第六十七話 消えた記録
六人に待ってほしいと伝えてから、四日が経った。
その間、何かが大きく変わったわけではなかった。
王都から新しい命令が届いたわけでもない。登録制度が正式に始まったわけでもなければ、童術を使うことが禁じられたわけでもない。
礼たちは以前と同じように依頼を受け、訓練を続けていた。
「もう一回」
訓練場の中央で、リオが弓を構える。
矢を番え、弦を引く。
薄い童力が腕から弓へ、弓から矢へと流れていく。
第四童式《童閃》。
矢を覆った童力は、以前よりずっと薄い。
だが、揺らがない。
放たれた矢は乾いた音を残し、二十歩ほど先に置かれた的の中央へ突き刺さった。
「……今の、かなり少なくなかった?」
礼が聞く。
「分かった?」
「うん」
「威力は?」
二人で的まで歩く。
矢は深く食い込んでいた。
いつもの《童閃》と比べれば浅い。それでも、普通に射った矢よりは明らかに深い。
「落ちてる」
「やっぱりか」
「でも、半分までは落ちてないと思う」
「俺もそんな感じ」
リオは矢を抜こうとした。
「……固っ」
「貸して」
「いや、待て。今抜く」
「抜けてないじゃん」
「抜ける」
「顔赤いよ」
「うるさい」
結局、二人で的を押さえて引き抜いた。
矢尻を確認しながら、リオが言う。
「もっと減らせるかもな」
「童力を?」
「うん。最大まで込める必要ないだろ。相手によっては」
「そうだね」
「第五もそうだけど、出せる量と、出す量は別にした方がいい」
礼は頷いた。
それは三年前には考えもしなかったことだった。
力が出るなら、出す。
強くできるなら、強くする。
最初はそれだけだった。
今は違う。
どこまで使うか。
どこで止めるか。
誰が使うか。
どう教えるか。
考えることが増えた。
「先生ー!」
離れたところから声が飛んできた。
振り返る。
マルクが手を上げている。
「これ見てもらっていいですか!」
「今行く!」
礼が答える。
リオも弓を肩へ掛けた。
「俺も行く」
「矢片づけてからね」
「お前も手伝えよ」
「自分で撃ったんじゃん」
「一緒に研究しただろ」
「それ関係ある?」
言いながら矢を拾う。
いつもの訓練だった。
六人を待たせていることは、礼の頭から消えてはいない。
王都の登録制度についてもそうだ。
それでも朝になれば腹が減るし、依頼があれば出かける。誰かが童力の流し方を間違えれば直すし、できるようになれば嬉しい。
何かが変わろうとしていても、今日という一日は普通に過ぎていった。
◇
同じ日の午後。
ヴァルターは執務室で、一人の職員と向かい合っていた。
「これで全部ですか?」
「王都から届いたものは、ひとまず」
机の上には、いくつもの書類が並んでいる。
登録制度案。
童術に関する照会。
ローデンから送った回答の控え。
それより前――グレイグがギルド長だった時期に届いていた文書も、一部が残されていた。
「前任者の資料は?」
「整理を続けています。ただ……」
職員が言いにくそうに言葉を切る。
「やはり、抜けているものが多いです」
「殺害された際に持ち出されたものですね」
「おそらくは」
ヴァルターは頷いた。
グレイグの死については、彼がローデンへ赴任した時点ですでに聞かされていた。
執務室で死亡。
目立った争いの跡は少ない。
金品にはほぼ手をつけられていない。
その一方で、童術に関係する一部の書類が失われていた。
捜査は続いている。
少なくとも、記録上はそうなっている。
だが、犯人はまだ見つかっていない。
「使用者名簿も?」
「ありません」
「写しは」
「前任者は、中央への提出を拒否していました」
「そうでしたね」
それはヴァルターも知っている。
グレイグが残した文書の中には、王都からの要求に対する回答がいくつもあった。
『使用者氏名の一括提出――拒否』
『指導内容の詳細提出――拒否』
『如月礼との直接面談要請――現時点では不要』
短い文面だった。
愛想もない。
理由が数行だけ添えられているものもあれば、ほとんど書かれていないものもある。
ヴァルターとは、やり方が違う。
自分なら、もう少し説明する。
必要な情報と不要な情報を分け、提出できるものは提出する。
だが、グレイグが何をしようとしていたのかは理解できた。
少なくとも彼は、中央から届いた要求をそのまま礼たちへ渡してはいなかった。
「この辺りは?」
ヴァルターが別の束を指した。
「王都側から届いた、過去の調査資料です。今回の登録制度を検討する際の参考として送られてきました」
「見ても?」
「もちろんです」
職員が退室する。
扉が閉じると、部屋には紙をめくる音だけが残った。
ヴァルターは一枚ずつ確認していった。
童術使用者の推定人数。
確認された活動地域。
冒険者としての活動記録。
既知の童術。
どれも、今となっては珍しい情報ではない。
ただし日付は古い。
グレイグが死ぬ前から、王都が童術について相当な情報を集めていたことが分かる。
ヴァルターは一枚を取り出した。
『ローデンにおける童術使用者――二十二名と推定』
日付を見る。
グレイグが死亡する四日前。
「……これか」
以前、礼たちも気にしていた記録だった。
王都は、盗まれた名簿を手に入れる前から二十二という人数を知っていた。
ならば、なぜ名簿が持ち出されたのか。
ヴァルターは次の紙へ進んだ。
活動状況。
訓練場への出入り。
依頼中に確認された童術使用。
名前が分かっている者もいれば、特徴だけの者もいる。
非公式な観察記録に近い。
「……ずいぶん調べている」
誰に聞かせるでもなく呟いた。
さらにページをめくる。
そこで、指が止まった。
『新規確認者――マルク』
ヴァルターは読む。
『南倉庫地区にて荷運びに従事』
『童術使用者との接触を複数回確認』
そこまでは不思議ではない。
マルクは訓練場へ出入りしていた。
尾行でもしていれば分かる。
問題は、その下だった。
『第三童式基礎循環訓練中』
『主たる指導者――ハイン』
「…………」
ヴァルターは椅子から背を離した。
もう一度読む。
第三童式。
基礎循環訓練中。
指導者、ハイン。
外から訓練場を見れば、ハインとマルクが一緒にいることは分かるだろう。
だが、何を教えているのか。
どの段階まで進んでいるのか。
それを、どうやって確認した。
ヴァルターは日付を探した。
記録そのものに作成日はある。
だが、この項目がいつ追記されたのかは分からない。
彼は机の引き出しを開けた。
グレイグが残した資料の写し。
すべてが盗まれたわけではない。
別件の報告書に添付されていたものや、職員が作業用に写した断片は残っている。
その中から一枚を探し出した。
しばらくして、見つける。
『童術使用者――二十二名』
『マルク――基礎循環訓練開始』
『指導者――ハイン』
ヴァルターは二枚の紙を並べた。
片方はローデン。
片方は王都。
表現は違う。
だが、内容は同じだった。
◇
「礼さんとリオさんを呼んでください」
夕方。
訓練を終えた二人がギルドへ来るころには、窓の外が橙色に染まり始めていた。
「また書類増えました?」
部屋へ入って最初にリオが言った。
「今日は登録制度の話ではありません」
「じゃあ減った?」
「増えています」
「増えてるじゃん」
「リオ」
「だってさ」
礼が隣で苦笑する。
だが、ヴァルターは笑わなかった。
「座ってください」
二人の表情が変わった。
礼とリオが椅子へ座る。
ヴァルターは、二枚の紙を机の中央へ置いた。
「確認していただきたいことがあります」
「何ですか?」
「こちらは、グレイグ氏が残した記録の写しです」
礼の顔から、わずかに表情が消えた。
「グレイグさんの?」
「はい」
礼は紙を見る。
見覚えがあった。
あの頃、グレイグが作っていた記録。
二十二人目。
マルク。
ハインが教え始めたこと。
「これ……」
「覚えていますか?」
「はい」
リオも覗き込む。
「マルクが始めたときのだ」
「もう一枚を」
ヴァルターが王都側の資料を出した。
礼が読む。
途中で、目が止まった。
「……え?」
リオも同じところで止まる。
『第三童式基礎循環訓練中』
『主たる指導者――ハイン』
「これ、王都のですか?」
「はい」
「いつの?」
「正確な作成日は記載されていますが、この項目がいつ追加されたかまでは分かりません」
「でも……」
礼は二枚を見比べた。
「同じですよね」
「私もそう考えています」
「王都が調べたんじゃないの?」
リオが言う。
「訓練場を見てれば、ハインがマルクに教えてることくらい――」
「第三だって分かる?」
礼が聞いた。
リオが止まる。
「……外から?」
「うん」
二人とも考える。
第三《童衣》は、全身に童力を循環させる。
童力を感知できない人間から見れば、立っているだけに見える時間も多い。
身体強化の確認で走ったり、物を持ち上げたりすることはある。
だが、それだけで第三童式と断定できるのか。
「無理じゃない?」
リオが言った。
「少なくとも、俺なら無理」
「俺も」
礼はもう一度読む。
「基礎循環訓練中……」
その言い方まで近い。
「グレイグさんの記録を見た?」
「その可能性を考えています」
ヴァルターが答えた。
礼の手が止まった。
「でも」
リオが言う。
「グレイグさんの記録って……」
「殺害時に、一部が持ち出されています」
部屋が静かになった。
礼は二枚の紙を見た。
以前から引っかかっていた。
グレイグが死んだ。
童術師の名簿がなくなった。
なのに王都は、その前から二十二人という人数を知っていた。
だから分からなかった。
なぜ盗んだのか。
「……名前じゃなかったんだ」
礼が呟いた。
「何が?」
「欲しかったの」
リオが礼を見る。
「二十二人いることは、もう知ってた」
「うん」
「名前も、何人かは知ってたと思う」
「たぶんな」
「でも」
礼はグレイグの紙を指した。
「誰が誰に教えてるかまでは、分からなかった」
リオの目が紙へ戻る。
「……だから、これを?」
「分からない」
礼はすぐに言った。
「まだ、そうだって決まったわけじゃない」
ヴァルターが静かに頷いた。
「その通りです」
「王都が別の方法で調べたかもしれない」
「はい」
「誰かが喋ったとか」
「可能性はあります」
「でも」
礼は王都の資料を見る。
「調べた方がいいですよね」
「すでに照会を出す準備をしています」
「何て?」
「この情報の出所です」
礼はヴァルターを見る。
「教えてくれると思います?」
「分かりません」
「……ですよね」
リオはまだ二枚を見比べていた。
やがて、何かを思い出したように顔を上げる。
「なあ、礼」
「何?」
「前にいたよな」
「誰が?」
「俺たちを見てた奴」
礼はすぐには思い出せなかった。
だが、灰色という言葉が頭の中に浮かんだ。
「……外套?」
「そう」
訓練場の外。
町の中。
何度か見かけた人影。
明らかにこちらを見ていた。
そして。
「グレイグさんとも……」
「ああ」
リオの声が低くなる。
「話してた」
礼はヴァルターを見る。
「知ってますか?」
「灰色の外套を着た人物についてですか?」
「はい」
「前任者の死亡について調べた記録の中に、似た証言があります」
「誰なんです?」
「身元は確認できていません」
「王都の人?」
「それも不明です」
「……何も分かってない」
「申し訳ありません」
「いや」
礼は首を振った。
「ヴァルターさんのせいじゃないです」
その言葉を口にしてから、礼は少し黙った。
ヴァルターがここへ来たのは、グレイグが死んだあとだ。
この人は、グレイグの代わりとしてローデンへ来た。
登録制度については意見が合わない。
童術を管理する必要があると考えている。
それでも今、こうして王都の資料を自分たちへ見せている。
「ヴァルターさん」
「はい」
「このこと、王都に聞いて大丈夫なんですか?」
「どういう意味でしょう」
「いや……」
礼はうまく言葉にできなかった。
「王都の資料がおかしいって、王都に聞くんですよね」
「そうなります」
「怒られたりしません?」
ヴァルターは一瞬、何を言われたのか分からないような顔をした。
それから眼鏡を直す。
「私はギルド長です」
「はい」
「前任者が殺害され、その際に失われた可能性のある情報が、出所不明のまま王都の資料へ記載されている」
声は穏やかだった。
「確認しない方がおかしいでしょう」
「……そうですね」
「それに」
ヴァルターはグレイグの記録を見た。
「私は彼と考え方が違います」
礼は黙って聞く。
「彼は情報を渡さないことで、あなた方を守ろうとしたのでしょう」
「……はい」
「私は、必要な情報は共有した方がいいと考えています。管理も必要だと思っている」
そこで一度、言葉を切った。
「ですが」
ヴァルターの指が、王都の資料へ触れた。
「情報を盗むことと、情報を共有することは、同じではありません」
礼はその言葉を聞いた。
「もしこれが、グレイグ氏から持ち出された資料を基に作られたものなら、私はその経緯を知る必要があります」
「……分かりました」
「回答が届けば、お二人にもお伝えします」
「お願いします」
礼は頷いた。
話が終わっても、二人はすぐには立たなかった。
リオがグレイグの紙を見ている。
「……ちゃんと書いてたんだな」
「何を?」
「俺たちのこと」
礼も見る。
短い記録。
マルク。
基礎循環。
ハイン。
たったそれだけ。
でも、それは外から眺めて作った記録ではない。
誰が教え、誰が学び、今どこまで進んでいるのか。
グレイグは知っていた。
「俺さ」
リオが言う。
「グレイグさんに最初、結構ムカついてた」
「俺も」
「ルール増やすし」
「うん」
「報告しろって言うし」
「うん」
「また何か言ってる、って思ってた」
「俺も思ってた」
「でも」
リオは紙を見たまま言った。
「外に出してなかったんだな」
礼は答えなかった。
出せと言われても、出さなかった。
誰が童術を使えるのか。
誰が誰に教えているのか。
どこまで習得しているのか。
グレイグは把握していた。
把握して、それを外へ渡さなかった。
「……グレイグさん」
礼が小さく呼ぶ。
当然、返事はなかった。
◇
二日後。
王都へ送った照会に対する回答が届いた。
ヴァルターは封を切り、立ったまま文面を読んだ。
短かった。
『照会のあった資料については、複数の調査報告および関係部署から提供された情報を基に作成されたものである』
その下。
『個別の情報提供元については、調査手法保全の観点から回答を差し控える』
ヴァルターは最後まで読んだ。
もう一度、最初から読む。
それから椅子へ座った。
「……答えになっていない」
机の上には、グレイグの記録の写しが置かれている。
ヴァルターは王都からの回答をその隣へ置いた。
しばらく眺めたあと、呼び鈴へ手を伸ばした。
◇
「回答できない?」
「正確には、回答を差し控える、です」
「同じじゃないですか?」
「私も、ほぼ同じだと思っています」
礼は渡された紙を読む。
隣ではリオが眉間に皺を寄せていた。
「関係部署って何です?」
「記載されていません」
「聞けます?」
「聞きます」
「答えてくれると思います?」
「期待はしていません」
リオが小さく笑った。
「ヴァルターさん、ちょっと怒ってます?」
「怒っていません」
「怒ってる人の言い方だ」
「リオ」
「だって」
ヴァルターは眼鏡を外し、布でレンズを拭いた。
「……不快ではあります」
「ほら」
「あなたは少し黙っていてください」
「はい」
礼は紙を机へ戻した。
「灰色の外套の人も、その関係部署なんですかね」
「可能性はあります」
「でも分からない」
「はい」
「グレイグさんを殺したのも?」
そこで空気が変わった。
ヴァルターは眼鏡をかけ直した。
「それについては、現時点で結びつける証拠がありません」
「……ですよね」
「疑う理由と、断定する理由は別です」
礼は頷いた。
「はい」
その言葉は、よく分かった。
分からないことを、分かったことにしてはいけない。
童術を調べるときも、ずっとそうしてきた。
「でも」
礼は言った。
「調べる理由はありますよね」
「あります」
ヴァルターは答えた。
「私もそう考えています」
その日は、それ以上のことは分からなかった。
ギルドを出ると、空はすでに暗くなり始めていた。
通りでは店じまいを始める者がいて、夕食の匂いが漂っている。
礼とリオは並んで歩いた。
「なあ」
「ん?」
「グレイグさん、何で殺されたんだろうな」
礼は歩きながら考えた。
「分からない」
「うん」
「でも」
少し前まで、グレイグの死は分からないことだらけだった。
誰が殺した。
なぜ殺した。
なぜ名簿を持っていった。
何も分からなかった。
今も、ほとんど分からない。
ただ一つ。
「名簿を盗んだ人は」
礼は言った。
「二十二人いるって知りたかったわけじゃないのかもしれない」
リオが隣を見る。
「じゃあ、何が知りたかった?」
礼は少し考えた。
「……俺たちが、どう繋がってるか」
リオは何も言わなかった。
二人の足音が、夕暮れの通りに続く。
「腹減った」
しばらくして、リオが言った。
「急だな」
「考えても分かんないだろ」
「まあ」
「だったら飯食おうぜ」
「何食べる?」
「肉」
「高いよ」
「最近ずっとそれ言ってない?」
「高いものは高い」
「お前、童術より金の方が管理できてないよな」
「ちゃんと管理してるから高いって言ってるんだよ」
いつものように言い合いながら、二人は明かりのついた通りへ歩いていった。
◇
その夜。
王都。
中央ギルドとは別の建物の地下に、窓のない部屋があった。
広くはない。
壁際に書棚が並び、中央には一つの机が置かれている。
机の上には、ローデンから届いた照会文の写しがあった。
『情報提供元の開示を求める』
男はそれを最後まで読むと、静かに机へ置いた。
「気づいたか」
向かいに立つ灰色の外套の男が、何も言わず頭を下げる。
「クロイツは?」
「再照会を行うものと思われます」
「そうだろうな」
「対応は」
「必要ない」
男は別の資料を手に取った。
そこには、童術使用者二十二名についての記録がまとめられていた。
名前。
所属。
確認された童術。
人間関係。
そして、指導の繋がり。
いくつかは空欄のままだ。
「中央ギルドは登録制度を進めています」
「知っている」
「我々の調査と重複する可能性があります」
「構わない」
男は紙をめくる。
「彼らは彼らの仕事をすればいい」
「では、こちらは?」
男の指が止まった。
一つの名前。
如月礼。
「続ける」
短い答えだった。
「第五童式については、中央側でも危険性が指摘されています」
「《童貞破》か」
「はい」
「最大出力は」
「依然として不明です」
「第七候補」
「武器形成についても、確認されているのは剣一本のみ」
「そうか」
男は資料を閉じた。
「ローデンへの直接接触は?」
「現在は控えています」
「そのままでいい」
灰色の外套の男が頷く。
退室しようとする。
「待て」
呼び止められた。
「グレイグの件は」
灰色の外套の男が振り返る。
「痕跡は残していないはずです」
「聞いているのは、それではない」
男の声は変わらない。
「クロイツがどこまで辿った」
「現時点では、資料の流出を疑っている段階です。殺害との関連を示すものはありません」
「そうか」
男はしばらく黙った。
「なら、まだいい」
「……はい」
「下がれ」
扉が閉じる。
一人になった男は、机の端に置かれた古い紙を手に取った。
新しい王都の書式ではない。
ローデンのギルドで使われていたものだった。
紙の下部には、見慣れない者には意味のない管理記号が残っている。
グレイグが使用していた記録だった。
男はそこに書かれた二十二人の名前を眺める。
やがて、その紙を元の場所へ戻した。
机の引き出しを閉じる。
鍵をかけた。
部屋には、男一人だけが残った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
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これからも『童貞にして最強』をよろしくお願いいたします!




