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童貞にして最強 ―穢れなき力を手にした男の黙示録―  作者: 忠犬むつ公
第一部

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第三十九話 増えた足音

ローデンを出てしばらくすると、街道は緩やかな上り坂へと変わった。


 朝方まで残っていた薄い霧はすでに消え、遠くの山並みまでよく見える。道の両側には背の低い草が広がり、その向こうには疎らな林が続いていた。


 礼は歩きながら、一度だけ後ろを振り返った。


 リオがいる。


 その隣にはバルト。


 少し遅れてハイン。


 さらにその後ろを、二人の若い冒険者が歩いている。


 全部で六人。


 以前なら、隣にいるのはリオだけだった。


 二人で依頼を受け、二人で歩き、途中で思いついたことを試しては、宿へ戻ってノートへ書く。


 それがいつの間にか。


 足音が増えていた。


「礼?」


 リオが気づいて顔を上げる。


「どうした?」


「いや」


 礼は前へ向き直った。


「何でもない」


「そう?」


「うん」


 再び歩き出す。


 乾いた土を踏む音が、いくつも後ろからついてきた。



          ◇



 今回受けた依頼は、廃鉱周辺に出没する魔物の討伐だった。


 ローデンから北東へ半日ほど。


 十数年前まで鉄鉱石を採掘していた鉱山がある。


 鉱脈が細くなって放棄されてからは、近隣の猟師が雨宿りに使う程度だったらしい。


 ところが一月ほど前から、坑道の近くで魔物が目撃されるようになった。


 最初は数匹。


 それが少しずつ増え、先週には街道を通った商人の護衛が襲われた。


 確認されているのは《黒爪猿》。


 人間より一回り小さい猿型の魔物だ。


 単体なら、それほど危険ではない。


 だが群れを作る。


 木や岩場を使って四方から襲いかかり、鋭い爪で獲物を切り裂く。特に狭い場所で戦えば、頭上や背後から襲われる危険がある。


 推定数は十五から二十。


 討伐そのものは、中堅の冒険者が複数いれば十分に可能な依頼だった。


 礼がこの依頼を選んだのには理由がある。


「今回、俺とリオだけで倒すつもりはないです」


 出発前。


 ギルドの外で、礼はそう言った。


 バルトが眉を上げる。


「俺たちも戦うんだろ?」


「そのつもりです」


「やっとか」


 バルトは嬉しそうだった。


 童力を感知してから、毎日のように訓練している。


 すでに身体の一部へ童力を移動させ、短時間なら留めることもできるようになっていた。


 ハインも同様だ。


 バルトほど童力量は多くないが、操作は少しずつ安定している。


 残りの二人――ノアとディンも、新しく童力を感知した者たちだった。


 まだ操作は不安定。


 だから礼は、何度も念を押した。


「童力を使うことが目的じゃないです」


「え?」


 ノアが首を傾げた。


「危なくなったら、普段通り戦ってください。童力を使おうとして判断が遅れる方が危ないから」


「でも、それじゃ練習にならないんじゃ」


「死んだら練習できないだろ」


 礼がそう答えると、ノアは黙った。


「できることだけやる。分からなくなったら使わない。それでいいです」


「……分かった」


「それと」


 礼は全員を見る。


「一人で追わないでください。黒爪猿は群れで動く。逃げた一匹を追って離れたら、逆に囲まれる可能性があるから」


「了解」


 ハインが頷く。


「礼」


 リオが横から口を挟んだ。


「何?」


「お前、完全に隊長みたいになってるぞ」


「……え?」


「ほら」


 言われて見ると。


 五人が全員、礼を見ていた。


「…………」


「続けろよ、隊長」


「やめろよ」


 笑いが起こった。


 礼は少し居心地が悪くなって、剣の位置を直した。


「とにかく、無理しないでください」


「はいはい」


 リオが笑う。


「分かりましたよ、礼先生」


「先生もやめて」


「じゃあ師匠?」


「もっと嫌だ」


 また笑いが起きた。


 礼は小さく息を吐いた。


 どうしてこうなったのだろう。


 少し前まで。


 自分一人で童力を調べていたはずなのに。



          ◇



 昼を過ぎた頃。


 一行は廃鉱へ到着した。


 山の斜面を削るように、黒い坑道が口を開けている。


 入口の前には朽ちた木材や錆びた道具が散らばり、崩れかけた小屋が一棟残っていた。


 礼はしゃがんだ。


 地面を見る。


「足跡あるな」


 リオも横へ来る。


「多い?」


「分からない。でも新しい」


 湿った土の上。


 人間の手に似た細長い跡が、いくつも残っている。


 坑道へ向かうもの。


 林へ向かうもの。


 重なっていて数までは分からない。


「ここで一回休みましょう」


 礼が言った。


「中に入る前に?」


「うん。暗いし、狭い。入ってから疲れても困るから」


 それぞれ荷物を下ろした。


 水を飲む。


 武器を確認する。


 リオは弓弦の張りを確かめ、ハインは短槍の穂先を布で拭いた。


 礼も剣を抜き、刃を確認する。


 そこで。


 視界の端に、妙なものが見えた。


「…………」


 バルトが座っている。


 それ自体は普通だった。


 問題は。


 両手で何かを持っている。


「バルトさん」


「何だ」


「……それ」


「見るな」


「石ですよね?」


「見るな」


 灰色の石だった。


 掌より少し小さい。


 どこにでもありそうな。


 見覚えのある形をしている。


「もしかして」


「違う」


「まだ何も言ってないです」


「違うからな」


 リオも気づいた。


「お前……」


「言うな」


「持ってきたの!?」


「言うな!!」


 バルトの声が山に響いた。


 鳥が数羽、木から飛び立つ。


「静かにしてください」


「誰のせいだよ!」


 礼はバルトの前へしゃがんだ。


「昨日の石?」


「……違う」


「違うんですか?」


「昨日のは河原に置いてきただろ」


「じゃあ新しい石?」


「聞くなよ!」


 リオが腹を抱えている。


「わざわざ拾ったのか……」


「実験するって言ったの礼だろ!」


「俺!?」


「そうだよ!」


 確かに言った。


 性的な興奮を伴わず、身体の状態だけを変化させられるなら、童力を高出力にしたまま安定して扱える可能性がある。


 その再現性を調べたい。


 そう考えていた。


 だが。


「まさか持ってくるとは……」


「お前が言うな!」


 バルトは顔を赤くして石へ視線を戻した。


「……で」


 少しして言う。


「やるぞ」


「ここで?」


「戦う前に試したかったんだろ」


「まあ……」


「だったら見るな」


「童力見ないと実験できません」


「そういう意味じゃねえ!」


 礼は少し離れた。


 バルトが石を見る。


 最初は何も起こらない。


 呼吸を整える。


 意識を集中しているのだろう。


 礼は、バルトの身体を巡る童力へ注意を向けた。


 しばらくして。


「……上がってきた」


 リオの笑いが止まる。


「本当に?」


「うん」


 普段より多い。


 しかも、以前と同じ。


 乱れていない。


「右手へ動かしてみてください」


「分かった」


 バルトが集中する。


 童力が動く。


 身体の中心から肩。


 腕。


 掌。


 以前より明らかに滑らかだった。


「……成功」


「どのくらい?」


「普段よりいい」


 リオが石を見る。


 バルトを見る。


 もう一度石を見る。


「……本当に戦闘技術になりそうなのが一番嫌だな」


「嫌って何だよ!」


「だって石だぞ」


「俺だって好きでやってんじゃねえ!」


 礼はノートを開いた。



『実戦前再現試験』


『被験者――バルト』


『非性的対象――石』


『童力量――増加』


『操作安定性――良好』


『再現成功――二例目』



 そこでペンを止めた。


 二例。


 まだ少ない。


 それでも偶然とは言い切りにくくなった。


「戦ってる間も維持できるか試したいです」


「……分かった」


「無理はしないで」


「分かってる」


 バルトは石を腰袋へ入れた。


 リオがそれを見る。


「持ち歩くの?」


「うるせえ」


「戦闘中に見るの?」


「うるせえ!」


「落とすなよ。大事な石だぞ」


「ただの石だ!!」


 礼は首を傾げた。


「でも実験には必要だから――」


「礼も黙れ!」


 バルトの怒鳴り声が、また山へ響いた。



          ◇



 最初の黒爪猿が現れたのは、坑道へ入って十分ほど経った頃だった。


「上!」


 リオの声。


 礼が顔を上げる。


 梁の上。


 黒い影が動いた。


 直後。


「ギャアッ!」


 一匹が飛び降りる。


 礼は剣を抜いた。


 だが。


「バルト!」


「分かってる!」


 前へ出たのはバルトだった。


 右腕へ童力を集める。


 まだ礼ほど速くはない。


 だが、間に合った。


 黒爪猿が爪を振るう。


 バルトは剣で受けた。


 金属音。


 そのまま踏み込む。


「おらっ!」


 横薙ぎ。


 剣が黒爪猿の胸を切り裂いた。


 魔物が地面へ転がる。


「……っ」


 バルトが自分の剣を見る。


「今の」


 礼も見ていた。


 普通の一撃ではない。


 腕へ集めた童力が、身体能力を引き上げていた。


「できてます」


「本当か?」


「はい」


「よし」


 バルトが笑った。


「次!」


「待って!」


 礼が止める。


「追わない!」


「……あ」


 坑道の奥。


 複数の鳴き声。


 一匹ではない。


「来る!」


 リオが矢を番える。


 暗闇から、三匹。


 壁。


 地面。


 梁。


 別々の方向から走ってくる。


「ハイン、左!」


「分かった!」


「ノアとディンは後ろ! 無理に童力使わなくていい!」


「了解!」


 言葉が口から出た。


 考えるより早かった。


 礼は中央。


 バルトが右。


 ハインが左。


 リオは後方。


 矢が飛ぶ。


 一匹の肩へ突き刺さる。


 礼は前へ踏み込んだ。


 脚へ童力。


 身体が加速する。


 一瞬で距離を詰め、剣を振るう。


 一匹。


 すぐに振り向く。


 ハインが黒爪猿の爪を短槍で受けていた。


「くっ……!」


「ハイン!」


「大丈夫!」


 ハインが歯を食いしばる。


 腕へ童力を集める。


 まだ不安定。


 それでも。


「はあっ!」


 槍を押し返した。


 黒爪猿が体勢を崩す。


 そこへ。


 矢。


 リオだった。


 首元へ突き刺さる。


「一匹!」


「奥にもいる!」


 バルトの声。


 さらに鳴き声。


 多い。


 依頼書に書かれていた数より多いかもしれない。


「外へ戻る!」


 礼が言った。


「え?」


 バルトが振り返る。


「ここ狭すぎる! 入口まで下がって、外で戦う!」


「了解!」


 誰も反対しなかった。


 礼自身が、それに少し遅れて気づいた。


 全員が動いている。


 自分の言葉で。


 だが、考えている暇はない。


「リオ、最後お願い!」


「任せろ!」


 リオが後退しながら矢を放つ。


 礼たちは坑道を出た。


 光。


 広い空間。


「ここなら!」


 振り返る。


 黒い影が次々と坑道から飛び出してきた。


 一。


 二。


 五。


 八。


 まだいる。


「礼!」


「分かってる!」


 礼は周囲を見る。


 左に林。


 右に崩れた小屋。


 背後は斜面。


「小屋を背にする! 囲まれないように!」


 全員が動いた。


 礼は剣を構える。


「リオは後ろから狙って! ノアとディンは左右を見て! ハインは俺の左! バルトは――」


「右だろ?」


 バルトが笑う。


「……お願いします」


「任せろ」


 黒爪猿の群れが迫る。


 そして。


 戦いが始まった。



          ◇



 最初に違いを見せたのは、リオだった。


 矢が飛ぶ。


 普通の矢ではない。


 放つ直前まで童力を纏わせ、飛翔中に失われる量を計算する。


 以前から繰り返してきた方法だ。


 一射。


 黒爪猿の胸へ深く刺さる。


 二射。


 別の一匹の脚。


「右!」


 リオが叫ぶ。


 礼は振り向かない。


「バルト!」


「見えてる!」


 バルトが受ける。


 腕へ童力。


 剣を振るう。


 速い。


 礼は戦いながら、その童力を感じていた。


 普段より多い。


 まだ維持されている。


「バルトさん!」


「何だ!」


「まだ上がってます!」


「そうか!」


「操作は!?」


「問題ねえ!」


「石見てないのに!?」


「戦いながら見られるか!!」


 もっともだった。


 それでも状態は続いている。


 なら、対象を見続ける必要はない。


 一度状態を作れば、ある程度維持できる。


 新しい情報。


 礼は頭の片隅へ記憶する。


 あとで書く。


「礼!」


「っ!」


 リオの声。


 黒爪猿が目の前。


 礼は身体を沈めた。


 爪が頭上を通る。


 下から剣を振り上げる。


 斬る。


 血が飛ぶ。


 すぐ横。


 ノアが押されている。


「ノア!」


「大丈夫!」


 剣で爪を受けている。


 だが力負けしていた。


 礼が向かおうとした。


「俺が行く!」


 ハインだった。


 短槍を突き出す。


 黒爪猿が避ける。


 その隙にノアが距離を取る。


「助かった!」


「まだ!」


 もう一匹。


 ハインが振り向く。


 間に合わない。


「しゃがめ!」


 リオ。


 ハインが反射的に身を低くする。


 その頭上を矢が通過した。


 黒爪猿の肩へ突き刺さる。


「うわっ!」


「前見ろ!」


「分かってる!」


 声が飛び交う。


 礼は剣を振るいながら、それを聞いていた。


 自分だけではない。


 リオだけでもない。


 バルトがいる。


 ハインがいる。


 ノア。


 ディン。


 誰かが誰かを助けている。


 以前なら。


 礼が走っていた。


 全部、自分がやらなければと思っていた。


 助けなければ。


 守らなければ。


 間に合わなければ。


 けれど。


「礼! 前!」


 声に反応する。


 ディンだった。


 礼の死角から迫っていた黒爪猿へ、ディンが石を投げた。


 魔物の注意が一瞬逸れる。


 礼は踏み込む。


「ありがとう!」


「早く倒せ!」


「分かってる!」


 剣を振るう。


 一撃。


 黒爪猿が倒れた。


 礼は息を吐く。


 自分も。


 助けられている。



          ◇



 戦闘が終わったのは、それから十分ほど後だった。


 確認できた黒爪猿は、全部で十八匹。


 依頼書の推定数とほぼ一致していた。


 礼たちは周囲を確認し、もう動くものがいないことを確かめてから武器を下ろした。


「……終わった?」


 ノアが息を切らしながら言う。


「たぶん」


 礼も息が上がっていた。


「念のため坑道をもう一度確認する。でも、その前に休もう」


「賛成……」


 ハインが地面へ座り込む。


 リオも弓を下ろした。


「全員いる?」


 礼が確認する。


「いる」


「怪我は?」


 軽い切り傷。


 打撲。


 それくらいだった。


 大きな怪我はない。


「よかった……」


 礼は息を吐いた。


 その瞬間。


「礼」


 バルトが呼んだ。


「はい?」


「これ」


 腰袋から何かを取り出す。


 石だった。


「……無事だったんですね」


「そこじゃねえよ」


「じゃあ何です?」


「最後まで、いつもより童力多かったか?」


 礼はバルトの童力を確認する。


 戦闘前ほどではない。


 すでに少し落ちている。


 だが。


「……途中までは明らかに多かったです」


「途中からは?」


「戦闘に集中してたから、細かくは見られてない」


「そっか」


 バルトは石を見る。


「役に立ったのかな」


「たぶん」


「…………」


「どうしました?」


「いや」


 バルトはしばらく石を見つめた。


「俺、これから戦うたびに石見るのか?」


「今のところは」


「嫌だなあ……」


 リオが吹き出した。


「いいじゃん。強くなるんだから」


「じゃあお前もやれよ!」


「俺は石じゃ無理だよ」


「試してねえだろ!」


「やりたくねえよ!」


 二人が言い合う。


 ハインたちが笑う。


 礼も少し笑った。


 そのときだった。


「礼さん」


 ノアが呼んだ。


「何?」


「さっき、ありがとうございました」


「え?」


「坑道から出る判断」


 ノアは坑道を見る。


「あのまま中で戦ってたら、たぶん俺、もっと酷い怪我してました」


「……俺だけで決めたわけじゃないよ」


「でも言ったのは礼さんでしょう?」


「それは……」


「俺も」


 ハインが口を挟む。


「左って言われたから動けた。あのとき、何も言われなかったら迷ってたと思う」


「いや、でも――」


「礼」


 リオが笑っている。


 嫌な予感がした。


「何?」


「諦めろ」


「何を?」


「お前、もう教える側だよ」


「…………」


 礼は周囲を見る。


 バルト。


 ハイン。


 ノア。


 ディン。


 全員がこちらを見ていた。


「別に、俺だって分からないことだらけだよ」


「知ってる」


 リオが言う。


「だから一緒に調べてるんだろ」


「なら――」


「でも」


 リオは続けた。


「最初に見つけたのは礼だ」


 礼は黙った。


「俺が童力を感じられたのも、礼が教えてくれたからだし。こいつらだってそうだろ」


 誰も否定しない。


「だから、ちょっとくらい先生やってもいいんじゃない?」


「……先生は嫌だ」


「じゃあ師匠」


「もっと嫌だって」


 笑い声。


 礼は困ったように頭を掻いた。


 それでも。


 以前ほど強く否定する気にはなれなかった。



          ◇



 帰り道。


 日は傾き始めていた。


 長く伸びた影が、街道の上を並んで進んでいる。


 礼は先頭を歩いていた。


 隣にはリオ。


 後ろには四人。


「礼」


「ん?」


「今日、楽しかったな」


「クエストが?」


「それもあるけど」


 リオは後ろを見る。


 バルトが何かを話している。


 ハインが笑っている。


 ノアとディンも、その会話に混ざっていた。


「増えたな」


「……うん」


「最初、二人だったのに」


「そうだな」


 礼も後ろを見る。


 足音。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 四つ。


 自分とリオを合わせれば六つ。


 少し前まで、なかった音だった。


「もっと増えるのかな」


 リオが言った。


「分からない」


「またそれ?」


「本当に分からないから」


「じゃあ調べる?」


「何を?」


「何人まで増えるか」


 礼は笑った。


「それは実験できないだろ」


「じゃあ見てればいい」


「何を?」


「これから」


 リオは前を向いた。


 礼も前を見る。


 遠く。


 夕暮れの向こうに、ローデンの外壁が小さく見え始めていた。


「……そうだな」


 礼は答えた。


 歩く。


 隣にはリオがいる。


 後ろからは、いくつもの足音が聞こえる。


 それはまだ。


 小さなものだった。


 六人しかいない。


 名前すらない。


 組織でもなければ、集団と呼べるほどのものでもない。


 ただ、同じ力を知り。


 同じ道を歩き始めた者たちが、少しずつ増えているだけだ。


 礼はその意味を、まだ知らなかった。


 自分の後ろを歩く者が増えるということが。


 いつか。


 自分の言葉一つで、多くの人間が動くということが。


 何を守ることになり。


 何を背負うことになるのか。


 今はまだ、知らない。


「そうだ、礼」


「何?」


「帰ったらバルトの石、名前つけようぜ」


「なんで?」


「重要な研究道具だろ?」


「やめろ!」


 後ろからバルトの怒鳴り声が飛んできた。


「《童石》とかどう?」


「捨てるぞ!」


「駄目です!」


 礼が反射的に振り返る。


「実験記録が取れなくなる!」


「礼、お前どっちの味方だよ!」


「研究の」


「最悪だ!!」


 笑い声が街道に広がった。


 礼も笑った。


 リオも。


 ハインも。


 ノアも、ディンも。


 そして文句を言っていたバルトまで、最後には笑っていた。


 六人分の足音は、そのまま夕暮れの街道を進んでいく。


 ローデンへ。


 そして。


 まだ誰も知らない、その先へ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

少しでも「面白かった!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ぜひ評価や感想をいただけると嬉しいです!

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これからも『童貞にして最強』をよろしくお願いいたします!

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