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童貞にして最強 ―穢れなき力を手にした男の黙示録―  作者: 忠犬むつ公
第一部

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第八話 五人の冒険

「古代遺跡の調査ですね」


 冒険者組合の受付嬢は、ガルドが差し出した依頼書を受け取ると、机の上へ広げた。


 礼はその横から紙を覗き込む。


 読める文字は、まだ少ない。


 それでも《調査》と報酬額だけは分かった。


 そして、その報酬額が普段とは明らかに違うことも。


「やっぱり高いですよね、これ」


「ああ」


 ガルドが答える。


「だから話を聞いてる」


「高いならいいんじゃないの?」


「礼」


「はい」


「報酬が高い仕事ほど疑え」


「…………」


「金を使う前に死んだら意味がない」


「なるほど」


 正論だった。


「場所は?」


 ガルドが受付嬢へ尋ねる。


「街から北へ一日ほど進んだ森の中です。発見されたのは二週間ほど前。狩人が偶然見つけたそうです」


「先行調査は?」


「入口と、その先の一部区画まで行われています」


「魔物は」


「現在確認されているのはゴブリンと洞窟狼。どちらも危険度は高くありません」


「罠は?」


「一つ確認されています。床板式のものです。ただし、遺跡全体の調査が済んでいるわけではありませんので、他にも存在する可能性があります」


「魔術的な防衛機構は?」


「不明です」


 ガルドは黙る。


 セイルが依頼書を取った。


「古代文明の年代は?」


「それも現在調査中です。入口の文字が既知の古代文字と一致しない部分があるそうで」


「……興味深いな」


 セイルの目が少しだけ変わった。


 礼はそれを見逃さなかった。


「セイルさん」


「なんだ」


「行きたいでしょ」


「仕事として必要なら行く」


「顔に出てる」


「出ていない」


「出てるわよ」


 ミレナが即座に言った。


「……出ていない」


「二対一」


「多数決で事実は決まらん」


「面倒くせえなこの魔術師」


 受付嬢が小さく笑う。


 ガルドはさらにいくつか質問した。


 撤退基準。


 依頼達成条件。


 持ち帰る必要のあるもの。


 既に確認された内部構造。


 近隣で強力な魔物が目撃されていないか。


 すべてを聞き終えてから、ようやく腕を組んだ。


「どう思う?」


 ミレナが尋ねる。


「少なくとも、聞いた内容だけなら受けられない仕事じゃない」


「では行くか!」


「ボルグは少し黙れ」


「なぜだ!」


「お前は報酬しか見てないだろ」


「そんなことはない!」


「じゃあ依頼内容言ってみろ」


「遺跡へ行く!」


「ほぼ何も聞いてねえじゃねえか」


 礼が笑った。


「礼」


「はい」


「お前も行くことになるぞ」


 ガルドの声が少しだけ真面目になる。


「いつもの採取や護衛より危険だ」


「…………」


「嫌なら残っていい」


 礼は依頼書を見る。


 古代遺跡。


 未知の場所。


 魔物。


 罠。


 危険。


 そして。


 横にいる四人。


「行く」


「即答か」


「一人で行けって言われたら絶対嫌だけど」


 礼は笑った。


「みんな行くんでしょ?」


「ああ」


「じゃあ行く」


 ガルドは数秒、礼を見る。


「分かった」


 そして受付へ向き直った。


「この依頼、俺たちが受ける」


     ◇


「高っ」


 礼は武器屋の店内で絶望していた。


「何これ」


「短剣だ」


「それは見れば分かる」


「なら何を聞いてる」


「値段だよ!」


 ガルドが呆れる。


 依頼を受けた五人は、その日のうちに準備を始めた。


 食料。


 水。


 松明。


 縄。


 薬。


 包帯。


 予備の矢。


 そして。


「今回はお前も武器を持て」


 そう言われて連れてこられたのが、この店だった。


「剣じゃないんだ」


「長剣をまともに扱えない奴が持ってどうする」


「ぐっ……」


 反論できない。


「護身用だ。戦うためじゃない」


「分かってる」


「魔物が出たら?」


「みんなの後ろ」


「逃げられるなら?」


「逃げる」


「荷物と命なら?」


「命」


「よし」


「もう覚えたって」


 礼は短剣を手に取った。


 鞘から抜く。


 銀色の刃。


 決して豪華なものではない。


 装飾もない。


 どこにでもある安物。


 それでも。


「…………」


「どうした?」


「いや」


 少し。


 嬉しい。


「冒険者っぽい」


「形から入るタイプ?」


 横からミレナ。


「うるさい」


「剣は全然なのにね」


「それ以上言うな」


「短剣なら強かったりして」


「あり得る」


「ないだろ」


 ガルド。


「即答すんなよ!」


 結局。


 礼は自分で稼いだ金から短剣を買った。


 服。


 宿代。


 食事。


 焼き菓子。


 そして。


 初めての武器。


 腰へ差してみる。


「…………」


 少し重い。


 でも。


 悪くない。


「似合ってるわよ」


「マジ?」


「うん」


「…………」


「嬉しそうね」


「別に」


「顔」


「うるさい」


     ◇


「包帯、もう一個」


「多くない?」


 翌朝。


 宿の一室。


 礼は床いっぱいに道具を並べていた。


 ミレナが呆れた顔で見ている。


「前回使っただろ」


「まあ、そうだけど」


「余ったら持って帰ればいいじゃん」


「荷物増えるわよ」


「俺が持つんだからいい」


「…………」


「何?」


 ミレナが笑った。


「成長したわねぇ」


「何だよ」


「前は薬草の区別もつかなかったのに」


「一か月も教えられたら覚えるって」


「よしよし」


「頭撫でんな!」


「いいじゃない」


「子供じゃねえ!」


「十七でしょ?」


「そっち基準だと成人なんだろ!?」


「でも礼だし」


「どういう意味だよ!」


「遊んでないで準備しろ」


 セイル。


「遊んでない!」


「遊んでるわよ」


「ミレナが始めたんだろ!」


「礼」


 ガルドが荷物を確認する。


「水」


「入れた」


「保存食」


「入れた」


「縄」


「二本」


「松明」


「予備含めて八本」


「薬」


「セイルさん確認済み」


「矢」


「私が持ってる」


「ボルグ」


「いるぞ!」


「お前は確認しなくていい」


「なぜだ!」


 笑い声。


「よし」


 ガルドが剣を腰へ差した。


「行くぞ」


     ◇


 遺跡までの道のりは、驚くほど平和だった。


「なあ」


「なんだ」


「遺跡って宝ある?」


 礼がセイルへ尋ねる。


「ある可能性はある」


「伝説の剣とか」


「知らん」


「古代魔術とか」


「可能性はある」


「金銀財宝」


「可能性はある」


「すげえ」


「礼」


 ガルドが振り返る。


「遠足じゃないぞ」


「分かってるって」


「エンソク?」


 ミレナが聞く。


「俺の国にあったやつ」


「何するの?」


「みんなでどっか行く」


「今と同じじゃない」


「仕事じゃねえんだよ」


「遊び?」


「まあ」


「なら今も似たようなものね」


「仕事だぞ」


 ガルド。


「リーダーが怒った」


「怒ってない」


「顔怖いですよ」


「元からだ」


「ミレナ」


「私じゃないわよ!?」


 ボルグが豪快に笑う。


 歩く。


 昼。


 休憩。


 また歩く。


 森は徐々に深くなる。


 街道を外れ。


 獣道へ。


 さらに。


 人の手が入っていない場所へ。


「この辺りだ」


 ガルドが地図を見る。


「何もないけど」


 礼が周囲を見る。


 木。


 岩。


 草。


「こっち」


 ミレナが先へ進む。


 木々を抜ける。


「…………」


 礼は。


 立ち止まった。


「うわ」


 岩壁。


 巨大な石造りの門。


 その半分以上が土と植物に埋もれている。


 蔦。


 苔。


 ひび割れ。


 それでも。


 明らかに自然のものではない。


「すげえ……」


 礼が近づく。


「本当に遺跡だ」


「遺跡だから来たのよ」


「分かってるけど」


 入口の上。


 文字。


「セイルさん」


「なんだ」


「あれ何て書いてある?」


「読めん」


「え?」


「古代文字だ」


「…………」


「何だ」


「なんか嬉しい」


「なぜだ」


「俺だけじゃない」


「喜ぶな」


「礼!」


 ボルグが笑う。


「俺も読めんぞ!」


「仲間だな!」


「おお!」


「そこで仲間意識持つな」


 セイルが呆れる。


「入るぞ」


 ガルドが剣を抜いた。


 空気が変わる。


「礼」


「うん」


「俺たちより前には出るな」


「了解」


「何か気づいたらすぐ言え」


「分かった」


「行くぞ」


 五人は。


 古代遺跡へ足を踏み入れた。


     ◇


「暗っ」


「遺跡だからな」


「分かってるよ」


 松明。


 炎。


 石の通路。


 壁。


 床。


 天井。


 すべてが古い。


 しかし。


 崩れてはいない。


「誰が作ったんだろ」


「それを調べるのが今回の依頼だ」


 セイルが壁を見る。


「少なくとも、現代の建築様式ではない」


「何年前?」


「分からん」


「百年?」


「もっと古い可能性もある」


「千年?」


「あり得る」


「マジか」


 礼は壁に触れようとする。


「触るな」


「はい」


 即座に手を引っ込めた。


「罠の可能性がある」


「先に言って」


「今言った」


「触る前に!」


「触ってないだろ」


「そうだけど!」


 進む。


 角。


 階段。


 広間。


「止まれ」


 ガルド。


 前方。


 三体。


「ゴブリン」


「依頼通りね」


 ミレナ。


「礼、下がれ」


「はい」


 もう。


 言われなくても分かる。


 ボルグ。


 前。


 ガルド。


 横。


 ミレナ。


 後方。


 セイル。


 その隣。


 礼。


「来るぞ!」


 戦闘。


 盾。


 剣。


 矢。


 魔術。


「一体右!」


「見えてる!」


「ボルグさん!」


「任せろ!」


 盾がゴブリンを吹き飛ばす。


「うおっ」


「どうだ!」


「人間が出していい音じゃない!」


「ガハハハ!」


「セイル!」


「《火矢》」


 炎。


「終わり!」


 ミレナの矢。


 最後の一体が倒れる。


「…………」


 礼は周囲を見る。


「怪我は?」


「なし」


「矢は?」


「回収できる」


「魔力は?」


「問題ない」


「じゃあ行けるな」


 ガルドが剣を納める。


 自然だった。


 誰かが命令しなくても。


 それぞれが。


 自分の役割を分かっていた。


     ◇


「待って」


 礼が言った。


 四人が止まる。


「どうした?」


「そこ」


 礼は床を指差す。


 石。


 何枚も並ぶ床石。


「何かあるか?」


「一枚だけ」


 近づかず。


 見る。


「汚れてない」


「…………」


 ガルドも見る。


 確かに。


 周囲の床には。


 土。


 埃。


 苔。


 だが。


 一枚だけ。


 妙に綺麗。


「セイル」


「調べる」


 杖。


 微かな光。


「…………」


「どう?」


「礼」


「何?」


「正解だ」


「マジ?」


「魔術式がある」


「何の?」


「踏めば分かる」


「じゃあ踏まない」


「賢明だ」


 セイルが解除を始める。


 ミレナが礼を見る。


「また気づいた」


「たまたまだって」


「前もそう言ってたわね」


「こういうの気になるだけ」


「それを才能って言うんじゃない?」


「…………」


 礼は少しだけ考えた。


「魔術じゃなくて?」


「何でも魔術基準にするのやめなさい」


「だって使いたかったし」


「まだ引きずってるの?」


「当たり前だろ。異世界だぞ?」


「知らないわよ」


 セイルが立ち上がる。


「解除した」


「行ける?」


「ああ」


「さすがセイルさん」


「お前が見つけなければ踏んでいた可能性がある」


「じゃあ俺もすごい?」


「少しな」


「素直じゃねえな」


     ◇


 さらに奥。


 道。


 二つ。


「右か左か」


 ガルド。


 ミレナがしゃがむ。


 床。


 見る。


「右」


「理由は?」


「微かに風がある」


 進む。


 扉。


 巨大。


「開かん」


 ガルドが押す。


「ボルグ」


「任せろ!」


「いや、これ一人じゃ――」


「ぬおおおおおおお!!」


 ゴゴゴゴゴ。


「…………」


 開いた。


「…………」


 礼。


「ボルグさん」


「なんだ!」


「人間?」


「人間だ!」


「そう」


「なぜ疑う!」


 その先。


 魔術障壁。


「セイル」


「任せろ」


 解除。


 魔物。


 ガルド。


 ミレナ。


 ボルグ。


 セイル。


 そして。


「礼!」


「薬!」


「はい!」


「矢!」


「残り十二!」


「縄!」


「ここ!」


 進む。


 少しずつ。


 一つずつ。


 誰か一人では。


 進めない場所。


 五人なら。


 進めた。


     ◇


「……これか?」


 遺跡の中層。


 小さな部屋。


 中央。


 台座。


 その上。


 黒い石板。


「触るなよ」


 ガルド。


「触らねえよ」


「さっき触ろうとしてただろ」


「学習した」


「偉い偉い」


 ミレナが頭を撫でようとする。


「やめろ!」


 セイルが石板を調べる。


「…………」


「どう?」


「魔力反応は微弱」


「持って帰れる?」


「恐らく」


「依頼の対象?」


「ああ」


 依頼書には。


 古代遺物。


 魔術的資料。


 発見した場合は回収。


「じゃあ」


 礼。


 笑う。


「依頼達成?」


「まだだ」


 ガルド。


「帰るまでが仕事だ」


「先生みたいなこと言うな」


「センセイ?」


 ミレナ。


「…………」


 礼はため息。


「もういい」


     ◇


 帰り道。


 罠。


 解除済み。


 魔物。


 なし。


 迷わない。


 そして。


 外。


「…………!」


 光。


 夕日。


「出た!」


 礼が思わず声を上げる。


「うるさい」


 セイル。


「いいだろ!」


 振り返る。


 遺跡。


 巨大な入口。


 夕日に照らされている。


「…………」


 礼は。


 少しだけ眺めた。


「楽しかった」


「仕事だぞ」


 ガルド。


「分かってるって」


「ならいい」


「でも」


 礼は短剣の柄に触れる。


「こういうの、初めてだったから」


 未知の遺跡。


 魔物。


 罠。


 仲間。


 自分にも。


 役割があった。


「…………」


 ガルドが礼を見る。


「そうか」


「うん」


「なら」


 ガルドは歩き出す。


「次も五人で帰るぞ」


「…………」


「何だ?」


「いや」


 礼も歩き出した。


「当たり前だろ」


     ◇


「これを……内部で?」


 翌日。


 冒険者組合。


 受付嬢が。


 黒い石板を見ていた。


「はい」


 ガルド。


「中層と思われる区画だ」


「…………」


「何か?」


「少々お待ちください」


 受付嬢。


 奥へ。


「何だ?」


 礼。


「知らん」


 セイルが石板を見る。


「何か変だった?」


「俺が見た限りでは微弱な魔力反応だけだ」


「高く売れる?」


「依頼品だ」


「分かってるよ」


 数分。


 受付嬢が戻ってくる。


 一人。


 別の男を連れて。


 年配。


 組合の職員らしい。


「こちらを発見されたのは皆さんですか?」


「そうだ」


 ガルド。


「何か問題が?」


「いえ」


 男は。


 石板を見る。


「むしろ」


 少し。


 表情。


 変わる。


「非常に興味深い」


「どういう意味だ?」


「この石板」


 男が指差す。


「これまで確認されている古代文明の遺物と、様式が一致しません」


「…………」


 セイルの目。


 変わる。


「年代は?」


「現時点では分かりません」


「文字は?」


「未解読です」


「魔術式は?」


「それも」


「…………」


 セイル。


 完全に興味を持っている。


「セイルさん」


「なんだ」


「顔」


「出ていない」


「出てる」


「出てるわね」


「出ているぞ!」


「ボルグまで……」


 男が。


 ガルドを見る。


「そこで」


「…………」


「皆さんに、一つお願いがあります」


「何だ?」


「もう一度」


 机。


 新しい依頼書。


 置く。


「この遺跡へ向かっていただきたい」


「…………」


 礼が。


 依頼書を見る。


「追加調査?」


「はい」


「どこまで?」


「前回より」


 男。


 指。


 地図。


 遺跡。


 奥。


「深部へ」


「…………」


 ガルドは。


 依頼書を取る。


 報酬。


 見る。


「…………」


「高っ」


 礼が漏らす。


 前回より。


 さらに高い。


「ガルドさん」


「…………」


「どうする?」


 ガルドは。


 すぐには答えなかった。


 依頼書。


 石板。


 四人。


 順番に見る。


 礼は。


 少しだけ。


 期待していた。


 また。


 あの遺跡へ行ける。


 また。


 五人で。


 冒険ができる。


 そして何より。


 前回。


 五人全員で。


 無事に帰ってきた。


 だから。


 次もきっと。


 同じだと。


 そう思っていた。

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