す。足元の石畳が砕け、乾いた破裂音が広場に響いた。
人々が悲鳴を上げて逃げ出す。
「全員、下がれ!」
シラスが叫ぶ。
魔術師たちは距離を取り、杖を構え直した。
「対象を確保する。抵抗するなら、同行者も拘束しろ」
後ろの二人が詠唱を始める。
シラスは舌打ちした。
一人ならまだしも、三人の魔術師を相手にしながら少女を守るのは難しい。しかも、周囲には逃げ遅れた住民がいる。
そのとき、広場の反対側から怒声が響いた。
「おい! さっきの黒外套だ!」
振り返ると、先ほどの賞金稼ぎたちが戻ってきていた。
大柄な男は顎をさすりながら、シラスを睨んでいる。
「今度こそ逃がさねえぞ!」
「……最悪だな」
シラスは呟いた。
賞金稼ぎたちの視線は彼に向けられ、魔術師たちの視線は少女に向けられている。
互いに目的が違う。
それでも、このまま戦いが始まれば、広場にいる人々まで巻き込まれるだろう。
「シラス……」
少女の声が震えた。
「どうすればいいの?」
シラスは一瞬だけ彼女を振り返った。
「俺のそばを離れるな。魔法も、勝手に使うな」
「でも、あなたが……」
「必要になったら言う。それまでは、自分を守ることだけ考えろ」
少女は唇を結び、頷いた。
シラスは周囲を見回した。
広場の端に、荷車が止まっている。その奥には狭い路地があり、さらに先には集落の裏手へ続く坂道が見えた。
正面突破は難しい。
ならば、相手の注意を分散させるしかない。
シラスは足元の小石を拾い、広場の反対側へ投げた。
石が木箱に当たり、派手な音が響く。
賞金稼ぎの一人が反射的にそちらを向いた。
「今だ!」
シラスは少女の手を取り、荷車の陰へ走った。
魔術師が杖を振る。
光の弾が地面に着弾し、土埃が舞い上がった。
二人は荷車を回り込み、狭い路地へ飛び込んだ。
「待て! 逃がすな!」
背後から足音が迫る。
少女は必死に走りながら、シラスの手を握り返した。
路地の先には、古い石段が続いていた。その先は集落の裏手に出られるはずだ。
しかし、角を曲がった瞬間、シラスは足を止めた。
前方に、二人の魔術師が立っていた。
「……回り込まれたか」
男たちが杖を構える。
背後からも追跡者の足音が近づいてくる。
逃げ道は、ほとんど塞がれていた。
少女の手が震えた。
「……また、魔法を使わなきゃ駄目?」
「いや」
シラスは剣を構えた。
「お前は、自分の意思で動け。無理に力を使う必要はない」
彼は一歩前へ出た。
「ここは俺が何とかする」
魔術師の杖が光る。
シラスは地面を蹴った。
次の瞬間、路地に鋭い金属音と魔法の炸裂音が響き渡った。
そして、その混乱の中で、少女は初めて気づいた。
自分を捕まえようとしている者たちは、彼女の名前を知らない。
過去も知らない。
ただ、その力だけを見ている。
――わたしは、何者なんだろう。
答えは、まだ見つからない。
けれど、目の前で剣を振るうシラスを見ていると、少なくとも今は、自分の意思でここにいたいと思えた。




