第三十一話 誰かのための力
翌朝。
「上げて」
「はいはい」
宿の部屋で、リオが右腕を上げた。
肩の高さ。
そこからさらに上へ。
昨日は顔をしかめていた位置を越えても、今日は表情が変わらない。
「痛い?」
「少し」
「どの辺?」
「ここ」
リオが右肩の後ろを指した。
礼はノートへ書き込む。
『翌朝――右肩の状態を確認』
『痛み――軽減』
『可動範囲――改善』
『腫れ――目立った変化なし』
「昨日より楽?」
「かなり」
「本当に?」
「何回聞くんだよ」
「大事だから」
「昨日の夜からずっと言ってるだろ。楽になったって」
「でも、一晩寝たから自然に治った可能性もある」
「まだ言うの?」
「だって比較できないし」
礼はリオの肩を見る。
昨日、《童癒》と仮に名付けた方法。
礼自身の童力を外側からリオの童力へ触れさせ、その流れを患部の周囲へ誘導する。
その後、痛みが軽減した。
そして今朝。
さらに状態は良くなっている。
効果があった。
そう考えたくなる。
だが、それだけでは証明にならない。
「同じ程度の怪我を二つ用意できれば比較できるんだけど」
「怖いこと言うなよ」
「用意するとは言ってないだろ」
「俺を見ながら言うな」
「見てないよ」
「今見てた!」
礼は視線を逸らした。
「とにかく、今日は弓は禁止」
「ええ?」
「治りかけで使って悪化したら、昨日の結果も分からなくなるだろ」
「研究のためかよ」
「リオの肩のためでもあるよ」
「後から付け足しただろ」
「付け足してない」
リオは不満そうだったが、最終的には頷いた。
「じゃあ今日は何する?」
「依頼」
「お」
「何だよ」
「ちゃんと冒険者だったんだな」
「どういう意味だよ」
「最近ずっと研究者みたいだから」
礼は言い返そうとして。
机の上を見る。
ノート。
その隣には、昨日から何度も試している《童貞障壁》の強度を測るために拾ってきた木の枝が何本か置いてある。
「…………」
「ほら」
「……依頼行こう」
「そうしよう」
礼はノートを鞄へしまった。
◇
その日の依頼は、ローデンから北へ半日ほどの場所にある村への物資運搬だった。
薬。
塩。
乾燥させた食料。
それらを積んだ小さな荷馬車を村まで届ける。
荷主である商人と御者。
そして護衛が礼とリオ。
討伐依頼と比べれば報酬は低い。
だが、リオの肩を休ませるにはちょうどよかった。
「暇だな」
街を出て一時間ほど。
荷馬車の横を歩きながら、リオが言った。
「平和でいいじゃん」
「そうだけどさ」
「魔物出てほしいの?」
「そういうわけじゃない」
「じゃあいいだろ」
「弓使うなって言われてるから、余計暇なんだよ」
「今日は休ませる日」
「分かってるよ」
礼は周囲を見る。
街道の両側には草原が広がり、その向こうに森が見える。
空は晴れている。
風も穏やかだった。
こういう依頼も悪くない。
最近は童術の研究ばかり考えていた。
森を歩けば試したいことが増える。
戦えば新しい使い方を思いつく。
宿へ戻ればノートを開く。
それは楽しかった。
自分で見つけ、自分で考え、昨日までできなかったことができるようになる。
けれど。
礼は冒険者でもある。
「なあ」
「ん?」
「ローデン出たら、次どこ行く?」
リオが聞いた。
「まだ決めてない」
「東に大きい街があるらしいぞ」
「どのくらい?」
「歩いて四日くらい」
「遠いな」
「旅なんだからそんなもんだろ」
「途中に村とかある?」
「あるんじゃない?」
「調べてから行こう」
「礼ってそういうとこ真面目だよな」
「野宿する場所なくなったら困るだろ」
「森で寝ればいいじゃん」
「魔物いるだろ」
「俺たち冒険者だぞ」
「冒険者だって寝てる時に襲われたら死ぬよ」
「それはそう」
二人で話していると、前を歩いていた商人が笑った。
「仲がいいな、お前さんたち」
「そう見えます?」
リオが聞く。
「ずっと喋ってるじゃないか」
「こいつがうるさいんですよ」
「リオだろ」
「俺?」
「俺」
「ほら、仲いいじゃないか」
また商人が笑う。
礼とリオは顔を見合わせた。
「……だってさ」
「まあ、悪くはないけど」
「何だよその言い方」
そんなことを話しながら、街道を進んだ。
昼を過ぎた頃だった。
最初に気づいたのは御者だった。
「……何だ?」
荷馬車が速度を落とした。
「どうしました?」
礼が前を見る。
街道の先。
何かが倒れている。
一つではない。
「人?」
リオの声が低くなる。
礼は剣の柄へ手を置いた。
「止めてください」
御者が馬を止める。
礼とリオは荷馬車から離れ、慎重に近づいた。
三人。
男が三人、街道脇に倒れている。
装備を見る限り、冒険者だ。
「おい!」
リオが駆け寄る。
「待って」
礼は周囲を見る。
魔物の姿はない。
森。
草むら。
何かが潜んでいる様子もない。
「……大丈夫そう」
礼も走った。
一人目。
意識はある。
左脚を押さえている。
二人目は座り込み、荒い呼吸をしている。
そして三人目。
「……っ」
礼は息を呑んだ。
脇腹。
服が赤く染まっている。
「リオ!」
「分かってる!」
二人で駆け寄る。
「大丈夫ですか!」
「……あ……」
返事はある。
だが弱い。
礼は膝をついた。
「何があったんです?」
脚を負傷している男が答えた。
「グラスウルフだ……五頭……」
「倒したんですか?」
「三頭……二頭は逃げた……」
礼は周囲を見る。
逃げた。
戻ってくる可能性はある。
「リオ、周り見てて」
「分かった」
リオが立ち上がる。
本来なら弓を使わせたくない。
だが今は仕方がない。
礼は脇腹を負傷した男へ視線を戻した。
血。
多い。
「傷、見ます」
服をずらす。
爪か牙か。
脇腹が深く裂けていた。
「……まずい」
思わず声が漏れる。
礼に医学の知識はない。
それでも分かる。
これは昨日の自分の擦り傷や、リオの肩とは違う。
放っておいていい傷ではない。
「回復魔法使える人は?」
「いない……」
「治療薬は?」
「使った……でも、血が……」
男が震える声で答えた。
布が傷口へ押し当てられている。
すでに赤く染まりきっていた。
「村までどのくらいです?」
礼が商人へ聞く。
「ここからなら……急いでも二時間はかかる」
二時間。
礼は傷を見る。
分からない。
この男が二時間もつのか。
「……礼」
少し離れた場所から、リオが呼んだ。
目が合う。
リオも同じことを考えたらしい。
「昨日の」
「…………」
「できないか?」
礼は答えなかった。
《童癒》。
昨日、リオの肩へ試した。
痛みは減った。
今朝には状態も良くなっていた。
だが。
それだけだ。
本当に治癒を促進したのか、まだ分からない。
それ以前に。
「この人、童力があるか分からない」
「……そうか」
昨日の方法は、リオ自身の童力を利用した。
礼の童力で、リオの童力を誘導した。
だからできた。
この男に童力がなければ。
同じ方法は使えない。
「……くそ」
礼は唇を噛んだ。
試したい。
でも。
違う。
試したいんじゃない。
助けたい。
そのために、使えるかもしれない。
けれど。
『分からないことを、いきなり人で試せない』
昨日、自分で言った。
安全性が分からない。
何が起きるか分からない。
童力を無理に他人の身体へ入れれば、悪化させる可能性だってある。
「……礼」
リオがもう一度呼ぶ。
「分かってる」
礼は男を見る。
顔色が悪い。
呼吸も浅い。
待っていれば安全なのか。
何もしないことは、本当に安全なのか。
礼は拳を握った。
そして男へ声をかける。
「聞いてください」
「……何だ……」
「俺は、普通の回復魔法を使えません」
「…………」
「でも、傷を治せるかもしれない方法を研究しています」
リオが礼を見る。
礼は続けた。
「まだ完成してません。昨日初めて試したばかりです」
「……昨日?」
「はい」
「お前……それ……」
男の顔が引きつった。
「すみません」
「いや……」
「効果がある保証もありません。逆に、何か悪いことが起きる可能性も……ないとは言えません」
礼は一度、言葉を切った。
「それでも」
傷を見る。
血は止まっていない。
「このまま何もしないより、助けられる可能性があると思います」
男は黙った。
呼吸だけが聞こえる。
「……選んでください」
礼は言った。
「俺には、勝手に決められません」
男の目が礼を見る。
「……村まで」
「二時間くらいです」
「俺……もつと思うか?」
「…………」
礼は答えられなかった。
嘘は言えない。
「分かりません」
「そうか……」
男が目を閉じる。
数秒。
そして。
「やってくれ」
「……いいんですか?」
「何もしないで死ぬより……そっちに賭ける」
礼は頷いた。
「分かりました」
鞄を下ろす。
ノートは出さない。
今は記録より先にやることがある。
「リオ」
「何?」
「周囲頼む」
「分かった」
リオが森の方へ向き直る。
礼は男の傷へ手を近づけた。
まず。
童力。
感じる。
自分の中にある力を、掌へ。
そこから僅かに外へ出す。
「……っ」
男が身体を震わせた。
「痛いですか?」
「いや……何だ、これ……」
「分かりません」
「お前、そればっかりだな……」
「すみません」
男が少しだけ笑った。
礼は集中する。
昨日と同じ。
相手の童力へ触れる。
そこから患部へ誘導する。
だが。
「…………」
ない。
少なくとも、礼には感じられない。
リオの時にはあった。
自分とは違う、僅かな流れ。
それがない。
「……駄目だ」
「礼?」
リオが振り返る。
「昨日と違う」
「童力?」
「うん」
礼の童力が男の身体の表面へ触れる。
だが、それだけだ。
引っかかるものがない。
動かせるものがない。
「くそ……」
礼は一度、童力を解いた。
考えろ。
リオと同じ方法は使えない。
なら。
別の方法。
傷を治す。
違う。
今、一番必要なのは何だ。
男の脇腹を見る。
血。
まず。
「……止める」
「何?」
「治す前に、血を止めないと」
傷そのものを治せなくてもいい。
今すぐ全部治す必要なんてない。
村まで生きて辿り着ければいい。
どうやって。
布で押さえる。
圧迫する。
なら。
「…………」
昨日の光景が浮かんだ。
グレイボア。
突進。
掌の前。
目には見えない壁。
『放出した童力を拡散させず、一定範囲に維持する』
「……できるか?」
礼は再び掌へ童力を集めた。
外へ出す。
今度は男の中へ入れようとしない。
傷の外側。
その周囲へ。
薄く。
広く。
《童貞障壁》を作った時と同じ。
ただし。
壁ではない。
傷の形へ沿わせる。
「……っ」
難しい。
平らな面ではない。
身体は曲面だ。
呼吸するたびに動く。
それに合わせなければならない。
「礼、大丈夫か?」
「喋らないで」
「悪い」
童力が散る。
「くそ……」
もう一度。
薄く。
広げる。
傷の上へ。
覆う。
押しつけすぎない。
でも、離さない。
「…………」
血が童力の膜へ触れた。
完全には止まらない。
だが。
「……減った?」
礼が呟く。
「何が?」
「血」
傷口から溢れていた血の勢いが弱くなっている。
治ったわけではない。
傷は開いたままだ。
ただ。
童力が。
外へ流れ出ようとする血を、押し留めている。
「……できる」
礼は息を吐いた。
「これなら……」
維持する。
童力が少しずつ消耗する。
《童貞障壁》と同じだ。
外側から圧力を受ければ、その分だけ童力が削られる。
だが。
補えばいい。
減った分を。
自分から。
「礼」
「何?」
「顔色悪いぞ」
「大丈夫」
「本当に?」
「これくらいなら」
嘘ではない。
疲れる。
集中も必要だ。
それでも、維持できる。
男の呼吸が少し落ち着いた。
「……血」
男自身も気づいたらしい。
「止まった……のか?」
「完全には」
礼は答える。
「でも、さっきよりは」
「……そうか」
男が目を閉じた。
礼は童力を維持したまま考える。
これだけでいいのか。
昨日。
自分の傷へ童力を巡らせた。
リオの肩でも。
なら。
身体の中へ入れられなくても。
外側から。
傷の周囲へ。
「…………」
止血に使っている童力とは別に。
ほんの僅か。
傷の周囲へ流れを作る。
強くしない。
押し込まない。
皮膚の表面をなぞるように。
ゆっくり。
一周。
二周。
男が僅かに身体を動かした。
「痛いですか?」
「いや……」
「何か変ですか?」
「……温かい」
「温かい?」
「ああ……」
礼自身には熱を出している感覚はない。
童力が熱へ変わったわけでもない。
理由は分からない。
それでも男の表情は、先ほどより少しだけ穏やかになっていた。
「……続けます」
「ああ」
どのくらいそうしていただろう。
十分。
十五分。
もっと長かったかもしれない。
礼には分からなかった。
集中している間、時間の感覚が曖昧になっていた。
「礼」
リオの声。
「荷馬車に乗せよう」
「……うん」
「お前も一緒に乗れ。そのまま維持できるか?」
「やってみる」
男を慎重に荷馬車へ運ぶ。
他の二人も乗せた。
商人が御者へ声をかける。
「急ごう」
馬車が動き出す。
礼は負傷した男の横へ座った。
掌を傷の近くへ置く。
童力を維持する。
揺れる。
そのたびに膜が乱れる。
何度も作り直す。
「……面倒だな」
「何が?」
リオが隣から聞く。
「動くと形が崩れる」
「じゃあもっと上手くならないとな」
「簡単に言うなよ」
「お前がいつも言ってるだろ。できないなら調べるって」
「……そうだけど」
礼は少し笑った。
「帰ったら記録しないとな」
「その前に休めよ」
「分かってる」
「信用できない」
「何でだよ」
「昨日の夜を思い出せ」
「もうそれいいだろ」
小さく言い合う。
その声を聞いていた負傷者が、目を閉じたまま僅かに笑った。
◇
村へ到着すると、すぐに治療のできる者が呼ばれた。
礼は引き継ぐ直前まで童力を維持した。
「もういいぞ」
村の治療師らしい老人が言った。
「傷は深いが、血はかなり抑えられている」
「助かりますか?」
「今のところはな」
その言葉を聞いた瞬間。
礼の肩から力が抜けた。
「……よかった」
気づけば、手が震えていた。
童力を使いすぎたというより、ずっと緊張していたのだろう。
リオが横から礼の肩を叩く。
「お疲れ」
「うん」
「座る?」
「……座る」
二人で村の家の壁際へ腰を下ろした。
しばらく何も話さなかった。
荷馬車の荷物が運び込まれていく。
村人たちの声。
馬の鳴き声。
子供が走る音。
いつもの生活が、目の前にある。
「礼」
「ん?」
「あの人、助かるって」
「うん」
「お前のおかげじゃん」
「まだ分からないよ」
「何が?」
「俺がやったのは血を止めただけだし」
「それで十分だろ」
「でも――」
「礼」
リオが遮った。
「十分だよ」
礼は黙った。
自分の手を見る。
何も残っていない。
血にも触れていない。
それでも。
さっきまで、この手から伸ばした童力が、一人の人間の傷を覆っていた。
「……そっか」
「うん」
礼は少しだけ笑った。
夕方。
村を出る前に、負傷者の様子を見に行った。
眠っている。
顔色はまだ悪い。
だが呼吸は安定していた。
「今日はここに泊まった方がいい」
治療師が言った。
「明日まで問題がなければ、おそらく大丈夫だ」
「分かりました」
礼たちは依頼主の商人と相談し、その日は村に泊まることになった。
村の小さな宿。
部屋へ入るなり、礼は鞄からノートを取り出した。
「やっぱりやるんだ」
「忘れる前に」
「飯は?」
「これ書いたら」
「先に食おうぜ」
「ちょっとだけ」
「その言葉、もう信用しないからな」
リオがノートを取り上げた。
「あ!」
「飯」
「一行だけ!」
「駄目」
「忘れたらどうするんだよ!」
「今日のこと忘れるわけないだろ」
「細かい感覚とか!」
「飯食ってる間くらい覚えてろ!」
結局、礼はリオに引っ張られて食堂へ向かった。
食事を終えて戻ってくると、礼は真っ先にノートを開いた。
「はいはい。好きなだけ書け」
「言われなくても」
今日の出来事を思い返す。
そして記録する。
『《童癒》――童力非保持者への使用』
『対象――成人男性』
『脇腹に深い裂傷』
『対象自身の童力――感知できず』
『既存の方法による誘導――不可』
『術者の童力を対象内部へ直接流入――行わず』
『患部外側へ童力を展開』
『《童貞障壁》と同様の方法で患部を覆う』
『出血量の減少を確認』
『傷そのものの閉鎖――なし』
『止血効果――あり』
『患部周辺へ童力を循環』
『対象より「温かい」との申告』
『治癒促進効果――不明。経過観察が必要』
礼はペンを止めた。
少し考える。
そして。
『童力を持たない対象にも、童術による干渉は可能』
書いた文字を見つめる。
「……リオ」
「何?」
「できたな」
「何が?」
「童術師じゃない人にも」
「ああ」
リオがベッドから身体を起こす。
「使えた」
「うん」
「じゃあ昨日書いてたやつ、一個答え出たじゃん」
礼は前のページを開く。
『童力を持たない者にも、《童癒》は作用するのか?』
その下。
礼は一言だけ書いた。
『可能』
「…………」
不思議だった。
たった二文字。
それだけなのに。
今まで書いてきたどの記録とも、少し違って見えた。
「嬉しそうだな」
「え?」
「顔」
「別に」
「ニヤけてる」
「ニヤけてないよ」
「ニヤけてるって」
「うるさいな」
礼はノートへ顔を戻した。
けれど。
たぶん。
少しだけ笑っていた。
「なあ、礼」
「何?」
「人を倒す童術よりさ」
「うん」
「こういう方が好きなんじゃない?」
礼のペンが止まる。
「こういう?」
「助けるやつ」
礼は答えなかった。
今日。
剣はほとんど使わなかった。
魔物も倒していない。
誰かに勝ったわけでもない。
それでも。
昨日まで知らなかった使い方を一つ見つけた。
そして。
そのおかげで、一人が生きている。
「…………」
礼は自分の掌を見る。
「……そうかも」
小さく答えた。
「やっぱり」
「何だよ」
「いや。礼っぽいなって」
「俺っぽいって何?」
「そういうとこ」
「分かんないよ」
「別に分からなくていい」
リオは笑って、再びベッドへ倒れ込んだ。
「明日は?」
「朝、あの人の状態を確認する」
「その後」
「ローデンへ戻る」
「研究は?」
礼は少し考えた。
「……帰りながら」
「だと思った」
二人で笑う。
礼はノートへ視線を戻した。
《童貞障壁》。
《童癒》。
別々に見つけた二つの使い方。
今日、その二つを組み合わせた。
童力を留める技術で血を抑え、巡らせる技術で傷へ働きかける。
一つの方法だけでは、できなかった。
けれど。
違う使い方を組み合わせれば、できることが増える。
礼は新しいページを開いた。
『異なる童術の併用について』
そこまで書いて。
「……今日はやめとくか」
ノートを閉じた。
「お」
リオが驚いた顔をする。
「何?」
「成長したな」
「うるさい」
灯りを消す。
暗くなった部屋で、礼はベッドへ横になった。
今日、助けた男の顔が浮かぶ。
助かる保証はなかった。
自分の判断が正しかったのかも、まだ分からない。
明日になれば容体が変わっているかもしれない。
《童癒》と呼んでいるものが、本当に傷を治しているのかさえ分からない。
分からないことばかりだった。
それでも。
少なくとも今日。
自分が見つけた力は。
誰かを傷つけるためではなく。
誰かが生きるために使えた。
礼は目を閉じる。
それが少しだけ。
嬉しかった。




