第三十六話 違い
翌日も、その次の日も。
礼たちは町外れの空き地に集まっていた。
ローデンの外壁から少し離れた場所にある、草の短い平地だ。かつて何かの建物でもあったのか、端の方には崩れた石積みが残っている。人通りは少なく、多少大きな声を出しても迷惑にはならない。
童力の訓練をするには都合のいい場所だった。
「……駄目だ」
地面に胡坐をかいていたカイルが、長く息を吐いた。
額には薄く汗が浮かんでいる。
「やっぱり何も分からない」
「もう少しだけ続けてみましょう」
その正面に座っていた礼は、膝の上のノートへ視線を落とした。
今日で三日目。
最初の日から数えれば、すでに何度も試している。
四人の希望者に同じ方法を教え、同じように身体の内側へ意識を向けてもらった。
しかし、結果は最初の日からほとんど変わっていなかった。
「ハインは?」
「……ある」
少し離れたところに座る青年が答える。
目を閉じたまま、腹の辺りへ手を当てていた。
「昨日より分かる気がする。ここに……何か溜まってるような」
「動かせそうですか?」
「それは、まだ」
「無理に動かさなくていいです。まず感覚を覚えてください」
「分かった」
礼はノートへ書き込む。
『ハイン――感知成功』
『昨日より感覚明瞭』
『操作――未達』
その隣。
もう一人の成功者も、ゆっくりと目を開いた。
「俺も分かるぞ」
「昨日と同じですか?」
「いや。昨日より……なんて言えばいいんだ。身体の中を流れてる感じがする」
「場所は?」
「腹から胸の辺り」
「じゃあ、そこから腕へ動かす感じで――」
礼が説明しかけたところで、その男――バルトが右腕を上げた。
「こうか?」
「……え?」
礼は思わず身を乗り出した。
微かだった。
ほんの僅か。
だが、確かに動いている。
バルトの身体の中心にあった童力が、ぎこちなく右肩の方へ移動していた。
「待って。そのまま」
「お、おう」
「力まないで。今の状態を覚えて」
礼は集中する。
見間違いではない。
自分やリオほどではないが、確かに童力が移動している。
「……できてる」
「本当か?」
「はい」
バルトの顔が明るくなった。
「よっしゃ!」
「動かしすぎないで!」
「お、おう」
慌てて腕を下ろす。
礼は急いでノートへ記録した。
『バルト――童力移動、微弱ながら成功』
『感知開始から三日』
『現段階で異常なし』
「すげえな」
後ろから覗き込んでいたリオが言った。
「俺のときより早くないか?」
「感知してからなら、たぶん」
「才能あるんじゃない?」
「まだ分からない」
礼は即答した。
「俺たち以外の例が少なすぎるから」
「出た」
「何が?」
「礼の『まだ分からない』」
「分からないものは分からないだろ」
「はいはい」
リオは笑いながら離れていった。
礼はもう一度、四人を見る。
ハイン。
バルト。
カイル。
そして、もう一人の男――エド。
結果は、綺麗に二つへ分かれていた。
ハインとバルトは童力を感知した。
しかも少しずつではあるが、日に日に感覚が明瞭になっている。
一方。
カイルとエドには、何の変化もなかった。
三日間。
何度試しても、だ。
◇
「やり方の問題かな」
四日目。
礼は方法を変えた。
今度は自分ではなく、リオに教えてもらう。
「じゃあ、目閉じて」
リオがカイルの前へ座る。
「身体の中にある魔力を探す感じでいい。ただ、魔力じゃないものを探す」
「それが分からないんだよ」
「俺も最初はそうだったって。何かあるだろ? こう……変なの」
「変なの?」
「そう。変なの」
礼は少し離れたところから二人を見ていた。
しばらくして、カイルが目を開ける。
「……分からん」
「マジか」
今度はエド。
結果は同じだった。
「教え方じゃない……?」
礼はノートへ線を引く。
次は姿勢を変えた。
座る。
立つ。
横になる。
軽く身体を動かした直後。
十分ほど休んだ後。
朝。
昼。
夕方。
空腹の状態。
食事をした後。
魔力を少し使った後。
思いつく範囲で条件を変えた。
それでも。
「……何もない」
カイルは悔しそうに自分の掌を見つめていた。
その隣で、バルトはとうとう童力を右手まで移動させることに成功した。
「おお……!」
本人より先にリオが声を上げる。
「礼、見たか?」
「見てる」
礼はバルトの右手へ意識を集中した。
量は小さい。
動きも不安定だ。
それでも間違いない。
童力だった。
「そのまま止めてみてください」
「止める?」
「そこに留める感じで」
「……こうか?」
数秒。
右手に集まっていた童力が揺らぎ、すぐに散った。
「あ」
「大丈夫です。最初は俺もそうだったから」
礼は記録する。
そして、ペンを止めた。
嬉しい。
童力を使える人間が、自分とリオ以外にも現れた。
それは間違いなく嬉しかった。
だが同時に、疑問も大きくなっている。
なぜ、二人だけなのか。
礼はノートを何ページか戻した。
四人の情報を並べてある。
年齢。
ハイン、二十一。
バルト、二十三。
カイル、二十二。
エド、二十四。
大きな差はない。
体格。
全員違う。
魔力量。
ハインは平均程度。
バルトは少ない。
カイルも少ない。
エドは四人の中では比較的多い。
魔力量とは一致しない。
魔術経験。
ハインは生活魔術程度。
バルトはほぼ使えない。
カイルは小さな火を起こせる。
エドは簡単な風魔術を使える。
これも違う。
戦闘経験。
全員、冒険者として数年以上。
武器も違う。
出身地も違う。
「……何が違うんだ」
礼は呟いた。
リオが隣へ座った。
「やっぱり才能とか?」
「それじゃ分からない」
「でも、そういうのってあるだろ。魔術だって向き不向きあるし」
「あるけど」
礼はノートを見る。
「才能って言葉で終わらせたら、何が才能なのか分からないままだろ」
「……礼らしいなあ」
「何が?」
「いや、何でもない」
リオは草の上へ寝転がった。
礼はページを睨む。
違い。
何かあるはずだ。
使える者。
使えない者。
自分とリオにも共通していて、ハインとバルトにも存在する何か。
けれど、カイルとエドにはないもの。
まだ情報が足りない。
◇
翌日から、礼は聞き取りを始めた。
「睡眠時間は?」
「だいたい七時間くらいだな」
「酒は?」
「飲む」
「どのくらい?」
「毎晩、二杯くらい」
「病気とか、大きな怪我をしたことは?」
「十五のときに腕を折った」
「食べ物で好き嫌いは?」
「……それ、関係あるのか?」
「分からないから聞いてます」
ハインは困ったように笑った。
「お前、本当に何でも調べるんだな」
「何が関係あるか分からないので」
礼は答えながら書き込んでいく。
食事。
睡眠。
酒。
過去の病気。
怪我。
家族。
幼少期。
魔術を初めて使った年齢。
冒険者になった時期。
可能な範囲で条件を洗い出していく。
しかし、やはり決定的な違いは見つからない。
そして、バルトの番になった。
「酒は?」
「たまに」
「睡眠は?」
「六時間くらいかな」
「大きな病気は?」
「ない」
「魔術は?」
「ほとんど使えん」
礼は書く。
「他に何か、身体のことで変わったことはありますか?」
「変わったこと?」
「何でもいいです。他の人と違うと思うこととか」
「うーん……」
バルトは腕を組んだ。
空を見上げる。
「別にないと思うけどな」
「小さいことでもいいです」
「小さいことねえ……」
しばらく考えていたバルトが、不意に「あ」と声を出した。
「そういや、この前変なことはあったな」
礼が顔を上げる。
「何ですか?」
「川見てたら勃起した」
風が吹いた。
草が揺れた。
どこかで鳥が鳴いている。
礼は瞬きをした。
リオも瞬きをした。
「…………川?」
「川」
「女性じゃなくて?」
「いなかったな」
「……裸の女性が水浴びしてたとか」
「いや。普通の川」
礼はバルトを見る。
バルトも礼を見る。
「……魚は?」
「いたかもしれんけど、魚見て興奮したわけじゃねえぞ」
「そうですよね」
「そこはちゃんと書いといてくれ」
「書きませんよ」
「今まで全部書いてただろ!」
隣でリオが顔を背けた。
肩が震えている。
「……リオ?」
「いや……駄目だ……」
「何が?」
「川……」
とうとう堪えきれなくなったらしく、リオが吹き出した。
「お前、川で……っ」
「俺だって意味分かんねえよ!」
「なんで川なんだよ!」
「知らねえよ! だから変なことって言っただろ!」
二人の声が空き地に響く。
礼は笑わなかった。
ノートを開いた。
「礼?」
「いつですか?」
「……え?」
「川を見たの」
「そこ掘るの!?」
「必要かもしれないので」
バルトの顔から笑いが消えた。
「……三日くらい前?」
「童力を感じる前?」
「たぶん」
「その日は酒を飲んでました?」
「いや」
「疲れてた?」
「普通だったと思う」
「眠かったとか」
「ない」
「女性のことを考えてた?」
「考えてない」
「本当に川だけ?」
「なんで俺、こんな尋問されてんの?」
「重要かもしれません」
「何が!?」
礼は答えず、ノートへ書いた。
『バルト――童力感知能力、高』
『童力操作習得速度――現被験者中、最速』
『保有童力量――他被験者と比較して多い』
そして少し迷ってから、その下へ書く。
『特記事項』
『性的対象が存在しない状態で、性的興奮に伴う身体反応が発生』
『本人証言――河川を眺めていた際』
『原因――不明』
「本当に書いた……」
リオが呟く。
「必要かもしれないだろ」
「何にだよ」
「だから、それを調べるんだよ」
礼は真顔で答えた。
笑っていたリオが、ふと黙った。
「……待てよ」
「何?」
「バルトって、童力多いんだよな」
「うん」
「操作覚えるのも早い」
「今のところは」
「で、川見ただけで……」
「……うん」
二人は同時にバルトを見た。
「やめろ」
バルトが一歩下がった。
「その目で見るな」
礼はノートへもう一行だけ加えた。
『童力との因果関係――現時点では不明』
「よし」
「何が『よし』なんだよ……」
バルトの呟きは、聞かなかったことにした。
◇
その夜。
宿の部屋で、礼は集めた記録を並べていた。
ベッドの上では、リオが壁に背を預けている。
「結局、分からなかったな」
「うん」
「川は?」
「分からない」
「そりゃそうだろ」
礼はページをめくる。
年齢ではない。
体格でもない。
魔力量でもない。
魔術適性でもない。
出身でもない。
食事でも、睡眠でもなさそうだ。
もっと根本的な何か。
身体に関係する条件。
「……身体」
礼は呟いた。
「ん?」
「身体の状態なのかな」
「何が?」
「童力を感じられるかどうか」
ページをめくる。
以前の記録。
自分。
リオ。
二人で行った実験。
童力の感知。
移動。
循環。
放出。
そして――。
礼の指が止まった。
そこには、以前リオの童力操作が一時的に不安定になった日の記録が残っていた。
身体的な変化。
性的な行為。
その直後。
童力の細かな操作に、明らかな乱れが生じた。
因果関係は不明。
時間経過とともに回復。
永続的な変化は確認されず。
「……リオ」
「何?」
「これ」
ノートを渡す。
リオが読む。
最初は何でもない顔をしていた。
やがて、その表情が止まった。
「…………あ」
「覚えてる?」
「忘れさせてくれよ」
「大事な記録だろ」
「俺にとっては消したい記録なんだよ」
礼は無視した。
考える。
あの日、リオは童力そのものを失ったわけではなかった。
ただ、細かな操作が乱れた。
数時間後には元へ戻った。
だから礼も、性的な行為そのものが童力を消すわけではないと考えた。
だが。
もし。
「……性的なことと童力に、何か関係がある?」
リオも黙った。
「いや」
しばらくして言う。
「でも、それならバルトは?」
「だから分からない」
「川だぞ?」
「川だな」
「川で勃起したんだぞ?」
「本人がそう言ってるから」
「なのに童力多いぞ?」
「……多い」
二人で黙る。
窓の外から、夜の町の音が微かに聞こえていた。
礼はノートを見つめる。
性的な反応そのものではない。
なら。
何だ。
自分。
リオ。
ハイン。
バルト。
四人。
童力を感じられた四人に共通していること。
カイル。
エド。
感じられない二人との違い。
「……まだ聞いてないことがある」
礼が言った。
リオが嫌そうな顔をした。
「何を?」
「一つだけ」
「嫌な予感するんだけど」
「俺もする」
「じゃあやめよう」
「駄目だよ」
「なんでだよ」
「分からないから」
礼は新しいページを開いた。
何を書くべきか迷って、まだ何も書かずに閉じた。
◇
翌日。
四人を前にした礼は、これまでで一番口が重かった。
「……一つだけ」
カイルが首を傾げる。
「何だ?」
「聞いてないことがありました」
「昨日あれだけ聞いたのに?」
「はい」
「まだあるのかよ」
礼は頷いた。
隣を見る。
リオが顔を逸らした。
「お前が聞けよ」
「なんで」
「言い出したのお前だろ」
「でも――」
「俺は絶対聞かないからな」
仕方なく、礼は四人へ向き直った。
「あの」
「おう」
「……ちょっと聞きにくいんですけど」
「何だよ」
「その……」
言葉が出てこない。
こんなことを、真昼間の空き地で四人の男へ聞く日が来るとは思わなかった。
だが必要な情報だ。
たぶん。
もしかしたら。
違うかもしれない。
それでも、調べなければ分からない。
礼は覚悟を決めた。
「…………童貞ですか?」
沈黙。
風が吹いた。
昨日と同じように、草が揺れる。
「…………は?」
最初に声を出したのはカイルだった。
「いや、その……経験があるかどうか」
「意味は分かってるよ!」
「なら――」
「なんで聞くんだよ!?」
「童力と関係あるかもしれないので」
「あるわけないだろ!」
「まだ分かりません」
「分からないからって何でも聞いていいわけじゃねえぞ!」
もっともだった。
「すみません」
礼は素直に謝った。
「でも、できれば教えてください」
「真面目な顔すんなよ……」
カイルが頭を抱える。
しばらくして、大きく息を吐いた。
「……ある」
「え?」
「経験あるよ!」
礼の表情が変わった。
「いつですか?」
「そこまで聞くの!?」
「時期も重要かもしれないので」
「二年前だよ! これでいいか!?」
「ありがとうございます」
礼は急いでノートへ書く。
カイル。
性交経験――あり。
童力感知――不能。
「……エドさんは?」
「俺もある」
エドは比較的あっさり答えた。
「三年前。付き合ってた女がいた」
「今は?」
「別れた」
「童力は――」
「何回やっても何も感じないな」
礼のペンが止まらない。
次。
「ハインさん」
「…………ない」
「経験なし?」
「悪いかよ」
「悪くないです」
「なんでちょっと嬉しそうなんだよ」
「データが――」
「嬉しそうに言うな!」
書く。
ハイン。
性交経験――なし。
童力感知――成功。
残る一人。
礼とリオの視線が、ゆっくりとバルトへ向いた。
バルトが眉を寄せる。
「何だよ」
「……バルトさん」
「ない」
「まだ聞いてないです」
「ない!」
「でも川で――」
「川は関係ねえだろ!!」
「重要かもしれません」
「俺の人生で川がこんな重要になることある!?」
リオがしゃがみ込んだ。
もう耐えられないらしい。
「……駄目だ……腹痛い……」
「笑うな!」
バルトの怒鳴り声が空き地へ響いた。
だが礼は笑っていなかった。
ノートを見る。
そこに並んだ結果。
ハイン。
性交経験なし。
童力感知、成功。
バルト。
性交経験なし。
童力感知、成功。
カイル。
性交経験あり。
童力感知、不能。
エド。
性交経験あり。
童力感知、不能。
そして。
礼自身。
性交経験なし。
童力感知、成功。
リオ。
性交経験なし。
童力感知、成功。
「…………」
偶然。
そう考えることはできる。
人数が少ない。
たった六人だ。
統計と呼べるほどの数ですらない。
それでも。
綺麗すぎる。
「礼」
いつの間にか笑うのをやめたリオが、隣からノートを覗いていた。
「これ……」
「うん」
「全員だよな」
「……うん」
礼は考える。
最初に童力を見つけたとき。
自分の特徴を洗い出して、半ば冗談のようにノートへ書いた言葉。
あのときは、自分一人しかいなかった。
だから何の意味もなかった。
リオが現れた。
二人になった。
それでも偶然だと思えた。
そして今。
六人。
童力を感じる四人には、一つの共通点がある。
感じない二人には、それがない。
「……いや」
礼は首を振った。
「まだ駄目だ」
「え?」
「六人しかいない」
「でも――」
「これだけで決めるのは早い」
礼はページをめくった。
「他の条件が隠れてるかもしれない。たまたまかもしれないし、経験の有無じゃなくて別の身体的な違いが関係してる可能性もある」
「……まあ、そうだけど」
「もっと人数が必要だ」
礼はペンを走らせる。
『童力発現条件について』
『現時点で童力感知に成功した者――四名』
『如月礼』
『リオ』
『ハイン』
『バルト』
『共通事項――性交経験なし』
少し間を空ける。
『童力感知不能――二名』
『カイル』
『エド』
『共通事項――性交経験あり』
礼はペン先を止めた。
その下。
慎重に、一行を書く。
『仮説――童力の発現と童貞状態に相関が存在する可能性』
断定はしない。
まだ仮説だ。
だが、以前よりは遥かに根拠がある。
「……やっぱり関係あるのかな」
礼が呟く。
「童貞と?」
「うん」
「そんなことある?」
「分からない」
「またそれかよ」
「分からないものは分からないよ」
礼はノートを閉じようとした。
だが。
「あ」
リオが言った。
「何?」
「川」
「……川?」
「バルト」
二人が見る。
少し離れた場所で、バルトがハインと話していた。
「童力、多いんだよな」
「うん」
「俺たちより習得も早い」
「今のところは」
「…………川なのに?」
礼は少し考えた。
「……川なのに」
また沈黙。
「礼」
「何?」
「まさかと思うけど」
「うん」
「それも調べる?」
礼はノートを開き直した。
「調べる」
「マジかよ」
「関係ないって証明できてないから」
「どうやって調べるんだよ!」
礼はそこで初めて困った。
「…………どうしよう」
「知らねえよ!」
リオの声に、向こうにいた四人が振り返る。
礼は考えた。
性的な反応。
童力。
性交経験。
童貞。
そして、川。
何が関係していて。
何が関係していないのか。
今はまだ分からない。
だからこそ。
調べる価値がある。
礼はページの一番下へ、新しい項目を書き加えた。
『童力と性的反応の関連性について』
『追加調査が必要』
そこまで書いて。
少し迷った末に、その下へ小さく付け足した。
『自然物による反応についても要検証』
『最初の観測例――川』
「…………本当に書いた」
リオが呟いた。
「忘れたら困るだろ」
「忘れていいだろ、それは」
「駄目だよ」
礼はノートを閉じた。
「分からないから調べるんだろ」
あまりにも真っ直ぐな声だったから。
リオはしばらく何も言えなかった。
やがて空を仰ぎ、大きく息を吐く。
「……童術師って大変なんだな」
「まだ四人しかいないけど」
「そこじゃねえよ」
礼には、その意味がよく分からなかった。
この日。
童術を扱える人間は、二人から四人になった。
同時に、童力の発現条件について、初めて複数人による比較記録が残された。
そこに記された仮説が正しいのか。
なぜ、その条件が必要なのか。
礼たちには、まだ何も分からない。
ただ一つ。
後世まで残る如月礼の研究記録、その最初期の一冊には――。
『最初の観測例――川』
という、本人以外にはまるで意味の分からない一文が、確かに残されることになった。




