第八話 五人の冒険
「古代遺跡の調査ですね」
冒険者組合の受付嬢は、ガルドが差し出した依頼書を受け取ると、机の上へ広げた。
礼はその横から紙を覗き込む。
読める文字は、まだ少ない。
それでも《調査》と報酬額だけは分かった。
そして、その報酬額が普段とは明らかに違うことも。
「やっぱり高いですよね、これ」
「ああ」
ガルドが答える。
「だから話を聞いてる」
「高いならいいんじゃないの?」
「礼」
「はい」
「報酬が高い仕事ほど疑え」
「…………」
「金を使う前に死んだら意味がない」
「なるほど」
正論だった。
「場所は?」
ガルドが受付嬢へ尋ねる。
「街から北へ一日ほど進んだ森の中です。発見されたのは二週間ほど前。狩人が偶然見つけたそうです」
「先行調査は?」
「入口と、その先の一部区画まで行われています」
「魔物は」
「現在確認されているのはゴブリンと洞窟狼。どちらも危険度は高くありません」
「罠は?」
「一つ確認されています。床板式のものです。ただし、遺跡全体の調査が済んでいるわけではありませんので、他にも存在する可能性があります」
「魔術的な防衛機構は?」
「不明です」
ガルドは黙る。
セイルが依頼書を取った。
「古代文明の年代は?」
「それも現在調査中です。入口の文字が既知の古代文字と一致しない部分があるそうで」
「……興味深いな」
セイルの目が少しだけ変わった。
礼はそれを見逃さなかった。
「セイルさん」
「なんだ」
「行きたいでしょ」
「仕事として必要なら行く」
「顔に出てる」
「出ていない」
「出てるわよ」
ミレナが即座に言った。
「……出ていない」
「二対一」
「多数決で事実は決まらん」
「面倒くせえなこの魔術師」
受付嬢が小さく笑う。
ガルドはさらにいくつか質問した。
撤退基準。
依頼達成条件。
持ち帰る必要のあるもの。
既に確認された内部構造。
近隣で強力な魔物が目撃されていないか。
すべてを聞き終えてから、ようやく腕を組んだ。
「どう思う?」
ミレナが尋ねる。
「少なくとも、聞いた内容だけなら受けられない仕事じゃない」
「では行くか!」
「ボルグは少し黙れ」
「なぜだ!」
「お前は報酬しか見てないだろ」
「そんなことはない!」
「じゃあ依頼内容言ってみろ」
「遺跡へ行く!」
「ほぼ何も聞いてねえじゃねえか」
礼が笑った。
「礼」
「はい」
「お前も行くことになるぞ」
ガルドの声が少しだけ真面目になる。
「いつもの採取や護衛より危険だ」
「…………」
「嫌なら残っていい」
礼は依頼書を見る。
古代遺跡。
未知の場所。
魔物。
罠。
危険。
そして。
横にいる四人。
「行く」
「即答か」
「一人で行けって言われたら絶対嫌だけど」
礼は笑った。
「みんな行くんでしょ?」
「ああ」
「じゃあ行く」
ガルドは数秒、礼を見る。
「分かった」
そして受付へ向き直った。
「この依頼、俺たちが受ける」
◇
「高っ」
礼は武器屋の店内で絶望していた。
「何これ」
「短剣だ」
「それは見れば分かる」
「なら何を聞いてる」
「値段だよ!」
ガルドが呆れる。
依頼を受けた五人は、その日のうちに準備を始めた。
食料。
水。
松明。
縄。
薬。
包帯。
予備の矢。
そして。
「今回はお前も武器を持て」
そう言われて連れてこられたのが、この店だった。
「剣じゃないんだ」
「長剣をまともに扱えない奴が持ってどうする」
「ぐっ……」
反論できない。
「護身用だ。戦うためじゃない」
「分かってる」
「魔物が出たら?」
「みんなの後ろ」
「逃げられるなら?」
「逃げる」
「荷物と命なら?」
「命」
「よし」
「もう覚えたって」
礼は短剣を手に取った。
鞘から抜く。
銀色の刃。
決して豪華なものではない。
装飾もない。
どこにでもある安物。
それでも。
「…………」
「どうした?」
「いや」
少し。
嬉しい。
「冒険者っぽい」
「形から入るタイプ?」
横からミレナ。
「うるさい」
「剣は全然なのにね」
「それ以上言うな」
「短剣なら強かったりして」
「あり得る」
「ないだろ」
ガルド。
「即答すんなよ!」
結局。
礼は自分で稼いだ金から短剣を買った。
服。
宿代。
食事。
焼き菓子。
そして。
初めての武器。
腰へ差してみる。
「…………」
少し重い。
でも。
悪くない。
「似合ってるわよ」
「マジ?」
「うん」
「…………」
「嬉しそうね」
「別に」
「顔」
「うるさい」
◇
「包帯、もう一個」
「多くない?」
翌朝。
宿の一室。
礼は床いっぱいに道具を並べていた。
ミレナが呆れた顔で見ている。
「前回使っただろ」
「まあ、そうだけど」
「余ったら持って帰ればいいじゃん」
「荷物増えるわよ」
「俺が持つんだからいい」
「…………」
「何?」
ミレナが笑った。
「成長したわねぇ」
「何だよ」
「前は薬草の区別もつかなかったのに」
「一か月も教えられたら覚えるって」
「よしよし」
「頭撫でんな!」
「いいじゃない」
「子供じゃねえ!」
「十七でしょ?」
「そっち基準だと成人なんだろ!?」
「でも礼だし」
「どういう意味だよ!」
「遊んでないで準備しろ」
セイル。
「遊んでない!」
「遊んでるわよ」
「ミレナが始めたんだろ!」
「礼」
ガルドが荷物を確認する。
「水」
「入れた」
「保存食」
「入れた」
「縄」
「二本」
「松明」
「予備含めて八本」
「薬」
「セイルさん確認済み」
「矢」
「私が持ってる」
「ボルグ」
「いるぞ!」
「お前は確認しなくていい」
「なぜだ!」
笑い声。
「よし」
ガルドが剣を腰へ差した。
「行くぞ」
◇
遺跡までの道のりは、驚くほど平和だった。
「なあ」
「なんだ」
「遺跡って宝ある?」
礼がセイルへ尋ねる。
「ある可能性はある」
「伝説の剣とか」
「知らん」
「古代魔術とか」
「可能性はある」
「金銀財宝」
「可能性はある」
「すげえ」
「礼」
ガルドが振り返る。
「遠足じゃないぞ」
「分かってるって」
「エンソク?」
ミレナが聞く。
「俺の国にあったやつ」
「何するの?」
「みんなでどっか行く」
「今と同じじゃない」
「仕事じゃねえんだよ」
「遊び?」
「まあ」
「なら今も似たようなものね」
「仕事だぞ」
ガルド。
「リーダーが怒った」
「怒ってない」
「顔怖いですよ」
「元からだ」
「ミレナ」
「私じゃないわよ!?」
ボルグが豪快に笑う。
歩く。
昼。
休憩。
また歩く。
森は徐々に深くなる。
街道を外れ。
獣道へ。
さらに。
人の手が入っていない場所へ。
「この辺りだ」
ガルドが地図を見る。
「何もないけど」
礼が周囲を見る。
木。
岩。
草。
「こっち」
ミレナが先へ進む。
木々を抜ける。
「…………」
礼は。
立ち止まった。
「うわ」
岩壁。
巨大な石造りの門。
その半分以上が土と植物に埋もれている。
蔦。
苔。
ひび割れ。
それでも。
明らかに自然のものではない。
「すげえ……」
礼が近づく。
「本当に遺跡だ」
「遺跡だから来たのよ」
「分かってるけど」
入口の上。
文字。
「セイルさん」
「なんだ」
「あれ何て書いてある?」
「読めん」
「え?」
「古代文字だ」
「…………」
「何だ」
「なんか嬉しい」
「なぜだ」
「俺だけじゃない」
「喜ぶな」
「礼!」
ボルグが笑う。
「俺も読めんぞ!」
「仲間だな!」
「おお!」
「そこで仲間意識持つな」
セイルが呆れる。
「入るぞ」
ガルドが剣を抜いた。
空気が変わる。
「礼」
「うん」
「俺たちより前には出るな」
「了解」
「何か気づいたらすぐ言え」
「分かった」
「行くぞ」
五人は。
古代遺跡へ足を踏み入れた。
◇
「暗っ」
「遺跡だからな」
「分かってるよ」
松明。
炎。
石の通路。
壁。
床。
天井。
すべてが古い。
しかし。
崩れてはいない。
「誰が作ったんだろ」
「それを調べるのが今回の依頼だ」
セイルが壁を見る。
「少なくとも、現代の建築様式ではない」
「何年前?」
「分からん」
「百年?」
「もっと古い可能性もある」
「千年?」
「あり得る」
「マジか」
礼は壁に触れようとする。
「触るな」
「はい」
即座に手を引っ込めた。
「罠の可能性がある」
「先に言って」
「今言った」
「触る前に!」
「触ってないだろ」
「そうだけど!」
進む。
角。
階段。
広間。
「止まれ」
ガルド。
前方。
三体。
「ゴブリン」
「依頼通りね」
ミレナ。
「礼、下がれ」
「はい」
もう。
言われなくても分かる。
ボルグ。
前。
ガルド。
横。
ミレナ。
後方。
セイル。
その隣。
礼。
「来るぞ!」
戦闘。
盾。
剣。
矢。
魔術。
「一体右!」
「見えてる!」
「ボルグさん!」
「任せろ!」
盾がゴブリンを吹き飛ばす。
「うおっ」
「どうだ!」
「人間が出していい音じゃない!」
「ガハハハ!」
「セイル!」
「《火矢》」
炎。
「終わり!」
ミレナの矢。
最後の一体が倒れる。
「…………」
礼は周囲を見る。
「怪我は?」
「なし」
「矢は?」
「回収できる」
「魔力は?」
「問題ない」
「じゃあ行けるな」
ガルドが剣を納める。
自然だった。
誰かが命令しなくても。
それぞれが。
自分の役割を分かっていた。
◇
「待って」
礼が言った。
四人が止まる。
「どうした?」
「そこ」
礼は床を指差す。
石。
何枚も並ぶ床石。
「何かあるか?」
「一枚だけ」
近づかず。
見る。
「汚れてない」
「…………」
ガルドも見る。
確かに。
周囲の床には。
土。
埃。
苔。
だが。
一枚だけ。
妙に綺麗。
「セイル」
「調べる」
杖。
微かな光。
「…………」
「どう?」
「礼」
「何?」
「正解だ」
「マジ?」
「魔術式がある」
「何の?」
「踏めば分かる」
「じゃあ踏まない」
「賢明だ」
セイルが解除を始める。
ミレナが礼を見る。
「また気づいた」
「たまたまだって」
「前もそう言ってたわね」
「こういうの気になるだけ」
「それを才能って言うんじゃない?」
「…………」
礼は少しだけ考えた。
「魔術じゃなくて?」
「何でも魔術基準にするのやめなさい」
「だって使いたかったし」
「まだ引きずってるの?」
「当たり前だろ。異世界だぞ?」
「知らないわよ」
セイルが立ち上がる。
「解除した」
「行ける?」
「ああ」
「さすがセイルさん」
「お前が見つけなければ踏んでいた可能性がある」
「じゃあ俺もすごい?」
「少しな」
「素直じゃねえな」
◇
さらに奥。
道。
二つ。
「右か左か」
ガルド。
ミレナがしゃがむ。
床。
見る。
「右」
「理由は?」
「微かに風がある」
進む。
扉。
巨大。
「開かん」
ガルドが押す。
「ボルグ」
「任せろ!」
「いや、これ一人じゃ――」
「ぬおおおおおおお!!」
ゴゴゴゴゴ。
「…………」
開いた。
「…………」
礼。
「ボルグさん」
「なんだ!」
「人間?」
「人間だ!」
「そう」
「なぜ疑う!」
その先。
魔術障壁。
「セイル」
「任せろ」
解除。
魔物。
ガルド。
ミレナ。
ボルグ。
セイル。
そして。
「礼!」
「薬!」
「はい!」
「矢!」
「残り十二!」
「縄!」
「ここ!」
進む。
少しずつ。
一つずつ。
誰か一人では。
進めない場所。
五人なら。
進めた。
◇
「……これか?」
遺跡の中層。
小さな部屋。
中央。
台座。
その上。
黒い石板。
「触るなよ」
ガルド。
「触らねえよ」
「さっき触ろうとしてただろ」
「学習した」
「偉い偉い」
ミレナが頭を撫でようとする。
「やめろ!」
セイルが石板を調べる。
「…………」
「どう?」
「魔力反応は微弱」
「持って帰れる?」
「恐らく」
「依頼の対象?」
「ああ」
依頼書には。
古代遺物。
魔術的資料。
発見した場合は回収。
「じゃあ」
礼。
笑う。
「依頼達成?」
「まだだ」
ガルド。
「帰るまでが仕事だ」
「先生みたいなこと言うな」
「センセイ?」
ミレナ。
「…………」
礼はため息。
「もういい」
◇
帰り道。
罠。
解除済み。
魔物。
なし。
迷わない。
そして。
外。
「…………!」
光。
夕日。
「出た!」
礼が思わず声を上げる。
「うるさい」
セイル。
「いいだろ!」
振り返る。
遺跡。
巨大な入口。
夕日に照らされている。
「…………」
礼は。
少しだけ眺めた。
「楽しかった」
「仕事だぞ」
ガルド。
「分かってるって」
「ならいい」
「でも」
礼は短剣の柄に触れる。
「こういうの、初めてだったから」
未知の遺跡。
魔物。
罠。
仲間。
自分にも。
役割があった。
「…………」
ガルドが礼を見る。
「そうか」
「うん」
「なら」
ガルドは歩き出す。
「次も五人で帰るぞ」
「…………」
「何だ?」
「いや」
礼も歩き出した。
「当たり前だろ」
◇
「これを……内部で?」
翌日。
冒険者組合。
受付嬢が。
黒い石板を見ていた。
「はい」
ガルド。
「中層と思われる区画だ」
「…………」
「何か?」
「少々お待ちください」
受付嬢。
奥へ。
「何だ?」
礼。
「知らん」
セイルが石板を見る。
「何か変だった?」
「俺が見た限りでは微弱な魔力反応だけだ」
「高く売れる?」
「依頼品だ」
「分かってるよ」
数分。
受付嬢が戻ってくる。
一人。
別の男を連れて。
年配。
組合の職員らしい。
「こちらを発見されたのは皆さんですか?」
「そうだ」
ガルド。
「何か問題が?」
「いえ」
男は。
石板を見る。
「むしろ」
少し。
表情。
変わる。
「非常に興味深い」
「どういう意味だ?」
「この石板」
男が指差す。
「これまで確認されている古代文明の遺物と、様式が一致しません」
「…………」
セイルの目。
変わる。
「年代は?」
「現時点では分かりません」
「文字は?」
「未解読です」
「魔術式は?」
「それも」
「…………」
セイル。
完全に興味を持っている。
「セイルさん」
「なんだ」
「顔」
「出ていない」
「出てる」
「出てるわね」
「出ているぞ!」
「ボルグまで……」
男が。
ガルドを見る。
「そこで」
「…………」
「皆さんに、一つお願いがあります」
「何だ?」
「もう一度」
机。
新しい依頼書。
置く。
「この遺跡へ向かっていただきたい」
「…………」
礼が。
依頼書を見る。
「追加調査?」
「はい」
「どこまで?」
「前回より」
男。
指。
地図。
遺跡。
奥。
「深部へ」
「…………」
ガルドは。
依頼書を取る。
報酬。
見る。
「…………」
「高っ」
礼が漏らす。
前回より。
さらに高い。
「ガルドさん」
「…………」
「どうする?」
ガルドは。
すぐには答えなかった。
依頼書。
石板。
四人。
順番に見る。
礼は。
少しだけ。
期待していた。
また。
あの遺跡へ行ける。
また。
五人で。
冒険ができる。
そして何より。
前回。
五人全員で。
無事に帰ってきた。
だから。
次もきっと。
同じだと。
そう思っていた。




