↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
童貞にして最強 ―穢れなき力を手にした男の黙示録―  作者: 忠犬むつ公
第一部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/108

第二十二話 教えるということ

翌朝、礼が森へ着いた時には、リオはすでに昨日と同じ場所に座っていた。


 目を閉じ、両手を膝の上に置いている。


 まだ朝露の残る草の上に座っているせいで、革のズボンは少し濡れていた。本人は気にしていないらしく、礼が近づいてもすぐには目を開けなかった。


 何をしているのかは、聞かなくても分かった。


「……見つかった?」


 声をかける。


 リオの眉間に寄っていた皺が緩み、ゆっくりと目が開いた。


「分からん」


「分からんのか」


「昨日のやつを探してた。でも、これだっていうのがない」


「そっか」


 礼は隣へ荷物を下ろした。


 少しだけ期待していた。


 昨日、一度だけとはいえ、リオは魔力とは違う何かを感じた。


 朝になれば、もう一度簡単に見つけられるかもしれない。


 そんな期待があった。


 どうやら、甘かったらしい。


「いつからやってた?」


「日の出くらい」


「早すぎだろ」


「昨日、帰ってからもやった」


「え?」


「宿で寝る前に」


 礼は思わずリオを見る。


「見つかった?」


「いや。だから朝からやってる」


「……真面目だな」


「強くなりたいからな」


 また、その言葉だった。


 どうしてそこまで強くなりたいのか。


 礼はまだ聞いていない。


 リオも話さない。


 だから礼も、それ以上は聞かなかった。


「じゃあ、昨日と同じところからやろう」


「ああ」


 礼も地面へ座った。


 今日は、昨日までとは違う。


 自分が童力を使うための練習ではない。


 目の前の人間に、童力を見つけさせるための練習だ。


 昨夜、礼は遅くまでノートと向き合っていた。


 新しく作ったページ。


『童術――感知法』


 そこへ、これまで自分が無意識にやっていたことを、思いつく限り書き出した。


 呼吸。


 姿勢。


 魔力の感知。


 意識の向け方。


 身体のどこを探しているのか。


 どの時点で魔力とは違うと判断するのか。


 書けば書くほど、自分が感覚だけでやっていることの多さに気づいた。


 それでも。


 昨日よりはましだ。


「まず魔力を探して」


「分かった」


 リオが目を閉じる。


「見つかったら言って」


 しばらくして、リオが小さく頷いた。


「ある」


「どんな感じ?」


「どんなって?」


「温かいとか、重いとか、流れてるとか」


「……温かい、かな」


「場所は?」


「胸の辺り」


「じゃあ、その感覚を覚えて」


「覚える?」


「うん。童力が本当に別の力なら、同じ感じじゃないはずだから」


 リオが目を閉じたまま、「なるほど」と呟いた。


 昨日までの礼は、童力を探させようとしていた。


 だが、それでは駄目なのかもしれない。


 知らないものを探せと言われても、何を探せばいいのか分からない。


 なら。


 先に、知っているものをはっきりさせればいい。


 魔力がどんなものなのか。


 それを認識した上で。


 **それではないものを探す。**


「魔力から意識を離して」


「……うん」


「消そうとしなくていい。あるのは分かってる。でも触らない」


 リオの呼吸がゆっくりになる。


 礼は黙って待った。


 急かさない。


 答えを教えない。


 そもそも礼にも、答えを教えることはできない。


 これは。


 リオ自身が見つけなければならない。


 十分ほど経った。


「……駄目だ」


 リオが目を開けた。


「何もない?」


「魔力は分かる。でも、昨日のやつが分からない」


「じゃあ休憩」


「もう?」


「焦って見つかるなら昨日見つかってる」


「……それもそうか」


 二人は立ち上がった。


 礼は軽く身体を伸ばす。


 リオも真似をした。


 こういうところは妙に素直だ。


「なあ、礼」


「ん?」


「お前は今も分かるのか?」


「童力?」


「ああ」


「分かるよ」


「ずっと?」


「意識すれば」


「やってみて」


「いいけど」


 礼は目を閉じる必要もなかった。


 意識を自分の内側へ向ける。


 魔力とは違う。


 もっと馴染んだもの。


 一年間。


 何度も触れ。


 動かし。


 失敗し。


 今では身体の一部のように扱えるようになった力。


 ――ドクン。


 ある。


「あるよ」


「早っ」


「慣れてるから」


「俺もそうなる?」


「知らない」


「そこはなるって言えよ」


「嘘ついてどうすんだよ」


 リオが笑った。


 礼も少し笑う。


「じゃあ、もう一回やろう」


「ああ」



     ◇



 午前中。


 何度繰り返しても、昨日の感覚は戻らなかった。


 礼は説明を変えた。


 座る場所も変えた。


 呼吸の速さも変えた。


 一度歩かせ、身体を動かした直後に試した。


 逆に、しばらく何もせず休んでから試した。


 それでも。


 リオは首を横に振る。


「……ない」


「そっか」


 礼はノートへ書き込んだ。


『午前。再現できず』


 その横へ。


『疲労? 環境? 集中?』


 少し考え。


『そもそも昨日の感覚が童力ではなかった可能性』


 とも書く。


 リオが横から覗き込んだ。


「疑ってる?」


「何を?」


「俺が感じたって言ったこと」


「それは疑ってない」


「じゃあ何で」


「お前が感じたものが何なのか分からないから」


 礼はペン先をノートへ向ける。


「俺が童力だって決めたら、そこから間違うかもしれないだろ」


「……慎重なんだな」


「一年失敗したから」


「なるほど」


 リオは妙に納得した顔で頷いた。


 礼はノートを閉じる。


「飯にしよう」


「待ってました」


「それが一番元気じゃん」


「腹減ったんだよ」


 木陰へ移動し、二人で昼食を広げる。


 今日も礼の宿の女将が持たせてくれた弁当だった。


 黒パン。


 干し肉。


 豆と野菜を煮込んだもの。


 派手な食事ではない。


 それでも。


 一年前なら。


 こうして誰かと昼食を食べていること自体を、礼は意識していただろう。


 今は。


 リオが勝手に干し肉へ手を伸ばしたことの方が気になった。


「それ俺の」


「一枚くらいいいだろ」


「自分のあるだろ」


「そっちの方がでかい」


「返せ」


「もう食った」


「お前な……」


 リオが笑う。


 礼は呆れながら黒パンをちぎった。


 変な奴だ。


 まだ出会って三日ほどしか経っていない。


 なのに。


 ずっと前から知っているような顔で隣にいる。


「礼」


「何?」


「童術って、どこまでできる?」


「どこまで?」


「昨日のグランドベアみたいに、身体を強くする以外」


「今のところ、それが中心かな」


「今のところ?」


「まだ研究してるから」


 礼は自分の右手を見る。


「脚に集めれば速くなる。腕に集めれば力が上がる。でも一ヶ所に集めすぎると身体がついてこない。だから今は、全身に薄く巡らせる使い方を練習してる」


「それが昨日の?」


「うん」


「他には?」


「まだない」


「じゃあ、これから増えるかもしれない?」


 礼は少し考えた。


「……たぶん」


「すげえな」


 何気なく言われた言葉だった。


 礼は黒パンを持ったまま、リオを見る。


「何が?」


「だって、誰も知らないんだろ?」


「今のところは」


「なら、何ができるかも決まってないってことじゃん」


 礼は答えなかった。


 考えたことがなかったわけではない。


 この力で。


 他に何ができるのか。


 身体を強くするだけなのか。


 外へ出せるのか。


 物へ流せるのか。


 魔力と何か関係するのか。


 まだ。


 何も分からない。


「……そうだな」


 礼は自分の掌を見た。


「まだ、何も決まってない」


「じゃあ面白そうじゃん」


 リオは笑った。


「俺も使えるようになったら、何か考えていい?」


「使えるようになったらな」


「絶対なる」


「自信あるな」


「ないと三日も森で座ってられないだろ」


 確かに。


 礼は少し笑った。



     ◇



 午後。


 訓練を再開した。


 だが。


 状況は変わらなかった。


 見つからない。


 昨日。


 一度だけ感じた何か。


 それが。


 どこにもない。


 リオの顔にも。


 少しずつ焦りが出始めた。


「……もう一回」


「休んだ方がいい」


「まだできる」


「集中切れてるだろ」


「大丈夫」


「大丈夫じゃない」


 礼は少し強めに言った。


 リオが黙る。


「焦っても意味ない。俺だって最初からできたわけじゃない」


「でも、お前は一人で見つけた」


「死にかけてな」


「…………」


「同じことする?」


「嫌だ」


「俺も嫌だよ」


 礼は水筒を渡した。


「休め」


 リオは渋々受け取り、水を飲んだ。


 その姿を見ながら。


 礼は考える。


 何が違う。


 昨日と今日。


 昨日。


 リオが初めて何かを感じたのは。


 訓練が終わった後だった。


 力を抜いた瞬間。


 探すことをやめた直後。


「……探しすぎてる?」


「ん?」


 礼が呟く。


「もしかして、見つけようとしすぎてるのか」


「どういうこと?」


「俺が最初に見つけた時も……」


 思い出す。


 あの遺跡。


 追い詰められ。


 助けを求め。


 誰もいないことを理解して。


 最後に。


 自分で何とかするしかないと決めた。


 魔力を探した。


 その時。


 何かがあった。


 意識して作ったわけではない。


 そこにあったものへ。


 ようやく気づいただけだった。


「リオ」


「何?」


「今から童力探すのやめよう」


「は?」


「何もしなくていい」


「何しに来たんだよ」


「いいから」


 礼はリオの正面へ座った。


「目も閉じなくていい。普通にして」


「普通って」


「何でもいい。ぼーっとして」


「それ練習なの?」


「俺にも分からない」


「おい」


「試すんだよ」


 リオは納得していない顔だった。


 それでも。


 言われた通り、木にもたれた。


 二人で。


 何もしない。


 風が吹く。


 木漏れ日が揺れる。


 虫が飛ぶ。


 遠くから。


 何か小さな動物が草を踏む音がした。


 しばらくして。


「暇だな」


 リオが言った。


「うん」


「これ意味ある?」


「分かんない」


「帰る?」


「もうちょっと」


「腹減った」


「さっき食っただろ」


「干し肉一枚しかもらってない」


「俺の食っただろ」


「それ込みで」


「知らないよ」


 また。


 どうでもいい会話をする。


 訓練でも。


 研究でもない。


 ただ。


 二人で森に座っている。


 その時。


 リオの言葉が止まった。


「…………」


 礼は気づいた。


 でも。


 声をかけなかった。


 リオの視線が。


 ゆっくりと。


 自分の胸へ落ちる。


「……礼」


「うん」


「いる」


 小さな声だった。


「昨日の?」


「たぶん」


「目閉じて」


 リオが従う。


「捕まえようとしなくていい」


「……うん」


「そこにあるってことだけ覚えて」


「…………」


 礼も。


 呼吸を小さくする。


 邪魔をしたくなかった。


 しばらく。


 何も言わない。


 やがて。


 リオが目を開けた。


「……まだある」


「本当に?」


「ああ」


「魔力は?」


「魔力もある」


「同時に?」


「うん」


 礼の胸が。


 少しだけ速くなる。


「違いは分かる?」


「……分かる」


「どんな?」


「魔力は温かい」


「もう一個は?」


 リオは。


 言葉を探した。


「……重いっていうか」


「重い?」


「いや、違うな。何か……」


 胸元へ手を置く。


「ここにあるっていうより、自分そのものに近い感じ」


 礼は息を止めた。


 似ている。


 自分が。


 童力を感じる時の感覚に。


「リオ」


「うん」


「明日、もう一回できたら――」


「今やろう」


「え?」


「動かすんだろ?」


「いや、まだ」


「あるうちにやりたい」


 礼は迷った。


 焦るな。


 そう言ったばかりだ。


 だが。


 昨日は消えた。


 今も。


 いつ消えるか分からない。


「……分かった」


 礼はリオの前へ座り直す。


「でも、少しだけ」


「どうすればいい?」


 そこで。


 礼は。


 また困った。


 どうやって。


 童力を動かしている。


「…………」


「礼?」


「ちょっと待って」


「また説明できない?」


「うるさい」


 自分の右手を見る。


 童力を流す。


 どうやっている。


 動け。


 そう思う。


 すると動く。


 それだけ。


 でも。


 リオには。


 それでは伝わらない。


「水」


「水?」


「川みたいに考えてみて」


 礼は地面へ指で線を引いた。


「ここにある」


 一ヶ所を指す。


「それを、腕の方へ流す」


 線を伸ばす。


「無理に押さなくていい。道を作る感じ」


「道」


「俺は最初、無理やり脚に押し込んで失敗した。だから本当に少しだけでいい」


「分かった」


「右手にしよう」


「何で?」


「失敗しても走って木に突っ込まないから」


「経験談?」


「経験談」


 リオが笑った。


 そして。


 目を閉じる。


 礼も笑うのをやめた。


「感じる?」


「……ある」


「じゃあ、右肩」


「…………」


「そこまで」


「…………」


「急がなくていい」


 時間が過ぎる。


 リオの眉間に。


 汗が滲んだ。


「力入れすぎ」


「難しいんだよ」


「一回抜いて」


「消えそう」


「大丈夫。消えてもまた探せばいい」


 リオの肩から。


 少し力が抜ける。


「流すんじゃなくて……通る場所を作る感じ」


「…………」


「右肩から、腕」


「…………」


「ゆっくり」


 その時。


 リオの右腕が。


 僅かに震えた。


「……今」


 礼が言う。


「分かった?」


「何か……動いた」


「もう一回」


 リオが集中する。


 礼は。


 その右腕を見つめる。


 外から見れば。


 何も変わらない。


 光らない。


 魔力のような輝きもない。


 音もない。


 それでも。


 リオ自身には。


 分かっている。


「……来た」


「どこ?」


「肘」


「そのまま」


「……腕」


「ゆっくり」


「……手」


 リオの右手が。


 ぎゅっと握られた。


「…………」


 二人とも。


 しばらく。


 何も言わなかった。


 リオが。


 目を開ける。


 自分の右手を見る。


「……これ」


 声が震えていた。


「俺、今」


「うん」


 礼は。


 笑っていた。


「動かした」


「……うん」


「童力を?」


 礼は。


 今度は。


 迷わなかった。


「たぶん」


「そこは言い切れよ!」


「だってまだ――」


「今くらい言い切ってくれよ!」


 リオが笑った。


 礼も笑った。


 森の中に。


 二人の声が響いた。



     ◇



 その日の夜。


 礼は。


 いつもより長く。


 ノートへ向かっていた。


『再現成功』


『魔力と異なる感覚を再び確認』


『本人は両者を同時に認識可能』


『右腕への移動に成功』


 そこまで書き。


 礼は。


 少し考える。


 そして。


『童力である可能性――極めて高い』


 と書いた。


 まだ。


 完全に断定はしない。


 自分が他人の童力を直接確認する方法がない。


 それは。


 これから考えればいい。


 次のページ。


『感知法』


 昨日までは。


 題名しかなかった。


 そこへ。


 今日分かったことを書いていく。


『一、魔力を先に認識する』


『二、魔力の感覚を覚える』


『三、魔力を消そうとせず、それとは異なる感覚を探す』


 途中で。


 礼はペンを止めた。


 今日。


 何度も探させて。


 何度も失敗した。


 最後に見つかったのは。


 二人で何もせず。


 馬鹿な話をしていた時だった。


『四、過度に集中しすぎない』


 少し考えて。


 横へ。


『?』


 を付けた。


 まだ分からない。


 仮説だ。


 礼は次へ進む。


『感知後、身体の一部へ少量を移動させる』


『最初は脚を避ける』


『暴走した場合、転倒の危険あり』


 そこまで書いて。


 一年前。


 自分が木へ突っ込みかけたことを思い出した。


「……あれ、結構危なかったな」


 今さらだった。


 礼は続きを書く。


 自分が失敗したこと。


 危険だったこと。


 痛かったこと。


 全部。


 書いていく。


 リオには。


 同じ失敗をさせなくていい。


 そのための。


 記録だった。


 やがて。


 礼は別のページを開いた。


『確認済み童力保有者』


 そう書く。


 その下へ。


『如月礼』


 そして。


 少し間を空け。


『リオ』


 と書いた。


 二つの名前。


 礼は。


 しばらく眺めた。


 一年前。


 自分しか知らなかった力。


 自分しか使えなかった力。


 それが。


 今日。


 初めて。


 自分以外の人間の中で動いた。


 まだ。


 右腕まで。


 ほんの僅かに。


 それだけだった。


 魔物を倒すこともできない。


 速く走ることも。


 強く殴ることも。


 何もできない。


 けれど。


 礼には。


 その小さな一歩が。


 昨日グランドベアを倒したことよりも。


 ずっと大きな出来事のように思えた。


 自分だけの力ではない。


 なら。


 童術は。


 自分一人で終わるものではないのかもしれない。


 礼は。


 新しいページを開いた。


 何を書くか。


 少し迷った。


 そして。


『次の課題』


 と書く。


『童力を安定して感知する』


『右腕以外へ動かす』


『全身へ巡らせる』


『安全な量を調べる』


 最後に。


『他の人間でも可能か確認する』


 と書き加えた。


 そこまで書いて。


 礼はペンを置いた。


 明日も。


 森へ行く。


 リオが来る。


 また。


 二人で試す。


 失敗する。


 考える。


 そして。


 少しずつ。


 できることを増やしていく。


 それでいい。


 礼はノートを閉じた。


 この日。


 《童術》を使う人間が。


 一人から。


 二人になった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。