第二十五話 留める力
翌朝、礼が森へ着いた時には、リオはすでにいつもの場所にいた。
夜のうちに雨は完全に上がったらしく、木々の隙間から差し込む朝日が、まだ濡れている葉の表面を白く輝かせている。昨日まで水を含んで柔らかかった地面も、日当たりのいい場所から少しずつ乾き始めていた。
その中で、リオは一本の細い木を相手に短剣を振っていた。
礼が近づく足音に気づいたのか、振り下ろしかけた短剣を止めて振り返る。
「おはよう」
「おはよう」
挨拶を交わした直後、リオの視線が礼の腰へ向かった。
今日は普段の荷物に加えて、鉄剣を持ってきている。
冒険者なのだから剣を持っていること自体は珍しくない。それなのにリオは、何かを見つけたように口元を緩めた。
「……やっぱり持ってきたな」
「何が?」
「剣。昨日、寝る前から今日のこと考えてただろ?」
図星だった。
礼は一瞬だけ黙り、誤魔化すように腰から剣を外した。
「……何で分かった?」
「顔」
「普通だろ」
「普通じゃない。なんか楽しそう」
「お前にだけは言われたくないよ」
昨日、初めて童力を身体の外へ放出することに成功してからというもの、リオも帰り道でずっと次に試すことを話していた。最後には礼が「続きは明日」と言って無理やり話を切り上げたくらいなのだから、似たようなものだ。
礼は荷物をいつもの木の根元へ置くと、鉄剣を手に取った。
「昨日の続き、やるんだろ?」
「うん。剣に童力を纏わせられないか試してみる」
「纏わせる?」
「できるか分からないけどね」
昨夜、ノートに書き残した疑問だった。
『剣に纏わせることは可能か』
一年前にも、枝へ童力を直接流そうとしたことはある。
あの時は何度試しても、童力は掌から先へ進まなかった。だから礼は、少なくとも自分の身体から直接、別の物へ童力を移すことはできないのだろうと考えていた。
だが昨日、状況が変わった。
童力そのものを、身体の外へ放出できることが分かった。
それならば、一度身体の外へ出した童力を剣の周囲に纏わせることはできないだろうか。
成功すれば、自分の身体だけではなく、武器そのものを童力で強化できるかもしれない。
「とりあえず、やってみる」
「おう」
礼は鞘から剣を抜いた。
朝日を受け、使い込まれた刃が鈍く光る。
高価な剣ではない。装飾もなく、名のある鍛冶師が打ったものでもない。冒険者として依頼をこなし、自分で稼いだ金で買った、ごく普通の鉄剣だった。
それでも礼にとっては、初めて自分の金で手に入れたまともな武器だ。実験だからと壊していいものではない。
右手で柄を握り、意識を身体の内側へ向ける。
一年前なら、童力を見つけるだけでも時間がかかった。今では、意識を向ければすぐにその感覚を捉えられる。
胸の奥から腕へ。
腕から掌へ。
そこまではいつもと変わらない。
礼は掌へ集めた童力を、昨日覚えた方法で身体の外へ流した。
わずかな量が、握っている柄の周囲へ抜けていく。
「出た?」
「うん」
問題はここからだった。
礼は放出した童力を、剣の表面へ沿わせようとした。
柄から鍔へ。そこから刃へ。
薄い膜のように剣全体を覆うイメージを作る。
「…………」
何も起こらない。
いや、正確には何も起こらなかったわけではなかった。
童力が剣へ触れたような感覚は、確かにあった。
だが、その直後には消えている。
「……駄目だ」
「どうなった?」
「触れた気はする。でも残らない」
もう一度試す。
今度は先ほどより慎重に、少量の童力を掌から放出した。
柄の周囲へ。
鍔へ。
刃の根元へ。
ほんの一瞬だけ、何かが鉄の表面を撫でるように進んだ。
しかし、そこまでだった。
礼が剣を覆わせようと意識した途端、その感覚は薄れて消えてしまう。
「やっぱり消えるな」
「剣の中には入らないのか?」
「前に枝で試した時と同じなら、たぶん無理」
「じゃあ外側は?」
「今やってる。でも、触れた後に残ってくれない」
礼は剣を下ろし、ノートを取り出した。
『直接流入――不可』
そう書いてから、少し考えて続きを加える。
『放出した童力を物体表面へ接触させることは可能。ただし、その場に維持できない』
そこまで書いたところで、ペン先が止まった。
昨日までは、童力をどこへ動かすかということばかり考えていた。
腕へ。
脚へ。
全身へ。
そして、身体の外へ。
だが今やろうとしていることは、それとは少し違う。
「……外に出すのと、外に留めるのは別なのか」
「別?」
「昨日は出せたら成功だっただろ。でも今日は、出した童力を剣のところに残そうとしてる」
「それができない?」
「うん」
礼はノートへ新しい一文を書き加えた。
『体外へ放出した童力を、その場に維持する方法が必要?』
最後に疑問符を付ける。
分からないことが、また一つ増えた。
それなのに礼は、ノートに増えた新しい疑問を見て、少しだけ口元を緩めていた。
◇
それから二人は、思いつく限りの方法を試した。
放出する童力量を増やしてみても、結果は変わらない。刃全体ではなく根元だけへ集中させても、触れた童力はすぐに消えてしまう。
剣を握っている間だけなら維持できるのではないかとも考えたが、それも違った。
童力は確かに剣へ触れる。
だが、そこに留まろうとはしない。
無理に押しつけようとすると、今度は掌のところで童力が詰まり、昨日の放出を覚える前と同じ状態へ戻ってしまった。
「……難しいな」
何度目かの失敗を終えた礼は、剣を地面へ置いた。
近くに座っていたリオが、その様子を見て笑う。
「礼でもそんな顔するんだな」
「どんな顔?」
「思い通りにならなくて困ってる顔」
「俺だってするよ」
「いつも失敗したらすぐノート書いてるから、むしろ楽しそうに見える」
「失敗すること自体が好きなわけじゃないって」
「でも嫌いでもないだろ?」
否定しかけて、礼はやめた。
考えてみれば、この一年間ずっと同じことを繰り返してきた。
失敗して。
理由を考えて。
別の方法を試して。
また失敗する。
それでも、前日まで分からなかったことが一つ分かるだけで、次の日にはまた森へ来たくなった。
「……答えに近づく失敗なら、嫌いじゃないかも」
「やっぱり好きじゃん」
「言い方の問題だろ」
礼が苦笑すると、リオは自分の短剣を抜いた。
「俺もやってみていい?」
「いいけど、量は少なくして」
「分かってる」
「それと、短剣に直接流そうとしないで。たぶん掌で止まるから」
「一回外に出してからだろ?」
「そう」
リオは短剣を右手に持ち、しばらく目を閉じた。
童力を扱い始めてから、まだそれほど日は経っていない。それでも最初の頃と比べれば、感知までにかかる時間は驚くほど短くなっている。
やがて、リオの表情が僅かに変わった。
「出すぞ」
「無理しないで」
リオが掌から童力を放出する。
一度目は何も起こらなかった。
二度目。
今度は僅かに外へ出たらしい。
「出た」
「そのまま短剣へ触れさせてみて」
「やってる」
リオの眉間に皺が寄る。
数秒後、肩から力が抜けた。
「……消えた」
「やっぱり?」
「ああ」
リオは短剣を裏返し、何か答えでも書かれているかのように刃を眺めた。
礼も隣からそれを見る。
当然ながら、何の変化もない。
「これさ」
「うん?」
「剣の中に入れなくてもいいんだよな?」
「だから今、外側に――」
「そうじゃなくて」
リオは短剣の刃を指で示した。
「ここに童力をずっと置いておこうとしてるだろ?」
「そうだけど」
「それが無理なんじゃないか?」
礼は眉を寄せた。
「どういう意味?」
「外に出した童力って、放っておいたら消えるんだろ?」
「今のところはね」
「だったらさ」
リオは短剣を鞘へ戻し、近くに置いてあった水筒を手に取った。
蓋を外すと、ほんの少しだけ水を地面へ垂らす。
乾き始めていた土に、小さな染みができた。
「水を一回だけ撒いたら、地面に吸われてそのうちなくなる」
今度は水筒を傾けたままにする。
細い水の流れが落ち続け、土の色がみるみる濃くなっていった。
「でも、ずっと流してたら濡れたままだろ?」
礼は地面を見た。
それから、リオを見る。
「……ずっと出し続ける?」
「消えるなら、その前に次を送ればいいんじゃないか?」
礼は答えなかった。
頭の中で、今までの失敗を一つずつ思い返していた。
自分はずっと、童力を剣の上へ置こうとしていた。
一度放出して。
そこに残す。
動かないように。
消えないように。
けれど、そもそも留める必要がないのだとしたら。
「……やってみよう」
「お、おう」
立ち上がる礼の勢いに、今度はリオの方が少し驚いた。
鉄剣を拾い、柄を握る。
童力を掌まで流す。
そこから身体の外へ出し、剣の表面へ触れさせる。
今までなら、そこで童力を留めようとしていた。
今度は違う。
止めない。
消えていくのなら、その後ろから次の童力を送り続ける。
掌から放たれた童力が、刃の根元へ触れた。
薄れていく。
その前に、次を送る。
少しだけ先へ。
また薄れる。
さらに送る。
「……っ」
想像していた以上に難しかった。
力を込めれば、童力は掌で詰まる。
弱すぎれば、刃の途中で消える。
必要なのは量ではない。
流れを途切れさせないこと。
その感覚に、礼は覚えがあった。
全身へ童力を巡らせようとしていた頃。
腕、脚、胴。
一ヶ所ずつへ無理に押し込もうとして、何度も失敗した。
あの時も、答えは力ではなかった。
流れだった。
礼は肩から余計な力を抜いた。
掌から剣へ。
刃の根元から、少しずつ先へ。
細い流れを作る。
童力は消えながらも、その後ろから送られてくる新しい童力によって、少しずつ刃の先へ近づいていった。
「どう?」
「待って」
リオの声に短く答え、礼はさらに意識を集中させる。
やがて、童力の感覚が剣先まで届いた。
「……来た」
「できた?」
「まだ」
届いただけだ。
このまま流し続ければ、童力は剣先から外へ抜け、そのまま消えていく。
それでも維持すること自体はできるかもしれない。
だが、消え続ける童力を補うために、身体から延々と送り続けることになる。
もっと効率のいい方法はないのか。
剣先まで届いた童力の感覚を追いながら、礼は考えた。
流れていったものを、また戻せないだろうか。
「……戻す?」
自分の口から出た言葉に、礼自身が反応した。
身体の中では、すでにやっている。
胸から腕へ。
腕から胴へ。
脚へ。
そして、また戻す。
童力を一ヶ所に留めるのではなく、全身を巡らせ続ける。
循環。
それと同じことを、剣を含めてできないか。
礼は剣先へ届いた童力を、反対側の刃へ沿わせるように意識した。
最初は上手くいかなかった。
先端で童力が散り、感覚が途切れる。
もう一度。
今度は剣先を終点だと思わない。
そこから反対側へ折り返し、鍔へ向かって道が続いていると考える。
細い流れが、剣先を回った。
「……!」
刃を戻ってくる。
鍔へ。
柄へ。
そして――掌へ。
僅かな童力が、自分の中へ戻ってきた。
「戻った……」
「何が?」
礼はすぐには答えなかった。
今の感覚を失いたくなかった。
もう一度、同じ道へ童力を流す。
掌から柄へ。
刃を通り、剣先へ。
そこから反対側を戻り、再び掌へ。
一周。
もう一周。
繰り返すほど、途切れ途切れだった感覚が滑らかになっていく。
身体の中だけで完結していた童力の循環に、握っている鉄剣が組み込まれていた。
「礼?」
「……できた」
「留まった?」
「違う」
礼は剣から意識を逸らさないまま答えた。
「留めてない。ずっと流してる」
「剣の周りを?」
「うん。俺から出して、剣を通して、また俺に戻してる。身体の中でやってたのと同じだ」
説明しながら、礼自身がようやく何をしたのか理解し始めていた。
童力を剣の上へ置いたわけではない。
身体と剣を別々のものとして考えることをやめた。
一つの流れの中へ、剣そのものを組み込んだのだ。
「……斬ってみる」
「何を?」
礼は周囲を見回した。
細い枝では違いが分かりにくい。
少し離れた場所に、倒木から伸びた腕ほどの太さの枝を見つける。
「あれで試す」
まずは比較が必要だった。
童力の循環を止め、普通に剣を構える。
踏み込み、枝へ振り下ろした。
鉄の刃が木へ食い込み、乾いた音を立てて止まる。半分近くまで入っているが、両断には至らない。
礼は剣を抜き、切れ込みの深さを確認した。
「次」
もう一度、童力を動かす。
掌から剣へ。
刃を通り、先端で折り返す。
そして自分へ戻す。
流れが安定するまで待ってから、先ほどの切れ込みのすぐ隣へ剣を振った。
直後、礼の手に返ってきた感触が、明らかに違った。
「……え?」
刃が木へ吸い込まれるように入った。
先ほどよりも深い。
完全に切断したわけではない。それでも、同じ剣を使ったとは思えないほど抵抗が少なかった。
「もう一回」
今度は少し場所をずらして試す。
結果は同じだった。
童力を纏わせた方が、明らかに刃が深く入る。
リオも近づき、三つの切れ込みを見比べた。
「これ……お前の腕が強くなってるんじゃないのか?」
言われて、礼は自分の右腕へ意識を向けた。
身体強化はしていない。
腕へ流している童力も、剣との循環を維持するための最低限だけだ。
それなのに、斬撃の結果が変わった。
「……剣だ」
礼は手にした鉄剣を見つめた。
「童力を巡らせると、剣そのものが強くなってる」
声が少し弾んだ。
そのことに自分で気づき、礼は照れたように口元を引き締める。
だが、リオはそれどころではなかった。
「俺もやる」
「やっぱり?」
「やるに決まってるだろ」
リオはすでに短剣を抜いていた。
◇
礼が見つけた方法をそのまま説明しても、リオはすぐには再現できなかった。
掌から短剣へ童力を流すところまではできる。
しかし、刃の先まで届く前に消えてしまう。
「また消えた」
「最初は俺もそうだったよ。押すんじゃなくて、道を作る感じ」
「また道か」
「それしか言いようがないんだって」
「先生、説明下手だな」
「先生じゃない」
思わず言い返してから、礼は少しだけ言葉に詰まった。
リオは気にした様子もなく、再び短剣へ集中している。
何度か失敗した後、ようやく童力が刃の先端まで届いた。
そこから折り返す。
最初は消えた。
次も失敗した。
それでも繰り返しているうちに、リオの童力が細い一本の流れとなって短剣を巡り始める。
「……戻った」
「そのまま続けて」
礼は隣で流れを確かめながら声をかけた。
意外だったのは、その後だった。
一度循環の形を掴んでからのリオは、礼が予想していたよりも早く流れを安定させた。
童力量そのものは礼より少ない。
だが、必要な量だけを細く流し続けることに関しては、むしろリオの方が器用なのかもしれない。
「……お前、上手いな」
「何が?」
「俺より流れが安定してる」
「本当か?」
「量は少ないけど」
「一言多いんだよ」
そう言いながらも、リオは嬉しそうだった。
短剣へ童力を巡らせたまま、礼が使った倒木の別の枝を斬ってみる。
礼ほど大きな差ではない。
それでも、通常の状態より明らかに刃が深く入った。
「できた……」
リオは切り口を見てから、自分の短剣へ視線を戻した。
「俺でもできた」
「うん」
礼も笑った。
同じ童力を使っている。
けれど、まったく同じではない。
自分の方が得意なこともあれば、リオの方が上手いこともある。
一人で研究していた頃には、考えもしなかった違いだった。
リオはしばらく短剣を眺めていたが、やがて何かを思いついたように顔を上げた。
「なあ、礼」
「何?」
その表情を見て、礼は少しだけ嫌な予感がした。
最近分かってきた。
リオがこういう顔をした時は、大抵、新しい実験が増える。
「短剣でできるならさ」
リオは腰へ短剣を戻し、代わりに背負っていた弓へ手を伸ばした。
「矢にもできるんじゃないか?」
「……矢?」
「撃つ前に童力を纏わせるんだよ。威力上がるかもしれないだろ?」
礼は答えず、リオの弓を見た。
矢に童力を纏わせる。
確かに理屈だけなら、短剣と同じことができるかもしれない。
だが、矢は手から離れる。
今見つけた方法は、武器と身体の間で童力を循環させることで成り立っている。
手から離れた瞬間、その循環は切れる。
なら、放たれた矢に童力は残るのか。
残るとして、どれくらいの時間なのか。
そもそも、自分の身体と繋がっていない物へ童力を維持することはできるのか。
考え始めた礼は、ほとんど無意識にノートへ手を伸ばしていた。
「おい」
「待って。今書くから」
「今試せばいいだろ」
「もう夕方だよ」
「一本だけ」
礼は顔を上げた。
「絶対一本で終わらないだろ」
「じゃあ三本」
「増えてるじゃん」
思わず笑うと、リオも声を上げて笑った。
結局、その日の実験はそこで終わりになった。
もっとも、帰り道でも二人の話題はほとんど矢のことばかりだった。
◇
宿へ戻った礼は、夕食を済ませるといつものように机へ向かった。
油灯を近くへ寄せ、昼間に書き殴った記録を整理していく。
『武器への童力維持――成功』
最初の一行を書いてから、今日分かったことを順番にまとめる。
『物体内部への直接流入は、現時点では確認できず』
『放出した童力は、そのままでは拡散する』
『継続的に流すことで、武器表面への維持が可能』
礼はそこで一度ペンを止めた。
最初は、消えていく童力を補うために送り続けていただけだった。
だが最終的には、もっと効率のいい方法を見つけた。
『身体と武器の間で童力を循環させることで、より安定』
『斬撃性能の向上を確認』
最後の一文を書き終えると、礼は机の端へ置いてある鉄剣を見た。
見た目は昨日と何も変わらない。
刃に新しい傷がいくつか増えたくらいで、相変わらずただの鉄剣だ。
それでも今日、この剣には確かに童力が巡った。
礼はノートへ視線を戻し、今日の実験を最初から思い返した。
自分一人では、童力を剣の上へ留めようとし続けていた。
突破口を見つけたのはリオだった。
消えるなら、流し続ければいい。
あの一言がなければ、少なくとも今日中には答えへ辿り着けなかったかもしれない。
礼は少し考え、記録の端へ小さく書き加えた。
『発案――リオ』
「……これでいいか」
明日見せたら、たぶん喜ぶ。
そんなことを考えながら次のページを開き、今度は新しい疑問を書き始めた。
『矢への応用』
その下へ、昼間から気になっていたことを続ける。
『身体から離れた後も、童力を維持できるか?』
礼はペンを置かず、その一文をしばらく眺めていた。
今日見つけた方法は、自分と武器が繋がっているから成立している。
もし身体から完全に離れた物にまで童力を残せるのなら、童術でできることはまた大きく変わるだろう。
けれど、それを考えるのは明日でいい。
礼はノートを閉じ、油灯の明かりを少し落とした。
寝台へ向かおうとして、ふと昼間のやり取りを思い出す。
『先生、説明下手だな』
「……先生、か」
小さく呟いてみる。
やはり、しっくりこない。
自分はリオに童力の使い方を教えている。それは間違いない。
けれど今日、剣に童力を巡らせる方法へ辿り着けたのは、リオの発想があったからだ。
教える側と教わる側。
それだけでは説明できない関係に、少しずつ変わり始めている気がした。
「先生っていうより……」
そこまで言って、礼はやめた。
無理に名前を付ける必要もない。
少なくとも今は、一人で考えるより二人で考えた方が面白かった。
それだけで十分だった。
礼は油灯を消し、暗くなった部屋で寝台へ横になる。
明日はリオの矢を試す。
手から離れた後も童力が残るのか。残らないのなら、どうすれば残せるのか。
考え始めると、また起き上がってノートを開きたくなったが、礼は布団の中で目を閉じた。
答えはまだ分からない。
けれど明日になれば、また二人で試すことができる。
机の上には、今日の実験を記したノートと、その隣に使い込まれた一本の鉄剣が置かれていた。
どちらも昨日までと変わらない姿をしている。
それでも礼にとっては、昨日までとは少しだけ違うものになっていた。




