第六十九話 使った理由
王都から正式な通知が届いたのは、それから五日後だった。
朝。
いつもの訓練を始めようとしていた礼たちのもとへ、ギルドの職員がやってきた。
「如月礼さん。それから、リオさん」
「はい」
「ギルド長がお呼びです」
礼とリオは顔を見合わせた。
「また?」
「まただな」
「最近多いよね」
「俺たち、ギルド長よりギルド長室に呼ばれてない?」
「それはないでしょ」
「感覚の話だよ」
職員は困ったように二人を見ている。
「すみません。急ぎでお願いできますか」
「あ、はい」
「すぐ行きます」
礼は訓練場を振り返った。
ハインがマルクの姿勢を直している。
ノアとディンは木剣を持って何か言い合っていた。
バルトは壁際に座り、いつもの灰色の石を握っている。
「ハイン!」
「ん?」
「ちょっとギルド行ってくる!」
「分かった。こっちは見とく」
「ありがとう!」
以前なら、訓練を止めていたかもしれない。
今は違う。
礼とリオがいなくても、訓練は続く。
二人はそのままギルドへ向かった。
◇
ヴァルターの机の上には、一通の文書が置かれていた。
「正式に決まりました」
礼たちが座るのを待って、ヴァルターが言った。
「登録制度ですか?」
「はい」
礼の背筋が少し伸びる。
隣のリオも、机の上の紙へ目を向けた。
「いつから?」
「十日後です」
「十日……」
「王都全域の冒険者ギルドへ同時に通知されています。ただし、現在確認されている童術使用者の大半がローデンにいるため、実質的にはここが最初の運用地域になるでしょう」
ヴァルターは文書を二人の方へ向けた。
礼が受け取る。
以前見た案より、ずいぶん短くなっていた。
『童術使用者登録制度』
その下に、目的が書かれている。
事故防止。
緊急時の対応。
使用者および第三者の安全確保。
礼は読み進めた。
「名前、年齢……所属」
「現住所は削除されました」
ヴァルターが言う。
「習得してる童式は?」
「登録項目として残りました。ただし、詳細な使用方法や訓練内容は求めない」
「指導者は残ったんですね」
「はい」
リオが小さく息を吐いた。
「そこは譲らなかったか」
「王都は、伝播経路の把握を安全管理上必要だと判断しています」
「俺たちが反対してたのも伝えました?」
「伝えています」
「それでも?」
「それでもです」
リオは何も言わなくなった。
礼はさらに下を見る。
「登録は……」
文字を見つける。
『童術使用者は、所定の登録を行うものとする』
「義務なんですね」
「原則として」
「原則?」
「例外規定については、まだ詳細が定まっていません。病気や負傷など、本人が手続きを行えない場合への猶予などです」
「登録したくない、は?」
「例外には含まれていません」
礼はバルトを思い出した。
「じゃあ、バルトは」
「登録義務に反することになります」
「罰は?」
「ありません」
礼が顔を上げる。
「ない?」
「現時点では、未登録であること自体に罰則は設けられていません」
「じゃあ……登録しなくてもいいってこと?」
「違います」
ヴァルターは静かに言った。
「義務ではあります。ただ、従わなかったことを理由に拘束したり、罰金を科したりする規定がないということです」
「……ややこしいな」
リオが呟いた。
「私もそう思います」
ヴァルターは否定しなかった。
「ただし、制限はあります」
礼は文書へ目を戻した。
すぐに見つかった。
『未登録の童術使用者については、ギルドが仲介する依頼の遂行中、童術の使用を認めない』
「これ……」
「以前お話しした案が、そのまま採用されました」
礼は文章を読み直した。
「ギルドの依頼じゃなかったら?」
「この規定の対象外です」
「町で使ったら?」
「別の法令に抵触しない限り、この制度だけを理由に処罰されることはありません」
「じゃあ依頼のときだけ?」
「現時点では」
礼は少し考えた。
「なんでですか?」
「ギルドが責任を負う仕事だからです」
ヴァルターが答える。
「依頼者へ紹介する冒険者が、どのような能力を使用するのか。それをギルド側が把握できていない状態は避けたい、というのが王都の判断です」
「登録すれば使える」
「はい」
「登録しなければ使えない」
「依頼中は」
理屈は分かる。
分かるからこそ、礼はすぐに何も言えなかった。
「……危ないときでも?」
礼が聞いた。
ヴァルターの返事が少し遅れた。
「緊急時については、明確な記載がありません」
「人が死にそうなときとか」
「ありません」
「じゃあ、どうするんですか?」
「現場の状況による、としか今は答えられません」
「でも使ったら規則違反?」
「文面通りに解釈すれば」
「……そうですか」
ヴァルターは礼を見る。
「私から王都へ、緊急時の例外規定について確認を出します」
「お願いします」
「ただし、制度開始までに回答が来る保証はありません」
礼は頷いた。
リオが文書を指で軽く叩く。
「これ、今日みんなに話していいですか?」
「そのためにお呼びしました」
「バルトにも?」
「当然です」
「分かりました」
礼は文書を畳んだ。
◇
その日の午後。
二十二人全員が揃うことはできなかった。
仕事。
依頼。
家の用事。
すぐに集まれる者だけを訓練場へ呼び、来られない者には後から伝えることになった。
礼が王都からの決定を読み上げる。
誰も途中では口を挟まなかった。
「……ということで、十日後から始まる」
読み終える。
最初に口を開いたのはハインだった。
「登録すれば、今まで通り使えるんだな?」
「依頼中はね」
「なら俺は登録する」
迷いはなかった。
「指導者も書くんだろ?」
「うん」
「礼とリオでいいのか?」
「最初は俺たちだから、たぶん」
「分かった」
マルクが手を上げる。
「俺はハインさんですか?」
「そうなると思う」
「先生じゃなくて?」
「俺、マルクにほとんど教えてないじゃん」
「確かに」
マルクが笑う。
その隣で、バルトは黙っていた。
礼が見る。
「バルト」
「登録しない」
以前と同じ答えだった。
周囲の何人かがバルトを見る。
「制度始まったら、依頼で童術使えなくなるよ」
「聞いてた」
「それでも?」
「それでも」
「……分かった」
礼はそれ以上言わなかった。
ハインがバルトを見る。
「冒険者やめるのか?」
「なんで?」
「童術なしでやるのか?」
「やってたろ。昔は」
「まあ、そうだけど」
「剣も使える。足もある」
バルトは肩をすくめる。
「童術使わなきゃいいだけだ」
「簡単に言うな」
「簡単だろ」
バルトは腰の袋を叩いた。
中で石が小さく鳴る。
「依頼中は使わない。それだけだ」
リオが聞く。
「石も?」
「持ってく」
「使うじゃん」
「握るだけだ」
「童力上がるだろ」
「童術を使わなきゃいいんだろ?」
「……確かに」
礼は少し笑った。
「石は禁止って書いてなかった」
「だろ?」
バルトも笑う。
それで話は終わった。
◇
十日後。
ローデンの冒険者ギルドに、小さな机が一つ増えた。
童術使用者登録窓口。
大げさなものではない。
受付の端に机が置かれ、紙とインクが用意されただけだった。
最初に登録したのはハインだった。
氏名。
年齢。
所属。
習得している童式。
主たる指導者。
書き終えた紙を職員へ渡す。
「これで?」
「はい。確認します」
「何日かかる?」
「不備がなければ、本日から登録済みとして扱われます」
「早いな」
「登録証は後日になります」
「分かった」
次にノア。
ディン。
エルン。
マルク。
それぞれ少しずつ書く内容が違う。
習得している童式も違う。
誰に教わったかも違う。
礼は少し離れた場所から見ていた。
紙が一枚ずつ増えていく。
二十二人のうち、登録を選んだ者。
まだ迷っている者。
そして。
「バルトさん」
受付の職員が声をかけた。
「登録されますか?」
「しない」
「承知しました」
それだけだった。
誰も捕まえない。
怒鳴らない。
説得もしない。
バルトは普段通り依頼掲示板の前へ行った。
しばらく眺める。
一枚を剥がした。
「何受けるの?」
礼が聞く。
「街道護衛」
「童術使えないよ」
「分かってる」
「魔物出るかも」
「昔は童術なしで倒してた」
「そうだけど」
「先生」
「何?」
「心配しすぎ」
バルトが笑った。
「使わねえよ」
「……うん」
「ちゃんと決めたんだから」
そう言って、受付へ向かった。
◇
依頼は、ローデンから西へ半日ほど進んだ村までの護衛だった。
荷馬車二台。
商人が三人。
護衛はバルトを含めて四人。
危険度は低い。
最近、街道沿いで小型の魔物が確認されたため、念のため護衛をつける。
それだけの依頼だった。
朝から空は晴れていた。
道も乾いている。
「平和だな」
御者が言った。
「平和な方がいい」
バルトは荷馬車の横を歩きながら答えた。
「冒険者は暇だろ?」
「金もらえるなら暇でいいよ」
「違いない」
御者が笑う。
昼を過ぎても、魔物は現れなかった。
途中で一度休憩し、また進む。
何も起きない。
バルトは腰の袋に手を入れた。
指先に石が触れる。
いつもの感覚。
だが握らない。
必要ない。
今日は童術を使わない。
それだけだ。
村まであと少しというところで、道が細くなった。
片側は緩い斜面。
反対側には木々が並んでいる。
先頭の荷馬車が大きな窪みを避けようとした。
車輪が道の端へ寄る。
御者が手綱を引いた。
「おっと――」
土が崩れた。
荷馬車が傾く。
「止めろ!」
護衛の一人が叫ぶ。
馬が驚いて暴れた。
御者が手綱を掴んだまま振り落とされる。
荷台がさらに傾いた。
積んでいた木箱が滑る。
「離れろ!」
バルトが走った。
御者は地面に倒れている。
足が車輪の横に挟まっていた。
起き上がれない。
傾いた荷馬車が、そのまま倒れようとしている。
「おい!」
御者が顔を上げる。
バルトは荷馬車へ手をかけた。
重い。
当然だった。
人間一人で支えられる重さではない。
「引っ張れ!」
他の護衛が御者の腕を掴む。
「足が!」
「抜けねえ!」
荷馬車が軋んだ。
もう一度、土が崩れる。
バルトは腰を落とした。
力を入れる。
動かない。
袋の中で、石が脚に当たった。
「…………」
十日前に聞いた言葉が頭をよぎった。
未登録者。
ギルド依頼遂行中。
童術の使用を認めない。
分かっている。
自分で決めた。
登録しない。
だから使わない。
「バルト!」
護衛が叫ぶ。
「無理だ! 離れろ!」
御者がまだ下にいる。
荷馬車が倒れる。
バルトは袋へ手を入れた。
石を握る。
童力が揺れた。
「……くそっ」
全身へ流す。
脚。
腰。
背中。
肩。
腕。
循環させる。
第三童式。
「《童衣》!」
荷馬車を押した。
腕に重さがのしかかる。
足が地面へ沈んだ。
「早く!」
「引け!」
二人が御者を引っ張る。
抜けない。
バルトの腕が震える。
「まだか!」
「もう少し!」
車輪がわずかに浮いた。
「今だ!」
御者の足が抜けた。
三人が転がるように荷馬車から離れる。
バルトも手を放した。
荷馬車が横倒しになった。
木箱が崩れ、大きな音を立てる。
土煙が舞った。
「…………」
誰も動かなかった。
しばらくして、御者が咳をする。
「げほっ……」
「大丈夫か!」
護衛が駆け寄る。
足を確認する。
擦り傷。
打撲。
だが、潰れてはいない。
「おい、バルト」
「ん?」
「今の……」
バルトは自分の腕を見る。
童力はまだ身体を巡っていた。
ゆっくり止める。
「童術か?」
「……ああ」
御者がバルトを見る。
「助かった」
「足動くか?」
「ああ」
「立てる?」
「たぶん」
「ゆっくりな」
バルトが手を差し出す。
御者はその手を握った。
「ありがとう」
バルトは少しだけ黙った。
「……どういたしまして」
それから腰の袋へ石を戻した。
◇
ローデンへ戻ったのは、日が暮れる少し前だった。
壊れた荷馬車は村へ置き、商人たちはもう一台へ荷物を積み替えた。
ギルドへ戻る。
依頼完了の報告。
いつも通りだった。
「護衛対象三名、全員無事。荷馬車一台破損」
受付の職員が記録する。
「負傷者は?」
「御者が足を少し。歩ける」
「魔物との接触は?」
「なし」
「荷馬車の事故ですね」
「ああ」
職員が紙へ書き込む。
「他に報告事項はありますか?」
バルトは黙った。
一緒にいた護衛の一人が、横からバルトを見る。
何も言わない。
バルトは受付を見る。
「ある」
「はい」
「童術を使った」
職員のペンが止まった。
「……童術を?」
「ああ」
「バルトさんは」
「登録してない」
職員の顔が少し強張る。
「依頼中ですか?」
「依頼中」
「規則については」
「知ってる」
「……少々お待ちください」
職員が立ち上がる。
「ギルド長を呼んできます」
「ああ」
逃げるつもりはなかった。
隠すつもりもない。
しばらくして、ヴァルターが一階へ降りてきた。
礼も一緒だった。
「バルト!」
「なんで先生いるんだよ」
「たまたま来てたんだよ」
礼が駆け寄る。
「怪我した?」
「してない」
「何があったの?」
「荷馬車が倒れた」
「魔物?」
「事故」
ヴァルターが受付の報告書を見る。
「場所を変えましょう」
全員で二階へ上がった。
◇
執務室。
バルトは最初から説明した。
街道。
崩れた土。
傾いた荷馬車。
挟まった御者。
人力では支えられなかったこと。
そして第三《童衣》を使ったこと。
ヴァルターは最後まで聞いた。
「他に方法はありませんでしたか?」
「思いつかなかった」
「荷馬車から離れることは?」
「俺はできた」
「御者は?」
「できなかった」
「他の護衛だけで救助できる可能性は?」
「無理だったと思う」
「思う?」
「絶対かって言われたら知らない」
バルトはヴァルターを見る。
「でも、俺には無理に見えた」
ヴァルターは少し黙った。
「規則は知っていましたね」
「知ってた」
「依頼中の童術使用は禁止されています」
「知ってる」
「それでも使った」
「使った」
「なぜですか」
バルトの答えは早かった。
「使わなかったら、人が死んでたからです」
部屋が静かになる。
礼はバルトを見た。
ヴァルターは机の上で手を組んだ。
「……分かりました」
「処分は?」
「現時点では、この規則に違反した場合の具体的な処分規定がありません」
「またそれか」
「制度が始まったばかりですから」
「じゃあ何もなし?」
「そうは言っていません」
ヴァルターは報告書を手に取った。
「王都へ報告します」
「俺の名前も?」
「規則違反として報告する以上、必要です」
バルトは一瞬黙った。
「……分かった」
礼が口を開く。
「ヴァルターさん」
「はい」
「バルト、助けたんですよね」
「報告を聞く限りでは」
「だったら」
「礼」
バルトが止めた。
「いいよ」
「でも」
「使ったのは本当だ」
「そうだけど」
「俺が決めたんだよ」
バルトは礼を見る。
「登録しないって決めたのも俺。使うって決めたのも俺」
「…………」
「だから先生が謝ることじゃない」
礼は口を閉じた。
少し前。
リオにも似たことを言われた。
自分たちは勝手に童術師にされたわけじゃない。
その後に起きることまで、全部礼の責任にはできない。
「……うん」
礼は頷いた。
ヴァルターがバルトを見る。
「一つ、私からも言っておきます」
「何です?」
「あなたは規則に違反しました」
「はい」
「私はギルド長として、それを報告します」
「はい」
ヴァルターは一度、言葉を切った。
「ですが」
眼鏡の奥から、まっすぐバルトを見る。
「あなたが御者を助けたことまで、間違いだったとは言いません」
バルトは何も言わなかった。
「それは、別の話です」
「……はい」
短く答えた。
◇
その夜。
ヴァルターは王都へ送る報告書を書いていた。
『未登録童術使用者による依頼中の童術使用について』
使用者。
バルト。
使用童式。
第三童式《童衣》。
状況。
街道護衛依頼中、荷馬車転倒事故発生。
御者一名が車体付近に取り残され、生命に差し迫った危険あり。
通常の身体能力では救助困難と判断。
対象者は第三童式を使用し、荷馬車を一時的に支え、御者の救助を補助。
結果。
死亡者なし。
重傷者なし。
第三者への被害なし。
ヴァルターはそこまで書いて、ペンを置いた。
規則違反。
間違いなくそうだった。
同時に、人命救助でもある。
どちらかを消す必要はない。
両方を書けばいい。
最後に追記する。
『本件を踏まえ、生命に差し迫った危険が存在する場合の例外規定について、早急な明文化を求める』
インクが乾くのを待つ。
ヴァルターは報告書を折らなかった。
机の上に置いたまま、椅子へ背を預ける。
窓の外では、ローデンの明かりが少しずつ消えていた。
◇
翌朝。
訓練場へ来たバルトに、リオが近づいた。
「聞いた」
「早いな」
「礼から」
「先生、喋ったのか」
「心配してたぞ」
「してたな」
「で?」
「何が」
「どうだった」
「何が?」
「童術使えない依頼」
バルトは少し考える。
「普通だった」
「普通?」
「途中までは」
「だろうな」
リオが笑う。
バルトは腰の袋から灰色の石を取り出した。
手のひらに載せる。
「これ持っててよかった」
「結局使ったじゃん」
「人助けだ」
「登録しろよ」
「しない」
「頑固だな」
「お前に言われたくない」
リオが笑った。
「まあな」
少し離れたところから、礼が二人を呼ぶ。
「始めるよー!」
「今行く!」
リオが返す。
バルトは石を握った。
いつものように童力が身体の奥で揺れる。
昨日と同じ力だった。
登録したから強くなるわけでもない。
登録しなかったから弱くなるわけでもない。
「バルト!」
「分かってる!」
石を袋へ戻し、二人のところへ走った。
◇
三日後。
王都。
ローデンから送られてきた報告書が、会議室の机の上に置かれた。
『未登録童術使用者による依頼中の童術使用について』
数人が同じ文書の写しを持っている。
「規則施行から何日だ」
「三日です」
「早いな」
「違反そのものは事実です」
「だが人命救助だろう」
「報告を見る限りでは」
「なら例外規定を追加すればいい」
「それだけで済む問題でしょうか」
声が重なる。
以前、第五童式や武器形成について話し合ったのと同じ部屋だった。
軍務担当者が報告書を見る。
「第三童式《童衣》」
「全身の身体能力を強化する術式です」
「荷馬車を支えられるほどか」
「使用者や出力によるのでしょう。最大能力については報告されていません」
「また最大出力不明か」
「如月礼側が開示していませんから」
「今回、それは別の問題だ」
行政側の男が指で報告書を叩いた。
「問題は、未登録者が使用禁止を承知した上で童術を使用したことです」
「人を助けるために」
「理由の話をしているのではありません」
「理由を除外して規則違反だけを議論するのもおかしいでしょう」
若い研究者が口を挟む。
「この状況で使わなかった方が問題です。少なくとも報告書通りなら」
「なら緊急避難を認める」
「どこからが緊急です?」
別の者が聞いた。
「生命の危険がある場合」
「誰が判断する」
「現場の人間でしょう」
「本人が?」
「他に誰がいるんです」
「では本人が『危険だと思った』と言えば、未登録者でも自由に使える?」
部屋が静かになった。
誰かが小さく息を吐いた。
「……だから制度というものは面倒なんだ」
年配の研究者が呟いた。
「現実は文章通りに動いてくれん」
誰も否定しなかった。
報告書の最後には、ヴァルターの要望がある。
『生命に差し迫った危険が存在する場合の例外規定について、早急な明文化を求める』
「これは必要だろう」
「同意します」
「ただし、使用後の報告を義務づけるべきです」
「未登録者にも?」
「だからこそです」
「登録していないのに報告だけ求める?」
「使用した以上は必要でしょう」
議論は続いた。
誰も、バルトを捕らえろとは言わなかった。
誰も、童術師を排除しろとも言わなかった。
ただ。
紙の上に、新しい一文が増えようとしていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
少しでも「面白かった!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ぜひ評価や感想をいただけると嬉しいです!
皆様からの評価や感想は、今後の執筆活動の大きな励みになります。
これからも『童貞にして最強』をよろしくお願いいたします!




