第五十五話 一本目
マルクが訓練に加わってから、五日が経った。
二十二人目の童術師が増えたからといって、ローデンでの暮らしが大きく変わったわけではない。朝になれば仕事へ向かう者がいて、依頼を探しにギルドへ行く冒険者がいて、時間の空いた者が訓練場へ集まる。
マルクもその一人だった。
荷運びの仕事があるため毎日顔を出せるわけではなかったが、来られる日は朝早くからハインに教わっている。まだ第一童式《童駆》にも入っておらず、ひたすら身体の中で童力を巡らせる練習を続けていた。
「焦らないんだな」
訓練場の端からその様子を眺めながら、礼は感心していた。
「誰かさんと違ってな」
隣で弓の弦を確かめていたリオが言う。
「誰?」
「お前」
「俺?」
「最初の頃、何回ぶっ倒れたと思ってるんだよ」
「……あれは教えてくれる人がいなかったから」
「だからって限界まで童力使って気絶する奴があるか?」
「今ならやらないよ」
「成長したなあ」
「なんで上からなの?」
リオが笑う。
礼も笑い返しながら、自分の右手へ視線を落とした。
掌を開き、意識を内側へ向ける。
身体の奥にある童力は、今日も静かにそこにあった。
最近、少しだけ気になることがある。
増えている。
そんな気がするのだ。
もちろん、正確に測る方法などない。魔力のように専用の測定具があるわけでもなければ、数字として記録できるわけでもない。以前より長く《童衣》を維持できるようになったのも、《童貞破》を使ったあとの消耗が少なくなったのも、単純に扱いが上手くなっただけかもしれない。
童力を使い始めてから三年近くになる。
身体が慣れた。
循環が上手くなった。
無駄が減った。
理由はいくらでも考えられた。
「礼?」
「ん?」
「また難しい顔してる」
「そう?」
「今度は何だよ」
「いや……最近、ちょっと童力が増えた気がするんだよね」
リオの手が止まった。
「増えた?」
「うん。でも気のせいかも」
「前より使えるってこと?」
「たぶん。ほら、この前の鎧牙猪のときも第五使っただろ」
「ああ」
「前だったら、もう少し動けなくなってた気がする」
リオはしばらく礼の顔を見ていた。
「成長したんじゃねえの?」
「やっぱりそうかな」
「俺だって最初の頃より使えるぞ。循環も上手くなったし」
「だよね」
それで話は終わった。
礼も、それ以上深く考えなかった。
今のところ困っているわけではない。むしろ使える童力が増えているのなら、悪いことではないと思った。
その日の午後、ギルドから討伐依頼が回ってくるまでは。
◇
「場所は西の旧採掘場。討伐対象は岩爪蜥蜴だ」
ギルドの受付で、職員が地図を広げた。
ローデンから西へ半日ほど進んだ山裾に、かつて鉄鉱石を採っていた坑道がある。数年前に採掘量が減って放棄された場所だが、最近になって周辺を通る商人から魔物の目撃情報が寄せられていた。
岩爪蜥蜴。
地面を這う大型の爬虫類型魔物で、成体なら人間の腰ほどの高さがある。名前の通り爪が硬く、背中も岩のような鱗で覆われている。
単体なら、経験を積んだ冒険者にとって特別危険な魔物ではない。
問題は、坑道の中に巣を作っている可能性があることだった。
「確認されているのは六体。ただし坑道内までは調査できていない」
「もっといる可能性がある?」
礼が尋ねる。
「ある。だから人数を揃えてほしい」
今回参加するのは七人になった。
礼、リオ、ハイン、ノア、ディン。それに冒険者として活動している童術師が二人。
バルトは別の依頼へ出ていた。
「バルトがいないと静かだな」
町を出てしばらくしたところで、リオが言った。
「本人に言ったら怒るよ」
「でも礼も思っただろ?」
「ちょっとだけ」
「ほら」
前を歩いていたハインが振り返る。
「聞こえてるぞ。帰ったらバルトに言っとくからな」
「何でだよ!」
「俺は何も言ってないよ」
「礼、お前裏切ったな」
そんな話をしながら歩いた。
天気はよく、街道を外れてからも足場はそれほど悪くなかった。山が近づくにつれて木々が増え、昼を過ぎた頃には目的の採掘場が見えてきた。
崖の一部に、ぽっかりと黒い穴が開いている。
入口の周囲には朽ちた木材や錆びた道具が残されていた。かつては多くの人間が働いていたのだろうが、今は人の気配がない。
代わりに、ディンが足を止めた。
「いる」
全員の表情が変わる。
「何体?」
礼が尋ねると、ディンは目を閉じた。
外部の童力を感じ取るのが得意な彼は、魔物そのものを直接感知できるわけではない。それでも、空気の揺れや生き物が動くことで生じる僅かな違和感を拾うことがある。
「奥までは分からない。でも入口の近くに二体。たぶん右側」
「先に片づけよう」
礼たちは武器を抜いた。
坑道へ入ってすぐ、ディンの言葉通り二体の岩爪蜥蜴が現れた。
薄暗い坑道に、爪が石を引っ掻く音が響く。
「来る!」
ハインの声と同時に、一体が飛び出した。
ノアが前へ出る。
右腕へ童力を集中させ、横から頭部を殴りつけた。
「第二童式――《童撃》!」
鈍い音が響き、岩爪蜥蜴の頭が地面へ叩きつけられる。
もう一体には、リオの矢が飛んだ。
童力を纏わせた矢は硬い鱗の隙間へ正確に突き刺さる。動きが止まったところへ礼が踏み込み、鉄剣を振り下ろした。
戦闘は長く続かなかった。
「二体」
リオが矢を回収する。
「報告では六体だったよな」
「最低でもあと四体」
礼は剣についた血を拭った。
「奥へ行こう。ただ、狭いから気をつけて」
坑道の奥は、入口よりもさらに暗かった。
持ってきた灯りを頼りに進む。
崩れた支柱。
放置された荷車。
壁には採掘の跡が残っている。
道は途中でいくつかに分かれていたが、ディンが先を確認しながら進んだ。
さらに三体。
その先で二体。
報告された六体を超えた。
「七体目」
ハインが息を整えながら言った。
「まだいるな」
ディンが答える。
「奥。さっきから何か動いてる」
礼は周囲を見た。
「無理に進まなくてもいい。数が分からないなら、一回戻って――」
そのときだった。
坑道の奥から、何かが石を砕く音が聞こえた。
全員が振り向く。
暗闇の向こうで、二つの目が光った。
「……大きくない?」
リオが呟いた。
出てきた岩爪蜥蜴は、それまでの個体とは明らかに違った。
人間の胸ほどまである体高。
坑道の幅を塞ぐような身体。
背中を覆う鱗は、岩というより鎧に近い。
「大型個体!」
礼が叫ぶ。
直後、魔物が突進した。
「第三!」
全員が身体へ童力を巡らせる。
狭い。
左右へ大きく避けられない。
礼は《童衣》で身体を強化し、壁際へ飛んだ。巨大な身体がすぐ横を通り抜け、風圧が頬を打つ。
リオが矢を放つ。
一本。
二本。
矢は鱗へ当たり、弾かれた。
「硬っ!」
「目を狙え!」
ハインが前へ出る。
ノアと挟み込み、左右から攻撃する。
礼も走った。
「第四童式――《童閃》!」
剣へ童力を纏わせる。
狙うのは脚。
振り下ろした。
刃が鱗へ食い込む。
浅い。
「くっ……!」
岩爪蜥蜴が身体を振った。
礼は離れる。
もう一度。
今度はさらに童力を剣へ集める。
踏み込む。
魔物の前脚が振り上げられた。
礼はそれを避け、その内側へ入った。
剣を振る。
甲高い音がした。
手に伝わった感触がおかしかった。
「――え?」
刃が飛んだ。
壁へ当たり、乾いた音を立てて地面へ落ちる。
礼の右手に残っていたのは、半分ほどになった鉄剣だった。
「礼!」
リオの声。
顔を上げる。
岩爪蜥蜴がこちらを向いていた。
近い。
折れた剣では届かない。
避ける。
そう考えるより先に、魔物が踏み込んだ。
礼は右手を前へ出した。
剣。
必要だった。
今。
ここに。
剣が。
「――っ!」
身体の奥で、童力が動いた。
いつもの循環とは違う。
腕へ集めたわけではない。
脚でもない。
身体を覆ったわけでもない。
右手から、外へ。
大量の童力が流れ出した。
光ではなかった。
炎でもない。
空気が歪み、何もなかったはずの場所へ輪郭が生まれる。
礼の指が、何かを掴んだ。
重い。
硬い。
反射的に握る。
振った。
刃が、岩爪蜥蜴の前脚へ食い込んだ。
今度は止まらなかった。
硬い鱗を断ち、その下の肉まで深く裂く。
魔物が悲鳴を上げた。
礼自身が何をしたのか理解するより早く、身体が動いた。
《童駆》。
一歩で距離を詰める。
手の中にあるものを両手で握り、傷ついた脚の側から首元へ回り込んだ。
「――っ!」
振り抜く。
刃が首へ沈んだ。
巨大な身体が揺れる。
岩爪蜥蜴は数歩進み、壁へぶつかった。
そのまま崩れ落ちる。
坑道が静かになった。
誰も動かなかった。
「……礼」
リオの声がした。
礼も動けなかった。
自分の右手を見ていた。
剣を握っている。
見慣れた鉄剣とは違う。
刃は僅かに歪んでいた。
鍔の形も不格好だった。
柄には革すら巻かれていない。
それでも間違いなく、剣だった。
「……何これ」
礼が呟いた。
「こっちが聞きたい」
リオが近づいてくる。
「お前、それどこから出した?」
「分かんない」
「分かんないって」
「俺も今聞きたい」
ハインたちも集まってきた。
ノアが剣を覗き込む。
「予備の剣じゃないよな?」
「持ってきてないよ」
「じゃあ、それ何だ?」
「だから分かんないって」
礼は剣を持ち上げた。
重さがある。
握った感触もある。
試しに壁へ軽く当ててみると、金属のような硬い音がした。
「……本物?」
「触っていいか?」
リオが尋ねる。
「うん」
礼が差し出そうとした。
その瞬間だった。
刃の先が崩れた。
「え?」
灰のように散ったわけではない。
輪郭そのものが薄くなり、空気へ溶けるように消えていく。
刃。
鍔。
柄。
最後には、礼の手の中から何もなくなった。
全員が黙った。
リオが礼を見る。
礼もリオを見る。
「……消えた」
「見れば分かる」
「俺、何したの?」
「だから俺に聞くなよ」
リオは頭を掻いた。
それから、地面に落ちている折れた鉄剣を見た。
もう一度、礼の空になった右手を見る。
「帰ったら調べるぞ」
「うん」
「絶対だぞ」
「分かってるよ」
「あと今は?」
リオが坑道の奥を指した。
礼も暗闇を見る。
「……討伐の続き」
「そういうこと」
結局、その日確認された岩爪蜥蜴は十一体だった。
最後まで、礼の右手にもう一度剣が現れることはなかった。
◇
◇
翌日の午後、礼とリオは訓練場の隅に陣取っていた。
朝から何度試したのか、礼はもう数えていない。
右手を前へ伸ばし、昨日の坑道で起きたことを思い返す。折れた剣。迫ってきた岩爪蜥蜴。逃げる余裕もなく、ただ武器が必要だと思った瞬間、手の中に確かな重みが生まれた。
あの感触だけは、今もはっきり覚えている。
ところが、同じことをしようとすると何も起こらなかった。
「……剣」
伸ばした右手の先には、いつもと変わらない空気があるだけだった。
礼は眉間に皺を寄せた。
「剣」
やはり何も起こらない。
「剣!」
「声を大きくしてどうすんだよ」
机に肘をついていたリオが、呆れたように言った。
「昨日は出たんだよ」
「昨日もそうやって叫んだのか?」
「叫んでないけど」
「じゃあ意味ねえだろ」
「分かってるよ」
礼は伸ばしていた腕を下ろした。
机の上には、朝から書き散らした紙が何枚も広がっている。折れた剣に纏わせていた《童閃》が変化したのではないか。外へ放出した童力が何らかの形で固まったのではないか。考えられることはいくつも試したが、どれも昨日の現象を再現するには至っていなかった。
リオがそのうちの一枚を指で叩いた。
「昨日、剣が出る直前に何考えてた?」
「何って……」
礼は腕を組み、坑道での出来事を思い返した。
「剣が折れた」
「そのあと」
「岩爪蜥蜴が来た」
「そのあと」
「死ぬと思った」
「そのあと」
「剣が欲しいと思った」
リオの指が止まった。
「それじゃねえの?」
「それだけ?」
「知らねえよ。俺は出せないんだから」
あまりに雑な答えに、礼は思わず笑いそうになった。
けれど、他に試していないこともなかった。
礼はもう一度、右手を前へ伸ばした。
今度は言葉にしない。
目を閉じ、いつも使っている鉄剣を思い浮かべる。
柄の太さ。手のひらに馴染んだ革の感触。鍔の形。刃の長さ。重心の位置。手入れをするたびに見てきた小さな傷まで、一つずつ記憶から拾い上げていく。
剣が欲しい。
そう思った。
右手の先に。
今、そこにあるものとして。
「……あ」
身体の中で、何かが動いた。
礼は目を開けなかった。
童力が右腕を通っている。だが《童撃》や《童閃》とは違う。腕の中へ留めるのではなく、その先へ抜けていく。
昨日と同じだった。
「リオ」
「どうした?」
「何か……来た」
「何が?」
「分かんない」
「お前、昨日からそればっかりだな」
「黙ってて。消えそう」
呼吸を整える。
童力が外へ流れるたびに、身体の内側から何かを持っていかれるような感覚がした。
それでも止めなかった。
空だった右手に、僅かな抵抗が生まれる。
指を閉じる。
何かに触れた。
礼はゆっくりと目を開いた。
「……出た」
リオが椅子を鳴らして立ち上がった。
礼の手には、短剣が握られていた。
昨日のものより遥かに小さい。刃渡りはせいぜい手のひら二つ分ほどで、刃の幅も均一ではない。鍔らしいものは申し訳程度についているだけだった。
それでも、見間違えようのない武器だった。
「小さくない?」
「第一声がそれ?」
「昨日もっとでかかっただろ」
「昨日は死にかけてたんだよ!」
言い返しながら、礼は短剣を持ち上げた。
手首に重さを感じる。
試しに指先で刃へ触れようとすると、リオが慌てて止めた。
「待て待て。昨日あれで魔物斬ってるだろ」
「あ、そっか」
「机で試せ」
「机を斬るの?」
「端っこならいいだろ」
「これ俺たちの机じゃないんだけど」
「じゃあ木片持ってくる」
リオが訓練用の廃材を拾って戻ってきた。
礼が恐る恐る短剣を押し当てると、刃は木の表面へ食い込んだ。
二人とも黙った。
リオが廃材を持ち上げ、刻まれた傷を覗き込む。
「……斬れてるな」
「斬れてるね」
「童力なんだよな、これ」
「たぶん」
「持たせて」
「うん」
礼が柄を差し出した。
リオの指が触れるより先に、刃の先が揺らいだ。
「あ」
昨日と同じだった。
輪郭が薄れていく。
礼が慌てて意識を戻すと、一度は止まったものの、身体の中から童力が流れ出す感覚も強くなった。
「待って。これ、維持してるだけでも使ってる」
「どれくらい?」
「結構……いや、《童衣》ほどじゃない。でもずっと減ってる」
「じゃあ止めてみろ」
礼が意識を外した。
今度こそ短剣は薄れ、柄を残して消えた。最後には、握っていた礼の指だけが空中に残る。
リオはしばらくその手を見ていたが、やがて机へ戻ると新しい紙を引き寄せた。
「形成するときに童力を使う。維持にも必要。止めると消える」
「あと、ちゃんと斬れる」
「重さもある」
「昨日の剣はもっと重かったよ」
「大きさで消費が変わるかもな」
リオの筆が紙の上を走る。
その横顔を眺めながら、礼は自分の右手を握ったり開いたりした。
確かに何かを握っていた感触が残っている。
夢でも、見間違いでもない。
自分は、何もなかった場所から武器を作った。
そう考えると急に現実味がなくなった。
「……変なの」
「童貞破って名前つけた奴が今さら何言ってんだ」
「名前の話じゃないよ」
「分かってる」
リオは笑いながら紙へ書き続けた。
それから二人は、日が傾くまで試行を続けた。
短剣をもう一度作ることはできた。形は最初より整っていたが、長く維持しようとすると予想以上に童力を消耗する。
剣にも挑戦した。
一度目は柄だけが現れた。
二度目は刃が途中までしか伸びなかった。
三度目でようやく剣らしい長さになったものの、左右で刃の厚さが違い、リオから「これ振ったら折れるんじゃねえか」と言われた。
礼自身も否定できなかった。
問題は、それだけではなかった。
「……出ない」
リオが右手を見つめていた。
「もう一回やってみる?」
「これで六回目だぞ」
「俺は朝からもっとやってる」
「張り合うところじゃねえだろ」
礼が再現できるようになったあと、リオも同じ方法を試していた。
普段使っている短剣を机へ置き、形や重さを確かめる。目を閉じ、それを手の中へ作るつもりで童力を外へ流す。
礼が説明できることは、すべて説明した。
それでも何も起こらなかった。
「もう一回」
「まだやるの?」
「お前だけできるってのが気に入らない」
「そこ?」
「そこ」
七回目も失敗した。
その後、訓練場に残っていたハインやノアにも試してもらったが、結果は同じだった。ディンは「外へ流れるところまでは分かる」と言ったものの、形になる気配はない。
最後に試したバルトだけは、何度失敗しても「気合いが足りねえ」と言い張った。
日が沈む頃になって、ようやく全員が諦めた。
人のいなくなった訓練場に、礼とリオだけが残った。
机の上には今日一日で増えた紙が積まれている。
礼は椅子へ深く座り込み、天井を見上げた。
「疲れた……」
「童力使いすぎなんだよ」
「誰のせいだと思ってるの」
「研究のためだ」
「途中から面白がってたじゃん」
「それも研究だ」
「絶対違う」
礼は身体を起こした。
リオは昼間の記録を整理していた。
形成できたもの。
失敗したもの。
消費した童力のおおよその感覚。
維持できた時間。
そして、他の者には再現できなかったこと。
礼はその最後の項目を見た。
「……童式にはできないのかな」
リオの筆が止まった。
「今のままじゃ無理だろうな」
「やっぱり?」
「教え方が分からねえし、そもそも礼以外できてない。第一から第六とは違う」
「そっか」
少しだけ残念だった。
何か新しいことができた。
それなら、いつものように皆で使えるようになると思っていた。
リオはそんな礼を見て、少し笑った。
「何でそこで落ち込むんだよ」
「だって、俺だけ使えても」
「今日一日で結論出すなって」
リオは紙束の中から一枚だけ、何も書かれていない紙を取り出した。
六枚の記録が置かれている場所へ歩いていく。
第一童式《童駆》。
第二童式《童撃》。
第三童式《童衣》。
第四童式《童閃》。
第五童式《童貞破》。
第六童式《童癒》。
リオは、その隣へ白紙を置いた。
「何してるの?」
「場所取り」
「何の?」
「七番目」
礼は目を瞬いた。
「まだ童式じゃないって言ったじゃん」
「今はな」
リオは白紙の端を指で押さえた。
「お前がどうやってるのか分かれば、俺たちにもできるかもしれない。それでも無理なら、何でお前だけできるのか調べればいい」
「分かるかな」
「分かるまで調べるんだろ」
その言い方がおかしくて、礼は笑った。
「それ、いつも俺が言ってない?」
「三年も一緒にいると移るんだよ」
「悪いことみたいに言うなよ」
「いいことだよ」
リオも笑った。
礼は椅子から立ち上がり、六枚の記録の前まで歩いた。
白紙だけが、そこでは妙に目立っていた。
「名前は?」
「まだいらねえだろ」
「さっき《童剣》って言ってたじゃん」
「あれは忘れろ」
「《童武器》も」
「忘れろって」
「記録に残しとこうかな」
「やめろ」
礼は笑いながら白紙へ手を伸ばしたが、何を書くでもなく、そのまま指を下ろした。
まだ何も分からない。
剣を作れた理由も。
自分にしかできない理由も。
それが本当に七番目になるのかさえ。
けれど、不思議と焦る気にはならなかった。
隣にはリオがいる。
分からないことがあれば試して、失敗すれば書き残し、また次の日に試せばいい。
「明日もやる?」
礼が尋ねた。
「当然」
「俺、童力なくなるんだけど」
「じゃあ三本作ったら終わり」
「二本」
「三本」
「二本」
「間を取って三本」
「取ってないじゃん」
言い合いながら、二人は机の上の紙を片づけていった。
六枚の記録の隣には、白い紙が一枚だけ残された。
何も書かれていないまま、窓から入り込む夕暮れの風に、その端が小さく揺れていた。
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皆様からの評価や感想は、今後の執筆活動の大きな励みになります。
これからも『童貞にして最強』をよろしくお願いいたします!




