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童貞にして最強 ―穢れなき力を手にした男の黙示録―  作者: 忠犬むつ公
第一部

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第七話 帰る場所

「礼!!」


 ドンドンドンドン!!


「起きろ!!」


 ドンドンドンドン!!


「…………」


「礼!! 朝だぞ!!」


「うるせえ!!」


 如月礼は飛び起きた。


「扉壊す気かボルグさん!!」


「起きたか!」


「起きたよ!!」


「朝飯なくなるぞ!」


「は!?」


 礼は毛布を跳ね飛ばした。


「ちょっと待て! 俺の分誰が食ってんの!?」


「俺ではない!」


「じゃあ誰だよ!」


「ミレナだ!」


「ちょっとボルグ!!」


 階下から声が飛んでくる。


「人聞きの悪いこと言わないで!」


「昨日、礼のパンを半分食べただろう!」


「半分じゃないわよ!」


「食ったことは否定しねえのかよ!!」


 礼は慌てて服を着た。


 ベッド。机。椅子。壁に立て掛けられた木剣。そして部屋の端には、綺麗に畳んだ学校の制服が置かれている。


 この部屋を使い始めて、もう随分経った気がする。


 実際には、まだ一か月ほどしか経っていない。


「礼ー!」


「今行く!」


 扉を開け、階段を駆け下りる。


「遅い」


 セイルが呆れたように言った。


「ボルグさんが起こすの遅いんだよ」


「三回起こしたぞ!」


「嘘だ!」


「本当だ!」


「昨日遅くまで剣振ってたんだから仕方ないだろ!」


「それはお前の都合だ」


 ガルドが笑う。


「ほら、食え」


「俺のある?」


「あるわよ」


 ミレナがテーブルを指した。


「ほら」


 そこにはパン、スープ、卵、それに少しの肉。いつものように、五人分の朝食が並んでいる。


「よかった……」


「何よ」


「食われてるかと思った」


「私を何だと思ってるの?」


「人のパン食う女」


「昨日のことまだ根に持ってる!?」


「俺のパンだぞ!」


「一口だけじゃない!」


「ボルグさん半分って言ってたけど」


「ボルグ!」


「すまん!」


「なんで謝るのよ!」


 笑い声。


 礼は椅子を引き、いつもの場所へ座った。


「いただきます」


「イタダキマス!」


 ボルグが大声で続く。


「発音良くなりましたね」


「毎日聞いているからな!」


「意味覚えてる?」


「飯を食うぞ! という意味だろう!」


「……まあ、だいたい合ってる」


「違うだろ」


 セイルが冷静に突っ込む。


「細かいな」


 礼はパンをちぎり、スープへ浸して口へ運んだ。


「うま」


 もう、自分の朝食が用意されていることに驚かなくなっていた。


     ◇


「礼」


「はい」


「縄」


「もう出してる」


「……早いな」


「次、杭だろ?」


「そうだ」


「これ」


 ガルドが差し出された杭を受け取る。


「…………」


「なんか言ってくださいよ」


「いや」


「何?」


「楽になったなと思って」


「俺が?」


「俺たちが」


「…………」


「何だ?」


「別に」


 礼は少しだけ笑った。


「もっと感謝してくれていいですよ」


「調子に乗るな」


「褒めた直後に落とすのやめてくれる?」


 今日の仕事は、街から半日ほど離れた村までの護衛だった。


 食料、薬、日用品。それらを積んだ馬車を守る。今の礼でも参加できる、比較的安全な仕事だ。


 もちろん、安全と言っても――。


「止まれ」


 ガルドの声に全員が足を止めた。


「前」


 道の先に倒木がある。


「自然に倒れた感じじゃないな」


 ミレナが弓を構える。セイルも杖を握り、ボルグは盾を前へ出した。


 礼は周囲を見回す。


「…………」


 微かに草が揺れた。


「右」


「何?」


「草動いた」


 ガルドが即座に振り返った。


「来るぞ!」


 三体のゴブリンが飛び出す。


「ボルグ!」


「任せろ!」


 盾が激突する。


「セイル!」


「《火矢》!」


 炎が一体を撃ち抜く。


「ミレナ!」


「分かってる!」


 放たれた矢が二体目を仕留めた。


 残る一体へガルドが踏み込み、剣を一閃する。


「…………」


 終わった。


「早っ」


 礼が呟く。


「慣れたか?」


 ガルドが剣についた血を払った。


「見るのは」


「そうか」


「やるのは無理」


「知ってる」


「そこは『そのうちできる』とか言えよ」


「そのうちな」


「適当だな!」


 礼は馬車へ戻り、荷物を確認した。


「壊れてない」


「縄は?」


「大丈夫」


「薬箱」


「問題なし」


「食料」


「…………」


「礼?」


「一個潰れてる」


「何が?」


「リンゴ」


「食え」


「いいの?」


「商品にならん」


「やった」


「お前……」


「何?」


「いや」


 ガルドが笑った。


「逞しくなったな」


「誰のせいだよ」


     ◇


「冒険者だ!」


 村へ着くと、子供たちが集まってきた。


「剣だ!」


「弓!」


「でっかい盾!」


「魔術師!」


 ボルグが胸を張る。


「ガハハハ! そうだ! 盾だ!」


「盾が喋った!」


「俺は盾ではない!」


「ボルグさん子供にまでいじられてる」


「礼! 笑うな!」


 村人たちは馬車から荷物を降ろし始めた。礼も大きな袋を担ぐ。


「よっと」


「お兄ちゃん」


「ん?」


 小さな男の子が礼を見上げていた。


「お兄ちゃんも冒険者?」


「俺?」


「うん」


「いや、俺は――」


 荷物持ち。


 そう言おうとした。


「ああ」


 横からガルドの声がした。


「こいつもそうだ」


「…………」


「俺たちの仲間だ」


 礼はガルドを見る。


「ほんと?」


 子供に聞かれ、礼は少しだけ困ったように頭を掻いた。


「まあ……そういうこと」


「剣使える!?」


「…………」


 礼はガルドを見る。


 ガルドは目を逸らした。


「使えるよ」


「強い!?」


「…………」


 今度はミレナを見る。


 笑いを堪えている。


 セイルは本気で目を逸らし、ボルグだけが親指を立てた。


「…………」


「お兄ちゃん?」


「……これから強くなる」


「今は?」


「聞くな」


 子供が笑った。


     ◇


 仕事は何事もなく終わった。


 いや、何もなかったわけではない。


 荷物を運び、村人を手伝った。子供たちには剣を見せろと言われ、ガルドに止められた。


『なんで!?』


『お前が怪我するから』


『子供相手だぞ!?』


『だからだ』


 ミレナは村の女たちと話し、セイルは村人の簡単な怪我を診ている。


 そしてボルグは、なぜか子供六人を肩や腕にぶら下げていた。


「ボルグさん人気だな」


「子供はでかい奴が好きだからな」


「そういうもん?」


「知らん」


「適当だな」


 夕方。


 村を出る。


「ありがとうございました!」


 村人たちが手を振る。


「また来てね!」


 子供たちの声に、礼も手を上げた。


「おう」


 そして五人は街へ向かって歩き始めた。


     ◇


 日が落ちる前。


「あ」


 礼が声を漏らした。


「見えた」


 城壁。


 この世界へ来て、初めて見た街だった。


 一か月前。


 礼はあの門の前で立ち尽くしていた。


 金がなかった。文字も読めなかった。泊まる場所もなかった。


 知り合いも、一人もいなかった。


「どうした?」


 ミレナが尋ねる。


「いや」


 礼は歩き出した。


「何でもない」


 門へ近づく。


「ああ、お前らか」


 衛兵がガルドたちに気づいた。


「どうも」


「今日は村か?」


「ああ」


「問題は?」


「ゴブリン三体」


「そうか」


 衛兵が礼を見る。


「坊主も慣れてきたな」


「坊主じゃないです」


「いくつだ?」


「十七」


「坊主だろ」


「…………」


 反論できない。


「最初は酷い顔してたからな」


「そうでした?」


「今にも死にそうだったぞ」


「…………」


 礼は笑った。


「まあ」


 街の門を潜る。


「今は大丈夫です」


     ◇


 宿の扉を開ける。


「おかえり」


 宿屋の女主人が顔を上げた。


「今日は五人とも無事だね」


「腹減った!」


 ボルグが叫ぶ。


「はいはい。すぐ飯にするよ」


 おかえり。


 一か月前なら。


 礼は、その言葉に足を止めていた。


 今は――。


「ただいま」


 靴の泥を落とす。


「今日の飯何です?」


「肉の煮込み」


「よっしゃ」


 そのまま中へ入る。


 礼は気づかなかった。


 自分が、何を言ったのか。


     ◇


「乾杯!」


「なんで?」


「依頼成功!」


「毎回やってんじゃん」


「いいから!」


 木の杯がぶつかる。


「礼も飲め!」


 ボルグが酒を差し出す。


「酒?」


「ああ!」


「嫌だよ」


「なぜだ!」


「俺、未成年だから」


「ミセイネン?」


 四人が揃って首を傾げた。


「何だそれ?」


 ガルドが尋ねる。


「俺の国だと二十歳になるまで酒飲んじゃダメなんですよ」


「二十?」


 ミレナが目を丸くする。


「あと三年も?」


「そう」


「なんで?」


「…………」


 礼は考えた。


「知らん」


「知らないの!?」


「法律だから!」


「ホウリツ?」


「……もう説明めんどくさい」


「なら飲め!」


「なんでそうなるんだよ!」


 笑い声。


 礼の杯には果実水が注がれた。


「じゃあ、礼は果実水で」


「それでいい」


「乾杯!」


「乾杯」


 飲む。


 食べる。


 話す。


「そういや」


 礼がふと思い出したように尋ねた。


「みんなっていつまで冒険者やるの?」


「急だな」


 ガルドが言う。


「村の人見てて思った」


「俺は!」


 ボルグが胸を叩いた。


「金を貯めたら故郷で飯屋をやる!」


「料理できんの?」


「できん!」


「無理だろ」


「雇えばいい!」


「なるほど」


「店主に料理の腕は必要ない!」


「謎の説得力あるな……」


 ミレナが笑う。


「私はまだ決めてないかな」


「そうなの?」


「いろんなところ行ってみたいし」


「冒険者向いてるな」


「でしょ?」


「セイルさんは?」


「魔術研究」


 即答だった。


「やっぱり」


「金がかかる」


「世知辛いな」


「研究とはそういうものだ」


「ガルドさんは?」


「俺か」


「うん」


 ガルドは少しだけ考えた。


「秘密?」


「いや」


 杯を置く。


「いつか、冒険者を辞めても――」


 ガルドは四人を見た。


「こうやって飯が食えればいい」


「…………」


 礼がガルドを見る。


「何それ」


「悪いか?」


「いや」


 ミレナが笑った。


「ガルドらしい」


「お前は笑うな」


「いいじゃない」


「なら俺の店へ来い!」


 ボルグが大声を上げる。


「料理人雇ってからな」


 セイルが即答する。


「そこ重要?」


「重要だ」


 また笑い声が上がった。


「で?」


 ミレナが礼を見る。


「礼は?」


「俺?」


「将来」


「…………」


 礼は止まった。


 将来。


 日本にいた時、考えたことがなかった。


 大学。就職。結婚。家庭。


 どれも自分とは、どこか遠いものだった。


 この世界では、もっと分からない。


「……分かんない」


 正直に答えた。


「何になりたいとか」


「ないの?」


「今は」


「そう」


「ただ……」


 礼はテーブルを見る。


 ガルド。


 ミレナ。


 セイル。


 ボルグ。


 食べかけの料理。


 五つの杯。


「今は、このままでいいかな」


「…………」


「明日も仕事あるんだろ?」


「ああ」


 ガルドが答える。


「ある」


「じゃあ」


 礼はパンを取った。


「今はそれでいい」


「そうか」


「うん」


     ◇


 翌朝。


「これ」


 礼は冒険者組合の掲示板に貼られた一枚の依頼書を指差した。


「ガルドさん」


「ん?」


「これ何?」


「読んでみろ」


「えー……」


 礼は文字を睨む。


「…………調査?」


「正解」


「…………古い?」


「古代」


「あー」


「その次」


「…………」


「…………」


「読めない」


「遺跡だ」


「古代遺跡?」


「ああ」


 礼は依頼書を見る。


「へえ」


 少し読めるようになった。


 そして数字。


 これは分かる。


「…………」


 礼はもう一度見た。


「ガルドさん」


「なんだ?」


「これ」


 報酬額を指差す。


「高くない?」


「…………」


 ガルドの表情が僅かに変わった。


「どうした?」


 ミレナが近づく。


「これ」


 セイルも依頼書を覗き込んだ。


「…………確かに」


「何?」


「遺跡調査」


「へえ」


 ボルグが身を乗り出す。


「面白そうではないか!」


「いや」


 セイルが言った。


「報酬が不自然だ」


「危険だから?」


 礼が尋ねる。


「可能性はある」


 依頼内容は古代遺跡の内部調査。


 遺物、魔術的資料の回収。


 詳細は受付にて。


「…………」


 礼は少し、わくわくしていた。


 古代遺跡。


 異世界。


 冒険。


 ようやく、それらしい言葉が出てきた。


「やる?」


 礼が聞いた。


「…………」


 ガルドは答えなかった。


 依頼書を見つめている。


 長く、静かに。


 そして。


「まず、話だけ聞いてみるか」


 依頼書を掲示板から外した。


 この日、五人はいつもと同じ朝を迎えていた。


 誰も欠けていなかった。


 誰も傷ついていなかった。


 礼には、帰る場所があった。


 明日も。


 明後日も。


 その先も。


 同じ場所へ帰ってくるのだと。


 疑う理由など、どこにもなかった。

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