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童貞にして最強 ―穢れなき力を手にした男の黙示録―  作者: 忠犬むつ公
第一部

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第三十話 癒やす力

ローデンへ戻った頃には、すっかり日が傾いていた。


 依頼そのものは問題なく終わった。


 残っていた三頭目のグレイボアも見つけ、討伐部位を持ち帰ってギルドへ提出した。受付で報酬を受け取り、その金で夕食を食べ、宿へ戻る。


 普段なら、それで一日が終わる。


 少なくとも、リオはそのつもりだった。


「……礼」


「何?」


「それ、いつまで見てるの?」


「もうちょっと」


「帰ってきてからずっとじゃん」


 宿の一室。


 机の上には、礼のノートが開かれていた。


 その中央には、今日新しく書き加えられた文字がある。


『仮称――《童貞障壁》』


 礼は椅子に座り、左手を前へ伸ばしていた。


 掌へ童力を集める。


 そこから外へ。


 撃ち出さず、散らさず、薄く広げる。


 目には見えない。


 けれど、確かにそこには童力が留まっている。


 昼間、グレイボアの突進を一瞬だけ止めたもの。


 それを、礼は宿へ戻ってから何度も作っていた。


「……やっぱり面積を広げると薄くなる」


「そりゃそうなんじゃない?」


「でも、童力量を増やせば強度は上がる」


「うん」


「小さくすれば、もっと硬くできるかも」


「うん」


「形も変えられるかな」


「知らん」


「丸くするとか」


「明日やれ」


「あとちょっとだけ」


「さっきも聞いた、それ」


 ベッドへ腰掛けていたリオが、呆れたように息を吐いた。


 礼は渋々、掌の前に留めていた童力を解く。


「分かったよ」


「絶対分かってないだろ」


「分かってるって」


「だったら寝ろ。俺も寝る」


 リオが立ち上がる。


 その時だった。


「……っ」


 小さく顔をしかめた。


 ほんの一瞬。


 右肩へ手をやる。


 それを礼は見逃さなかった。


「リオ」


「ん?」


「肩どうしたの?」


「別に」


「痛い?」


「ちょっとな」


 礼が立ち上がる。


「見せて」


「大したことないって」


「いいから」


「お前、こういう時だけ妙に強引だよな」


 文句を言いながらも、リオは右腕を動かした。


 前へ。


 横へ。


 上へ。


 頭の高さを越えたところで、また僅かに顔が歪む。


「痛いじゃん」


「筋をちょっとやっただけだよ。たぶん昼間」


「グレイボア?」


「矢を避けられた時に、変な引き方したからな」


 礼は眉を寄せた。


 戦闘中には気づかなかった。


 リオ自身も、その時は気にしていなかったのだろう。


 触れて確認したいところだったが、礼に医学の知識はない。


 骨が折れているようには見えない。


 腕も動く。


 腫れも目立たない。


「明日は休もう」


「いや、平気だって」


「弓引けないだろ」


「引ける」


「痛いんだろ?」


「少しな」


「なら駄目」


 礼が即答すると、リオはしばらく黙っていた。


「……お前、たまに頑固だよな」


「リオに言われたくない」


「俺のどこが」


「全部」


「雑すぎるだろ」


 リオが笑う。


「まあいいや。明日の朝にはマシになってるかもしれないし」


「だったら明日の朝に確認してから」


「はいはい」


 リオは自分の部屋へ戻ろうとした。


 礼も見送ろうとして――。


 ふと、自分の左腕へ目を落とした。


「…………」


「何?」


 リオが振り返る。


「いや」


 礼は袖を捲った。


 肘の少し下。


 細い擦り傷が残っている。


 今日の戦闘で地面へ転がった時についたものだ。


 すでに血は止まっている。


 放っておいても、そのうち治る程度の傷だった。


「……傷」


「それが?」


「童力って、身体を強くできるよな」


「できるな」


「足に集めれば速くなる。腕に集めれば力が強くなる」


「うん」


「全身を巡らせれば、身体全体を強くできる」


「そうだな」


「じゃあ」


 礼は自分の擦り傷を見つめた。


「傷に集めたら、どうなるんだろう」


 リオが黙った。


 礼も黙る。


 数秒後。


「……また始まった」


「何が?」


「研究」


「だって気になるだろ」


「さっきまで童貞障壁やってたじゃん」


「それとこれとは別だよ」


「寝るって話は?」


「ちょっとだけ」


「今日何回目だよ、それ」


 礼は椅子へ戻った。


 リオは帰るのを諦めたらしく、再びベッドへ座る。


「で、どうすんの?」


「とりあえず集めてみる」


 礼は左腕へ意識を向けた。


 童力を感じる。


 肩から腕へ。


 腕から、傷のある場所へ。


 ゆっくりと集める。


「…………」


「どう?」


「何も起きない」


「だろうな」


「まだ分からないだろ」


 もう少し増やす。


 しかし変化はない。


 傷口が塞がるわけでもない。


 痛みが消えるわけでもない。


 当然と言えば当然だった。


「やっぱり無理なんじゃない?」


「うーん……」


 礼は童力を解いた。


 傷を見る。


 変わっていない。


「身体を強くするのと、傷を治すのは違うのかな」


「そりゃ違うだろ」


「でも、身体に作用してるのは同じだよ」


「そう言われると……」


 礼は考える。


 童力を集める。


 量を増やす。


 それだけでは駄目だった。


 なら。


「巡らせる?」


「何を?」


「童力」


 礼は再び集中した。


 今度は傷口そのものへ童力を集めない。


 周囲へ。


 腕の内側を流れている童力の経路。


 そこから傷の周辺へ。


 そして、留めずに巡らせる。


 ゆっくり。


 身体全体を強化する時とは違う。


 強く押し込む必要はない。


 傷の周囲を包むように。


 何度も。


 何度も。


「…………」


 少しだけ。


 感覚が違った。


「リオ」


「何?」


「ちょっと待って」


「何かあった?」


「分からない」


「またそれかよ」


 礼は童力を巡らせ続けた。


 擦り傷には、先ほどまで僅かな熱と痛みが残っていた。


 それが。


「……痛くない」


「え?」


「さっきより」


 礼は傷へ触れた。


 消えてはいない。


 見た目もほとんど変わらない。


 けれど、指で周囲を押した時の痛みが弱くなっている。


「気のせいじゃない?」


「かもしれない」


「自分の身体だと分かりにくいな」


「うん」


 礼はノートへ手を伸ばしかけた。


 止める。


「いや、まだ書かない」


「珍しい」


「もう少し確認する」


 傷が治ったわけではない。


 痛みが減っただけ。


 それも童力によるものなのか、時間が経ったからなのか分からない。


 礼はもう一度、同じ操作を繰り返した。


 童力を傷の周囲へ巡らせる。


 数分。


 さらに数分。


「……やっぱり変だ」


「何が?」


「傷の感じ」


 礼は腕をリオへ見せた。


「さっきより赤み、減ってない?」


「……どうだろ」


「分からない?」


「最初の状態をちゃんと見てなかったからな」


「そっか」


 比較できない。


 記録もない。


 研究としては不十分だ。


 それでも。


 礼自身には分かる。


 少なくとも痛みは減っている。


 身体が少し楽になっている。


「明日、もう一回確認する」


「傷なくなってたら?」


「普通に治ったのか、童力のおかげなのか分からない」


「駄目じゃん」


「だから次に怪我した時は最初から記録する」


「怪我する前提で話すなよ」


「わざと怪我するとは言ってないだろ」


「お前ならやりそうで怖いんだよ」


「やらないよ!」


 礼は笑った。


 そして。


 リオの右肩を見る。


「…………」


「その目やめろ」


「まだ何も言ってない」


「俺の肩で試そうとしてるだろ」


「…………」


「図星じゃん」


「いや、でも」


「でも?」


「もし本当に効果があるなら」


「あるなら?」


「少し楽になるかもしれない」


 リオは自分の肩を見る。


 腕を上げる。


 やはり痛むらしい。


「……危なくない?」


「分からない」


「怖っ」


「だから、いきなりやるつもりはないよ」


 礼は真面目な顔で言った。


「俺の童力を直接リオの身体に入れたことなんてないから」


「そういやそうだな」


「何が起きるか分からない」


「じゃあやめとく?」


「うん」


 礼が即答すると、今度はリオが意外そうな顔をした。


「やらないんだ」


「当たり前だろ」


「研究って言ったら止まらないのかと思った」


「リオの身体だぞ」


 礼は少し眉を寄せる。


「分からないことを、いきなり人で試せないよ」


「……そっか」


「まず安全か調べる」


「どうやって?」


「それを考える」


「結局寝ないんじゃん」


「…………」


「寝ろ」


「はい」


 今度こそ、礼はノートを閉じた。



 ◇



 翌朝。


「痛い」


 宿の食堂。


 朝食を食べながらリオが呟いた。


「まだ?」


「昨日よりはマシ。でも痛い」


「弓は?」


「軽くなら引けると思う」


「今日は休み」


「はいはい」


 礼はパンを齧りながら、昨日の傷を見る。


 ほとんど塞がっていた。


 普通の擦り傷なのだから、それ自体はおかしくない。


 ただ。


 いつもより早いような気がする。


 気がするだけだ。


「……足りないな」


「何が?」


「傷」


「朝飯食いながら言うことじゃないだろ」


「比較できない」


「だからって自分で切るなよ」


「やらないって」


「本当か?」


「俺を何だと思ってるんだよ」


「研究始めると周り見えなくなる奴」


「そこまでじゃないよ」


「昨日の夜思い出せ」


 言い返せなかった。


 朝食を終える。


 二人は今日は依頼を受けず、街を歩いた。


 薬草店。


 道具屋。


 武器屋。


 そして市場。


 礼は歩きながら考えていた。


 他人へ童力を使う方法。


 自分の身体なら、童力は自然に巡る。


 だがリオは違う。


 リオにはリオの童力がある。


 そこへ礼の童力を無理に押し込めば、どうなるか分からない。


 昨日の《童貞障壁》を思い出す。


 童力同士がぶつかった場合はどうなる。


 そもそも、他人の童力へ触れられるのか。


「礼」


「ん?」


「前」


「え?」


 人にぶつかりそうになり、慌てて避ける。


「危なっ」


「だから言ったじゃん」


「考え事してた」


「知ってる」


「どうしようかな……」


「俺の肩?」


「うん」


 リオは少し考えた。


「触るだけなら?」


「え?」


「童力を入れるんじゃなくてさ」


 リオが自分の右肩へ左手を置く。


「外から当てるだけ」


「……外から」


「昨日の障壁って、身体の外に童力出してたんだろ?」


「うん」


「だったら俺の中に入れなくても、外から何かできない?」


 礼は足を止めた。


「…………」


「何?」


「それ」


「何?」


「試せるかもしれない」


「ここで?」


「宿戻ろう」


「今?」


「早く」


「おい、引っ張るなって!」


 礼はリオの左腕を掴み、人混みの中を宿へ戻った。



 ◇



「まず、俺の童力に触れてみて」


 部屋へ戻るなり、リオが椅子へ座った。


 礼はその右肩の前に立つ。


「童力動かせる?」


「肩に?」


「うん」


「やってみる」


 リオが目を閉じる。


 童力を肩へ集める。


 礼には直接見えない。


 だが、自分の童力へ集中すると、近くにあるリオの童力を僅かに感じ取ることができた。


「いる」


「いるって何だよ」


「童力」


「もっと言い方あるだろ」


「動かさないで」


「はいはい」


 礼は右手をリオの肩へ近づけた。


 触れない。


 僅かに離す。


 自分の童力を掌へ集める。


 そして。


 ほんの少しだけ、外へ出した。


「……っ」


 リオの肩が動いた。


「痛い?」


「違う。変な感じ」


「どんな?」


「押されてるみたいな」


 礼にも分かった。


 自分の童力が、リオの身体へ入らない。


 表面で。


 何かに触れている。


「……これ、リオの童力かな」


「分かる?」


「たぶん」


 少しだけ強くする。


「どう?」


「痛くはない」


「じゃあ続ける」


 礼は慎重に童力を動かした。


 押し込まない。


 ぶつけない。


 ただ、触れさせる。


 すると。


「……あ」


「何?」


「動いた」


「何が?」


「リオの童力」


「俺、何もしてないぞ」


「うん」


 礼が外側から童力を動かすと、それに沿うように、リオの童力が僅かに動いた。


「もう一回」


「分かった」


 礼は同じことをする。


 ゆっくり。


 肩の周囲をなぞるように。


 礼の童力。


 その内側に、リオの童力。


 二つは混ざらない。


 だが、礼の童力が動くと、リオの童力も少しだけ引かれる。


「……ついてくる」


「俺の?」


「うん」


 礼は息を整えた。


 昨日、自分の傷へ行ったことを思い出す。


 傷口へ集めるのではない。


 周囲へ巡らせる。


 なら。


 リオの童力を。


 痛めている肩の周囲へ。


 ゆっくりと。


「リオ、自分でも動かして」


「どっちに?」


「俺の童力についてきて」


「分かった」


 二人で動かす。


 礼が外から流れを作る。


 リオが内側から合わせる。


 最初は何度もずれた。


「違う、そっちじゃない」


「分かんねえよ!」


「今右に流しただろ!」


「俺から見たら左なんだよ!」


「あ」


「考えろよ!」


「ごめん」


 やり直す。


 何度か繰り返すうちに、少しずつ流れが合い始めた。


 リオの肩の周囲を、童力がゆっくり巡る。


 一周。


 二周。


 三周。


「…………」


「どう?」


「まだ分からん」


「痛かったらすぐ言って」


「分かってる」


 続ける。


 数分。


 礼の額に汗が浮かんだ。


 強化より難しい。


 自分の童力だけなら、感覚で動かせる。


 だが今は、リオの童力の動きを感じながら、それに合わせなければならない。


 少しでも強く押せば、流れが乱れる。


 弱すぎれば、誘導できない。


 集中が必要だった。


「礼」


「何?」


「一回止めて」


「痛い?」


「いや」


 礼はすぐに童力を解いた。


 リオが肩を回す。


 ゆっくり。


 腕を前へ。


 横へ。


 そして上へ。


「…………」


「どう?」


 リオはもう一度動かした。


「……楽になってる」


「本当に?」


「うん」


「どのくらい?」


「どのくらいって言われても……」


「痛みは?」


「ある。でもさっきよりマシ」


「腕上げて」


「上げてる」


「もっと」


「これ以上は上がらん」


「昨日はその辺で痛がってた」


「……そうだな」


 礼はリオの肩を見る。


 外見に変化はない。


 腫れが消えたわけでもない。


 怪我そのものが治ったかどうかも分からない。


 それでも。


 痛みは減った。


 動かせる範囲も広がった。


「…………」


「礼」


「…………」


「礼?」


 返事はない。


「ノートだろ」


「うん」


「やっぱり」


 礼は机へ飛びついた。


 ノートを開く。


『他者への童力干渉実験』


『対象――リオ』


『右肩に軽度の負傷』


『術者の童力を直接対象内部へ流入させる方法は使用せず』


『対象自身の童力へ外部から接触』


『接触――可能』


『術者の童力を動かすことで、対象の童力にも僅かな移動を確認』


『対象自身の操作を併用することで、患部周辺への循環に成功』


『実験後、痛みの軽減を確認』


『可動範囲――改善』


『治癒そのものが促進されたかは不明』


 礼の手が止まった。


 リオが横から覗く。


「治ったって書かないの?」


「まだ分からないから」


「でも楽になったぞ」


「痛みが減っただけかもしれない」


「それでも十分じゃない?」


「十分だけど、同じじゃないよ」


 痛みを消すこと。


 傷を治すこと。


 それは違う。


 礼はそこを一緒にしたくなかった。


「明日も確認する」


「また?」


「当たり前だろ」


「朝から?」


「朝から」


「……変な質問は?」


「今回は関係ないだろ!」


「一応確認しただけ」


 リオが笑う。


 礼は呆れながら、もう一度ノートを見る。


 強化。


 循環。


 放出。


 武器への維持。


 矢への付与。


 防御。


 どれも、自分が戦うために使ってきたものだった。


 だが。


 今、目の前にいるリオは、さっきより少し楽そうに右肩を回している。


 礼はその様子を見つめた。


「……治せるのかな」


「何が?」


「童術で」


 リオの動きが止まる。


「怪我」


「…………」


「今は痛みが減っただけかもしれない。でも、もっと上手くできたら」


 礼は自分の左腕を見る。


 昨日の擦り傷。


 そしてリオの右肩。


「傷を治すことも、できるのかな」


 少しの沈黙。


 リオが口を開いた。


「できたらすごいな」


「うん」


「冒険者、怪我するからな」


「うん」


「俺たちだけじゃなくて、他の人にも使えたら」


 礼は顔を上げた。


 他の人。


 そこまでは考えていなかった。


 今まで童術は、自分のためのものだった。


 自分が生き残るために見つけた。


 それをリオへ教えた。


 二人で使い方を増やした。


 けれど。


 もし。


 童術で、童術を使えない人間まで助けられるとしたら。


「……調べたい」


「だろうな」


「もっと」


「分かってる」


 リオは苦笑した。


「でも今日は終わり」


「もうちょっとだけ」


「駄目」


「何で?」


「俺の肩で遊ぶな」


「遊んでないよ!」


「明日もやるんだろ?」


「やる」


「だったら今日は休ませろ」


「……分かった」


 礼は渋々頷いた。


 そしてノートへ戻る。


「名前」


「え?」


「これも名前いるかな」


「まだ治癒できるって決まってないだろ」


「仮称」


「また?」


「呼び方ないと不便だし」


 リオが少し考える。


「童貞治癒」


「嫌だ」


「即答かよ」


「昨日の障壁でもギリギリなのに、何でも童貞付ければいいと思うなよ」


「じゃあ童貞回復」


「もっと嫌だよ」


「注文多いな」


「リオが適当なんだよ!」


「じゃあ……」


 リオは腕を組んだ。


 しばらく天井を見る。


「童癒」


「どうゆ?」


「童力の童に、治癒の癒」


「…………」


「何だよ」


「ちょっといい」


「だろ?」


「なんか悔しい」


「何でだよ!」


 礼は笑いながら、ノートへ書き加えた。


『治癒への応用――研究開始』


『仮称《童癒》』


 文字を眺める。


 《童力》。


 《童術》。


 最初は、それだけだった。


 名前を付けたところで、何ができるのかさえよく分からなかった力。


 それが少しずつ増えている。


 身体を強くする。


 速く動く。


 全身を巡る。


 外へ出す。


 武器へ纏わせる。


 離れた場所へ届ける。


 壁を作る。


 そして今度は。


 傷を癒やせるかもしれない。


「……増えてきたな」


 礼が呟く。


「何が?」


「童術」


 リオがノートを覗き込む。


 ページには、これまで二人が見つけたことが並んでいる。


「まだ二人でやってんのにな」


「うん」


「一年後とか、どうなってるんだろうな」


「分かんない」


「もっと変なの増えてそう」


「変なのって言うなよ」


「童貞障壁は変だろ」


「名付けたのお前だろ!」


 二人の笑い声が、小さな部屋に響いた。


 礼は新しいページを開く。


 まだ白い。


 そこへ、今日最後の一文を書いた。


『他者の童力へ干渉することは可能か?』


 ペン先を止める。


 少し考え、その下へもう一つ。


『童力を持たない者にも、《童癒》は作用するのか?』


 礼はその二行をしばらく見つめてから、ノートを閉じた。


 答えはまだない。


 だからこそ、調べることができる。


「明日は?」


 リオが聞いた。


「肩の確認」


「その後」


「……依頼?」


「疑問形なのが怖いんだけど」


「ちゃんと依頼するよ」


「研究は?」


「依頼しながら」


「やっぱりそうなるよな」


 リオが笑いながら立ち上がる。


「じゃあ、また明日」


「うん。おやすみ」


「おやすみ」


 扉が閉じる。


 一人になった部屋で、礼は机の上のノートへ目を向けた。


 すぐに手を伸ばしかけて。


 止める。


「……明日」


 自分へ言い聞かせるように呟いた。


 灯りを消す。


 暗くなった部屋で、礼はベッドへ横になった。


 眠りにつく直前まで頭に浮かんでいたのは、戦い方でも、強くなる方法でもなかった。


 自分の力で。


 誰かの傷を、癒やせるかもしれない。


 その可能性だった。

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